アサルトリリィ BOUQUET ~if~ 作:クロスカウンター
「あの、しおりさん。昨日は本当にごめんなさい……」
しおりが振り返ると、リリが申し訳なさそうな顔で頭を下げていた。
隣にフミの姿はない。まだ仲直りをしていない。そう判断し、しおりは静かに息を吐いた。
「私に謝らなくても結構ですよ。私が申し上げたいことは、きっとシズさんがおっしゃってくれていますから」
リリィ脅威論。リリに対してその言葉こそ使わなかったが、フミに話したのと同じことを、より丁寧に説明してくれていた。
リリは、話を聞く度に落ち着かなかった。自分がとんでもないことをしてしまったようで、それでもシズに弱気な顔はしたくなくて、『シズさんには関係ありません!』と八つ当たりのように話を終わらせてしまった。
シズは朝から何か言いたそうにしていたが、リリは極力目を合わせないようにしていた。シズに弱気な部分を見せたらフミに伝わってしまう気がして、意地になっていた。
そう、意地だった。
「リリさん。私よりフミさんに……」「どうしてフミちゃんに謝らなきゃいけないんですか! 先にやってきたのはフミちゃんです!」
自分が悪いことをしたのも理解しているし、フミにチャームを向けたことを謝りたい。またみんなで仲良くしたいとも思う。それでも、何故か素直に謝れない。
「……リリさん、昨日はどちらともなく斬りかかったようにおっしゃっておりませんでしたか?」
「知りません! フミちゃんが悪いんです!」
リリは怒ったようにそっぽ向いた。
……どうしてこんな意地になっちゃってるんだろう……。
喧嘩なんて、今までしたことがなかった。自分がバカなことをしていると分かっているのに、どうしたらいいか全く分からなかった。
-4-
授業の時間、2人は一瞬顔を合わせ、すぐに顔を逸らした。
「「ふんっ」」
タイミングも完璧。示し合わせたかのように、同時に右を向く。
これだけ仲良しならさっさと仲直りすれば良いと思うのだが、当人たちは至って真剣だった。
困ったのは板挟みになった楓だ。いつもならリリに肩入れするところだが、シェンリンに釘を刺されたこともあり、両者から適度に距離を保っていた。
それとなく交互に話しかけに行くも、どちらもつれない。唯一発見があったのは、意外にもリリとフミの人気(?)が二分されているということだ。どちらにも2人を心配するリリィが集まるのだが、気付くと、リリばかりに話しかけるリリィとフミばかりに話しかけるリリィが、それぞれ拮抗していた。
「フミちゃんは戦術の知識があって、鷹の目が使えて、努力家で、取材で色んな事を調べてて……!」
「リリさんは新しいことでもすぐに吸収されて、頑張り屋で、気付いたら知らない人と仲良くなってますし……!」
お互い、悪口を言っているのか褒めているのか全く分からない。
「何言ってるんですか!! フミちゃんなんて大っ嫌いです!」
「そんな訳ないじゃないですか!! リリさんなんて大っ嫌いです!」
……やはり仲良しではなかろうか。
しかし、本日最後の授業が終わっても結局2人は仲直りしなかった。例の如く、一瞬だけ顔を合わせ、同時に右に顔を逸らすのだった。
「「ふんっ」」
-フミサイド-
「あああああぁぁ最悪ですううううぅぅ」
フミは楓の部屋でじたばたと地面を転がった。
放課後、訓練も勧誘活動も中止となり、フミは楓の部屋に転がり込んだ。転がり込んだというか転がっているというか。
「全く。そんなに後悔なさっているなら、さっさと謝ればよろしいのではありません?」
楓は優雅にティーカップを傾けながら声を掛けた。一応フミの分も用意してあるが、フミが手に取る様子はまるでない。
出来たら苦労しませんよ~とフミ。リリの手前、弱気な顔はできなかったが心の中では今のようにじたばた床を転がっていた。
「ああああぁぁ……。謝っても許してもらえなかったらどうしましょう……。レギオンから追放ですか……絶交ですか!? 折角仲良くなれましたのにいいいぃ!!」
なおもごろごろと転がっていた。
……ですから、地面を転がるくらいでしたらさっさと謝ってきなさいな……。
楓は、2人の気持ちが分かるようで微妙に分からなかった。
2人ともお互いのことは嫌いではない。腹を割って話せば済む話だ。しかしお互いに妙なプライドがあり、謝罪の一言が切り出せないのだった。
「そもそも、どうして斬りかかったりしたのですか。演習まではそんな素振り、全く見せなかったではありませんか」
「……分かりませんよ。何だか急にリリさんのことが許せなくなって……。でも! リリさんが悪いんです! リリさんはいつもいつも私より先に居て……! ……でもそんな嫉妬で斬りかかるなんて……私、最低ですぅぅ!!」
フミは感情がジェットコースターのように上下していた。
「しおりさんにも申し訳ないです。せっかく攻撃の技術を叩き込んでいただいたのにこんな……。楓さんも申し訳ありません。教えていただいた技術をこんなことに……。シズさんも取り持とうとしてくださったのに怒鳴ってしまって……。リリさんにも顔に傷をつけてしまって……。……リリさんはどうしてあんな回避を……! なんでいつも危ないことばっかりするんですかあの人は!! あああああ!!!」
フミはまた怒ったり嘆いたりしながら地面を転がった。
「楓さん、めんどくさいことしてごめんなさい……」
不意に冷静になってフミは謝った。本当にそうだった。
「と言いますか、楓さんはリリさんサイドじゃないんですか?」
「何ですの? そのリリさんサイドとやらは」
何となく、リリ寄りな人間とフミ寄りな人間がいるような気がしているのだった。例えば、シズはリリサイドの人間なので、弱みを見せたらリリに知られてしまう気がする。
まぁ、『寄り』という意味ではシズは中立に近いが……それより何より、リリに情報が伝わる気がするのだ。その点、今日の様子を見る限り、楓は中立(むしろフミ寄り?)に見えた。
「だってリリさんを傷付けたことも、楓さんならもっと怒られるかと思ったんですけど」
想像の中の楓は『リリさんの玉のような柔肌を穢すなど!! 打ち首の上、市内引きずりまわりで晒し首にして差し上げますわ!!』とか何とか言っている。しかし現実の楓はむしろ呑気だった。
