アサルトリリィ BOUQUET ~if~ 作:クロスカウンター
ビー玉越しに世界を見ると、全てが煌めいて見える。
何でもない通路も、扉も、ごみ箱さえも、まるで天使の贈り物みたいに素晴らしく思える。
お姉さまから貰ったもの。ラムネ、みんなが集まるこの場所、ハグ、沢山の優しさ。そして……。
えへへ~……。
「ご機嫌ですね~リリさん」
「わ゛!? フミちゃん……?」
急に声を掛けられ、リリは思いっ切り振り返った。そこには小首を傾げるフミ、そして楓がいた。
楓は呆れ顔を隠さなかった。誕生日以来、リリは度々こんな調子なのだ。
楓はずいっと近付き、人差し指をリリに突きつけた。
「リリさん! アナタは隊のリーダーなのですから、もっと毅然とされるべきですわ」
その様は、緩んだリーダーに活を入れる司令官の鑑そのものだった。
……ただし、楓の背中に(いちゃつきやがって……!)と書いてあるのがフミにははっきり見えた。というか、普段から『緊張感がないのはリリさんの長所ですわ!』と公言している位なので、これは私怨だとはっきり分かるのだった。
「あはは……。ありがとうございます、楓さん。私、リーダーらしく頑張ります!」と律儀にリリ。
「いえ、楓さんのは完全に私怨ですから」とフミ。
「お黙り、チビ!」と楓。「チビ!?」
それは完全に悪口じゃないですか!?
フミは抗議したが、「はいはい、下界の声は遠すぎて聞こえませんわぁ~」と、楓は適当にあしらった。
リリは笑ってそれをビー玉越しに覗くのだった。
なお、レギオンの控室はあくまで公的な場であり、決して自分の世界に浸る場所ではない。しかしそうは分かっていても、このビー玉を見ていると頬が緩んでしまう。
「そのビー玉……もしかして、ラムネに入っているものですか?」
楓と取っ組み合いつつ、フミはふと尋ねた。
見たところ、それは何の変哲もないビー玉に見える。しかしリリが幸せそうに握りしめているということは、何か記念品のラムネなのかもしれない。
その何気ない質問に、リリは無邪気に答えた。
「うん! 実はこれ、お姉さまのラムネのなの!」
ピタリと、楓とフミは動きを止めた。
フミの脳内に、楓の言葉が浮かぶ。――リリさん? その飲み終わったラムネ瓶をいただいてもよろしいでしょうか?――(※その提案は『
……もしや、リリさんもそうした偏愛に目覚め……「まぁ、楓さんじゃあるまいし……」
「ちょっと、それは差別ではございません?」
「だってリリさんはあれですよ」
そう言って、フミはリリを指差す。リリは、ビー玉を見つめてにへらと笑っている。これが純粋。
楓は、リリを見つめて目をキラキラさせた。
「これが邪」
「純粋無垢ですわ!?」
……ちなみに、このビー玉は『リリの誕生日にユユから貰ったラムネのビー玉』であって、『ユユが飲んでいたラムネのビー玉』ではない。やはり、リリは楓とは違うのだった。
「私、これを見ているとあの日のこととか、お姉さまの優しさを思い出して、すごく嬉しくなるの」
そう言って、リリは愛おしそうにビー玉を抱きしめた。それこそ、楓が嫉妬するくらいに嬉しそうで。楓には悪いが、フミは見ているだけで幸せな気持ちが湧き上がってくるのだった。
「そうだ、フミちゃん! お姉さまの誕生日っていつなの? 私、お姉さまにしっかりお返ししなくっちゃ!」
「え!?」
その無垢な笑顔に、しかし、一転してフミは気まずそうに視線を逸らした。
「? どうしたの?」
「えーっと。その……リリさん……」
リリは首を傾げ、フミはおろおろと左右を見回した。目に映るのは、ゴミ箱、備品の段ボール、そして壁に掛けられたカレンダー。今日は6月21日……。
ちょっと言いづらかったが、フミは思い切って事実を告げることにした。
「その……ユユ様の誕生日は……12日、です」「え゛!?」
そのセリフに、流石のリリも慌てた。
「も、もしかして今月の……?」
「いえ、4月の12日です」
4月12日。入学式を終えて間もない頃。
あの頃は、お姉さまと出会って、思わず飛び出しちゃったり、シュッツエンゲルの契りを結んでいただけたり、色々あったなぁ……。
その過ぎ去りし日々を思い……。……その過ぎ去りし日々を……。……過ぎ去りし……。
……………………。
「な、な、な! 何で教えてくれなかったの!!?」
リリは、爆発した。
4月12日、入学式を終えて間もない頃。それがユユの誕生日だった。
ちなみに、今年は皆バタバタしており、お祝いは精々、同室の
リリは、ポカスカとフミを叩いた。
「フミちゃんの薄情者! あんぽんたん! アルミニウム!」
(……アルミ? 『軽薄』ってことです……?)
