無様屈服ワンちゃんばかりのこの世界で俺は巨乳好き   作:飛び回る蜂

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最終回です。


たとえ世界崩壊の日でも俺は犬にはならない

 

 

 

 俺のいる世界がおかしくなった時のこと。

 それを探ろうと考える度に思い出したくもない、ある日の悍ましい出来事のことを思い出す。

 

 あれは大学に入ったばかりの頃の話だ。

 時系列で言うなら……バイトを始める前、蜜川姉妹と出会う前くらいの話になる。

 

 当時の俺はこの世界にほんの少しではあるが慣れつつあった。

 世界が改変されているとまでは考えていなかったが、まぁ遅かれ早かれ辿り着いてはいただろう。この世は地獄だと。

 

 だがそのころからうっすらとではあるが、この世界ってそういう、おかしなことが起きやすいんじゃないか?という考えには至っていた。

 この世界がいつから改変されていたのか?という答えは今も出ていないが、もし起点があるとするならそれはどこか。

 

 

 

 

 

 ……この世界が異質であるということを確信させた出来事がある。

 それは俺が東と出会った場所であり、俺のゲボという物理的汚点を作った場所でもある。

 

 と言っても大した場所じゃない。

 何の変哲もない道端で、そこに何か意味深な建物があるわけじゃない。強いて言うならコンビニが近いくらいだ。

 本当になんてことはない、ただの道。

 

 あの日、俺は大学のカリキュラムを確認し、せっかくだし普段とはちょっと違う道で帰ろうと思っていた。

 そんな時、ある光景を俺は目にした。

 それは小学生児童の集団下校だ。

 

 『それ』は傍から見たら下校途中の児童に紛れた一人の女児でしかない。

 それを見かけたときに何を考えていたかなんて覚えちゃいない。

 が、微笑ましいな、程度のことは考えていたんだろう。

 

 

『今日遊びに行っていいっ?』

 

『いいよー』

 

 

 古今東西、どこでも見られるような風景。

 学校帰りに子供が友達の家に遊びに行く、そんな日常のワンシーン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────』

 

 

 だが、あれと目が合った瞬間、そんな感情は即座に消えた。

 『それ』は俺が嫌いな表情、面をしていた。

 同時に、きっと世の誰かはあの顔が好きなんだろうな、とも思えた。

 

 そんな思考を持つほどの余裕があったわけじゃない。

 思考を放棄して考えることをやめなくては、心臓が止まるほどの恐怖に身を押しつぶされてしまいそうだっただけだ。

 

 今まで見てきたそれとは違う何か、恐ろしいもの。

 それが『ルール』それが『常識』それが『理』。

 見ただけでそう思わせるような得体のしれない何か。

 

 

『う゛っ……お゛え゛っ……っ!』

 

 

 吐き気が止まらなかった。

 気づけば路地に走り、その日に食べた物の残りを全部吐き出していた。

 『それを見た』という現実を、自分の中から吐き出してしまいたかった。

 

 

『おいっ!君っ!?大丈夫かっ!?どうしたんだっ!?』

 

 

 そしてそれを東、つまり今の友人達に見られてしまった。

 傍から見れば子供達が近づいた途端に逃げ出して吐き出した姿は、子供恐怖症のそれに見えたかもしれない。

 あながち間違ってはいないかもしれないが……

 

 

 

 

 

 

 振り返れる今だからこそ考える。

 あれはまるで、いや、まさか。でもそうだったら。

 

 自分の中の疑念が一つ、浮き上がっては消え、浮き上がっては消え。

 そして一つの形になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時見たあれは、この世界の『根本』なんじゃないか───?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁそんなすぐ会えたら苦労しねぇよなぁ」

 

 

 あの日見たメスガキの名前を、俺達はまだ知らない。

 ……一生知りたくねぇなぁ!!

 

 時刻は昼過ぎ。俺は今、散歩がてらにあの子供を探している。

 あの日、出会った時と同じ時間帯。

 これは少しでも出会う確率を上げる為の算段だ。

 

 ……が、さっきから冷や汗は止まらないし、心臓がおかしなリズムになっているような気さえする。

 自分から虎穴を探し回っていると言ってもいいこの状況、控えめに言って狂ってる。

 

 

(確かこの辺で見た……んだよ、な?)

