非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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久しぶりの更新なのに多くの方が忘れずにいてくれてとっても嬉しいです!
本当にありがとうございます!

そして今回は恒例になりつつある、めちゃくちゃ長い回です。
どうしてこんなことになるのかは私にも分かりません。


燃え広がる悪意

 

 

 

 

 

 某日、警視庁公安部特務第一課。

 柿崎遼臥は元の鬼のような顔をさらに険しくして、手の中の報告書を睨んでいた。

 

 その報告書は先日発覚し、そしてその日の内に解決したある事件の顛末が書かれたものだ。

 とは言っても、今回のこの報告書は事件処理に関するものでは無く、活動した部下の功績を正当に評価する為のもの。

 異能対策部署で中間管理職のような立場を任されている柿崎は、その報告書を精査して、活動した部下に対して然るべき評価を行わなければならなかった。

 

 基本的に、柿崎は相手がどんな人物であっても貢献した事に対しては正当な評価を行うべきだと考えている。

 組織としてそれは当然だと考えているし、過剰な便宜や忖度はゴミだとまで言う程だ。

 そして今回は、通報者から情報を受け取り即座に現場に駆け付け事件を解決まで導いたのだから、文句の付け所は無く、手放しに称賛するべき出来事だろうと、柿崎の中では既に判断を下していた。

 

 ……のだが、今回の件をそのように受け止める事が、柿崎は甚だ不本意であった。

 

 

「……確かに、他から聞いていた話と矛盾はねェな。この報告書は受け取っておくぞ」

「はいっス!」

「…………」

 

 

 なぜなら、それを成し遂げた人物がコイツだからだ。

 柿崎は羅列された文字列をじっと眺め、それから視線を上げて報告書を提出した人を見遣れば、予想通りその人物は褒めろと言わんばかりに胸を張って柿崎の言葉を待っている。

 

 見るからに調子に乗る一歩前。

 学生時代ですらここまで露骨な奴はいなかった、と柿崎は思って、複雑そうな顔で大きなため息を吐いた。

 

 

「……今回の、“無差別人間コレクション事件”についてはお手柄だったなァ一ノ瀬」

「むふふん! まあっ、実際私がやったのって、通報に駆け付けただけでそんな大したことした訳じゃないっスけど! 結果として解決の一歩を歩めたのは私の判断があったからっスからね! 謙遜はしないし、称賛はしっかり余すことなく受け止めるっスよ! 柿崎部長、もっと私を褒めるっス!」

「…………チッ」

「舌打ち!?」

 

 

 評価する者が自身の好き嫌いで評価を変動させるなど言語道断。

 功労者に対してはしっかりと評価を行うべき。

 

 分かってる、そんな事分かってはいる。

 だが、褒めるとすぐに調子に乗るこの部下の性格を考えると、ここで褒めるのは非常に不服。

 というか、普通に腹が立つのだ。

 

 どうしたものかと悩む柿崎を余所に、そんな二人のやり取りを見ていた人物が横から口を挟んでくる。

 

 

「一ノ瀬ちゃんさー、今回の異能を持った奴と実際に対峙したんだろ?」

 

 

 気の抜けた声。

 警察と言うにはいささか覇気のない、何処にでも居そうな通行人のような男が緊張感の欠片も無く声を掛けてきた。

 

 

「俺の“煙”の異能とは違って全然大したことなかった? いや、結果は分かってるんだけどさぁ。やっぱり? 第三者の視点からの意見が欲しいって言うか? 俺の異能に対する評価が欲しいって言うか?」

「あ、灰涅の大ボケさん。いや、全然っスよ。対峙した途端投降するから攻撃しないでくれって、一度も超能力を使う事が無かったんスもん。見てないからどっちが凄いとは言えないっスけど、まあ、灰涅の大ボケさんは警察に囲まれても何とかできますもんね?」

「まあな! まっ、俺ほどの異能を持った奴なんてそうそういないさ。なんたって俺は、世界レベルで有名の異能持ちだったグウェンとかいう奴に致命の一撃を加えたんだからな。まさに国家レベルで希少で強力な異能持ち……一ノ瀬ちゃんも、困ったら早めに俺を呼ぶんだぞ」

「煙野郎、テメェが個人間のやり取りでそう簡単に動けると思うな。あくまでテメェは臨時職員で、立場は受刑中の犯罪者だって言ってんだろ」

「う……いや、まあ、そうだよな。俺は立場上ちゃんと要請があってから動かないとだよな」

 

 

 柿崎にそう言われた灰涅健徒、通称“紫龍”は柿崎に怯み、反論もしないまま小さくなる。

 

 “紫龍”は本来刑務所に叩き込まれている筈の犯罪者だが、特例として異能犯罪を解決する為の人材として警察に協力している立場だ。

 協力者とはいえ、異能を有した犯罪者である彼に対する周囲の目は厳しいが、“紫龍”自身は立場上余暇や給金が割と発生しているこの生活に案外満足していた。

 今の彼の頭に、警察組織を出し抜いて逃亡してやろうなどという考えはない。

 

