アサルトリリィ BOUQUET  ~if~   作:クロスカウンター

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第4.2話 vs体重 その2

Q.リリさんは153 cmの49 kg、ユユ様は163 cmの48 kgです。身長3 cmあたり体重1 kgの加減を許容する時(ただし小数点以下は切り捨てとする)、リリさんは体重を何kg落とせばユユ様の体重と釣り合うでしょう?

(式)10÷3=3.333≒3 48-3=45 49-45=4  A.4 kg

 

 ……という、初等算数レベルの計算が4kgの裏側である。

 なお、楓に関しては『身長が±3cm未満だから同じ体重になるまで4kg痩せよう』という本当に雑な計算であった。

 しかし、どう見ても太っているようには見えない2人が4kgも落とせるのか、かなり怪しいものだった。無理に痩せようと極端な方法に走らないか不安もあり、そもそもの発端は自分にあるという自責の念もあり、(使えそうなら記事にしようという下心もあり、)フミは2人の『特訓』に同行することにしたのだった。

 以下はそのダイジェストである。

 

・早朝。山登りのランニング(フミ、行きでリタイア。楓におぶわれて下山)

・昼休み。チャーム素振り100回、腕立て腹筋背筋スクワット各50回(フミ、腕立て半ばでリタイア)

・空き時間。基礎訓練(フミ、気力で参加)

・放課後。防御訓練(フミ、訓練前から満身創痍)

・夜。エア自転車こぎなど各自努力(フミ、快眠)

・次の日の早朝。山登りのランニング……

 

「あなた方は少年漫画の主人公ですか」

 2日目の朝、開口一番フミはそうツッコんだ。

 確かに、4kgも落とそうとすれば相当ハードなトレーニングが必要になる。とはいえ、こんな無茶苦茶、何日も続けられるとは思えなかった。……のであるが。

「いいえ。リリィにはマギがあります。この程度、一流リリィにとっては何でもないことですわ」

 そう言って楓はピンピンしていた。それどころか、自分と同じく初心者の筈のリリもいつも通り元気一杯な調子だった。今も、到着の遅い2人に痺れを切らしてグラウンドをぐるりと走っている位だ。

 これ私の方がおかしいんですか……?

「リリさんもよく持ちますね」

 当人曰く、「田舎育ちだから体力には自信があるんですよ~」とのことだが、フミも曲りなりにリリィとして訓練を積んでおり、どうも納得がいかない。この差は一体何なのだろうか。

「まぁ、無粋なことを申しますとマギ保有量の差ですわね」

「うぅ~同じスキラー数値50ですのに~」

 フミはがっくりとうなだれた。

 なお、基本的にマギ保有量はスキラー数値の高さに比例するようだが、個人差が大きく、その関係はよく分かっていない。各ガーデンは様々な試みを行っているが、それらを確実に伸ばす方法は未だに確立されていない。

「使えば使うほど強くなると申します」と楓。

「マギ超回復理論ですか? そんな単純な物なんですかね……?」

「少なくとも私は、幼き頃より、限界までマギを使うトレーニングを続けておりましたわ」

 そういうと、腕を捲り手首に着けたリストバンドをフミに放り投げた。

「? なんですかそ、おおおっ!? 重っ!」

 何気なく受け取ったそれは、こじんまりとした見た目に反して、ずっしりと重かった。

「え、何ですかこれ?」

「何って、グランギニョル社特性のマギウェイトですわ」

 そんな当然のように言われても、一般リリィには手が出せないような特殊トレーニング器具、知っていよう筈もない。

「へぇ、噂には聞きましたがこれが……確かに、ほんの少しずつマギが吸われていますね~」

 単純に重りとなるだけでなく、強制的にマギを吸われることで高効率のマギトレーニングが行えるようだ。

 なるほど、これを着けていれば、同じトレーニングでも数段重い負荷がかかるという訳なんですね~。…………。

「……って、ええーー!? これを着けたまま1日過ごされてたんですか!?」

「ですから、一流リリィにとっては何でもないと申し上げましたでしょう?」

 本当に少年漫画の世界観だった。

 よくよく見ると、手首だけでなく足首にも同様のウェイトを着けている。1つ2~3kgだとして、重量だけで少なくとも計8kg、下手すると10kg以上の重りである。これに加えてマギ吸収が4倍速……。

