非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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過去から伸びる手

 

 

 

 

 

 

 今も私の携帯電話の画面に映る阿鼻叫喚の状況。

 怪我人が多く運び出され、今なお燃える家屋もあるのか走り回る消防隊員達の様子。

 多くの警察官が集まり、爆破された家の状況を確かめる者や周囲を囲む野次馬を規制する者に手分けして現場の統制を図っている。

 

 どれほどの火薬量を用いられたのかは分からないが、以前私が侵入したあの広い屋敷が半壊している様子を見るに、生半可な量ではない筈だ。

 目に見える大規模事件に報道陣の興奮が画面越しに伝わってくるし、目の前にいる神楽坂さんは担当でもない筈なのに、携帯でいくつかの場所に連絡を取りながら帰る準備を進めてしまっている。

 

 きっとこれから爆破現場である屋敷へと向かうのだろう。

 

 これが普通の爆破事件であれば、私が出しゃばるような事では無い。

 私だって好き好んで危ない場所に行く趣味は無いのだ。

 

 だが。

 

 

(――――御母様、言われた通り異能の出力感知を東京都全域に張り巡らせていたが現在まで不審な出力を感知することは無かっタ。この爆破の件は、異能とは別のものだと考えロ)

(……やっぱり。ありがとうマキナ)

 

 

 今回の件。

 “無差別人間コレクション事件”からなる一連の、異能を開花する薬品を巡った騒動は実のところ私の予想の内に起きている事だった。

 

 とは言っても、別に私が意図的にこの騒動を引き起こしている訳ではない。

 鯉田さんを含めたぬいぐるみにされた被害者達を助け出すために屋敷に乗り込んだ際、私は正確な場所こそ分からないものの、薬品が屋敷内にあることを何となく予想していた。

 乗り込んでくる警察の目などもあったが、実のところ犯人である男を異能で確認すれば私が警察に先んじて薬品を回収する事は可能であったのだ。

 つまり、今現在起きている異能を開花する薬品を巡った悪意の錯綜を、私は未然に防ぐことが出来た訳である。

 

 では、私はなぜそれをしなかったのか。

 その理由は一つだ。

 

『日本における異能犯罪を私が未然に制圧しすぎて、他国に比べて国家として異能犯罪に対する対応が出来上がっていなかった』というもの。

 

 先の、鯉田さんという被害者に付き添う形で交番に助けを求めた時、その事を私は実感させられた。

 

 現象の説明、被害者が実際にいる状況があり、そして助けを求める者がその場にいた。

 私と鯉田さんが警察に駆け込み助けを求めたその時の状況を前にしてもなお、交番の警察官は私が悪ふざけで適当な事を言っていると判断したのだ。

 

 最初から私は期待なんてしていなかったけれど、ただの事件の被害者である鯉田さんは絶望していたし、取り合ってもらえなかった事に助かる希望を失い掛けていた。

 異能と言う超常の犯罪が身近に起きているという認識が足りない。それが、異能犯罪に対するこの国の現状だったのだ。

 

 マキナから伝わる他国の情報は、世界各地で発生している異能犯罪がいかに手に負えていないかというマイナス面だけの情報だけではない。

 発生している異能犯罪を解決した経験や日常の隣で起きているという人々の認識。

 それらが積み重なり、多くの被害こそ出ているものの、個人の自己防衛意識や警察組織の対応意識が非常に高くなっているという情報がもたらされていた。

 異能犯罪に置いて、平和な日本とその他の国の差が明確に浮き彫りになったのだ。

 

 私が未然に事件を制圧する、それが何の犠牲も出さない最善の方法なのは確かだ。

 

 マキナという情報の覇者を駆使して、裏から社会を操作することで成し得る平和。

 だが、それを続けて出来上がるのは、やり方は違えど中学時代の私がやっていた事と同じなのだ。

 

 だから私は今回、異能開花の薬品をあえて放置する選択をした。

 警察が回収する手筈となったその薬品が今のこの国でどういう経路を辿る事になるのか、私はそれを傍観する立場を選んだのだ。

 

 つまり私は、その経緯次第では傷付く人が多く出てくるだろう事は分かっていながら彼らを見捨てた訳だ。

 

 

