非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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日本警察が誇る『ブレーン』山田沙耶の事件簿始まります(嘘)


研がれた牙

 

 

 

 

 

 

 

 その人物は囮とした屋敷に野次馬や報道、救急隊。そして本命の標的である警察官達が入っていくのを見届け、自身が仕組んだ計画が順調に進んでいる事を確認していた。

 

 全てが想定通り、何もかもが考えていた通りの状況。

 後は標的である警察官達が、計画通り爆破から残された建物の部屋に集まったタイミングで手の中にある携帯から自身が仕掛けた爆弾へと信号を送れば、目的は達成される。

 

 多くの野次馬や報道陣の前で、隠し様の無い凄惨な爆破事件が執行されるのだ。

 

 

(一度目の囮の爆発は試験的な意味合いもあったがそれも問題なくクリアした。遠目で目視は出来なかったが、通信傍受によってあの場に警察の官僚の剣崎局長が入っていったのも確認済み。当初の想定とは違うが……むしろこれは嬉しい誤算だ。普段現場に行かない官僚なんて、現場に数分留まれば良い方。迷っていられるような時間は無い。後はこれを押すだけ。これを押すだけで大きな一歩を踏み出せる筈だ)

 

 

 ゴホッと咳をし、手に付いた自身の血を適当に捨てて、その人物は手の中にある起爆画面を見つめる。

 

 過去の、“北陸新幹線爆破事件”という忌まわしき事件を模倣した自身の所業。

 爆弾という凶器を、当時の事件にこれでもかとばかりに似せるように作り上げ計画した今回の犯行。

 入念に調べ上げ、持てる力を全て注いで準備をして、その上で決行した今回の件。

 失敗も、未然に防がれることもあり得ない。

 

 何故なら彼らの能力不足を、誰よりも自分が理解しているからだ。

 

 今回の事件の意図に気が付く人がどれだけいるのだろう。

 この類似性に気が付いてくれる人がどれほどいるのだろう。

 そんな人はきっといないのだろうという諦観と共に、その人物は腕時計の時間を確認する。

 

 

(……時間だ)

 

 

 タイミングは今だ。

 そんな長年の経験により培われた自身の感覚を微塵も疑うことなく、その人物はもう一度だけ標的である屋敷に視線をやった。

 

 地獄絵図となるだろう光景を目に焼き付けるために、瞬き一つすることなく彼は手の中の引き金を躊躇することなく引いたのだ。

 

 だが。

 

 

「……なんだ? どうして反応が無い?」

 

 

 野次馬と報道、警察官による規制が張り巡らされた屋敷。

 何時まで経っても変化が訪れないその光景に、その人物が動揺したように手の中の携帯画面から正常に信号を送信出来ている事を確認し、受信側の爆弾に何かしらの問題があったのかと考えたところで。

 

 通信傍受していたイヤホンから、焦ったような警察官の報告が流れた。

 

 

『ば、爆弾がっ、床下の収納から爆弾が発見されました! 縦横およそ80㎝、高さ50㎝の大型の爆弾です!』

 

「もう見つけただと……? いや、たとえそうであっても、爆弾の停止などこんな短時間では専門の者でも不可能な筈……一体、なぜ起爆しない……? ありえない。この爆破を未然に防止できるなんて、人間業じゃない……」

 

『原因は分かりませんが発見した爆弾は起動状態に無い模様です……い、一旦現場から退避して専門の部隊が到着するのを待ちたいと思います!!』

 

 

 通信先から聞こえる喧騒に、パニックを隠し切れないこんな奴らがこれほど短時間で正確にあの爆弾を処理できるはずが無いとその人物は判断する。

 最初の爆弾と全く同じ調整を行った二度目の爆弾だけが不発になるなんて非常に考えにくかったが、現にこうして不発になっているのであればそう考えるしかないだろう。

 

 

(……爆弾に不手際があった、か。こんな短時間で爆弾を発見し解除できるような幸運が重なると考えるよりも、ずっとそっちの方が可能性は高い)

 

 

 誤算を正確に認識するよう努め、冷静に感情の揺らぎを抑え込む。

 

