ウマ娘 The Amazing Ugly Duckling   作:ヤットキ 夕一

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第2R 博打は嫌いなんだよ!

 さて。

 未勝利トレーナーであるところのオレだが、自慢ではないが博打というものをやらない。

 休みだからとパチンコにいくことはないし、競輪や競艇という公営ギャンブルも同じだ。

 そもそも、未勝利トレーナーのオレに、ギャンブルに注ぎ込めるほどの余裕は、資金的にも精神的にもあるわけがない。

 付け加えれば、ウマ娘のトレーナーなんていう勝てば一攫千金の博打のような仕事を生業(なりわい)にしておいて、趣味まで博打なんて人生は、申し訳ないが御免こうむりたい。

 その賭事を避けようという性格は生来のものだろう。この仕事に就く前からそうなのだから。

 まぁ、そのわりにはこういう仕事に就いているが。

 

 ともかく、忌避しているおかげで賭博とは縁遠い人生を歩んだ。

 だからパチンコもよくわからん。

 台に座って、機械の中で銀色の玉を弾き、真ん中付近にある穴に入れれば良いことが起きるかも──というものだということは知っているが、その程度の認識だ。

 当たれば万単位で儲かるが、消えていく金もあっという間らしい。

 パチンコをやる友達や同僚から聞いた話だが、それを聞けば聞くほどやろうとは思わない。

 麻雀もわからん。

 同じ模様の牌──とかいう四角形のもの──を二つ集めた一組と、同じか連続した数のものを三つ一組のもので揃える、というルールだけは知っている。

 だが、それ以上は分からん。三つ一組を何セット揃えるのかさえ定かではない。

 役にいたってはサッパリだ。

 リーチをかけて、あがれば役になるらしいが──それでも成立しないこともあるらしい。本当にサッパリわからん。

 しかも間違えればチョンボとかいって負けになるんだろう? 絶対にやらねえよ。

 ドラ? 未来から来た青色の猫型ロボットか?

 ということは“裏ドラ”は別の未来からやってきた、表を邪魔する側のそれだろう。きっと目つきが凶悪で色は黒に違いない。

 そんなオレだから、知っている麻雀の役なんて二つくらいだ。

 

 “国士無双(こくしむそう)”と“大三元(ダイサンゲン)”。

 

 無論、なにをどう揃えればそれが成立するかなんて、サッパリ分からん。

 ただ知っているのは、これがとてもスゴい役で、これが出れば勝負が決まるくらいにデカいらしいということくらいだ。

 

 

 ──その日、オレはついに呼び出されてしまった。

 そして事務局で、自身の成績についてじっくりと指摘された。

 これ以上、実績がないようであれば……と、暗に脅された。

 だから、オレは言ってやった。

「実績もなにも、トレーニングするウマ娘がいなければ、結果は出せません」

 ──と。

 無論、実績がなければ有望なウマ娘からは見向きもされず、それゆえに結果を残せずにこうなってしまった今までの経緯の説明を含めてだ。

 そして現在、どんなに探してもトレーニングを受けてくれるようなウマ娘がいないことまで。

 そこまで説明しきって、オレは完全に油断していた。

 言いたいことは言ってやった。

 おまけに一部の有力トレーナーによるチームという名の有望ウマ娘の囲い込み状態になっている、現状の問題点まで指摘してやった、とまで考えていた。

 リギルとかスピカとか……カノープスとか、ずるいわ、あんなの。

 そして、なによりも担当するウマ娘もいなければ、結果を残しようがないという完全な逃げ道がある。

 だが──学園は一枚上手だった。オレみたいな若造なんかよりも、当然に。

 

 担当しているウマ娘がいなければ、担当させればいい。

 

 という単純明快かつ、至極当たり前な解決策で、相手に反撃されれば、ぐうの音も出なかった。

 そう──オレは、一人のウマ娘のトレーナーになったのだ。

 資料を渡されたオレはそれを眺める。

 今まで未勝利。

 初戦と2戦はタイムオーバーされるほどの殿(しんがり)負け。

 まるで自分の生き写しのようなウマ娘にはため息しか出ず──これは、暗に解雇通告を突きつけられたのだと思った。

 絶望に浸りながら、あらためて資料の最初を見る。

 

 そのウマ娘の名前は──ダイサンゲン。

 

 一発逆転を狙って博打を打てとでも?

