アサルトリリィ BOUQUET ~if~ 作:クロスカウンター
予感はあった。
いつかこんな日が来ることを、フミは何となく察していた。
避けられない定め。どうしようもならない天命。それでも抗おうとするのが、人間というものなのだろうか。
「次回、マギ理論の小テストを行います。これだけで成績は付けませんが、不勉強な
『小テスト』……!
ついに、やってきましたか……。
フミは机に倒れ込むようにうつぶせた。
マギ理論初級。初級と言いつつ、明らかに高校レベルを超えたタイトル詐欺。しかも、数学やよく分からない理論が出てくる、ゴリゴリの理系な講義。
今日までの内容も理解不能なものばかりだったが、それすらただの前座だと言われると、恐怖で顔が引きつるというものだ。これが必修だとはとても信じられなかった。
「か、楓さん……ヘルプです……」
『小テスト』の一言で既に満身創痍なフミは、息も絶え絶え助けを求めた。
しかし。
「さて、今日の授業もそれなりでしたわね」
「ようし! 今日こそお姉さまの所にたどり着くよ!」
楓とリリは、フミを置いて入口まで歩み出していた。
「ちょっと! 無視は酷くないですか!?」
フミは足でガンガンと机を叩いた。
「フミさん、はしたないですわよ……」と楓。
「だってテストですよテスト! これでどうかしない
フミの駄々に、アナタそういうキャラでしたっけ? と楓。
「それに、テスト一つでピーピー言うようでは立派なリリィにはなれませんわ」
「大丈夫だよ、テストは来週だよ?」とリリ。
フミは、リリの純粋な顔を恨めしそうに見つめた。楓はともかく、リリも意外に勉強が得意なのだった。飲み込みが早いというのか、教わったことはすぐに身に着けるのだ。
「うぅ~同じスキラー数値50ですのに……!」
「でも、アナタだって百合ヶ丘のセレクションを突破なさったのでしょう?」と楓。
「……と言いましても、学力テストは基本足切りで、リリィとしての実力と戦術理解が本題ですし……」
フミは、その中でも自分は戦術理解一本で合格したと自負していた。自己採点でどう考えても基準未満だった自分が合格を勝ち取ったとすれば、気合を入れて書いた小論文以外にあり得なかった。
もちろん、それ以外の科目も手を抜いていた訳ではない。とはいえ、どうしても得意苦手はある。フミは典型的な文系タイプで、数学や物理などは記号を見るだけで頭が痛くなってくるのだった。
「それでは、夜に勉強会でも開きましょうか?」
「う~ん、そうですね……」
楓の申し出は大変ありがたいのだが、フミは気が重かった。
祝賀会。新年会。歓迎会。花火大会。世の中には『会』が付く楽しい出来事がたくさんあるのに、どうしてそこに『勉強』をくっ付けようと思うのだろうか……。
「え! 勉強会!」
一方、リリは目をキラキラさせていた。
「リリさんは乗り気なんです……?」
「え? 何だか百合ヶ丘に来たって感じしない?」
……ちょっと分からなくもないが、『テスト』を控えているとなれば、あまりウキウキとはできないのだった。
ともかく、いつも通りに防御訓練を行った後、夜に勉強会を開くことで話がまとまった。
それはありがたいのだが、フミとしては、やはり気が重いのだった。
-2-
「全く。勉強で
「良いじゃないですか。必死で勉強するフミさんを
「ちょっと! 邪魔しに来たなら帰ってくださいよ!」
夜、勉強会が行われると聞いて、楓の部屋(3部屋ぶち抜きで広い)にはシェンリン、ユージア、ミリアムの3人も応援に来ていた。
「と言いますか、シェンリンさんたちはどうしてマギ理論を受けてないんです?」
