アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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ラスバレ(アプリ)にソラハ様実装記念で、ちょっとアールヴヘイム回を先出ししてみました。
※レジェンダリーバトル実装5/28、投稿6/10。

まぁ、まだゲーム中で取得はできないので……。


第6-4話 vs不審な影

 リリィにとってチャームは、かけがえのない存在である。それは武器であり、生命線であり、相棒であり、身体の一部ですらある。

 それがピカピカになっているのを見て、彼女は盛大にため息を吐いた。

「あ~あ。短いバカンスでしたわね」

「アラヤちゃん……昨日までは、暴れたりないって……」

「クスミ。コイツの言うことなんかまともに聞いちゃダメよ。感情が服着て歩いてるような奴なんだから、大して考えちゃいないわ」

「天邪鬼なんだよ、コイツは」

「あぁん? それは喧嘩を売ってるつもりかしら?」

 4人が会話しながら近付いてくるのを見て、すれ違うリリィはさっと道を開ける。

 遠藤亜羅椰(アラヤ)、江川樟美(クスミ)、田中(いち)、金箱弥宙(ミソラ)。彼女たちは百合ヶ丘の……いや、世界のトップレギオンの一角、『アールヴヘイム』の主力メンバーだ。

 先日の戦闘でチャームが損傷・一時戦力外となったが、半月も経たない内に前線に復帰することになった。随分と急ピッチで修理が行われたものだった。

――まぁ、私たちの力が必要とされている、と考えれば悪くない気分で……――

「…………!」

 ピクリと、眉を動かし立ち止まる。

「……アラヤちゃん?」

 クスミが首を傾げ、壱とミソラはチャームに手を掛けた。

「……いえ。気配は消えましたわ」

 アラヤは警戒を解きつつも、不満げな顔を隠さない。

 ()()だった。

 殺気、ではない。しかし、こちらをじっとり観察するような異様な視線。下手をすれば、殺気よりずっと(たち)の悪い何か。

 百合ヶ丘に帰ってから、隙を伺うように何度も視線を感じていた。

「私には分からないんだが……本当に何かいたのか?」とミソラ。

「アラヤちゃんが言うなら、間違いないと思う」とクスミ。

「コイツは動物並だからな」

「ええ! 私は獰猛な肉食獣ですから?」

 アラヤは胸を張った。まぁ、事実、アラヤは野性的な勘を持っており、その直感で数々の危機を救ってきたのだが。

 ……しかし、コイツには皮肉も通じないな……。

 壱は呆れたように息を吐く。ただし、臨戦態勢は保った。

「で、それは人なの? それともヒュージ?」

「どうやら、薄汚い何某ですわね」

 ヒュージではなく、人。

 クスミは大きく頷くと、数歩前に踏み出し、半身だけ振り返った。

「鼠だね……!」

「……何でどや顔なんだ?」

 妙に楽しそうであった。

「それでは、月詩(つくし)さんと辰姫(たつき)を呼びましょうか。あの2人でも、いないよりはマシですわ」

「え? 私たちでやるの?」と壱。

「いいんじゃないか。丁度、コイツの『ネズミ叩き』も直ったところだしな?」とミソラ。

「当然! 獅子は鼠を取るにも全力を挙げるものですわ!」

 ……いや、獅子というか猫の仕事だぞ……。壱はそう思ったが、クスミが乗り気なので何も言わなかった。

「鼠殲滅戦……!」

 ここに、アールヴヘイムの復帰戦が始まろうとしていた。

 

-1-

 

 唸り声のような風切り音を上げ、歪んだ金属塊が飛び込んでくる。そこに一歩踏み込み、鋭い剣筋で切り裂いた。

「やあ!」

 リリだ。しおり直伝の超攻撃スタイルだった。

 そして背後からもう1体が飛び込んでくる気配を感じて、しかしリリは動かなかった。

 その必要はなかった。リリが行動を起こすまでもなく、それは突如撃ち抜かれて爆ぜた。

 それを確認し、茂みからもう1人のリリィが現れる。

「……一応対応してくださいよ~」

「え~? フミちゃんならやってくれるでしょ?」

 その悪戯っぽい言い方に、狙撃手(フミ)は苦笑いした。喧嘩と仲直りをして以来、リリはこうした挑発的な物言いをするようになった。

 対抗して、フミも大言を吐いてみる。

「まぁ、私なら残り全部、一人で倒せますからね」

「ダメだよ! 私が全部、やっつけちゃうから!」

「リリさんには絶対無理ですよ~」

「フミちゃんこそ無理はダメだよ」

 まるで放課後のような他愛のなさだが、その間2人は一切構えを解いておらず、背中合わせで周囲を警戒している。

 そんな2人を囲むように、多数の唸り声が響く。先程と同じものが大量にやってくる。

 それを見て、2人は笑った。

「どちらが多く倒せるか」「勝負だね」

 2人は合図もなしに、同時に飛び出した。

 その様子をモニター越しに見ながら。

「……おう、マジか……」

 壱は、ただただ驚いた。

 画面に現れる撃破スコアは、2人とも並んでいる。右上に表示されているのは『演習』の二文字。今日はヒュージロイドを使用した、実戦形式の演習だった。

 壱は、実に2ヶ月半ぶりに授業に参加していた。既に単位は足りているのだが、学級委員長として、クラスの変化は把握しておきたいのだった。そして、予想以上に著しい変化が眼前に現れていた。

 4月に見た時は、初心者も良いところだった。しかし、今の2人はまるで別人だ。別人と言うか……マジで、何があったらこんなに成長できるんだ……?

「おい、しおりん。アイツらに何があったんだ?」

「士別れて三日なれば即ち更に刮目して相待すべし、ですよ。いっちゃんさん」

 『いっちゃん』はクスミ専用だ! と壱。

 しおりん呼ばわりを完全に棚に上げている壱だが、しおりは全く気にせずにこりと笑いかけた。

 なお、当のクスミは部屋の隅でさくあと雑談している。(壱はそこはかとなく不安なのだが、クスミにとって数少ない話相手なので一先ず黙っておくことにしている)

「しかし凄いな……。いや、百合ヶ丘の平均から見れば中の下……まぁ、数か月でここまで来てる時点で普通じゃないんだが……何より連携の質、おおい!!」

 ざわっ、と見学者一同がどよめいた。壱も思わず声を上げる。死角から迫った射撃を、リリが際どく回避した。

 弾は訓練用とは言え、実戦形式なのでそこそこ威力を出している。当たったらそこそこ痛い。それにもかかわらず、その避け方は確信的でブレがない。もしこれが意図的なものだとすれば、『この世の理』(回避)使いを彷彿とさせるリスキーな動きだ。

「……オイオイ、マジか……」

 ……なるほど、妙に見学者が多いと思っていたが、納得だった。こんな危なっかしい奴、とても目を離してはいられない。

「オイ、しおり。あれはオマエが仕込んだのか……?」

 壱は半ば責めるような口調で尋ねたが、しおりは悟ったような顔で応えた。

「いえ、私は何も」

 笑ってはいないが穏やかなような、苦渋の表れのような、信頼しているような、呆れているような……どのようにでも解釈できる微妙な表情だった。

 結局、外征再開のデッドラインまでに2人の『悪い癖』は治らなかった。しかし、教えるべきことは全て教えた。これ以上は、もはや一柳隊の面々に任せる他はない。

 その心境は、諦観でもなく、満足でもなく、落胆でも安心でもなく、まさしく悟りと言うべきだった。

 壱が更に探りを入れようとしたところで、電子音が響く。演習終了、リリ20、フミ20。随分と仲の良い結果だった。

「ふっふっふ! 今回は私の勝ちですよ~」

「うぅ……! 私のラムネがぁ……」

 しかし、帰ってきた2人の様子は対照的だった。というか、何やら賭けまでしていたらしい。

「2人ともごきげんよう。スコアは同点だったわよ?」

「あっ、壱さん! えへへ、授業で会えると壱さんが帰ってきたんだって感じがします」

 リリは一転してにへらと笑った。

「ごきげんようです~。リリさんは反則で-1点ですから私の勝ちなんです!」

 フミは得意げに胸を反らせた。

 反則と言うと……まさかあの回避のことだろうか。

 そう思っていると、フミは後ろを差した。訝しみつつ振り返る。

(うわっ!)

