アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第6.2話 Happy birthday to you! You! その2

-4-

 

 準備は順調。クラッカーにパーティ帽子も用意し、折り紙で作る輪飾りも予定以上の進捗。リリのプレゼントは決まっていないようだが、あちこちで相談している様子を目にする。

 訓練での連携も一際良くなった。特にタヅサ・マイにあった僅かな遠慮のようなものが消え、誕生日作戦は既に半ば成功していると言って良い位だ。

 オールグリーン。絶好調。

 そんな訳で、フミは首筋にチャームを突きつけられていた。

「いえ、あの、ユユ様?」

「フミさん。貴方(がた)が隠し事をしているのは分かっています。私が寛容な内に、洗いざらいお話しいただくのが賢明かと思いますが」

 ……何で私が標的なんですかね……とフミ。

 まぁ、皆が準備している中、新聞の取材で一人抜け出したのが原因ではある。他の皆が姿を見せないので、必然的にフミがチャームを突きつけられることに……。

 いや、普通は突きつけられるものではないが。

 フミは、妙にユユからの信頼が低いのだった。(※自業自得とも言う)

「……」

 とはいえ、サプライズパーティのことを話す訳にいかない。

 とりあえず、フミは首を傾げてみた。

「えっと? ちょっと何のことか」「とぼけても無駄です。リリが私に顔を見せないということは何か異変が起こったということです」

 あー、流石の観察眼ですねぇ……。

 フミは笑って誤魔化そうとしたが、ユユはぴくりとも笑わなかった。

「貴方たちはいつもそうです。私に何も知らせず、勝手に決めて、勝手に終えて……」

 いつぞやの説教の繰り返しだった。

(これはマズイですね……)

 この剣幕ではリリの居場所を聞き出されかねず、仮に聞き出されなくても、今日明日にもリリが問い詰められるのは目に見えている。

「あの! ユユ様、実は……」

 フミは咄嗟に声を上げた。ただ、この次に何を言うかは考えていなかった。

「……何でしょう。仔細、お話しいただけるのですか?」

 ユユの鋭い眼光に、一瞬怯みかける。しかし、フミは今まで乗り越えてきた死地を思い出す。……銃口を向けられる、鳩尾を蹴られる、チャームでボコボコにされる……。

 ……主に仲間からの『指導』が脳をよぎるが……ともかく! ここで怯んでいるようでは、戦場では生き残れない……!

「実は……私も知らないんです……」

 フミは、出まかせを言った。ついでに落ち込んだ風に肩を落としたりしてみる。

「……本当ですか?」

「はい。実は私もハブられた口でして……ほら、今も私一人じゃないですか」

 ユユは訝し気にフミを見ていたが……その目で続きを促した。一応、話に筋は通っている。

「私やユユ様に内緒と言うことは、恐らく、リリさんが何かしら特訓をしていると思うのですが……私も正直、ちょっと不安になります。実は私、先日リリさんと手合わせして、負けてしまったんです……」

 言っている内に、本当に落ち込んできてしまう。

「先日の出撃でも、私は都度状況報告しただけで、殆ど突っ立ている状態でした。実戦経験がないのであれが最善だとは思いましたが……それでも、あのままではいけないと思っています」

 そして、フミは決意を込めた目でユユを見つめた。

(……あれ? これ何の話でしたっけ……?)

 一瞬正気に戻りかけるも、勢いそのまま頭を下げる。

「ユユ様、お願いします! 私に稽古をつけてください。リリさんが特訓されるように、私もリリさんに負けたくないんです!」

 そのまま頭を下げた状態で、1秒、2秒……。その間、ユユも驚いたように動きを止めていた

 それは思いがけず、真っ直ぐな言葉だった。フミ自身、少し驚くくらいに真に迫っていた。

 ……実はこのセリフ、半分は話を逸らす為だが、半分は本音だ。いや、どこまでが建前でどこまでが本音か、自分でもよく分からなかった。

 ユユはチャームを下ろし、僅かに表情を変えた。

「……ようやく、私を頼ってくれましたね。もちろん、私は貴方の力になりますよ」

 ユユは、どこか嬉しそうに手を差し出した。慌てて、フミはその手をがっしりと掴む。

 嘘に真実を混ぜる。自分自身をも騙す。

 地味に、フミは嘘を吐くときのポイントを押さえていた。

 ……我ながら悪いリリィですねぇ……。そう思ってしまうのは、ユユの優し気な笑顔がフミの良心をちくちく刺しているからかもしれない。

「ただし、私の指導は少々『本格的』かもしれません。もちろん、それは覚悟の上でしょうね?」

 ググっと、握った右手を万力のように絞められ……フミは、笑顔を引きつらせた。

 ……我ながら早まったかもしれませんねぇ……。そう思ってしまうのは、ユユの殺人的な笑顔が頭に警報をがんがん鳴らしているからかもしれない。

 