 フミは感嘆するべきか引くべきか、ちょっと悩んだ。

「もしかして普段から着けられているんですか……?」

「そんな訳ありませんでしょう。いつ何時ヒュージの襲撃があるかも分かりませんのに」

 言われてみれば、それもそうだった。

 ……と言いますか、もしかしなくても、このダイエット特訓って想像以上にリスキーなんじゃ……。

 初心者のフミとリリはまだしも、戦力としてカウントされているであろう楓を、こんなダイエットで消耗させてしまって良いのだろうか。

「楓さんもここまでされなくたって良いじゃないですか?」

 フミの非難とも取れる問いかけに、楓の答えはシンプルだった。

「だってリリさんが私を頼ってくださったんですもの」

 楓は和やかに微笑んだ。

 その優し気な笑顔を見ていると、これが大変な美談に思えてくる。しかし、昨晩、「疲労を取るためのマッサージですわ!」と称してリリにいかがわしいことをしようとしていたのを目撃しているフミとしては、微妙な表情を崩せないのだった。

 まぁ、ダイエットにしても、リリさんへの想いにしても、目標への真摯さは確かなのでしょうが。

 などと考えていると、「2人とも遅いよ~!」と言いつつリリが帰ってきた。(なお、まだ集合5分前である)

 楓は、フミの手からリストバンドを取り去ると、「乙女には朝の準備があるのですわ!」とリリに駆け寄っていった。

「そのリストバンドも乙女の準備なんですか?」(リリ)「ええ、これは乙女のリストバンド。着けているだけで美しくなれるのです」(楓)「私も着けてみようかなぁ」(リリ)「まぁ、リリさんは何も身に着けず、無垢なお姿が一番お美しいですわ」(楓)

 ……冗談めかしているが、さりげなくリストバンドのことを隠していた。

 何でしょうね、私が頑張る必要なんて全然ないんですけど……。

 こういうシーンを見ていると、自分だけが音を上げるわけにはいかないと、そう思ってしまうのだった。

 

--

 