 声が出そうになる口を咄嗟に抑える。いつの間にか、ユユ様がすぐ近くにいた。

 周囲の生徒が口々に挨拶を始め、慌てて壱も頭を下げる。

「ごきげんよう、ユユ様」

「はい、皆さんごきげんよう」

 そこで、壱は違和感を覚えた。それが何か考えていると……差し当って、ユユが手にボードを持っていることに気付く。そこには『リリ-1点』と書かれていた。

「リリ。意識的でないのは分かりますが、その動きはまだ厳禁です。自身の動きをコントロールなさい」

「いいえ! 素晴らしい回避でしたわ!」

「うわっ、楓も居たのか!」

 死角からにゅっと不満顔の楓が現れた。手にはボードを持っており、『不当判決』と書かれている。

「リリさんの回避は完璧でしたわ! 実戦はともかく、練習の場でトライ&エラーを図ることは悪いことではございませんわ」

「もちろんその通りですが、この演習はその『実戦』を想定したもので……」

「ですから、その『実戦』でうまくできているのですから……」

 そのまま、ユユと楓は言い合いを始めてしまった。

 手に妙なボードを持って、1年生と言い合いしているユユ様。言いたくないが……こんな姿、あんまり見たくなかったなぁ……。

 他方、リリとフミは、クラスメイトから「回避が危ない」やら「寝癖を直せ」やら、口々に注意されている。「いえ、これはオシャレなんですって!」(フミ)

 壱は首を傾げた。……あれ? 百合ヶ丘ってこんな騒がしい感じだっけな……。

 全体的にもう少しピリピリした空気が広がっていたように思う。ユユ様も、後輩とこんなに親しげに振る舞う人ではなかった。一体、百合ヶ丘で何が起こっているのだろうか。

「なかなか愉快ではございませんか? ねぇお壱様」

「……いや、オマエが出ると不穏だから止めてくれ」

 しっしとさくあを払い、壱はため息を吐いた。

 一つ確かなことは、どうやら、一柳隊は百合ヶ丘の台風の目になっているらしかった。

 

-2-

 

 ところ変わってカフェテリア。

「え゛、不審者……?」

 リリは、壱の話に明らかに顔色を変えた。

「あら。心当たりがあるのかしら」

「え、えっと……」

 リリは、つーっと視線を逸らした。頭に浮かぶのは大傘を差した変人リリィ。もしや、萌沢雫月様……?

 心当たりはそれしかない。ただリリには悪い人物には思えず、前回のように大事になるのは避けたい。

 結果、リリは何とか誤魔化そうとして……結局、『私、知ってます!』と全身で表明してしまっていた。

「リリさん? 何かご存知なんですね?」

「そ、それは……」「リリさんを誑かす不審人物が現れたのですわ」

 見かねた楓が助け舟を出した。

「5月の連休直前のことです。丁度このカフェテリアで、不埒者(ふらちもの)がリリさんの貞操を狙ったのですわ!」

「えっと、そういうのはなかったかな……?」

 貞操どころか、身体に触れられてすらいない。

「いいえ、絶対に狙われていましたわ! リリさんはもっとご自身の魅力に自覚的になられるべきですわ!」

「それは楓だけじゃねぇのか……?」

 壱は、素でツッコんでしまった。

 ……いかん、委員長キャラが崩れる……。どうも、リリたちと話してると調子が狂ってしまう。

 咳をして、体裁を取り繕う。

「連休というと、殆ど2か月前のことですね。その間、目撃情報などはなかったのですか?」

「それが全くですわ。もしかすると、上級生のどなたかが犯人で、騒ぎになった挙句に名乗り出られなくなったのかもしれませんわね」

 やれやれと、楓は片手を振った。なお、生徒会や教導官内でも、続報がないということで暫定で同様に結論付けられている。

 リリも上級生ではあると思っているので、嘘にならない程度に曖昧に頷いておいた。

「それにしても『アールヴヘイムを狙う黒い影』、と言いますとちょっとした事件になりますわね」

 楓は冗談っぽく言ってみたが、言葉尻に真剣な響きが残ってしまった。

 アールヴヘイムは世界屈指のレギオンであり、色んな意味で格好の的になる。称賛、取材対象、救援の要請相手、といった好意的なものばかりでなく、やっかまれたり、スキャンダルを狙ったゴシッパーが現れたりと、まぁ、色んな意味で注目されてしまう。

 楓も有名リリィとして鳴らしてきただけに、その厄介さは承知している。『不埒者』の考えるところは理解できないが、何にせよ、本来の活動の外でリリィのリソースを削られるのは本当に腹立たしいことだった。

 ただ、リリはそうした事情にはかなり疎い。

「何だか、フミちゃんの記事になりそうですね~」

 リリはえへへ、と笑った。つられて、楓も表情を緩めてしまう。

 それを見て、壱も苦笑した。今更言うまでもないが、楓はリリに甘いのだった。

「まぁ、不審人物と言ってもアラヤが視線を感じたってだけだから、あまり大事にしないでくれると嬉しいわ」

「あー……アラヤさんですか……」とリリ。

 4月以来、未だ苦手意識が消えていなかった。同じく、楓もアラヤのことはよーく覚えている。

「そもそも不審者なんて本当にいるのです? あの色情魔のことですわ、カラスか何かを覗きと勘違いしたのではなくて?」

「でも、アラヤは勘が鋭いからね。『誰か』が見ていたのは間違いないだろう」

「そうそう。あんな奴だけど、リリィとしてのセンスは……」

 言いかけて、ふと壱は口を止めた。首を回す。正面に楓、その横にリリ、その横にソラハ様。「ってソラハ様じゃないですか!?」

「やぁ、ごきげんよう」とソラハ様。

「7月になると、子供時代を思い出すよ。ヒマワリ畑の絵日記と、アサガオの観察記録。山に連れて行ってもらったり、草むしりに駆り出されたり。ただ、どうして綺麗な花を咲かせるものを『邪魔だから』の一言で排除しようとするのか、私には理解できなかったな。まぁ、今ではせっせと雑草を除けてるのだけどね」

「……何のお話ですか?」と壱。

「ごきげんよう、ソラハ様。できれば、もっと脈絡のある登場をお願いしたいものですが」

「あの、この前はお花、ありがとうございます」

 楓は適当に茶々を入れ、リリはぺこりと頭を下げた。

 ソラハはうんうんと頷いた。それで何をどの程度了解しているのかは不明瞭だった。

「それより、どうしてソラハ様がこちらに? 何か問題でも起きましたか?」

「いいや。会議が終わってクスミを探していたんだ。そしたらリリさんを見かけたから、ふらふらっと」

 ふらふらっと。ソラハ様ともあろう者が、そんなふんわりとした感覚で良いのだろうか……。

 脱力する壱を尻目に、ソラハはニコニコ笑っていた。

「ずっとリリさんに聞きたかったんだ。あんなに頑なだったユユの心を開くなんて、一体どんな魔法を使ったの?」

 こっそり教えてよ、とソラハは茶目っ気たっぷりにウインクした。

 そのチャーミングな様に、楓の目つきが変わった。

「ソラハ様? 百合ヶ丘のエース様と言えど、私のリリさんに手を出そうものなら、その選択を後悔させて差し上げますわ……!」

 スッとチャームに手を伸ばす楓を、リリは慌てて止めた。

「だ、ダメだよ楓さん!」

 図らずも、それは入学日の再現だった。丁度、壱やソラハが初めてリリたちを見かけた一場面だ。

「そもそも、いつからオマエのになったんだー?」

 とツッコみつつ、壱は何となく懐かしくなって、頬杖をついて状況を見守った。あの小さかったリリがこんなにも大きくなって……。

 なお、リリはソラハ様に飛びかからんとする楓を全身で止めている。「壱さん! 止めてください!」とヘルプを求められるが、壱は応援席に座っている保護者の気持ちで目を細めた。

「リリさんふぁいとー」「ファイトしそうなんですよ~」

 騒がしい光景に、ソラハは愉快そうに笑った。

「あはは、これが魔法の答えかな? こんな愉快な仲間に囲まれたら、ユユだっていつまでもウジウジしてられないさ」

 ソラハはうんうんと頷いた。それで何をどの程度合点しているかは不明瞭だった。

――え? ユユお姉さまはウジウジなんてなさらないですよ?――

――してますとも!――

 ふと気になって、リリは背中を逸らせながら(いつの間にか楓に抱きしめられつつ)、ソラハ様に尋ねてみた。

「あの、昔のユユ様って今のユユ様とはちょっと違ったんですか?」

 ソラハは数秒考える仕草をした。

「うーん、今より生真面目だったかな? 中学の入学式なんか、『私が全てのヒュージを倒してやる!』なんて言ってたくらい」

「へぇ、ユユ様が!」「え? そんなことおっしゃってたんですか?」

 その答えに、むしろ壱が驚いた。ユユのことは中等部から一応知っているが、当時から一貫して落ち着いた大人なイメージがあった。そんな青臭いことを言っていた時期があるとは、にわかに信じがたい。

「……って、壱さんは何を格好付けていらっしゃいますの? リリィたるもの、一度はそのセリフを口にするものではございません?」

「いえ、そうですけど……そういうのは大抵、小学校で卒業しませんか? ……いえ! ユユ様を貶めている訳ではありませんけど」

 実際、中学生になってからもそういうことを言っていた人間は、壱の知る限りでバカ(月詩(つくし))を除くと一人もいなかった。もしかしたら、しおりは事件がなければ中学1~2年までは言っていたかもしれないが……。

「結構純粋なところがあるんだよ、ユユは。だからこそ、美鈴様はユユを選んだのかもしれない」

「美鈴様ですか?」

 リリは身を乗り出した。レストアに刺さったダインスレイフ。節目に何かのメッセージを残すように、それはユユの手元に帰ってきていた。美鈴様の話題に、リリは敏感になっていた。