 まったく、だから麻雀なんて嫌いなんだ。

 


 

 そんな感じでオレの下でトレーニングすることとなったウマ娘・ダイサンゲンだが──

 最初の顔合わせで驚いた。

「お前は……」

 そう、食堂の食器を返却する棚の前で出会ったウマ娘であった。

 長い鹿毛に、前髪を上げておでこが見える特徴的な髪型。

「あのときは、どうも……」

 そして、最初に会ったときの彼女──ダイサンゲンの印象は、気弱であった。

 

 とある学者は「ウマ娘とは基本的に臆病な性格をしている」と言っているそうだ。

 だから彼女たちの耳はせわしなく動き、周囲の音を油断なく聞いていると。

 しかし、噂ではレースに勝った喜びでトレーナーにドロップキックをかましてくるウマ娘もいるそうだから、一概に皆臆病であるわけではないようだ。

 ともあれ、オレが担当することとなったダイサンゲンは臆病──というよりは、自信の無さが顕著なウマ娘であった。

「あ、あの……これからよろしく。アタシ、今まで勝ったことがなくて……それで、トレーナーにも迷惑をかけると思うから……」

「それについては安心しろ。オレも勝たせたことがないからな」

「えっ?」

 おどおどしながら頭を下げたダイサンゲンに返したオレの言葉に、彼女は耳をピクッと動かしてサッと頭を上げた。

 表情を見る限り、これはかなりビックリした様子である。

「オレもトレーナーとして“未勝利”だ、と言ってるんだ」

「えぇ……」

 そんなオレの駄目押しの言葉で、ダイサンゲンは今度は泣き出しそうなほどに不安な表情になっていた。

 その表情はさすがに心にくるものがある。

「はぁ……」

 だからこそ「やれやれ」とため息をつきたくなる。

 彼女の担当を押しつけ──もとい、斡旋されたときに言われたのだが、二戦連続タイムオーバー負けというあまりに遅すぎる彼女の成績に、全てのトレーナーから匙を投げられたそうだ。

 そうして回ってきたのが、この“未勝利トレーナー”ことオレというわけだ。

 そんな状況なんだから、オレの未勝利に関して、彼女に責められるような謂われはないはずなのだが。 

「随分とガッカリしているようだな、ダイサンゲン」

「そ、そんなこと……ないわ。アタシは、ダメダメなウマ娘だから。すごく足が遅くて……他の人に迷惑になるくらいだし……」

 俯いた彼女の口からは、そんな卑屈な言葉が出てくる。

 それで察する。

(あ~、これは他の奴らにいびられてるな。間違いなく)

 大方、オーバータイムを責められて「迷惑だから走るな」とか「辞めてしまえ」とか言われてるといったところだろう。

 それを示すように、彼女の耳は不安そうにせわしなく動いている。

「……うん、お前のデータは見せてもらった」

「あ……」

 オレの言葉を聞いて、ダイサンゲンは顔を上げる。

 その表情は不安で一杯と如実に語っていた。自身のヒドい戦績を、データとして見られてしまったという恥ずかしさもあるのだろう。

 また、データとして残っている記録からも、自分の実力を見られ──他のトレーナーと同じように、断られるのではないかという不安がありありと分かった。

「オレは、正直、不思議に思っていることがあってな……」

「な、なに……?」

「──お前、なんでこんなに遅いんだ?」

 オレの言葉を聞いて、ダイサンゲンはこの世の終わりのような顔をして、「ガーン」と背後に写植を付けられるような、わかりやすいショックを受けたリアクションをとっていた。

 そして、そのまま固まってしまう。

 

(──ん? よく考えると、あまりにヒドいことを言ってしまっていないか、オレ)

 

 ダイサンゲンのリアクションに、自分の言葉を思い出し──そして慌てた。

「あ、いや、違うんだ。これはお前の成績がどうこうという話ではなくて、だな」

 焦ったオレは勝手に手が体の前でワタワタと動くのを止められなかった。

 そう、オレが言おうとしたのは、そういう意味ではない。

「いろいろ見たが、身体的な素質を考えたら、お前の成績があんなものなわけがないんだ!」

「──え?」

 どうにか頭を整理して口に出せたオレの言葉で、ダイサンゲンの魂はやっと体に戻ってきたらしい。

 だが、まだ半信半疑といった様子。

 直前のショックもあって、心ここにあらずといった様子でもある。

 だからオレは──彼女の目をジッと見つめた。

「いいか、お前は才能がある。少なくともオレはそう信じている。だからその才能を見込んで、オレに──トレーニングさせてくれ」

 彼女の耳がピクッと動く。

 それは緊張を示す動き。

 驚いた様子──後で聞いたところによれば、やはりトレーナーの申し出を受けたのはこれが初めてだったらしい──だった彼女は、それから恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

「あ、あの……本当に、アタシでいいの?」

 

「──ああ、オレにはお前しかいないんだ!!」

 

 気がつけば思わずその手を取って、両手で握りしめていた。

 呆気にとられていたダイサンゲンだったが──

 

「えええぇぇぇぇぇ──ッ!!」

 

