アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第6.1話 vs過去の因縁

 自室に戻ってから、悩み事ばかりが頭を巡っている。

 今日は特別な戦いがあった。リリのレギオン、一柳隊の初出撃。そして、ダインスレイフの奪還。

 因縁のチャーム。……私が、それでお姉さまを……。

 月の光を頼りに、ペンダントを取り出す。蓋を開くと、美鈴お姉さまが微笑んでいた。

 この写真は、珍しくユユが我儘を言って撮ってもらったものだ。お姉さまのペンダントには、どうしてもお姉さまを入れたかった。優しいお姉さま。強く、優雅で、いつも正しかったお姉さま。

 ペンダントを開くと、温かい記憶が蘇る。

 同時に、最期の瞬間と、あの”感触”を思い出さずにいられない。チャーム越しに感じた手の感覚。

 ダインスレイフ。

 もう二度と、見ることはないと思っていた。もし見ることがあっても、きっと自分は正気を保てない。そのまま二度と戻ってこれないと、そう思っていた。

 しかし、ユユは戻ってきた。戻ってきてしまった。リリに手を引かれ、お姉さまのいないこの世界に、何事もなく帰ってこれてしまった。

(美鈴、お姉さま……)

 それが良いことか悪いことか、ユユには判断できなかった。

 

「おめでとう、ユユ」

 

 ユユは、肩を揺らした。

「レギオンの初出撃でギガント級を討伐するなんて、ボクまで誇らしくなるよ。……あぁ、『アールヴヘイム』が先に削っていたからだって? 気にしなくて良いさ。むしろソラハが倒せなかったヒュージをユユたちが倒したんだ。胸を張って、ユユ。キミのお姉さまとして、ボクはとても鼻が高いんだ」

 ペラペラと軽薄な言葉が、誰もいない筈の背後から響いた。

 ユユは振り返らない。返事も返さない。

 川添美鈴。死んだはずのお姉さま、その亡霊。頼んでいないのに付き纏ってきたそれは、4月を境にぱったりと姿を消していた。

 あんなに憎たらしかったのに、あんなに苦しかったのに、いなくなった途端、ユユは酷く喪失感を覚えた。

 ……いや、今はその逆だ。会いたかった筈なのに、声を聞きたかった筈なのに、いざ現れたそれは、酷くユユの神経を逆なでした。

 黙れ! 亡霊風情がお姉さまの真似をするな!

 胸を()くのは怒り、不快感、嫌悪感。……そして、それを遥かに凌駕する、親愛の情。

「どうして、私を選ばれたのですか……?」

 お姉さまに質問するように、縋るようにユユは尋ねた。

「ボクのシルトは嫌だったかな」

「嫌ではありません。それどころか、信じられないほど嬉しかった……。それでも、思うんです。どうして私だったのか。どうして、ソラハさんではなかったのですか?」

 天野天葉(ソラハ)。初代・2代目アールヴヘイムのエースリリィ。比肩する者がいない類まれな天才リリィ。美鈴がシュッツエンゲルの契りを結ぶとしたらソラハだと、誰しも――ユユでさえ――確信していた。

