アサルトリリィ BOUQUET ~if~ 作:クロスカウンター
……噂ですか
「そうよ。たかが噂、されど噂」
この学院にスパイが紛れている……と
「そりゃこんなに大きな学校ですもの。一人くらい『裏切者』がいてもおかしくないでしょう?」
……。その言い方は
「下品な表現よね~。誰が言い出したのかしら」
…………。
「もう一つ、いいかしら?」
……何?
「この噂には続きがあるの。この学院にスパイが紛れている。そしてそのリリィは、アナタの後輩の……」
-7-
その夜、一柳隊の控室に皆が集まっていた。
「えっと、皆さん。前……以前お話した通り、外征は明後日、土曜日の夜から、翌、日曜日の夜までの、1泊2日に決定しました。集合は21時に正門前。持ち物は……えっと、配布資料の通りです!」
何とか業務連絡を終えると、リリはホッと一息ついて着席した。
「ありがとうございます」とユユ。
リリとは対照的に、その表情は心なしか硬かった。
初めての外征。リリやフミ以外にとっても、レギオンの正式な任務として初めての外。そして、ユユにとって後輩を率いる初めての外征になる。
決して難しい任務ではない。むしろ残党処理中心の、初外征に打ってつけの任務だ。
それでも、ここ何ヶ月か続いた不穏な出来事が頭に引っかかる。この任務も、決して楽観視はできない。
「なんじゃ、ギガント級はおらぬのか」
「これでは私の活躍をお見せできませんわ」
「さっさと終わらせて帰りたいもんだな」
「では、昼までに掃討してしまいましょう」
「私も『鷹の目』でバシバシ見つけますよー!」
「私も、やってみる……!」
「おう、お前ら頑張れよー」「マイ様も手伝ってくださいよ~」
…………。
「皆さん、やる気一杯ですね!」とリリ。
にへらと笑ったリリの頬を、ユユはにゅっと摘まんだ。「いひゃひゃ! お姉ひゃま、いひゃいです!」
「痛いです~……ではありません! 皆さんも! 確かに残党処理のような形でしょうが、ラージ級、もしかしたらギガント級が潜んでいる可能性もあります。決して油断できない戦いであると、改めて心得てください」
「「「「「「「「はーい」」」」」」」」
「……貴方たち、小学校の遠足じゃないんですよ」
全く緊張感のない一同に、ユユはため息を吐いた。
「まあまあ。そんなに意気込んでも仕方ないだろー? 結局はなるようになるもんだ!」とマイ。
……まぁ、ここは変に緊張しているユユの方が問題だったかもしれない。
この一週間、リリたちはただパーティの準備をしていた訳ではない。連日訓練を繰り返し、レギオンとしての練度を高めてきた。むしろ、パーティの準備もその『訓練』の一環でさえある。
「もう一つだけ忠告しておきますと、当日は1日中戦闘態勢を取り続けます。特にリリさんとフミさんは長時間の実戦経験がありませんから、息切れに注意してください。他の皆さんも……」
「言うまでもありませんわ! リリさんは私が命に代えても守って差し上げます」
「おまえはフミの保護者じゃなかったのか?」
「タヅサさん!? あれ(※おんぶ)は戦略的機動体勢です! それに私だって……」「はいはい、ついでにちびっこも守ってやりますわ」「おまけ扱いです!?」
「…………」
全く緊張感のない一同に、ユユはもう一度ため息を吐いた。
……と、その真面目な(?)会議が終わった15分後。
「はい! 改めまして、お姉さまの誕生日会会議を始めたいと思います!」
おーぱちぱちー、とフミ。
「リリさん、会議での隊長仕草が板についてきましたね~」
「そうだな。遠征の会議も、要点を抑えた良い報告だったと思うぞ」
そうですかねー? とリリは頬をかいて笑った。
「皆さん、リリさんを甘やかしてはいけませんわ。リリさんはワールド級の逸材なのですから!」
何故か、楓が誇らしげに胸を張っていた。
「『もっともっとご活躍いただいて、リリさんと私との関係を世に知らしめるのですわー』って感じです?」とフミ。
「『わしが育てた!』的なものかの」とミリアム。
「それだとみーさんが言っているみたいですよ」とシェンリン。
「みーさん……!」(ユージア)
「……ミリミリ的な?」(マイ)「むーちゃん?」(楓)「アムちゃん……?」(フミ)「アムミリ……」(ユージア)「……フォンちゃん」(リリ)「あ、それ可愛い」(タヅサ)「おい、勝手にわしのあだ名を増やさんでほしいのじゃが……」
