気付くと和希は、店の中にいた。本当のことを少女に打ち明けたところ、彼は建物の中に招き入れられたのだ。
「それで、星を追ってきたって本当?」
「え、あ、うん……」
「ふーん……これで釣れたのは2人目ね」
「え、2人目……? というかあれ貼ったの君なの?」
少女の口から飛び出した言葉に衝撃を受ける和希。
「そうよ。そしたら、貴方の前に……そうね、ちょうど貴方と同い年ぐらいの女の子がね、星を辿ってここを訪ねてきたの」
「そうだったんだ……」
「うん。それで、貴方は星を追って来たのは分かったのだけれど、ショーウィンドウの前で何をしていたの?」
腕組みをし首を傾げる少女。それにより鮮やかな金髪を纏めたよ左右のツインテールが遅れて動作を見せる。
「何が飾ってあるのか、気になってね……でも——」
「『覗いてみても、何もなかった』、かしら?」
少女の言葉に和希は力なく頷く。そんな彼の姿を眺めていた少女は、いたずらな笑みを浮かべ問いかける。
「あそこに飾ってあったもの……見たい?」
「……え?」
少女の予想外の言葉に、思わず和希は立ち上がる。
「え、あ、あるの?」
「うん。といってももう、売り物じゃなくてちゃんと使い手がいるけどね」
「そうなんだ……」
「それで、どうするの?」
「見せて……ください」
俯きがちだった顔を上げた和希は改まった表情で少女へと懇願する。
「いいわ。これも何かの縁でしょうしね」
そう言った少女は壁際にあった布を被された物の傍に立つ。そして、和希の方へと向き直る。
「見せる前に、貴方の名前だけ聞いてもいいかしら?」
「和希——神田和希」
「私は市ヶ谷有咲。有咲で構わないわ」
「う、うん。宜しくね」
頷く和希の手前で有咲と名乗った少女は、展示されていたと思しき物の布を外す。
そして、布の下から真紅の星形のギターが姿を表す。途端に和希はそのギターに魅了された。
「これが……飾ってあったの……?」
「そうよ。お父さんの命日に、供養の為に飾っていたの」
「願い星……ランダムスターを……か」
ポロリと溢れた彼の一言に有咲は驚愕する。
「待って、今なんて言った?」
「え? ランダムスターって……」
「このギターのことを知ってるわけ?」
少し食い気味に問いかけてくる有咲。無理もない。ランダムスターとは希少であり、その道に精通してるものでもない限り名前なんて知るはずもないのだから。
故に有咲は気になった。忽然と姿を現したこの少年がなぜそこまで知っているのか。
「少しだけ……ね。でも、実物を見たのは今日が初めてだよ」
ギターの側に歩み寄った和希はポツリポツリと語り始めた。記憶の底にある
「幼い頃にね、言われたんだ。この世には、身に纏えば無敵になれる最強にして最高の星があるって。それは、持った者を強く光り輝かせる。『夢』という最高を見せてくれる。それがこの、ランダムスターだって」
そこまで言って、彼は俯く。だが、その表情は微笑んでいた。何かを懐かしむ様に。そしてまた、彼は言葉を紡ぐ。
「話を聞いた頃ね、とてもワクワクドキドキしてた。だからね、ランダムスターを手にしてみたいと思った。でも、その願いもついには叶うことがなかった」
一度言葉を切り、和希は有咲の方へと向き直る。
「だから、こうしてお目にかかれただけでも最高だよ。ありがとう」
満面の笑みと共に、謝意を述べる和希。
「見るだけで大丈夫?」
「……え?」
「手にしてみたかったんでしょ?」
「でも、今は持ち主がいるって……」
「大丈夫よ。乱暴に扱わないのならね。最も、アンタはそんなことしなそうだけれど」
有咲の言葉に呆然とする和希だったが、数瞬の後ゆっくりとランダムスターに手を伸ばす。
「——お借りします」
顔も知らぬ持ち主に詫びを入れてからベルトに体を通しギターを構える。それと同時に彼の頭の中にはとあるコードが浮かび上がってくる。
暫しの硬直を経て、彼は弦に指をかける。そして、頭の中に現れたコードの通りに指を動かす。先日、たえに教えてもらった『あの曲』のコードを。
「え、ちょ……」
来た時からは想像もできなかった光景に、有咲は慄いていた。同時に彼女は和希のその姿を重ねていた。父の命日に現れた件の少女と。
そして、短い彼の演奏が幕を閉じ、静寂が場を支配する。
「ギター弾いたこと……あるの?」
静寂を打ち破る様に発せられた有咲の問い掛けに和希は首を横に振る。
「今日初めて弾いた」
「貴方……一体何者なのよ……」
「うーん……高校生?」
和希の返答を聞いた有咲は思わず吹き出した。今の今までかっこよくギターを弾いていた少年が、素っ頓狂な返答をしたことに。
「カズ……貴方面白いわね」
「えーっと、ありがとう?」
カズ、と呼ばれた事に戸惑いながらも返答した和希は、ランダムスターを元あった位置に戻す。そして、ギターに触れながら一言呟くのだった。
「ありがとう……今の持ち主のこと、無敵にしてあげてね」
ギターに対して短く微笑んだ後、和希は有咲の方へと向き直る。
「えーっと、その……有咲も……ありがとう」
「どういたしまして」
有咲に対して微笑んだ後、左腕に巻いた腕時計に視線を落とす和希。すると短針はすでに12を指していた。
「お昼過ぎてる……時間も時間だし、そろそろ失礼しようかな……」
「気をつけてね」
荷物を背負った和希は、扉に手をかける。直後、有咲が待てを掛け和希は彼女の方へと振り向く。
「後、良かったらまた来てね。日中のこの時間帯なら基本的にいるから」
「うん……もし、機会があったらまた来るよ。それじゃあ」
そう言い残し、彼は蔵を後にした。その後ろ姿を見送る有咲の表情は、どこか寂しげであった——
夕刻、彼は定時制課程に出席するため教室へと赴いた。すると、もうすでに人影が存在していた。
「今日も早いね、山吹」
「神田君。うん、今日もね」
「なるほど」
短い会話を挟みつつも、彼は自身の座席に腰を下ろす。
「あ、そう言えば昨日買ったパン、すごく美味しかった」
「本当? 良かった」
和希の言葉を聞いた沙綾は笑顔を向ける。
「また買いに行くわ」
「お待ちしてます」
笑いながらたわいも無い会話を繰り広げる。これが始業前の2人の日課であった。和希、この時間が好きだった。それは沙綾もまた同様であった。
ゆったりとした時間、それを過ごせていると言う実感を噛み締めることができたから。
今日もまた、そんなことを感じている和希であったが、沙綾の問いかけにより現実へと引き戻される。
「そう言えばさ、昨日公園で歌ってなかった?」
「……え?」
唐突な問いかけに和希は硬直する。何故昨日の出来事を彼女が知っているのか。その疑問が頭の中で反響し続ける。
「なんで、それを?」
「昨日……偶然見かけちゃったんだよね」
困った様に笑いながら、沙綾は和希の問い掛けに応答するのであった。
——その日の星々は、眩く輝いていた。