-

 

「それでは、早速参りましょう」

「え? 今からですか?」

「当然ではありませんか。善は急げですよ」

 そう言うと、ユユはずんずんと歩きだした。もちろん、その手を繋いだまま。

「わ、わわっ!」

 身体ごとぐいっと引っ張られる。この細腕のどこに、こんな力が隠されているのだろうか。

「じ、自分で歩けますよぉ~」

「いえ。これはただの癖です」

「絶対逃がさないという強い意志を感じるのですが!」

 しかし、抗議の声は完全に無視され、半ば引きずられるようにして歩く。

 ユユ様とお手を繋いで外を歩く。言葉にすればリリが嫉妬しそうなシチュエーションであるし、リリィオタクとしてこれ以上ない状況でもある。

 ただ、実態としては無理やり散歩させられる犬か、お仕置き部屋に連れていかれる子どもに近かった。

――まぁ、それでもユユ様のご活躍を考えると光栄なのですけど――

「フミさん」「は、はい!」

 ユユは唐突に口を開き、その内容も唐突だった。

「貴方は自分の欠点はどこにあると考えていますか?」

 え? と立ち止まろうとしたが、ユユは一切足を緩めないのでつんのめってしまった。

 慌てて体勢を戻しつつ、質問に答える。

「えっと、見通しの甘さ、理屈と現実のズレ、行動への迷い、打点の低さ……最後を除くと、総じて経験不足、でしょうか」

「そうですね。概ね貴方が考えている通りです。ただし、チームで考えると、一つ一つのデメリットは必ずしも大きくありません。それは分かりますか?」

「まぁ、理屈としては……はい」

 答えながら、フミはユユが何を言わんとしているのか測りかねていた。

 確かに、一般論として、レギオンは個々の能力の和より大きなパフォーマンスを発揮する。経験不足は司令塔の指示でカバーでき、打点の低さもチームでカバーすれば致命的なものではない。しかし……。

「でも、それに甘んじていてはいけないと思うのですが……」

「もちろんです。とはいえ、経験不足は一朝一夕では克服できません。それよりも、早急に克服すべきものが一つあります」

 ユユは立ち止り、じっとフミの目を見た。思わず見つめ返すも、ユユはリアクションを返さなかった。自分で考えろ、そう言われている気がした。

 ……何でしょう、防御技術、攻撃技術は一通り学びましたし、回避は(しばら)くお預けですし、ノインヴェルトや連携は私個人と言うよりチームの課題ですし……。

 ユユが待ってくれているのは分かるが、答えに皆目見当が付かなかった。

「チームで考えると、貴方に求められているのに、十分にその役割を果たせていないもの」

 フミは頭をフル回転させる。

「レギオンによっては、それだけで勧誘に値すると考えるもの」

「あ!」

 気付いて、フミはマギを『目』に集中させる。

 視界が別次元に広がる。まるで盤面を見下ろすように、周囲の状況が把握できる。

「そう。レアスキル、『鷹の目』です」

 どうして気付けなかったのだろうか。俯瞰視野は、レギオンに必須の状況把握能力だ。

 レジスタにも一定の俯瞰視野はあるが、指示を出しながら哨戒、進路考案、作戦立案などをこなしていては身がもたない。もちろん超一流リリィはこなせるように訓練しているが、普通は1~2名サポート役を置く。

 丁度、この間のフミが逐一報告をしたような役割がごく一般的な『鷹の目』の立ち回りであり、俯瞰視野に特化していることが『鷹の目』の強みであった。

「そして、それはフミさんの弱みでもあります」

 そう言うと、突然、ユユはフミの手を引いた。

「え? あ! わっ」

 視界がぶれ、俯瞰視野と混線する。集中が乱れ、レアスキルが解除される。

「貴方は鷹の目を使う時、動きが止まってしまいます。本来の視点と俯瞰視野で混乱するからでしょうが、それでは格好の的です」

 如何ですか? と流し目を送ってくるので、「うう……! 今のは急に動かされたからですよ~」と赤面して抗議した。

 ……実のところ、移動しながらのスキル使用は、通常であれば真っ先に訓練・矯正される『鷹の目』使いの初歩だ。ただ一般校で過ごしてきたフミは、その一歩目で思いっ切り(つまづ)いていた。

