六等星   作:希望光

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潜在

 陽が顔を隠し始め青黒くなり始めた空を眺めながら、和希は呼び止めた少女と共に公園のベンチに並んで座っていた。

 

「それで、えと『カンダカズキ』さん……」

「……え?」

 

 先程まで一度も会話をしたことのない少女が自身の名前を知っている。そのことに対し、彼は戦慄する。

 

「なんで、俺の名前を……?」

「あ、名前は調べさせていただきました」

「そ、そうなんだ……」

 

 見た目とは裏腹な少女の行動に、和希は思わず慄く。

 

「それで、カズキさんはなんでジブンを呼び止めたんです?」

「あ、ああその話ね……うん」

 

 そう言った和希は、顔を上げ少女の方へと向き直る。

 

「この前……初めてここで会った時弾いてた曲のことを聞きたくて」

 

 和希の問いを聞いた少女は首を傾げる。

 

「……どの曲っスか?」

「『HELLO,GOODBYE』の次に演奏してた曲」

「ジブンが最後に弾いてた曲っスね」

「うん」

 

 少女の言葉にゆっくりと頷いた和希は、園内を駆け回る子供達を見据える。

 

「アレは……ジブンが幼い頃、ギターを背負った神様に貰った曲です」

「神様……?」

 

 首を傾げた和希は、少女の方へ顔を向ける。そこには真っ直ぐとした視線で前を見据えつつ肯いた少女の横顔があった。

 それを見た和希は、彼女の言葉が嘘偽りの無いものだと確信する。

 

「なるほどね……その、神様は名前とかあるの?」

「それは……自分も存じ上げないです」

「そっか……」

 

 手掛かりが掴めず、落胆する和希。その際、手にしていた紙袋が目に留まった。

 

「そういや買ったの食べてなかったわ……」

 

 内心で沙綾に詫びを入れながら、ガサゴソと袋を漁り中から『レッドホットドック』を取り出す。

 

「それは?」

「知り合いの家がやってるパン屋で買ったパン。良かったら食べる?」

「良いんっスか?」

「うん……無理に呼び止めちゃったお詫び」

 

 そう答えた和希は、苦笑しつつ袋から取り出した2つのパンを少女に手渡すのだった。

 

「ありがとうございます!」

 

 目を輝かせた後、少女はパンを頬張り満面の笑みを浮かべた。それを暫く眺めていた和希もパンを頬張る。同時に彼の口内を、程よい辛味が駆け巡る。

 

「……めっちゃ美味しい」

 

 両目を見開き短く溢した彼は、黙々とパンを頬張っていく。そして気がつくと、手元にあった2つのパンが姿を消していた。

 それは傍らの少女も同様だったらしく、何度も左右の手を見返していた。

 

「どう……だった?」

「すごくおいしかったっス!」

「ふふっ、それは良かった……えと」

 

 そこまで言って、彼は言葉に詰まる。その様子に、少女は首を傾げる。

 

「どうかしました?」

「いや……その、君の名前を、教えて貰える?」

「ジブンの?」

 

 照れ臭そうに尋ねる和希に対し首を傾げる少女だったが、直ぐに言葉を続けた。

 

「——たえ。花園たえっス! 改めまして宜しくっス!」

「……花園か。うん、こちらこそよろしくね」

 

 言葉を交わし、互いに笑い合う。その際、2人の距離はやや縮まった様に見えた。

 そんな中、徐に少女——たえが背負っていたギターを前に抱え直す。

 

「和希さん、パンのお礼に何か一曲弾きます」

「マジで……?」

 

 豆鉄砲を喰らったような顔で問い掛ける和希。対するたえはそっと頷く。

 

「和希さんのリクエスト、なんでも弾くっすよ」

「それって、お任せとかでも大丈夫?」

 

 和希の問いかけに考え込む仕草をするたえ。暫しの後に、彼女は顔をあげる。

 

「構いません。ただ、その場合はジブンから1つお願いがあります」

「お願い?」

「はい。少し無茶振りなことかもしれませんが、ジブンの演奏に合わせて歌っていだけませんか?」

「それは……構わないけど……なんでまた?」

 

 たえの要求に慄きながらも、和希は理由を問う。歌って欲しい、その理由(ワケ)を。

 

「ジブンは、いつかバンドを組みたいんです。だからその時のためのイメージトレーニングっす」

「なるほどね……わかった。その交換条件で行こう」

 

 たえの熱の籠った瞳に晒された和希は、一つ頷くとベンチから立ち上がる。

 

「上手い下手は保証し兼ねるけどね。それで、楽曲は?」

「『R・I・O・T』って曲、ご存知ですか?」

「確か、最近デビューしたバンドの曲だっけ?」

 

 和希の問いに頷くたえ。

 

「歌えそうですか……?」

「行ける……とは思う」

 

 彼の返しを聞いたたえは、ギターを抱えたまま立ち上がると滑り台の上へと登る。

 

「和希さんも」

 

