戦国無双4 武田ノ章 甲州の傾けし龍躑躅ヶ崎を発つ 作:佐室小路治
そんな旅の中でと出会い、惹かれあうようになる信龍とお市。
しかし彼女は織田の姫でいつかは政略結婚により、他国の大名に嫁がねばならぬ身。
結ばれることのない恋、しかしそのことが二人の想いをより強くしついには死を偽装してまで信龍の下へと走らせ、駆け落ちに至らせた。
二人は幸せの日々を求めて甲斐へ向かう。
そんな中、新たな試練が二人を待ち受けていた!
信龍とお市が駆け落ちをして一週間。信龍一行は美濃の国の中津川の町で宿で休みを取っていた。
信龍は佐吉を先触れとして甲斐に向かわせ、二人は二人で無理のない日程での帰還の目途をつけていた。
「市、辛くはないか? 辛かったらいってくれ」
「確かにこれだけ歩き続けるのは大変ではありますが信龍様と居られると思うだけで疲れがどこかへ行ってしまいます」
頬を染めながらそう口にしてくれているお市の姿に嬉しさと気恥ずかしさが込み上げていることに気付き、幸せだと感じる信龍。
「俺も市が傍に居てくれていると思うだけで疲れを忘れられるよ」
「信龍様・・・・・・」
「市、無理だけはしないでくれ」
二人は静かに寄り添った。
次の日、二人は中津川を発ち、信濃への旅を再開した。
「信濃の諏訪まで行ければ少しは楽になると思うよ。それまで頑張ろう」
信龍の言葉に、疑問の言葉を投掛けた。
「諏訪? しかしそこは武田の領地、大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、今諏訪を収めているのは正俊殿だから心配はないよ」
「正俊殿・・・お知り合いなのですか?」
お市のに詳細を話すことにした信龍は話始めた。
「保科正俊殿、武田二十四将に数えられるほどの方で理知に富んだ人物だからね、心配はしていないよ」
「信龍様は武田について詳しい様に見受けられるのですが武田家の方なのですか?」
お市の言葉に改めて名乗った。
「改めて名乗らせてもらうよ、俺の名は一条信龍、甲斐の虎武田信玄の弟にして武田二十四将の一人だ」
「・・・・・・武田信玄公の弟、私たち似てますね」
お市は信龍の名乗りに怒ることもなく、ただそう口にした。
「身分を隠していたことに対して怒らないのか?」
「信龍様は信龍様でしょ? 私を強く求め、苦楽を共にすると誓って下さった信龍様は今もここに居られますから」
そういって彼女は信龍引き寄せ、抱擁した。
「織田家の市はあの日に死にました。今ここにいるのは一条信龍の妻、市です、それじゃあ駄目でしょうか?」
お市は不安の色を孕んだ上目遣いで信龍を見つめていた。
―そうだ、俺を生涯支えてくれる女性《ひと》は市を置いて他にはいないし考えられない。
「市、俺は生涯君だけを愛し、一生涯賭けて俺の総てを捧げるよ、その代り市の総てが欲しい」
「信龍の言葉に大粒の涙を零しながらも深く頷き、答えるお市。
「はい! 市の総ては信龍様のものです! 市も信龍様を一生涯賭けて愛し支え続けます!」
二人は互いの想いを伝いあえたことに満足した。それから少しのこと、遠くよりいくつもの騎馬が向かってきた。
「あれはなんでしょう?」
「風林火山の軍陣旗と武田菱! 仲間だ!」
「あれが戦国最強と名高い武田騎馬軍団なのですね!」
騎馬隊は信龍の近くで止まり、先頭にいた男は騎馬から降り、信龍の下で膝をついた。
「殿!堀越十郎家宣、只今一条家家臣団率い参上仕りました!」
「十郎、久方ぶりに会えたことを喜びたいところだがこの物々しさは何は大事あったのか?」
「はっ、五日前海津の一徳斎様より早馬が来て上杉謙信の南下の報が伝えられ御屋形様は三日で兵を徴用し、一昨日海津に入られ今日矛を交えることになる模様に御座います」
十郎の報告に来たか、と言葉を漏らす。
「急ぎ川中島に向かうぞ!」
「ははっ! 信龍様の愛馬をこれへ!」
十郎の言葉の後、男十人ほどが手綱を引き一頭の馬を連れてきた。その馬は何から何までもが煌びやかな装飾で飾り、彩られていた。
「馬をもう一頭頼む、市の分だ」
「そういえばその女性は何方でござりまするか?」
「自己紹介が遅れ申し訳ありません、私の名は市。正式な契は、まだですが信龍様の妻としていただきました。以後お見知りおきを」
お市の自己紹介に大いに驚く十郎。
「と、殿、妻とは一体?」
「話はあとだ。市、馬には乗れるか?」
「はい、大丈夫だと思います。それに市は信龍様の妻、甲斐の馬も乗りこなしてみせましょう」
市の言葉に強く頷き、叫ぶ信龍。
「総員騎乗! 急ぎ川中島に向かうぞ!」
その言葉と共に馬腹を蹴り、駆けだす信龍と合わせて続くお市と騎馬武者たち。
―待っていてください信玄兄上!
その勢いは何者にも劣らぬ雄志を伴っていた。
勘助の策は見事であった、しかし越後の龍はそれを凌駕して見せた。
「啄木鳥戦法破れたり! 宿敵覚悟!」
その言葉と共に越後の龍―上杉謙信は騎馬を伴い突進してくる!