必修の筈だが、ちらほらと受けていない生徒がいるのは何となく気付いていた。そもそも、遠征に行っている面々は当然欠席している。その欠席日数は補習で何とかなる
「ええ、私たち生え抜きのリリィはほとんど中学の内に履修済みですから」とシェンリン。
「私も、向こうの中学で履修してたから……」とユージア。
どうやら、小学校、中学、場合によっては幼稚園時代からのエリートリリィは、教育水準が全く別物のようだった。
考えてみれば、高校1年から全力で戦いに赴くには、高等課程の勉強・リリィに必須の知識・戦術などを中学の内に頭に叩き込んでおく必要がある。
ただ、逆に言えば、中学時代にこの難解な理論を学ばなければいけないということでもあり、
「しかしマギ理論初級ですか。生え抜きリリィの間でも壁と呼ばれています」とシェンリン。
「中学1年生から取れるけど……みんな3年生で取ってた」とユージア。
「わしは1年生の内に取ったがの」とミリアム。
くそぅ……このチャームマニアが……! という逆恨みは(ギリギリ)心の中だけに留めた。
「はいはい、無駄口を叩く暇がありましたら勉強なさい」と楓。
「……それはいいんですけど、どうして楓さんとリリさんだけマンツーマンなんです……?」
何故か、3部屋ぶち抜きの一番奥に当たる部分で、リリは楓に付きっきりで教えてもらっていた。
まぁ、むしろフミ側に3人と手厚いので全く構わないのだが、こちらと向こうがカーテンで仕切られているのが妙に疑わしい。
「まぁ、声が聞こえるからの。滅多なことはせんじゃろ」とミリアム。
「それより貴方の勉強ですよ。集中なさい」とシェンリン。
……言われるまでもなく、それは分かっているのですけど……。どうして勉強中って、別のことが気になるんですかね……。
しかも、いざ教科書に目を落としても、何が書いてあるのか全く理解できない。それどころか、一行目を読んで、文字が右から左に抜けて、何度も何度も同じ文章を読んで、それでも何が書いてあるか分からなかった。
これは知識云々以前に、フミの腰が引けている所為だった。
「シェンリンさん、これ全然分からないんですけど……。正直、今までの講義内容もいまいち分かっていなくて……これどうしたらいいんですかね……」
フミは、泣き言のようなことを言い始めた。泣き言というか、ちょっと泣きそうだった。憧れの百合ヶ丘であったが、こと勉強に関しては非常にシビアなのだった。
シェンリンは、ちょっと考えるような仕草をした。
「フミさん。本当に全然分からないのですか?」
「はい……。オームの法則は知ってますけど、内部抵抗? って何ですか……。これ、マギの話となにがどう関係してくるんですか……?」
「フミさん。本当に分からないのですか?」
シェンリンのその繰り返しは、フミを不安にさせた。
「ちょっとシェンリンさん、やめてくだ…………え?」
ふとユージアとミリアムを見ると、2人が悲しそうな表情をしているのに気付き、フミの心臓はドキンと嫌な音を立てた。
「え? あの、もしかして、あの、これってこれくらいできるものと言いますか……もしかして、あの、これくらいできなきゃ……あの、退学……? に、なったり、とか……?」
「「「…………」」」
「シェンリンさん……? ユージアさん……? ミリアムさん……?」
声を掛けられた者から、視線を外していった。
フミの心臓は嫌な音を高めていった。
まさかそんな……! 折角入学したのに……まさか勉強で! 頑張ったのに、そんなどうして……。中学……教室……訓練……立派なリリィになるって、決意したのに……そんな……嫌です! リリさん……! 楓さん……! ユユ様……!