「言っておきますが、私は『わし』のような無骨な一人称は使いませんわ!」(楓)「ツッコミどころはそこでいいのか……?」(タヅサ)
「と言いますか、時間がないのでリハーサルに入りますわね」と楓。
見れば、既に段ボールから司会用のマイクと蝶ネクタイを取り出している。
「緩急が激しくて付いていけないんだが……まぁ、そうだな……」
「何があるか分かりませんから。手早く済ますのがベターでしょうね」
「この段ボールも、中を
「そうですね、早くやっちゃいましょう! 皆さん、よろしくお願いします!」
リリが頭を下げたのを合図に、それぞれが配置に着いた。
……本番前夜、各種準備は滞りなく進んでいる。今日のリハーサルもほとんど形だけで十分なほどで、何も問題がない。
事件が起きたのはその時だった。
「よし! それじゃあ入場から……」「あ! 待ってください!」
突然、フミが大声を上げた。何事かと視線を向け、ミリアムはギョッとした。フミの顔は、蒼白に染まっていた。
「ユユ様が……ユユ様が向かってこられます……!」
『鷹の目』には、ずんずんと控室に向かってくるユユの姿。
まるで死を暗示するかのように一歩一歩。『死神』が一柳隊に迫る。
誕生日会に向けた最後の試練、一柳隊・控室防衛戦の開幕だった。
-
「やばっ、電気を消して……!」
「ダメです……ばっちり点いてるのを見られてます」
「くっ! 足止めはどうしたのじゃ!?」
「それより次善の策ですわ! 今、踏み込まれるのは最悪……」
「誤魔化すことは可能でしょうが、明らかに不自然。明日のサプライズは事実上失敗となります」
「逃げるにしても、この人数で動けば流石に……」
「私が足止めに……!」「いえ、私が!」
「ダメだ! ……フミやリリだけじゃない、誰が行っても不自然だ!」
「そんな……折角頑張ったのに……」
「諦めてはいけません。まだ、策はある筈です」
しかし誰かが何かを言い始める前に、タヅサはチャームを起動させた。
「タヅサさん?!」
「私が未来を見る、それで」
「待て! そんなことをしたらマギが漏れ出る! 失敗のリスクがでかすぎる!」
「マイ様! でも!」
「タヅサ……! シェンリンを、私たちを信じて……」
タヅサは僅かに逡巡した。その後、静かにチャームを仕舞った。
「……すまない、
「ありがとうございます、タヅサさん」
シェンリンは優しく微笑んだ。
迫るタイムリミット。限られた選択肢。絶望的な状況は何一つ変わらない。
それでも、仲間と一緒ならきっと乗り越えられる。それを信じられるなら、リリィに不可能はない。そのことを証明し続けたことが、リリィの歴史そのものなのだから。
そして、シェンリンが静かに手を上げた。
「シェンリン……?」「シェンリンさん?」「策があるんですね!」
しかし、シェンリンは厳しい表情を崩さなかった。
「……その様子だと、訳ありみたいだな」「難しいミッションという訳ですわね」
シェンリンは一度だけ頷き、そして重い口を開いた。
「……これは非情な作戦です。多大な犠牲を伴う恐れがあり、本来は行うべきではないかもしれません……」
絞り出すようなその言葉に、しかし難色を示す者はいなかった。
「なんじゃ、水臭いの。さっさと策を教えてくれ」「言ってくれ。私にできることなら、何でもやる」
「悔しいですが、私もシェンリンさんの案に賭けたいと思います」と楓。
「作戦にリスクは付きものだ。マイは司令塔に従うぞ」とマイ。
「私、信じてるから……。シェンリンの考え、聞かせてほしい」とユージア。
リリは、一歩シェンリンの許へ踏み込んだ。
「シェンリンさん。私、お姉さまの誕生日会……絶対に成功させたいんです。どんな難しい作戦でも、私、やり抜きます! どうか教えてください!」
「私からもお願いします!」とフミ。「私は未熟者です! だからこそ、その事実に甘えたくないんです……! どんなことだってやり遂げてみせます。お願いですから、私にも手伝わせてください!!」
シェンリンは、皆の顔を見渡した。
「分かりました。作戦をお話ししましょう」
そして僅かに微笑むと、軽やかに口を開いた。
