お、また勝った。
モニターの中で何やら派手な演出と共に相手のキャラクターが倒れ、続いて彼の操るキャラクターがまた派手なBGMと共に映し出される。
どうやら、これがあたしの彼が対戦に勝った証であるらしい。
これで5連勝くらいだろうか。数えてないけど。
「今日調子いいじゃん」
小さなアパートの一室で、あたしは座布団に座りながら、机を挟んで斜め向かいの彼に話しかける。
「かも」
ふぅ、と小さく息をついて彼が短く相槌を打つ。
彼はモニターを正面に机を挟んで座っていて、その机の上には、ゲームセンターで見かけるあのスティックがついてるやつ……アケコンとか言ってたっけ?がある。
「だけどレートも上がってるし、ここからまたさらに強い人と当たるから」
「レート?」
「ああ、えっと、なんて言ったらいいかな。強さの指標みたいなやつ。勝てば勝つほどこれが上がっていって、その分」
聞き慣れない専門用語の解説を彼がしていると、
「あ、始まったよ」
話しながらも、彼は無意識に次の対戦の準備をしていたらしい。
ROUND1、とかいう文字がモニターに移り、聞き取れない英語の音声が流れる。
「おっと」
すぐさま彼はモニターに視線を集中させる。
始まった。
モニターの中では妙なデザインのキャラクターが忙しない動きで戦い、小さな部屋からはこれまた忙しなく、アケコン?をガチャガチャと弄る音が聞こえる。
何でもこれはネットで繋がっていて、いま彼は世界のどこかにいる誰かとリアルタイムで戦っているのだとか。
と、
「テレビとか見たくない?大丈夫?」
モニターから視線を切らずに、彼が言った。
対戦中に話しかけてくるとは珍しい。
いつもはこうなると自分からは何も言わなくなるし、こちらから話しかけても、
「ああ」
とか、
「うん」
とか、ロクな反応をしないというのに。
「いいよ別に。見たいのもないし、それにあんたがやってるの見るの結構楽しいし」
「ん、わかった」
そう短く言って、彼はまたモニターの世界の、顔も知らない誰かとの対戦に没頭し始める。
よく飽きないもんだ、と思いながらあたしはそれらを眺めていた。
「ねえ、あたしともやってみようよ」
と、いつだったか言ってみたことがある。
すると、彼は少し困った顔をして、
「うーん、えっとさ」
彼はあたしにこれをやったことがないのを確認し、
「俺も上手くはないけど、やったことない人が相手だと……」
さすがに俺が勝つから、一方的になってあんまり面白くないことになると思うけど、それでもいいなら……と、とても遠慮がちに言われた。
別にあたしもそこまでやりたいというわけではなかったので、
「そうですかい」
と言ってそのままにした。
実際、試しにと彼に内緒で同じものを買ってみてやってみたけど、勝てないどころかキャラクターの動かし方すらわからず、これはあたしには入れない世界だということだけがわかった。
あたしには、今目の前に映し出されているこんな激しい、というかよくわからない動きはできない。
まあ、別にいいんだけど。別に。
「お」
派手なBGMが鳴り、再び彼の操るキャラクターが映し出された。
また勝ったらしい、と彼の方を見てみると、
「あぶな……」
なんとか勝った、と言わんばかりの苦しげな表情をしていて、どうやらギリギリの勝負だったらしい。
「やっぱここまで来るとみんな対策してんなー、強キャラ使ってるわけじゃないんだけど」
「対策?強キャラ?」
また彼が専門用語を口にしたので、あたしはなんとなく聞き返してみる。
「ああ、ごめん。強い人はゲームのことちゃんと深いとこまで知ってて、そんなに強いキャラを相手にしてなくても、どう戦えばいいかわかってるってこと」
と、おそらく彼はあたしにわかりやすいような言葉で言い換えたらしいのだが、
「ふぅん」
そう言われてもピンとこないあたしは、そう返すばかりである。
「勝つにも負けるにも、ちゃんと理由があるんだよ。で、こういうので勝つのに必要なのは知識と技術と経験だ」
ロビー?だったか。その画面をモニターに写しながら、彼は言う。
「それが俺にはまだまだ全然足りない。今勝ったのはたまたまだよ。だから、もっと上手い人と当たったらあっさり負ける」
真っ直ぐな目をして語る彼に、
「真面目だねぇ」
机に頬杖を付きながらあたしは言う。
言ってることは正論だとは思うけど、勝った時くらい素直に勝ったーって喜べばいいのに。
「どーせ趣味なんだからもっと気楽にやればいいじゃん」
「まあそうだけど」
彼は苦笑して、
「趣味でもなんでも、真剣にやりたいからさ」
そう言った。
「へえ……」
なんでも真剣に、ねえ。
ゲームでもなんでも、好きになったものに対しては真剣になるということか。
男というのはみんなこんな感じなのだろうか?
「……」
と、気がついたらまた対戦が始まっていた。
彼がガチャガチャとスティックを動かしている。
その顔を、あたしは見る。
それはなんというか無表情、いやもっと言えば悟りの境地に達したような顔だった。
真剣な顔。100%集中している顔。
真剣にやりたい、という言葉は嘘ではないらしい。
その顔は、あたしは別に嫌いじゃない。全然、嫌いなんかじゃない。
あたしと体を重ねている時も、彼は同じような顔をする。
だから、別にいい。別に、いい。
別にいいのだ。
「……」
だけど。
「……」
あたしは、そっと立ち上がった。
そして、彼の背中へと移動する。
彼は気付いているのかいないのか、モニターから視線を切らない。
あたしはそのまま、彼の首に腕を回した。
決して邪魔にならないよう、柔らかく、触れるかどうかという距離で。
「どうしたの?」
「べつに」
「ごめん、今はちょっと……」
「いいよ」
そのまま、じっとあたしはモニターを眺める。
キャラクターが戦っている。
ネットで繋がった顔も知らない強い人間と、あたしの彼が、ゲームの世界を通して真剣に向かい合っている。
あたしが入れなかった世界で、彼らは二人きりの世界にいる。
それを、あたしはただ眺めていた。
今この世で誰より彼の近くにいながら、ただ、眺めていた。
「ねえ」
「ん?」
「あとで、何か一緒にできるのやろっか」
「うん、いいよ」
「わかった、ありがと」
「なんでお礼言うのよ」
「なんとなく……あ」
「あら」
「……負けた」