 

 

 当時パニックになっていたせいで、あの日の記憶にあまり自信がない。

 くそっ、情けねぇ。

 もっと注意深くあれの顔を見ていれば良かった。

 いや、見てれば不定の狂気になったかもしれねぇと考えると、見なくて正解だったのかもな。

 

 

(忘れるってわけには……いかねぇよなぁやっぱ)

 

 

 あの日の記憶を掘り起こすのは少し、いやかなり気分が悪い。

 だが、思い返さないわけにはいかない。

 

 俺はもう決めたんだ。

 絶対に、元の生活に戻る。

 じゃなきゃあつけらんねぇケジメもある。

 

 

「あれー?ねぇねぇお兄さん、なんでこんな所にいるのぉ?」

 

 

 雛ちゃんは、ずっと寂しがってた。

 10歳にもならない子供には酷な環境で、ずっと俺に助けを求めていた。

 それを俺はあろうことか、自分の置かれていた状況を免罪符に、ずっと遠ざけていた。

 知らなかった、気づかなかったは何の言い訳にもならないんだ。

 俺は謝らなきゃなんねぇ。

 

 

「なんで大人なのにこんな時間にこんなところにいるのぉ?♡」

 

 

 蜜川姉妹だってそう。

 初めてあった日に起きたあの出来事は、二人にとって大きな傷になってるのは明白。

 俺のせいでそうなっちまったんだ、ちゃんと向き合わなきゃあならないはずだ。

 

 

「ちょっとぉー?無視ぃー?……生意気ぃ」

 

 

 だが現実問題、あれに会ってどうする?

 あれは何か、根っこから『違うもの』だったように思える。

 そもそも会えるかも分からないのに、俺がやってることに意味はあるのか?

 あー先輩に会いてぇ。

 暇があれば先輩のこと考えてる気がする。

 

 

 

「ねぇー!!ねぇったらー!」

 

「あーもーうるせぇなぁ!あんだよ……げっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後悔するも時既に遅し。

 目をやればそこには『やつ』がいた。

 

 ───見ればわかる。その風体、『メスガキ』だな?

 その服装、あまりに薄着すぎる。

 最悪の展開に近い。

 

 

「やーっとこっち見てくれたねっ♡」

 

「……やっちまったなぁ俺ぇ……」

 

 

 マジで最悪だ。

 考え事をしていたとはいえ、普段の俺ならこんな季節感お構いなしに薄着で話しかける子供、考えるまでもなく無視を決め込んでいただろう。

 

 自分でも気づかないうちに焦っちまっていたのかもしれねぇ。

 ともすれば元の世界へ帰る手掛かりになるかもしれない存在との接触。

 それに自分から会いに行くという恐れに近い感情を受けて油断しちまってたらしい。

 

 

「ねぇーなんでこんな時間にここにいるのぉ?しかもお兄さん一人でぇ♡」

 

「……人探し中なんだよ。この辺で昔見た人を探してる」

 

「だからキョロキョロしてたのぉ?すっごい不審者さんみたいだったけど?」

 

「はぁ、気を付けるわ」

 

 

 くっ……落ち着け!そんな安い挑発に乗るな!

 いや確かにそうか。何の変哲もない道端で道行く人間を見てれば不審にも映るか。

 クソッ、メスガキに付け入る隙を与えちまうとは情けねぇ。

 

 だが、今発生している事象は以前、まったく同じ受け答えをしたことがある。

 このままマジレスを続けてりゃ勝手に『つまんなーい』とか言ってどっかに行くのは経験済みだ。

 そう、何も問題ない。

 この程度の面倒、いくらでも切り抜けてきたじゃないか。

 

 

「ねー、もいっこ聞いていい?」

 

「ん、構わねぇけど……なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さんって、子供好き?」

 

「……あ?」

 

 

 なん、だ、その質問。

 ついさっきまで、今までのメスガキ事象のテンプレみたいなことしか言ってなかったろうが。

 どういうことだ、聞いたことねぇぞそんな展開。

 

 

「子供……」

 