 たえに促された和希も、滑り台の上に立つ。それと同時に彼は考え込む。

 ——果たして自分は歌えるのか。歌う理由もないのに。否、歌う理由ならある。傍らの少女の望みを叶えると言う理由が。

 そう言い聞かせた彼は顔を上げる。直後、自身の足で三拍子を取ったたえが旋律を奏でる。それに耳を澄ませながら、入りを確かめた彼は歌い始める。

 

「——Come into the world 響き渡るのは 絶妙な存在意義の concerto」

 

 数年ぶりに自らの意思で口ずさまれた歌詞は、力強い歌声へと変化した。

 

「——分厚い rule は破り捨てて Let's shake it down! さあ声高く」

 

 場の空気を震わせながら、彼は歌い続ける。そんな歌声に釣られるように、たえのギターも熱を帯び始めていた。

 

「聞こえたのなら……Just follow me,and trust me」

 

 歌いながら和希は、自身の中にあった己の()()()を破り捨てた。同時に、歌うことの楽しさを思い出し歌にのめり込んだ。そんな和希とたえを見守る少女の姿に気付かない程に——

 

 

 

 

 

 翌日の午前中、和希は早稲田駅に降り立った。

 

「さて……定時の始業まで何すっかな」

 

 伸びをしながらをしながらボヤく和希。その姿は、さながら学校をサボった不良学生であった。

 先の発言にあった様に、今日の彼は定時制の生徒である。

 

「しっかしまぁ……突然シフトがなくなるとはね……」

 

 普段定時制に通う日の同じ時間帯、彼は労働に勤しんでいるのだが——本日は元々入っていたシフトが突如交代となり無くなってしまった。故に日中学校へ行かずに街中をふらついている不良学生状態になってしまったのだ。

 

「折角だし、この近辺でも歩くか」

 

 現状の自身を他所に、歩み始めた時だった。足元に煌めく星を見つけたのは。

 

 ☆→

 

 矢印を携えたそれは、シールとは言え確かに煌めいており彼の視線を釘付けにした。

 

「星……のシールか?」

 

 不可思議な位置に貼られたそれらに首を傾げる和希であったが、気付いた時には、星とその隣の矢印に導かれる様にして走り始めていた。

 

 ☆↖︎

 

 次は標識の下部に貼られた星。今度はその星の隣の矢印に従い進む。

 

 ☆→

 

 路地の入り口に貼られた印。それは少しだけ不気味な雰囲気を漂わせていたが、それに狼狽えることなく和希は矢印の方向へと進む。すると、塀の終わり際にも同様に星と矢印が記されていた。

 呼ばれている。そう思いながら、辿っていく。次は、電柱の根元に貼ってあった。

 

「次は……」

 

 辺りを見渡し、次の印を探す。次にあったのはコインランドリーの入り口。その次は古びた室外機。そこからはブロック塀の下や、植木鉢や、ガードレール。

 低い目線に置かれたそれらを辿り、細い道を抜けていくと大きな広場に突き当たる。

 

「……えっと、あれか!」

 

 電信柱に貼られた目印に従い、銭湯の階段、またまたブロック塀と——。この時の彼は何故か、夢中になっていた。星を追いかけることに。

 そのことに気付いた和希は、自嘲する。

 

「気になるんだな……なにがあるのか」

 

 幾つになっても、好奇心には勝てない。そう悟りながら彼は駆けていく。答えを求めて。

 そして次の印を見つけた彼はその前で立ち止まり、荒い呼吸を整える。

 

 もうすぐだよ☆↑

 

 メッセージが添えられた印を思わず凝視した彼だったが、息が整った辺りで示された場所へ視線を移す。そこにはポツンと佇む外灯のポールがあった。

 

「——もうすぐ、か」

 

 頬を滴る汗を拭い、ポールに向かって歩いていく。

 

「これ、か」

 

 辿り着いた場所には案の定、星の印があった。再びメッセージを携えたものが。

 

 これが最後☆←

 

 ゆっくりと、矢印に従う。そこには、今時あまり目にすることのない、所謂『古い民家』と呼べる類いの建物が存在していた。

 

「……ここ、なのか?」

 

 首を傾げながらも、その中へ踏み込んでいく。するとショーウィンドウになっている古びた窓ガラスを見つける。

 何が入っているのか気になった彼は側へと近づく。だが、中には何も飾っていない。空っぽのショーウィンドウだった。

 

「……空っぽ、か」

 

 ここまでの努力は無駄だったのか。そう思いながらもガラスに手を合わせ、反射した自身を見つめる。

 すると突然、ガラスの向こう側の背景が開き、姿を表した少女と目が合う。

 

「え、え?」

 

 あまりの事に彼は勿論、少女の方も固まってしまい暫しの間互いに見つめあっていた。そして、漸くアクションを起こしたのは少女の方だった。

 直ぐに壁を閉めた少女は、ガラスの隣にある出入り口から姿を表す。

 

「何か御用で?」

「いや、その、えっと……」

 

 そう言って俯く彼だったが、意を決して顔を上げる。

 

「星を、追いかけてきたんです……」

「星を……」

 

 それを聞いた少女は驚いた様子だった。

 

 

 

 

 

 ——澄んだ青空に、星々は呑まれている。

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