Over Your World 作:Satellite WE'RE
階段を駆け上がる跫音に付随するように、鐘の音が鳴り響く。荘厳に、暗澹に。強く大きくなっていく弔鐘が、次のステージの始点が近づいていることを示してくる。
二人の気配に反応し、上方で飛び立つ羽音が響く。まるで、これから始まる応酬に一切関わりたくないかのように。
程なくして、永夢とアドルは四つ目の入り口に辿り着いた。
目の前に佇んでいるのは厳粛を感じさせられる白き門。二人は同時に手を掛け、その門戸を思い切り開いた。
「ようこそ、挑戦者達よ。ここまで無事導かれたこと、先ずは称賛しよう」
「……ノア、ゴッドスピード」
二人を心待ちにしていたのはこの仮想世界の創造した導き手にしてエリアボスにあらず。その表情からはここまで登り詰めた者達への純粋な喜びが感じられる。
……否、もはや表情ですらなかった。
「それが本性か……その身体を巡るラグ、お前、バグスターに!」
「ああ、すべての用意が済んだ今、もはや私がヒトである意味はなくなった。そしてこれがただのウイルスでないことは、お前もよくわかっているだろう」
即座にゲームスコープを通す永夢。投影されたスキャンモニタに示された、彼を表すバグスターの名は――ゲムデウス。
人としての命を終えた彼の像は、永夢らの初対面と近しく、ラグを伴った深影のような風貌であった。
「VRXを奪い、大勢のプレイヤーを扇動して、この世界に放って、自分はバグスターになった。お前の目的は一体、何なんだ?」
「良いだろう、お前には権利がある。天国が導かれる為の道程を知る権利が」
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「この、今の世界には……そうだな。笑顔でいる人間が少ないとは思わないか?」
「どういうことだ? 笑顔で、健康でいる人は大勢いる……いや、何が言いたい」
「そう言うということは、やはりお前の視野は凝り固まってしまってるようだ。──そんなわけがないだろう。今の社会では、すべての人間が負の心を抱え、疲労しているんだ」
鏡面の如き温床はどこまでも広がる青空と共鳴し、くっきりとした地平線を作り出している。
永遠の園をバックに、ノアはこの仮想世界の根源を語り始めた。
「『なぜこの世界に幸福が訪れないのか』……VRに携わりながら、私はこの答えのない命題に向き合ってきた。
その定義は個々により違うと言われるが、私はそもそも今の世界には存在しないと考える。少し周りを見渡してみろ。入ってくるのは何かに侵され、苦悶の影を纏う者ばかり。
始まりのミスを持ち越して疎外感に苦しむ者。集団心理に沈み続けて何時しか意見を忘却した者。開き続ける差の壁に打ちのめされて放棄する者。必死に辿り着いた場所が『違う』としか思えなかった者。制約やモラルに縛られ続け、遂にすべてを見限った者。
この他にも、ちっぽけなシミが果てた鉛となり、抱え続ける者がいるのはわかるだろう?」
「…………」
二人とも、何も口挟まない。
前者は想像は出来ないが、それがどう現状につながるのかについて意識している。
後者はそれが当然で、どうしようもなく堕ちた世界だから、と諦観していた。
「その負債は変容し続ける世界に揉まれ、人々が興じること、その概念すらも掴めなくしてしまった。
嘆かわしい事だが、当然の事であると言えよう。進み続けるテクノロジー。変革を繰り返す社会。
実感することも出来ずに、取り残されていく人々がいるのもわかっている。この世界はどうしようもなく不平等だ」
「だが、そうでなければ今日までの世界は、人は、ここまでたどり着かなかった。違いが、個性があるからこそ、互いに切磋琢磨し合い、見聞を広げ、新たなものを生み出してきたのだ。
その尊さは、イマジネーションは、失われてはならない」
決して同じ者がいないからこそ苦しみはなくならないが、可能性は途絶えない。人類の進化のプロセスに、彼はどうしようもなく執着していた。
「そんな循環、発展にも限界は訪れる。私はVRで展開した世界でシミュレーションを重ねた結果、人類に幸福が訪れる可能性はゼロだと確信した。