「いたた……。いえ、だってリリさん、その頃はユユ様にしごかれてた時期じゃないですか……」
4月の頭と言えば、入学、シュッツエンゲルの契り、そして1週間に及ぶユユの訓練が一続きに行われた頃だ。特に後半はやや殺伐としており、その中で「今日は誕生日ですね」などと言い出せる空気ではなかったし、何より、当時のユユはそんなことを言って良い雰囲気ではなかった。
「それでもだよ!! だって今年の誕生日は一生に一度なんだよ!?」
よく分からない勢いに押され、フミは一歩下がった。何か反論したいのだが、事実には違いなく、思いのほか言うことが思い付かなかった。
「それでしたら、代わりの記念日を作ればよろしいのではありません? ほら、4月8日は私たちが出会ったリリさん記念日ではありませんか!」と横から楓。
「……しれっと既成事実を積み上げていません?」
『助け舟を出したのですから感謝なさいな!』と楓は叫んでいるが、フミは邪さしか感じなかった。
まぁ、とはいえお祝いを記念日で代替する(例えば『レギオン結成記念』)のは悪くない案であって、リリも感銘を受けた様子ではあった。
「それでは7月の」「来週の金曜日などは如何でしょう? 準備期間もありますし、丁度、ユユ様の誕生日も金曜日でしたわ」
リリは、満面の笑みで頷いた。
「凄く良いと思います! 私、張り切って準備しちゃいます……!」
「善は急げですわ! 早速、各種セッティングを詰めてまいりましょう」
楓はいそいそと準備を始め、リリは瞳の奥に炎を宿らせた。
「……楓さん、日程は7月12日にしたらいいんじゃないですか? 月誕生日……じゃないですけど、キリが良いですし」
小声でフミは
楓がフミを遮ってまで日程を早めた(?)のは何故だろうか。妙に確信的で、その強引さには意図があるように思えた。
楓は眉をひそめて小声で返した。
「……7月12日にしてしまうと、8月も9月も、12日にパーティを開くことになるではありませんか」
「あー……」
フミは、拳を握りしめるリリを見た。
……リリさんならやりかねないですねぇ……。
別に祝って悪いものではないが、祝い事とは、特別だからこそ祝うのである。
年に12回も祝われては、きっとお姉さまもたまったものではなかった。
-2-
「えー、ご来場の皆さま、本日は足元の悪い中、お越しいただき誠にありがとうございます」
リリはぺこりと頭を下げた。今日は件の誕生会……ではない。その準備、会議の第一回だった。
「堅苦しいのぅ……」とミリアム。
「というか、雨も降っていないぞ」とタヅサ。
そもそも、今日は『初遠征をいつにするかの会議』と聞いており、いつの間にか議題が乗っ取られていた。もちろん反対などしないが……何故、今更ユユ様の誕生日会を?
ダレダレの一同に、楓は竹刀を地面に叩きつけた。
「皆さん! 会議中の私語は厳禁ですわ!」
「……どうしておまえがやる気なんだ……?」
タヅサは静かにぼやいた。楓はホワイトボード前に陣取って伊達眼鏡までかけており、妙にやる気満々だった。
「どうせいつものあれじゃろ。誕生会を成功させ、リリの感謝を得、あわよくば身体を許してもらおうという魂胆じゃ」
「そ、そ、そ、そんなことございませんわ?」
楓は思いっ切り視線を泳がせた。
……こいつは本当に分かりやすい奴だな……。
緊張感のない司令塔に、タヅサはため息を吐いた。
「私も協力はするがな。一柳隊の最初の会議がこれでいいのか?」
「まぁ、シェンリンさんなんて興味がなさ過ぎて紅茶利き始めてますし」とフミ。
見れば、部屋の隅で「これがアッサム。こちらがダージリンですわ」「へぇ……! 全然違うんだ……」などと言いあっている。
「ちょっと!? アナタも司令塔ですわ!」
……改めて、緊張感のない司令塔たちに、タヅサはため息を吐いた。
一方、そんな自由な一同を見てリリはもう一度頭を下げた。
「皆さん。わがまま言ってごめんなさい……。でも、どうしてもお祝いしたくって」
その姿に、タヅサは苦い顔で、シェンリンはやれやれといった様子で会議の席に着いた。リリにそう言われると、誰も反対できないのだった。
……まぁ、一般論として、本格的な活動や訓練を始める前に、軽い共同作業を行うのは悪いことではない。楓も、全く考えなしに誕生日会に賛成したわけではないだろう、とタヅサは思った。……恐らく、きっと、願わくば。
「そういえば、マイ様はどうしたんだ?」