 いかに楽に、いかに自分の虚栄心を満たすのか、単細胞なこの男はそれくらいしか考えてはいないのだ。

 

 そんな理由があるからこそ、現在自分の直属の上司である柿崎には絶対に逆らうつもりはこれっぽっちも無い。

 だから今回のように柿崎に注意されれば素直に従うつもりだし、変に騒ぎを起こすつもりも無かった。

 柿崎の顔が怖いからとかではない筈である。

 

 

「今回の事は賞与が出る。詳しい流れは事務に聞け。今後も今回のような活躍を期待する」

「あれ、あれあれー? 柿崎部長、いきなり堅苦しい言葉になっちゃったっスねぇー? もっと一ノ瀬さんに言うべき事あるんじゃないっスか? 成長したな、とか! 流石は俺の部下だ、とか!! 私、そういう言葉欲しいっス!!!」

「…………世の中ままならねェもんだな」

「今は世を儚む場面じゃないんスよ!! 私が活躍してなんでそんな風な反応になるんスか!?」

 

 

 バンバンと机を叩き元気に騒ぐ一ノ瀬に対して、柿崎は面倒臭そうな顔で処理をするからさっさと自分の席に戻るようにと指し示した。

 これ以上無いくらい雑に扱われた一ノ瀬がぶすくれながら、柿崎の指示に従って自分の席に戻っていく。

 

 とはいえ、こんな雑な対応をしたものの、柿崎は内心今回の件の彼女の活躍を認めていた。

 

 決められたばかりの特例措置を即座に使う判断を下すのは中々出来ることでは無いと思うし、助けを求めた人の状況を正確に汲み取り、彼女は実際に助け出す結果を残している。

 すごすごと肩を落として自分の席に帰っていく一ノ瀬の背中を見て、正当に評価されるよう上に話は通しておくか、と一応は思っているのだ。

 

 騒がしかった一連のやり取りが終わり、部屋には静寂が戻った。

 カタカタとパソコンのキーボードを打つ音だけが響く部屋で、柿崎達の会話が収まるのを見計らっていた同じ課の男性が、柿崎に声を掛けて来る。

 

 

「柿崎さん」

「あァ? ……じゃねえ、どうした?」

「かっ、柿崎さんを呼んで欲しいと、宍戸補佐が来られていますっ」

「宍戸ォ?」

 

 

 珍しい顔見知りの名前が出た事に柿崎は意外そうに眉を動かし、確認するように廊下へ繋がる扉の方へ視線をやれば、そこには一人の男が柿崎を待っている。

 

 すらりとした体型に、平均的な身長をした狐顔の男性。

 鬼と呼ばれるほど強面の柿崎とは真逆の、柔和な微笑みを携えた人物。

 そして、柿崎や神楽坂と同期であり、その期の中では最も出世頭の宍戸四郎(ししどしろう)がそこにいる。

 

 階級だけを見れば柿崎よりも随分と上になってしまった彼だが、そんな立場の違いなんて微塵も頭に無いように柿崎に向けて気安く片手を上げていた。

 

 

「よお柿崎、久しぶりだな。相も変わらずゴリラみたいなナリしてんだから、威圧的な声を上げて周りをビビらすなよ」

「テメェは相変わらず何を考えてるのか分からねェにやけ顔だな。少しは体力付けたか宍戸」

「馬鹿野郎、俺の体力は最初から標準より上だ。お前や神楽坂みたいな底無しの身体能力を持った奴らを基準にすんな」

 

 

 挨拶代わりに憎まれ口を叩き合う。

 何の用だと視線を鋭くしている柿崎に対して、宍戸は手で近くに来いと合図する。

 

 柿崎は怪訝な顔を浮かべ、仕方なく、扉近くで待っている宍戸の元に歩み寄った。

 

 

「……なんだ? 見ての通り、ここは暇じゃないんだが?」

「俺だって暇じゃないさ。……だがな、お前んとこの新人課長。アレに睨まれたくない奴らが、所在の分からなくなった例の薬品五つを探すよう俺に言いつけて来やがったんだよ。で、状況すら分かっていない哀れな上層部の犬である宍戸は、現地の確認を直接行ったらしい柿崎さんに事情を聞きに来たって訳だ」

「お前……厄介ごと押し付けられてんじゃねェか」

「俺みたいな小物にとっては世間を騒がせてる大きな波には流されるしかないんだよ……お前らみたいのとは違ってな」

 

 

 自嘲気な笑いを溢しながら肩を落とした出世頭の姿を見て、柿崎は鼻で笑う。

 他人の不幸が楽しいわけではないが、要領が良いこの男が苦しむ姿は非常に珍しい。

 警察に入りたての頃から、自分や神楽坂が苦労するのを傍から眺めていたこの男のザマは何だか物珍しさがあった。

 

 

「……まあ、その程度の情報なら問題ねェな。こっち来い。全部は言えないが概要くらいは話せる」

「悪いな。今度酒でも奢る」

「丁度良い、そん時は神楽坂の奴も呼んで同期会だ。最近のアイツは気が抜けてるとしか思えなかったんだ。誰かが締め上げないといけねェだろ」

「やめろ。万が一にもお前と神楽坂の争いが起きたら俺が止められる訳ないだろ、ふざけんな……だいたい、神楽坂の様子は俺も聞いてるが……過去の事件に関する事が終わってアイツにも冷却期間が必要なんだろ。これ以上負担を掛けるのはどうなんだ」

