魔法科高校のカウンセラー   作:亜璃斗

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第1話

 東京都内のとある高級マンションの一室で大型端末を眺めている青年がいた。

 齢は二十代後半だろう。中性的な整った顔立ちも相まって幾分が年齢より若く見えるが、決して少年と評することができるほど幼い容貌ではなく、男性にしては長めに伸ばしている黒髪の下に浮かぶ真剣な表情は間違いなく成人した仕事人のそれだ。

 敢えて指摘を入れるのなら、目を覆いそうになっている前髪を横に流すために付けているヘアピンが中性的な顔立ちを際立たせてしまっていることだろうか。もっとも、これは彼が自分で選んで購入したものではなく、まさしく本日のこと、彼の弟と妹がプレゼントしてくれたものだ。二人のファッションセンスは少々……弟に関しては中学校三年生であることを考慮すればいささか可愛らし過ぎると認識している彼だが、数少ない気を許せる相手への贈り物で楽しそうに笑っている様子を見せていた二人がその場で付けて欲しいと願ってきたのなら彼に拒否権がなかったのは当然の事だった。

 因みにだが、今日夕飯前に自宅へと招いた女性からは「似合っているわよ」とクスクスと笑いながら褒められたのだが、それが彼にとって歓迎できる褒め言葉ではないことくらい誰でも推測できることだろう。冗談に違いないが仏頂面を浮かべてしまったのは仕方ないと判断している。

 などと要らぬ思考に耽っていた彼は自分が仕事に――明日からの学校での予定を叩き込む作業に集中できていないことを自覚した。

 

「ふぅ……」

 

 今日中に終わらせる必要があるものは既に済ませているのだから問題ないか、と言い訳して彼は自宅での表向きの仕事用の端末の電源を切った。その端末を鞄へと仕舞ってから、髪留めも外して机の上に置いた。シャワーを浴びてから着替えたラフな格好で凝り固まった筋肉を解すように大きく伸びをする。

 

「あら、仕事は終わったの?」

 

 背後から声をかけられる。同時に視界の端を横切るように伸ばされた手に持っていたミネラルウォーター入りのグラスがテーブルへと置かれ、カランと軽やかに音鳴らした。

 驚きはしなかった。何せ彼女を自宅へと招いたのは彼であり、自分と入れ替わるようにシャワーを浴びに行ったのも確認しており、背後からの接近にも気付いていたのだから。

 振り向かずに肩を竦め、グラスへと手を伸ばす。

 

「仕事……と言っていいのかは微妙な所だろうな。明日からの仕事に備えて同僚の名前と顔を覚えていただけだ。……これ、ありがたくもらうよ」

 

 そんな彼の所作に気を悪くした様子を見せず、彼女はテーブルの向かいまで移動して腰を下ろした。彼同様ラフな格好に着替えた彼女の片手にもグラスがあり、無色透明の液体で満ちている。

 

「そう言えば、人の名前を覚えたりするのは苦手だったかしら? 私は自然と頭に入る方だからその苦労は分からないわね」

 

「僕も別に苦手ではないよ。ただ、接点の無い人間の名前を覚えるより、交流を持った際に頭に叩き込む方が早いから少し面倒だと感じるだけさ」

 

 実際に話した印象と一緒に記憶する方が一纏めに出来て効率が良いだろう、と付け足した青年の弁に彼女は小さく頷いて同意を示したが、何が面白いのか機嫌のいい猫のような微笑を浮かべている。

 目線で訊ねると、彼女が艶のある声音で囁くように言う。

 

「ふふっ。効率を優先することを第一に考えながら効率を度外視した半分趣味のお仕事をしているのは変じゃないかしら?」

 

 彼女の言わんとすることを理解した青年はなるほど、と納得して苦笑を浮かべる。確かに滑稽な話だった。

 

「一応は親父殿や本家、それにそちら側から頼まれた仕事でもあるんだが……まぁ、否定はしないよ。表の仕事として手頃なものを選んだだけのつもりだったが――学校のカウンセラーは案外僕の性に合っていたらしい」