突然、背中からシェンリンが両肩を掴んで「うわっ!!」
「うわああああああ!!!!」
…………。驚いて叫んだ一瞬後。
「……うわあああん!!」
フミは、何故か号泣した。
「大丈夫? フミ……?」とユージア。「はいはい、よしよし」とシェンリン。「お主、ガチ泣きすることないじゃろ……」とミリアム。
「フミちゃんどうしたの!?」
「まーたいじめっ子のシェンリンさんですか?」
隣で勉強していた2人が飛び出してきたのを見て。
「リ、リリさ゛~ん゛!!」
フミは、リリに飛びかかるように泣きついた。
「わっ! フミちゃん顔! ハンカチで拭こう?」
「一体何の騒ぎですか? 折角リリさんとスウィートな一時を過ごしておりましたのに」
ミリアムも、シェンリンの悪ノリにはほとほと呆れていた。まぁ、ちょっかいを掛けたくなる気持ちは分からなくもないが、不安を煽って驚かせて泣かすなど、流石のミリアムもドン引きするレベルだった。
一度、シェンリンはお灸を据えられるべきかもしれない。
「フミちゃん、一体誰がこんなことを……?」
リリはフミを
フミは、嗚咽を漏らしつつ、首謀者の名を上げた。
「ミ、ミリアムさんが……!」
「わし!?」
何でわし!?
「ミリアムさん! 見損ないました!」とシェンリン。
「ミリアム……酷い」とユージア。
こ、こやつら……! わしを売る気じゃな!?
「ち、違う! わしじゃないぞ……!」
ミリアムは反論しようと口を開いた。しかしその時には既に、風向きが概ね決まっていた。
「ミリアムさん、言い逃れは美しくありませんわ」と楓。
「だってフミさんがおっしゃってますもの」とシェンリン。
「ミリアムさん……フミちゃんに何をしたんですか?」とリリ。
「違う! ほら、シェンリンが……」「あら、困ったら私の所為ですか?」「……ほら、その、フミよ! ほら、わしじゃないじゃろ……?」「うわああリリさ゛~ん゛!!」「ミリアムさん!! ……よしよし。フミちゃん、大丈夫だよ?」
り、理不尽な……!
その後、フミが泣き止むまでの間、しばらく謂れのない非難を受けるミリアムだった。
-3-
「何でしょう……全然勉強してないのに滅茶苦茶疲れました……」
目元を真っ赤にして、机にへたり込んで、フミは意気消沈していた。
何やかんや鼻血を出したり、ミリアムが冤罪で裁かれたりと、無駄にエネルギーを消費した感がある。元々モチベーションは低調だったが、そこに輪を掛けて気力が失われていた。
「まぁ勉強以前に、まずは忌避意識からなくすべきだと思いますが」とシェンリン。
尤もらしいことを言っているが、この騒動の元凶である。(……はずが、フミからも特に咎められていないことに、ミリアムは首をひねるしかない)
「そもそも、マギ理論の基本をご存じですか?」と楓。
「まぁ、多少は……」とフミ。
「電池に例えると、『電圧がスキラー数値、電流がマギ量、両方を掛け合わせたものが攻撃力』……でしたか? でも、これって微妙に外れてる気がするんですよね……」
テレビか何かで聞いた覚えがあるが、それは教科書の記述とは微妙に違っており、フミを幻惑・混乱させるのだった。
「『水道』の例えもありますけど……これは教科書に載ってませんし……」
「あら、直感的で私は好きですけどね」と楓。
水道の例えとは、スキラー数値・マギ量・出力可能マギを水道で置き換えて説明するものだ。
・スキラー数値⇒蛇口の高さ(高ければ高いほど威力が上がる)
・マギ量⇒タンク容量(一度の戦闘で使えるマギの上限)
・出力可能マギ⇒蛇口の口径(一度の攻防に使えるマギの上限)