「私はいつでもリリさんの味方ですわ。ただし、今はフミさんとリリさんが戦っているわけではありませんもの。フミさんの力になることはリリさんが望んでいることですわ」
フミにはよく分からなかった。
「本当はリリさんの傍に居たいんじゃないですか? 私のことなんか放ってリリさんのところに行ってもいいんですよ」
「愛情とは、当人に最も必要なものを与えることだと私は思っております。与えたいものを与えるのはただのエゴですわ。今、リリさんに最も必要なのは私ではございませんもの」
これもまたよく分からなかった。
「でも、楓さんに教えていただいた技でリリさんを……。それに、シズさんにはリリィ脅威論まで持ち出されてしまって……」
リリィ脅威論、それはリリィによって決して快い議論ではない。リリィもヒュージも、マギによって超常的な力を行使すると言う点で同一の存在だ。それゆえ、『潜在的な脅威はリリィも変わらないのではないか』という根深い疑念が未だ拭い切れていない。
「リリィに臨機応変に判断を下す自主性を認められているのも、『リリィは危険ではない』という信頼の積み重ねですから。リリィ同士の喧嘩なんて、本当にあってはならなかったんです」
そう言って再び落ち込み始めたフミに、「気にされなくて結構!」と楓。
「名門校では少ないですが、地方の末端ガーデンでは喧嘩など茶飯事ですわ。それに、自主性を重んじていることになっているのは、ぶっちゃけ、問題があった時にリリィ個人に責任を押し付ける為です。1年前、百合ヶ丘のリリィが市街地を戦場にした戦い。学院側は、何か責任を負いましたか? 綺麗事に騙さないでくださいな」
フミはギョッとした。そんな直接的な物言いをするリリィは滅多にいない。
楓が言及している事件はフミも知っていた。1年ほど前、戦闘の総指揮だった当時の『ジーグルーネ』(生徒会役員)が市街地での戦闘を決め、結果的に一般市民に犠牲者を出した。ギリギリの決断が必要な、際どい戦いだったのだ。しかし、それに内外から批判が生まれ、当該リリィは(実質的に)役職を引責辞任した。
確かに、スッキリしない話だと思っていた。市街地を戦場にしなかったら、戦線が崩壊してもっと多くの犠牲が出た筈だ。それなのにどうして、そのリリィが咎を受ける必要があったのか。
……とはいえ、現役リリィが所属ガーデンを臆面もなく批判するのは驚きなのだが。
「いや、それはそうかもしれませんけど……。やっぱり仲間同士でチャームを向けあうのは褒められたことではありませんよ……」
「そう思うのでしたら、早くリリさんに謝りなさいな」
それができれば苦労しなかった。
「だって絶対怒ってるじゃないですか……急に斬りかかって顔に傷まで作って……」
「あんな傷、跡も残らず治りますわ。それに、未熟で危険な回避技術を実践されたのはリリさんの不手際です。練習でその危険性を実感できたのでしたら、あの程度、安いものですわ」
あの程度って……本当にこれはあの楓だろうか? ……と思ったが、よく考えたら、ユユにしごかれて痣を作っていた時も、むしろ嬉々として怪我の手当てをしていた。
過保護なのか放任主義なのか。楓の考えていることは、やはりフミにはよく分からなかった。
「それでも、私だったら怒りますって……。傷当てが痛々しかったですもん……」
「リリフリークの私が申し上げますわ、リリさんは怒っておりません」
そう断言されると、何だかそんな気がしてくる。……それでも、『じゃあ謝まろう』とは思えないのだが。
……多分、本当は、リリが怒ってるか否かはあまり問題ではなかった。それより、自分が嫉妬しているのを認めたくないというか……リリに知られたくないというか……嫉妬している事実そのものが嫌というか……。
「……私は、どうすればいいでしょうか……」
「リリさんに謝りにくければ、まずはしおりさんやシズさんに謝りに行っては如何です?」
「嫌ですよ! しおりさんはともかく、シズさんは絶対リリさんにばらすじゃないですか!」
……そんな子どもみたいなこと言って……。
「それではしおりさんのところに参りましょう」
「嫌です!! しおりさんも絶対怒ってますもん! 行きたくないです!!」
フミは駄々をこね始めた。
「嫌です嫌です! 絶対私はここを動きません!!」
そう言って、部屋のど真ん中で不貞寝の体勢に入った。
「ここ、私の部屋なのですが……」
「いいんです! 私、楓さんとこの子になります!! 謝らないんです! リリさんが悪いんですうううぅぅ!!」
フミはまたごろごろと部屋の中を転がった。
スカートがめくれてはしたないとか、リリィとして品性を保つべきとかそういう次元ではなく……何と言うか、子どもだった。
「楓さん、めんどくさいことしてごめんなさい……」
不意に冷静になってフミは謝った。本当にそうだった。
-リリサイド-
「ううううううううううううぅぅぅぅ……絶対フミちゃんに嫌われたぁぁ……」
リリはシェンリンの部屋で項垂れていた。
部屋にはユージアの姿はない。リリがお姉さまへの言伝を頼んだからだ。いつもは授業後すぐ、ユユの待っているカフェへ飛んでいくのだが、今は会わせる顔がなかった。
代わりに足が向かったのは、シェンリンのところだった。
「……あの、最後に斬りかかった時の、マギのクッションみたいなのって……シェンリンさんですよね? 止めていただいてありがとうございます」
自分の周囲、任意の場所にマギの障壁を作る技術。ジャストガード。しおりが割り込む一瞬の間を作ったのは、その技術の応用だった。
「はいはい。私に話している暇がありましたら、さっさとフミさんに謝ってきなさいな」
一方、シェンリンは湯呑で緑茶を啜っていた。当然のようにリリの分は用意していない。
その無関心さに「それが出来たら苦労しません!」とリリ。
「どうして私、あんなに強情だったんですか……? 思いっ切りチャーム叩きつけちゃいましたし、フミちゃん、最後ものすごく怒ってました……。リリィ同士がチャームを向けあうなんてダメだって、私、ずっとそう思ってたのに……」
気が付くと、リリは部屋の隅で体育座りをしていた。非常に古典的で分かりやすい表現だった。
「何でもいいですが、次に喧嘩する時は、私たちの目の届く場所でお願いしますよ」
「もう喧嘩なんて……! ……喧嘩も、できません。折角友達になれたのに……」
