Over Your World 作:Satellite WE'RE
「……ダンジョンマスター?」
「はい、これはその名の通り、ダンジョンにおけるあらゆる権利を有している支配者です。幽閉して天井を落す非道から落とし穴などチープトラップを自在に操り、生息エネミーまで支配するんです」
初めて聞く役職だ。僕が今までプレイしてきたゲームでは出てきた事がない。
ただ、何か近いものは見たことある気がする。
「それに、火花程度のエフェクトがダイナマイトの爆発力を秘めたものかもしれない。
見た目スライムの攻撃が即死レベルかもしれない。転がってる小石が、突然毒を纏って飛んでくるかもしれない。えっとつまり……」
「五感、を幻惑させてくる可能性がある。通常のゲームじゃありえないことだけど、これはVRMMOだ。僕達の感覚を侵してきてもおかしくない。
でも、その小石が飛ぶっていうのは、なんていうかトップダウン式にしても作動意義が怪しいコマンドだね」
随分と無茶苦茶なものだと思った。
確かに様々なゲームでダンジョンと呼べるものはよく登場する。
しかし、マスターなんてものは一切見たことがないし、もしゲームに出てくる姿を考えると、なんか夢が無くなるな。
「あれ、確かにそう、ですよね。何でそんな例えにしたんだろう……」
「僕はそのマスターっていうのは見たことがないな。もし出てくるとしたら……RPGやストテラジーとかバトロワとかシミュレーションとか、いろいろなジャンルのゲームが混じったものになりそう……? いや、やっぱりわかんないな」
「ええ、その通りです。だってそんな役職は画面の中の妄想……フィクションでしかないんですから」
「──フィクション?」
どういうことだろうか。
思えば番場くんも僕も同じゲーム通なのに、僕だけが知らないジャンルのゲームがあるとは正直考えられない。それにフィクションというのは何だろう。
「ダンジョンマスターというものが主題になっているメジャーゲームは中々思いつきません。この役職、というより概念はノベルなど、人間たちの妄想の中で活性化したものなんです。
いちゲームのダンジョンに設置するにしては存在が高次的過ぎる。主流なテーマのゲームに出そうとしたら持て余してしまいますよ。
そして、妄想により拡張されたから、明確な原義や存在意義がない。ただ、人々より優位である設定として使われ、さほど意味のない物語の基盤になることもあるんです――ああ、だから小石のたとえなんか出したんだ。物理演算もシステムも考慮していない、そんな低俗なものを」
番場くんが言うにはそもそもゲームとは分野が違うものに登場するテーマらしい。
なるほど、ゲームのジャンルだと思った僕の想像がつかないわけだ。
僕はノベルゲームなら経験はあるけど、本は正直医学部受験に使った参考書や小児科などの専門書ぐらいしか頭に残るものがない。目にすることがないのも当然だ。
ゲーム的に言うなら、ダンジョンマスターというのは初期ステータスが他のプレイヤーより高いだけでなく、役職も割り当てられている。
ここで言うステは何もHPやMP、STRだけを指すわけではないだろう。事前に持っている情報やゲームのルールなどが違う。
そう考えると、普通の冒険ゲームとは相容れない存在だと思う。もしダンジョンマスターのゲームがあるとしたら、有り得そうなのはサンドバックスゲームかバトロワとストテラジーだ。
前者はそもそも、RPGでダンジョンに挑む冒険者とは視点や楽しみ方が違う。明確なタスクやクエストが存在しない、プレイヤーが好きなように目的を決めてプレイするゲームだ。
「ゲームではサンドバックスに該当する点が多いと思います。違いは僕達プレイヤーの存在と、VRMMOであること。
意思ある人間を好き勝手弄ぶことが出来る権利がありますが、道徳に反する故葛藤する。しかし、仮想世界のライフは有限じゃない。それでタガを外してしまう。その振る舞いは、VRMMOと皮肉にも相性が良いと思うんです」
VRMMOと相性がいい?
それを聞いて僕の脳裏に浮かんだ。湧き上がるアイデアのままに、周囲を巻き込みゲーム作りに没頭する、一人のゲームクリエイター。
――そうだ、これは僕達プレイヤーの領域じゃないんだ。
ダンジョンマスターとサンドバックスが明確に違うのは、他者の意思があるか否か。もちろんサンドバックスもオンラインはあるけど、ダンジョンマスターは優位から挑戦者をふるいにかけることが役割だ。
僕がゲームを始める前に『Over Your World』が一本道のゲームであることに納得感を覚えた理由もきっとそこにある。
ダンジョンのマスター。管理者であり、支配者であり、クリエイター。
そういう役職でプレイするVRMMOは好き勝手振る舞えるが、無法で度を越したものになる可能性が高いのかもしれない。
人間の心や命の良識は、世界がゲームであるという原義があるのなら、捨てられてしまうのではないか?