 もちろん、敏感になっているのはリリだけでなく。

「……」「……」

 楓と壱は静かに視線を()わし、壱は首を振った。ソラハ様が美鈴様の話題を出すのは、壱が知る限り数年ぶりだった。何を思ってその名を口にしたかは分からない。

 一体何を言い出すのか。壱は喉を鳴らした。

「あ、これお土産のラムネ煎餅。キワモノかと思ったけど、駄菓子みたいで美味しかったよ」

「あっ、これはどうもご丁寧に……」

 壱は、ずっこけそうになった。

「ソラハ様! 美鈴様のお話ではなかったのですか?」

「ほぇ? ひふふさまふぉ?」

「って何もぐもぐさせてるんですか! お土産ですよね?!」

 ソラハはうんうんと頷いてごくんと飲み込んだ。

「一つ頂いてね。壱もどうだい?」

 どうだい、ではない。あげたお土産をその場で強奪するなど、百合ヶ丘のリリィにあるまじき行為ではなかろうか……。

 しかし、壱の沈黙をどう捉えたのか、「美味しいですよ、壱さん」とリリ。

「なかなか懐かしい味ですわ。アナタにも一つ差し上げますから感謝なさい」

「いや、これ私が見つけたんだが……」

 というか、楓の口に合うのがちょっと意外だった。壱は嫌いでないが、かなり庶民派の味だと思う。……まぁ、楓は良い意味で所帯じみている人間だが。

 いや、そんなことを話しているのではなく……。

「ソラハ様。あまり私たちを振り回さないでください」

「ごめんごめん、別に他意は無いんだ。この前、一柳隊がユユのダインスレイフを奪還してくれだろう? それでちょっと思い出しちゃって」

 ダインスレイフ、甲州撤退戦で失ったユユのチャーム。その戦いには、当然、初代アールヴヘイムだったソラハも参加している。

 それは美鈴様の最後の戦い。皆に好かれ、多大な影響を与えた『お姉さま』がいなくなった戦い。

 ソラハはどこか遠くを見るような目をした。そして呟くように一言。

「カリスマ」

「え?」

「本当にリリさんがユユのパートナーで良かったと思うよ」

「は、はぁ。ありがとうございます……?」

 ソラハが何でもないように続けたので、リリは聞き間違いでもしたかと頬をかいた。

 一方、壱は静かに目を見開いた。――カリスマ……!――

 あの連携の精度……確かに、『カリスマ』と考えれば……しかしまさか……。

「……あっ、レアスキルじゃなくて『人を惹きつける』って意味ね。リリさんは、人を惹きつけるカリスマのようなものを持っていると思う」

 ソラハは後付けのように言葉を加えた。その真意はともかく、リリは首を傾げた。

「レアスキル、ですか?」

「レアスキル『カリスマ』。チームの統率力を上げる、そういうスキルがあるのですわ」

 楓は、できるだけ何気なさを装って説明した。

 ……正直、この話はリリの前ではしたくなかった。自身のスキルに予断を持ってほしくない……というだけでなく、リリがそうであると考えることに複雑な気持ちがあった。

 『カリスマ』持ちは、人を惹きつけるような魅力的な人物であることが多い。レアスキルは当人の人となりを反映するものだから不思議ではないが……時に、逆ではないかと言われることがある。

 つまり、『カリスマ』というスキル故に他人を惹きつけているのではないか。それ自体が能力の一種ではないか。

 支援と『支配』のスキル、カリスマ。そのように考えることは、あまり喜ばしいことではなかった。

「…………」

 一体何を思ってそんなことを口にしたのか、楓は睨みつけるようにソラハを見据えた。しかし、当のソラハはごく自然にリリの方を向いていた。

「リリさん。あなたがその力を()()()使うことを期待しているよ」

 ソラハはニッコリと笑いかけた。

「あ、はい……」

 リリは、何となくバツが悪い気がした。リリィとして正しい力の使い方。……もしかすると、リリがフミとチャームを向けあったことをご存知なのだろうか……。

 そう思っていると、ソラハは右手を差し出した。

「共に歩む百合ヶ丘の同士として。改めてよろしく」

「あ、はい!」

 慌ててその手を取る。

(わっ!)

 温かく力強い右手だった。数々の危機を乗り越え、数多の窮地を救い続けてきた手。皆が憧れ、リリたちが目指すべきリリィの頂点。触れているだけで、勇気が湧いてくるような不思議な力が感じられた。

 ソラハが一際力を込め、2人の指輪が触れ合う。マギを通して、ソラハの感情がリリに流れ込んでくる。

 親しみ、優しさ、喜び、慈しみ、自信、覚悟、そして……?

「もう! 何時まで手を握ってらっしゃるのですか!」

「あっ」

 楓が強引に2人の間に割り入った。

 リリは離された自分の手を見つめ、開いたり閉じたりした。不思議な感覚だった。

 マギには個性が表れる。手と手を触れたりぎゅっと抱きしめたりすれば、相手のことは分かるものだと。リリはそう思っていた。

 しかし、ソラハ様のマギは独特だった。お姉さまともマイ様とも違う。捉えどころがないというか、理解が及ばないと言うのか……。何気ない文章に、未来の言語で書かれた節が所々挿入されているような。

(これが世界レベルのリリィなんだ……!)

 あまり人に遠慮しないリリには珍しく、背筋を伸ばした。そのまま尊敬の眼差しを向ける。

「ソラハ様! それはリリさんの物ですわ!!」

「まぁまぁ減るもんじゃなし」

「減りますわ!?」

 ソラハ様は、ラムネ煎餅を頬張っていた。

「……」

「ソラハ様。リリさんが凄い顔をしていますよ」

「ごめんごめん、思いのほか美味しくて」

 ……何と言うかもう少し威厳があってもいいんじゃないかと。あまり外見を気にしないリリには珍しく、そんなことを思った。

 ただ、ソラハ様は終始愉快そうだった。

「それじゃあ私はこれで。クスミを探してくるよ」

 そう言って立ち去る直前、ソラハはリリをじっと見た。……自分が見透かされているような、それでいて温かいような……何故か、どこか懐かしいような気がした。

 ソラハはうんうんと頷くと、振り返らずに歩み去った。

 何を考えているのかは分からないが……その後姿を観察しながら、楓は苦々しく表情を歪めた。

「……ソラハ様ってこんな厄介な御方でしたか?」

「いや、まぁ、無自覚に騒ぎを作るみたいなところはあるかな……」

 楓はむむっと唸った。

 別に暴走している訳でもないのに、何気なく周囲を振り回す人だった。

 

-3-

 

「ふーみん」

「くーすみん」

「ふーみんふーみん」

「くすくすくすみん」

 あ、それ反則。と、クスミ。

「えー、どういう基準なんです~?」

 フミは頬を緩ませた。

 江川樟美(クスミ)。実戦で被弾したことがないと言われる、並外れた『ファンタズム』(未来視)の使い手。ただし、その実態は人見知りでとても大人しい。

 一柳隊のように騒がしくなく、取材やオタトークのような臨戦態勢でもない。静かな友人との会話は、実はフミにとってかなり珍しいことかもしれない。

 ちなみに、2人は訳もなく校舎沿いを歩いている訳ではなく。

「フミちゃん。きょうはありがとう」

「いえいえ。どうせ取材のネタ探しをしていたところですし、むしろ『アールヴヘイムに迫る黒い影!』として立派に記事にできますから! むしろ願ったりですよ~」

 フミは気遣いなどでなく、素直にそう思っていた。クスミには不審者探しに鷹の目を。フミはそれを記事に。

「これはwin-winですよ!」

「うん。うぃんうぃんだね」

 ……と言いつつ実は、どうせ取材しようとしていたものにお墨付きをいただけたようなもので、win-winというか殆どフミの一人勝ちに近かった。

 フミは元来小心者なのだが、こと取材に関しては遠慮も容赦もない。まぁ、クスミにとって、下手に遠慮されるよりはずっと楽なのだが。

「いや、少しは遠慮しろよ……」

 不意に後ろから声を掛けられる。

「あ、どうもミソラさん」

 フミは返事をして振り返った。そして、首を捻る。

「あれ、ミソラさん? どちらにいらっしゃいますか?」

「ここだよここ」

「あれ? 声はすれど姿は見えず?」

 フミは上の方をキョロキョロした。

「前だよ」「はい」「もう一歩前」「はいはい」「そこで下向いてみて」「はい? ……うわっ、ここに」「お前にそのネタやられるとムカつくんだが?!」

 最後は切れ気味にツッコんだ。それでもちゃんと乗ってくれる辺り、なかなか寛容である。

 金箱弥宙(ミソラ)、フミのリリィオタク仲間だ。なお、低身長であるのが悩みだが、ちびっこたるフミとは大して変わらない。

 それ(ゆえ)……ではないが、ミソラは、フミが強気にボケに行ける貴重なツッコミ要因でもあった。

「お前、本当に遠慮を知らない奴だな……」

「遠慮してたら記者なんてやってられませんよ! 取材も写真も、当たって砕けろのチャレンジ精神です!」

 それはそうかもしれないが、フミはもっと奥ゆかしさを覚えるべきだと思う。甲州撤退戦の取材もそうだが、フミの無遠慮さは、かなり危うさを孕んでいるようにミソラには映る。