「チッ……能力があると分かってる奴を暇させるのは業腹なんだよ」

 

 

 この場にいないもう一人の同期についての話を交えながら、二人は情報交換を始めた。

 

 お互いの能力の高さを理解し合った端的かつ短いやり取りの応酬は、時間にして10分と少し。だが、話した内容は多岐に渡った。

 

 例えば、犯人である男の証言で使われていない薬品が五つあるのは確実な事や、男の屋敷に入った時の状況写真や探した場所、押収した物の数々について。

また、男の異能がどんなものだったか、今判明している薬の入手経路なんて事も話に出た。

 

そんな様々な情報を交わし、間にあった認識の違いを擦り合わせた二人はお互いの情報に納得して頷く。

 

 

「こんな所か。いや、悪いな柿崎。時間を取らせた」

「良い。俺にとっても初耳の情報があった。正当に組織の上層部に食い込んでいるお前の話を聞けんのは貴重だ」

「図体の割にそういう理性的な部分がお前の怖い所だよ……話は変わるが……特例として昇進や措置が取られて特別扱いされているこの部署を疎んでいる連中は多い。今は直接干渉してくることは無いだろうが、色んな嫌がらせもあり得る。気を付けろよ」

「はっ、下らねェ連中は何時でも湧いてきやがるもんだ。そんな連中なんとでもなるさ」

「そうか。お前がそう言うなら大丈夫なんだろう。それなら良いが……」

 

 

 少し迷うような素振りを見せた宍戸は、声を潜めて小さく呟くように言う。

 

 

「これは内密にして欲しいんだが……“無差別人間コレクション事件”の犯人の屋敷に踏み込んで証拠を集めていた警察官二名が消息を絶っている。完全に連絡が取れず、上は彼らが薬品を横領した、あるいは所持しているところを誰かに連れ去られたんじゃないかと考えている。この調査も俺が行っているんだ」

「…………なるほどなァ」

「それからこれは俺の勝手な独り言だが……」

 

 

 宍戸はそう言って、やる事が無く、他の職員達に絡みに行っている“紫龍”に視線をやった。

 

 

「最近は犯罪者を使ってる部署だと陰口を叩かれているのをよく聞く。先任の浄前課長が強行した異能を持った犯罪者の利用だが、警察内部からの評判はすこぶる悪い。同じ組織内の反感を買ってでも使う程の価値があるのか、俺は疑問だ」

「今のところ従順だ。性格に難はあるが、異能とやらは優秀。異能を使う相手を制圧する事を考えた時、こちらにも異能という武器が無ければ対抗は難しい。それに監視の方は、碌な対策も出来てないブタ箱よりか、同じように異能を持つ人間が近くにいる方が良いだろ」

「……もう一つ独り言だ、奴の異能は“煙”だったな。“連続児童誘拐事件”の実行犯であったのなら、奴の異能があれば人攫いは容易。少なくとも他の連中はそう考えるだろうな。警察内部からの疑惑の目は尽きない筈だ」

「あ? それはつまり……」

 

 

 消えた二名の警察官。

 見付からない五つの異能開花薬品。

 そして、内部に入り込んでいる超常の力を持つ犯罪者。

 

 宍戸が話したこれらの要素から考えられる状況はそれほど多くない。

 そして、彼の話しぶりからするときっと宍戸はこう言いたいのだろう。

 

 『警察内部では“紫龍”が異能を開花する薬品の奪取に何かしらの形で関わったのではと疑っている』、と。

 

 “紫龍”の人となりやここ最近の監視状況をある程度知る柿崎にとってはあり得ない話ではあるが、犯罪者と言うだけでありもしない先入観を持つというのはあるだろう。

 異能と言う事情があろうと超法規的な措置として犯罪者に協力させているなど受け入れられない人は当然いる。

 その割合がどの程度になるかなんて分からないが、それは特に警察内部には多く、組織に従順な宍戸がここまで危険を冒してこの件を伝えに来たということは、恐らく想像しているよりも状況は悪いのだろう、と柿崎は思った。

 

 

「宍戸お前、それを伝えるために……?」

「ただの独り言だ。ここに来たのは押し付けられた仕事の情報を得る為に仕方なかった。面倒ごとを押し付けられた宍戸になんら他意はない……少なくとも、事情を知らない奴らにとってはそうだろ?」

「……随分腹黒くなったもんだな」

「必要な事だからだよ。この部署は……これから先の情勢を考えれば、最も大切にしなければいけない場所だなんて、当たり前の話だろ」

 

 

 そう言った宍戸は、「それじゃあ俺は今回の件の屋敷とやらに向かう」と柿崎に向けて後ろ手を上げるとその場から立ち去っていく。

 以前とは違う、成長した同期の後ろ姿をしばらく眺めた柿崎は、正体の分からない頭の中の引っ掛かりを解き明かすことが出来ないまま、自分の席に戻るのだった。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 東京都氷室区氷室警察署交通課、実のところその場所に神楽坂上矢は残留していた。