タヅサは今更のように尋ねた。
「なんじゃ、お主と一緒ではないのか?」
「……別に私はマイ様のバディじゃないぞ」
と言いつつ、最近までタヅサの定位置はマイの横だ。今日は珍しく、タヅサの隣は空いていた。
「それでしたら、マイ様にはユユ様の足止めをお願いしましたわ」と楓。
「いつの間に……」(フミ)
「用意周到じゃのぅ」(ミリアム)
「おまえ、先輩を小間使いにするなよ……」(タヅサ)
……こいつは先輩に遠慮する奥ゆかしさは持ち合わせていないのだろうか。
タヅサはそう思ったが、意外にもシェンリンは楓に賛同した。
「このメンバーでは最善の選択です。私も楓さんの決定を支持しますわ」
確かに、会議と聞いてやってくるユユを足止めできるとしたら、同級生で関係の長いマイ以外にはいない。
真面目な話、戦場では『先輩だから』や『言い出しづらいから』で作戦が無に帰すようなことは許されない。楓の選択は、間違いなく司令塔として一流のものだった。
……尤も、それを日常で発揮すべきかどうかは些か疑問であるのだが。
「何でもいいが、後で謝っておけよ」とタヅサ。
「埋め合わせはお任せしますわ」と楓。「いや、何で私なんだ?」
「まぁ、一番の仲良しさんですし」とフミ。「別にそういう訳じゃないんだが……」
「タヅサさんとマイ様、お似合いだと思いますよ!」とリリ。「いや、だからそういう訳じゃ……!」
「(……え? うん!)……うちのタヅサはやらんぞ!」(ユージア)「おまえは何言わされてんだ……?」
「はいはい。雑談はここまでにしましょう」(シェンリン)「おまえに仕切られるのは納得できないぞ……」
「ま、待て! まだわしのボケが!」(ミリアム)「おい! そういう集まりじゃないからな……!」
「皆さんストップですわ! あと一週間しか時間がないのですから」と楓。
気付けば、楓とシェンリンで何やら打ち合わせを始めていた。数秒前と打って変わって、両者共に仕事モードである。
「……というか、シェンリンも乗り気なのか?」
不思議なことに、先程までやる気の欠片も感じなかったシェンリンが、手元のメモにペンを走らせている。
「やらないならやらない、やるならやるで全力で事に当たるべきですから」
「へぇ! 流石、シェンリンさんの人生哲学はクールですね……!」とフミ。
クールと言うより自分勝手に映るのは気のせいだろうか……。
「さぁさぁ。いつまでもくっちゃべっていないで本題に入りますわ。ボードに書いた通り、準備期間は今日から一週間。時間は放課後の訓練後として、出席者は私たちのみで、会場はこちら控室。食事・飲み物等の手配はシェンリンさん中心、レクリエーションはミリアムさん中心、飾りつけは皆さんで分担、そして……」
そのテキパキとした進行は流石に堂に入っていた。
「レクリエーション……ビンゴ大会とかかの?」「私も手伝います!」(リリ)
「私は何をしたらいいんだ?」「タヅサさんはシェンリンさんのサポートをお願いします」(楓)
「私もシェンリンを手伝えばいい?」「いえ。ユージアさんは装飾と、人手が足りない時のサポートをお願いします」(シェンリン)
「私はどうしましょう?」(フミ)「フミさんは雑用で」(楓)「雑用!? 『サポート』って言ってくださいよ!」
などなど。準備はつつがなく進んでいるように思われた。
事が起きたのは、それから約16時間後のことだった。
-3-
少女が眉を下げ、一人、席に
『楓さん? これじゃあ何も見えませんね』
「リ、リリさん……?」
『楓さんのこと、教えてくれますか?』
「も、もちろんですが……えっと、アナタはリリさん、ですか?」
楓は顔を右に左に動かした。四方から聞こえるリリの声に、楓は混乱していた。
『ふふっ』
不意に耳元で響いた声に、楓はドキッとした。いつもの無邪気な笑いではなく、どこか艶のある熱っぽい笑い声。
このままどうにかされそうな、どうにかなってしまいそうな……。
「ああっ……」
楓は悩ましい声を上げた。
それを見て。
「オイ、オマエらは何してんだ……?」
マイは何とも言えない声を上げた。
休日の朝。まぁリリィに休日も何もないのだが、当番でもないのに朝から控室に呼び出された上、一体何を見せられているのだろうか……。
発端。
それは、会議の席で発せられたリリの叫びだ。
「お姉さまへのプレゼントが思い付かないんです!!」