「大丈夫ですよ。レアスキルは当人に適ったものが覚醒します。フミさんならきっと、すぐにものにできるでしょう」

「はい……そうだと、わわっ! 急に引っ張らないでくださいって……!」

 またもずるずる手を引かれ、奥へ奥へと歩かされる。

「ご安心なさい。私が『優しく』『丁寧に』教えて差し上げましょう」

 そう言いながら、ぎゅっと握った手を万力のように絞められ……。やはり、”絶対逃がさない”という強い意志を感じるのだった。

 ……いえまぁ、別に今更逃げませんけどねぇ。

 この時のフミは、呑気にそんなことを考えていた。

 

-

 

 その後、歩くこと1分、2分……5分。

 何となく、おかしいと思っていた。

 いつも利用している遊歩道から外れたかと思うと、自然の多い場所に、そして気付けば森の深いところへと進んでいく。校舎に向かうにしては、些か……いや、かなり、非常に遠回りである。

「着きました」

「わわっ! いきなり離さないでください……!」

 ぐっと踏ん張って身体を戻しつつ、周囲を見回す。

 ……着きましたって、どこに着いたんですかね……?

 当然、演習場ではない。というか欝蒼と茂った森の中にしか見えない。

「あのぅ、ユユ様?」

 困惑するフミを置いて、ユユは数歩前に歩み出た。そして、チャームを森の奥に向け宣言する。

「鷹の目を使いながら、この森を駆け抜けなさい。それが今日の課題です」

 

(ひっ、ひぃぃ……!)

 フミは叫び声を押し殺しながら、森を駆け抜けていた。

――この森は昼間でも薄暗く、また障害物が多い為、リリィとはいえ易々とは抜けられません――

 随分と、『それらしい』課題だとは思った。

――しかし『鷹の目』があれば話は別でしょう。常に周囲を確認すれば、最適のルートを見つけることができます――

 自分にピッタリの訓練だと喜びもした。

――制限時間は設定しません。のんびり進もうが結構、フミさんの判断に委ねます――

 そして何より、ユユ様にしては『優しく』教えてくださるものだとホッとした。

 そんなフミに向け、ユユは最後にこう言った。

――ただし、今から10秒後、私は貴方を追いかけます。私が追い付き次第、戦闘訓練に移行しますので――

 そのおつもりで。最後の言葉と不穏な笑顔を確認するまでもなく、フミは弾かれたように飛び出していた。

(追いつかれたらヤバイ追いつかれたらヤバイ追いつかれたらヤバイ……)

 フミは、後ろからもの凄いプレッシャーが迫るのを感じていた。

 もちろん、ユユ様のことは尊敬している。また、リリィとしてのセンス、戦闘技術、戦術眼だけでなく、仲間への指導も決して下手ではないと知っている。

 しかし、(こと)、新人への指導に関しては話が変わる。ユユは、相手の力量に合わせて、器用に自分の力をセーブできる人間ではない。

 要は加減が下手なのだ。ストッパーが外れているとも言う。

 もし仮にルナティックトランサーでも発動された日には、(リリも他のメンバーもいない今、)冗談抜きでとんでもないことになりかねない。

――……と言いますか、この人は絶対発動します……! 『大丈夫です。ちょっと、試しにちょっと発動してみるだけですから』みたいな顔して絶対に暴走しますよ……!――

「フミさん」

「ひゃい!!? な、何も言ってませんが!?」

「射程圏内です」

 「え?」と答えるより早く、背筋を(のぼ)る悪寒に身体を捻った。直後、轟音と共に『何か』が背中の脇を抜けていった。

 鷹の目を後方に向ける。硝煙が、チャームの銃口から上がっている。確認するまでもなく、実弾を撃ったと確信する。

――……や、やっぱり加減知らずですよこの人!!――

 前だけでなく、後ろも見なくてはならない! 間に遮蔽物を挟まなければ、容赦なく撃ち抜かれる……!