 

 確かに狂言まがいな発言を繰り返したとして落とされていた階級こそ異能の認知が進んだことで先日元に戻る事になった。

 だが、飛鳥とは違い異能や明確に異能に対抗する手段を持たない神楽坂の特例的な部署替えは行われていなかったのだ。

 

 ここ最近見直された過去の異能が絡む事件、“紫龍”や“千手”といった、凶悪な異能持ちを相手にした神楽坂の評価は、警察内部で大きく変化している。

 状況の詳しい聞き取りなどが行われ、超能力と対峙するとはどういうものかを聞きに来る熱心な者だっているほどで、神楽坂にとっては普段以上に忙しない毎日ではあった。

 だがそれでも左遷のような扱いは変わらず、神楽坂はここ数か月間、日常業務に励む毎日を送っていたのだ。

 

 勿論、新設された異能対策部署である警視庁公安部特務対策第一課の一部面々からは、神楽坂上矢の部署への早期加入を求める声は上がっていたが、そうはならない理由がいくつかあった。

 

 例えば、いくら神楽坂の話が真実だったとはいえ、完全な縦社会であった警察組織で上に歯向かった神楽坂を良く思わない人が多くいた事。

 例えば、警察内部に入り込んでいた“液体人間”による悪意ある情報操作により、必要以上に神楽坂の悪評が蔓延っていた事。

 例えば、理不尽な暴力である異能を所持した“紫龍”や“千手”に対して特別有効な技能を持った上で逮捕を成功させたわけでは無い事。

 そしてなによりも、ある意味自身の目的を達成してしまった神楽坂自身が、今なお昏睡状態の恋人の治療方法を探す時間を確保する為に異能対策部署への異動を望んでいなかった事。

 

 それは、柿崎に言わせれば腑抜けている状態であり、以前の事件解決に全力を注ぐ活力に満ちた彼を知る者からすれば心配してしまうような神楽坂の姿。

 

 だが、だからこそ。

 

 

「……悪いな佐取。時間を取らせて」

「えへへ、何を言ってるんですか神楽坂さん。外せない用事があったら私はちゃんと断りますから気にしないでください! 今日はたまたま暇だったんです! そう、偶々! 運が良かったですね神楽坂さん!!」

 

 

 だからこそ、時間的余裕を取れるようになった神楽坂は、またこうして外部の協力者である少女と会合する事が出来ているのだ。

 元気いっぱいの笑顔を浮かべる少女、佐取燐香が両手でグラスを持ちながらチビチビと飲み物に口を付けているのを目の前にして、神楽坂は気圧されたように苦笑する。

 

 

「元気だな……こうして時間を取ってくれることは俺としては凄く助かる訳だが、何度も言うようだが、無理に時間を取るような事はしなくていいからな? ……それにしても、佐取とこうして二人だけで会うのは随分久しぶりな気がするな」

「確かにそうですね。中々時間が合わなかったり、機会が無かったり、飛鳥さんがいたりとか、色々ありましたもんね。まあ、最後は別に悪い事じゃないですけど……もし良かったらもっと頻繁に呼んでくれても良いんですよ? なんなら家の掃除とか料理もしてあげましょうか? 神楽坂さんって見た目からしてそういうのに手が届いてなさそうですし」

「見た目……不潔とかそういう意味なのか……? い、いや、流石にそれは勘弁してくれ……俺は自分の面倒を見てもらうために佐取と接している訳じゃ無い。流石にそんなに色々と面倒見られたら、色んな奴に怒られる」

「そうですか? いやまあ、体面が悪いのは確かかもしれませんし、神楽坂さんがそう言うのなら無理にとは言いませんが……」

 

 

 時刻は昼時にしては少し遅い時間帯の何処にでもあるような喫茶店。

 あまり他の客が少ないこの店で、少女と男性は机を挟み向かい合っていた。

 

 いつか、“連続児童誘拐事件”の実行犯である“紫龍”を捕まえた後、初めて待ち合わせたこの店で、少しだけ懐かしみながら二人はそんなことを話す。

 だがその時とは違い、お互いに目の前の相手を信頼している事が分かるほど穏やかに会話が進んでいる事に、きっとどちらも気が付いていないだろう。

 

 だがそんな、気を許し合ったような彼らの会話ではあるが、ここ最近彼らの関係にはちょっとした溝が出来ている。

 

 それは、少女である燐香の過去の悪行の一部が神楽坂にバレたからだ。

 

 今回神楽坂の連絡があるまで燐香は自分の過去の行いを神楽坂に暴かれ、叱られた(本当に軽く)事に引け目を感じて、中々連絡すら取っていなかった。

 基本的に小心者である佐取燐香という少女は、怒られれば人並み以上にへこむ生き物である。

 その証拠に今も、「いつ神楽坂が話の本題に入るのか」「それはもしかして自分をさらに追い詰めるものじゃ無いか」「そもそも悪事に怒っていないか」を不安に思い、チラチラと神楽坂を窺っていたりするのだ。

 

 