 特訓3日目の午前中、次の授業へと教室を移動している際、リリが急に「私! お手洗いに行ってきますね!」と走り去って行った。

「リリさん、廊下を走っては怒られますわよ~」と楓。

「と言いますか、お手洗いは逆方向ですよね?」とフミ。

 一体どうしたのかと(いぶか)しんでいると、「ごきげんよう楓さん、フミさん」曲がり角からぬっとユユが現れた。

「ごきげんようユユ様」「ご、ごきげんよう……」

 フミは、心臓が暴れるのを必死に抑えた。フミにとってユユ様は、未だに雲の上の存在だ。こちらからお会いするならともかく、急に出現されると心臓に悪かった。

「どうしたのですか? ユユ様は、取れる単位はもう殆ど取り終えているとお聞きしましたが」

 全く余裕のないフミに代わって、楓が疑問を投げかけた。

「ええ。最近リリを見かけないものですから。仔細ないか、リリのシュッツエンゲルとして、少し様子を見に来たのです」

 最近見ない、と言っても特訓が始まったここ3日くらいの話である。

「まあまあ。あの孤高のリリィ、ユユ様が、リリさんにかかればこんなに乙女になるのですね……」

 楓のツッコミに、フミとしても概ね同意したい気分だった。

 しかし、考えてみれば、今まで必ず毎日顔を出しべったり付きまとっていたリリが、急に顔を出さなくなれば心配になるのも当然だった。

「実はリリさんは特訓をされているんですよ。その成果が出るまではユユ様の前には出られないと思っているようです」

 フミは微妙にぼかした表現で解説しておいた。

「ああ。最近、シェンリンさんたちと何かされているようですね」

「あら、耳が早いですわね」

 正確にはそっちではないのだが、納得してくれたのならと口は挟まなかった。

「私に手伝えることがありましたら、何でも言ってください」とユユ。

 フミとしては、『別に体重なんて気にしない』と言ってもらえれば話が早くて助かるのだが、リリに絶対内緒! と言われている手前、直接聞くのは憚られた。

 楓も少し思うところがあったのか、「それでしたら、ユユ様は太いのと細いのでしたらどちらがお好きですか?」とかなり婉曲的な質問をした。

「は? 何の話ですか?」

「いえ、直感に従っていただければ」とフミ。

「何ですか2人して……。まぁ、強いて言えば細い方が好きですが」とユユ。

 あー、細い方ですかー……。

 フミは、手元の手帳に『ユユ様は細いのがお好き』と書き込んだ。

「……ちょっとお待ちなさい。これは何のアンケートですか」

「え? いえ、特に他意はありませんが」

「でしたらどうしてメモを取っているのです」

 ユユは、先日の一件(カップルネーム『ゆり』の件)でフミへ『厚い信頼』を寄せている。何気ないフミの手癖にすら不信感を募らせてしまうのだった。

「何か如何わしい香りがします」とユユ。

「いえ如何わしくないですよ」「では何の話題だったか説明してください」「それはちょっと……」「ほら見なさい。後ろめたいことがあるのでしょう」「違いますよ! そもそも、太い細いで何がどう如何わしくなるんですか!」

 楓さん、何とかしてくださいよ! と視線を移すと、楓は静かに爆笑していた。

「ちょっと! 質問を振ったのは楓さんでしょう!?」

「いえ……ちょっと……」

 楓はそれだけ何とか絞り出すと、壁に寄りかかり、顔を真っ赤にして小刻みに震えることしかできなかった。

 ユユはその反応を見て気を悪くしたのか、「分かりました、もう結構です」と(きびす)を返した。そして、「フミさん。先の発言をいかなる文脈においても引用した場合、貴方の存在を百合ヶ丘から消滅させますのでそのおつもりで」と何やら不吉な忠告を残して去っていった。

「……何故か私の評価だけが一方的に下がった気がするのですが」

 今回の収穫⇒ユユ様は推定細麺派であること。

 今回の損失⇒ユユ様に僅かに残っていたかもしれないフミへの信頼。

 釈然としないものを感じていると、リリが「2人とも~! 早く行かないと授業が始まっちゃうよ~!」と、いつの間にか遥か前方で2人を呼んでいた。

 そもそもリリのダイエットが発端であることを考えると、やはり釈然としないフミであった。

 

--

 

 はぁ、今日も疲れました……。フミは重い疲労感の中、しかしどこか心地よさも感じていた。

 特訓開始4日目の夜。何やかんや言って、授業も、ランニングも、筋トレも、訓練も、慣れてしまえば何とかこなせるものだった。

 唯一問題があるとすれば、リリィ新聞のネタが思い付かず(流石にダイエットの件を書く訳にもいかない)、ちょっと悩んでいる程度のことだった。

 何かネタがないか、シズさん(※リリのルームメイトでフミのリリィオタク仲間)にでも聞きに行きますかね……と思いつつ廊下を歩いていると。

 急に目の前の部屋の扉が開き、そこから伸びた手に、フミは部屋の中に引きずり込まれた。

 部屋は真っ暗で、襲撃者の姿すら分からない。フミはそのまま地面に引きずり倒される。何者かが、フミに覆いかぶさるようにして浅い息を漏らしている。

 やばい。これはマズイ……!