「いいですか。作戦名は『Leaf forest』です」
-
予感があった。何かがおかしい。不自然だ。
例えるなら、ピースが上手くはまらないのに絵柄だけ完成しているかのような違和感。巧妙に仕組まれた『何か』。勘違いで済ませてはいけない。背後に隠されたものが必ずある。
そして見つけたのは、煌々と灯っている控室の明かり。
もちろん、この時点で確証はない。それが『何か』見当すら付かない。それでも、ユユは校舎に戻ってきた。リリィとしての直感に導かれてやってきた。
果たして、その判断は正鵠を射ていたと言える。
――……!――
突然奥の扉が開き、何者かが廊下に飛び出した。
距離があり、廊下の電灯だけで人相は判断できない。しかし、少なくとも百合ヶ丘の制服ではなかった。
そして、顔を隠すように被ったフード、チャームの起動音とマギの放出、誰もいない筈の『一柳隊控室』から出てきたという事実。
確認するまでもない。それが窓から飛び去っていくのに続いて、ユユも校舎を飛び出した。
――……ゲヘナ? スパイ? どこのリリィなの?――
考えている暇はない。
「そこのリリィ! 止まりなさい! 止まらなければ、敵対行動中とみなし貴方を拘束いたします!」
叫びながら、緊急連絡を入れる。独特の発信音に、1秒もしない内に応答があった。
『オイ! どうしたんだユユ?』「不審リリィ1名。隊の控室に侵入の上、逃走。現在北東方角に進行中。私1人で追っています」
『はぁ? 何者だ!?』
「所属不明。小柄でフードを着用。移動が速い。推定暗視装置を付けているか視野系スキル持ち。警告に反応なし。私は追います、マイは警備に連絡を」
オイ、待て! という叫びを聞く前に、ユユは通話を切った。
その表情は険しかった。
――コイツ、慣れてる……!――
この辺りの地形は、ユユもそれなりに把握しているつもりだ。しかし、相手のペースはユユを上回り、徐々に間隔が開いている。
電話の片手間で追える相手ではない。確実に、百合ヶ丘レベルのリリィだ。
目的は何か、どんな情報を得たのか、狙いは一柳隊か、それとも……。
増援は間に合わない。この状況は明らかに怪しいが、ここで逃がすと後々とんでもない脅威になりかねない。
――ここで、必ず捕まえる……!――
ユユはマギを込めて加速しつつ、チャームに弾丸を装填した。同時にゴーグルを取り出し、装着する。
木々が障害となり、射線が通らない。それでも狙いをある程度絞って、2発、3発発射する。
……それは不審者にかすりもしない。
代わりに、着弾した瞬間、辺りを眩い光で照らした。閃光弾だ。
(…………)
着弾点は悪くなかった。確実に光が直撃した位置。
不意打ちで目を焼かれれば、確実に足が止まる。暗視ゴーグル越しでもスキル越しでも、風景の変化に困惑し、足は鈍る。
それにも拘らず、彼女の足は決して止まらなかった。その事実に、ユユは表情を一切変えなかった。
……この場合、まず間違いなく相手は俯瞰視野持ちだ。それも厄介なタイプ。――そう、スキル使いに絶対の自信があるような……――
その思考の隙を縫うように、ユユの足元で光が爆発した。
――!? 閃光弾!?――
ユユは足を止めない。止める必要はない。先んじて防護ゴーグルを付けたのは、光と音を防ぐためだ。この閃光弾で損害は受けていない。
それでもユユが驚愕したのは、起動のタイミングだ。図ったかのように、ユユの足元で起動した。
完全に動きを計算されている。
もし、これが爆発物なら確実にダメージを与えられていた。
――いえ、なぜ手榴弾ではなく閃光弾を……?――
敵対の意図はない? 警告? 単純なミス? 装備の不足?
可能性はいくらでも考えられる。しかしユユが直感的に感じたのは……『好奇心』。
強烈な敵対心は感じられなかった。そして、それは必ずしも良いこととは言えない。好奇心で向かってくる相手ほど、始末に負えないものはないからだ。
戦闘狂とサシでやり合うなど、考えるだけで頭が痛くなる。それでも。
ユユは表情を引き締め、マギを集中させる。
――レストアの急増……帰ってきたダインスレイフ……現れた不審者……。もしも、これが一つの線で繋がっているとしたら……!――
絶対に、ここで引く訳にはいかない。
-
(なんでユユ様、笑ってるんですか!?)