「そ、それで神楽坂さん! そちらでは何か恋人さんを助ける術についての手掛かりはありましたか? 今回の連絡はそれが本題なんですよね?」

「ああ、そうだな。確かにその件も話したくて佐取にこうして時間を作ってもらったんだ。その分野に詳しい相手に当たって直接確認したが、医学的な手法での治療は困難らしい。“白き神”とやらが行った異能の使用で精神面に深刻な損傷があるんじゃないかというのがその医者の見解で……だから、もう一度、佐取に診て貰えないかというお願いなんだが……その前に……」

「その前?」

 

 

 そして、そこまで話した神楽坂は気まずげに視線を逸らした。

 そんな神楽坂の様子を前にして、燐香は小首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。

 

 

「俺は佐取に、謝らないといけない事があってだな……」

「え? 神楽坂さんが、私に……ですか?」

「実は佐取に相談や了承も無いまま、俺は神薙隆一郎の面会に行ったんだ。先輩や睦月が巻き込まれた過去の事件についてや『UNN』と言った連中との関係を、もう一度俺の耳で聞きたかった、そんな理由だったんだ。だが、その際……」

「あっ、あー……いや、別にそれは……」

 

 

 想定外だったとはいえ、詮索しないという前提での協力体制だった筈なのに結果的には燐香の知らないところで、過去の詮索する形になってしまった。

 神薙隆一郎という第三者から勝手に知られたくない情報を受け取った、その事実に変わりはないと神楽坂は思っていたのだ。

 

 ゆえに神楽坂は誠意を示す為に、燐香に対してしっかりと頭を下げた謝罪を行う。

 

 

「……申し訳なかった。そういうつもりでは無かったとはいえ、結果的に佐取の信頼を裏切ってしまった事に変わりはない。なんでも償いはするつもりだ」

「んぐっ!? な、なんでもって!? やっ、止めてください! 別に私は、今更神楽坂さんに何もかもを隠そうとは思っていませんっ。色々誤魔化したり、煙に巻いたり、結構あくどい事をやっているのは事実で……し、知られるのは嫌ですけど別に神楽坂さんが口外するかもしれないなんて疑ってなくて。ただ、神楽坂さんが私に失望するんじゃないかって不安からくるものですし……だからそんな事で、神楽坂さんの恋人さんの様子を診ないとか言うつもりはこれっぽっちもないです!」

「そうか……ありがとう佐取」

 

 

 ほっとしたように息を吐いた神楽坂に対して、逆に申し訳なさそうな顔をした燐香がおずおずと切り出す。

 詮索された形ではあるが、騙すみたいなことをしていたことに引け目があるのは燐香も同じであったのだ。

 

 だからこれ幸いと、神楽坂の謝罪に合わせるように過去のごまかしの一部を訂正する。

 

 

「その、多分神楽坂さんが最も混乱されているのは私の異能についてですよね? あの医者が言った事との齟齬があって混乱がある、という形でしょうか?」

「いや、無理に話す必要は無い。不義理を働いただけの俺に、佐取が譲歩する必要は……」

「いえ、あの、私としてもこれから先。あの医者のような第三者が悪意ある情報を神楽坂さんに流して混乱させようとするのは困りますから……自分の身を振り返る上でもこの話はさせてください」

「それなら良いが……無理しなくていいんだぞ」

 

 

 そう前置きをして、燐香は手に持っていたグラスを机に置いた。

 そして自分を落ち着ける様に一呼吸置く。

 

 

「その……あの時、以前私の異能について説明した時。私は私の全てを神楽坂さんに言っていませんでした。というのも、今の私の異能は、とある事情があって出力や性能が落ちていまして、異能の使い方は我ながらかなり上手いとは思いますが異能の強さはそれに伴っていなかったんです。けれどこれまで異能犯罪を解決する際に異能を酷使した事で、今は異能の出力や性能は徐々に向上してきてはいるんです。それで……あの医者が言う過去の現象と私の今の異能の差異は、とある事情の性能低下から来ているものだと思います。だから、あの時の協力できる異能の強さとしては以前の説明に間違いは無くて……子供騙し程度の力しか持たないと神楽坂さんに言ったのは、決して嘘ではないんです」

 

 

 半径500mの球状の範囲。

 読心と、意識外の認識をずらす事と、指パッチンでの感情波という僅かな攻撃手段。

 以前の説明ではそれだけだったが、今は違う。

 

 

「……今は出力が強化され、3㎞の距離まで範囲は伸びましたし精神に関して干渉出来る事は増えました。今なら多少意識を向けている事を誤認させることだって難しくありません。精神干渉系の異能と言う事に間違いはありませんが、御存じの通り、異能を使って悪さをしていた時期に培った技術で、異能の出力を別の場所に溜め込む事や、カラスといった知性体を精神干渉により完全に支配下に置いて、異能の出力機としての役割を持たせる事などの、そういう異能の扱う技術をいくつか確立しています。その手法があって、先日話したような大勢の人を私の異能の対象にしたりしていました」

 

 

