戦国無双4 武田ノ章 甲州の傾けし龍躑躅ヶ崎を発つ   作:佐室小路治

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 川中島の戦いは信龍の参戦と武田本隊の善戦により辛くも勝利を掴むことがが出来た。
 前当主信虎を追放して以来、信玄を支えてきた弟信繁、今川からの間者でありながら信玄に魅入られ、軍師となった勘助。
 彼らの死が武田家に大きな衝撃を走らせるなか、一通の檄文が信玄の下に届くのである。


三話 「予兆」

 武田家は多くの家臣と兵を失いつつも川中島の戦いに勝利した。

 これにより武田家の悲願である信州の統一は為り、いまは失った力を取り戻すべく休息をとるのである。

 「信龍様、お疲れ様です。お昼の用意が出来ていますから皆もお上がりになさい」

 信龍とお市は信玄の許しを得て夫婦となり、今は信龍が居城上野城で二人仲良く晴耕雨読の日々を送る毎日。

 「相変らず、奥方様の作って下さる食事は絶品だ!」

 「食事は絶品、気立てもよく何より優しい! 羨ましい限りですな殿!」

 「才色兼備の奥方も迎えられ、子宝にも恵まれた。一条家は安泰ですな」

 家臣らの言葉に頬を染めるお市。

 「市は信龍様の妻と為れた上にこうして子の顔を見ることもできた。市は幸せ者です」

 市は愛おしそうに傍で寝ている茶々の頭をそっと撫でた。

 信龍とお市の間には、嫡男万福丸(後の信就)、茶々(後の淀殿)、久次郎(後の信貞)、御鐺(おなべ、後の初)の四人の子を儲けていたのである。

 「俺の方こそ市が支えてくれるから幸せでいられるよ」

 信龍の言葉にお市は再び頬を染めた。

 「この様子ですとまだまだお子は生まれそうですな」

 十郎の言葉にどっと笑いが巻き起こり、宴会のように賑やかものとなる。

 信龍らが食事を終えてそれぞれの持ち場に戻った時のこと、信龍のいる書斎に駆けてくる者がいた。

 「殿、失礼いたします」

 「ん、どうかしたのか?」

 使い番の男は一つの文を信龍に差し出す。

 「これは……信玄兄上から?」

 目を通すとそこには送付した文に目を通した後に至急、躑躅ヶ崎舘(つつじがさきやかた)まで登城せよとの内容だったのでもう一方の文に目を通すとそこには……。

 「これは……! 信玄兄上にはすぐに向かうとお伝えしてくれ」

 返答を聞くと使い番はその場を後にした。

 「誰かある! 市と十郎をここに!」

 「信龍様、どうかなさったのですか?」

 「これを見てくれ」

 受け取り、目を通すとお市は信じられないという顔をしていた。

 「なぜこのようなものが⁉」

 「詳しくはまだ……」

 信龍とお市が話していると十郎もやってくる。

 「殿、遅くなり誠に申し訳ありません。して用向きは?」

 「十郎も目を通してくれ」

 断りをいれて目を通した十郎も驚きの声を上げた。

 「俺はこれから躑躅ヶ崎に向かうが、市は俺と一緒に来てくれ。十郎は上洛の下準備を頼む」

 「で、では上洛をするのですか?」

 「それはまだ分からぬ。故に下準備だけに留めよ。良いな?」

 「ははっ!」

 十郎はその場を辞して駆けていく。

 「市、俺たちも行こう……!」

 「はい!」

 

 

 