(……この映像に映っている怪我人達は、私が見過ごさなければこんな怪我を負う事も無かったんだよね。正直申し訳なさはあるし、これで死者が出ていたら後味は悪いけど……私は別に意図して誰かを傷付けた訳じゃ無いし……)

 

 

 この件は私の責任……なんて言う殊勝さを私は持ち合わせていない。

 私は悪意を持って誰かを傷付けた訳でも無いし、怪我をした人達はあくまで自分の身を守れなかっただけの人達だ。

 彼らの怪我の責任はこの件を悪意を持って引き起こした犯人にあり、その悪意に晒されるしかなかった能力不足の本人達にある。

 そんな分別くらい、幼少の頃から他人の心を視る事が出来た性格の悪い燐香ちゃんが持っていない訳が無いのだ。

 

 ……けれどまあ、だからと言って。

 誰かがただ傷付く様子を見るのは性格の悪い私だって流石に気が引けるものではある。

 

 介入せず傍観するなんて考えてはいたが、屋敷丸ごと爆破するなんて大きな事は、流石に私としても想定外。

 であれば、今後の動きを予想する上でも、この件で動くだろう神楽坂さんに付いて行って近くから様子を見るのも必要な事のような気がする。

 

 

「ここの支払いはしておくから佐取は自分のタイミングで帰ってくれ。何か佐取の手が必要な時は連絡する。この件は想像以上に大事だ。屋敷一帯を爆破するなんて言う凶悪な奴は、何をしてくるか分からない。佐取もくれぐれ外出は控える様に……」

「んぐんぐぐっっ! ぷはっ……いえっ、私も付いて行きます!」

「……いや……」

「全部飲み物飲みました! 駄目と言われても後ろからこっそり付いて行きます!」

「……いや、危ないから……」

 

 

 やんわりと断ろうとする神楽坂さんに私はひたすら食らい付く。

 そうして私は神楽坂さんに半ば無理やり引っ付いて行く形で、喫茶店を後にしたのだ。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 過去の未解決事件の一つに『北陸新幹線爆破事件』というものがある。

 この事件の詳細は酷く簡潔であり、運行中だった新幹線が爆破させられ、当時の乗員乗客から多くの死傷者を出したというものだ。

 

 死者48名、負傷者181名。

 戦後最悪の事件の一つとして数えられる程、大規模かつ多くの被害を出したこの事件は結局犯人が見つかることが無いまま幕を閉じた。

 

 動機も目的も不明で、犯行後も声明のような物は出されず犯人像も分からない。

 唯一判明したのが使用された爆弾であり、TNT爆弾と呼ばれる、軍用としても重宝されるようなものであり、諸外国ではテロに使われる事があるものだという事だけ。

 結局何の解決も見せなかったこの事件は、警察の捜査や国防に置いて歴史的な汚点として、20年近く経つ今も語られるほど世間を騒がせた。

 

 というのが、前提としての話だ。

 

 

「……“北陸新幹線爆破事件”の犯行と同じだと? だが、あれはもう20年も前の事件だぞ……?」

「あくまで、ネットでそう言っている人がいると言うだけの話ですけどね。ただ確かに、過去に学校で見た映像資料で見た“北陸新幹線爆破事件”の被害状況と今回の被害状況には似たものを感じますね。爆発規模も随分似通っていて、当時の事件を知る者がわざわざ似通わせたと言う方がしっくりくる程です。見て下さい」

 

(――――間違いなイ。衛星からの映像も確認したが、使用された爆薬や規模が同じ、同一性は84%を超えるゾ。これは、同一人物かはともかくとして、模倣している可能性大)

 

 

 愕然とする神楽坂さんを余所に、私は自分の携帯電話に届けられた映像を確認する。

 過去の資料として残っていた“北陸新幹線爆破事件”と今回の“無差別人間コレクション事件”の犯人宅の爆破後の映像。

 マキナが酷似する状況だとしてインターネットから拾ってきた資料だが、私が差し出した画像を見た神楽坂さんも、「確かに……」と頷くほどに似ている部分がある。

 勿論、細部についてはどうしたって画像や映像から読み取れるものに限界はあるが、機械的な目で見る事が出来るマキナが、同一性があると言うのならきっとそうなのだろう。

 

 だが、似ている部分があると言うのはあくまで情報の一つで、その部分だけで解決できる問題でもない。

 

 