見た目に分かりやすく、子供向け番組などでしばしば引用される。ただ、厳密には違うのでガーデンの教科書には載せられていない。まぁ、厳密な話をするとややこしく、大抵は好き好んで話をしないものだ。
例外として、こういう話に嬉々として乗るのが技術屋だった。
「やはり電池の例えが分かりやすいぞ」とミリアム。
「じゃが、スキラー数値に相当するのは電圧ではない。抵抗値の
基本的に、誰でも『電源電圧』に相当する『マギ出圧』は概ね一定と言われておる。まぁ、正確には何やら係数のようなものがあるからの、αV'=RIとし、更にR/α=R'と置いて、V'=R'Iとしとるがの。要は電源電圧の強さに関する係数と、抵抗を合わせたこのR'がスキラー数値に相当するものじゃ。……補正抵抗値と言うても伝わらんか」
「えっと……何ですって?」
「更に言えばな、このR'の値が0~100の値になるよう、1からR'を引いて100倍しておる。(1-R')×100じゃ。これがわしらに馴染み深い『スキラー数値』の形じゃな。例えば、リリやフミはこのR'が0.5で、スキラー数値は50ということじゃ。一般人はこのR'が1以上、つまりスキラー数値『0』扱いじゃな。まぁ、これは0~100にした方が分かり良いという政治的な理由じゃな。
補足するなら、R'=R/αじゃからの。R……身体のマギ抵抗が小さいほど、そしてα……マギ出力が大きいほど、R'は小さくなり、スキラー数値は高くなる。つまり、マギが効率良く、またマギ出力の大きなリリィほどスキラー数値が高いということになる。
ちなみに、I…『マギ流量』は『出力可能マギ』に深く関係しておる。スキラー数値が大きいほどマギ流量、引いては出力可能マギも大きくなるのじゃ。スキラー数値をS(Skillerの『S』)と置き直せば、V'=(100-S)I/100。あるいはI=V''/(100-S)じゃ。見れば分かる通り、スキラー数値が高いほどマギ流量も大きくなるじゃろ? まぁ、このIは『出力可能マギ』の理論値じゃがな。実際はチャーム側で減衰するから理論値ほど差は付かぬし、同じスキラー数値同士でも個人差が大きい。個人差の原因は諸説あるが……身体全体の平均抵抗ではなく、出力部位毎の抵抗値の関係とも言われとるな。まぁ、工廠科が取るマギ理論中級・応用ではマギを流体になぞらえた計算式を使っとるな。
それと、マギ量には『電池残量』……あるいは『静電容量』が相当してじゃな……」
「ミリアムさん、その辺にしておきましょう。フミさんが限界です」
フミは、
そもそも、フミは『V=RI』と言われた辺りから、何と言っているか理解を放棄した。
「要点だけ言いますと、『身体のマギ抵抗』と『マギ出力に関する係数』からスキラー数値が計算されるということです」とシェンリン。
「そしてその計算には、リリィを電気回路の電源と見立ててオームの法則が使われるのですわ。内部抵抗云々も、その過程で出てくるものです」と楓。
要は、リリィのマギについて理解するには、電気回路の計算を理解する必要があるらしかった。
「まぁ、理解が必要というより、そっくりそのまま流用できるという感じじゃな」とミリアム。
「はぁ、これも私や皆さんの身体を流れるマギを理解するためと思えば……まぁ、はい」
正直、マギを理解するためとはいえ、数式と睨めっこするのは気が重かった。しかし、フミが憧れるあらゆるリリィが通った道で、日頃お世話になっているマギを知るためと思えば……、思えば……。
いやまぁ、一朝一夕にとはいかないが、せめて足掻いてみようと思うフミだった。
-4-
数日後、シェンリンらはフミが見違えるように問題を解いていくのを見て、目を丸くした。