「や、やめてください!」

 必死に抵抗するも、自分より力も体格も上で、訓練で疲れてなくとも振り払えそうにない。

 誰に襲われてるか分からない恐ろしさに、身の毛がよだつ。

 鷹の目を使えば多少の暗視効果はあるが、今はスキルを発動するほどマギも集中力も残されていない。代わりに、指輪にマギを送り込み、僅かながらの光源を作り出した。

――一体、誰がこんなことを……?――

 果たして、光に照らされたのは……。

「って! 楓さんじゃないですか!!」

 それはつい1時間ほど前まで一緒に入浴していた、楓・J・ヌーベルその人だった。よく思い返すと、フミの歩いていた位置は楓の部屋の辺りだった。

 犯人が分かり、フミは肩の力が一気に抜けた。

「何ですか。もしかしてリリさんと間違えましたか?」

 しかし、楓はなおもフミを振りほどかなかった。

「フミさん……フミさんって、こんなに可愛らしいお方でしたかしら?」

「ちょ、楓さん?」

 指と指を絡めるように手を床に押し付け、ゆっくりと顔を近付けてくる。マズイ。よく分からないが何かマズイ。振りほどこうにも、体重を掛けられただけで今のフミには抵抗ができない。

 自分が何に対しドキドキしているかも分からないまま、フミは身体を固くした。そして迫りくる楓を直視できず、ギュッと目を閉じた……。

 ぐううぅ~~。

 暗闇の中、音が響いた。

「…………お、」「お?」「……お腹が、空きましたわ……」

 フミは、再び盛大に脱力した。

「……とりあえず、私から離れて、電気を点けていただけますか?」

 一体何なんですかもう……。

 しかし話を聞いてみると、事は思いの外、深刻な様子だった。

「実は、マギの消費量が摂取カロリーを大きく上回っているようで……つまり、猛烈にお腹が空いております」

 話としては単純なのだが、楓の表情のやつれ具合を見てフミは驚いた。

 あの自信の権化で他人に憚ることを知らない高慢な楓が、ここまで弱気な表情をしているとは信じがたいことだった。

「でも、お食事はちゃんと摂られているんですよね?」

「そりゃあ必要分は摂っていますが……いつもの量ではマギの消費に追いついていないと申しますか……追いつかないようにしないと体重は減らないと申しますか……」

 確かに、フミもこの特訓を始めてから食事量が増えた。それどころか、食べても食べても食べ足りない感覚に陥っていた。食欲より先に胃袋が限界を迎える経験は、これが初めてだった。

 マギ保有量があまり多くないフミですらそうなのだから、それよりずっとマギ保有量が多く、よりハードなトレーニングを行っている楓の飢餓感は相当なものだと推察された。

「もうやめましょうよ……身体を壊したら何にもなりませんよ?」

 心配になったフミは、説得を試みた。しかし、楓は首を横に振った。

「いえ……これもリリさんの為ですわ」

「こんなことをされても、きっとリリさんは喜びませんよ」

「何をおっしゃいますか! 一緒に苦楽を共にすればこそ愛は育まれるのです!」

 ……確かに、ここ数日はリリも、どことなく辛そうな様子を見せることがあった。今思えば、それは疲労ではなく飢餓感によるものだったのだろう。この苦しみは、きっとこの2人にしか分からないものだ。

「…………」

 フミは何を口にするべきか悩んだ。

 2人の苦しみは実感できないが、間違いなく、楓の方がリリより辛い筈だ。マギの保有量も、トレーニングの負荷も、そして元々の体型から考えた4kgという重みも、楓の方がずっと大きい。

 それに、楓はルームメイトがいない。このだだっ広い部屋の中で、気を紛らわす相手もなく過ごす時間は、かなりの苦痛を伴うはずだ。そうでなければ、たまたま傍を歩いていたフミを無理やり引きずり込んだりはしないだろう。

「……私が話し相手になりましょうか?」

 フミはおずおずと提案を口にした。

「えー? フミさんがですか……?」

「なんで不満そうなんですか!」

「こんなちびっこ、見ていて面白くもありませんわ」「さっき可愛いって言ってたじゃないですか!」「それは気の迷いというものです」「何ですか! 私だって忙しいんですよ!」「……でしたらさっさとお行きなさいな。私は止めませんよ」「……冗談ですよ。暇だったんです。お喋りに付き合っていただけます?」「まぁ、フミさんがそこまで言うのでしたら」