「……それをボクに聞いても仕方ないよ。ユユが思うようにしかボクは答えないさ」

「それでも、聞かせてください」

 美鈴は、困ったような顔をして、触れ合う寸前までユユに近付いた。そして耳元で一言。

「ユユを愛していたからさ」

 咄嗟に、両手で払った。その動作を予期していたように、亡霊は飛び退いた。

「……止めてください。そんなこと」

「キミが望んだことじゃないか」

「止めてください……私は、そんな……」

 苦しそうなユユを見て、美鈴は困ったように笑った。

「本当のことを言うと、他に適任がいなかったからさ。ソラハはいけないよ、ボクなんかと一緒に居たらダメになってしまう」

「そんなことありません! 美鈴様は、完璧な御方でした……。釣り合うとしたら、ソラハさんくらいなものです」

――完璧な人間は、如何なる下級生ともシュッツエンゲルの契りを結ばないのだろうか――

 美鈴は、微笑んだ。しかし、そこに込められているのは決して優しさではない。

「本当に、ボクが完璧な人間だと思っているのかい?」

「それは……」

「ボクが完璧な人間なら、ユユにこんな思いなんてさせなかっただろう。それとも、ボクがユユを苦しめる為にこんなことをしたと思う?」

 ユユは、言葉を詰まらせた。『完璧』な美鈴お姉さまはそんなことしない。その筈だ。しかし……。

「薄々、気付いているだろう? ボクは善良な人間なんかじゃない」

「そんなことは!」

 否定の言葉は、自分でも分かるほど空々しかった。

 ユユは知っていた。美鈴様は、時折、驚くほど冷めたことを口にした。きっと根源的な部分で、何かを――全てを――嫌っていたのだと思う。

「ボクなんかに何時までも構ってちゃいけないよ、ユユ。キミには未来に目を向けてほしいんだ」

 美鈴は『未来』と口にした。それが何を差しているか、ユユにはよく分かった。

「……リリ、ですか」

 ユユは、顔を俯かせた。そこに込められている感情は、決して……。

 愛しのシルトにこんな感情を向けるなど、他の人の前では絶対にできないことだった。それを自覚しつつも、ユユは()められない。

「リリのシュッツエンゲルになってから……思うようになったんです。シュッツエンゲルとシルトは、パズルのピースのようなものじゃないかって。美鈴様がソラハさんを選ばなかった理由も、そうじゃないかって」

 同じピースが2つあっても、繋がり合うことはないから。

「私は、不完全な人間です。シルトとしても、シュッツエンゲルとしても、歪なピースです。そこに嵌るのが美鈴様であり、リリだとすると……」

 ユユは、そこで言葉を切った。

「カリスマ」

 支配と支援のスキル。リリがそうである可能性を、生徒会の友人から聞かされた。

「美鈴様も、そんな節がありました。人を操っているような……場を支配しているような……。……。一人でいると、悪いことばかり考えるんです」

 美鈴は何も言わなかった。それは殆ど、ユユの懺悔だった。

「情けないことに、たまにリリのことが信頼できなくなります。私を騙して喜んでいるのではないか、いつか手酷い裏切りに遭うんじゃないか……バカですよね、あの純粋なリリが、そんなことする筈ないのに」

 窓から差し込んだ月明かりが、2人を照らす。(こうべ)を垂れ懺悔の言葉を吐くユユは、見方によっては神に許しを請う罪人にも見えた。

「分からないんです。こんな私がリリのシュッツエンゲルでいて良いのか。人を信じられないんです。……たまに……美鈴様のことも、信頼できなくなるんです……」

 その痛切な告白に、意を決した言葉に。

「フフッ……ハハ!」

 美鈴は、こらえきれず笑いだした。

 呆気にとられ、ユユは顔を上げた。美鈴のその顔は、無邪気な笑い顔だった。

「ボクとリリが同じとは、光栄だよ! ユユにとってボクは、とても純粋なリリィみたいだね?」

「笑い事ではありません! 真剣な話です!」

「それなら尚のことさ。ボクとリリが似ている? 一度冷静になって考えてごらん。どこが似ているんだい? 立ち居振る舞い、思考、思想、趣味、嗜好……何より、学年が違うじゃないか! リリはキミの『完璧なお姉さま』にはなれないだろう?」

 美鈴は、おどけて言った。

「それに、ユユはボクに手痛く裏切られたのに、それでもまだ、こんなにも想ってくれている」

「そんな! 私は裏切られてなんか!」

 今度の否定は空々しくないつもりだったのに、美鈴は首を横に振った。

「いいや。これ以上なく酷い形でキミを裏切った。ボクが消えてしまうなんて、ユユは想像もしてなかっただろう?」

 その言葉に、どう反応すればいいのだろうか。ユユは、自分が今、どんな表情をしているか分からなかった。

 ただ、目の前の美鈴は笑っていた。

「ユユは、そんなボクのことをいつまでも慕っているんだ。きっと、リリに裏切られることがあっても、キミはそんなリリを受け入れてあげられるさ」

 気付けば、美鈴の表情は……いつもの、優しいお姉さまの顔だった。

 恐れちゃいけないよ、ユユ。差し伸べられた手を拒まないで。未来を見て。いつまでも幻影なんかに囚われないで。

 気が付くと、ユユは真っ暗な部屋で、1人佇んでいた。

――恐れちゃいけないよ――

 亡霊になっても。時に疎ましく思っても。

 川添美鈴は、間違いなくユユのお姉さまだった。

 

--

 

「ユユからお昼に誘われるなんて! お赤飯炊かなきゃ! だっけ?」

「貴方は私を何だと思っているのですか」

 え~だってユユだよ~? と、目の前のリリィは楽し気な声を上げた。

 谷口(ヒジリ)。『百合ヶ丘の恋人』で、水夕会の主力で、しおりのシュッツエンゲル。どこか抜けているように見えるが、恐らく現役のファンタズム(未来視)持ちで最も完成度が高いリリィでもある。