「すごい……これも正解……!」
「これは驚きました。良くできてます」
「ふっふっふ、これが文系の知恵ですよ……!」
必殺技、『暗記』である。出てきた問題の解き方を理解するのではなく、『暗記』してしまう。何がどうやって答えが出るかの理屈はいまいち分からないながらも、頻出問題の『パターン』さえ覚えてしまえば、案外、何とかなるものだった。
「ふふふ……VだかRだか知りませんが、枕草子を覚えられて数行の文字列を覚えられない筈がありませんよ……」
「あんまり推奨はできんがの」とミリアム。
「でも、ちゃんと解けてるよ」とユージア。
「パターンで覚えるのは勉強の本懐ですから。悪くない手だと思いますよ」とシェンリン。
高校入試を暗記で乗り越えたフミにとって、この程度は何でもないのだった。
鼻高々のフミに、「ちなみに、もゆ様経由でいつぞやの過去問を手に入れたが見てみるか?」とミリアム。
「ええ! 今の私ならどんな問題でも……」
『1.スキラー数値60のリリィと80のリリィが(a)~(f)次の方法でユニゾンを行った場合、実効スキラー数値はいくらになるか。導出式と共に答えよ(ただしCHARMの伝導率ε、空間のマギ伝導率ε0、互いの距離は現実的で適当な値を用いよ)。
(a)CHARM接触式(b)CHARM非接触式(c)CHARM媒介式(スキラー数値60のリリィが基準)(d)リング接触式(e)ノインヴェルト式(f)緊急術式』
「……すみません、ユニゾンって何ですか……? マギ伝導率って? チャーム接触式と非接触式って……? あの現実的で適当な値って……?」
暗記方式の弱点、それはあまりに馴染みがない単語ばかりだと頭が受け付けない点である。極端な話、枕草子を暗唱できる人でも、ラテン語の文章を暗記しろと言われれば厳しい。
「ユニゾンは……レストアの出撃の時に、ユユ様とリリがやってたのと同じだよ」とユージア。
「マギ伝導率はマギの伝わりやすさに関する係数じゃが……ちょっと口で説明できんの」とミリアム。
フミは、机に突っ伏した。少なくとも、これは一週間未満で暗記できる内容ではなさそうだった。
「伊達に、生え抜きリリィに『壁』呼ばわりされてませんよ」
カーテンで仕切った向こうからもリリの「えー!!?」という叫びが聞こえてくる。リリと言えど、流石にこのテスト問題は難解過ぎたようだ。
「まぁ、この小テストは脅しの意味もあるじゃろうがの。習ってもいない問題、解けなくて怒られることもあるまい」
「いえ。聞いた話では、あまりに有名になったので、小問の一つくらい予習してくるのが不文律だとか。白紙だとペナルティが与えられますよ」とシェンリン。
不文律ですか……とフミ。
百合ヶ丘には様々な不文律がある。『ごきげんよう』という挨拶も、『先輩への様付け』も不文律だ。しかし書いてないからと守らなくて良い訳でないと、入寮式の際にそれとなく脅された。
一流のリリィには言外に察する力が問われる。この不文律を察する力も、百合ヶ丘の教育の一環なのだった。要は『言わなくても分かるだろ?』ということである。
「小問一つって、でも毎年同じ問題が出るんですかこれ……?」
「流石にそこまでは知りませんよ。ただ、『過去問』としてこの一枚が出回っていることの意味は考えるべきではありませんか?」
ずいぶんと難しいことを言うものだった。しかし確かに、あの鬼の教導官たちが、過去問が出回っていることを計算に入れない訳がない。
テスト問題が流出しているとしたら同じ問題を出してくる可能性は低いのではないか……? いや逆に『問題は教えてあげますから予習してきなさい』という教導官の優しさ……?