「私も一緒に減量しましょうかね……」「止めておきなさい。今、アナタの身体は消費した分を取り戻そうと、猛烈に活性化しているのです。その原動力となる食事を減らしては、元も子もありません」「それを言ったらリリさんもそうじゃないですか?」「それは……そうですが、仮に間違っていることでも、当人がやりたいと言い出したことなら最後までやらせてあげたいじゃないですか」「……楓さんは良い母親になりますね」「まぁ、嬉しいことを言ってくれますね。リリさんとの式典にはアナタも呼ぶか検討しておきます」「確定で呼んでくださいよ!」

「と言いますか、何でリリさんと結婚する前提なんです?」「運命のお相手ですもの」「運命って何なんです?」「一目見た瞬間に分かるものなのです」「一目って、最初はもっとつっけんどんな感じじゃありませんでした?」「お黙りなさい。この百合ヶ丘でお互いに最初に出会ったリリィが、リリさんと私でしたのよ。これが運命と言わずして何なのですか」「まぁ、クラスも一緒でしたしね」「そういうことですわ。私の隣にリリさんの名前があったことも運命なのです」「それを言うなら私なんて真下でしたけどね」「……出席番号の5番から15番まで消して差し上げれば私も真上ですね……」「止めてくださいよ……楓さんならやりかねないので……」「そうしますと……まぁ……私たちが3人、並ぶじゃないですか……」「3人……並んだら……楓さんが長女ですかね……?」「……アナタが末っ子なんですか」「…………楓さん……お姉さん感……ありますし……」「…………それも……私の魅力ですわ…………」

 2人でとりとめのない話をしていると、どちらともなく言葉少なになり、気付けば、2人仲良く抱き合うようにして寝息を立てていた。

 

--

 

 特訓5日目。

 昨日の一件から、フミは、リリと楓の体調に注意を払うようにした。特に、楓が心配であった。何でもないように振舞っているが、よくよく注意すると、集中力・パフォーマンスの低下が、わずかながら感じられる。

 楓は『やらせてあげたい』と言っていたが、このままだと何か良くないことが起きるのではないか。

 そんなフミの不安は、思わぬ形で的中することになった。

 防御訓練中に、リリが倒れた。

「リリさん……? リリさん!!」

 射撃直後、リリが受け身も取らずに倒れるのを見て、フミは頭が真っ白になった。昨日から、射撃に使うのは訓練弾から実弾へと変更している。

 慌てて駆け寄り、身体を確認する。「リリさん、大丈夫ですか!」

 近くにいたミリアムと楓も駆け寄る。

「リリ! 大丈夫かの!」

「動かさないで!! ミリアムさんは保険医をお呼びになってください!」

 楓は鋭く指示を飛ばすと、リリのもとへ屈みこみ、脈拍や呼吸などをテキパキと確認し始めた。

「傷はないと思うのですが……」とフミ。

「傷はなくとも、頭を打っていたら危険です。……確か、弾は弾いていたと思うのですけど……」

 フミの目にも、銃弾自体は当たっていないように見えた。チャームに弾かれた後まで確認できなかったが、少なくとも、頭や身体の中心部位には当たっていない……筈であった。

「うぅ……フミちゃん……楓さん……」

 リリは、意識を取り戻した。しかし、身体に力が入っていない。

「リリさん!」「弾は! どちらに当たったのですか!」

 リリは、答えず、ただ小さく呻いた。

 弱々しい声に、最悪の可能性が頭をよぎる。

 射撃場所から、シェンリンとユージアが駆け寄ってくる。

「リリさん!」「リリ!」

 シェンリンがチャームを構える。テスタメント。広域化スキル。ユージアが飛ばされたチャームをリリに握らせる。楓がチャームを構える。レジスタ。味方チャームのマギ純度を向上させる。これで効果があるかは分からない。しかし何もしないよりはマシである。