「まぁ、コイツと仲良くしてくれてるのは嬉しいけど……ってオイ、クスミ?」

 クスミは、フミの後ろに隠れて小さくなっていた。

「あっ、ども……」

「何で人見知りしてんだよ!? オイ! 私ら伍人組、幼稚舎からの付き合いだろ!」

 クスミはビクッと顔を隠した。

「あー、よしよし大丈夫ですよ~。……ダメですよミソラさん。クスミさんは大きな音がダメなんですから」

「オイ、私は本気で泣くぞ」

 も~冗談ですのに~。じょうだんなのにね~。「「ね~」」と、2人でハモっている。

「いつの間にそんなに仲良くなったんだ……?」

「人は共通の目的を持つと仲良くなるんですよ」「帝国の脅威から始まる有象無象の野合連合だよ」「ですです~」

 随分と儚い絆のようだった。まぁ、何でもいいが……。

「それより、不審者だよフミ。お前の新聞は読ませてもらったが、今回の件は毛色が違うように思う。あれ以外に事件とか噂とかなかったか?」

 フミは考えるふりをして眼を瞑った。うーん、特にありませんねぇ……とフミ。

 不審者……さくあ……隠ぺい……。それはフミにとって、割と危ういテーマである。

 ミソラは一度目を付けるとしつこいところがあり、あまり突っつかれるとボロを出しかねない。不審者の件は、あまり話題にしないのが吉だった。

「まぁ、百合ヶ丘のセキュリティですから。あれ以来、不審者の話は特に聞きませんでしたよ」

「あ。でも、わつきちゃんがしおりちゃんの部屋に入ろうとして問題になった。ってきいたよ」

 クスミが割り込み、フミは何度か頷いた。……あー、そんなこともありましたねぇ。

 それは、しおりの誕生日に起きたちょっとした事件(不法侵入未遂)だった。

「……何と言うか、あいつらも平常運行だな」

 容易にその図が想像できて、ミソラは苦笑いを浮かべた。とはいえ、今回の件とは明らかに無関係だ。

 ……いや、ちょっと待て。

「……もしかすると、それかもしれないな」

 ミソラは、連想からちょっとした閃きを得た。

「え? わつきさんですか?」

「違う。フォロワーが起こした事件かもしれないってことだ」

 学内外にアールヴヘイムのフォロワー(ファン)はそれなりにいる。ただし、中には行き過ぎた行為をしてしまう者もおり、言ってみれば『アイドルとファン』のような微妙な問題があったりする。

「まぁ、別にフォロワーを嫌がる訳じゃないが……。わつきの愛情表現と、今回の件はもしかしたら同じ構図なんじゃないかって思ってな」

 その可能性は十分あり得る。というかその可能性は高かった。

 考えてみれば、4月以来、学内の不審者情報はリリが見たものだけで、他は一切ない。それなのに、ミソラたちの帰還に合わせて不審な視線が急に現れた。

 その人物の狙いは、明らかにアールヴヘイムにある。

「そういう意味では、『不審者情報はなかった』ってのは良い情報だったかもな」

「へぇ、情報がないことが情報ですか……! 流石世界に誇るアールヴヘイムのBZ司令ですね~」

 ミソラはこう見えて、(単なるツッコミではなく)アールヴヘイムの頭脳の一角なのだ。こういう真面目な一面を見ると、改めて一流リリィなのだなぁと尊敬の念が芽生える。

「そうそう。ミソラは凄いんだよ」とクスミ。

「お前が威張ることじゃないだろ」「あっ、うん……」「だから急に人見知るなよ!」

 ……こういう一面を見ると、やっぱり一人の人間なのだなぁと。まぁ、親近感が湧くのだった。

 ミソラは一息吐いて、ちらっとフミのことを一瞥した(恐らく失礼なことを考えたのがバレている)。それから、一仕事終えたように伸びをした。

「まぁ、それじゃ後はアラヤにでも任せるかな……」

「え? いいんですか? もしスパイとかでしたら大変なことになりませんか?」

「いや、ガチのスパイとか関係者なら、戦闘中のデータを見るだろ。ちょっかい出すにしても、セキュリティのあるガーデン内でやるメリットもない。となれば、犯人は百合ヶ丘のちょっと熱心なアールヴヘイムフォロワーだろうよ」

 『ガチ』な相手に関して言えば、アールヴヘイムは戦闘中に何度か不審なドローンを落としたりしている。ただ、外征中にアラヤが同様の視線を感じたことはない。視線は百合ヶ丘に帰ってきてからだ。

 諸々の情報を総合すると、今回の相手はあまり脅威に感じない。少なくとも、重要度はかなり下がったように思えるのだ。

「でも、近場の研究機関とか、それこそゲヘナの可能性はありませんか?」

「だったらよっぽど資金不足なんだろうな。そんなヘボ内偵ならすぐに尻尾を見せるだろ」

 ミソラは、明らかに興味を失った様子で言い切った。鼠にしても、フォロワーにしても、ミソラはこれ以上調査を行うつもりはないらしい。

 この割り切り方は参考になるような、大胆すぎてあまり参考にならないような……とりあえず、唸るしかないフミであった。

「まぁ、私は取材も兼ねてますから、引き続き『鷹の目』で周辺を調べてみます」

「……というかずっと発動してるのか。息切れに注意しろよ」

「いえ、これも訓練ですので!」

 ユユのアドバイス以来、フミは時間があればレアスキルを発動するようにしていた。早朝ランニングもそうだったが、最初はキツくても慣れたらそれが当たり前になる。

「まぁ、万一があれば私を呼んでくれ。クスミがいるなら滅多なことはないと思うが」

「そうですね~。『何かあれば』ですね」

 油断。

 この時のミソラとフミの心境を表すとしたら、その一言に集約される。黒い影が、音もなく3人に忍び寄っていることに、2人は全く気が付かなかった。

 ミソラもフミも、全く無造作に曲がり角に差し掛かった。黒い影がここぞとばかり飛び出す。

「わっ!」

「うわっ!?」「うぎゃああああ!」

 ミソラは仰け反り、フミは腰を抜かしひっくり返った。

 何で……? 何が……?

 驚き床に崩れ落ちるフミを見て、「ははっ! 驚いた?」黒い影ことソラハはカラッと笑った。

 それと同時、クスミは地面を蹴って駆け出していた。

「ソラハさま~」

「クスミ~」

 腕を広げて、ソラハはクスミを迎え入れる。くるくると回り、勢いを殺しながらギュッと抱きしめる。

「もう。私をおいて行ったらだめです」

「ごめんごめん。会議はすぐ終わらせるつもりだったんだ」

「今日は一日私といてください……!」

「うん。今日はずっと一緒だ」

 そして、2人はイチャイチャと身体を寄せ合った。

 ……いや、思いっ切り外なんだが……。もう少し、外聞を気にしてくれないかとミソラは思う。その思いが伝わったのかどうか、ソラハは顔を上げた。

「ごきげんよう。フミさんとそのお友達さん」

「いや、アナタの後輩です」とミソラ。

 求めているのはどう考えてもそれ(ボケ)ではない。

「フミさん、大丈夫?」

 そうそう、それそれ。

「オイ、大丈夫か」とミソラ。

 親切に右手を差し出してやった。

「あ、はい、どうも……」

 ハッとして、左手を伸ばす。

「バカ! 逆だ!」

 ……何故に鏡合わせ? 掴めないだろオイ。

 しかし、ソラハが横から手を伸ばした。フミの手首を掴んで、一気に引き上げる。

(わわっ)

 見た目の軽さに反して、その手は力強かった。

 未だに感覚の残る左腕をさすりながら、フミは心臓を高鳴らせた。

 ……考えてみると、これは非常に貴重な経験ではないだろうか。トップリリィのソラハ様直々に手を取って起こしていただくなど……!!

「オイオイ、粗相はしてないよな?」

 その言葉に、ビクッとして動きを止める。

 フミは恐る恐るスカートの端を(めく)り、中を覗き込み……「いや冗談だよ。私が悪かったよ」

 ミソラはフミを小突いた。フミは、たまに冗談かマジか分からないことをする。

「フミさん、ごめんね。ちょっと驚かすだけの」「ソラハ様! わたしの前で他のオンナの話はだめ……!」

 突然、クスミは声を上げた。

 クスミは、ご機嫌ナナメだった。どうも、ソラハとフミがイチャイチャ(※クスミ視点)していたのがご不満らしい。

「他のオンナって、私ですよ……」とフミ。

「お前は女じゃなかったのか」「女ですよ! いや、そういう意味じゃなくてですね! ……ってあれ? クスミさん……?」

 クスミは、ソラハの後ろに隠れて小さくなっていた。

「あっ、ども……」

「何で私に人見知りするんです!?」

 クスミはビクッと顔を隠した。

「あー、よしよし大丈夫だよ~。……ダメだよフミさん。クスミは大きな音がダメなんだから」

「……これって泣くところですか?」

 自業自得だろとミソラ。

 ソラハは愉快そうに笑った。

「ごめんごめん、冗談だから」

 そしてクスミを抱き寄せると、ニコリとフミに笑いかけた。

「クスミと仲良くしてくれてありがとう。でも、今日は私と一緒が良いみたい」

 見ると、クスミはソラハ様に頬ずりしていた。……別に自分の物でもないのに(むしろソラハ様の”オンナ”だが)『取られた』感があるのは何故だろう……。

「フミさん、目に映るものを大切にね。本当に大事なものを見逃さないで」

 ソラハは忠告のようなことを語った。

「あっ、どもです……」(フミ)

「なぜ人見知り……?」(ミソラ)

 ソラハはうんうんと頷いて歩き去った。もちろん、クスミと連れ添って。

 フミはその後姿を、肉眼で見えなくなるまでじっと見守った。

「……」

「……」

「……行きましたよね?」

「普通に考えればな」

 止めてくださいよそういうの……とフミ。まだどこかでソラハ様が見ているのではと、意味もなくキョロキョロしてしまう

「本当にビックリしたんですよ?」

 誰も居ないと思っていた場所からの出現。鷹の目を使っていたフミにしたら、虚空から幽霊が出てきたようなものだった。

「あれってもしかして……『ステルス』ですか?」とフミ。

 『ステルス』は『ユーバーザイン』(隠密)のサブスキルで、その名の通り気配を消す能力だ。そうでなければあり得ないような接近だったが……。

「いや、恐らく死角を突いたんだろ」とミソラ。

「死角ですか?」

 フミは訝しげな声を上げた。鷹の目使いの矜持……ではないが、それなりに自分の能力は信頼している。このように開けた場所では、俯瞰視野から隠れられる筈もない。死角などあり得ない。