そもそも酷な話だった。すべて私の主観による結論だった。だが、正と負のエネルギー、感情、心。どちらの方が脅威になるか、お前達ならよくわかっているだろう?」
「それは……」
「負だ。そうでしかない。それを乗り越えることで信念を獲得する者もいる。
だが、正しさが曖昧になり、娯楽にすら意義を失いつつある世界では、いつか必ずその苦しみに屈する」
強い者は強い。固い者は固い。
でもどうしようもなく、誰も気づかぬままに負けていく者達もいるのだと、ノアは諭し続ける。
ゆるやかな終焉。
それがこの世界が見せている変容のすべてなんだぞ、と。
「もはや、当初の命題であった幸福論は雲散霧消してしまった。このままではいけない。この世界ではいけない。私の手元にはVRがあった。南雲影成は素晴らしいインスピレーションをくれた。なら、身を擲つ理由は一つだろう?」
「……仮想現実。そこで構築した世界を、人類の新たな活動領域にする……」
垣間見えたゴッドスピードの理念。その野心の強大さだけは、この場にいる全員が理解していた。
「自分の望み通りに具現化する夢。誰にも咎められない個性。終わらない幸福。人類が勤しむ娯楽は、ここに世界と成り極まった。
もはや我々を縛る世界とはおさらばだ。幸福は、興奮は、希望は、夢は、約束された天国によって果たされる」
旅立ち、別れ、解放、解脱、卒業、エクソダス、箱舟。
際限ある世界も、脆弱な命も、忘れ去られた幸福も。
そんな悲しいことはすべて逆転する。
老廃する世界から離れられる。すべてを導けるのだと、ノアは目と思われる部位を輝かせて言った。
「いくら人の幸せを祈ってやってることでも、傷ついて、傷つけてしまった人がいる。大勢の人々を脅かして、倫理をかなぐり捨てて巻き込むのは許さない!」
永夢はパラドと再融合したときに、心を通して情報を共有した。
ゴッドスピードが行っている、命を弄ぶ蛮行を。人々を扇動して、振り回していることを。
「どういうことですか? 先生」
「こいつがみんなに流した謳い文句には重大な情報が抜け落ちてる。現実とVRMMOとの可逆性。一つの命を必死に生きてる人々に本当のことを伏せてる。それと、気になってたのは、この世界の拡張性についてだ」
かの檀黎斗ですら、現在までに全人類を包括した世界を創り出したことはない。正確には、ゲームを生命概念そのものとし、世界自体をゲームに変えようと画策していたのだが。
永夢が言いたいのは、『仮想』である以上、最大容量に限界があるはずなのに、どんな非道で拡張しているのか。
もう一つはノアの思想で放棄されている生命概念について。
「流石に目の付け所が違う。さて、導かれゆくこの世界の原義についてお答えしよう」
「お前、今まで誘い込んだプレイヤーをどこにやった? 彼らの姿がないのはなんでだ」
「……そこからか。良いだろう、これを見ろ」
投影されたARモニタ。
そこに映るのはこのゲームの最上階に位置する、知恵と生命を踏襲した樹が寄生する天守閣。視点が徐々に近づいていく。そこから覗いたのは、おぞましいほどのデータの群生だった。
それは時々実態を垣間見せ、人間の面影だと理解させられる。頭に当たる部分に仮想世界にログインに使用した機器と酷似したものが取り付けられている。
「あれは、みんな眠ってるの、か?」
「そうだ、夢を見ている。辛い現実と逆転した先には夢がつきものだ。
もちろん、ただの夢じゃない。人間が夢見る幸福。それが自分の思う通りに、願望通りにコントロール出来る。
大枠のシナリオは予測待ちだが、いずれは心の奥底に抱く、自分ですらも把握していない真実の理想を体現することが出来る」
夢見る可能性は広い。そこにいくつもの世界が、興奮が、好物が入り乱れる。
社会で擦り切れすぎたことで、自分の望みすらも分からなくなった者も、正直な心のままに導かれるのだ。
「だから、それが身勝手な幽閉じゃないか! こんな、こんな状態が続けば、彼らは、孤独に──!」
「独りである、か。そんな事にはさせないさ。……さあ、輝かしい導きのままに」
「? モニターのチャンネルが……これは、僕がプレイしたファーストステージ?」
「大勢のプレイヤー……もう、ここまで……何だ、この景色!? 夢から滲み出た世界が、交ざっていく!」