 緊迫した空気の中。

 ぐううぅ~~。

 5人の間に、音が響いた。

「…………お、」「お?」「……お腹、空いた……」

 リリだった。リリがお腹を鳴らし、空腹を訴えていた。

 フミは、盛大に脱力した。

 

「貴方方はバカなんですか?」

 シェンリンは、かなり辛辣な口調で楓らを非難した。しかしそれも当然で、ダイエットで体調を崩し、あわや大怪我の事態を引き起こすなど、最前線のリリィにとって有り得ないことだった。

「ごめんなさい。私もまさか、ほとんど食事を摂っていないとは思いませんでしたわ……」

「楓さんの所為じゃありませんよ……。私も一緒にいるのに全然気付きませんでした……」

 実は、リリは3人で摂る昼食を除いて、朝晩は何も口にしていなかった。そのことは、特訓が始まって以来、この場にいる5人(楓、フミ、ミリアム、シェンリン、ユージア)が一度も食堂でリリと出会っていないことからほぼ断定できた。

「全くお主らは何を考えておるのじゃ……。せめてわしらに相談してくれれば、リリが食事を摂っていないことも事前に分かったかもしれんと言うに」

 完全におっしゃる通りであり、楓とフミはますます頭を低くした。

 幸い、リリはただの貧血(というよりエネルギーのガス欠)であり、倒れる際も特に外傷はなかった。念のために点滴を打って休んでいるが、目を覚ましたらそのまま帰れるだろう。