「敵襲ぅ!」
物見の兵の声と共に甲斐の虎、武田信玄は立ち上がり静かに構え正面を見据えた。
「こい、謙信!」
そこへ謙信が現れ、信玄へと切りかかる! 信玄はそれを難なく軍配で受け流し、謙信が再度切りかかろうとしたところで供回りが駆けつけ、謙信を追い返した。
武田兵が謙信を追撃しようとするが信玄がを制止した。
「次が来る。全軍に次ぐ! この戦、何としても生き残れ!」
両軍が剣戟を響かせながら激突した。
謙信の一時後退を合図に上杉軍の第二陣が攻勢に転じ、武田軍に襲い掛かった。
「武田信玄! 我が旧領、貴様の首と共に返してもらうぞ!」
自身の旧領である海津を奪還せんと村上義清は気勢を上げて武田軍へと向かってきた。
「兄上の下へは行かせぬ! そなたの相手はこの武田典厩信繁である!」
勢いを増す義清の前に信繁が進み出て、高らかに名乗りを上げた。
「笑止! この村上義清、ズル賢い信玄の弟に止められるほど軟弱ではないわ!」
二人が放つ覇気を前にその場にいた誰もが圧倒された。
武田本陣では信玄が静かに戦の趨勢を見守っていた。
「左近達別動隊の状況はどうか?」
「上杉の伏兵に阻まれ、もうしばらくはかかるかと」
信玄と供回りの原虎吉が話をしている所へ百足衆が現れた。
「物見より伝令! 諏訪方面より騎馬隊を確認! 率いているのは一条信龍とのこと」
「間に合ったか!」
百足衆の報告に立ち上がる信玄。
信龍は川中島を目前にして指示を飛ばした。
「これより、隊を二つに分ける! 半分は市、十郎と共に本陣警護に、残りは俺と共に前線の救援に当たる!」
「殿、川中島に入ります!」
十郎の言葉に信龍は愛用の槍を高く突き上げ、言葉を発した。
「総員、気勢を上げよ! 我らが対するは越後の龍ぞ!」
十郎を中心に兵たちも各々の武器を掲げて声を上げた。
「市、兄上を……御屋形様を頼む!」
「はい! 信龍様も無事のお戻りを!」
市は十郎を伴い、本陣の方へと馬首を向けた。
「な、何だ⁉」
「一条信龍これにあり! 勇ある者よ、かかってくるがいい!」
周りの武田の兵は信龍の姿を見るや歓声を上げて己を鼓舞し、上杉軍の兵士たちは恐慌した。
「甲州の龍が来たー! 意志の弱いやつは呑まれるぞ!」
「信龍様に続けぇー! 戦線を立て直すぞ!」
信龍は愛槍片手に獅子奮迅の如く上杉の将兵を薙ぐ。
「我、宿敵が弟と闘争を所望す」
圧倒的なまでの存在感に誘われ、視線を移すとそこには軍神が降臨していた。
「上杉……謙信‼」
「汝との闘争、愉しまん」
謙信は七支刀を構え、研ぎ澄まされた闘志を信龍に向けた。
「いざ!」
「この闘争、毘沙門天も祝福せり!」
二人は同時に馬腹を蹴り、刃を交え始める。
「まさしく龍と龍の闘争! 我らには到底到達なしえぬ領域よ!」
「はぁぁぁぁ!」
「むん!」
彼らが刃を交える度に剣戟が鳴り響き、火花が散った。
「宿敵との闘争こそ愉悦なり」
「俺があなたの宿敵になりうると?」
謙信は不敵な笑みを浮かべて言った。
「汝の武勇は我が武陵を慰めるに値す……故に宿敵となりゆる」
「光栄です!」
剣戟は衝撃と共に戦場を駆けた、一騎打ちの激しさを物語っていた。
「っ!」
「……!」
二人が一騎打ちを繰り広げる最中、妻女山麓に武田別働隊が現れた。
「謙信! 引き際です」
離れた場所で見守っていた綾御前の一声に謙信は頷き、告げた。
「汝との闘争、次会ったときに再開せん」
信龍は同意して踵を返す。それを合図に兵たちも矛を収め、後始末をはじめた。
信龍は戦場を見回し、戦いの激しさを察する中、駆け寄って来た兵の告げた言葉に耳を疑い、本陣へと駆けた。
「そ、そんな……」
本陣には一つの屍が横たわり、傍では信玄が静かに涙を流していた。
「嘘だ……信繁兄上が……討死になんて⁉」
目の前の現実を受け止められず、取り乱した。
「うわぁぁぁぁぁ⁉ こんなの嘘に決まってる! 悪い夢だ……」
信龍の様子に誰もが言葉を失った。お市は耐え切れず、信龍を抱擁して言葉を掛けた。
「信龍様……現実を受け止めて下さい! これが現実なのです……」
「こんな現実は間違ってる! 信繁兄上が打ち取られるわけがないんだ!」
「信繁様が討死になさるほどに壮絶の戦いだったのです!」
信龍は激しく取り乱し続けるもお市は張り合う様に強く抱きしめた。
「市は……絶対に信龍様の御側を離れません! 泣きたいときは市の胸で泣いてください! 市は受け止めます」
「ううっ! 申し訳ありません! 信繁兄上! 旅に出ねば御守りできたのにぃ!」
信繁の死は信龍を力なく崩れさせ、お市がそれを支え、周りの者達も武田信繁の死に涙を流し、膝をついた。