 

 どう受け答えするべきだ?そもそもまともに考えて答えが出る質問なのかこれは。

 この質問、傍から見れば詰んでるようにしか見えねぇが。

 

 もしも好きと言ったらどうなるか。

 考えるまでもない、変態扱いで煽り倒されるのがオチだろう。

 

 じゃあ嫌いと言ったらどうなるか。

 子供相手にイキってる弱虫とか煽り倒される可能性が高い。

 

 どっちに転んでもいいことがねぇ。

 なんだこの正解の思いつかねぇ、まるで質問は。

 どうすりゃいい、どうすりゃ切り抜けられる……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あぁ、そっか」

 

 

 そうか。

 俺はそこから間違えてたのか。

 

 

「ねぇまだぁー?」

 

「わりぃ、ちょっと悩んじまった。うん、そうだな」

 

 

 俺は馬鹿だなぁ。

 そんなん決まってるじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供は好きだ」

 

 

 それ以外に答えなんかありはしねぇ。

 

 

「へぇ~?子供が好きなんだぁ?」

 

「あぁ。子供はすげぇからな」

 

「……? すごい?」

 

 

 もはやこの子が事象そのものなのか、本当に存在する子供なのか。

 そんなことはどうでもいい気分だった。

 ただ少し、言葉にしたかった。

 

 

「高校上がったくらいの頃か。職業体験で保育士やることになってさ」

 

「やるってなったときはめんどくせーって思ってたし、当日は俺もダチもみーんなテンション低くてさ」

 

 

 今でも簡単に思い出せる。

 どいつもこいつも「めんどくせー」ってのが顔に出てたし、俺もそんな顔だった。

 

 

「……んでいざ行ってみたらよ、子供達はみんな目ぇ、キラッキラしてんだよな」

 

「遊んで遊んでって、すげぇ楽しそうな目で見てくるんだ。あんな目されたらやる気出さなきゃいけねって気になっちまってさ」

 

「ライダーごっことか、おままごととか、そういうのに子供達は全力なんだ。全力で遊んで、全力で楽しんで、全力で休むんだ」

 

 

 

 体力が無尽蔵ってわけじゃないんだけどよ、その体力が尽きるまで遊んで遊んで遊び尽くす。

 電池が切れたら寝て、起きたらまた遊び倒して。

 ……あぁ。思い出したらノスタルジックになってきやがった。

 

 

「んでガキんちょ達が別れ際によ、男の子はまた遊ぼうぜっつって握手したり、女の子は好きですってちっちゃい花をくれたんだよ。まっ、もう覚えてねぇだろうけど」

 

 

 話始めたら、どうにも止まらない。

 ああ、そうだ。

 俺はどうしようもなく、子供が好きだった。

 

 

「あんな風に笑う子供達が、俺は好きだ。……答えになったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん」

 

 

 なんだこいつ。

 人が真面目に話してんのに対して聞いちゃいねぇよこのメスガキ。

 

 

「今日はおにーさんで遊ぼうと思ってたけど……いいや、やーめた」

 

 

 何を言い出すかと思えば唐突に『飽きた』宣言だと?

 分からねぇ、この変異型メスガキ。

 考えていることがさっぱり分かんねぇ。

 

 思考に没頭している間に壁から背を離し、つまらなさそうに俺を見やがる。

 なんだったんだ今回の現象は。

 

 

「よいしょっと。じゃーもう行くね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───俺はこの時まですっかり忘れてちまってたらしい。

 

 その目だ。

 

 吐き気がする、胸糞悪ぃ目だ。

 

 人を人と認識していない奴の目は、いつ見ても気持ち悪ぃ。

 

 

 

 

 

 

 

「けっ、二度と俺の前に現れんじゃねぇよクソったれが」

 

「きゃーこわーい♡」

 

「どこまでも人を小馬鹿にしやがって。まぁ、俺は負けねぇがな」

 

「ほんとに負けなかったね。偉いねー♡よしよししてあげよっかぁ?♡」

 

「いらねぇよ。とっととどっか行け」

 

「もー、やっぱおにーさんつまんなーいっ。まぁいいけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーね♡おにーさん♡」