 

 まぁ、そんな訳で、フミは地面にへたり込んでぜぇはぁと喘いでいた。

「お疲れ様です、フミさん。初日ですから、この程度にしておきましょう」

 普通に、情け容赦なかったのですが! とツッコみたかったが、そんな余裕は残されていなかった。

「フミさん。貴女に必要なのは経験です。常日頃から、鷹の目を使うよう心がけてください」

「ぜぇ……ふひゅ……」

「どうしました? 訓練は今日で止めにしましょうか?」

「い、いえ! はぁっはぁ、明日も……お願いします……!」

 フミは息を整えながら、絞り出すように、それでもはっきりと答えた。

 ……言葉にこそしないが、この頑張りにはユユも一目置いている。与えられた課題に食らいつく精神力、そして与えられたもの以上を吸収しようとする貪欲さ。

 リリもフミも、いつか必ず大成すると、ユユは確信していた。

 もちろん、そんなこと言葉にしないのだが。

「……ちょっと遅くなってしまいましたね。送っていきましょうか?」

「はぁ……いえ、もうちょっと、休んでいきますので……」

「そうですか。私はリリの様子でも『密偵』しておきましょう」

「はは、……よろしく、お願いします……」

 ……まぁ、リリが何をしているか、本当に知られたら困るのだが。

「何か?」

「いえ! ごきげんようです」

「……はい、ごきげんよう」

 ユユは、やや訝し気にしていたが、重ねて問わずに歩み去っていった。

 ……やはり、ユユ様は勘が鋭いですねぇ……。ユユ様が見えなくなって、ようやくフミは肩の力を抜いた。

 力を抜いて、地べたに(はしたないですけど)直接座る。そのまま何気なく見上げると、空は夕焼けで赤く染まっていた。

 それを見ながら、フミは、自分の頬が緩んでいることに気付いた。

 訓練の充実感、だけではない。レアスキルの訓練は、楽しいのだ。自分のレアスキルを伸ばすことは、他の能力の成長よりずっと胸が高鳴る。

 それはきっとレアスキルは、その人の性格そのものが反映されたものだからだろう。

 思えば、小さい頃からずっとリリィを観察することに命を燃やしていた。それ故の視野スキル、それ故の『鷹の目』なのだろうと思う。 

 そしてそれ故、今日のような無様をいつまでも晒してはいられないとも思う。

――フミさん。貴女に必要なのは経験です――

 ……やはり、もっと、もっと頑張らなくてはなりません。もっと頑張って、一人前のリリィになる為に。皆さんと、並んで歩み続ける為に……。

 この時期の太陽は高い。

 フミは、チャームを強く握った。先程まで限界だと思っていたのに、力を込めるとマギの光がコアから溢れてくる。

 まだ、私は頑張れます……! 頑張って、皆さんに負けないリリィになるんです!

 決意を新たに、フミは森の中へと一歩を踏み出した。

 

 ……のはいいんですけど。

 私、誕生会の準備はしなくて良いんですかね……?

 そもそもの目的から逸脱してるような気がするフミであった。

 

-5-

 

「うわああん! シェンリンさん! 全然、プレゼントが決まりません~~!」

 リリは、シェンリンの部屋でうつ伏せになって意気消沈していた。

「こちらからウバ、ディンブラ、キャンディ、ギャル、ルフナです」「わっ。同じディンブラでも、種類があるんだ……!」

「シェンリンさん、話を聞いてください~!!」

 初回会議の際、ユージアは紅茶に嵌ったようで、度々飲み比べをしているようだった。

「飲むだけでなく、紅茶をお()れになるのも練習されていますよ」

「それは素敵だと思いますけど……」

「はい。これ……リリの分」

 あ、うん、ありがとう……、とリリ。

 どうもはぐらかされた気がするが……なるほど確かに、差し出された紅茶は上品な香りを漂わせていた。唇に触れただけで、仄かな甘みと、さわやかな風味が身体を通り抜けていくような錯覚を覚える。