 と、反省モードの2人の前に、リリの病室から出てきたユユが現れた。

「考えなしとは思っていましたが、まさかこれほどとは思いませんでした」

「本当に申し訳ございません」

 楓は改めて頭を下げた。この件に関しては初心者2人を率いていた自分に責があると考えていた。フミも一緒に頭を下げる。

「私も申し訳ございませんでした……。それであの……リリさんのご様子はいかがでしたか……?」

「別に問題ありません。ぐっすりでした。倒れた時の判断も適切だったと聞いています。それには感謝しています」

 しかし「ただし」と、楓とフミに鋭い目線を向けた。

「ただし、危険を伴う訓練であったのに、私に一切の相談も監修も求めなかったことについては説明を求めます。一体どういうおつもりだったのですか?」

 口調は丁寧だが、恐ろしいほどの圧が(こも)っていた。

 フミはどう言うべきか口ごもった。今更隠し立てをしようとは思わないが、下手なことを言えば冗談抜きで切りかかられかねない。何と切り出すべきか悩んでいると、

「申し訳ございません。(わたくし)たちの判断で、リリさんに防御訓練を行っていました」

 と、シェンリンが一歩前に出て謝罪をした。

「確かに危険を伴うことは分かっておりました。しかし最前線にいる以上、多少強引にでもレベルアップさせる必要があると判断しました」

「私も……! 危険なのは分かっていたけど……止めませんでした。本当にごめんなさい……」

 ユージアもシェンリンに続いた。

「その気持ちは理解できます。しかし私が聞きたいのは事の一部始終ではなく、どうして私に相談をしなかったのかということです」

 折角協力してくれた2人を巻き込む形になり、フミは焦りを募らせた。

 このままだんまりを決め込むわけにはいかない。勇気を振り絞り、声を上げた。

「あの、ダイエット、ですよ……」

「は?」

 ユユは呆然とした声を出した。その隙に、楓が続きを引き継いだ。

「ユユ様、失礼ですが、体重はおいくつですか?」

「48kgですが……まさか、私より体重が重く、それを気にしているとか……?」

 流石に察しが良かった。フミと楓が無言の肯定を返すと、ユユは、頭痛を抑えるように頭に手を当てた。

「もしや、わしに相談しなかったのもそういうことかの……」

「はぁ……。私の体重を知った時ですら『5kgも軽い!』と大変な取り乱しようでしたから」

 なお、ミリアムは153cmで40kgである。リリが知ったら卒倒しかねなかった。

「皆さんに相談しなかったのは私のエゴですわ……。シェンリンさんは絶対にお止めになると分かっていましたから……」

 楓は俯きながら白状した。

 その告白を聞いて、ユユは理解不能と言った顔でため息を吐いた。

「体重なんてパフォーマンスに影響しなければ何でもいいでしょうに。全くそんなことで……」

「『そんなこと』じゃありません! 大事なことなんです!」

 リリさん! と楓らは驚きの声を上げた。

「リリさん、目を覚まされたんですか!」

「いえ。それよりもリリ。どうしてこんなことをしたのですか?」

 ユユは、詰問とも問いかけとも言えない、どっち着かずの口調で尋ねた。

「だって、私、お姉さまにふさわしいリリィになりたいんです。私が思う完璧なリリィは、体重だってプロポーションだって完璧なんです! 完璧じゃなくちゃいけないんです……!」

 ユユは、その訴えをただ静かに聞いていた。そして軽く息を吐いて、こう切り出した。

「貴方は今、(つぼみ)です。(さなぎ)と言ってもいいですよ。いずれにしても、まだ準備中の『まだ何者でもない』存在です」

 『まだ何者でもない』。どこかで聞いた言葉だった。確か入学ガイダンスで、スイレンの花言葉の意訳として紹介されていた。

「貴方、(つぼみ)が『私はあの花のように美しくない』などと言い出したらどう思いますか。(さなぎ)が、『綺麗な羽が欲しい』などと言い出したら? それは小学生が早く大きくなろうと、スーツを着て大人の真似事を始めるようなものです。傍から見たら滑稽でしょう?」

 シェンリンは、他の人に聞こえないよう小さく息を吐いた。

 リリは、ユユの言葉を黙って聞いていた。

「貴方がしたのはそれと同じことですよ。今(あせ)る必要はありません。(きた)る時に備えなさい。そして自分が何者になりたいかは、花開き、羽を身に着けてから考えなさい。その時、もしもなりたい姿があるならば、私がその成長を一緒に手伝ってあげましょう。なぜなら、私は貴方のお姉さまなのだから……」

 リリは、しばらくうつむいたままユユの言葉を咀嚼していた。

「……完璧じゃなくても……いいんですか?」

「ええ。そもそも完璧な人間なんていません。もちろん私だって完璧ではありません。仮に貴方が完璧な存在なら、私は貴方とシュッツエンゲルの契りなど結ばなかったでしょうね」

 ユユはふと、逆も然りなのだろうかと思った。完璧な人間は、如何なる下級生ともシュッツエンゲルの契りを結ばないのだろうか。

「……それでも私、やっぱり、お姉さまにふさわしい立派なリリィになりたいんです……」

 リリは俯いたまま呟いた。

 そして、「ですから!」と顔を上げ、笑顔をユユに向けた。

「ですから! 私、お姉さまの言う通り、まずは立派に開花してみせます!」

 ユユは、そんなリリを、どこか愛おしそうな眼差しで見つめていた。

 

--

 

「今回の事は本当にごめんなさい……」

 ユユが帰った後、リリは改めて5人に謝罪した。

「リリさんは悪くありません。私が悪かったんですよ」と楓。

「本当にしっかりしてくださいな」とシェンリン。

「というか、一番の被害者はユージアじゃろ。顔が真っ青じゃったぞ」とミリアム。

 自分が射撃を加えた直後に倒れたのだから、あの場で一番責ショックを受けたのは、間違いなくユージアであった。

「ユージアさんごめんなさい……」(リリ)「折角ご尽力いただいたのに申し訳ないです……」(フミ)「私からも謝罪を……申し訳ありません」(楓)

