ウマ娘 The Amazing Ugly Duckling 作:ヤットキ 夕一
なお、アニメ版で登場する彼女の一人称は「アタイ」と聞こえるのですが、「一人称がアタイのヒロインでは書きづらいしイメージが違う」という、完全に書いている人の都合で「アタシ」になっております。
アタイ派の方は脳内で変換してお読みください。
それでは本編、スタートです。
それは10余年前のこと──
一人のウマ娘がこの世に生を受けた。
生まれたての小さな小さな命。
それを前にした両親の表情は思わずほころび、父親は歓声をあげてしまう。
お尻の尻尾と、頭の上の方にある耳こそ人とは違えど、そのあどけない表情はとても愛らしいものだった。
「よく頑張ったな……」
父親は妻である母親をねぎらい、母は我が子を慈しむ目で見つめながらうなずいた。
その生まれたての小さな宝を、父親は看護士から受け取って、その腕に抱く。
「うん、ウマ娘か……」
こことは違う世界の、この世界には存在しない馬の魂を受け継いだという存在。
我が
それは彼女が受け継いだ魂の名前であり、異世界で活躍した競走馬の名前。
彼女につけるのにふさわしいその名は──
「よし、決めた! この
「違います」
「……へ?」
呆気にとられる父親。
我が子を抱えて命名しようとした、一世一代の見せ場──なお、彼はこの物語において今後の登場予定がない──に水を差され、思わず問い返していた。
その待ったをかけたのは、母親だった。
焦った彼は、それじゃあと次案を出す。
「そ、それなら、ダイユウ──」
「ダメです」
父親が言い切るよりも前に即座に却下する母親。
彼女はあきれた様子で父親を見ている。
「あなた、わかってますか? この子は女の子なんですよ? こんなかわいい娘にユウサクだのコウサクだの、百パーセントどこからどう見ても男の子の名前を付けたら可哀想でしょう?」
「え? あ……でも、ウマ娘の名前ってそういうものじゃ……」
完全に及び腰になりながら、それでもわずかな抵抗を見せる父親。
それこそ比較的多く名前についてる「○○オー」なんて名前は王様からきているのだし、とある名前についてる「ジョージ」なんて名前は、それはもう完全に男だろ。たとえそれが日本人だろうと欧米人だろうと間違いなく。
トウショウボーイなんてもう完全に男の子じゃん! だってボーイってついてるもん。
極めつけはハシルショウグン。ただでさえ将軍なんて男の印象しかないのに、あの有名な最後に敵の本拠地に飛び込んで片っ端から成敗する世直しする暴れん坊のイメージが強すぎて、それしか浮かばんわ!
などと思った、そんな父の抵抗もむなしく、主張は完全に無視された。
父親から娘を受け取った母親は、我が娘をジッと見つめながら「うん」と一つうなずく。
「あなたの名前は……そう。ダイサンゲンよ」
「え? だ、ダイサンゲン……?」
父親の笑顔がひきつる。
若干、信じられないような表情になった夫の視線を受けて、母親は「なにか文句でも?」と言わんばかりにジト目を向ける。
「ええ、そうよ。その名が出れば必勝……まさに勝利が確約された、ウマ娘にふさわしい名前だと思わない?」
同意を求めて笑顔で夫を見つめる母親。
無論、「思わない」という答えは父親には許されていない。
そもそもコウサクやユウサクは「男の子みたい」とダメ出ししておいて、よりにもよって麻雀の役から持ってくるとは……「それはいいのか?」と逆に問い返したかった。
が、名付けた彼女の笑顔はそれを許さない迫力があった。
こうして、彼女は名付けられた。
十数年後にまさに名前通りの一発大逆転で、世間を“ビックリ”させることになるとは、彼女自身も名付けた両親も知る由もない。
オレの職業はトレーナー……ということになっている。
とはいえ、担当したウマ娘が勝った経験さえない、トレーナーを名乗るのもおこがましいような、まだ駆け出しのトレーナーだ。
一応、学園の所属ということになっているが……結果を出せない未勝利トレーナーに対する学園内での風当たりや冷たさは、推して知るべし、といったところだ。
「はぁ……」
そんな現状だからこそ、思わずため息も出ようと言うものだ。
「……まったく、辛気くさいねぇ。ため息ついている暇があったら、さっさと食べてしまっておくれよ」
食堂のおばちゃ──いや、お姉さま方からも「役に立たないんだから、せめて食事を早く食べ終わるくらいは貢献しろ」という冷たくもありがたい視線を向けられる。
そんな視線にオレは、一度、苦笑いのような愛想笑いを向けてから、二つ目のため息をご飯と共に飲み込み、手早く食事をすませた。
とはいえ、時間的には遅い時間になってしまっている。
早く食べ終わって欲しいと食堂勤務の方々が思うのも、その気持ちを察すれば十分に理解できるのだ。
「……しっかし、これからどうするかな」
返却用の棚に食器を戻しつつ、オレは自分の将来を考えていた。
このまま未勝利では、待っているのは確実に
かといって自分の名前はすでに“未勝利トレーナー”として知れ渡りつつあり、当然ながらウマ娘たちも容易に知ることができる。
(そんなオレの指導を受けようだなんていうウマ娘……いるのか?)