「これの犯人は……20年前の未解決事件と同じ人物だと思うか?」

「思いません。これまでの20年間何もしなかった人物がそれだけの期間を空けて今更、新幹線とは関係の無い犯罪者の家を爆破するなんてどう考えたって関連性は薄いと言わざるを得ないからです。けれど私の知る限り、最近小さな爆発騒ぎがあったという話も聞かないので、まったく爆弾について無知の素人が今回の爆弾を作り出したとも思えない。そして過去の事件との酷似性をわざわざ犯人は持たせている……」

「……つまり、異能か?」

「それは先走り過ぎです神楽坂さん」

 

 

 神楽坂さんの疑問をそう切り捨てて私は考える。

 

 勿論20年前の件が異能であって今回が模倣である事も、今回の件が異能での模倣で20年前のものが技術的なものによる事も、どちらも可能性としてはあるだろう。

 ただ、先程言葉にしたように20年前の事件の犯人と今回の犯人が同一の可能性は低い。

 

 異能が関係する事件であるならコストなど必要とせず爆発を起こせる訳だから、過去の未解決の事件を異能で引き起こしたのなら何も得る物が無いまま犯行を止めたのは解せない。

 今回の件が異能で行われたのであれば(+マキナの監視網を掻い潜る形で)、その異能を一度も試さないままここまで大きな事件を引き起こし、さらには過去の事件に類似させる意味が分からない。

 

 現在国内で流出している異能開花の薬品。

 過去の未解決事件と今回の爆心地となった場所の関連性。

 今回の爆破事件に巻き込まれた神楽坂さんの同期の宍戸という人の存在。

 

 色んな要素を頭で繋いで、出た結論は一つだ。

 

 

「――――ぜんぜんなんにもわからないや。情報が足りないです神楽坂さん」

「…………だろうな。俺も佐取にそんな無茶を期待していた訳じゃないが……いや、正直に言うと少しだけ期待してしまっていたが、完全な蚊帳の外にいる俺達の状況では何も分からなくて当然だろう。俺だってまだ何も分からない」

「わ、私に期待されてたんですか? ……もうちょっと考えるので待ってください!」

「い、いやっ、情報が足りないのは確かだろうっ? せめて先に情報の収集をしてからにしよう佐取?」

「そうですね!」

 

 

 そんな会話をしながら、私と神楽坂さんは現場である屋敷に辿り着いた。

 

 数駅を経由したこの場所に来るまでに結構な時間が掛かった筈だが、未だに規制線は張られているし、その場所に立つ警察官の数も多い。

 それどころか、先程の映像よりもさらに多くの報道各社が殺到している状況に、一般人の私はともかく、管轄ではないにせよ同じ警察官の神楽坂さんですら、立ち入れるような状況で無かった。

 

 

「……さて、取り敢えず来てみたは良いが、現場の奴らの邪魔をする訳にもな」

「わぁ、凄い人だかりです。当然ですけど、中には入れなさそうですね」

 

 

 報道されたことで野次馬も増えたのか、もはや私の身長では壊された屋敷の様子すら見る事は叶わないほど人が集まっている。

 神楽坂さんが肩車するかと提案をしたが、流石に子供ではないのでと断った。

 どうせ見えても見えなくても分かることに違いは無い。

 

 だが、私が一応の努力としてぴょんぴょん跳ねて中の状況を覗こうとしている姿に思う所があるのか、神楽坂さんは軽く頭を掻きながらこんなことを言い出す。

 

 

「……最初から中に入るつもりなんてなかったさ。ただ実際に状況を見たかっただけだ……だから言っただろう。別に着いて来ても意味なんて無いって」

「む。分かってないですね神楽坂さん。私の神楽坂さんを心配する気持ちはそんな理屈どうこうじゃないんですよ。分かってますか? これまで私が傷だらけの神楽坂さんを見てきた回数。私が目を離した隙に怪我をするんですから、こうして付いて来ているんです。まあ? 神楽坂さんが異能とかを手に入れて自衛できるようになったらもうちょっと合理的に動くんですけど?」

「ぐっ……!? さ、佐取のその指摘は耳が痛いが……だ、だがな……」

 

 

 そんな軽い言い合いを始めた私達だったが、爆発現場に興味津々の周りの野次馬達は、私の異能による阻害もあってまるでこちらに気にする素振りも無い。

 私達がどれだけこの場で騒いでも、野次馬である彼らは音で私達を認識する事は無いだろう。

 