 その素っ頓狂な声が、トレセン学園の敷地に響きわたった。

 

 


 

「──さて、トレーニングを始める前に説明しておきたいことがある」

「は、はい!」

 オレの言葉に、ダイサンゲンは真剣な面もちでうなずいた。

「ダイサンゲン、今のお前に必要なことは、練習ではない」

「え!? ……ということは、まさか……実戦?」

 無論、正解なわけがない。

 出走したらタイムオーバーでペナルティくらいそうな者が出ても、リスクしかない。

 が、それをハッキリ言ったらまた傷つけるだけなので、言わずに否定だけしておく。

「違う。お前に必要なのは、体質改善だ」

「体質、改善……?」

 半信半疑なダイサンゲンに、オレは大きくうなずいた。

「そうだ。お前、食堂でもあまり食べていないみたいだが……特別に小食ってわけじゃないだろ?」

「そ、それは……」

 食事量を聞かれれば、やはり少な目に言いたいのが乙女心。

 だが、ウマ娘の育成に必要なのは乙女心ではなく、正確な情報である。

「正直に言ってくれ。そうでなければ互いの信頼関係が築けなくなる」

 その言葉でダイサンゲンは決意して、大きくうなずいた。

「そうよ……」

「で、それも食欲や胃袋の大きさで食べなかったり、量が少ない訳じゃなく──そもそも食べられないんじゃないのか? 主に体質のせいで」

 そんなオレの指摘に、ダイサンゲンは驚いた様子だった。

「……なんで知ってるのよ」

「やっぱりそうか」

 オレは満足げにうなずいたが、言い当てられたダイサンゲンは少し気持ち悪そうだ。

 知らない相手が自分が隠していることを知っていたんだから、まぁ、無理もないだろう。

 基本的には人と同じものを食べるウマ娘だが、ニンジンを異常なまでに好んでひたすらそれを食べようとする等、その食生活や嗜好はやはり違っている。

 そしてその彼女の体質が、ウマ娘にとって大切な栄養素の摂取を阻害しているために、彼女の体の成長が上手くいっていなかったのだ。

「これでお前の素質と努力の割に、それが身になっていなかった理由が分かった」

「そう、なの……?」

 だが──この問題は根が深い。

 一朝一夕で解決するような問題ではないし、走るときの癖のような、意識をして矯正できるようなことでもないからだ。

「正直、これを治すにはオレの知識だけでどうにかなる問題じゃない。専門家……医師や栄養士の協力を得てやっていくしかない」

 そういう面では大事になるのは間違いない。

「しかも、それで体質が改善される確実な保証もなければ、体質が改善されてもお前がどこまで伸びるのか、未知数なところもある」

 才能を感じるダイサンゲンだが、それだってその才能がどのようなものかも分かっていないのだ。

 おまけに、これはかなり重要なことなのだが──時間との戦いにもなる。

「この体質改善の成功で、お前は初めてウマ娘としてスタート地点に立てると言っていい。しかしそれをすることでお前は他の同世代のウマ娘から見れば、大きく遅れをとることになる」

