無様屈服ワンちゃんばかりのこの世界で俺は巨乳好き 作:飛び回る蜂
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「ねぇそれ一口ちょうだい?」
「やーだよ。かき氷じゃなくて普通のアイスにすればよかったじゃないか」
なんと女子らしい話題だろうか。
男装して過ごす日々からは想像もつかない程に平和だなぁ。
「だって買ってほしそうにしてたんだもんっ!」
「かき氷がぁ?」
「かき氷がっ」
それジョークかな?面白いこと言うなぁ、この合法ロリは。
何言っても可愛いなこの先輩は、今までよく犯罪に合わなかったな……
……ちょっと、相談してみてもいいかな。
「ねぇ、先輩」
「なにぃ?」
「その、さ。この間話したことでさ。……責任、取ってもらえると思う?」
以前から先輩には僕が男装をしていたこと、それを志賀には隠したこと、お酒の席で酔って暴露したことを話していた。
それはそれは綺麗な呆れ顔をされてしまい恥ずかしくなったのは記憶に新しい。
で、でもね!?異性に二回も裸を見られてしまったんだよっ!?
こ、これはもう責任を取ってもらわないといけないんじゃないかなぁ!?と僕は思うわけでね!?
「具体的にはこう……永久就職的な……その……」
「話は聞いて考えたけどねぇ……。とりあえずお酒の席のことで責任持ち出すのはよくないわよ」
「う゛ぅっ」
「お酒飲んだのは自分でしょ?ならその結果は自分が起こしたことだからねっ」
分かってる、頭では分かってるんだっ!
でも、でもぉ……!!
「だってだってぇっ!け、結婚もしてないんだよ!?なのにぃ……っ!!」
「それを言ったら男女でお酒飲みに行くのも泊まりもダメでしょ?」
「う゛ぅ……っ」
先輩は、はぁ、とため息をついて呆れかえっている。
その正論には何も言い返せないし、自分の軽率さを呪うばかりだ。
そんな僕を見てか、先輩は苦笑いをやめ、真面目腐った顔で問いかけてきた。
「ねぇ東ちゃん。責任云々よりもっと、もぉーっと大事なことがあると思わない?」
「大事なこと……?」
「志賀のこと好きなの?嫌いなの?」
「……ぅ」
「好きじゃない相手に酒の席の責任だけ取れーっていうのもちょーっと先輩的にはどうなの?って思っちゃうわねぇ?」
痛い痛い痛い。
センパイの正論がとてつもなく痛いっ!
「……その、先輩はさ、志賀のこと好きだったりする?」
「男として?なら別に。ねぇどうして?ねぇねぇどうしてそんなこと聞くのぉ?私聞きたいなぁ♡」
「やめてぇ……そんな目で僕を見ないでぇ……!」
違う筈なんだよぉ。
最近の僕はどうにもおかしい、おかしいんだよ。
いくら友達といえど二回も肌を見られているんだぞっ!?
なのに……なのに……!!
「なんであんまり悪い気がしないんだよぉ……!」
「重傷ねぇ」
私だったらそうはならん自信あるわぁなどと先輩は嘯くが断定してもいい。
この人は同じ穴の狢だ。僕と同じ状況になったら絶対コロッといくに違いない。多分きっとそう。
「私まだちゃんと質問に答えてもらってないわよ?ねぇ好きなの?嫌いなの?」
「うっ、うぅん……」
好きか?嫌いか?
間違いなく嫌いではない。口が裂けてもそんなこと言うものか。
かと言って好き……好きって言葉にするのも……なんというか……
「恥ずかしい?」
「……うん」
逡巡している僕を見かねたのかもしれない。
先輩は唐突に僕の唇に人差し指を当て、片眼を閉じてこう言った。
「それでいいの。乙女心はひけらかすものでなく、秘めるものだもの」
「その想いを大切にね。……がんばれ女の子っ」
そのままくるりと前を向き、先輩はまた歩き出した。
「……つっよ」
(最近は一人で考え事する機会も減ったな)
その辺の石ころを蹴っ飛ばしながら道を歩いていて思う。
東とまたつるみだしてからというもの、ありがたいことにメスガキ事象への息苦しさから逃れられている。
東といることで『ストック』が溜まる分、一緒にいればいるだけ俺にとっていい影響になるからな。
さもありなんと言ったところか。
(東には感謝しねぇとな)
後ろめたさこそあるものの、それでも気兼ねなく友達と遊べるのは楽しい。
あの日東と話せたことは、こんな世界で過ごす俺のなけなしの幸運が引き寄せてくれたに違いない。
今日は先輩と女子会だそうだが。
……会いたかったな。
(にしてもその幸運、この世界からの離脱って感じで働いてくんねぇかなぁ……)
さっき寄ったコンビニで買ったコーヒーを開け、飲む。
歩きながら飲むのは行儀が悪いがしったこっちゃない。
こちとらこんな理不尽な同人な世界で犯罪の一つもしてない模範生だぞ。
バチなんか当たってたまるか。
(……最近は、いつもあいつといるな)
ここのところ家でゲームしたり出かけたりと、我ながらアグレッシブに動き回ってると思う。
あいつと一緒なら事象の発生は無いし、なにより楽しいからかもな。
もっとも、さっさとこの世界からおさらばしたい現状、時間稼ぎにしかなってねぇのも事実だが。
なんとなしに壁に寄りかかり、考える。