それは閃光弾を当てた直後のこと。驚愕の表情の後、ユユは、明らかに笑った。
もちろん微笑みなどではなく、愉快なことが起きた時の表情。同種のものを、一度しおりが垣間見せたことがある。つまり、それはデュエル年代的な表情。
要は戦闘狂の顔である。
――……シェンリンさん、確かに私、何でもするとは言いましたけども……――
顔を隠して走り去れ。適当なところで捕まれ。命令はそれだけだ。
確かに、作戦は大成功だ。時間は稼げた、距離も離せた、これで控室の隠ぺいも出来ていよう。しかし、下手な捕まり方をしたら命に関わりかねない。
……『多大な犠牲』って、『犠牲』が私に集中してませんかね……。
加えて、フミはボイスレコーダーを押し付けられている。『逃げる理由』とのことだが、このままだと盗撮・盗聴犯の汚名を着せられてしまう。というか、事と次第によっては憲兵に突き出されかねず、最悪のパターンだと刑務所デビューまでありえる。
……いえ、事そこまで至ったら流石に皆さんが助けてくれると……。……助けてくれるんですかねあの人たちは……?
信用がないことに定評がある一同である。最悪、自分の所為にされるのではないか? ここは自分で何とかするしかないのでないか?
……とまぁ、そんな疑念と不信に後押しされ、『何とか逃げ切れないかなぁ』という淡い期待を抱いたりしているのだった。
もちろん、それはあまりに楽観的過ぎるのだが。
ユユが、射撃体勢に入った。
――! 射撃……閃光弾? じゃないです!――
先と違い、明らかにじっくりと構えている。
遮蔽物など意味がない。実弾にマギを込めれば、木の幹など容易に貫通させられる。訓練ではないのだ。ユユ様相手では、木々は目隠し程度の意味もない。
フミは左右へのフェイントを織り交ぜ、マギを防御に割り振った。油断なく後方を見据え、当然ながら進行方向への視野も確保する。練習の成果で、一先ず形にはなっている。しかし……。
――……あっ! これ、狙われてるだけで距離詰められてます!?――
この数秒だけで、距離が縮まっているのが目に見えて分かる。射撃体勢はフェイク? フェイントを止めるべき?
フミは、この一瞬迷ってしまった。
僅かな逡巡。思考の切れ目。身体の動きが、一瞬止まった。止まってしまった。
――あっ、やば――
ユユのチャームは、その銃口をフミへと向けていた。
轟音が響く。咄嗟に頭を屈める。フードの端を掠めて弾丸が抜けていく。ホッとする間もなく、直撃した前方の木が爆ぜた。
――さ、炸裂弾!?――
爆風に煽られ、フミは体勢を崩す。ぞっとする予感を覚え、体勢そのまま無理やり地面を蹴る。轟音が響き、フミのいた場所が灼熱に包まれる。
じょ、冗談じゃないですよ!?
炸裂弾。装甲が硬いヒュージ用の特殊弾頭で、リリィと言えど、直撃したらただでは済まない。
……ちなみに、フミの記憶によれば弾頭は結構お高いはずで、気軽にバンバン撃てるようなものでない。
「はあああ!!!」
それが、気合と共に、弾幕を張る勢いで飛び出してきた。
それを避ける、避ける……いや、避けさせられている。
前に出ようとすると炎の壁に阻まれる、移動方向が制限されている、明らかに追い込まれている。
刻一刻と距離は消えていく。近距離戦に持ち込まれたらおしまいだ、絶対に勝てない。
……炎に突っ込む? ……いや、万が一があれば外征が台無しに……。こちらも炸裂弾を? って持ってないですし……。空に逃げ……ても的ですし、反撃しても効果的とは思えないですし……!
――あー! もし私がジャストガードを習得していれば連爆で防げたかもしれませんのにぃ!!――
考えを放棄したくなる現実に、それでもフミは諦めなかった。
――……考え方を変えましょう。今更できないこと、やったことのないことを考えても仕方ありません……――
できることをやってみる、練習してきたことをやってみる。受けきれない攻撃への対策は、ユユにやられてからずっと考えてきた。
フミは、覚悟を決めて空中に飛び出した。
ユユが眉をひそめたのが見える。それでも、無防備な敵を逃すユユではないと知っている。
タイミングを見計らう。ユユが狙いを定める。フミが身体を反転させる。そしてユユの射撃に合わせて、チャームを振り下ろす!