……いえ、あの人たちはそんな生易しい人間じゃありませんね……。
「ちなみに、もゆ様もこの問題文しか手に入らなかったそうじゃ。この過去問がいつの物かも知らんようじゃったしな」
「……皆さんが受けた時はどうだったんですか?」
「中等部じゃから全然形式が違ったぞ」「同じく」「私もガーデンが違うから……」
フミは頭を抱えた。
「これ絶対無理ですって……! 解決法が鷹の目を使ったカンニングしか思い付きませんよ……」
「それは最終手段ですね」とシェンリン。
「いや、流石にレアスキルを発動して教導官にバレない訳もあるまい……」とミリアム。
百合ヶ丘の教師陣は、白紙はともかく、カンニングをして表を歩かせてくれるほど甘っちょろい存在ではない。
フミは、ちらりとカーテンの方を見やった。
「うう~でもリリさんなら小問くらい解いちゃいそうですし……」
別に競争しているわけではないが、仕切られて、フミとリリで指導を分離させられると、どうしても相手の存在を意識してしまう。
フミにとっては授業がどうのこうのより、リリに負けることの方が悔しいのだった。
そうして問題文を見て
「やっぱり……『あれ』しかないかな……」
ユージアは意味深な言葉を投げかけた。
『あれ』……? フミは首を傾げる。
「あれって何ですか?」
「あれと言ったらあれじゃろ」とミリアム。
「ええ。あれですね」とシェンリン。
「先生が一番欲しがるもの……」「思わず不可を可に変えてしまう」「貰って嬉しくない方は百合ヶ丘にいませんよ」
それと明言しない――言外に察することを要求する――言い方に、フミは妙にドキドキした。
「あの、すみません。それは一体……?」
「決まってるじゃないですか」とシェンリン。
そして辺りを
「え……?」
「こういうことはもゆ様が強いからの。明日、もゆ様に会いに行くとよいじゃろ」とミリアム。「え?」
「大丈夫……フミならやれる……!」とユージア。「え?」
「とはいえ、基礎の勉強もしておかないと。あちらも面子と言うものがありますから」とシェンリン。「え?」
何事もなかったのように、教科書と、シェンリンらが作成した問題文が目の前に置かれる。
そして、フミは。
「…………え?」
これ以上なく間の抜けた顔をしていた。
-5-
翌日。『話は通してある』というミリアムの言葉に従い、フミはもゆの研究室へと向かった。
入室した途端、真っ暗な部屋にモニターの光と、カタカタと猛烈な勢いでキーボードを叩いている先輩の
「あ~、ぐろっぴ? エネパウはその辺に置いといて~。全く、猫の手も借りたいとはこのことね、というか、この前の防具付けて手伝ってよ~。……いやむしろ、あの装備は私を手伝いたいという無言の意思表示……? まさか貴方がそんな優しさあふれるエンゼルガイだったとは! いやはや、この天才の私をもってしても見抜けなかったぜ……!」
この人、1人でよく喋るなぁとフミは感心した。このままこっそり退出しても、一通り喋った後『っていないし!』とか何とか一人でツッコミそうである。
フミは、この時点でかなり腰は引けていたが、しかし話しかけないと始まらないのだった。
「ごきげんよう、もゆ様……。私です、フミです。ミリアムさんが話を通してくれていたみたいですけど……」
「はぇ? なんだって?」
もゆは、椅子に座ったまま、身体を後ろに倒した。目を細めるも、暗がりでモニターを眺めていたその目では、入口にいる人物を識別できなかった。
「え~、ぐろっぴってそんなに小さかったっけ?」
「いや、私の方が身長は高いですよ……」
「何とぐろっぴに成長期が!? うぅ~お母さん嬉しくて涙が出ちゃうっ! 今日はお赤飯を炊かないとねっ……!」
「誰がお母さんですか! と言いますか私です! ミリアムさんじゃありませんよ!」
おろ? ともゆ。
「というかミリアムって誰……?」
ちょ……本気ですか……?
