ウマ娘 The Amazing Ugly Duckling   作:ヤットキ 夕一

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第3R 羽ばたけ! The Ugly Duckling(みにくいアヒルの子)

 当初の予想通り、彼女の体質改善はやはり時間がかかった。

 しかしそれでも成果は確実に出ていた。

 並行してやっていたトレーニングも徐々に実を結び、彼女の能力は伸びていき、他のウマ娘と比較して遜色ないほどのレベルにまでなっていた。

 そして初出走から5戦目にして、ようやく初勝利を得ることができたのである。

 

「ありがとう! トレーナー!!」

 

 その勝利に感極まって、飛びついてきた彼女の顔は一生忘れることができないだろう。

 それほどまでに、重く険しい初勝利だった。

 後でその表情を含めたそのことについて面白おかしく話そうとしたら、ガチで蹴りを入れられた。

 うん、あまりからかうのはよくないな。 

 

 それから──彼女の才能は完全に開花した。

 オープンで勝利を重ね、重賞にも顔を出すようになった。

 ついにはG1──秋の天皇賞にも出走した。

 結果を残すことこそできなかったが、国内でも有数の実力を誇る有力ウマ娘と競っての7着は、彼女にとって大きな経験になったことだろう。

 そのころには、実力主義のトレセン学園で彼女をいじめるほどに卑下するようなウマ娘はいなくなっていた。

 

 そして……ついにあの年を迎える。

 ダイサンゲンにとって最高潮だった、あの年を──

 


 

 その年が始まる少しだけ前のこと──

 

 年の瀬の気配を感じ始める12月。

 数多くのウマ娘たちが走り、トレーニングに汗を流すここトレセン学園では、走る彼女たちの息も早朝でなくとも白くなる程の気温になっていた。

「すっかり寒くなってきたな……」

 オレは、寒さは正直苦手だ。

 寒さが足腰に響くような歳でもないし、痛むような古傷があるわけでもないが、一番億劫なのは、水に触れるのがイヤになることだ。

 夏ならなんてことはないどころか、むしろ涼を感じられるものだが、この時期になればこちらに牙をむいてくる。

「ああ、ヤダヤダ……」

 屋内の水ともなれば、それが顕著である。

 それを思いながら、オレが肩をすくめていると──

 

「トレーナー、こんなところで、なにしてんの?」

 

 突然、背後から声をかけられて、少なからず驚いた。

 振り向けば、長い鹿毛の茶髪を後ろに流した、おでこが印象的な髪型のウマ娘が立っていた。

 その耳は落ち着き無くピクピクと動いており、彼女は今ではデフォルトとなった勝ち気な笑みを浮かべている。

「なんだ、ダイサンゲンか。驚かすな……」

「なんだとはなによ。アンタに声をかけるのなんて、アタシくらいでしょ?」

 ダイサンゲンは眉根を寄せながら不満げなのを隠そうともせずに言う。

 それに対してオレは、苦笑を浮かべながらからかうように答えた。

「お生憎さま。誰かさんが活躍してくれているおかげで、オレの評判も鰻登りでな。デビューから二戦連続のタイムオーバーウマ娘を一人前に育て上げた名トレーナーとして、な」

「それはもう言わないでよ!」

 不機嫌さを隠そうともせずに小突いてくる彼女の一撃の重さから、それを本気で嫌がっているのがわかる。

 やはり、彼女をからかうのはよくないな。

「それに、そういうことならアタシのおかげよね。その割には感謝がないと思うけど」

 成績が上向いたことで、彼女の性格は変わった。

 失っていた──いや、失うどころか持つことさえ無かった自信が、彼女を変えたのだ。

 今ではこうやってオレに軽口を叩くくらいになり、性格は明るく……若干、粗暴なくらいになった。

 それに苦笑してしまう。

「感謝してるよ。おかげで失業者にならずに済んだからな」

「その感謝をどう示してくれるか、って話なんだけど?」

 仁王立ちしているダイサンゲン。

「なんだ? クリスマスプレゼントでも欲しいのか?」

「な──ッ!!」

 オレがそう切り返すと、ダイサンゲンは突然焦ったように声をあげる。

「べ、別に……そんなわけないでしょ!!」

「そうか? ああ、まぁ……確かにこの時期の一番喜ぶようなプレゼントって言えば、ウマ娘的には有馬記念の出走、ってところだろうが、あれは流石にな……」

 毎年のG1の最後を飾る有馬記念。

 その出走資格はファン投票で決まる。あとは少しばかりの推薦。

 勝てるようになっては来ているが、重賞での実績がまるでないダイサンゲンにとっては夢のまた夢な話だ。

(さすがに有馬は別格だ。勝てるようになってきたが、さすがに今後も縁がないだろ)