……
……爆発の勢いで逃げる! 一旦距離を取れば追撃も難しくなる……!
チャームに力を込める。ここで失敗したらみすみす直撃を許したのと変わらない。絶対に爆風に負けてはならない!
そしてチャームと銃弾がぶつかった瞬間、銃弾はあっけなく二つに分かれた。
「え?」
頭が真っ白になる。何が起こったか理解が追い付かない。
いや、理解している。通常の実弾だ! 作戦が見抜かれていた! 分かっている。しかし分かっているのに身体が動かない。
――とか言ってたら! いつまで経っても足手まといなんです!!――
「ああああああ!!」
無理やり身体を動かす。ユユを肉眼で見据える。射撃体勢。今度こそ炸裂弾!
マギを総動員して、もう一度チャームを振り下ろす。轟音が響く。
チャームと銃弾がぶつかった瞬間、爆発がフミに襲い掛かった。それこそ、フミが待っていたものだ。
マギでガードを固める。爆風を防ぐのではなく、爆風に逆らわない。力強い翼を持った鷹のように、フミは風に乗って空を飛ぶ。
――ここからが勝負です!――
このままではただの的だ。同じことを、連続で繰り返す自信はない。だから、相手の行動を縛る。
射撃モードに切り替える。ユユの銃口にピッタリ合わせるように、フミは銃口を真っ直ぐ向ける。
撃ったら撃つ! 炸裂弾を撃ったら、すぐさま相殺してやる!
……もちろん、フミ程度の腕でそんなことはできない。しかし、万が一を思えば躊躇してしまうものだ。もしも炸裂弾にタイミングを合わされたら、ユユはその爆風をもろに受ける羽目になる。
銃口を向けた脅し。これは先程の意趣返しのつもりだった。
これで仕切り直しだ。
――いくらユユ様でもここでリスクを取るような……こと、は……――
フミは、ユユと目が合った。その目は、一寸の迷いもない。
違う! ユユ様は撃つ。撃つ。撃たれる!
そして轟音が響く。
――あっ――
音の主はユユではない。フミだ。思わず発砲してしまった。
フミは続けて発砲した。こうなったらプレッシャーをかけるしかない、撃ち続けるしかない。撃つ、撃つ、撃つ!
地面に当たる、ゴーグルに当たって弾け飛ぶ、身体に何発も直撃した。
ユユは顔色一つ変えない。瞬き一つしない。ただただ真っ直ぐ見ている。フミを見据えている。――ひぇっ――
その強烈な意思を爆発させ、ユユは一喝した。
「舐めるな!!」
怒号と共に、マギが込められる。咄嗟にフミは斬撃モードへと変形させる。頭が動かない。代わりに、繰り返し覚えた通りに身体が動いた。
轟音が響く。空間を切り裂いて弾がフミに迫る。
それを、チャームの背に当て、微妙な角度を付けて後方に流した。受け流し。フミが初めて習った防御技術。
実行してから、その不味さに気付く。この技術を教えた師匠は目の前のリリィであり、こんな目の前で披露して、その正体に気付かないということは……。
……これは……終了ですねぇ……。
後方から爆発音が響く。フミは体勢を立て直し、地面に着地する。
ユユは、一歩一歩、焦らすように近付いてきた。
-8-
――フミさん。下を向きなさい。落ち込んだ顔をしなさい。……真剣に。もう少し
フミは朝一番に叩き起こされ、関係各所に謝罪に向かわされた。
教導官、守衛室、生徒会、当直のリリィ、よく分からない関係者……。
その間フミは、「この度はお騒がせしてしまい申し訳ございませんでした」以外の言葉を発せなかった。ユユの厳命だ。いや、言葉には出されなかったが『余計なことを言うな』というオーラが強烈に発せられており、フミはひたすら恐縮していた。
ひたすら謝罪に回りつつ。フミが1つ気付いたのは、関係先によってユユの口上が変わっていることだ。
教導官には『申請に不備があり申し訳ございませんでした』。守衛室には『申請の不備と誤報によりご迷惑をおかけしました』。生徒会には謝罪に加えて『お力添えいただき感謝いたします』、当直のレギオンには正式に謝罪状を送ったのち『何か奢らせて頂戴』。
……うーん、政治力学の臭いがしますねぇ……とフミ。いや、その手の話題は全く知らないのだが。
などと、(心の中で)無駄口を叩いていたのが悪かったのかもしれない。