 

「……じゃあな」

 

 

 瞬間、視界が暗転した。

 

 そこからは何も覚えちゃいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バイバイ、もう来ないでね」

 

 

 

 

 

 

 小さく、誰かのつぶやきが聞こえたような気がした

 

 

 

 

 

 

 

「……いや来たいなんて言った覚えねぇよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時に最初に感じたのは、地面の硬さと冷たさ。

 誰かが俺の両頬に手を当てていることだった。

 

 

「───意識無し。呼吸は……ある」

 

 温かい掌だ。

 体温じゃない、冷え切った何かが温まっていくような気すらした。

 

 

「見たところ出血もないわね。……けど顔色が酷い、真っ白」

 

 

 次に覚えたのは、随分早口で焦った、よく聞き慣れた声だった。

 ここ数か月、この声を聴いている間だけは苦しいことも忘れられた。

 そんな俺の一等愛しい救いの声。

 

 

「……先輩、っすか」

 

「志賀!?待って、動かないで。頭を打ってたら……」

 

「ん、いや、心配いらねぇっす。これは、そういうんじゃあ多分ないんで」

 

 

 少しふらついちまうが、問題はない。

 ああ、なんとなくだが理解した。

 

 

「帰ってこれた、のかもなぁ」

 

「えっ?何?どうしたの?」

 

「なんでもねーっす。ちょっと地球をベッドにしてみたくなって」

 

「シラフなら家のベッドで寝ろ」

 

「うす。すんません」

 

 

 帰ってきたのか。

 帰ってこれたのか、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっ、じゃあやんなきゃいけねぇことがあるじゃねぇか。

 

 

「……そうだ。先輩。ちょっといいっすか」

 

「どうしたのっ!?どこか痛い?動かないとことかある?息苦しい?我慢してない!?」

 

「好きです」

 

「……ぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は先輩が、一ノ瀬先輩が大好きです」

 

 

 言葉にしなきゃいけない。

 その思いだけが俺の口を動かしていた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って急になに?え?ドッキリ?」

 

「好きです。俺は、一ノ瀬愛佳が好きです。大好きです」

 

「ちょ待って、急にそんな」

 

「先輩じゃなきゃ嫌です。先輩以外の人を見る気はありません。一ノ瀬先輩だけが好きだって、胸張って言えます」

 

「ひぇぁぁぁ……手、手ぇ……!」

 

 

 ずっと暗がりにいた俺を、先輩は救ってくれたんだ。

 苦しくて、苦しくて、息もまともにできねぇあの世界で、先輩は俺を救ってくれた。

 

 だから頬を伝うこの指が、手が。

 この人の全てが愛おしいんだ。

 

 

「先輩。俺、ずっと先輩の傍にいたいんです。許して、くれませんか?」

 

「い、いやいやいや許すもなにも私はっ……ああもぉー!!どうしちゃったの!?やっぱり頭打ったのよねっ!?」

 

 

 あぁ、楽しい。流石に気分が高揚する。

 先輩の挙動、今俺が置かれている状況、未来への希望。

 それら全部ひっくるめて、今の俺は無敵かもしれねぇ!

 

 

「俺の実家に興味ありません?お袋が会いてぇってうるせぇんすよ」

 

「お願いだから話題を一つに絞って……じっ、実家ぁ!?いつっ!?というかお義母さん!?なんでそんな話になってんのっ!?」

 

 

 いつだろうなぁ。

 なんとなく、戻ってきたんだろうなぁって感覚はあるが、一応確認はしておきたいからその後か?

 マズいな、考えてることが次から次に口からついて出てきやがる。

 これからしたいことが多すぎて、何もかもが楽しみでワクワクしちまう。

 

 

「っし、先輩。飯食い行きましょ。奢りますよ」

 

「さっきから言動がジェットコースターすぎるってぇ……もういーや考えるのやーめたっ!奢ってくれるんなら行くっ!そこで改めて話は聞くからっ!」

 

「へーい」

 

 

 ああ、最高の気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝ったんだ。

 

 無様屈服ワンちゃんばかりのあの世界で。

 

 俺は間違いなく、勝ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 




次回エピローグです。
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