リリは膝に頬を擦り付けた。このポーズをするときにやりがちな手慰みだった。
「フミさんは怒ってませんよ。むしろ、リリさんが怒るのでしたら分かりますが」
「どうして私が怒るんですか……? だって私が構えなかったら、フミちゃんだってきっと構えませんでした」
「怪我をしたのは貴方だけじゃないですか。それに……」
「そうですよ! フミちゃん、いつの間にあんな動き身に付けたんですか!!」
リリは急に声を張り上げた。
「フミちゃんはいつもそう! 私の知らないことをいつの間にか知ってて……! どうしようって悩んでると、いつも戦術を考えてくれて……。あんなフェイント、全然分かんないよ……」
その声は、尻すぼみに小さくなっていく。
「私、フミちゃんについていきたいって……ライバルになりたいって、そう思って……。私なんかじゃ、やっぱりフミちゃんのライバルになれないんです……」
結局、リリがチャームを交えた理由はそれだった。自分がフミのライバルとして相応しいか、確認したかった。
……何となく予感があった。フミが自分のところにやってくると。本気でやりあうことになると。分かっていて止めなかったのは、どうしてもやってみたくなったからだ。
それがこんな結果になると分かっていたら絶対に……いや、本当に分かっていなかったのだろうか……? フミに勝てないことも、終わった後に仲違いすることも、実は分かっていたんじゃないだろうか……。
思考の渦に沈んでいくリリに、シェンリンは事実だけ伝えた。
「客観的な話をしますと、フミさんは貴方をライバルと認めていますよ。そうでなくては嫉妬などしないでしょう」
嫉妬。自分にないものを持っている相手を羨望すること。
「嫉妬なんて……そんな……」
「フミさんは何やら大技を出していたご様子。それは絶対にリリさんに負けたくなったからでしょう? お互いに負けたくない相手、競い合う相手をライバルと言うのではありませんか」
リリは迷った。シェンリンの言うことはきっと正しいが……それで『すぐに謝ろう』とは思えなかった。
「でも、もし謝っても許してくれなかったら……」
「いいじゃないですか。メンバーが一人減るだけです」
シェンリンは薄情だった。
「何を言ってるんですか!! フミちゃんですよ! 頑張り屋さんで、物知りで、色んな人に取材して毎週新聞を作っちゃうくらい元気なリリィです! 絶対に私たちに必要です!! ……何より、大事な……私の一番の親友です……! フミちゃんのいないレギオンなんて、絶対考えられません!」
「それを本人に言ってあげれば一発で仲直りできますよ」
あっ、とリリは声を上げた。シェンリンはニッコリと笑っている。
リリは慌てて憮然とした顔を作り、立ち上がった。
「……もう。シェンリンさんなんて嫌いです」
「そうですか。また嫌いでなくなったらいらっしゃってくださいな」
全く平然としたシェンリンをじとっと睨みながら、リリは退出した。何だか、騙されたような気分だった。
-5-
ユユは、カフェで紅茶のカップを傾けていた。
「ユージアさん。リリさんに何かありましたね」
「はい……」
「……」
「……」
「そうですか」
「はい……」
気まずい、という感覚が2人にあるのかないのか分からないが。ユユとユージアの会話は独特の間でもって、むしろ見ている
リリとセットになることが多いユユと、これまたシェンリンとセットになることが多いユージア。この2人がフリーでいるだけで、何となく居心地が悪い。
「私はリリのお姉さまとして力不足でしょうか」
「そんなことは……。みんな、ユユ様のことを尊敬しています」
「そうですか」
「はい……」
……やはり見ていて気まずい。しかし2人とも特に顔色を変えない。平常運転だ。
ユユは黙ってカップを傾けた。
昨日の件、ユユは蚊帳の外だった。入浴時間の関係でユユは訓練の参加を見送っていたからだ。後で少し様子を見に行くつもりだったが、ユユには中止になったとだけ連絡があった。
――……なぜ、いつも私に相談がないのでしょうか――
同室の
「ユージアさん。リリは何かあった時、私と顔を合わせようとしなくなります。……何があったのか教えていただけますか?」
「ごめんなさい……」
「喧嘩ですか?」
「詳細は……言えません」
ユユはため息を吐いた。リリとフミが喧嘩したことはそれとなく知っていた。しかし詳細は『言えない』ということは、どう考えてもチャームでやり合ったことになる。
リリィ同士の私闘は厳重注意の対象だ。とはいえ、私闘は基本的に手合わせや指導と区別が付けにくく、特に今回は証拠もない。ただ、ユユは生徒会役員と同室であり、詳細を知ったら道義上の報告義務はある。
ユユとしてはそれを押して黙っているつもりはあるのだが、優秀な1年生たちは余計なことにまで気を回しているらしい。
「ユージアさん、もう一度聞きます。私はリリのお姉さまとして力不足でしょうか」
「……」
ユージアは答えに迷った。できるだけ内密にということになったが、ユユにまで詳細を隠すべきとは思えなかった。
ごめん、リリ……。
口止めされていたが、ユージアは事の次第を話すことにした。
「実はリリ、ほっぺたを怪我して……。それでユユ様には顔を合わせたくないんだと思います……」
「はあ……?」
「……」
「……」
ユユは困惑した。
……えっと、それだけですか……? と言いかけたところ、ユージアはもう一点付け加えた。
「それと仲間にチャームを向けたので、ユユ様に会わす顔がないんだと思います……」
ユユは流石にツッコんだ。
「ちょっとユージアさん。どう考えてもそっちが本命ではありませんか」
「私もそう思った……んですけど」
「……何ですか?」
「リリだから、ちょっと分からなくて」
「……」
「……」
「そうですか」
「はい……」
ユユは妙に納得してしまった。多少感じていた緊張感も、リリのにへらとした笑顔に上書きされていく。
何とか表情を引き締め、
「ユージアさん。今回はお任せしますが、今後は何かあった時は私に報告するようにお願いします」
と、それらしく言うものの、どうも締まらない。
……いや、現状は何も解決していないのだが。しかし、ユージアがこの様子なら大事に至っていないのだろうとユユは判断した。
「……貴方はたまに真顔で冗談を言うので反応に困ります」