 

 答えながら青年は先ほどまで閲覧していた魔法科第一高校の本年度総合カウンセラーを担当する十五人の仕事仲間のことを考え――くくっ、と隠さず笑い声を零した。

 

「どうかしたの?」

 

 そういう質問を誘導するための仕草であることなど彼女にはお見通しだったはずだが、それでも円滑に会話を進めるため嫌そうな顔一つせず乗っかってくれるのは互いにこの何気ない会話を楽しんでいる証拠だろう。夕飯時に両者ともにかなりのアルコール分を摂取したのも理由の一因だろうが。

 

「副業での仕事での収入の方が多い僕が言えた義理ではないが、カウンセラーの副業はあまり関心できることではないなぁ、と。それに今回のターゲットは彼女一人には荷が重すぎるから気の毒だと思ってね」

 

「女性のプライベートを調べるのは感心しないわね」

 

 非難する様な声音だが、表情は実に楽しげだ。

 彼女が指摘したいことは二つ。一人暮らしの男性の自宅へと夕食を一緒に頂くために女性が訪れることから容易に察せられるが、この二人は所謂そういう関係だ。それなのに仕事仲間の女性に付いて調べることは客観的に見ても二人の関係にひびを入れるような行為だろう。それに他人の個人情報を閲覧することは単純に違法行為でもある――ということなのだが、

 

「先に探りを入れられたのは此方だから文句を言われる筋合いはないし、君が言うか? それを?」

 

 これほど気安く話題へと持ってくることからも分かるが、彼はその同僚の女性に対してそういう感情は一切持ち合わせておらず――また、後者に至っては彼が責められるのはお門違いだろう。

 同僚仲間の副業を調べ上げたのは、他でもなく彼女自身なのだから。

 鋭い指摘に、しかし彼女が浮かべる微笑みに変化は現れなかった。

 

「私は父権主義だから、女性である私に頼んできたあなたにしっかりと責任を取ってもらわないと」

 

「また古めかしい主義思想を持ちだしてきたな……。男女同権主義推奨派の僕としては理不尽な要請だと思うが……他ならぬ君のことなら前向きに検討しよう」

 

「あら、嬉しい」

 

 冗談めいた安請け合いの台詞に、簡素なお礼を満面の笑みが添えて送られる。

 

「いざとなれば二人揃って跳んで逃げることになりそうだがな。……っと、話が逸れたな。要は彼――達也くんの相手をして同僚が一人自信を無くすような事態になってしまったら、と危惧しているんだ。普通のカウンセラーとしては優秀だから余計にね。何で公安のスパイなんてしているのか不思議な人だよ」

 

「達也くんと平然と渡り合えるカウンセラーなんてあまり想像できないのだけどね、私は」

 

 本気で苦笑いを浮かべる彼女に、青年も幾分か本気の混じった態度で応じた。

 

「それには同感だ。親父殿の性格からしてあの兄妹のどちらかのクラス担当になることは予想できたことだが、本音を言えば深雪さんの所属するクラス配属で助かったよ。彼のカウンセリングをやるハメになったら心労が増えそうだ。というより、彼に真面目に相談事をされても協力できそうにない」

 

「それは我が大隊の最大戦力、戦略級魔法師大黒竜也特尉だもの」

 

「加えて天才CADエンジニアのトーラス・シルバー且つ四葉家次期当主筆頭候補の守護者にして魔法科第一高校新入生司波達也か。……十五歳にしては肩書きが多すぎやしないか?」

 

 呆れの感情を多分に含む賞賛の言葉を呟きつつ、青年は立ち上がった。空になったグラスを二つキッチンへと下げ、洗浄はHARへと任せておく。

 そして既に専用の道具を使用して真空状態で栓を締め直しておいたワインを家庭用のワインセラーへと戻しておく。今日の為に用意しておいた少しだけ――この年齢で高級マンションの一室に独り暮らしかつワインセラー等を取り揃えている彼の金銭感覚上、だが――高めの値段の付いていた年代物であり、できれば全部二人で飲み切りたかったと思うのだが……。