「ってあー! ぐろっぴね! ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス、略してぐろっぴ」
「そんな本名を忘れるくらい略称を使われてるんですか……?」
「ほら、ぐろっぴって『v』の前後で顔みたいになってるじゃない」※(・v・)
「はぁ……」とフミ。
「……」(もゆ)
「……」(フミ)
「…………」(もゆ)
「…………」(フミ)
「いやだから!?」(もゆ)
それはこっちのセリフだった
何でしょう、皆さんがいる時とは別のベクトルで、話しているだけで疲れますね……。
「とりあえず電気を点けますよ」
そう言って、スイッチに手を掛けた。「あ! ちょっと待って!」と、もゆが止める間もなく部屋に光が灯り、暗闇とモニターに慣れたもゆの目に強烈な室内灯の光が差し込んだ。
「うわ~! 目が! 目が~~!!」
もゆは地面をごろごろと転がった。
「しかし! ここですかさず特性サングラスだず! これで網膜への光を99%カッツ!! やだ素敵! ふっ、私が長男じゃなかったらお前はもう死んでいたぜ……。気障なグラサン野郎とは違うのだよワトソン君」
何を言っているんですかこの人は……。
「と言いますか、既に目に入った光まではカットできないのでは……?」
「そこを何とか勉強いただいて……」「いや、値引き交渉じゃないんですから……」
フミは頭が痛くなってきた。
よくミリアムもこの先輩と付き合えるものである。出会って5分もしない内に、フミはもうお腹一杯であった。
「って、よく見れば貴方、ユユんとこのフミさんじゃありません?」
「分かってなかったんですか……?」
「いやいやそんなことは……! 確か、取材があったんだよね?」
「いや違いますって……マギ理論初級のレポート作成協力のお願いの件です」
本当にこの人にお願いして大丈夫だろうかと、猛烈に不安になってきた。
しかし実績を見れば、もゆは類まれなマルチタレントの研究者であることは間違いない。天才というものは一般に変人奇人であることが多く、もゆもその例に漏れないらしい。
「レポート……? ああ! レポートね」ともゆ。
シェンリン曰く、『小テストができない方は、代わりにレポートを提出するのが毎年恒例のようですよ』とのことだ。毎年恒例、不文律。
それを先に言ってくださいよ……! 何ですかミリアムさんもユージアさんも紛らわしい言い方して……!
ただ、シェンリンがぼそりと言った部分は2人に聞こえていなかったので、微妙に冤罪ではあった。
「一応、『オームの法則』からスキラー数値を求める計算はマスターしましたが、過去問に出てくるような複雑なのはちょっと……。レポートってどのようなものを書けばいいんでしょうか?」
フミの言葉に、もゆはニヤリとした。
「ふっふっふ! 実はフミさんにぴったりの実験を! 特別に! わざわざ! 特注で? 用意してあるんだず!」
「さっきまで私のレポートのこと忘れていませんでした……?」とフミ。
まぁ、お願いしている立場上、文句を言うつもりはないのだが。
むしろ、実験まで用意してくれているなら至れり尽くせりというものだ。もゆはマッドサイエンティスト風味とは言え、滅多な実験な持ってこないだろう。
(これで書くレポートとは、小学校の観察記録や、中学で書いた実験レポートのようなものでしょうか……?)
そんなことを考えていた数分後、フミは椅子に拘束され、全身によく分からない機械を取り付けられ、全身から嫌な汗を流していた。
「え? あの……これ何ですか?」
「これは私が開発したマギ転送装置! 備蓄したマギを流し込み、被験者を疑似的に高スキラー状態にできる優れもの! ……って、さっき説明したでしょ?」
「いや説明は受けましたけど……何で拘束……?」
「まぁ、実験中にそれを取り外したりしちゃう人が多くてねぇ。機械が暴走すると危ないから、ま、これはお互いの為にってことで」
フミは抗議するように、手を動かしカチャカチャと音を鳴らした。何がお互いの為ですか……!