「……あ、ごめんなさい。冗談です」
ユージアはなお真顔だった。……これも冗談なのか判断に困る。
恐らく冗談だろうが、その判断ができる程はまだ付き合いが深くないのだった。
「そういえば、ユージアさんとはあまり話す機会がありませんでしたね。どうでしょう、百合ヶ丘ではうまくやれていますか?」
「はい、シェンリンとも
ユユは流石にツッコんだ。
「ちょっとユージアさん。意味を理解されておりますか……?」
「あ。リリとも
ユージアはなお真顔だった。ユユは冗談だと判断した。
「レギオン内の関係は良好なようで。……ただ、貴方がシェンリンさん以外と居るところを見ないのですが。失礼ながら、ちゃんと外の関係も広めているのでしょうか?」
ユージアはシェンリン共々、中学時代に概ね単位を取得済みで、出席するのは一部の必修単位くらいだ。そこでクラスメイトと仲良くできていればいいのだが、正直、シェンリン抜きのユージアはあまりイメージが湧かなかった。
ただ、ユユの懸念は杞憂らしかった。
「昔の友達繋がりでルイセ……クラスだと、しおり繋がりで
「
「はい……『あたくしのしおりに手を出したら殺します』ってよく言われます」
にわかに不安になってきた。
「……お待ちください、それは冗談ですか?」
「いえ……最初に『私にはシェンリンがいるから』って言ったら、仲良くなれて……それ以来、会う度に……あの、挨拶、です……!」
やはり交友関係は精査しておくべきだとユユは思った。
「……今度、
ついでに、水夕会の聖(元・初代アールヴヘイム)とも話を付けておくべきかもしれない。物別れに終わっている以上、気が進まないが、ユユも身の振り方を変えると決めたところだ。
そも、なぜ楓がイメージアップなどと言い出したのか、その真意が分からぬユユではない。いつまでも過去に囚われていてはいけない。
「そういえば、ユージアさんは私のことで風評を
先日のキャンペーンに関連して、ユユやレギオン(仮)の評判が思いのほか悪いことが判明していた。まぁ、クラスメイトに心配されるくらいなので滅多なことはないだろうが。
と思っていると、ユージアは微妙な顔をした。
「えっと……」
「あの、そういう反応は心配になるのですが」
「いえ……私、あまり喋らないから怖いって思われてたみたいで……」
ユージアは、その寡黙さと目つきの鋭さから厳格なリリィだと思われがちだったりする。
「なるほど。もしかすると、私のレギオンに入ったことがそれに拍車をかけたのかもしれませんね」
「いいえ……! ただ、一時期、その筋の人間って話になってて……」
……どうも、味方に向かって撃ったという話と混ざって、いつの間にか組織のヒットマン的な扱いになっていたらしい。
「『ユージアに頭ぶち抜かれるぞ』って聞こえてきて……ちょっとフフって来ました」
「……当該リリィを教えてください。そのお姉さま共々、黙らせて差し上げます」
ユユはチャームを手に立ち上がり、ユージアは慌ててユユを止めた。この前のイメージアップキャンペーンを吹っ飛ばしかねない事態に発展するところであった。
-?-
暗躍。暗躍。葛藤、悩み、妬み嫉み、嫉妬。過去の傷。心の闇。トラウマ。
「ふふっ。クライマックスの予感にドキドキしてまいりましたわっ」
「さくちゃん? 人の心を弄ぶような真似は許しませんからね?」
「あらあら?」
「そもそも今回の騒動の発端は……」
「私、何のことやらさっぱりでございます」
「これ以上ちょっかいを出しますと貴女の首が飛びますので、そのおつもりで」
それは大変でございますわっ、と全く懲りていない顔のさくあ。
-6-
玄関、廊下、通路、森、広場、運動場、入り口ホール、カフェ……は敬遠して、教室、演習場、休憩室、屋上、坂道、足湯、高台。
リリは、学院内をぐるぐると
歩いていると、色んな人に出会う。ミリアム、もゆ様、タヅサ、クラスメイトのリリィ、別クラスのリリィ、たまに話しかけてくれる先輩リリィ、名も知らないリリィ……。
百合ヶ丘には本当にたくさんのリリィがいる。この2か月間だけでたくさんのリリィに出会った。お姉さまに出会った、楓に出会った、フミに出会った。レギオンの仲間のシェンリン、ユージア、ミリアム。仲良くなったタヅサ、シズ、もゆ様。アールヴヘイムのアラヤ、壱、クスミ。水夕会のしおり、さくあ、
知っているリリィ、知らないリリィ。出会ったリリィ、まだ見ぬリリィ。たくさんのリリィがいる。それなのに、本当の気持ちを話せる相手なんて、本当はどこにもいないんじゃないかと思う。
バカなことだが、リリは自分だけが仲間外れに思えることがあった。
自分だけが異質なものを抱えていて、本当はここに居てはいけないんじゃないか、皆と肩を並べていてはいけないんじゃないか。お姉さまの隣に居て、本当に良いのだろうか。お姉さまのシルトになる資格が、自分にはあるのだろうか。
リリには過去がなかった。様々な過去を乗り越えてきた経験がない。誰と居ても、時に居心地が悪くなる。
……前まではこんなことはなかったのに、どうしてだろう。百合ヶ丘に入ったから? お姉さまと出会ったから? それとも、今は全部を悪い方向に考えちゃうだけだろうか……。
ふと、リリは足を止めた。
気が付けば、山の向こうから夕日が差しこんでいる。見晴らしのいい高台。置かれたベンチに座る。普段なら気持ちのいい場所かもしれないが、リリの心はもやついていた。
誰とも居られなかった。心配されても、励まされても、手助けを申し出られても、取り繕うのが精一杯で。一人になりたくて……一人でしか居られなくなって、こんな誰も来ないような場所に足を運んだ。
今は誰とも会いたくない……誰とも……。いや、一人だけ、頭に浮かぶ人物がいた。
――夕暮れの絶景――
5月の頭に出会った、謎のリリィ。不審人物として取り
変人だったが、それと同時に惹きつけられるものがあった。誰も知らないリリィ。自分だけが知っているリリィ。あのリリィになら、自分の全てを打ち明けられるような気がした。
もちろん、望んだところであのリリィには出会えない。きっと二度と……。
「もしそこの御方」
「ひゃい!!」
不意に話しかけられてリリは飛び上がった。
あ、ごめんなさい! と言いかけて、バカでかい傘を差したその姿を見て……。
「……って!