 

「私は今からもう一度飲んでも構わないわよ?」

 

 ふと、背中を暖かな感覚が覆った。

 彼の後を付いてきていた彼女が背後から抱きすくめてきて、目線だけで何を思案しているのか読み取ったのだろう。

 布越しにもはっきりと伝わって来る女性らしい体の感触は魅力的で、耳元で囁く声も蠱惑的な響きだった。彼女の事だから自身の女性としてのチャームポイントを熟知した上でやっているのだろう、と冷静な判断をしつつも、未だにアルコール分が回っている脳内では理性より欲求が強い意志を見せてしまっているのも事実であった。

 このまま甘美な誘いを受け入れ、酔いの中彼女との他愛ない談笑に興じ続けるというのは実に抗いがたい魅了を兼ね備えた提案だった。

 しかし、彼は深呼吸を挟んで首を横に振った。

 

「……非常に残念だが僕は明日新入生に対する挨拶をする予定だ。二日酔いと寝不足でだらしない姿を晒すわけにはいかない。確か君も昼からは隊舎へと向かう必要があったはずだ。今日はこのまま大人しく就寝とさせてもらうよ」

 

「それは残念ね」

 

 逡巡に費やした数秒と体に回された腕で彼の葛藤を読み取れたはずの彼女は満足したのかあっさりと諦めの言葉を口にして体を離した。

 知人の戦略級魔法師とは違い年の割にこの手のからかいに律儀に反応してしまう彼は逃げるように彼女を先導する形で寝室へと向かう廊下を歩きだした。

 そして、きっと今日も一緒に寝るか、別々に寝るかでくだらない議論を交わし――絶対に敗北を喫するのだろうな、などと己が勝利を諦めつつ背中越しに言葉を投げかけた。

 

「僕の方が一つ年上なのに、響子さん相手だとこちらの威厳がなくなって恥ずかしい限りだ」

 

 大げさな表現は冗談の意味合いを強く押し出しており、それゆえ彼女――藤林響子には彼の本心が容易に察せられたのだろう。仕事の時に見せる鉄壁の微笑に比べると穏やかな笑みを見せる彼女は青年の右腕を取りながら言った。

 

「かの『八咫烏』の異名を持つ詠司くんの弱い部分を知れて私としては嬉しい限りよ」

 

「……それが僕にとっては嬉しくないと言っているんだがなぁ……」

 

 これ以上追及しても無駄足だろう。

 そう理解した青年――黒羽詠司は自由の利く左腕で寝室の扉を開けた。

 

 結局、時折泊まりに来る藤林のために用意されているベッドが使われることはなかった。

 

 電子の魔女の名を頂戴する藤林を相手に、魔女の使い魔たるカラスの異名を持つ詠司が口で勝負して勝てるはずもなかった。

 

 

 




祝! アニメ化! 面白かったですね! 絵が綺麗でしたね! OPがカッコよかったですね! 達也くんはやはりどう見たって普通にイケメンだよね! そして深雪さんは安定の可愛さでした! ヒャッフー、何て絵になる兄妹だ! 二話もとても楽しみですよねぇ! そして早く響子さんの動いている姿が見てぇよなぁ!!

――ということで(!?)突発的に思いついたネタです。
このサイトで魔法科の二次創作を見ていて「こんな主人公の作品もあったら面白そうだなぁ」と一風変わった主人公で書いてみました。ヒロインを藤林響子さんにしたのは完全なる作者の好みです。仕事のできるオトナ美人とか羨ましい限りですね、えぇ、まったく。

原作にオリジナルキャラを入れて作品の展開自体を変えていく、というよりは、原作の裏話的なお話を書きたいと思っています――が、作者こと亜璃斗は大学生活とバイトという現実世界の辛く厳しい荒波に揉まれている哀れな本の虫のため、更新速度はお世辞にも早いとは言えないと思います。ご了承を。

ちまちまと書きたいお話を投稿しようと考えているので、気楽に待っていただける心の広い方はこれからもどうぞよろしくです。
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