 だが今回の場合、音に異能の阻害は掛かっていても視界での認識は別となる。

 

 

「――――君は……?」

 

 

 人垣の後ろで野次馬と化していた私達。

 そんな私の背後から掛けられた息を呑む音と動揺した声。

 なんだか嫌な予感がしながら私が振り返ると、そこには以前見た一人の男性が立っていた。

 

 

「衿嘉の、就任祝いの時の……」

「げ……言い掛かりおじさん……」

 

 

 袖子さんのお父さんの警視総監就任祝いパーティの時に、毒殺を企てた剣崎さんがパリッと糊の付いたスーツを着こなして立っている。

 いかにも出来る男風の壮年のこの男性は、振り返った私の顔を見るなり、隣にいる付き添いの人が動揺するのも放置し、私だけを凝視しみるみる顔を青くして額に汗を滲ませていく。

 

 まるで悪魔を見たか弱い被害者のような反応。

 こんな幼気な少女に対してなんて反応をする人なんだ、と思う。

 神楽坂さんに変な勘違いされたらどうするんだ。

 

 

「――――剣崎局長っ!? この場で何をされているのですか!?」

「き、君は……氷室署の神楽坂上矢君、だったかな?」

「私の名前を覚えておられるのですか……?」

「ああ、非常に優秀だと聞いているよ。いずれ話してみたいとは思っていたが、まさかこんな場所で会う事が出来るとは思わなかった……」

 

 

 だが一方で、隣にいた神楽坂さんがその男性を見て驚愕を露わにしていた。

 局長、というのがどの程度偉いのかよく分からないが、私にとって頼れる大人の神楽坂さんが、これまで見たことも無いほど緊張し丁寧な態度を見せたことに動揺してしまう。

 

 考えてみれば、現在警察トップの袖子さんのお父さんと昔からの深い仲であるなら、それ相応の役職に就いているのは当然の気がする。

 最初はめんどくさい人に会ってしまったと思っていた私だったが、神楽坂さんの緊張が伝播して、思わず姿勢を正してしまった。

 

 ……いや、姿勢を正してしまったが、この人の役職はただの一般人の私には関係ないどころか、この人は私に対して借りと呼べるものがあるくらいである。

 私が緊張するのはおかしい気がする。

 

 

「私は今回の件の現場確認をするために来ただけに過ぎないが……その、神楽坂君、隣の、その、お嬢さんとはどういった関係か教えてもらっても良いか?」

「こ、この子は――――」

 

 

 見るからに動揺している神楽坂さんの言葉を遮るように、私は口を開く。

 

 

「――――神楽坂さんは私の親戚のおじさんで、今日は親が出かけるので面倒を見てもらっていたんです。いつも私のおじさんがお世話になっております。お久しぶりですね、剣崎さん。お元気そうで何よりです」

「う、む……あの時は、世話になった」

「あの時……? 佐取、いったいどういう関係で……?」

「きょ、局長? お知り合いでしょうか? 近くの警察署の応接室を手配して時間を設けられますか?」

 

 

 付き添いの人の提案に、思案するように顎に手を当てた剣崎さんが窺うように視線を向けて来たので、私は首を横に振って拒否をする。

 

 何が悲しくてこの人と密室で会話なんてしなくてはいけないのか。

 この人とわざわざ会話する為に神楽坂さんに付いて来たのではないし、そもそも大事件が起きた現場が目の前にあるのだからそちらの仕事を優先して欲しい。

 

 そんな想いから、私は神楽坂さんに隠れるような立ち位置にスッと移動した。

 

 

「あー……すいません、この子人見知りでして。今日は色々喫茶店で好きなものを食べさせていたんですけど、この爆破の件で現場の確認をしたいと私が無理を言ってですね」

「なるほど……であれば、良かったら私と一緒に現場に入ってみるかね? 勿論、佐取さんも一緒に」

「現場に……? いやしかし、私の管轄ではありませんし、一般の子を入れる訳には……」

「神楽坂君のこれまでの実績を考えれば問題無い。むしろ数々の事件を解決している君の視点から事件を見てもらえたら、今回の件の担当となった私としてもありがたい。君の見解を聞けるのなら、身元の分かっている一般の子供一人私の責任で現場に入れる事は大したことではないさ」

 

 