「いや、あるんだよ。お前ん中にな」

 ミソラは真っ直ぐに指を差した。

 ……曰く、死角には二種類あるらしい。一つ目は物理的な死角。物陰は見えない、草食動物は死角が少ないといった単純な意味での死角。

 そして、もう一つが心理的な死角だ。

「俯瞰視野と言っても、見た景色全てを把握できる訳じゃない。『見逃し』があるもんだ」

「でも……『鷹の目』は、周囲を盤面のように把握できますよ?」

「それでも、全ての景色を把握できる訳じゃない。私も『レジスタ』の俯瞰視野を持ってるから分かる。……例えば、お前もそこに生えている木の()っぱ一枚一枚なんて把握してないだろ。無意識に、盤上に残す情報を選別しているんだ」

 なるほどと納得しかけたものの、まだ腑に落ちきらない。

「いえいえ! ソラハ様を見つけたら絶対に分かりますって!」

「でも、分からなかったんだろ?」

 ……それを言われると反論できなかった。

 しかし、本当に死角を突くだけで、フミの索敵網を突破できるものなのだろうか。もし本当にスキル無しで、しかも悪戯感覚で鷹の目を掻い潜る力を持っているとしたら……。

「……何と言いますか、技量とかマギとかそういうレベルではなく、厳然たる『差』を感じます……」

「そりゃ、まず世界で10本の指に入る実力者だぞ。私や壱でも敵わないんだから、フミが敵わないのは当然だろ」

 ……と言いつつ。実は、ミソラもあまり腑に落ちていなかったりする。

 曲がり角(『死角』)に対して、人間は敏感になるものだ。ミソラもそれなりに意識を向けていた筈なのに、ソラハ様が飛び出してくるその瞬間まで、その気配を感じなかった。

 待ち伏せは戦場での基本戦術の一つだ。当然、トップリリィたるソラハはこういった搦手も抜群に上手い。とはいえ……鷹の目を掻い潜る動きは、流石に初めて見た。

 そもそも、ソラハ様は普段、このような悪戯をする(かた)ではないのだが……。

「……やっぱ危なっかしいと思われてるんじゃないか?」

「え、何がですか?」

 お前だよお前。

「あれはスキルを過信するお前への、ソラハ様なりの警告なんじゃないか? あれだな。『戦場なら死んでた』って奴だ」

 それはデュエル年代特有のセリフである。もちろん、フミに傷一つ付いていないが、首筋に刃を突きつけられたのと同じ位に驚かされた。

 しかし、自分が変な自信を持っていたとは思わなかったし、その自信を、そうと気付く前に打ち壊されるとは猶のこと思っていなかった。

「ううー……そうなんですかね……。精進します……」

 もしこれがご指導だとすれば、それを無為にする訳にはいかない。フミは、改善を固く誓うのだった。

 ……ただし、如何な方策を取ったとして、ソラハ様を見つけられるイメージは全く湧かないのだが。

 

 その後、ミソラはそのまま付き添ってくれ、2人で学内を回った。結果として鷹の目に怪しい影は映らなかった。

 しかし、ソラハ様の”悪戯”を見た後だとどうも落ち着かない。『何も見えない』という情報が何を意味するのか、フミは考えて仕方がなかった。

 

-4-

 

 夕食後、アールヴヘイムの控室にて。

「結局! 誰も手掛かり一つ見つけていない、ということでよろしいかしら?」

 アラヤは満面の不満顔を隠さず一同を見回した。

 ……アラヤちゃんがそれ言う? とクスミ。口に出したら怒られるのは目に見ているので、アラヤの後ろで口だけ動かした。

「クスミぃ、見えてんのよ」「ひっ」

「バケモンかアンタは」

 壱はクスミを保護しながらぼやいた。

 とはいえ、1日回って手掛かりが一切ないのは事実だった。壱も巡回の教導官に尋ねたり、ガードマンに情報を貰ったりしたが、目を見張るような情報はない。

「……オイ、もう私は帰っていいか?」

 これはミソラ。この4人の中で一番やる気がない。

「ダメに決まってるでしょう! あのバカとアホがいない分、アナタが働きなさい」

 なお、バカとアホ(月詩(つくし)辰姫(たつき))は控室にすら来ていない。

 つーか、私もサボれば良かったな……とミソラ。これなら、シズやフミらと情報交換していた方が幾分有意義そうだった。

「オイ、アラヤ。恐らく、犯人はただのファンレベルの奴だろ? あまり血眼になって探す相手と思えないんだが」「そうだとしても、私に喧嘩を売ってただで返すわけにはいきませんわ!」

 ……その私怨に私らを巻き込まないでほしいんだが……。

「まぁ、でもまだスパイの可能性もある訳だし」と壱。

「何やかんやお前は真面目だな……」とミソラ。

 まぁ、ミソラもアラヤの勘を信用していない訳ではない。何かがいるのは、間違いないのだろう。

「……でもスパイじゃなくて、はんたいに、もし犯人が百合ヶ丘生ならどう?」

 珍しく、クスミが自分の意見を述べた。

「あー、そういう特定は考えてなかったな……」

 やる気がなかった筈が、ついミソラは頭を働かせてしまう。

 アールヴヘイムが出来たのは今年……とはいえ、前身となった壱盤隊は去年から存在するから、もし強烈なフォロワーならば去年からアプローチがあった筈。この新潟遠征からファンになった可能性もあるが……この百合ヶ丘でそんなアンテナが低い奴はまずいない。

 つまり、もし百合ヶ丘生が犯人なら、そいつは新入生の可能性が高い。4月に視線を感じなかった理由も、『新生活に忙しかったから』と説明が付く。

 それでは、そいつは誰だ。アールヴヘイムに拘っていて、できれば新入生で、視野系スキルを持って、4月時点ではアールヴヘイムを観察できなかった理由のあるリリィは……。

「……」

 ふと、一人のリリィが脳内に浮かんだ。

 アラヤが大好き。鷹の目使い。4月は百合ヶ丘の新生活に四苦八苦して余裕がなかった人物。

「どうしたんだミソラ?」

 壱の追及に、「いや、何でもない」ミソラは首を振った。……まさか、そんな筈はない。

「そんなことより、ホントにいるのか?」

「きっといるんだよ」

 アラヤに尋ねた筈が、クスミが答えた。そのまま、クスミは後退(あとずさ)って窓にもたれ掛かった。そのまま頬に手を当てると、ミステリアスな雰囲気が醸し出される。

 その演出にどんな意味があるかは分からないが……何となく、窓の外を覗いてしまう。当然、辺りは闇に覆われており、不審者がいても見つけるのは不可能だ。

「ふんっ。次に尻尾を出してみなさい。私が噛み殺して」

――……!――

 アラヤはチャームを起動した。壱が「バカ!」と叫んだ。ミソラは咄嗟に耳を塞いだ。クスミが窓を開けた。それを確認することなく、アラヤは弾丸をぶっ(ぱな)した。

「鼠が掛かりましたわ!!」

 

 目が合った。そんなバカな……あり得ない、俯瞰視野と目が合うなんて……!

 考えられない程の超感覚。暗闇に溶け込んでいる筈なのに、弾丸は正確に彼女を狙い打っている。

 身体が震える。緊張と、恐怖と、そして狂喜。やはり常識外れなほど素晴らしいリリィだと、興奮に全身が満たされる。

 チャームを起動しようとして、思いとどまる。マギの光は暗闇では目立ちすぎる。

 どうする……どうすれば『死角』に入ることができる……?

 そして彼女は……。

 

「そこのアナタ!」

「わっ! あっ、アラヤさん!?」

 茂みの中、突然アラヤに話しかけられ、フミは叫んだ。

 二川フミ。リリ経由で、アールヴヘイムの面々とは面識がある。しかし、森の中で(うずくま)っている様は異様と言うか間抜けと言うか……。

 避難訓練か。その呆けた顔に、アラヤは警戒を緩めた。

「アナタ、フミさんですわね。……いえ、こんなところで何を?」

 何をと言われましても……。フミはやや困惑した顔をした。

「不審者の捜索ですよ。……それより先程の銃声は」

「件の不審者ですわ。まだ近くにいます」

「私もお供します!」

 短く言うと、フミは立ち上がってチャームを起動した。

「まだまだ未熟者ではありますが、私も」「お待ちなさい」

 唐突に、アラヤはチャームの切っ先を向けた。その瞳には警戒の色が宿る。

「アナタ……どうして銃声が聞こえてすぐにチャームを構えなかったのかしら。それに、ライトも点けずにこんな森の中、一体何をされていましたか?」

 殺気がそのままフミに突き刺さる。

(ひ、ひぇ~……)

 フミは内心のドキドキを抑え、何とか口を開く。

「あの、私、自分が狙われてる訳じゃないって思ったんですよ。この暗闇で、私の姿は見えない筈ですから。それでしたら、マギの光で居場所を伝えてしまうより、じっとしていた方がまだ良いのではと思いまして……」