 その年、その世代を代表するようなウマ娘が集まるレースである。

 出走枠に入れるだけでも名誉だろう。

「そんなの、言われなくてもわかってるわよ。おかげで年末は予定が空いてるんだけど?」

「あ~、確かにあの辺りに出走予定は入れてないが、年末年始は暇じゃあないぞ」

「ど、どういうことよ!?」

「年明けに重賞に出る。年始といえばこのレース、京都金杯だ!」

「えっ!?」

 オレが胸を張って言うと、ダイサンゲンは呆気にとられたように声をあげる。

 その年の最初の重賞である金杯は中山と京都の両方で行われる。

 巷では“一年の計は金杯にあり”なんて言われるくらいに重要なレースだ。

 あからさまに驚いたダイサンゲンをからかって、オレはニヤニヤと笑みを浮かべて言ってやった。

「いやぁ、残念だなぁ、ダイサンゲン。年始から重賞だからなぁ。クリスマスパーティも、初詣も行けないかもなぁ」

 しかし、なぜかダイサンゲンは無反応だった。

 のぞき込むように様子を見てみれば、どこか放心した様子で、なにか呟いている。

「年末年始が……イヴが……初詣が…………」

「おーい、ダイサンゲン? 大丈夫か~?」

 ちょっとからかいすぎたか、と反省しながら目の前でパタパタと手を振ってやると、彼女は急に目の焦点が合い、慌てた様子で我に返った。

「だ、だ、だだだ大丈夫よ!! 別にイヴがどうなろうが……別に、全っ然、なんとも思わないし! 誰かと過ごそうとか、まっっったく考えてなかったし!!」

「ん? あ、そうか。それは……まぁ、よかった。年末年始に実家にも戻れないだろうから、申し訳なく思っていたんだが……」

「だ、大丈夫! 事情を話せば、両親は納得するはずよ。実家に帰るよりも重賞とってこいって言うに違いないわ」

 勢い込んでいうダイサンゲン。

 だが……ふと思った。それはそれで、彼女もその両親も可哀想ではないか。

 学園が冬休みに入った直後の数日くらい実家に帰した方がいいんじゃないだろうか。

(その方が、気分も一新できるし、コイツが家族思いなことを考えれば、それも力になるんじゃないか?)

 だとすれば、二学期の終わる二十日(はつか)過ぎから帰せば── 

「クリスマス、か……」

 その間はトレーニングを休みにして、実家から戻れば間に合うように日程を調整することは、現時点では十分に可能だ。

「いや、クリスマスあたりまで休みになるようにしよう。周囲がそういう空気の中でトレーニングするのも身が入らないだろうしな」

「え……ええッ!? イヴとか休んでいいの?」

「ああ、楽しみにしておけよ」

 オレから寮長に話を通して、実家へ帰る許可ももらっておいてやろう。

 親切心でそう言うと、ダイサンゲンは顔を赤くした。耳も落ち着き無くピコピコ動き回っている。

(……そんなに興奮するほど、実家に帰るのが楽しみなのか)

 全寮制でなかなか帰る機会など無いと聞いている。

 それを考えれば無理もない。

「冬休みを利用して、実家でゆっくりして来いよ♪」

 オレは笑顔をダイサンゲンへと向け、サムズアップした。

 

 ──急に固まるダイサンゲン。

 

 オレはそれに気がつくことなく、自分の予定へと考えを巡らせる。

 出会ってから今まで、ダイサンゲンと二人三脚で駆け抜けてきたおかげで、いろんな人との交流もできた。

 ウマ娘の活躍を喜ぶ──それが体質改善によって劇的によくなったということを評価してくれる理事長や、その秘書である駿川たづなさん。

 彼女たちや今まで学園の誰からも見向きされなかったオレだったが、今では他のトレーナーとも交流ができている。

 ダイサンゲンが休んでいる間、オレも一休みして金杯へのラストスパートに備えるべきだろう。

 となると──

「ふむ、イヴの予定か……」

 考えにふけるオレは、そんな自分のつぶやきに、ダイサンゲンの耳がピクッと動いたのには気がつかなかった。

 そしてポンと手のひらを拳でたたく。

「そうだ! たづなさんの予定は空いているだろうかグハッ!!」

「ウマ娘に蹴られて死ねッ!!」

 突然飛びかかってきたダイサンゲンのキックが、オレの土手っ腹に見事に突き刺さった

 

 その後、鬼気迫る様子でトレーニングに励むダイサンゲンに死角はなかった。

 結局、彼女は「里心がつくから」と頑なに実家への帰省を拒否し、学園に残ったしな。

 おかげでオレはクリスマス・イヴも彼女の練習に執拗に付き合わされて夜遅くまでかかった。

 店も閉まるような時間になったオレは、彼女が「残り物だから」とくれたケーキを手に家路についた。

 練習熱心でなによりなことだが、オーバーワークにはくれぐれも注意をしなければならないだろう。

 