 なんて、とんでもないお誘いを神楽坂さんが受け始めてしまった。

 神楽坂さんの出世街道的には当然この誘いには乗るべきだろうし、ここで結果を出せれば神楽坂さんの今の冷遇状況は大きく変わりそうではあるが……どうなのだろう。

 

 神楽坂さんが本当に嫌なら以前の出来事を盾にこの人を黙らせる気満々なのだが……と、私がキョロキョロと二人の顔を窺っていると神楽坂さんは申し訳なさそうに私を見遣った。

 

 

「……それでは、現場に入らせていただきます。佐取、これを上に着てくれ」

「わぷっ……!?」

「俺の上着だ。清潔にしているし臭くは無いつもりだが……周りの目があるからな。せめて中に入るまで我慢して着ていてくれるとありがたい」

「べ、別に私は神楽坂さんの事臭いと思った事無いですよ!? ……でもじゃあ、お言葉にお甘えてお借りしますね」

 

 

 これだけの野次馬や報道の中、渦中へと入っていくのなら否応なしに注目される。

 フード付きの上着は完全に大人の男物で私の体躯にはまったく合っていないが、せめてこれくらいの変装は必要だろう。

 神楽坂さんが現場を見たいと言うのなら私から拒否するつもりは全く無いので、ついでに私も鞄からあらかじめ準備していた変装用の伊達眼鏡を取り出し装着しておく。

 

 後は髪をそれっぽく纏めれば、あっと言う間にボーイッシュ眼鏡少女の完成だ。

 というか、知らない人が見たら背の小さい男に見えるかもしれない。

 

 そんな私の変わり様を見た剣崎さんが、何かを思い起こすような表情になる。

 

 

「あの時も思ったが……佐取さんは随分と視野が広いんだな」

「へっ、いきなりなんですか。そんなお世辞はいりませんよ。というか、剣崎さんはあれから大丈夫だったんですか?」

「……ああ。今の俺を見てわかるだろうが職を失う事も無く……家族も無事だった。自分でも未だに信じられないが、俺は何も失う事が無かった。結果的に、だが。君が俺を止めてくれなければ、俺は何もかもを失っていただろう……ありがとう」

「何のことか分かりませんね。まあ、良かったんじゃないですか?」

 

 

 剣崎さんのお礼に対して適当に返答した私は、顔が隠れる様にフードを深く被る。

 私としては、警察内部の異動に興味など無いし、剣崎さんの家族状況など知る由も無い話だ。

 だからそれについてどうこう言うつもりは微塵もなかった。

 

 そんな私と剣崎さんの会話は、この場では私達本人しか分かるようなものでは無い。

 私にその時の事件を軽くしか説明されていない神楽坂さんが動揺するように私と剣崎さんを見比べ、剣崎さんの付き添いの人が瞬きを繰り返してどう対応したものか迷っている。

 私としては神楽坂さん達を混乱させるのは本心ではない。

 これ以上の会話はするつもりが無いと言うように顔を背けてやれば、それに気が付いただろう剣崎さんも、もう一度だけお礼の言葉に口にしてから口を噤んだ。

 

 私とこの人の関係なんて、この程度で良いのだ。

 

 野次馬の人垣を潜り抜け、規制する警察官の横を通り、現場の検証をしている多くの警察官達に挨拶を受けつつ、屋敷の中まで辿り着く。

 

 邪魔をするどころか、案内まで開始しそうな警察官達の態度に驚いたが、完全な縦社会というのはこういうものかと実感する機会となった。

 当然だが、鯉田さんと助けを求めた交番の警察官の態度とは天と地ほどの差があるのだから酷い話だ。

 

 高級官僚に並んで歩く私に警察官や救急隊員が不審そうな視線を向けてくるのを感じて、落ち着かないながらも私はさらりと周囲を観察する。

 

 

(……以前は暗くて家の中を詳しくは見れてなかったけど、確かこの辺りの窓から侵入したんだよね。窓や部屋が完全に吹っ飛んでるから確信は無いけど……多分)

 

 

 物の焼けた匂いや破壊された建物の状態。

 二階部分が完全に消失しているのを見るに、爆発は二階で起きたのだろう。

 そんな風に、私がこそこそ侵入した時との違いを頭の中で思い描きながら、爆破の範囲と規模を何となく予想していく。

 

 

