Over Your World 作:Satellite WE'RE
第十二話
渺茫と広がった清閑。際涯なく澄み切っていたはずなのに、抱く闇に同調して陰り続ける。
立ち込めた断雲こそが、彼の心に宿る罪悪感そのものだった。
「真実……それは君がこの仮想空間に来てから悩んでたことについて?」
「先生、ここにいるのが僕達二人である理由、もう分かってるはずです。おそらくパラドが貴方に入ったときに……」
「君は約束してくれた。話してくれるって。ゆっくりでいい、君の悩んでることを共有させてくれないかな?」
何となくは、わかっていた。
それでも、彼は自分の患者なのだからと、永夢は優しくアドルと向き合う。
しかしその在り方こそが、彼にとっては劇薬だった。
「違うんです。そんな、僕が苛まれてたことは、貴方を見ていたら、悩みなんて言えるものじゃなかったんだ……!」
「……僕、を?」
「貴方の清々しいまでの医療や患者に対する、真摯で精練な姿を見て! ……僕は自分が世界に向けて吐き出したかった言葉を忘れてしまった――」
自虐ですらない、自分は何も持ちえないのだと吐露するアドル。しかし、いつの間にか背景では狭霧が揺らめいていた。
それは一人で塞ぎ込んでゆく彼の心情を表しているのだと、永夢は悟る。
悩みに、ゴッドスピードの言う負の心によって自己を肯定しにくくなっているのだと。
「大丈夫。何もないなんてこと、ないよ。人はみんな生きていく中でストレスを抱えてしまう。その心を抑制し続けるのも良くない。
悩んで、答えを探そうとするのは生きてる証だ。君にだってちゃんと心があるから。その心から、吐き出していいんだよ」
「――――」
ドクターは患者から逃げたりしない。永夢は絶対にその在り方を、心を曲げたりしない。
改めて嘘のような人だと、アドルは想う。それがどれだけ尊く立派で、難しい在り方なのかがわかっているからだ。
この現代社会において、仕事に全霊を持って取り組むこと、さらにそれを心から自分のやりたいことだと躍起になれるなんて早々出来ない。ましてや人の一つの命に関わるドクターがそんな風に体現できるなんて。
今もこの人の前ではくだらない、恥ずかしい心だと思う。
でも、逆に、ここまで、貴方こそが。他でもない貴方の言葉なら、と。気づけばその口は声を漏らし、顔はどうしようもなく崩れていた。
「ノアのことを言いようには言えない。僕はあいつに唆されるまでもなく、自分でこういう考えを持つテリトリーを探したんです。でも、何でまたそんなことをしようとしたのか、分からなくなった。思えば、前にすべて終わった時も、同じだった。心が、空っぽになってた」
「同じことを……?」
アドルもまた、ノアと同じくこの世界に嫌気が差した人間の一人だった。しかし、その動機はもっと醜く、いや、実は今でも何がそこまでいけなかったのか自分では推し量れない状態で。
「何が自分はそこまで、何で世界に怒りを抱いてたのか、よく分からなくなった。他でもない、可愛い自分のためだったのに。それで、しばらくしてドクターにメンタルケアやカウンセリングを受けることになった。自分が何もなくなったから、自分を初めて外から見れた……」
「お医者さんにケアを……」
「そこで省みた自分は、自分のことなのに、よくわからないモノだった。自分が一番で、完璧でいたいと思ってた。よく考えなくても、完璧だなんて自分のセンチメンタルな物差しがアテの、何のデータもない癖でしかないのに。何故かカウンセラーになりたいと思った。それもどうせ、自分が相手を優位から見下ろしたいと思ったからだろうに。この期に及んで私はどうしようもない人間だと、初めて気づいた!」
「ドクターに治療を受けて、それでも……」
勝手に暴走して、勝手に燃え尽きた。彼がそんな行動に、衝動に駆られた理由の根底にあったのは、どうしようもない完璧主義だった。
心のどこかで、自分とこの世の何もかもが圧倒的に違うのだという想い。一度ボロボロになって初めてそれが愚かしいと気付いたのに、拭え切れない自分が、今も此処にいる。
今回の件も、自分が好き勝手出来るポジションにあり、一歩退いた位置から眺められるから永夢たちに協力したのではないか。
陰鬱な心が、いや本性が、その醜さのままに自分を決断させたのではないか。
「それで結局、ここに立っているというのに。一線を踏み切れず、貴方には何も言えず口籠り、私は自分の心すらわからない。私は一体、何だったってんだ…………それで、私、は――」