 その後も調整を行うが、順調そのもの。

 そして大晦日の夜。年が変わる少し前に、急にやってきたダイサンゲンに連れられて二年参りに行く羽目になった。

 そうやって新年を神社で迎えたオレはその神前に手を合わせ──

 

(ダイサンゲンにとって、最高の年になりますように……)

 

 ここにオレを連れてきてくれた彼女のためを思って、そう願い事をした。

 その隣で、ダイサンゲンは思い詰めたように一心不乱にお願いをしていたが──やはり京都金杯の勝利を祈願でもしたのだろう。

 

 その神通力のおかげか──ダイサンゲンは京都金杯を見事1着で制した。

 重賞初勝利である。

 

 その表彰式前に「おめでとう」という言葉とともに「初詣で一生懸命お願いしていたもんな」と言ったら、なぜか焦ったように笑みを浮かべ「そ、そうよ! 当然よ!!」とどこかやけっぱちのように言っていた。

 言い当てられてよほど恥ずかしかったのだろう。

 ──うん。やはり願掛けしていたようだ。

 




◆解説◆

The() Ugly(アグリィ) Duckling(ダックリン)
・本話のタイトルに入っており、この物語のタイトルの一部にもなっているこれの意味は「みにくいアヒルの子」の英題。
・ダイユウサクの前年、90年に有馬記念を制したオグリキャップが主役の漫画「シンデレラ・グレイ」にかけて童話のタイトルから選択。
・数ある童話の中から、ダイユウサクの初期の姿と一発逆転の展開から「みにくいアヒルの子」こそふさわしいと感じたので。
・ちなみにタイトルの「Amazing」は「ビックリ」の意味。無論、あの有馬での実況から。
・「ビックリ」を意味する英語(他にsurpriseとか)の中から「アメイジング スパイダーマン」もあるし、とこれを選びました。
・英語表記なのは「シンデレラ・グレイ」と違い、カタカナにしたら長くて野暮ったくなったので。

国内でも有数の実力を誇る有力ウマ娘
・有馬記念での勝利前年ということで、史実的にこの時ダイユウサクと競ったのはオグリキャップ。
・このとき6着だったオグリキャップは、この年の有馬記念で見事に復活勝利で引退というドラマティックな展開になるのです。
・ウマ娘的には、この作品はアニメ準拠なのでマックイーンがやらかす前年ということになり、時期的に第1期10話に該当するレースと思われる。
・このレースに出ていたのは主人公スペシャルウィークに、他はセイウンスカイ、キングヘイロー、メジロライアン。
・そこにオグリの姿はなく、そもそもオグリもこの年に引退していない(普通に飯食ってる)ようなのですが……
・無論、2期から登場のダイサンゲンの姿もないのですが──モブウマ娘ですし、あえて出ていたことにして、誰のことかは明言を避ける表現にしました。

京都金杯
・その年の最初を飾る重賞(GⅢ)。名前の通り、京都にて開催。
・ちなみに中山でも中山金杯が開催されている。
・リアル世界だと、1995年まではどちらも金杯で呼んでおり、末尾に(東)と(西)を付けて区別していた。
・つまりは91年にダイユウサクが制覇したころは金杯(西)だった。
・『ウマ娘』の世界では現在のリアルと同じ呼び方になっている。
・イベント的に、ニューイヤー駅伝とか箱根駅伝みたいな年初の恒例行事になっていると思われます。

理事長
駿川(はやかわ)たづな
・白い帽子を被り、その上に猫を載せた、トレセン学園の理事長こと秋川やよい。
・そしてその秘書である、緑色の帽子を被り、スーツを着た駿川たづな。
・この二人、頭に帽子を被っているので頭頂部が隠れており、そのせいで耳が見えないので、「実はウマ娘ではないか」と言われている。
・理事長こと秋川やよいは髪のメッシュと頭の上に乗せた猫からノーザンテースト、駿川たづなはその誕生日と服の色(緑の上着と黒タイツ)からトキノミノルではないか、という噂。

ダイサンゲンのキックが、オレの土手っ腹に見事に突き刺さった
・本作では「たづなさん=ウマ娘」説を採用しているので、ダイサンゲンが他の“ウマ娘”に嫉妬して、こうなりました。
・なお、ダイユウサクは特段、人懐っこい性格をしていたとか嫉妬深かったというエピソードはありません。
・牧場時代は他の馬からイジメられて人からも逃げ、現役時代は「人になついたりする感じじゃなかったけど、何をしても怒らなかった(平田氏談)」そうです。
・主人公に会う前の引っ込み思案の性格は、前者から採用。
・主人公に嫉妬深いのは──この物語の最後に分かっていただけるかと思います。
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