僕達の運命や常識を悉く覆してきた一人のゲームクリエイターの所業から、そんな不安を感じずにはいられなかったからなんだ。
ただ、このゲームを開発したのは他でもない、ラスボスのゴッドスピードだ。仮想世界での人類の尊厳などに関しては非常にナイーブなつくりになっていたはずなのに。それを自分の手で無茶苦茶にしようとしている。一体どういうことなんだ。
「明確に目的のある脱出ゲームを謳いながら、終わりなき天国に誘うのには、ここのボスはとっておきの適任だとは思えませんか、先生?」
「…………」
番場くんはそのマスターの振る舞いや権限から人々が飛びつくと考えてるみたいだけど、僕は中々そう思えない。
例えばさっき例に出したゲームの、後者であるならば……
いや、今は前と同じように、僕の話を求めているであろうこの子に向き合おう。
「社会や常識とは違う、一線を越えたものに惹かれる人がいるのはわかっている。でも、大勢の人間がそこにはいるんだ。たった一つの命の大切さは、わかっているはずなんだ。苦しくても命を粗末にしたり、簡単に人を無碍にして暴走するなんて、悲しいことだよ。僕は、そんなこと信じたくない」
「……それは、一つの命だから、尊厳だから、ですよね。そんな概念の存在しない世界なら、どうなるんでしょう」
「僕は個人的にいつかは人類がぶつかる問題だと思う。価値観や想いや信念は揺れるもので。人類が挑める世界の広さが変われば、きっと悩むときが来る」
「先生は、その問題は今だと思いませんか? ここはその絶対性が揺れる、仮想世界ですよ?」
番場くんの表情が陰りを帯びてきた。この子はきっと、そういうものに囚われて、苦しんでいるのだと確信した。
命の問題は、この世界を放置していれば急速に悪い方向に進むのだろう。少なくともこの世界は許せない。
しかし、今、僕の目の前にいるのは。一人の、一つの命について悩んでいる患者だ。
「もちろん、僕がやるべきことは決まってる。僕はドクターだ。一つしかない患者さんの命と心を守る。みんなの運命を脅かす存在を見過ごすことはできない。それが僕の、僕達が選んだ運命だよ。それに、目の前に第一優先の患者がいるんだからね」
「それは結局、あなたがドクターで……、……選んだ運命で……?」
「どんなことがあろうと、ドクターとしての務めを果たすのが自分のするべきことなんだって思ってる。でもね、僕の医療は患者さんの笑顔を取り戻して初めて成功するんだ。患者さんが悩んでる問題には、僕も一緒に悩んで、寄り添っていきたい。例えそれが、世界を揺るがす問題であって―――それが、君の悩みだとしても。君をこの世界で、広大な暗闇の中で、一人にはしない」
「――あなたは」
きっと、大丈夫だ。この子はきっと、笑顔を取り戻せる。
********
「――あなたは」
……何を言ってるんだ。
仮装世界での命について見解を聞いたのに、途中で論点をずらされた。
選んだ運命を、変える? 何の? ……私の?
―――先生は、私を待ってくれている。
そうだ、そうではないか。違う。先生は別に私の言及をはぐらかしたわけじゃない。誠心誠意私と向き合おうとしてくれているだけではないか。
自分の考えすべてを話せば、それが私を押し潰す負荷になると思ってくれたに違いない。この宝石の眼をする先生は、そうであるはずだ。
……私の言葉を待ってくれる人なんて、いなかった。
だから、どこかで諦めて、不誠実になって、嫌になったのに。
今も自分の本当の心すらわからない。その証左に私は言葉に詰まっている。
寄り添ってくれてるのに。
一人にしないでいてくれるのに。
私のために、輝いていてくれるのに。
「……それがあなたの運命? ドクターだからその価値観を捨てられない? ……わかりません。この仮想世界にいるのに。もう、いいとか思わないんですか?」
ああ、なんでそんな、逃げるように口走る。
それは相手の求めるレスポンスじゃない。身に染みてわかっているはずだ。
私が、私の心を、晒すべきなんだ! 私ははまだ、何も明かしてない!
「思わない。僕は僕の運命から逃げないように、君からも逃げない。それはドクターとして、君の笑顔を取り戻すために。―――信じて。君の運命は、僕が変えるから」
……すみません、すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません
……あなたの輝きを直視できなくて、すみません。
「! だ、大丈夫!?」
気付けば、私はうずくまってしまっていた。先生がすぐに心配して大慌てで介抱してくれる。先生に世話をかけていると、気付いた。
私は、間違うとか間違わないとか、正しいとか選ばれたとか、そういう問題を考えられる人間ですらなかった。
この人のまっすぐで一寸の狂いのない、表情と言葉を聞いたか? その輝きに間違いがあると思うか? ……そんなことが、あるはずがない。それにくら……私には比較すらも烏滸がましい。
私の抱えるものは絶対に打ち明けられない。いや、そもそもこの方を見るとそれすらも間違いのように思えてくる。そんな悩みはすべて無意味なんだぞ、と。
そうして、ずっとぐよぐよと曇っていた心が。積み重ねてきた何もない日々が。私が望んでいたはずの世界が。世界に向けていたはずの怒りが。私の心を写せたはずの表情が。
…………すべて、無になった。
……そして、同時に、幸運なことに、気付いた。
―――信仰。
私はそれを抱いていたことに、気付いた。