 陽が傾き始めたころ、二人は躑躅ヶ崎に到着し、中では武田四名臣筆頭の馬場美濃守信房と信玄に軍略の手ほどきを受けている島左近が待っていた。

 「待っておりましたぞ信龍殿、お市殿もご一緒でしたか」

 「相変らずの相思相愛っぷり、羨ましい限りですね。とまぁ世間話はまた別の機会にしないと、中で信玄公がお待ちですよ」

 軍議の間の上段に信玄、下段に信龍、お市、信房、左近の計五人が集まり、話の場を持つ。

 「皆、例の―足利義昭公からの檄文は読んだね? これに応じるか否かの意見を聞こうと思ってね」

 「あの……その前に一つ、よろしいでしょうか?」

 お市は何処か気まずそうな様子で手を上げる。

 「どうしたんじゃお市殿?」

 「檄文に書いてある討伐対象である織田信長は私の―」

 「兄、なんでしょう……?」

 左近の思いがけない言葉に言葉を失うお市。

 「ワシも知っておったよ、信龍と佐吉の二人から聴いておったんじゃよ」

 「自分と信房殿は信玄公と信龍殿から」

 「なら、何故市に何もなさらないのですか……? 幽閉するなり、処断するなり―」

 信玄は首を横に振り、答えた。

 「いいんじゃよ、そんなに気負わなくて。川中島の時も、祝言の時も、万福丸出産の祝いの時もお主は幸せそのものじゃった。あんなに幸せそうにされちゃったら処断できないよ?」

 飄々とした雰囲気と口調で話を続ける信玄。

 「一番嬉しかったのは自分の死を偽装するなんて危ないことをしてまで信龍の下に来てくれたことなんじゃよ」

 「え……?」

 「それほどまでに信龍を想い、そしてここまで支え続けてくれている。それだけで武田家の一員としての資格は十二分にあるよ」

 信玄の言葉に、自然と涙を零すお市。

 「これからはそんなことは気にせず、武田の一員として―何より一条信龍の妻として武田家とワシを支えてくれると嬉しいんじゃが」

 信玄が言い終えたころにはお市の眼から大粒の涙が零れ落ちていた。

 「はい……はい……! 市は喜んで支えさせていただきます!」

 「という訳だからもう気にしなくていいんだよ? 泣き止んでもらえないとなんかワシがいじめたみたいで……」

 「そのようなもので御座いましょう?」

 左近の言葉に笑いが起こる一方で、本来の話より一つのわだかまりが解けたのである。

 

 

 

少しして、落ち着きを取り戻したお市を加えて話し合いが再開された。

 「正直、今の武田はすぐに動くことは出来ません。川中島での戦い消耗した力は未だ回復し切っていないのですから」

 「幾ら将軍の檄とは言え……のう」

 信房の言葉に皆頷いた。

 「兄上、一先ず応じるということにして上洛はまだ先の予定にしてはどうでしょうか?」

 「ふむ……」

 「包囲網に参加する勢力とは外交面で繫ぎをつけつつ上洛の為の準備を進めるという形を取り、今のところは牽制するに留めると」

 左近が信龍に問いかける。

 「義昭公にはなんていいます?」

 「動くのに少々かかる伝えればいいかと」

 信房が続けて言う。

 「御屋形様、信龍殿の言は一理あると思いますが……いかがでしょう?」

 「ワシも同じようなことを考えておったよ。信龍、各勢力との繫ぎをたのめるか?」

 「ははっ! 御任せ下さい!」

 信玄はお市の方へ向き直りお市に言った。

 「お市ちゃん、信龍の補佐を頼めるかな?」

 お市は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 「はい! お任せ下さい……義兄上(あにうえ)!」

 「ワシ義兄上? お市ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいのう! ワシ、カッコいいとこ見せちゃおうかな?」

 お市に義兄上と呼んでもらえたのが嬉しかったのか信玄は声を弾ませ、その様子を見ていた四人の間にはは笑いが咲き誇る。

 「皆、各方面での奮闘頼んだよ?」

 「ははっ!」

 信玄の問いに皆声をそろえて答える。しかしこの時は誰も気付けなかった。

 これが武田家にとって大きな転換期になるとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 




 長らくお待たせいなしました。
 色々と立て込んでいた為に、投稿が途絶えていました。
 これからは頑張って投稿出来るように致しますのでよろしくお願いいたします!
 ついに次回は三方ヶ原の戦い。
 多くの物を失いつつも武田は立て直すために力を注ぐが果たして……。
 括目して待て!(笑)
 後、名前を佐室小路治に変えますのであしからず!

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