噂をすれば……どころでない。まるでリリの心を見計らったように、件のリリィが登場した。
「今までどちらに居たんですか!? 不審者扱いされてますよ! それと同級生なんですよね! じゃあ薬師芽さんって呼べばいいんですか!!」
リリは雪崩のように言葉と質問を投げかけた。一方、呼びかけられたリリィは「はぁ?」と小バカにしたような声を出した。
「薬師芽? どなたです?
「『バカ』って言ってるじゃないですか!?」
この口の悪さは当人に間違いなかった。
「と言いますか、しずくさんって今度こそ本名で……」「無礼者!!」
雫月さん(?)は大声を出した。
「私は生年が貴方より2回りは早いのですわ!! 人生の先輩にそのような無遠慮な口利き、はっきり言って最悪ですわ!」
「……えっと、前回、同級生って……」「それは薬師芽でしょう? 私は
……納得できないが、雫月『様』らしかった。
先輩に『様』付けはデフォルトだが、高圧的に言われると身分の差的な何かを感じる。まぁ、実際にやんごとなきお方かもしれないが。
「えっと、挨拶が遅れてごめんなさい(?)、ごきげんよう、しずく様?」
「ちなみに漢字で書くと『零れた雫が月に落ちる』と書いて雫月です」
妙に格好良い言い回しだった。
「へぇ~カッコいいお名前で」「無礼者!! 人の漢字を間違えるなんて、はっきり言って最悪ですわ!」
えぇ……。
漢字の間違いなど、会話では分からないと思うのだが。……確かに『雫』様かと思ってましたけど……。
「零れた月でもなく水滴の月でもなく、雨雫の月ですわ!」
最初から『雨雫の月』で良かったのではないか? そう思ったが口にしたらまた烈火の如く怒られそうなので黙っておいた。
代わりに何とか取り繕おうと、とりあえず着席を促そうかと思ったが(なぜか、スペースを開けたのに座らず立っている)、それより先に雫月様が口を開いた。
「全く、先人を
……いえ、バカとは言ってないですよ、と。そうツッコもうとしたが、何気なく上がったお姉さまの名前の
「あの。ユユ様のこと、ご存知なんですか?」
もちろん、知っていない筈はない。この学院でユユの”過去”を知らないリリィなど存在しない。
「貴方こそご存知なのですか?」
「えっと……?」
「ユユはお姉さま殺しの死神だと思いますか?」
不意打ちだった。無遠慮すぎる言い様に、リリはショックを受けた。
『そんな筈ないじゃないですか!』と、いつものようには答えられない。今リリが悩んでいることを深く抉る質問だった。
一気に、意気消沈してしまう。
「……そんな筈はないって、思ってました。でも、どうしてでしょう……今は、どうして無邪気にそんなことを信じられたか……分からなくなってしまいました」
――アナタ、相手の魂に触れるような会話をされておりませんね――
「……雫月様のおっしゃった通りでした。私、他の人のことなんて全然知りませんでした。知らないから分からないんです……。私、ユユ様のことが分かるようになるか、もう分からなくなっちゃって……」
本音が驚くほどスラスラと飛び出てくる。それも、とても口にするべきでないモノが。
……お姉さまが聞いたら何と思うだろうか……。
リリは眉をひそめ、それを誤魔化すように笑った。
「あはは……ごめんなさい、急にこんな話」
雫月は、不意に音を立てて傘を閉じた。そしてどんな魔法を使ったのか、傘を振り回すと、それは一瞬で手元から消え去った。
驚いて、雫月を見上げた。相変わらず、大きな帽子が素顔を隠している。僅かに見える口元は、愉快そうに笑っていた。
「アナタ、素直すぎますわ。私の冗談を真に受けたのですね」
雫月はとぼけた。
「でも。私、みんなのことを傷付けちゃって……」
「よろしいではありませんか。傷付けることはそんなに悪いことでして?」
雫月は小さく笑った。
「溜まっている膿を出す時、そこをナイフで傷付けるではありませんか。リリさんは無暗に暴力を振るったのではありません。一種の医療行為とお考えなさい」
これ以上なく滅茶苦茶な主張なのに。
――知らないが故に踏み込めるのは長所だと思っているくらいです――
ふと、シェンリンの言葉を思い出した。彼女がそう言った理由が、ようやく分かった気がした。
「もう二度とは尋ねませんわよ? 自分がなぜユユのシルトになったか、その理由をお考えなさい」
雫月はそう言ってベンチに座った。
……そうだった。ユユ様のことを知りたくて、エゴかもしれないと楓さんに言われて。それでも、一歩を踏み出した。
お姉さまの隣に居て良いとか悪いじゃなくて、『隣に居たい』。隣に居るのは自分じゃなきゃ嫌だ。
「昔のことでウジウジしてる奴は、背中を蹴っ飛ばしてやりたくなりますわ。誰も彼も。もちろんユユも」
そう言って、雫月は憮然とした。
「え? ユユお姉さまはウジウジなんてなさらないですよ?」
「してますとも!」
雫月は断定した。
……ネガティブな断定なのに、カラッとしているのはやはり人柄ゆえなのだろうか。などと思っていると、
「リリさんも過去を気にしすぎです」
急に核心を突かれてドキッとした。
「過去なんてどうでもいいではありませんか。大切なのは刹那の今ですわ」
自分の全てが見透かされているのかと、頭が真っ白になる。
「あ、あの、私……」
「皆まで言わなくて結構! リリさんの悩みは全て存じております」
「アナタ……昔の女と比べられて嫉妬しているのでしょう!」
「はい……?」
リリは、別の意味で頭が真っ白になった。
「分かりますわ。ユユはいつまでもお姉さま、お姉さま……。自分のことを見てほしいですよね?」
「あ、あの……?」
「ユユは昔の女を忘れられないだけですわ! いつまでもお姉さまのことでウジウジして。そんな時はひっぱたいておやりなさい。私を見てと言っておやりなさい!」
「えぇ……?」
滅茶苦茶だった。
嫉妬なんてそんな訳はない。そんな訳はないと思うが……ついさっき、『隣に居るのは自分じゃなきゃ嫌だ』と思ったのは誰だっただろうか……。
「……お姉さまにそんなことできませんよぉ……」
リリは、とりあえず消極的に否定した。
「大丈夫ですわ。お姉さまに一発入れるくらい、何でもございません」
何でもない訳はない。
そもそも、別に自分はそんなことで悩んでいた訳じゃ……!