 異能の基本性能の向上。

 飛鳥のように自身の問題を解決するなどの出来事で異能の性能が向上する事は考えられる。

 異能を使用する上で阻害要因となっていたメンタル面の変化で、大きく性能が変わるというのは何となく分からなくはないだろう。

 

 だが、異能のそういう事情に詳しくない神楽坂は違う。

 燐香の話を聞き、想像以上の数字の変化に彼は驚きを隠せない。

 

 

「待ってくれ……以前の出力の説明は確か500mだっただろ? その事を考えると、今の出力とやらは……」

「単純な計算ですけど……範囲は6倍くらい広くなっていますね」

「……俺は、異能の出力と言うのをよく掴み切れていないのが正直なところなんだ。それでも、それは少し異常な数値な気がするんだが……いや、何かしらの要因で出力が元よりも落ちているのなら、成長ではなく元に戻る訳で……速度が速いのは普通なのか? 悪い、俺には異能の常識は分からない」

「んっと、まあ、そもそも精神干渉と言うか、探知系と言うか。私みたいな物理的な干渉手段を持たない異能の効果範囲は広いものなので別にそんな凄くは無いといいますか。飛鳥さんみたいな異能で私と同じくらい効果範囲が広ければとんでもない脅威だとは思いますけど……」

「佐取の自分に対する評価は参考にならないと学習したからな。悪いがその発言は信じられないぞ」

「神楽坂さん!!??」

 

 

 自分を信じられないと発言をした神楽坂に燐香は大きく目を見開いた。

 とはいえ燐香も言われた内容に心当たりはあるのだろう、少しだけ不貞腐れるように唇を尖らせるだけで、それ以上の不満を口にしようとはしない。

 そんな子供っぽい燐香の様子を前にして、神楽坂は思わず失笑してしまう。

 

 これまで出会って来た凶悪な異能持ち達よりも、語られた異能の性能は頭一つ飛び抜けている印象があるのに、この子であれば大丈夫かと根拠も無いのに安心してしまう。

 以前飛鳥に言われた、「盲目的に信頼している節がある」という言葉を思い出しながらも、神楽坂は諦めたようにゆっくりと首を振った。

 

 飛禅に以前言われた事や、神薙との面会で教えられた事実。

 そして彼女とのこれまでの事を思い出しながら、小さく呟くのだ。

 

 

「……疑って終わるよりも、佐取に裏切られて終わる方が良い。結局、俺はそれしか選べないみたいんだな……まあ、俺がもっと利口であれば、何処かで異能犯罪の解決なんて諦めていたんだろうが……」

「え? か、神楽坂さんごめんなさい。聞き取れませんでした……」

「いや、ただの独り言だ。なんでもない。話してくれてありがとう佐取」

「そ、それは別にっ……神楽坂さんは卑怯ですっ! 信じられないって言ったり、ありがとうって言ったり! 私を混乱させないでください!」

「ふふ、悪いな。正直に話すとこうなるんだ、許してくれ佐取」

 

 

 怒る燐香をそうやって窘め、神楽坂は片手で自分の頬骨を突いた状態で笑う。

 自分でも気づかぬうちに、神楽坂の胸に僅かばかり染み付いていた疑念がさっぱりと晴れたように、神楽坂の気分は穏やかだった。

 

 だが疑念こそ晴れたものの、ここまで話が出るとどうしても気になる事が出て来る。

 例えば、“千手”という指名手配犯を神楽坂の前で倒した時のあの現象。

 

 巨神のごとき巨大な腕を振るおうとした“千手”が指一本動かせない状態で停止した事。

 何もない空間を凝視したまま、断頭台の刃が落ちるのを待つ囚人のように血の気を失い体を震えさせていた事。

 そして、その次の瞬間には、巨大な生命体に踏み潰されたかのように地面に全身を地面に叩き付けられ意識を失った事。

 

 その時のことを、神楽坂は思い出す。

 

 物理的な干渉は出来ないと言っているが、あの現象は明らかにその範疇では無かった。

 それに、神薙隆一郎と面会した時、あの医者が言っていたように自分達を監視していたのなら、その方法は一体どうやったのか。

 そしてそもそも、過去の“顔の無い巨人”と呼ばれていた時何を目的としていたのか。

 もしも、彼女の異能が全盛期の状態に戻ったら、昏睡状態の彼女を救う事も出来るか。

 

 そんな色んな疑問が神楽坂の頭に去来し、照れた顔で何かお土産に買って帰ろうかとメニュー表を開いている燐香をじっと眺めてしまう。

 

 

「桐佳と遊里さんはそろそろ受験だし何か勉強のお供になる物でも……やっぱりケーキかなぁ……モンブランとチーズケーキ。あとはお兄ちゃんと由美さんとお父さんにも買って帰ろうかなぁ。神楽坂さんはどう思います? あっ、お土産は奢らなくていいですからね神楽坂さん。神楽坂さんは私の飲食だけ面倒見て下さい」

「いやそれは良いんだが……俺から気になることをいくつか聞いても良いか?」

「むむ? 別に構いませんけど……ただ、今後読心系の異能持ちが出てきた時、私の手札全てを神楽坂さんを通じて知られると問題なので、戦略上どうしても言えない部分はありますが……」