 アラヤはフミを鋭く睨んだ。フミは、伺うようにアラヤを見つめた。

 ……一応、筋は通っている。銃声を襲撃者によるものと勘違いしている点も不自然ではない。

 ただし、位置関係的にも状況的にも、フミは限りなく怪しい。

「話は分かりました。では、なぜライトの類を……」

 そう言いつつ、ふと思い立って記憶のページを手繰る。二川フミ、レアスキルは『鷹の目』。

 それならライトを持っていなくても……いや、それならマギの光が見えなかった理由は……。

「……」

 アラヤは黙ってチャームを下げた。ほっとしたのも束の間、アヤラはフミの右手を捕らえた。

「あ! あの……?」

「……ふぅん。遮光グラブね」

 これなら窓の外、暗闇の中でマギの光が見えなかった理由も説明が付く。しかし、状況が明らかになるにつれ、むしろ疑いは深まっていく。

 フミが主張する内容は全て、自身が犯人であることを否定する材料にはなり得ない。フミは不審者捜索にグラブを着けたかもしれないが、フミが犯人でも同じようにグラブを着けたに違いない。

「これはどちらで手に入れたものでしょう?」

「あの、先月の夜間訓練で配布されたものです」

「なぜこれを手に?」

「不審者がいるのでしたら、目立つのはよろしくないと思いまして」

「ではなぜ一人で?」

「あの、散歩ついでのつもりで」「どうしてこちらに?」「やはりアールヴヘイムの控室周辺で」「周囲に人影は?」「ありません」「レアスキルは?」「鷹の目です」

「それで私を見ましたね?」

「……」

 いえ、そんなことはありません。

「……ふぅん」

 アラヤは、右手に力を込めた。マギを通して、アラヤの感情がフミに伝わってくる。不審、猜疑、警戒、訝しみ、闘争心。

(ア、アラヤさんのマギが……! 感激です……!)

 ……いえ、そんなことを考えてる場合ではなく。

「あの、私」

「鷹の目を使ってみなさい」

「え?」

 意図が掴めず、困惑する。

「鷹の目で私を見なさい!」

「は、はい!」

 訳が分からないまま、フミはスキルを発動する。

――鷹の目……!――

 俯瞰視野。鷹の目は、暗闇の中でも視界を確保できる。森が見える、校舎が見える、人影はやはり見えない。周囲をぐるりと見渡した後、アラヤを中心とした視点で固定する。

「あの、スキルで見ていますが……?」

「もっと見てみなさい」

 もっと……?

 そう言われても、鷹の目はあくまで俯瞰視野であり、あまり一つの対象をじっと見つめるイメージではない。

 またも困惑していると、アラヤは腕を引いた。当然、フミはそのまま引き寄せられる。

「わわっ」

 勢い良くアラヤに激突し、頭に柔らかいものが当たる。

――マズイ……!――

 ……いえ私たちは同性ですしこれは故意ではなく事故アラヤさんの不手際でして別に私が焦る必要はなく不幸な事故として多少のお零れを頂戴するくらい許されて然るべきでむしろアラヤさんに謝罪の一言でも頂戴しても良い位の事態で「私を見なさい」

 ぐっと、顎を引き上げられる。その繊細な肌触りに、何故か膝が震え出した。フミは視線を外したが、逃げ出そうにも倒れようにも、アラヤに寄りかかるような恰好では如何ともしがたい。

「見なさいと言っているでしょう?」

 アラヤは更に顔を近付けた。その勢いに乗じて、逃げるように、転ぶように後退する。

「……あっ!」

 背中に、木の幹が当たる。周囲の状況把握ができないなど鷹の目使い失格だが……そんなこと考えている余裕はなかった。

 右手を絡め取られる。額と額が当たる位に顔を寄せられる。

(近い近い近い、近いです……!!)

 視界一杯にアラヤが映り、お互いの吐息がかかる。

 ……この近さは、もし自分がその気になれば……唇を合わせることも……。

――って、何を考えているんですか私は!!――

 フミは首を振ろうとして、アラヤの迫力に、それすら許されない。

「もっともっと私を見なさい! 抉るように、のめり込むように!」

「は、はいぃ!」

 アラヤの目がフミの瞳を覗いている。フミの瞳も、アラヤの目を覗いている。

 綺麗な目をしていた。意志の強さ、自信、矜持、情熱、苛烈。アラヤの魅力を全部詰め込んだような、独り占めしているのがもったいない位の素晴らしい結晶。

 そこに吸い寄せられるように、俯瞰視野がどんどん降りていく。森から、2人、そしてアラヤに。視野がアラヤにぶつかりそうになって、――もっともっと私を見なさい!――それでも、視野を降ろす。抉るように、のめり込むように、アラヤの中に降りていく。

 膜を突き破るように境界を越えたその瞬間。視界の質が変わった。

「え? ……あっ、あっ!」

 思わず声が零れる。『分かる』。アラヤの鼓動が、呼吸が、生命の息吹が視える。手の大きさが、頬の柔らかさが、腰の(くび)れが、肌の滑らかさが、身体のしなやかさが、マギの流れが、その有り様全てが手の内にあるように把握できる。

――これが、アラヤさん……?――

 アラヤのことは何でも調べた。身長体重血液型生年月日スキラー数値スキルポジション使用チャーム得意戦法平均スフィア保有時間パス成功率フィニッシュショット率趣味嗜好座右の銘。

 その情報量を遥かに凌駕するもの、アラヤそのものが、今、フミの手の中にある。

「…………」

 言葉も出ない。フミの心に宿ったのは、名前も分からない強烈な感情。未だかつて感じたことのない高揚感がフミを襲った。

――す、すご……やっぱりアラヤさんは……私の世界一で……――

 次の瞬間、急に視界が暗くなった。フェードアウトするように、何も見えなくなる。身体に力が入らず、暗闇の中を落ちていくような錯覚を覚える。

 それでも、フミは幸せだった。

 ……私、このまま死んでもいいです……。

「いえ、死なれたら困るのだけど」

 アラヤは左手に力を入れ直した。フミは右手を吊り上げられる形で、何とか転ばずに済んだ。

 フミは、目を回して伸びていた。生命の危機……ではなく、単純にマギの使い過ぎだった。

 ついでにフミはボタボタと鼻血を零しており、絵面としてなかなか酷かった。

――違いますわね――

 アラヤはそう結論付けた。少なくとも、このお間抜けさんが件の視線の主では有り得なかった。

 ため息を吐いて、ついでにマギを集中させる。

――フェイズトランセンデンス!――

 自己のマギを、数秒間無限大に増大させるスキル。慣れない内は一度に全てのマギを放出してしまう諸刃の剣だが、アラヤ程になると『無敵モード』とほぼ変わらない。

 その無尽蔵のマギを、指輪越しにフミに叩きつける。

「フミさん……フミ! いつまで寝ているの!」

「う゛ぇ?! はい!?」

 マギ交感による負のマギ除去……とか緩やかなマギの回復……とかそういうレベルでなく。喉に手を突っ込まれて無理やり物を食べさせられているような、強引なマギの補充(気付け?)だった。

「あれ、アラヤさん? ということは、ここは天国ですか?」

「……アナタは私を何だと思っているのかしら?」

「良かったじゃないか、天使扱いされて」

 不意に掛けられた声に、アラヤは憮然として振り返る。「よっ」と壱。「よ」とクスミ。「お楽しみ中だったか?」とミソラ。

「あぁん? この程度で私が満足するとでも?」

 ……いや、否定の仕方がおかしいぞ、とミソラ。ただ、アラヤはそれ以上話を続ける気がないのか、左手を振って踵を返した。

 なお、その振られた手に握られていたフミは、無造作に放り出された。

「うおおお!?」

「ちょっ、オイ!」

 その着地点にはミソラ。なお、フミはチャームを持ったままであり……「危ねぇ!!」間一髪、チャームを()けてフミを受け止めた。

 そして、ごっ、と硬い感覚がフミの頭に触れた。……なお、ミソラはキチンと胸でフミを抱き留めている。

「…………」

「オイ、お前。一言でもしゃべったらしばくぞ」

 ……ミソラさん、胸が……「痛っ!?」

「何も言ってないじゃないですか!?」

「うるせえ! 助けてやったんだから感謝しろバカ」

「何も言うなって言ったじゃないですか!」

「心の声が駄々洩れなんだよ……ってオイ! 鼻血! 私の制服!」

 見ると、思いっ切りミソラの制服に赤い点々が付いていた。

「後はお二人で、どうぞ『お楽しみ』くださいませ」とアラヤ。

「あ、このヤロわざとだな」

 しかし、アラヤはもはや興味を失ったようで、真っ直ぐに寮の方向へ帰っていった。

「アイツも自由人だね~」と壱。

「感情に手足が付いたような奴だ」とミソラ。

 クスミは静かにうんうんと頷いた。

「クスミぃ、見えてんのよ」「ひっ」

「……ホントにバケモンかアンタは」

 壱はクスミを保護しながらぼやいた。

 それを見ながら。……普段のアラヤさんってこんな感じなんですね……! フミは自然と笑った。

 今日は色々と濃いものがあったが、終わってみればアラヤのことを知るまたとない機会となったのは間違いない。今夜は、この幸せを噛みしめながらぐっすり眠れるだろう。

「さて、それでは私はこれで!」

「オイ待て」

 爽やかに去ろうとするフミの右腕を、ミソラはしっかり掴んだ。

「えっと……あ! クリーニングですか。すみません、それは後日私が」

「いや、そうじゃなくて」

 今度は左腕を、壱にがっしり掴まれた。

「フミさん。アラヤの言ってた不審人物はアナタね?」

 ギクッ。

「な、何のことやら?」

 フミは、声を上ずらせた。

「ねたは上がってんだよ!」とクスミ。

「違っ! 話せば分かります!」

「はいはい、話は署の方で聞かせてもらいますねー」(ミソラ)

「ちょ、ホントです! はーなーしーてー!」

 フミはズルズルと引きずられ、校舎に消えていった。

 ようぎしゃかくほー、とクスミ。

 

-5-

 

「えー、フミさんは本日19時過ぎ、校舎外からアールヴヘイム控室を覗いていた、ということで間違いないでしょうか?」

「いえ、その……」

「どうなんですかふみさん!」とクスミ。

 いえ、あの、はい……。

「見てました……」

 ざわざわっ。と、クスミが囃し立てた。「SEも人力なんですか……?」(フミ)

「静粛に! ……ミソラ検事、次の質問をお願いします」と壱。「壱さんもノリノリですね……」

 ……と言いますか、何故、裁判ごっこが始まるんでしょう?