「いいえ! アナタは過去のことで悩んでいるのですわ! そして、そんなことにウジウジ悩むのはおバカさんのすることです!」
その言い方にドキッとしてしまう。自分のことを、どこまで知っているのだろう?
「友人に嫉妬するのはバカなことですわ」
「え゛!」
急に話題がユユからフミに飛んで、リリは驚いた。
「どうしてそんなことまで……」
「私はバカではございませんの。アナタのことは何でもお見通しですわぁ」
そう言って雫月様は呵呵と笑った。
……やっぱり、このリリィは全部お見通しなのかもしれない。
「嫉妬してる暇があったら行動するのです。ユユもフミさんもぶちのめしておやりなさい」
ぶちのめすとは……全くお嬢様らしからぬ発言である。
「……何だか、悩んでたことがバカみたいです」
「バカがバカなことで悩んだらそれはバカですわ」
「もう! せめておバカって言ってください!!」
「おバカおバカおバカおバカ」
「何で4回も言うんですか!?」
雫月様はカラカラと笑った。
相変わらず素顔は見えない。しかし、まだ出会って長くないのに、その雰囲気は何だか懐かしいような気がした。
それをもっと覗き込もうとして……その輪郭が段々と曖昧になっていくような気がして、リリは目をこすった。
夕日が沈もうとしていた。気付けば夕方から夜に差し掛かっている。そろそろ帰らなくてはならない。
「ありがとうございます。何だかスッキリしました」
リリはベンチから立ち上がった。しかし、雫月はなおもベンチに腰かけている。
どういたしましても言わず、ただ座っていた。
「最後に。一つだけ真面目なお話をよろしいですか」
何となく雰囲気が変わったように思えて、リリは背筋を伸ばした。
そういえば、雫月様とユユ様の関係を聞いていないことを思い出す。
「もしかしてですけど、雫月様とユユ様は昔のお友達ですか?」
雫月は質問に答えなかった。
「今日は特別な日なのです」
立ち上がり、数歩前に出る。
「特別な日。2年前、ユユが変わってしまった日。ご存知ですか? 2年前の今日こそ、川添美鈴の命日なのです」
甲州撤退戦。リリは息を飲んだ。
「それ、本当ですか?」
「いえ適当ですわ」
リリはずっこけた。
「真面目な話じゃなかったんですか……?」
「大体今日くらいですわ。私、過去には拘らない主義ですの」
まぁ、概ね今日辺りなのは間違いない。正直、リリはその辺りの記憶が曖昧だったりするのだが……。
「それよりも、お気を付けなさい。節目の時期には、必ず良くないことが起こります。死者が形を変え蘇ることだってあるでしょう」
「そんなまさか……」
リリは笑おうとした。しかし、雫月はあくあまで真剣だった。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花。ススキでさえ、恐怖心に囚われると化物に見えるのです。人の心が、ありもしない死者を目に映すのですよ」
それはつまり……ユユ様が、ありもしない美鈴様の幻影を見てしまう……ということだろうか?