「ちゃんと、淹れられてるかな……?」

「はい! これ、すごく美味しいです!」

 思わず、満面の笑みで微笑んだ。リリは紅茶に詳しくないが、これは素晴らしい一杯に間違いなかった。

「よろしければ、リリさんもご一緒に学ばれますか?」

 リリは迷った。ただ、返事を聞く前に、シェンリンは奥からティーセットを取り出し始めていた。

「う~ん……。でも、私にできるかな?」

「できるよ!」

 突然、ユージアが大声を上げた。

「えっと、ユージアさん……?」

「リリならできる。私はね、全然ダメダメで……迷惑をかけてばっかりだったの」

「そんな、ユージアさんは……!」

 ユージアは首を振った。

「ううん。……でもね、シェンリンのおかげで、私も段々とできるようになってきたの。こんな私でも……できるようになるんだ、頑張れるんだって思えたの」

 そう言うと、ユージアは、真っ直ぐな瞳でリリを見据えた。

 そこに居るのは、出会った当初のおどおどとしたリリィではなかった。シェンリンと出会い、立ち向かう力を取り戻した、本来のユージアだ。

「リリは、私の背を押してくれたから……。今度は、私がリリの背中を押すって決めてたの」

「ユージアさん……!」

 リリは、感極まってユージアの両手を取った。

「ユージアさん……! 私、頑張ります! きっと、世界一の紅茶職人になります!」

「うん! リリならできる……。私とリリなら、きっと上手に紅茶を淹れられる……!」

 2人は、正面から見つめ合いながら共に高め合うことを誓った。それはまるで穢れない天使の戯れのようで、これ以上なく素晴らしいものを受け渡す儀式のようで……。

 感動的ですわね、とシェンリンは目頭を擦り、それから朗らかに笑った。

 それは2人の様子が微笑ましかったからかもしれないし、リリの話が流れたことにご満悦だったのかもしれない。

 

 

「うわああん! ミリアムさん! 全然、プレゼントが決まりません~~!」

 リリは、ミリアムのラボでジタバタと暴れていた。

「これがスタートボタン、これはプレビューボタン、そっちは設定ボタンじゃ」「へぇ。意外とシンプルなんだな」

「ミリアムさん、タヅサさん! 話を聞いてください~!!」

 リリは駄々をこねるように、簡易ベットの上で二度三度跳ねた。

「リリよ。そのベッドは即席じゃからあんまり暴れると……」「わわっ!」

 ドガドガッという音と共に、リリは地面に落ちた。「い、痛いです……」

「全く、何やってるんだ……」

「だってだってぇ……!」

 リリは、なおも不満そうに手足を振り回していた。相当、溜まっているものがあるらしい。

「ふむ。リリがここまで駄々をこねるのも珍しいのう」

「やっぱり、楓とフミがいないからか?」

「フミちゃんの話はしないでくださいぃ~!」

 リリは、威嚇するように「ぐるる!」と唸った。……何と言うか、今日は一段と感情豊かだな……。

 なお、楓は各種調整で出払っている。居たら居たで面倒なのだが、居ないと、こういうところで問題が起きるのだなと妙に感心する。

「おーい、タヅサ! そっちはもうできている筈じゃ。一通り確認してくれんかの?」

「ん。わかった」

 タヅサはリリを起こそうとしたが、ぷいと顔を逸らされたので、仕方なく作業に戻る。

 リリはその様子を座り込んだまま眺めていたが、ふと思い直して立ち上がった。

「タヅサさん。ミリアムさんは何をしているんですか?」

「ん」

 促されるまま手元を覗き込むと、手乗りサイズにデフォルメされた人形が目に映った。

「お人形で……あ! わあ! これ、お姉さまの人形ですか?」

 その凛々しく美しいお姿は、カッコ良くて綺麗で素敵で優しくて凄くて世界で一番のお姉さまに違いなかった。

「……褒めすぎじゃないか?」

「え?! 声に出してました……!?」

 ……とまぁ、リリが声を上げる程には良くできた人形だった。

「なかなか良くできとるじゃろ? 以前、もゆ様が企画した『リリィ総SD化計画』からデータを流用したのじゃ!」

「……もゆ様と聞くと、急に胡散臭くなるのは何だろうな」

「おい。そんなこと言っとると、もゆ様にSD化されるぞ」

 どんな脅し文句だよ……と思わないでもないが、部屋に盗聴器くらい仕込んでそう(※失礼)なので大人しく口を閉じた。

「でも、みんなの分も欲しくなっちゃいますね?」とリリ。

「わしもそう思ったのじゃが、データを1から作るのは大変での……。もゆ様が持っていたのは、ユユ様、マイ様、ソラハ様、依奈(エナ)様、(アカネ)様……まぁ、『例の顔ぶれ』だけじゃな」

 そう言ってから、ミリアムはふと不安になった。……まさか、リリが知らぬということは……?