「…………ちょっと考えさせてくれ」

 

 

 燐香の言葉に疑問を口に出すのを止めて神楽坂は考える。

 前にも考えたように、燐香の異能は現代社会においては無類の強さを誇っている。

 人の精神に干渉する異能の性質上、協力者や情報収集能力には事欠かず、奇襲されないという鉄壁ぶり。

 その突破口を作るとするなら、燐香の周りで事情を知る者から詳細を聞き出す事だろうと思うのだ。

 少し前に、“泥鷹”という組織の奇襲で意識がそちらに向いていたとはいえ、神薙隆一郎達に不覚を取られ誘拐されたのは事実。

 佐取燐香という異能持ちが鉄壁でも、その周囲の人間はそうではない。

 

 もしあの時点で、神楽坂が燐香の異能について深く知っていたらどうだったのか。

 もしあの時点で、敵がより強硬に神楽坂から情報を奪おうとしていたらどうだったのか。

 

 そんなことを考えて、神楽坂は口を閉ざした。

 

 

「……神楽坂さん? 別に、そこまで深く考えなくていいですよ? 神楽坂さんの質問に対して私が必要かどうかの判断をしますから、気になることは聞いて頂ければ……」

「いや、大丈夫だ。考えてみたが俺がまた不覚を取らない保証もない。俺が知ったところで佐取に対して何か出来る訳でもないんだ。関係者に俺が異能犯罪の解決を行って来たと知れ渡っている以上、これからも俺が何かしらの標的になる可能性が高い。これまで通り、何かあったら裏から手助けしてくれるという形の方がありがたい」

「…………普通好奇心が先行すると思うんですけどね。そうやって考えられる神楽坂さんはやっぱり大人です」

 

 

 燐香がそう感心したように声を上げたのに対して、「……ただ」と神楽坂は言った。

 

 

「一つだけ教えて欲しい。“顔の無い巨人”と言われていた時代……佐取の異能の全盛期は、どれくらい強力だったんだ? もし、その状態に戻れれば、昏睡状態の睦月の精神を元に戻すことを出来たりはするのか教えて欲しいんだが、どうだ?」

「それは…………」

 

 

 口を噤み、視線を逸らし、明らかに表情を暗くした燐香に神楽坂は少し動揺する。

 「不快にさせただろうか」「聞くべきではなかったか」、そんな事が頭を過った神楽坂の不安とは裏腹に、燐香の顔はだんだんと真っ赤に染まり始めた。

 

 明らかに何かに羞恥心を感じている燐香の変化に、神楽坂はポカンと口を開けてその様子を眺め続ける。

 

 日焼けの無い頬がじんわりとした朱色に染まり、体は小刻みに震えだす。

 羞恥心で熱を持ち始めたのか燐香は目を回し始め、さらには何とか言葉にしようとしたものはあまりにしどろもどろ過ぎて理解が難しい。

 そして、最終的には耳まで赤くして、恥ずかしそうに身じろぎする燐香はようやくぼそぼそと形となった小さい言葉で返答を始めた。

 

 

「その、わ、私の異能は別に強力なものでは……あ、いや、強力は強力なんですが最強無敵で何でもできるようなものではないんですっ。それに神楽坂さんが望む様な治療に特化したものでも無くて、私は応用を利かせて一応治療まがいの事は出来ますけど、それを専門的に行えるかと言われると微妙なところで……か、“顔の無い巨人”なんて大層な名前で呼ばれてたみたいですけど、それは私が特別凄いというよりも察知できる人がいなかったからという相対的に過剰評価された結果でして。精神干渉って傍から見ると分かりにくいっていうのの最たる例ですよね。だから、どんな風に私の悪行が認知されているかは知りませんが、世に出回っているものよりも実際にやらかしたのは大分ましな筈です。あとあと、性質上『精神干渉』のくくりに間違いは無いですが、これは個別の名称と言うには少々齟齬がありまして。その、昔の私は異能の特性の為に自分の異能に別の名称を使用してたりとかしまして。えへへ……厨二病の至りと言いますか……あっ、いや、これはいらない情報ですねっ! えっと、その……今よりも出力とか性質はだいぶ上でしたけど、彼女さんを治療できるかどうかはその状態になってみないと分かりませんが、でもっ、でもっ、多分私の異能の弱体化は治るようなものでは無いので、この線での治療の可能性は薄いと思っていてください!」

「…………あ、ああ」

 

 

 何か、とんでもなく長い台詞をぼそぼそと言われた神楽坂は呆然とするしかなかった。

 というか、伝える気が無いのではないかというレベルの呟きだったので、いくつか聞き洩らしすらある気がする。

 数秒を経てようやく正気を取り戻した神楽坂は、取り敢えず後半になってようやく疑問に答えてくれたのだろうと、考えを後半部分だけにまとめる事にした。

 

 

「……さ、佐取のここまで長い話は初めて聞いた気がするな……いや、そもそも、異能が弱体化しているって、佐取の体は大丈夫なのか……? 以前よりも異能の性能が上昇していて、弱体が治らないっていうのはどういう違いが……」