「――――なるほど。今回の件、君は異能が関わっているとは断定していない、と」

「……はい。そうですね。まだ情報が出揃っていないのもありますが、異能による爆発だという確信は持てていません。明確な根拠はありませんが……そうですね。これまでの異能の関わる事件とは違う気がします」

「卓上で話を聞いただけでは異能という力が働いた事態かと思っていたが……やはり現場の人間に話を聞けて良かった。衿嘉に無理を言って現場に来た甲斐がある。神楽坂君、もう少し話を聞かせてくれ」

 

(神楽坂さんは大変そうだなぁ、私はあんな風な対応なんてやりたくないや……それはともかく、この犯人の目的は本当に何だろう? なんでわざわざこの場所を爆破したんだろう? 物証の破壊、愉快犯、狙った相手がいた……うーん? 目的がはっきりしなくて気持ち悪い……)

 

 

 そうやって、会話する神楽坂さんと剣崎さんを先頭にして荒廃した屋敷を進んでいけば、辿り着いたのは、数少ないはっきりと建物の形が残っている食堂だった。

 中には先に来ていた警察の捜査官達が多くいて、食堂の隅々に広がって散らばった物の確認を行っている。

 

 そして、そんな中にいた一際大きな体躯の男性とその隣にいる綺麗な女性が、部屋に入って来た私達を見た。

 

 

「神楽坂? テメェ、なんでここに来やがった。宍戸の所在確認を任せ……」

「神楽坂先輩? えー、こんなところで会うなんてぇ……剣崎局長……?」

 

 

 柿崎という鬼の人と、私も見知っている飛鳥さんの二人だ。

 神楽坂さんの姿を認めたその二人は猛烈な速さで反応するものの、隣にいる剣崎さんの姿を見て言葉を止めた。

 

 というか、二人とも一瞬真顔になった気がする。

 どう見ても剣崎さんレベルの偉い人が来てめんどくさい事になったと考えたのが見え見えである。

 

 こんな二人が同じ部署でやっているとか本当に大丈夫なのだろうか。

 そして当然私が気付くようなことを気が付かない訳も無く、剣崎さんは先程話していた時よりも少しだけ声質を低くして声を掛ける。

 

 

「……約束も無く来て悪いな」

「いえいえ! ご覧の通り有力なものは何も出て来ていませんが宜しければどうぞ! とは言っても私はこの捜査の責任者では無いんですけれども☆ 柿崎さん☆」

「あァ。では剣崎局長。現在までの判明事項を説明します。こちらに」

 

 

 何とか誤魔化し、説明の為に剣崎さんと付き添いの人が鬼の人に連れられて離れていくのを見送った飛鳥さんがこちらにやって来た。

 先ほどまでのキリリとした顔からニヤーとした悪戯っぽい笑みへと表情を変えた飛鳥さんが、顔を引き攣らせた神楽坂さんに擦り寄っている。

 

 忙しいと言っていた割にちょっかいを掛けに来るとか、意外と暇なのだろうか。

 

 

「なんですかぁ、神楽坂せんぱぁい☆ やっぱり異能の関わってそうな事件は気になっちゃいました? 私が神楽坂先輩をウチの部署に引っ張ってあげましょうか? わ・た・し・の、直属の部下ですけど☆」

「……いやいい。お前の部下になるのはしんどそうだ」

「えー、神楽坂先輩だけ暇してるのはズルっこいですよ! 一緒に苦労しましょう? ね?」

「そんな誘い文句があるか馬鹿。誘うならもう少し口上を勉強しとけ」

「ちぇ……アレ、見たことない人がいますね? この人は……」

 

 

 一通り神楽坂さんに絡んでいた飛鳥さんがようやく変装状態の私に気が付いた。

 外行きの表情を張り付けた飛鳥さんに、私は神楽坂さんが何か言う前に口を開く。

 

 

「初めまして、山田沙耶です。今回は剣崎局長の付き添いとしてこちらに来ています」

「あ、これはご丁寧に。飛禅飛鳥と言います☆」

「…………」

 

 

 何か言いたそうな神楽坂さんの視線を横顔に受けながら私は挨拶をする。

 猫被り状態の飛鳥さんとか、私に対しては絶対に使わない仮面なのでこの機会は貴重だ。

 