 幸い、リリはニッコリ笑顔で頷いた。

「知ってます! 初代アールヴヘイムですよね!」

 クラスにファンの子がいるんですよ~! とリリ。

「いや、ファン云々というか……まぁ、知ってるならいいが」

 リリィとかリリィオタクとか関係なしに、世界的に名の知れたレギオンである。現アールヴヘイムと比べるとややマニアックな感はあるが、当然、日本で百合ヶ丘なら常識レベルの存在だ。

 なお、他のSDデータは谷口(ヒジリ)様、新家和香(のどか)様(水夕会)、竹腰千華(チハナ)様、青木夏帆(かほ)様(ローエングリン)、長谷部冬佳(トウカ)様(サングリーズル)。いずれにしても、これらを有効活用する方法がミリアムには思い浮かばなかった。

「『御台場迎撃戦の再現劇』ができたら面白そうなのじゃが……」

「あ! それフミちゃんに聞いたことあります!」

 聞き覚えのある単語に、リリは嬉しそうにニコニコ笑った。

 ……まぁ、これも一般常識……というより、御台場迎撃戦は世界でも屈指の激戦であり、かつ一般人を含め死者が出なかったというリリィ史に刻まれるレベルの偉業でもあるのだが。

「でも、『できたら面白そう』ってことは、何か問題があるんですか?」

「いや、参加リリィ、軽く40~50人は居るからな……」

 リリは、目を丸くした。

「え゛!? そんなに大きな戦いだったんですか!?」

 ……本当に世間知らずだなこいつは……。

 日本に住んでいて、どうやったら御台場戦を知らずに過ごせるのだろうか。ここまで来ると、一周回って、稀有で貴重な存在に思えてくる。

 変な奴(楓とか)に騙されないよう、しっかり守ってやろう。……などと、妙な決意を固めるタヅサであった。

「さて、わしらはもう少し内容を詰めるとするかの」

「まぁ、リリの頼みだからな……。私もできることはやってやる」

 そう言って、2人は紙の束を取り出したり、タブレットを出したり、いそいそと相談を始めた。

 リリはそれを後ろから眺めながら……いや、眺めているのは2人の様子ではなく……。

「リリよ、慌ただしくて済まぬが……。……リリよ、そんなにこの人形が欲しいかのぅ……?」

「え? あ! いえ、そうじゃなくって……!」

 しどろもどろに言い訳しているが、物欲しそうな目線は、真っ直ぐ人形に注がれていた。

「よければ一つ、お主にやろうか?」

「いえ、見てるだけ! 見てるだけですから!」

「データさえあればいくらでも作れるみたいだぞ。材料費も、まぁ、ラムネ数十個程度だ」

 へぇ、お小遣い1~2ヶ月分ですね、とリリ。

 別にいいのだが、とことん庶民派であった。

「ってそうじゃなくて……。あの、これって、人形以外も作れちゃうんですか?」

 リリはやや声のトーンを上げ、ミリアムとタヅサは顔を見合わせた。

「データがあれば……ってところじゃな。試作用にチャームのデータなら一通り入っとるし、戦術用にこの辺りの地形データも……」

「それじゃあ、もしかして……!」

 ……こうして、各自が自分の為すべきことを見つけて。日々は過ぎていく。

 一日、一日と誕生日会が近付いてくる。

 

-6-

 

「フミちゃん!」

「ふ、ふぁい、リリひゃん……」

「お姉さまは私のですぅ!」

 リリは、思いっ切り頬を膨らませて、思いっ切りフミの頬を抓っていた。

 ただ、チャームを握っていないので全然痛くはなかった。むしろそのいじらしさは微笑ましくもあり、フミの怪しい部分が刺激されそうだった。

 ……なるほど、楓さんがリリさんに拘る理由が分かりかけて……。

 いや、これは分かっちゃいけない奴ですね……。

 なお、言うまでもなく、昨日の訓練は素敵な逢引きではない。フミは生傷を付けて帰ってきたし、その日の内にリリにも一同にも報告している。

 しかし手を繋いで云々の部分は省略しており、それがリリにとってお怒りポイントだったらしい。

「私だってそんなに繋いだことないのに~フミちゃんのバカバカ~」

 リリはぐいぐいっと、フミの頬を引っ張った。怒り心頭というより、拗ねている感じで力はそんなに入っていない。

「なるほど。リリさんを射るには、まずユユ様を……」(楓)

「まず、私を助けていふぁふぁけませんかね……?」(フミ)

 そもそも、リリを射るよりユユ様をどうにかする方がずっと難しいのでは? という根本的な疑問が浮かばなくもなかった。

 

-

 

「はっ。はっ」

 吐息とも掛け声ともつかないものを吐き出しながら、フミは森を駆ける。追跡者がその(うしろ)に迫っているからだ。

 間に障害物を常に挟むように立ち回るも、徐々にその差は詰まっていく。そしてユユがその後姿を捉えた瞬間、()()は発砲した。

(! ……なるほど)

 危なげなく弾くものの、ユユの足がわずかに止まる。その隙に、フミは加速した。2人の距離は、再び大きく開いていく。

 狙いすましたような射撃。いや、まさしく『狙いすまして』いた。

 咄嗟に機転を利かせたものではない。フミの動きは、明らかに意図的なものだった。差が縮まったように見えたのも、あえて速度を調整したもの。この位置でユユを迎撃する為に計算された動き、ユユの動きを計算した動き。

 その『予習』ぶりにユユは苦笑いをした。それと同時、マギを集中させる。このまま普通に追いかけていてはまず追いつけない。それならば、少し”普通ではない”手を使うべきだ。

(ルナティックトランサー……!)