「それは、その、諸事情がありまして、性能の向上と弱体化の解消は多分別だと思うんです……ま、まあ、呪いとか損傷とか攻撃を受けた結果とかではないので、体の方も大丈夫ですし気になさらないでください!」

 

 

 真っ赤な顔で、バタバタと身振り手振りを加え、もはや涙さえ目に浮かべてそう言った燐香に神楽坂は怯む。

 

 神楽坂としては燐香の異能で昏睡中の恋人の治療が出来るのかどうかを聞きたかったのだが、何やら恥ずかしい過去を想起しているらしい。

 出来る事なら藁にでも縋りたい神楽坂としては、可能性は低くとも何とか模索したいだけに、掘り下げないでくれと懇願する燐香に対してどうするべきかと頭を悩ませる。

 

 そんな神楽坂の様子を察して、燐香はさらにべそを搔き始める。

 

 

「うぅ……もう私調子に乗ってないし、悪いことしてないのにどうしてこんなに過去の事が押し寄せてくるの? やっぱり悪い子には最後までお仕置きが待ってるの……? や、やっぱり最終的には研究機関で実験動物扱いされるんだぁ……」

「わ、分かったっ! 佐取っ、今後異能の性能が向上して治療が出来そうなら言ってくれればいい! 約束だからな! 俺からこれ以上は掘り下げないから!」

 

 

 どんどん暗い方へと思考が傾いていく燐香に、神楽坂は慌てて待ったを掛けた。

 

 別に神楽坂は燐香を苦しめたい訳ではないのだ。

 嫌だと言うのならそれ以上は追及するつもりは無い、そう思い、神楽坂は話を逸らそうと別の話題に絞り出す。

 

 

「そ、そうだ。佐取、先日あった“無差別人間コレクション”という誘拐事件の話なんだが、その時犯人は流通が噂されている異能を開花する薬品を持っていたりなんて――――」

 

 

 そんな風に、別の話題に移ろうとしたタイミングで神楽坂の携帯から着信音が響いた。

 誰かからの電話の音に、虚を突かれた神楽坂と燐香はキョトンとした表情を携帯の方へと向けた。

 

 

「ぐすっ……電話ですか? 私の事は気にしないで取っていただいて良いですよ?」

「あ、ああ。悪いな……柿崎から? アイツから電話なんて珍しい……」

 

 

 燐香の言葉に甘えて携帯画面を見ると、そこに表示されているのは非常に珍しい名前だ。

 眉を顰めながらも通話を繋ぐと、焦ったような柿崎の声が携帯から聞こえてくる。

 

 

『オイッ、繋がったな!? 神楽坂ッ、お前今何処にいる!?』

「ま……待て、柿崎落ち着け。俺は今日休みで家の近くの店にいるが……何があった? 説明できる時間はあるか?」

『時間はあるが……近くにテレビはあるか?』

「ここには……いや、待て携帯で確認する」

『報道番組に変えて見てくれ』

 

 

 喫茶店のテレビなんてどう変えればと思った神楽坂に対して、目の前でぐずっていた燐香が素早く自分の携帯電話を操作し、テレビ画面を表示して神楽坂に見せて来る。

 

 そこに映っているのは混乱する人々の光景だ。

 何処かの現地で状況を伝えるレポーターの焦ったような顔と声。

 下枠に表示された赤文字は、何か大きな事が起こったのだと言うように強調されている。

 そして、現地レポーターの後ろに集まった複数の消防隊員や警察職員、そして多くの負傷者が担架に乗せられ運び出されている阿鼻叫喚の状況。

 

 そんな、最近テレビでよく見る場所が今なお燃える屋敷が背景に映っている。

 何か異常事態が起きているのは間違いなかった。

 

 

「……ここ、人をぬいぐるみにしていた男の家です」

「なんだと? これは、どうなって……?」

 

『爆破されたんだ神楽坂。“無差別人間コレクション”の犯人である男の屋敷が何者かに爆破された。宍戸が、現地に確認に行くと言って数時間もしない内に……今、奴と連絡が取れねェ』

 

 

 愕然と、報道を見続ける神楽坂に柿崎は電話先から告げる。

 

 

『……何か嫌な予感がしやがる。俺はこれから現場に出向くが、宍戸の奴と連絡が取れたらメッセージを入れておいてくれ』

「……気を付けろよ」

 

 

 それだけ言って、通話は切れた。

 通話が切れた携帯を机に置き、神楽坂は顔を片手で覆って、これから自分が何をするべきかを考える。

 柿崎から出された宍戸と言う同期の名前や、神薙隆一郎以降初めてとなる異能犯罪の事件処理に多発している多くの問題、そして現在起きている爆破事件に関して有効な立ち回りを考え。

 

 そんな色んな事に思考を巡らし、今自分が出来る事を考えて頭の中の情報を整理して、神楽坂は一つ思う事があった。

 

 

「……怪我人、そこまで多くなさそうですね」

 

 

 同じように報道画面を眺める目の前にいる少女の酷く落ち着いた様子はまるで、この件が起こることを事前に分かっていたかのようだと、神楽坂は思うのだ。

 

 

 

 

 


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