「お姉さまはそんなことないと思いますけど……」
「アナタは美鈴のことをどう思いますか?」
「え?」
雫月は突然、話を変えた。
「好きですか、嫌いですか。別離と言う形でユユを傷付けたことを許せますか?」
そんなこと、考えたこともなかった。
好き嫌い以前に、美鈴様のことは何も知らない。どんな人間で、どんなことが好きで、何を思って戦っていたのか。何一つとして分からない。
……いや、一つだけ分かることがある。
「難しいことは分かりませんけど……でも、美鈴様は……お姉さまの為に、最後まで精一杯戦ったんじゃないかと思います」
ユユはお姉さまの話をする時、悲しそうにするが、同時に慈しみの情も覗かせる。ユユがどれだけ美鈴様を慕っているかが、リリにはよく分かる。
お姉さまにそこまで慕われるような人間が、お姉さまを思っていない筈がない。
「どんな
気付けばリリは微笑んでいた。
「私も、きっと実力はお姉さまのお姉さまには及ばないかもしれませんが……それでも! 私だって、お姉さまの為に精一杯戦いたいと思います!」
雫月は、嬉しそうに頷いた。
夕日がほぼ沈み、その口元さえ朧だ。それでも、その表情は笑顔に違いなかった。
と思っていると、雫月はくるりと背を向けた。
「さて。そろそろ時間だよ。お迎えが来たみたいだ」
「え……?」
お迎え? 何のことか分からず困惑していると。
いきなりリリの後ろを指差した。
「あ! 向こうに美鈴様の亡霊が!」
「ええ!?」
咄嗟に差された
中途半端に曲げかけた身体を途中で止めるが、身体を戻した時にはもう、ベンチには影も形もなかった。パッと電灯が点き、誰もいないベンチとリリを照らした。逃げ足が速すぎる。
……結局、雫月様って本名だったのかなぁ。ユユ様との関係も教えてくれなかったし……。などと考えている暇もなく。
「リリさん!」
「えっ?」
掛け声に振り返ると、息を切らしたフミが立っていた。『お迎え』だった。
リリは笑顔を作りかけ……フミの真剣な顔を見て、自分がフミと喧嘩していたことを思い出した。
「あの、リリさん……!」「フミちゃん!」
「「ごめん」」「なさい」「ね」
「え?」
フミは、ポカンとした。
「これで仲直りだね、フミちゃん?」
リリはフミの手を握って、上下に振り始めた。その顔は、いつものにへらとした笑顔だった。
「え?」
フミは、なおもポカンとしていた。
ここに来るのに、大きな葛藤があった。リリは本当に許してくれるのか、自分はちゃんとごめんなさいを言えるのか。悩み、恐れ、不安。ちょっと楓と練習なんてしたりして、そしてリリが高台に上ったと聞いて、覚悟を持って、ここまでやって来た。
それが、ものの10秒足らずで終わった。
「わ、わ、」
「わ?」
「私がどんな気持ちでここに来たと思ってるんですかああ!!!」
フミは感情を爆発させた。
「え、えぇ……」
「やっぱりダメです! まだ喧嘩中です!!」
「でも、さっき仲直りしたよ?」
「取り消しです!! 先に私が謝るんです! それで紆余曲折あってようやく仲直りするんです!!」
無茶苦茶なことを口走っていた。
「えぇ~。仲直りしたんだから仲良くしようよ?」
「ダメです! だってまだ沢山謝ってないですから!」
「それなら私も……。大っ嫌いとか言ってごめんね」
「そんな! 私が悪いんですよ……!」
「……私、きっとフミちゃんに嫉妬してたの」
どうしてそんなに素直に言葉に出せるんですか……!!
フミは両手を振り上げ、ブンブンと激しく振った。私なんて……私だって!!
「私だって嫉妬してましたよ!!」
フミは全力で叫んだ。
「私の方が嫉妬してたよ?」
「いいえ! 私の方が嫉妬してました!」
「どうして? 私の方が嫉妬してたよ!」
……段々と、リリの方もヒートアップしてしまった。
「だってリリさん! 回避術なんてどこで覚えてきたんですか!?」
「フミちゃんこそ! あんな連続攻撃どこで覚えたの!」
「あんな一歩間違えたら大怪我する技なんてダメですよ!!」
「フミちゃんも攻撃でヘロヘロになる技なんてダメだよ!!」
「危険な回避の方がダメダメですぅ!」
「フミちゃんもバテバテだったもん!」
「あれはリリさんに勝つ為に頑張って覚えた技なんです!!」
「私もフミちゃんに負けたくなくて、まだ練習中だけど出しちゃったの!!」
「どうしてですか!? リリさんは新しいことでもすぐに吸収されて、頑張り屋で、気付いたら知らない人と仲良くなってますし……!」
「フミちゃんこそ、戦術の知識があって、鷹の目が使えて、努力家で、取材で色んな事を調べてて……!」
「リリさんの方が凄いんです! 皆さんも私もリリさんが大好きなんです!!」
「フミちゃんの方が凄いよ! 取材で色んな人と仲良しだし、私もフミちゃんが大好きだもん!」
「私の方がリリさんが好きですよ! 身長も体重も血液型もリリィスタッツも全部暗記しますし、四葉のクロバーが好きでラムネが好物で水晶集めが趣味だってことも知ってます!」
「私の方がフミちゃんが好きだもん! だって私がお姉さまとシュッツエンゲルになれた時も、レギオンのメンバーが増えた時も、自分のことみたいに喜んでくれたもん! お姉さまの二つ名だって、良い意味だって言ってくれたもん!! ……私、フミちゃんが大好きだよ?」
「そ、そんな! だってリリさんが嬉しそうにしてたら嬉しくなるじゃないですか!! だってリリさんが大好きなんですもん!」
「私だってフミちゃんが一緒に喜んでくれて嬉しくない訳ないよ! だってフミちゃんが大好きだもん!」
「……あの2人は何をやっとるのかの……」
「良いじゃないですか。見ていて退屈しませんよ」
「2人とも、仲直りして良かった……!」
しかしシェンリンは何でもなさそうに、そしてユージアは心底嬉しそうに、リリとフミの方を見つめた。
一方、楓はハンカチを噛んでいた。
「うう……! リリさんの一番は私ですのに……!」
「何を今更。リリさんが一番信頼しているのは、最初からフミさんだったではありませんか」
敬称の付け方を見ても、リリが最も心を許している相手は明らかだった。
「それでもです! リリさんを導くのは私の役割ですわ!」
楓は、嫉妬とも羨望ともつかない視線をフミに送った。シェンリンは面倒そうに手を振った。
「……それにしても、楓がリリのところへ行かなかったのは驚きじゃったの」
その点、ミリアムは楓のことを見直した。楓はリリに対して強く出られないので、役割分担として理に適っていた。
『己が欲望を駄々洩れにする恥ずべき御仁』と思っていたが、欲望(リリ)よりも理性(フミ)を優先させたこと感心した。