手首、足首、膝、腰、肘、肩、首、頭。尋常ではない拘束に、否応なしに不安が高まる。しかし、既に同意書にはサイン済み。よく読まず軽々しく印を押したことに、フミは心の底から後悔していた。
『ああ、ご飯は後にした方が良いぞ』とミリアムは言っていた。健康診断でバリウムを飲むように、何かしらフミの身体を使った実験とは想像していた。
しかしまさかこんな……こんな電気椅子の処刑じみた実験だとは思わなかった。
「あの、これって安全性とか確認されてますよね……?」
脳裏をよぎるのは、1年前に起きたという事故。もゆの開発した精神直結型チャームにより、初代アールヴヘイムの長谷部冬佳は一時植物状態に陥った。
しかしフミの呟きに返事はない……というか部屋の中にもゆがいない。
「あの、もゆ様?」
気付けば、もゆは装置の設置されている部屋から退出して、ガラス越しに隣の部屋でパソコンやら端末やら操作しているのが見えた。
そして、マイクのようなもの(というかまさしく『マイクよん(はーと』と書かれている)に向けて口を開いた。
『あーマイクテステス。あめんぼあおいなあいうえお~……by金子みすゞ』
「あの、もゆ様! マイクテストはいいんですけど、これ安全な実験なんですか!」
『あー、これは自動音声。フミさんの声はこちらに聞こえておりません』
「嘘吐かないでくださいよ! 見えてるんですよ!」
『何っ! 角度的に見えない筈……! って、あ、鷹の目……。……ごほん。あー、ジドウオンセー、ジドウオンセー、ワタシ、モユ、チガウ』
「ちょっと! バレてなお続けないでください!! 止めます! わたし止めます! これ外してください!!」
カチャカチャと暴れ始めたフミを無視して、もゆは着々と準備を進めた。
『大丈夫、大丈夫。本当に無理って言われたら止めるから』
「じゃあ『本当に無理』です!!」
『そのコマンドは不正な時間を指定しています』
「それって始まってからなら止めてくれるってことですよね!?」
『…………』
「返事!! 返事をしてください!!」
『それじゃああと3秒で始めるわね』
「猶予が短すぎますよ!?」とツッコんでる間に。
『2、1、ぽちっとな』
実験は開始された。
ぐわんぐわん、と不安を煽る音と振動が響き、同時に何かが、マギが、装置を通して身体の中に入ってくるのが分かった。
その気持ち悪さにフミは悶えた。まるで鼻から管を通されているような……? いやもっと酷くて、まるで全身に小さな口が生まれ、それを通して手足からご飯を食べさせられているような、強烈な違和感がフミを襲った。
フミは歯を食いしばり、その感覚に耐える。そうしていると……なるほど、確かにマギが身体に満ちていくのを感じる。訓練で消費したマギが回復していく。身体がぽかぽかと温かくなるのを感じた。
ただ、その充実感も一瞬のことで、すぐにフミは
例えるなら、お腹一杯なのに無理やり水を流し込まれているような感覚。思いっ切り息を吸った肺に、更に空気を注入されるような……。自分という器に、無理やりそれ以上の物を詰め込まれているような……。
やばい、本格的に気持ち悪い。吐くとか頭痛とかじゃなくて、ヤバイ。パンクしてしまう。このままだと……限界だ……!
「も、もゆ様……これ、もう無理です……と、とめてください……」
変わらず、機械はぐわんぐわんとなっている。
「もゆ様?」
ぐわんぐわんと機械がなっている。
「もゆ様? ……もゆ様? あの、『本当に無理』です……。……。……もゆ様? もゆ様?! もゆ様?? もゆ様あああ!?」
『科学ノ発展ニ犠牲ハ付キ物デース』
「だ、だまされたあああ!!!! ミリアムさんめえええええ!!!!」
薄れる意識の中、フミはマギを操り、垂れた鼻血でダイイングメッセージを書いた。
ミリアム・も……(この先はかすれて読めない)
-6-
そしてテスト当日。
地獄の実験を乗り越え、フミは一回りも、二回りも大きく成長していた。修羅場を乗り越えた度胸は並大抵でない。
こんな忌まわしいレポート(しかも手書き)になぞ頼らなくても、どんな問題でも解いて見せよう!
フミはテスト用紙を表返した。
『1.理想状態が保たれているリリィについて、マギ密度をρ、スキラー数値をSとした時のフェイズトランセンデンスによるマギ放出量をそれぞれ示せ。ただし、定常リリィ出力数、チャームの抵抗、その他必要な値については現実的な値とせよ』
フミはテスト用紙を裏返した。
ありがとうもゆ様。ありがとう実験。
フミは、開始数秒で席を立った。
後々聞くと、リリも、もゆ様の実験を受けていたらしい。
しかし実験内容が『マギを利用した低周波マッサージ器~出力者はスキラー数値50リリィが最適なんじゃないか理論~』で非常にリラックスしていたと聞いて、えこひいきだ! 絶対えこひいきだ! と思った。
この件について、ミリアムに厳重抗議すると心に誓うフミであった。