 ユユは、何気なく手元の紅茶に視線を落とし、すぐに顔を戻した。

 ヒジリは何でもなく振舞っているし、ユユも何事もなかったように装っている。しかし2人は喧嘩別れのような形で分かれており、実際に会うまでユユは緊張していた。

「でもお赤飯はあるのに『お赤うどん』とか『お赤ラーメン』がないのって麺差別じゃない?」

「……ヒジリさん。紅白うどんというものが存在するようですよ」

「ええ~!? 色違いがあるのって、お素麺(そうめん)だけじゃなかったの!?」

 ……何と言うか、緊張して損だった。

「そうそう、お素麺の色違いだけ集めて一食分作ったりとかやってみたいよね~! ……ってしおりんに言ったら『一か月ほど、残った麺をお食べになるおつもりでしたら』だって! もう、夢がないんだから」

「賢明なシルトをお持ちで良かったではありませんか」「あ~、私が賢明じゃないみたいな言い方して!」「違いましたかね……貴方にはもったいないくらい良い子ですよ」

「ユユったら、私に断りなしでしおりんを借りてくんだから!」「それは申し訳ありませんが、貴方も琶月(わつき)さん辺りをちゃんと管理してください」「え? 琶月ちゃんはいい子だよ?」「ウチのが殺害予告を受けているのですが」「大丈夫。琶月ちゃんが事に及んでるの見たことないから」「見てたら手遅れですよ」「大丈夫だって。今まで未遂しかないから」「実行の意志があったことに不安を隠せませんよ……」

 話してて頭が痛くなってくる。そうだった、ヒジリとはこんな人間だった。

 こんなことなら和香(のどか)(元・初代アールヴヘイムで現・水夕会)も呼ぶべきだったと、ユユは半ば後悔していた。

「でも、ユユがシルトを作るなんて。私、本当に嬉しいんだよ?」

 ユユはぴくりと反応を示した。ただ、ヒジリに他意はないらしい。

「ええ、私も自分の変化に驚いているところです。こうやってまた貴方と話せる日が来ようとは、思いもしていませんでした」

「私は知ってたよ? ユユがまたみんなと仲直くできるって」

 ヒジリは頬杖をついてにこりとした。

 ただし、その冗談のような軽さに反して、言葉には真実味が籠っている。

「もしや、ファンタズムですか?」

「ううん。ただの勘」

 ……本当だろうか。ファンタズム使いの勘は当たりやすい。

 特に、この全てを識っているような瞳を見ていると、不思議と自分が守られているような気がしてしまう。

「……やはり貴方の力だったりするのでしょうか」

「もう。ユユはそうやって買い被るんだから!」

 ヒジリは優しく笑った。

 その笑顔に、不意にユユの胸が詰まった。懐かしさと、温かさ。

 この温もりが酷く懐かしい。そうだ、自分にはこんなにも温かい仲間が居たのだ。楽しい時は一緒に笑い、苦しい時は手を取り合う相手。掛け替えのない仲間。

「この一年間、貴方たちを遠ざけて申し訳ございません」

 ユユは唐突に頭を下げた。

 ……いや、唐突どころか遅すぎたくらいだ。

 本当は、ずっと謝りたかった。ヒジリが一番辛い時、傍に居て声を掛けられなかったことを。それどころかヒジリを傷付けてしまったことを、ユユはずっと後悔していた。

「どうしたの、ユユ。そんなこと言うなんて」

「ご存知でしょう。先日の戦いで、レストアの体内からダインスレイフを取り戻しました」

 ヒジリは、僅かに表情を曇らせた。ダインスレイフ、美鈴様の死。それはヒジリにとっても、簡単に割り切れる話ではない。

 それが分かっていて、それでもユユは()めなかった。

「あれは、きっと美鈴様からの贈り物です。過去と向き合えと、美鈴様ならそうおっしゃる筈です」

「そう? 美鈴様なら『過去に囚われるな!』って言うんじゃない?」

「過去に向き合わなければ未来にも進めません。過去をなかったことにはできませんが、決着を付けなくてはいつまでも囚われたままです」

 ユユははっきりと宣言し、そして表情を硬くした。……自分は、恐ろしく都合の良いことを口にしている。

 1年前、ヒジリのクラスメイトが次々と亡くなった戦い……そして、ヒジリの親友だった愛華(あいか)さえ行方不明になった戦いがあった。これ以上なく沈んでいたヒジリに追い打ちをかけるように、ユユはヒジリを突き放した。