 ユユのレアスキル。半暴走状態に陥る代わり、身体能力を限界以上に引き上げる力。

――いえ、ほんの少しで十分。追跡任務中に暴走するなど、愚にも付きません――

 そう思いつつも、浮かんでいた苦笑いは、そのまま好戦的な笑いへと変貌していた。

 当然ながら、その異様なプレッシャーはフミにも伝わっている。いや、『見えている』。

(前へ、前へ……!)

 ここからは障害物など考えていてはいけない。今のユユは、目の前に何が立ち塞がろうとも一直線に向かってくる。だからこそ、フミも一直線に駆ける。

 僅かでもベクトルを逸らしたら、一瞬で喉元を食いちぎられる……!

 脇目も振らず前に進む。細身の身体を活かし、隙間を縫うように突き進む。身体を曲げ、縮み、飛び越え、最短距離を駆け抜ける。

 その後ろから、破壊音を響かせながらユユが迫る。

 木と木の間の僅かな隙間を、フミは、身体を折りたたむようにしてすり抜けた。

 ユユは回避の素振りすら見せない。

 太い幹が、岩石と見紛う程に硬化したその表面が、ユユに触れた瞬間、麩菓子のように崩れ去った。

 フミが身体を限界まで酷使して乗り越えた障害を、一つ一つ破壊しながら迫りくる。その様は、理不尽ですらあった。

 否応なく、両者の距離は詰まっていく。上空から見たならば、正確に、1秒ごとに数十cmずつ距離が縮まっていく様子が、ありありと見えたかもしれない。

――……捉えた!――

 ついに、フミを射程圏内に収めた。打つ手がなければ、ここでチェックメイト。

 その瞬間、フミはチャームを上に向け、数度発砲した。

 何故、上に?

 ユユは違和感を覚えた。ただ、身体は止まらない。止まる必要もない。幹が撃ち抜かれ、大振りの枝がユユに降りかかる。フミは飛び上がる。わずかな間、フミとユユの間に壁ができる。

 しかし、ただそれだけ。障害にすらならない。ユユがチャームを振りかぶると、真っ二つに切り裂かれた枝の隙間からフミの姿が見える。

 その筈だった。

――居ない!?――

 切り裂いた枝越しに。ユユの視界から、フミが消えた。

 咄嗟に身を屈め防御態勢を取る。周囲を探り追撃に備える。

 ……冷静に考えれば、フミ相手にその反応は過剰だ。ただ、トランス中はより直感的に身体が動く。相手を完全に見失った際は防御態勢に移行すること。それは戦場での基本であり、ユユが長年かけて積み上げたルナティックトランサーの癖でもあった。

 近距離、中距離と感覚を研ぎ澄ませるも、フミの気配は感じられない。

 そして、ユユはピタリと動きを止めた。

――……。これはしてやられましたね――

 ルナティックトランサーを解除する。遠方に感覚を向けると、想定よりはるか遠くにフミのマギを感じた。

 ……恐らく、2度目の接敵もフミの想定通りに動かされた。フミは全速力で進んでいるように見せて、余力を残していた。そして真っ直ぐに進むことで、ユユの意識を正面に固定した。

 視界が途切れた瞬間、フミは真横に飛んだのだ。それも全速力で。

 これ以上なく単純な手だが、トランス状態のユユにはこれ以上なく綺麗に嵌った。

 事前に考えていたのか、思い付きで実行したのか。どちらにしても、フミがこの作戦をうまくやり切ったのは間違いない。

 ため息を吐いてから、ユユは苦笑いを浮かべた。

――新米の彼女にやられるとは……――

 しかし、ユユは思い直した。入学から数か月、フミは並々ならぬ努力を繰り返してここに立っている。戦術理解は元々高かった。それが実戦と訓練の中で開花した結果が、今の『戦略的な』振る舞いだ。

 新米であっても、もはや見習いではない。……フミさんも、リリも、もう立派なリリィなのですね……。

 浮かんでいた苦笑いは、いつの間にか優しい微笑へと変わっていた。

 