そこまでは、食事や菓子類の発注の報告、ラムネの確保の確認(売り切れ対策にまとめ買いの上、楓の自室の冷蔵庫で保管)、パーティ用品の買い出しリスト作成、前日・当日の簡単なスケジュールを確認……と、それなりに進んでいた。
しかし、プレゼントに関してはリリに一任するしかない。そして当然と言うべきか、リリはお姉さまへのプレゼントに頭を悩ませていた。
「別に何でもいいと思うぞ」「シルトから贈られたものならば云々」「何でも喜ぶ草々」
「皆さん、雑すぎですよ!」とフミ。
「何でもは良くないです! お姉さまに相応しいものを! プレゼントしないといけないんです!!」
リリも両手を大きく振りかぶって抗議した。
「それなら、実際にシミュレーションしてみればよかろう」
結局、このミリアムの一言が契機だった。
「お姉さま……このラムネ……受け取ってください!」(リリ)
「違うじゃろ。『お、お姉さまぁ……』って感じで」(ミリアム)
「いえいえ、『ラムネです! お姉さまぁ!』って感じでも……」(フミ)
「アナタたち……」
楓は心底残念そうにため息を吐いた。そして目を大きく見開いて一言。
「全然、リリさんがなっていませんわ! 私が指導して差し上げます!」
……まぁ、こんなグダグダした流れで、楓が目隠しで本物のリリを当てる『リリ利き』が始まったのだった。
『私、一柳梨璃って言います。一つの『柳』の『木』に、果物の『梨』と、瑠璃色の『璃』と書いて一柳梨璃っ』(シェンリン)
「コイツ、えげつねぇな……」とマイ。
「妙な特技じゃのぅ」とミリアム。
目を瞑ったら本物に……どころか、目を開いていても本物にしか聞こえなかった。
「え? 似てますけど、ちょっと違いますよ?」とリリ。
『え? 似てますけど、ちょっと違いますよ?』とシェンリン。
「シェンリンさん、真似しないでください!」
『シェンリンさん、真似しないでください!』
「もう! 全然似てないですぅ!」
『もう! 全然似てないですぅ!』
いや、見分けがつかない程そっくりだった。
『フミちゃん! 全然似てないよ!』
「あっ! それ私のセリフです!」
「……ごめんなさい、非常に混乱するので止めていただいても構いませんか……?」
リリとリリが会話しているというシチュエーションに、フミの脳は限界を迎えつつあった。
「リリさん、
どうでもいいが、目隠しされながらのこの理解力・解説力に、フミは真面目に感心した。
「え? ということは……シェンリンさんって、どうやって真似してるんですか?」
『コツがあるんだよ、リリちゃん?』
「リ、リリちゃん!?」
楓は、立ち上がりながら叫んだ。
「リリさん×リリさん……こ、これは禁断の果実の香りがいたしますわ!」
「あ! 楓さんが暴走してます!」「水かけとけ水」「駆けつけフェイズトランセンデンスしとくかの?」『隊長として許可します』「ああ! 隊長は私です!」「斜め45度の角度で……えい!」「ちょっとユージアさん! 結構な音がしましたけど……!」
云々かんぬん草々。
「お前らは本当にバカだな……」
とりあえず、聞いていて非常に不安になるやり取りだった。
……実のところ、この雰囲気はどこか初代アールヴヘイム(の悪いところ)を彷彿とさせるものがあった。それ故にツッコみづらく、マイとしては色んな意味で複雑だった。
『リリ……だよ』「思いっ切りユージアさんですよ……」(フミ)「楓、これは誰の手じゃ?」(ミリアム)「うーん……この滑らかで可愛らしくてクールで一匹狼な手は……」(楓)「おい! 私だ! ……というか分かってるだろ……!」(タヅサ)『私はリリ。ねぇねぇ、アナタは誰なの?』(シェンリン)「あああ……私は、私は……」(リリ)「リリさんが闇墜ちしてます!?」(フミ)
非常にバカである。
――……いや、マイも嫌いじゃなかったんだ。こうやって、バカやって過ごす時間が――
同じアホなら踊らにゃ損損。
マイは加速して、一気に輪の中に飛び込む。
『オイ、私はリリだぞ』「絶対マイ様です!?」(フミ)『私も、リリ……』「いやユージアさんですって」(フミ)「私ってリリ……?」「リリさんはリリさんですよ……」『わしもリリじゃ』「隠す気ないですね!?」『
「お姉さま……どこ……? 暗い……寒い……」
リリは両手で自分自身を抱きしめた。
「いや、本格的にダークサイドに堕ちてますから!? 皆さんストップ! ストップです!!」
完全にマイは悪ノリを始め、ツッコミのフミの負担だけが増えるのであった。