「え? それは……」

 躊躇うダイサンゲン。

 現時点でも二戦未勝利。初戦を勝利で飾るような才能あふれるウマ娘たちとはすでに差ができている。

 そして体質改善しながらのトレーニングというハンデ。

 それらを背負いながら、他のウマ娘に勝たなければならないのだから。

「それでも……そのことを理解した上で、それでもお前はやりたいか?」

 これがオレが考えた、彼女にとっての最善の策だった。

 だが、失うものも多く、背負うものも多い。

 それを理解した上で、覚悟をもってことにあたらなければ、絶対に成功しないように思えた。

 だからオレは尋ねた。

 そこまでの覚悟があるのか、と。

「……トレーナー」

 ジッと聞いていたダイサンゲンは、うつむいて地面を見ているようだった。

 その姿勢のまま、彼女はオレを呼ぶ。

「もしも、アンタの言う体質改善をしなければ、どうなるの?」

「勝てない。絶対に」

 彼女の体には、本来ならウマ娘にあるべきはずの土台がない。

 それを整備せずに何かを建てようとしても……できあがるものは脆弱で、そして低いものになってしまう。

 トレーニングが上手くいったとしても、それでもタイムオーバーや殿(しんがり)を回避して、レースで真ん中の順位くらいになれればいい方だ。

 無論、トップでゴールに至るなど不可能。

 ウマ娘の誰もがその一勝を血眼になって求めてくるのだ。それで勝てるような甘い世界ではない。

「なら……答えは一つじゃないの。他に選択肢なんて無いわ」

 顔を上げた彼女は、不適な笑みを浮かべていた。

 その笑顔に──オレは思わずドキッとするほどに、なぜかひどく惹かれた。

 その勝ち気な笑みのまま、彼女は言う。

「トレーナーさん、私の名前……元が何か知ってる?」

「ああ、もちろん。麻雀の役だろ?」

 うん。しかし、それだけしか知らない。高得点の役らしいということくらいしか。

 そんな麻雀素人のオレの答えに、ダイサンゲンは満足げにうなずいた。

「そう。それも、勝負が決まるくらいの最高点を叩き出す役……出れば勝つ──それにあやかってお母さんが付けてくれたのよ」

 正直な話、娘の名前に麻雀の役をつける気持ちは理解できる気がしなかった。

 ──が、とりあえず黙っておく。

「実は、他の役満に比べれば出やすいと言われている役だけどね……」

 その初めて見せた勝ち気で不敵な笑みを浮かべた彼女の目が──

 

「それでも、牌が配られた時点で大三元がそろっていることなんて、まずあり得ないわ」

 

 ──輝いたように、オレには見えた。

 それは決してキラキラしたような綺麗なものじゃない。

 むしろ逆に欲にまみれ、貪欲に勝利を求める──ギラギラとした目。

 だからこそ、オレは──その目を信じることができた。

「役に必要な牌なら手に入れるしかないわ。それが自牌にくるまで待つしかない」

 そう言った彼女は、覚悟ができていると確信できた。

 ならば彼女のトレーナーであるオレは、その決意に応えるだけだ。

「お前の覚悟はわかった。オレがその必要な牌を揃えてやる」

 

 体質改善に挑むことを決意したその日、ダイサンゲンはようやくウマ娘として初めてスタートラインに立つことができたのである。

 




◆解説◆

公営ギャンブル
・『ウマ娘』の世界では競馬はありません。
・──が、競輪と競艇、オートレース等についてはわかりませんので、きっとあるだろうということで、本作はあることになっています。
・同じ理屈でパチンコもあるだろうと、存在する前提になっております。

国士無双(こくしむそう)
・大三元や四暗刻(スーアンコウ)同様、役満の役の一つ。
・ちなみに「コクシムソウ」という競走馬は実在したりする。しかもオグリキャップの孫。
・今から15年近く前の馬で、すでに引退済みです。
・そして調べて分かったのですが──「ダイサンゲン」という競走馬も過去にいるんですけど……大丈夫なの、コレ?

タイムオーバー
・ウマ娘(競走馬)が1位に入線してから一定の時間をおくか、制限時間を超えて決勝線(ゴール板)を踏破すること。
──以下リアル競馬の話──
・これをやってしまうと一定期間出走停止というペナルティが来ます。
・2003年以前は、芝は4秒、ダートは5秒以上、勝ち馬がゴールしてから経過したら該当していたのですが、現在では距離も考慮されて区分されている。
・ダイユウサクはデビュー戦は勝ち馬から13秒、2戦目は7秒3遅れ、ともにタイムオーバー。
・当時の規定で、初戦馬はタイムオーバーの適用を除外されていたので1回目は制裁がなかったものの、2回目は出走停止処分(当時は全馬一律で1ヶ月)を受けています。
・なお、『ウマ娘』の世界ではどうなっているのか不明なのでペナルティについては明確にせず、ただし“恥”であるということだけは明確にしました。

他の奴らにいびられてる
・トレセン学園にイジメはありません。
・──と言いたいところですが、学校ですからね。しかも血眼になってレースやってることを考えると……
・加えて「シンデレラ・グレイ」では(地方のカサマツでしたが)そういった描写もあったのでそういうヤツらもいる、ということで本作ではそうなってます。
・ちなみに予備知識なく書いた後に知った生産者の話では、ダイユウサクは「他の馬にイジメられてばかりいた」らしいので、間違っていなかったようです。

牌が配られた時点で大三元がそろっている
・そんな状況だったら、まぁ、イカサマを疑うべきでしょうね。
・しかし、ある人曰く「バレなきゃあイカサマじゃねえんだぜ……………」だそうなので、見抜けなかった時点で負けを認めるしかありません。
・もしも自分にそんな幸運が訪れてしまったら、それでも疑われるのは間違いありません。
・そのときには「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」と素直に話して信じてもらいましょう。

体質改善
・ダイユウサクは誕生日が6月12日と遅く、それが原因で虚弱体質だったといわれています。
・そのおかげで調教がロクに行えず、初戦、二戦目の惨敗の原因(発熱さえしていた)になったそうな。
・その虚弱体質を直していったのを、本作ではウマ娘なので「体質改善」という解釈にして採用させていただきました。
・ダイユウサクは当初、餌が食べられず、厩務員の残飯を食べてた──なんてエピソードもあったのですが、さすがにウマ娘にこれはできないな、と諦めてます。(苦笑)
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