 あの後、場所をアールヴヘイム控室に移し、妙に本格的な裁判が始まっていた。まぁ、『何故』ではなく、フミの自業自得感は漂っているのだが。

「フミさん。アナタは定期的にアラヤの私生活を覗いていた。……間違いないでしょうか?」

「ちょっと待ってください! その言い方は悪意があります!」

 被告人! と壱。

「質問にだけ答えるようにしてください」

 ピシャリと冷たい壱の声。

 うう……完全にお役所仕事ですよ……!

「いえ、私は……」

「うその証言は、裁判官の心証をわるくするよ」とクスミ。

 ゲームのtipsですか……!

 と思いつつも、ちらりと壱を見る。非常に厳しい目でフミを見据えていた。

 あの、その……。

「いえ! 多少気になっているリリィのこと、目で追うくらいあるじゃないですか!」

「『はい』か『いいえ』で答えてください!」とミソラ。「アナタはアラヤの私生活を覗いていた。どうなんですか!」

 憎たらしいほど堂に入った敵役検事ぶりで、フミは苦々しく顔を歪めた。

「……その二択でしたら『はい』ですけど」

「私からの質問は以上です」

 ざわざわと、クスミのSEが響く中、ミソラ検事はクールに一礼して席へと戻った。

「なんかこう……もの凄くやるせないです」

 酷い印象操作をされた気分だった。実際の裁判もこんな感じなのだろうか……?

「裁判では、黙っているけんりも認められているよ」とクスミ。

 tipsのタイミングが絶妙だった。

「ちょっと! それ先に言ってくださいよ!」

「でも黙秘したら『質問に答えられなかった!』ってここぞとばかりアピールされるから」

「じゃあ意味ないじゃないですか!」

「だいじょうぶ。証拠品は最も偉大で寡黙な証人だから」

 訝しげなフミを後目に、クスミは得意げに胸を張った。

 ……何でしょう、妙に自信満々ですね……と思っていると、そのポケットから一冊の本がはみ出しているのが見えた。『法廷』やら『裁判』という文字が見える。

 絶対影響を受けてますよ……!

「弁護人は前へ」

 しかし、ツッコむ前に壱の厳粛な声が響く。そしてクスミが前に出るのを見て、今更ながら不安になる。

「……あの。クスミさんにお任せして大丈夫ですか?」

「だいじょうぶ。これ読んでべんきょうしたから」

 そう言って、例のはみ出していた本を渡される。なかなか、重みと厚さを感じさせる逸品だった。法律書の価値を分厚さと価格でしか認識できないフミとしては、この重厚さは信頼に足る……ような気がする。

 上下に振って重量を堪能してから、ちらっとタイトルに目を通す。『法廷hack! 裁判の裏技・ウルテク集』……「絶対碌でもないですよね!?」

 一気に不安が噴出するも、時すでに遅し。クスミは既に、手の届かないところまで歩み去っていた。

「前略、情状酌量をお願いします」「有罪前提なんですね!?」

「クスミのお願いだからなぁ……」「しかも結構効くんですね!?」

「被害者感情云々」(ミソラ)「雑ですよ!」

「電気椅子か絞首か……」(壱)「酌量されてないです!?」

「執行猶予を付けてください」(クスミ)「死刑の猶予って怖くないです?」「そんじゃサクッと」(ミソラ)「そういう意味じゃないです!」「まぁ被害者ってもアラヤだし、無罪で」(壱)「それはそれで抗議したいところですけど……」

「さいばんちょー。尋問の前に証拠品を提出させていただきます」とクスミ。

「まだ始まってなかったんですか……!?」

 かなり濃密なツッコミターンが挟まったが、これは序の口だったのだろうか……。流石、『アールヴヘイム』の名は伊達でないですね~、とフミ。

 まぁ、そういう称号ではないのだが。

「はいはい。証拠品ですね」

「はい。こちらのカメラです」

 フミが息を整えている間にサクッと証拠品のやり取りが終わっていた。こういう手際の良さは本当に流石なのだが、もっと使い所が……「ん?」

「って! それ! 私の!? どこ、いつ、どうやって?!」

 ガッツリ、フミの私物だった。

「さっき、証拠品として押収したよ」(クスミ)

「アラヤとよろしくやってたみたいだからな」(ミソラ)

「あっ、どうりで近くにいないと思ったら……!」

 わざわざフミの自室まで取りに行ったらしい。

「それより問題は中身です」と壱。

 すぐに部屋の照明が落とされ、備え付けのプロジェクターが起動する。

 あまりの手際の良さに一拍反応が遅れ、顔面が蒼白になる。

「ちょ、ちょっと、冗談じゃありませんよ! す、スクープ(↑)とかプライバシーとか……! 良識とか常識とかそういうのはないんですか壱さん!!」

 声を上ずらせて抗議するも、「はいはいありません」と壱。「鬼ですか!?」

 そしてスクリーン代わりの白壁に、躊躇なくカメラのデータが出力される。そして……チャームを構えたアラヤのどや顔がドアップで表示され……「あっ! わっ! あー!!」

 フミは何とか画像を遮ろうと身体を広げるも、抵抗虚しく、画像はどんどん切り替わる。

 片肘をついて不満げなアラヤ。不敵な顔でニヤリと笑うアラヤ。不貞腐れて顔を逸らすアラヤ。あくびをしつつ歩いているアラヤ。食事中のアラヤ、ペンを走らせるアラヤ、呆けているアラヤ、談笑するアラヤ、走るアラヤ、寝ころぶアラヤ、訓練中のアラヤ、休憩中のアラヤ、……。

 いずれの写真にも共通することだが、アラヤの目線がカメラを向いていない。隠し撮りであることは明白だった。

「「「…………」」」

 薄闇の中、3人の視線が自分に集まっていることが、何故だか分かった。

「あの、違うんです!」

 フミは、とりあえず否定から入った。自分が何を否定しているのか、というか否定できる状況にあるのかなどは一切考えず、とりあえず否定から入った。

「フミ……自首しようぜ?」とミソラ。

「あの、そういうのじゃないんです! リリィオタクとして純粋な行為と好意でして……!」

「はーい、まさに判決の木槌が下ろされるところですよー」(壱)「自首するならいまだよ」(クスミ)

「そんな駆け込み需要みたいな自首は嫌です!」

 フミは叫びながら頭を抱え、その場で丸くなった。

 ……一種のパフォーマンス(前振り)かと思っていたが、フミはそのまま全く動かなくなった。3人で顔を見合わせた後、壱は頭をかいてフミに近付いた。

「ごめんなさい、あまりにガチっぽい写真だったから」「……」

「部屋にピン止めしてそうだった」とクスミ。「うっ」

「スライドショーにしてニヤニヤしてそう」(ミソラ)「うっ、うっ!」

「同じペンを買って使ってそう」(壱)「牛丼に納豆を乗せがち」(クスミ)「中学のジャージをまだ残してる」(ミソラ)「小学校の武勇伝を未だに語ってそう」(壱)「お父さんと床屋で散髪してる」(クスミ)「お母さんの買ってきた服を着る」(ミソラ)

「ちょっと! 罵倒が過ぎますよ!!」

「はい、大人しい性格の()で、とてもこんなことするとは……(裏声)」(クスミ)

「ニュース風のも止めてください!」

「良識とか常識とかそういうのはないんですか?」(壱)

「そのカウンターは本当に痛いので止めてください……」

 フミは項垂れた。何と言うか、反論の余地がなかった。

 別に邪な気持ちがあった訳ではない。ただ、折角百合ヶ丘、アラヤと同じ空間で生活しているのだから……ちょっと写真の1枚や2枚……10枚……100枚……。……いえ、我ながらこれアウトですね。

 しかし何とかウルトラC的に合法化できないかと頭を捻っていると……「う、うぅ~」何故か、クスミも地面にうずくまっていた。「クスミ!?」(壱)

「うぅ~家族ネタは私にもダメージが……」(クスミ)「クスミは家族と絶縁状態だからな」(ミソラ)「大丈夫かクスミ!」(壱)「いえ、そこまでして私を傷付けないでくださいよ……」(フミ)「ナイフのようにするどく生きるのが家族の教え……」(クスミ)「絶対嘘だろ……」(ミソラ)「思いっ切り家族ネタ使ってるじゃないですか」(フミ)