 フードをしっかりと被りつつ、マキナに周囲の電気関係の検知と危険が無いように完全遮断の指示をして、私はどうせならともう少しこの機会を楽しむことにする。

 

 

「そのぉ、山田さんはどういった役職で今回こちらに……?」

「剣崎局長と山峰警視総監のブレーンとして普段は働いています。今回の件は、お二人から特別に要請を受けた形でこの現場まで来ました」

「ぶ、ブレーン……? そ、そんな役職聞いた事無い……で、でも神楽坂先輩と剣崎局長に実際に付いて来てたし……」

「自己紹介はこれくらいで。今回の件、妙な部分が多すぎます。そうは思いませんか?」

 

 

 どうせすぐにバラすのだから出来る限り大きな嘘を吐いてやろうと、適当な事を自信満々で言っていく。

 

 気分は先日たまたま見た刑事ドラマの女優、神崎未来だ。

 動揺する飛鳥さんに対して、私はウキウキしながら適当に思い付いたことを口にする。

 

 

「まず一つ目、犯人がこの場所を爆破するメリットが存在しない事です。誰もいないと分かっている場所、しかも警察の捜査がされている場所をわざわざ爆破するなんて自分を見付けて欲しいと言うような愚行。大きな目的が無ければ相当の馬鹿以外こんなことはやりません。ですが、今回の爆破は規模としては大きく爆弾の質が高い事が窺える、それなりの力を持っていなければそんな爆弾は入手すら不可能」

「は、はぁ……」

「二つ目、この建物の破壊状況。目的が物証の破壊であるならもっと粉微塵になるように爆弾を設置する筈です。現場を軽く見ましたがどうやら爆発は二階部分で起きているような状況ですね。二階部分は入念に破壊されていますが、この食堂のように部屋の形がしっかりと残っている場所もある。どうにもちぐはぐで、どうにも意図が感じ取れる。まるでわざわざ残る場所を選別しているよう」

 

(……何この人、怖いんだけど。ウチの組織にこんなヤバそうな人いたの?)

 

「……そして、三つ目」

 

 

 未だに私の正体に気付けない飛鳥さんの失礼極まりない思考を読み取って私はちょっと冷静になる。

 これ以上は流石に仕事の邪魔になりそうだし、そろそろオチを付けて種明かししようと高級そうな台所マットが敷かれている場所に移動した。

 

 それを丁寧に手で捲り、その下に隠されていた床下収納に手を伸ばしながら私は言葉を続けた。

 

 

「この爆破事件はメッセージ性が持たされている。過去の未解決事件、“北陸新幹線爆破事件”の爆破規模とほぼ同じように爆破されているこの事件は、犯人が何かしらのメッセージを私達警察に伝えようとしてる事に他なりません。ですが、最大限のメッセージ性を残すなら、この程度では足りないでしょう。つまり犯人の目的はまだ達成されておらず、これから達成されると考えられます」

「……なにを、言っているの?」

「異能が関わる事件の一環として、警察の偉い人がこの場に集まりましたね。わざわざ選んで爆破から残された、この場所に」

 

 

 そう言いながら、何も入っていないで盛大に失敗するオチを目論んだ私が、自信満々で床下収納を開く。

 

 

「爆破の範囲を絞り一回目の被害を二階だけに収める事で、一階の無事な場所に集まった警察関係者達を二回目の爆破で襲撃する計画。それがこの犯人の真の目的――――なんちゃって☆ …………あれ?」

 

 

 私が開いた床下収納に、何か黒い、配線が一杯繋がった箱のような物があった。

 不気味な黒いその箱はつい最近まで精密に手入れされているのか、オイルのような匂いまで漂っている。

 デジタル表示の画面が小さく付いた、不気味なよく分からない黒い箱。

 

 というか、もう完全に爆弾だった。

 

 びしりと固まった私に、マキナから声が掛けられる。

 

 

(御母様! 周囲にあった電気関係を根こそぎ停止させておいたゾ! どんなものがあったか結果報告して良いカ?)

 

 

 私の目前にある爆弾がピクリとも動いていないのを確認し、呼吸すら止めて私を見る飛鳥さんと神楽坂さんを確認し、周囲の他の警察官達が私をガン見している事を確認した。

 それらを確認し終えた私は手に持った床下収納の蓋をゆっくりと閉めて溜息を吐いた。

 

 私は、何も見なかった事にした。

 

 

 

 

 

 


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