「でも! 君は危険だと分かってるのに、心から僕に協力してくれた。だから何もない、空っぽなんてわけがない。君は僕に素直な心を、今こうして――
「それが意味分からないっていってるんだッ!」
怒りが、湧いてしまった。
この人が、何故――
「何でそんな知った風に寄り添える!? 何で素直だ悩みだのと根拠のないことを言える!? 何でそこまで私を飼いならす!? 何で私を見ていてる!? 何で、そんなに、心から――命に向き合えるんだ」
「――!」
永夢が一人の医者として、何故ここまで誠実に付き合ってくれるのか、やっぱりわからなかった。
自分を省みるほどに、その有様が度し難く、心地悪くなった。
心が締め付けられていく。どうしてそれは、忘却したはずなのに。
その鼓動はまだ、消えていなかった。
「羨ましかった! 憧れた! 拝みたいぐらいに! その自分の心に正直に、まっすぐに、信念を持って! この社会で生きている様が! 私にはずっと貴方が輝いて見えた。なのに、全く! 貴方を、何一つ理解できなかった……」
どこまでも、どこまでも。
輝きを纏っていても、どうしてここまで違うのだろう。
どれだけ大きな感情を抱いても、堕ちた自分との、心の違いが判らなかった。
「……はぁ……、……。もう……いいじゃないですか、世界……」
********
「君は、心が……」
番場くんは泥を掻き出すように、訥々とつぶやいた。
「もう、疲れたんです。こんなにも輝かしい人もいるのに。私のような人が、人間が駄目なことに気付けない世界に。私は結局、今も、この世界がいやだと思ってるんだ……」
「人の気苦労もお構いなしに、人の足を引っ張って、けなして、喚いてる人の声しか聞こえない……。同じ生物だと思えない奇行や発言、人のためと言いながら利益と権力で荒らし、暴れる大人ばかり。誰もが良くないことだと分かってるのに、何もしないし、出来ないし、理解しようとしない……」
彼は俯く。
その表情が、背景が、さらに影に沈んだ。
「そうと、分かってるんだ……私にそんなこと言う資格ない。わかって、るのに……」
「飲まれないように、染まらないように、頑張ってる人もいるんです。弱音を吐かず、決して折れず、諦めない人もいるんです……」
「それがどれだけ立派で、尊くて、倣うべきことなのか、わかってるんです…………でも、自分も気付かないうちに、背いてた……」
番場くんが膝をついてしまう。
もっと沈んで行って、それでも心を落とさないで話してくれる。
それはまるで罪過を告白する咎人のようだった。
「そうか……色んなものを、人間を見て、別に自分が実害を受けたわけでも、慮ったわけでもないのに……
「いつの間にかそんな世界や自分がいやになって、完璧で、揺れたくない、虚飾に堕ちたんだ」
「……!」
別に人生に、本当は広義的過ぎる世界にだって強く絶望したわけじゃない。
何となく、大した理由があるわけでもなくて。
ただ、事実だから。何も、なかったから。
理路整然で、支離滅裂で。
彼の振る舞いに不自然さなんてどこにもなかった。
自分をその世界で否定されないように。
抱いた純朴さから目を背けるように。
そうなってもおかしくないと、思えてしまった。
それが“普通”だと、感じてしまった。
……でも、今は恐ろしいとも、感じられる。
「そんな自分を見ないふりして。世界に、人間に、失望して、怒って。積み上げたその偽証すらも放り出したのに! 結局、その先に何もなかった――」
それはきっと、僕だけじゃなかったからで。
「安心したくて、完璧で飾って置きたくて……」
絶対、僕一人じゃいけなくて。
「何でそうしたいと思ったかなんて、とっくに忘れたのに――!」
もしそうなら、運命なんて変わらなくて。
「全部どうでもいいって思ったのに!」
けど、僕は此処にいる。それが、それこそが示すのは――
「世界も! 自分も……何一つ……」
「「運命は!」」――変わr「変えられる!」
「――え」
「変えられる! 生きている限り、命を抱いている限り、心を持っている限り! 絶対に。君が此処にいることこそがその証左だ!」
当然だ。だって君は――
「何が! 違う! 私は、私が、此処にいるのは何もないからで! 全部どうでもよくて……どうせなら世界から追放されたくて。夢でも導きでも、何でも。何もかものせいで辛くなった世界に、さよならしてもいいじゃないか……そうしたら、きっと……仕方ないって、あきらめられる――」