 一緒に居られなかった。ヒジリの悲しみを受け止められる程、ユユには余裕がなかった。

 同室になるほど仲が良かった筈なのに、本当に困っている時に手を差し伸べられなかった。

 それなのに、今更一方的に『決着をつけて未来に進みたい』など、虫が良すぎる。

「ヒジリさん。私のことを許せとは言いませんが……」「あ、うん。許すよ?」

 ヒジリはとんでもなく軽い調子で言い放った。

「……あの、ヒジリ? 真面目な話なのですが」

「私だって真面目だよ! だってユユがやっと前を向いたんだもん。それを邪魔するなんて友達じゃないでしょ?」

 ヒジリは可愛くウインクをしてみせた。言葉以上に、その『温かさ』がユユの心に効いた。

 そうだった、ヒジリとはこんな人間だった。

「それに、ユユには言いたいことがあるんだから! やっぱりユユが美鈴様を刺したなんてあり得ない。何度も言ってるのに、ユユは聞かないんだから」

 しかし、この件に関してユユは苦い顔をした。

「いえ、やはり私は刺したのです」

「あー! やっぱり過去に囚われてる!」

 ヒジリは非難の声を上げ、ユユは困ったように眉を寄せた。

 ……どういう訳か、周囲の人間は口を揃えて『ユユは刺していない』と言う。しかしユユにはハッキリと刺した記憶があり、その感覚も腕に残っている。

「そんな訳ないでしょ! だって『ルナティックトランサーで記憶が混濁してた』って言うのに、そこだけハッキリ覚えてるなんておかしいよ。それにダインスレイフだって……」

「分かりました、分かりましたよ……」

「ユユは分かってないの! ユユがそう言うなら、『自分は刺してない』って認めるまで口を利きません」

 ヒジリはむくれてプイっと顔を背けた。

 ユユは困ったが、それでも自分を曲げるつもりはなかった。

「ヒジリさん……私は過去を捻じ曲げてまで前を向きたいとは思いません。私はお姉さまを殺してしまった。その(とが)は背負っていくべきなのです」

「だからそんな咎は存在しないの。それはユユが思い込んで生み出した物」

 思い込んで生み出した。

 川添美鈴の亡霊。

 もし、それが乗り越えるべきものだとしたら……ユユの妄想でしかないとしたら……いずれあの亡霊とも、決別しなくてはならないのだろうか。

「……ってヒジリさん。口を利いてくれないのではありませんでした?」

「う~ん? ユユがこの話をしてくれるようになっただけでも一歩前進だから、今日の所は許してあげる」

 この可愛らしいリリィは、気まぐれに言い放った。

「でも、よく考えてみて。冷静に思い返してみて。記憶なんて当てにならないものよ?」

「いえ、しかし……」「次に会う時までにはちゃんと考えておくこと! そうじゃなきゃ許さないんだから」

 ヒジリは一方的にそう言うと、席を立った。気付くと、ヒジリは皿の中身を綺麗にさらえていた。

「これから定期的に会いましょう。私は一回会ってそれではいオッケー、みたいな軽い女じゃないのよ?」

 ヒジリは、なかなかに魅惑的な笑みを浮かべた。

 ……このリリィが皆に好かれる理由はこういうところなのだろうとユユは思う。掴みどころがなく、悪戯っぽくて魅力的。可愛い恋人みたいなリリィなのだ。

 ……と、まぁ、そんな感想を覚えるのは比較的『部外者』な視点であって。

「ヒジリ様。こんなところにいらっしゃったんですね……」

「あれ? しおりん……?」

 ヒジリが振り返ると、どこで話を聞きつけたのか、しおりが立っていた。

「しおりさん、ごきげんよう」「ごきげんよう、ユユ様」

 挨拶は返すものの、しおりは依然として不機嫌そうな顔で突っ立っている。

「なぁに? 私がユユに構ってるから嫉妬しちゃった? んもぅ、しおりんったらかっわい~」「違います」

 しおりは冷静にツッコんだ。

「覚えておられませんか? 今日はご一緒にお昼を食べるお約束でしたよ」

 憮然とした声のしおりに、ヒジリはしばし顔を顎に当てて考えた。

 考えて、ポンッと手を叩いた。

 

「そうだっけ?」

 

「その『ぽんっ』は思い出した時の動きではありませんか!?」

 ヒジリは、完全に失念していた。

「ヒジリ様、その悩んでいた時間は何だったのですか!」

「ごめんごめん。ちょっと思い出しかけたんだけど、覚えててポカした方が悪いかなって、忘れちゃった?」

「過失を装う方がずっと悪質です!!」

 しおりは怒りを(あらわ)にした。ここ最近、昼食のタイミングがなかなか合わなかった。ようやく都合が合って、楽しみに待って、しかし集合場所にヒジリはおらず、お腹を空かせ懸命に探した結果がこれである。

 よしんば忘れていたのは(この人なので)仕方ないとして、悪びれないその態度は許しがたかった。

「あー、ごめん! しおりん怒らないで~」

 と言いながら、ヒジリはチラチラとユユを見た。

 ……助けませんよ? と思っていたら。

「ほらね? 記憶なんて当てにならないでしょ?」

「ヒジリ様!!」

 しおりは思いっ切り叫んだ。

 ……なるほど、身内がこれだと苦労するのですね、と。

 かつて戦友だった筈のリリィと、ちょっと心で一線を置いたユユだった。

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