 壱は小槌を手に、電気を点けた。そしてニッコリ笑顔。

「はーい! ミソラは家族ネタを使った罪で今から私に殴られま~す」と壱。

「やべぇ、スイッチ入った」(ミソラ)「壱さんがんばれー」(フミ)「あ、コイツ話が逸れたからって!」(ミソラ)

 なお、壱は喧嘩っ早いところがある。クラス委員長なぞやっているが、その実、デュエル復古主義(デュエルバカ)の一角でもある。恐らく、話は通じない。

 ミソラはため息を吐いた。……まぁ、発言が不用意だったのは確かだ。甘んじて受け入れるかと、ミソラは一歩前に出た。

「うぅ~フミちゃんは家族と仲良しなんだろうなぁ……」

 クスミは殊更にため息を吐いて俯いた。

「はーい! フミは今から私に殴られま~す」

「あ! クスミさんこの! ……ああ!!」

「諦めろ。壱は思いのほか直情的だ」とミソラ。

 ……どんな経験をしてきたら、この一瞬で覚悟が完了できるんですかね……。残念ながら、フミはそこまですぐに割り切ることはできなかった。

「壱さん! 暴力は反対です!」「うるせぇ、クスミを見ろ! アイツの痛みはそんなもんじゃねぇんだ!」

「あ、もしもし?」とクスミ。

「めっちゃ電話してるじゃないですか!?」

「アラヤちゃん? そうそう大変なの」(クスミ)

「しかも当のアラヤさんじゃないですか!」

「オマエにクスミの気持ちが分かるのか!!」

「ちゃんと見えてます?」

 ミソラは、フミの肩に手を置いた。

「諦めろ。壱はクスミに関しては盲目だ」

 ……いや、ホント割り切りが凄いですね……。と思っていると、ミソラは更に前に出て右腕を差し出した。フミが疑問符を浮かべている内に、壱は人差し指と中指を伸ばして右手を振り上げる。

「天誅!」

 風切り音と共に、ミソラの肌に右手が振り下ろされる。「いだっ!!?」パパッという破裂音と同時、ミソラは床に崩れ落ちた。

「ミソラさん!?」

 衝撃映像に、フミは叫び声を上げた。その脳内に、小学校時代の記憶が蘇る。

 『しっぺ』。人差し指と中指で、相手の手首周辺を打つ行為。ただし、こんな音は現役(小学生)時代にも聞いたことがない。というか、女の子が出していい破壊音ではない。

「ミソラさん、大丈夫ですか!」

 慌てたように駆け寄り、ミソラを抱き上げる。ミソラは僅かにうめき声をあげた。

「……めちゃいてぇ……」

「……グロッキーなミソラさんは割と貴重ですねぇ……」

「おい心配してくれよ」

 まぁ、リリィにとってしっぺは『痛い』以上の何もないのだが。どれほど強くやられても、痣にすらなるまい。

「はい、つぎの方どうぞ」(クスミ)

「予防接種か!」(ミソラ)

「……ちゃんとツッコむのは流石ですね」(フミ)

 と、第三者っぽくコメントしつつ、フミは少し安心していた。小槌で殴られる場面を想像してたので、それより遥かにマシな現実にホッと一息ついた。

「まぁ、アラヤさんの件もありますし、しっぺ位でしたら甘んじて……」

 フミがむずと腕を差し出すと、クスミはイソジンらしきものを綿棒で塗り広げた。

「あ。こちらにうつよ」(クスミ)

「……結構本格的なんですね……」(フミ)

「クスミは結構、こういう小芝居が好きだぞ」とミソラ。

「まぁ、クスミはお茶目だからな」

 気付けば、壱もクールダウンしていた。

「……正気に戻ったのでしたらしっぺも止めていただけません?」

「それはそれ」と壱。「真面目な話、私たちのリソースを奪った以上、何かしらの罰を与えないと示しが付かないの」

 なお、アールヴヘイムは世界レベルのレギオンである。この戦力を遊ばせておくことは、人類レベルでの損失だ。

「……そういうことでしたら、むしろしっぺで済ませて良いんですか?」

「まぁ、不審者云々はアラヤが言い出しただけで、公的に問題提起をした訳じゃないから。ただ、生徒会の耳に入った時、『犯人と思しきリリィに厳重注意しました』って報告は必要でしょう?」

 それは間違いない。というかミソラ経由でシズに話が行っている以上、間違いなく噂は伝わっている。大事になってから突き出されることを考えたら、ここで罰を受けておいた方が身の為ではある。

 諦めて一歩前に出つつ……ただ、『厳重注意』ってしっぺなんですね……微妙に()せない気もした。

「つーか私もやられたんだからお前もやられろ」とミソラ。

「私怨じゃないですか」

「……それに、最近妙にクスミと仲良いし」と壱。

「私怨じゃないですか!?」

 問答無用! フミの左腕をガッシリ掴む。人差し指と中指をくっつける。イソジンを塗った辺りを高速で往復し、指に熱エネルギーを蓄積させる。

「はあああああああ!!!!」

「ちょっと! ミソラさんの時より気合入ってませんか!!」

 それを無視して、壱は腕を振り上げた。この時点で、ブウンという風切り音がフミの耳に響く。触れた腕を通して、壱のマギと闘争心が流れ込んでくる。

(一撃必殺……!)

 ちょ、ガチじゃないですか……!?

「これはアラヤとクスミの分だ!!」

 叫んだ直後、風切り音が聞こえたか聞こえないか。フミは全力で着弾点をマギで防御した。

 パパパパッという破裂音。

「いっだあああああ!!!」

 フミは床に崩れ落ちた。鉄拳(?)制裁だった。

 冗談抜きで滅茶苦茶痛い。左腕のイソジンを塗った辺り……ではなく、無関係な筈の右手首が。出血してるのかと思うほど熱く、痺れるような感覚が続き、そして鼓動に合わせてジンジンと痛みを発していた。

 なぜ右手が……?

「ふっふっふ。これが戦場ならアナタは死んでいたわよフミさん」

 壱は腰に手を当て、何故かチャームを構えていた。

「これはいっちゃんの神威ingトラップ!」

「し、知ってるんですか! くすみんさん!」

 神威ingトラップ……! 戦う前にしっぺをするという戯れかと思いきや、『神威の荒域』で相手の利き手を殺すという、まさに必殺技……!

「これを受けたあいては、30分はまともにチャームを握れない……!」

 クスミの解説に、壱はニヤリと笑った。

 『神威の荒域』は、『この世の理』(回避)を限界まで極めると使用可能な固有行動だ。簡単に言えば、複数相手への同時攻撃技である。それを応用すればこの通り。相手の意識を掻い潜り、無防備な右腕を攻撃することなど造作もない……!

「……カッコつけてるところ悪いが、コイツ、ガチでやって問題になったからな?」

「話し合いで解決したじゃん」

「いや、チャーム捨てて殴り合っただろ」

「教導官が来るまでに解決したからセーフ」

 全く悪びれない様子に、ミソラはため息を吐いた。

「コイツはこういう奴だ。委員長(づら)に騙されるなよ」

 デュエル復古主義者の名は伊達ではない。『お嬢様学校育ち』の『委員長』なのだが、肩書に反して割とやんちゃな面もある。

「いや、委員長的所作も得意だから」

「仕切りたがり……というか目立ちたがりなんだよお前は」

「でも、そんないっちゃんが好きだよ」

「うぅ~クスミぃ……!」

 こら、甘やかすな。……とは思うものの、一時期の不和を知っているのであまり強くは注意できない。

 代わりに、未だに倒れている(一応クスミに介抱されている)フミを引き起こす。

「大丈夫か?」

「はい、まぁ……と言いますか、味方殺しのS級スキルってどうなんです?」

「まぁ、『アラヤとクスミの分』って予告してただろ。『神威の荒域』だとピンと来て防御できなかったお前にも非はある」とミソラ。

 滅茶苦茶な主張なのだが、何故か説得力を感じてしまった。本当に、こうした瞬間の判断力が一流とそれ以外を分けているような気はする。

 ソラハ様の一件と言い、ミソラの『情報』の捉え方と言い、まだまだ学ぶべきことがたくさんある。今日の出来事と、この右腕の痛みを糧に、きっと立派なリリィへと成長してみせなくてはなるまい。

 フミは決意を新たに、すがすがしい顔を……。

「……って! それって別に私に『神威の荒域』を使う理由になってませんって!」

「えー、じゃあ、判決はフミさんへS級のしっぺということで」と壱。「後付けじゃないですか!」「うるせえ! 私もやられたんだぞ!」(ミソラ)「だから私怨ですって!」「さいばんちょー、アラヤちゃんを証人としてよぶことを提案します」(クスミ)「まだやるんですか!?」

 気付けば、各員とも配置に付いている。

「当方、三審三罰制を採用しています」(壱)「司法の暴走ですよ!」「えー、検察としましては……」(ミソラ)「私の意志はないんです?!」「被告人はてってい抗戦の構えだよ」(クスミ)

「もう裁判は懲り懲りです!!」

 フミは思いっ切り叫んだ。しかし分厚い壁に遮られ、その声は一切外には漏れ出なかった。

 アールヴヘイム、恐ろしきレギオン也。

 

「あ。アラヤちゃん、いっちゃんが迷惑かけたから写真撮らせてあげるって」

「え!? 本当ですか!!!」

 フミは小躍りして喜んだ。これで合法的な写真が入手できます! ウルトラC級の快挙です……!!

 二川フミ、恐ろしく現金なリリィ也。

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