歩道の端っこから人もまばらな道路を見やる。
こういう時間帯には奴らが出るもんだが、『ストック』にはまだ余裕があるはずだ。
そこまで心配はいらねぇはず。
思い返すのは最近の出来事だ。
ここのところあいつ(ついでに先輩)と遊んでたから楽しくて仕方がねぇ。
『なぁなぁ、この辺にクレープ屋さんの屋台来てるらしいよ?行かない手はないよっ!?ねぇ!先輩もそう思うよね!……なんだいその目は。ほほえまな目で僕を見るんじゃあないよ!』
『僕には許せないことが二つある。約束を破ること、そして決算直後にベビキュラー使う奴だオイやめろごめんなさい刀狩りカード使ったこと謝るからっ!やめてよぉっ!うわーっ!!』
『うるさいなぁ、君だって思ってるんだろ?僕だって好きでこんな貧相な体なんじゃ……華奢で綺麗だなんて、物は言いようだなぁ。……えへへ』
『今度の土曜日暇かな。その、家のあれで、水族館のチケットがあって。も、もし君さえよければなんだけど……いや三人じゃなくて。……うん、二人で』
『……お待たせ。その、あんまりヒラヒラしたのは似合わないと、僕も思うんだけど』
『先輩が着ていけって。似合うからって。……ありがとう、ね』
『うわぁ……!ほら見てっ!おっきい水槽だよ!すっごいなぁ、綺麗だなぁ……!』
『えへへ、僕水族館好きなんだよ、言ってなかったよね?』
『父さんの趣味がアクアリウムでさ、そっから好きになったんだぁ』
『本当に、綺麗だねぇ……』
目を瞑るだけで、次から次へと思い出が脳裏に湧いて出てくる。
あの時の東はテンション高かったなぁだの、楽しそうだったなぁだのとりとめのないことばっかり。
(───あぁクソッ、柄じゃねぇな)
あいつは同い年で、貧乳で、つり目がちで真面目な奴。
俺の好みとはこうも正反対な奴いるのかって改めて思った。
思った、筈なのになぁ。
(こればっかりはどうしようもねぇんだな)
これはもう俺の負けだ。あの日東にあった日から、俺は負けが決まってたんだろう。
……しゃーねぇ、どっちにせよ責任取らなきゃと思ってたところだ。腹ぁ括るか。
「───おにーさんっ♡」
「……あ?」
いるはずのない甘ったるい声が、嫌に耳に響いた。
「はよーっす」
「おは……おいおいどうしたんだいその隈ぁ!?」
「色々あって眠れなくてよ……」
よっこいせと向かい席に座る志賀からは凄まじい疲労の気配がする。
けど表情だけは晴れやかで、憑き物が落ちたような、でもなんか憑かれてるんじゃないか?とすら思わせる顔色で混乱しそうだ。
普段通りならその気だるそうな姿もちょっとこう、グッとくるものがあるが今は流石に心配が勝つ。
それくらい今の志賀はヤバい。
「心配いらねぇよ。クソ長い因縁にケリがついてテンション上がっちまってよ。寝てねぇんだ」
「君の大丈夫宣言は何一つ信用しないって決めてるからね僕は。……怪我とかない?」
「ああ。別に喧嘩になったわけでもねぇしな。勝てるとも思えねぇけど」
そう言うと持ってきたハンバーグ定食を食べだす。
ひどく眠そうではある……けど、どこか雰囲気が変わった気もする。
前までは人間を警戒していた猫が、今は日差しの下でくつろぐ猫みたいな……そんな感じ?
僕が好きな気配なのは間違いないな。
「むぐ……そうだ東。今度行きたいとこがあんだけど付き合ってくれるか?」
「へ?いいよ別に。いつ?どこ?」
「今度の土曜で。遊園地に行ってみたくってな」
思わずお茶を噴き出してしまった。
「うおぁ!!おいなに笑ってんだ東ぁ!!」
「いっ、今のは絶対君が悪いっ!!なに?そんな、世の中ダリィ~みたいな顔して遊園地行きたいとかズルだろっ!」
「顔は余計だ顔はぁ!!つかお前それ絶対バカにしてんだろ!!」
ご飯を食べ進めつつ、ぽつりぽつりと話し出した。
「行ったことねぇんだよ、遊園地。物心つく前はわかんねぇけど」
「んまぁ、確かに僕もしばらく行ってないしそういうもんかもだけど……。で、でもいいの?先輩とかといっしょに行った方が」
いや、それはもちろん僕としては願ったり叶ったりだけども。
最近はずっと君のことばかり考えてるんだぞ?分かってるのかこいつは。
「うるせぇお前と行きたいんだよ察しろ」
「……そ、そう?なら行くよ。うん、絶対行くから」
帰ったらカレンダーに印付けなきゃ。
それから洋服も選んで、あっ、この間一緒に買いに行ったの着るチャンスかも。
似合ってるって言ってくれるかなぁ。言ってくれるよね君なら。
ひょっとしたら、か、かわいいって言ってくれるかな。
「(好きになってくれたり、しないかな)」
「(勢いで誘っちまったが……どうやって伝えたもんか……)」
僕はまだ、何も知らない。
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これで本当に完結です。
思いつきを無理やり形にしたものなので内容として薄くなってしまったことをお詫び申し上げます。
感想、評価、全て目を通させて頂いています。皆様のお陰でここまで書き切る事が出来ました。
長らくお付き合いいただき、誠にありがとうございました。