「将を射んと欲すれば……」(ユージア)
「…………」(ミリアム)
「ちょっと! その目は何なんですの!?」
一気にミリアムの視線が冷たくなった。
「まぁ、お主の考えなど分かっとったわ」とミリアム。「こういう人間ですわ」とシェンリン。「楓、策士……!」とユージア。
「ちょっと! 私、頑張りましたのよ!? 駄々をこねるフミさんを説得して! 何度も何度も謝罪の練習に付き合って! 学内を回ってリリさんの目撃情報を募って! ギリギリまで不貞腐れていたフミさんの背中を押して……! とっても頑張りましたのよ!?」
「愛とは見返りを求めぬものじゃ」とミリアム。「ちょっとくらい褒めてくださいな」(楓)「はいはい。偉い偉い」(シェンリン)「雑ですわ!?」(楓)
「でも、楓のおかげで……2人とも、こんなに早く仲直りできたよ」とユージア。
実際のところ、楓のサポートはMVPだった。明け透けなリリに比べ、フミは本音を晒すのが苦手だったりする。そんなフミが一歩を踏み出せたのは、やはり楓の後押しが大きい。
そして、踏み出してしまえば堰を切ったように思いが溢れだしたらしい。これで、2人の微妙な対立も終結するだろう。
「やれやれ。色々と気を揉んだが、終わってみれば丸く収まったようじゃの」
「まあまあ。これは雨降って地固まるの好例ですわっ」
「荒療治にはなりましたが、お二人の
「楓もシェンリンも……お疲れ様」
「全く。フミさんには後でケーキでも奢っていただきますわ!」
などなど、一件落着の安堵感が5人の間に漂った。さて、頃合いを見計らってリリとフミを連れて寮に帰ろうか、今日はゆっくり休めそうだ、と思いつつ……。
「……ところでお主はどっから現れたのじゃ……?」
いつ、ツッコもうかと。しれっと、輪の中にさくあが紛れていた。
「あらお久しぶりですね」
「シェンリン様、お久しゅうございますわ」
シェンリンは特に感慨もなく、さくあはニコニコした様子で挨拶を交わした。
「あら? お二人はお知り合いでしたか?」と楓。
「はい。知らぬ仲ではありません」とシェンリン。
お主はいつもそれじゃな……、とミリアム。
ちなみに、2人とも幼稚舎以来の知り合いではある。ただ、シェンリンは昔からさくあと距離を取っていた。触らぬ神に祟りなしの好例だった。
ミリアムも、余計なツッコミは控えようかと思っていたところで。
「さくあさん! こんなところに……!」
突然、しおりが乱入してきた。
「あら、しおり様? 私に御用ですか?」
「御用に決まっているではありませんか……。余計なことはするなと私、申し上げましたよね?」
う~ん? とさくあ。それを見て、しおりはチャームを構えた。
「さくあさん? 余計なことはしてませんよね?」
「お、おい、落ち着くのじゃ……」
仄かに纏わせた殺気に、ミリアムは慌てた。というか、ミリアムしか慌てていない。
「お二人は仲良しですわね」(楓)「昔からこうですよ」(シェンリン)「しおり……頑張って!」(ユージア)「お主らも止めんか!?」
……というか、収拾がつかなくなってきたの……とミリアム。いつもはフミがツッコミとオチを担当している。やはりツッコミがいないと、場の暴走が止まらない。
どうにかフミを引っ張ってこれないかと考えていたところで。
「これはどういうことでしょうか」
突然、ユユが乱入してきた。
「ごきげんようですわっ、ユユ様」
「ごきげんよう。さくあさん、また貴方ですか」
『また』って何じゃ……?
「ユユ様! 問題は私がズバッと解決しましたわ! 褒美としてしばらくリリさんをいただきますので悪しからず」
「ユユ様。しおりさんとさくあさんが無制限の試合を行うようですから、どうぞお立会いください」
「ユユ様、私が連撃で抑えておりますから、止めをお任せしてよろしいでしょうか?」
「ユユ様……雨降って地固まる……!」
……いよいよややこしくなってきたのぅ……。
聖徳太子ばりの聞き取りと対応力が求められていた。
「何なんですか……?」
ユユは異議を唱えるように眉をひそめた。そして、くるりと身体を反転させた。
「ミリアムさん、ご説明お願いできますか?」
鋭い視線がミリアムを射抜く。
何故わし……? そう思ったが、他意はないのだろう、多分。
「一件落着したようでの。皆で様子を見に来たのじゃが……何故か、しおりとさくあが一触即発なのじゃ」
「そうですか。それは水夕会内でご解決いただいてください」
非情に冷静だった。
まぁ、確かにミリアムたちには関係ないのだが。
「それより、解決したのならどうして言い合っているのです?」
ユユの質問にミリアムは返答できなかった。それは、ミリアムも知りたかった。
どう答えたものかと悩んでいると、「あ! お姉さま!」「ユユ様? それに皆さんも……!」リリとフミが一同に気付いた。
というか、ようやく気付いた。太陽は沈んだが、お互いに視認できる程度に薄明るい。さっさと気付くべきであった。
「貴方たち! もうすぐ食堂も閉まりますし、入浴時間も終わってしまいますよ。門限などありませんが、百合ヶ丘のリリィとして……」「お姉さま!!」
リリは話を遮り、ユユに飛びついた。
「こ、こら! リリさん……」「ユユ様!!」
フミは話を遮り、リリごとユユに飛びついた。
「フミさん……?」
「あ! ズルいですわ! 私もリリさんに!」
そして、楓も3人に飛びついた。
「何じゃ、面白そうじゃの」「シェンリン……!」「やりたいのでしたらご一緒いたしますわ」「あら。それでは私たちも」「さ、さくちゃん! 急に引っ張らないで!」
気付けば、全員で押しくらまんじゅうでもするようにぎゅうぎゅうに固まっていた。
「皆さん……! もう、何なんですか?」「えへへ~、ぎゅうぎゅうですね、お姉さま?」
「ひゃ!? だ、誰ですか! 変なところ触られましたよ!?」「あら、これはフミさんでしたか」「確信犯じゃないですか!?」「おい、ちょ、押すではない! ち、窒息する……!」「ふふっ、容疑者過多で真相は闇の中でございますね?」「何をされてるんですか……」「私の推理では、犯人はフミさんが怪しいかと」「冤罪です!?」「フミ……前科一犯……」「風評です!?」
「うぐぐ……い、息が……」「あらら?」「……さくちゃん、故意にミリアムさんを窒息させないでください……」
皆で固まって。皆で一つになって。自然と笑い声が上がって、それは全員に伝播していった。
「貴方たちは……本当に分からない方々ですね」
ただ一人、ユユはため息を吐いた。ただし、その表情は優し気に綻んでいたことを、ユユだけは知らないのだった。