(絶対追ってきます絶対追ってきます絶対追ってきます……)

 一方、そうとは知らぬフミは心臓が飛び出る勢いで、全速力で森の外へと駆け抜けていくのであった。

 

-

 

 フミは、木の幹にもたれ掛かり、荒い息を整えていた。

 しかし唐突に顔を上げると、不満げな声を上げた。

「おっ、追ってないなら言ってくださいよ……」

「フミさん。ヒュージは『追跡を止めます』と教えてくれるものでしょうか?」

 さらっと言いながら、ユユは草むらの奥から現れた。ちゃんと鷹の目を使ってますねと評価しつつ、しかし目ざとく失言を咎めた。

「フミさん。私が追っていないことに気付かなかったということは、最後の逃走の際、鷹の目での確認を怠りましたね」

「う……。いえ……はい……」

 だってしょうがないじゃないですか! と言いたかったが、言い訳にしかならないし、一息に長文を喋る元気もなかった。

 随分素直ですね、とユユ。まぁ、元気がなくて正解ではあった。

「とはいえ、全体としてはなかなか良い動きでした。特に、先手で射撃を加えたところと、真横に飛んで視界から外れたところ。どちらも私の動きを見越した良い戦術です。盤面を見るように把握できる『鷹の目』ならではの場をコントロールする戦術だったと、同じレギオンの味方として心強く思います」

 おお! あのユユ様にここまで褒められるとは感無量です……!

「ただし」とユユ。

 ……まぁ、何となく予期していたのだが、ユユはフミを手放しで褒めるようなことはしなかった。

「フミさん。今日のこと、随分と『予習』されたようですね?」

 その鋭いセリフに、フミは首を傾げてみた。

「えーと? 何のことで」「とぼけても無駄です」

 ……前にも同様のやり取りがありましたね? と、ユユ。

「怒っている訳ではありませんよ。私が帰った後も一人練習に励む貴方に、むしろ敬意を表したいくらいです」

「え!? ご覧になっていたんですか!?」

 フミは顔を赤くした後、一転して真っ青になった。

 努力を見られて恥ずかしい……の前に。完全に一人のつもりだったので、休憩中に恥ずかしいことを口走ってた気がする……。というか言った。

 アラヤさんごっことかしてた。あれが世に広まったら私、生きていけないです……!

「……何をしていたかは知りませんが、私もずっとは見ていませんよ」

 フミは心底ホッとした。

 ホッとするついでに、身体の力が抜けた。言葉を変えれば、程よくリラックスした。

 それが良かったのかもしれない。フミは、ふとユユの様子がいつもと違うことに気付いた。服装とか髪型とか外的なものではなく、体調と言った中・長期的なものでもなく、もっと単純な話として。

 ……もしかして、ユユ様もお疲れですか?

 今も、少し荒い息を吐いた……ような気がする。

 考えてみれば、『予習』済みのフミに付いてきた上、途中からはルナティックトランサーを発動して強引に追跡してきた。あれで息一つ漏らさない方がおかしい。特に、ルナティックトランサーは反動が大きいと言われる。

 ……もしかして、今までもスキルを発動された後はこんな感じに……?

 どうして今まで気づかなかったのだろう。いや、どうして今は気付けたのだろうか。

 これも訓練の成果……? ……いえ、俯瞰視野と人間観察はまた別な気が……。

「フミさん」

「あ、はい!」

「これが私との勝負でしたら心から称賛できたのですが、本題は『鷹の目』の訓練ですから。未知の場所を通ってこそ、訓練の成果が上がるというものです。大体貴方は加減と言うものをですね……」

 ユユは眉を吊り上げ説教モードに入ってしまい。フミは「はい……。おっしゃる通りです……」と、ひたすら小さくなるしかなかった。

 ……とはいえ、初心者レベルだった『鷹の目』を、僅かな間に実戦レベルまで引き上げたのは目を見張る成長ぶりだ。

 もちろん、レアスキルは覚醒した時点で適性があるものだ。戦闘中に覚醒してそのままヒュージと戦うリリィがいるくらいだから、フミの成長ぶりも決して不思議なものではない。

 それでも、当人にその気がなければ決して身に付くことはない。ユユに応えて付いてきてくれるこの小さな後輩を、ユユはとても誇らしく思った。

「……」

 まぁ、思ったなら口に出せばいいのだが。

 フミがリリィとしてまだまだ未熟であるように、ユユもまた先輩として未熟なのかもしれなかった。

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