「いいよそんな……! リリが無事で、私も安心した」

 ユージアの優しさに、フミはその背後に後光を幻視した。本当に良い方ですね……。

 その言葉を受けてか、「まぁ、私もダイエットの噂は聞こえていたのに止めなかった点で同罪ですので……ユージアさん、申し訳ございません」とシェンリン。

「えー! 知ってたんですか!?」とフミ。

「そりゃ、あれだけ公衆の面前で49kgだ49kgだと騒いでいたら噂にもなりますよ」

「え゛! それじゃあ私の体重って百合ヶ丘中に知れ渡っているんですか……?」とリリ。

「ですから元々世界中に知れ渡っていますって」「それとこれとは話が違うよフミちゃん!」

 再びボルテージを上げ始めたリリを、「これこれ」とミリアムが(いさ)めた。

「リリ。先程ユユ様に諭されたばかりじゃろ」

「うう~そうですね……まずは立派なリリィになるべく、私精一杯頑張ります!!」

「その意気じゃ!」とミリアム

「うう、これは良い記事になりますね~」とフミ。

「アナタはいつもそれですわね……」

 などと言いつつ、フミも、リリと一緒にとても嬉しい気持ちになっていた。

 

--

 

 そして安全を考慮した結果、次回の防御訓練はユユも参加して行われた。

「なるほど。私は貴方たちに射撃を加えたらいいのね」

 のは良いのだが。

「あの、お姉さま……」「あの、ユユ様……」

 前回までの距離⇒1km。

 本日の距離⇒25m。

「近すぎません!?」

 しかしユユは事もなく言った。

「何を。射撃場の距離は概ねこの程度でしょう」

 何の冗談かと思った。

 むしろ、冗談とか怒っているとかそういったことであればまだ救いがあった。しかし、この言い方は……ユユ様の顔は……。

 本気だ……何が問題なのかまるで分っていない顔だ……!

「えっと、ユユ様? それ、訓練弾ですよね?」

「…………」

「あのお姉さま、今、私とフミちゃんのどちらを狙ってるかくらい教えていただけたり……」

「…………」

「ユユ様? あの、ユユ様? ……ユユ様? ユユ様ぁ!?」

 轟音とリリたちの悲鳴が、放課後の学院に響き渡った。

「危険度が上がってはおらぬか……?」とミリアム。

「まぁ、模擬戦で実弾を撃つガーデンもあるくらいですから」とシェンリン。

「リリ、フミ……ファイト!」(ユージア)「リリさん! 怪我をされたら私が介抱いたしますわ!」(楓)「行くも地獄帰るも地獄じゃのう……」(ミリアム)「何を。ユユ様に傷付けられたリリさんを私が介抱することでその心の隙間に」「リリー! 怪我したらおしまいじゃぞ! 気を付けてまいれ!」(ミリアム)

「ちょっと! 私のことも心配してくださいよ!!」

 果たしてリリさんと私は大輪の花を咲かせることができるのでしょうか……。

 リリィとしての大成どころか、まず本気で命の心配をしなくてはならないフミであった。

 

 

 

 

 

 

 

----

 

 夜、寮の自室で、ユユは明かりも点けず窓の外を眺めていた。

「お姉さま……」 

 今までは、名前を呼べば必ず現れた。呼ばなくても、時には、出てきてほしくない時にまでその姿を見せた。

 川添美鈴。死んでしまったユユのシュッツエンゲル。亡霊か幻か、付きまとうようにしてユユを苦しめ、しかし救いともなっていた謎の存在。

 それが、ここ最近、現れなくなっていた。リリとシュッツエンゲルの契りを結んだから? それとも、リリを受け入れたことで自分の中で何か変わったから?

 ユユにとって、美鈴は完璧なお姉さまだった。しかし、完璧な人間などいない。もし美鈴が完璧な存在なら、自分をそのシルトにしようなどと思わなかったはずだ。

 美鈴様にとって欠けていたピースとは何だったのだろうか。自分はそのシルトとして、どのように振舞うべきだったのだろうか。

 言いたいことはたくさんあった。報告したいことも、聞きたいことも、掛けたい言葉も、掛けられたい言葉も、たくさんあった。

 しかし、もはやそれが叶えられることはないのかもしれない。人も幻も、消える時はいつも突然だ。

 美鈴が2年前に死んだときと同じように、ユユが抱えている思いは、宙に浮いたまま、行き場を失っていた。

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