「あんたがユユのシルトか」
「えっと?」
急に、隊長さんに話しかけられドキッとした。
リリィオタクとしてはコンタクトの一つでも取っておきたいのだが、今はひたすら穏便にいかなくてはならない。というか、下手なこと言ったらユユ様に地獄を見せられてしまう……。
「えっと、あの……」
「違います。リリの同級生のフミさんです」
ユユは助け舟を出したのか、釘を刺したのか。
「そうなのか? ま、どっちでもいいけどな! ユユさんを怒らせる1年坊が2人もいるなら、ユユさんも安泰だ」
そう言ってバシバシとフミの背中を叩き、フミは目を白黒させた。
どちらかというと嬉しい部類のコンタクトなのだが、タイミングがタイミングなので「あ、ありがとうございます……」と一通り恐縮しておいた。ユユは何とも言えない顔でそれを眺めていた。
なお、この謝罪行脚は朝だけでなく授業の合間、昼休み、放課後、そして辺りが暗くなるまで延々と続いた。
最初はどこか不満(※主にシェンリンへの)があったフミだが、ユユ様が頭を下げているのを見ていると徐々に心苦しくなってきた。
そして最後の謝罪先へ向かう道中、フミは足を止めて頭を下げた。
「ユユ様。今日は、本当に申し訳ありませんでした」
ユユは一歩遅れて足を止め、しかし興味なさげに口を開いた。
「……別に。後輩の不手際は先輩の指導不足でもあります」
「それでも、私の為に時間と労力を割かせてしまいまして、大変申し訳ございません」
生真面目に頭を下げる後輩に、ユユはため息を吐いた。
「貴方は……」
ユユは何かを言いかけてやめた。代わりに、全く違う話を始めた。
「西に町があることはご存知ですか?」
「はい?」
「緊急時の集合場所です。西に進むと、廃棄された町がありますから。他の皆が集まるまで、仮初の宿になるでしょう」
急に話題が変わったことに、フミは困惑した。
「えっと……?」
「……何でもありません。このことは他言無用です」
ユユはそっけなく話を終え、再び話を変えた。
「フミさん。百合ヶ丘での生活は楽しいでしょうか?」
「えっと、はい! それはリリィオタクとしてもちろん! 毎日が発見と勉強と刺激の連続で! ……あ! いえ、これは不法行為を肯定している訳ではなくてですね……」
「心配しなくても私は分かっています」
ユユは少し表情を緩めた。が、すぐに鋭くフミを見つめた。
「しかし、誰もが貴方を知っている訳ではありません。分かりますね?」
……一体何の話でしょう……? フミは返事に困ってユユを見つめ返した。
「……前に言った筈です。取材活動を良く思わない人間がいると。そういった者に付け込む隙を与えるべきではありません」
ユユは表情を崩し、ただし
「痛くもない腹を探られるのは不愉快でしょう? 『李下に冠を正さず』とも言います。それが不法行為でなくても、怪しまれた時点でトラブルになり得るのです。優れた人物というのは、他人に疑念を抱かせないもので……」
他人に疑念を抱かせない――一点の曇りもない完璧なリリィ――
「…………」
「ユユ様?」
「……話が長くなりました。今回のことに懲りたら、紛らわしい事は止めるようお願いします」
「は、はい。申し訳ないです」
フミはもう一度頭を下げた。
……まぁ、殊勝な態度は外面だけであり。
頭を下げながら、『鷹の目』で確認する。そして頬が緩みそうになるのを必死に抑える。部屋の中、その準備は万端だ。
「フミさん。いつまでも頭を下げなくて結構です」
「あ、はい!」
「早く向かいましょう。皆さんも待ちくたびれていることでしょう」
ユユがとっとと歩き出したので、フミも慌てて後を追う。
妙に長く感じられたこの一週間、最後の行き先は一柳隊控室である。
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ユユは不安を抱えていた。
「あれ? 電気が消えてます?」
皆が何かを隠しているような気がする。
「フミさん……!」
「とりあえず電気を点けますねー」
手を伸ばす。届かない。
暗闇に紛れ、何かが息を殺している。迫りくる気配。放たれた破裂音と共に。
ユユはチャームを抜き放った。