この学園に来ている以上は、どのウマ娘も上を目指すのは当然だ。少しでも優秀なトレーナーの下で研鑽に励み、そして勝利を重ね、栄光を掴みたいと考えるだろう。
その最初の一歩であり、礎ともいえるトレーナーの選択で、未勝利トレーナーとして知れ渡っている者を選ぶなんてことは、どう考えてもありえない。
(才能あるウマ娘は、実績のある優秀なトレーナーを選ぶし、逆もまた然り)
そうなれば、良い環境を用意できるし、才能あるウマ娘がぐんぐんと成長してその才能を開花させ、それがもたらす成果こそトレーナーの実績となる。
そしてまたそんな者の下には才能あるウマ娘がさらに集まり──という具合に好転していくのだ。
しかし──
(オレみたいな実績皆無のトレーナーには、たとえ来ても才能が劣るウマ娘くらいしか来ない。だからこそ実績が出ない。それでウマ娘たちからも敬遠されて……完全に負のスパイラルじゃないか)
これは詰みじゃないだろうか、と自分の人生を悲観的に鑑みる。
すると──
「あの、ちょっと……」
「──え?」
声に振り返れば、お盆を持った女性──耳や尻尾からウマ娘と分かる──が困った様子で立っていた。
長い鹿毛の茶髪と、おでこが見える髪型が印象的なウマ娘である。
そんな彼女の様子で、自分が返却スペースのド真ん前に立ち尽くしていたのに気がつき、慌てて場所を譲った。
「ああ、ゴメンな。考えごとをしていて……」
そう言いながら、場所を譲り──「え?」と思わず目を疑った。
目に映ったのは彼女が持っていたお盆の上の皿だ。
「──? なに?」
視線に気がついたのか、ウマ娘は不安そうにこちらを見ながら首を傾げる。
「い、いや……なんでもない。すまなかったね」
そう返すと、彼女は軽く会釈をしながら、食器を返却棚に置き、そして去っていく。
そこへやってくる食堂の御令嬢方。
「ああ。あの
「また? 彼女はいつもこんな調子なんですか?」
思わず声をかけると、食おば様は初めて存在に気がついたように、驚いてこちらを見た。
そして、彼女はいい話し相手を見つけたとばかりに話し始める。
「ええ、ええ。そうなのよ。いつもこんな感じでねぇ」
そう言って見つめる視線の先には──食べ残しがたくさんある食器。
それはとても珍しい光景であった。
「珍しい。ウマ娘は健啖家が多いと聞いているが……」
「そうね。アタシ達から見てもそう思えるわ。やっぱりみんな動くからねぇ」
もはや完全にオバ様の井戸端会議である。
「そんな中で、こんなにちょっとしか食べないんじゃ、もたないでしょうに。まぁ、あそこまで食べろとは言わないけど……」
そう言った彼女の視線を追えば、テーブルに山盛りの食器を山ほど並べた葦毛の怪物がいた。
彼女は黙々と食べ始めると、その山をあっという間に消していく。
「オグリちゃんは異次元としても、他の子に比べてもずっと食が細いのよ、彼女」
「へえ……そうなんですか」
「ええ。だから走る成績もよくなくてね。デビュー戦はぶっちぎりの大降着。2戦目も同じように
そんな話を聞けば、さすがに同情したくもなる。
未勝利ウマ娘の話を聞けば、自身の“未勝利トレーナー”という立場から他人事とは思えない。
(大降着とは……そんなにひどいのか)
食堂の出入口から去っていく彼女の後ろ姿は、同世代のウマ娘たちと比べて華奢に見えた。
しかしそれも、あながち錯覚でもないのかもしれない。
◆解説◆
【ダイコウサ──】
【ダイユウ──】
・本作のヒロインウマ娘・ダイサンゲンの元ネタであるダイユウサク。
・本当は馬主さんのお孫さんの名前から『ダイ
・当時は変更も可能だったが……あまりの弱さに孫の名前には変えづらかったようで、そのままに。
【ジョージ】
・代表的なそれが付いた競走馬名と言えば、オサイチジョージ。ダイユウサクにとって運命の、あの有馬記念にも出走している馬です。
・それにしても「ジョージ」って外国でも日本でも男の人に使われていますが──日本が後発で当て字のように漢字を付けたんでしょうかね。
【ハシルショウグン】
・実在した競走馬。
・コレとか『エガオヲミセテ』、『オレハマッテルゼ』とかはウマ娘にはし辛そうな名前です。
【トレーナー】
・本作の主人公。名前が出てこないので職業が呼称名。
・モデルはダイユウサクを担当した内藤調教師、厩務員だった平田調教師、熊沢騎手のハイブリッド。3人を取り混ぜたエピソードを作ってます。
・それまで担当した馬が勝ったことがなかったのはその当時は厩務員だった平田氏のエピソード。