「だから! 仕方なくない! 運命は変わる。あきらめなんて、ここまで来た君に似合う言葉じゃない」
「――だ、から、で、も」
「でも、それでも! 君に何もないなんてことない! だって、君は最初から――一つの命の大切さを、わかってるじゃないか」
「そ、私が、そん、え……?」
教えてあげないといけない。
一つの命。自身の心。生きている君。
すべて、君はもう分かってるということを。
「色んな事があったんだよね。自分の心を辛くしてしまうこともたくさんあったんだよね。何度か間違えたかもしれない。間違いとか、正しいとかに共感できなかったかもしれない。イヤになったりもして。それでも、君は此処にいる。その輝く、命を持って」
「かが、やく――」
「何度墜落しても、君は心を持って此処にいる。命の限り叫んでる。運命を信じてるから。どんなことがあっても。
ここまで辿り着いたことこそが、君が一番大切にしてるものを示してるんじゃないか! その、この仮想世界でも! 君は命を大事に抱いてたから、一つの命を心を持って必死に生きてきたから! 変わったんだ」
「…………こんな、世界で、どうしようもない俺だか、ら……なのに、貴方は、私は、命を……?」
「そうだ! 君は本当に立っ――【そこまでだ】ぱっ、ば、何だ!?」
突然、番場くんの身体から、粒子が噴出した。
それは即座にカタチを取り、舞い降りた。
「! 番場くんを離せ! ――ゲムデウス
「誰が離すか。完全体となるチャンスをみすみす逃すバグスターがいると思うのか?」
形成されたそのバグスターの名は、ゲムデウス
かつてグラファイトのバグヴァイザーに残るゲムデウスウイルスによって、自身がゲムデウスと成り果てたマキナビジョンの社長。
……ゴッドスピードは残留したウイルスを培養する為に番場くんに忍ばせたのか!?
「社長の座を勝手に奪われてるのは癪だが、これで漸くゴッド・リターンだ! 決して変えられない運命があるということを、今度こそ! 思い知らせてやる!」
「命……うん、めい」
でも、番場くんが消滅することはありえない。
だって、君は一人じゃない。
「どんな運命だろうと、どんな旅路だとしても! 生きている限り、一人じゃない限り、運命は変えられる。アドル! もう、わかるよな?」
アドルは、アドルの眼に、輝きがあった。
それはなくなってたわけじゃなくて、元からあった輝きだ。
エリアに蠢く霧やちぢれ雲が消えていく。それらが消したのではなく、閉ざしてただけのものを、解放するために。
「……先生。一つだけ、教えてください。こんな僕の、ちっぽけで罪で虚しい命を。こんな、夢のようなVRMMOなのに。――どうして投げ出しちゃいけない命なんですか?」
……そんなの
「そんなの決まってる! 今までも、これからも! 運命を変えて、命を持って、心のままに生きていくからだ!」
挫けても、倒れても、嫌になっても。
命を美しいと思う心があるのだから。
「俺がいる! お前一人じゃない! そして、これからもっとだ! もっと命を、心を、分かち合おうぜ! ――そのためにも、俺はお前の笑顔を取り戻す!」
「いつまでも減らず口を!」
しびれを切らしたマキナがアドルを取り込んでいく!
融合して、逃がさないためにか!
「…………僕も、信じて、みたいです。他でもない貴方を、貴方が言う運命を、私は――助けて、ください。私は! まだ、死にたくないと思った!」
「――ああ、待っててくれ。すぐに終わらせる」
言い切ったアドルは完全にマキナに吸い込まれた。
でも、そんなところに長居はさせない。パラドが俺の中に合流した感覚が走ってくる。
「後はお前を始末するだけだ、エグゼイド! バッドエンドの運命に潰されるがいい!」
〈ハイパームテキ!〉〈マキシマムマイティX!〉 〈……レベルマ~ックス!〉
「何度だって、果てしないから。生きていくために――どんな世界の運命も、俺が変える!」
「ハイパー、大変身!!」
〈ドッキ~ング! パッカ~ン! ……ム~テ~キ~ィ!〉
〈輝け! 流星の如く! 黄金の最強ゲーマー! ハイパームテキ エグゼイド!!〉
――まばゆいばかりの黄金の光が、陰りすら許さず迸る。靡く髪刃は星の軌跡を宿す
それは、すべての運命を変える希望の流れ星。決して墜落することなく、心が折れぬ限り輝き続けるヒーロー。
……完全無敵のゲーマーの降臨だ。
「ノーコンティニューで、クリアしてやるぜ!」
感想、アドバイス等お待ちしております。