示された世界が導きの骨頂。
既にノアの手に落ちた多くのプレイヤーの夢が、ファーストステージの背景、グラフィック、オブジェクトを塗り替えていく。
それはまるでオーロラのように。機器で読み取った夢のクリエーション、そしてクロスオーバー。
実態化させた夢の交錯。他者という絶対的な刺激を受け、インスピレーションを獲得した夢が再び持ち主の下へ帰還する循環。
人一人でしか夢を見れないのなら、夢同士で交流し、孤独にしなければよい。イマジネーションに終わりを訪れさせない。
大容量のVRMMOで輝く人の夢が交わることで、世界すらも永遠にするのだと。
「お前は、全ゲーム機にお前の思想を感じ取らせる脳波を送ってるって! そんな誘い方まで──!」
「それは広告だ。多くの人にはまず知ってもらわねばならない。自分で判断するのもいいだろう。だが、直ぐに人々は導きを受け入れるだろう」
新規プレイヤーはエリアボスが気ままに振る舞った結果、ファーストステージに留まり続けている。先行プレイヤーが流した思想に魅せられ、ログインし続けている者もいる。
なんせ現実と比べて時間の流れが遅いのだ。天国を確かめるまで居座るというのもありえなくはなかった。
そして、最後の計画が明かされる。
「仮想天国に集まる膨大なデータによってこの世界は無限に拡張していく! 何れ世界をも飲み込む! まさに
「その、データは! どこから! 誰のものを……!」
自らの思想を伝えきったことで感極まるノア。その発言から、永夢は最悪の予想が立ってしまった。
「それは! もちろん! 仮想天国に集まるすべての! ──人間達の生命データだ!」
それは命に対する、最も冒涜的な
質量を伴うデータをバグスターウイルス、遺伝子医療機器によって拡張パックに変換する。それは、いずれ現実すべてが対象となる。
夢を、イマジナリ・エクステンションを軸に天国を謳歌するなら、もはや肉体は、命は必要でないだろうと。
それで永遠の幸福が約束されるのだから、どうか差し出してほしいのだと。
世界の、リアルの、ドクターの倫理を撃ち墜とす存在。
これ以上思い通りにさせるわけにはいかなかった。永夢の瞳が赤く、限界まで見開く。
「ゴッドスピード! お前を! これ以上好き勝手させない!」
「逸るのは勝手にしろ。忘れてないか? ここは、最上階の一歩手前だ。私にはまだ微調整が残ってる」
「…………?」
「お前の言う、運命とやらが決まる時だ。現実を取るか、患者を取るか」
そう言ってノアが指を空に指した。
清々しいまでに晴れ渡る大空。エリアボスの願望のままに形作られた世界なら、ここもそうなのだろうかという疑問が、永夢の頭を過ぎる。
そんな疑問は、卒然吹き抜けた生ぬるい風が肯定する。……最悪の形によって。
「命ある最後の輝きは、お前達が見せてくれ。最高のエンディングを迎えられるのは、一体どちらかな?」
疑問を飛ばす間もなく、粒子となって消えたノア。
後に残されたのは、これから始まる選定の儀に選ばれた者達。
心境を顕すように、立ち込めていく暗雲。それは闇となり、見事に更け切った。
心の衝突が、兆している。
「……始めましょう先生。いつか言った真実、ここで晴らさせてください……」
「アドル、お前が……」
エリアボス、番場アドル。
その身に植えられた人類の脅威をもって、ついに火ぶたは切って落とされた。
・イマジナリ・エクステンション
ゴッドスピードが名付けたかっこいいシステムの名称。
システムに組み込み、ゲーム内の想像(創造)力を拡張していく為に、マイティクリエイターVRXを狙っていたのだ。
尚、永夢用に作られた物の為、未だ完全な制御には至っていない。
・『Over Your World』
最先端脱出VRMMO。
その実体は、不自由な世界から超'脱'するための世界逆転システムにして計画名。全人類、世界を喰い尽くすことで完成を遂げる。
天国拡張のために、人をデータ化することが可能な、バグスターウイルスを基盤にした。
マスターガシャットがコアであるようだが、ある仕掛けが施されており……?
───第二進捗完了。
次回、最終章『果てしないlives』スタート。
感想、アドバイス等お待ちしております。