 この計画は、多少の不測の事態があっても補える代案をまだ用意してあるのだ。

 

 状況は最悪ではない。

 だからこそ、計画の変更を余儀なくされた事に少しだけ焦燥を覚えたが、憤りを感じることは無かった。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 ブレーン、ブレイン、頭脳、相談役、知的指導者。

 その役職に対する呼び名は色々と存在するが、表向きの顔として神輿に担がれた政治家や官僚、会社のトップを裏から補佐あるいは支配さえ行う事もある、組織の影に隠れた実力者。

 その者達に求められる役割は国や地域、その組織によって様々だが、現在日本の警察において求められたのは、圧倒的な知力と絶対的な危機察知能力だった。

 

 “ブレーン”。

 異能犯罪に対応するために設立された警視庁公安部特務第一課とは異なる目的として運用されるそれは、少し前に日本警察が秘匿で作り上げていた一つの役職である。

 

 過激化する世界の異能による犯罪、異能が表立って認識されるよりも前の、凶悪化が著しかった犯罪情勢に危機感を抱いていた組織の背景。

 未解決事件の頻発で信頼が失われ始めている事に強い警戒を見せていた日本警察の上層部が苦渋の決断のすえ、凶悪な事件の数々を解決してみせた極めて卓越した才覚を持つ少女に対して協力を要請した。

 

 そうして出来上がったのが、『日本警察のブレーン』山田沙耶(やまだ さや)なのだ。

 警視庁警視総監や刑事局長にすら頼りにされる彼女の輝かしい事件解決の記録はここから始まっていく。

 

 

 

 ――――なんーて、そんなことはある訳がない。

 

 ぜんぶ私のでっちあげである。誰が信じるかこんなもの。

 

 

 

 

 私があの場で待機状態の爆弾(マキナによって解除された)を見付けた事で、剣崎さんを筆頭とした多数の警察官を狙った二次的な犯行、爆破未遂事件は未然に防がれることになった。

 

 これ以上の新たな負傷者が出なくて私としても満足の結果である。

 誰よりも活躍した天才少女燐香ちゃんは皆に感謝されながら後の事を神楽坂さん達に任せる形で、やりきった感を滲ませながら帰宅の途に就いたのだった。

 

 …………なんてまあ、当然私にとってそんな上手く事が進む筈も無い。

 

 あの後は、絶叫も絶叫、即座に怒号が飛び交い、私が見付けた爆弾が完全停止しているのを確認するまでは、警察官が一杯いるあの現場は混乱の渦に叩き込まれたのだ。

 

 だがまあ、それは当然だろう。

 だって今の科学技術(世に出回っていないのは知らないが)では爆弾なんて『触らない』が対応としては何よりであるのに、突然来た訳の分からないチビが思い切り爆弾の蓋を開けてしまったのだ。

 爆弾の種類によっては、開けた瞬間ドカンもある訳だから、それはもう事情を知る周りの警察官達は生きた心地がしなかっただろう。

 

 とはいえ私だって考えなしにそこら辺の収納を開けたわけではない。

 元々現場に爆弾が残っているとしたら“北陸新幹線爆破事件”の時に使用された爆弾と同じ物の筈だから、遠隔で起爆するタイプの爆弾だとは分かっていた。

 だからこそ、どうせ触るだけでは爆発はしないだろうと予想した上で、不用意に一回目の爆破から一番離れた床下収納を開けたという、一応、自分なりの予防線は引いていたのだ。

 だが、まさかこんな……当てずっぽうが的中するとは思わなかった。

 

 結果的に、保険としてあらかじめマキナに残っている爆弾の探知と解除を指示していて本当に良かった。

 一つ間違えれば私なんて抵抗の余地なく吹き飛んでいた可能性もあるのだ。

 せっせと電気の流れを遮断してくれたマキナには感謝しなくてはいけないと思う。

 

 そして、爆弾が停止していると分かったその後。

 柿崎という鬼の人や剣崎さんと言った強面達にはガン見され、周りにいた警察官達からは大きく距離を取られ、神楽坂さんや飛鳥さんには逆に逃げ出さないよう捕まえられた。

 そしてそのまま、飛鳥さんに正体がバレた私はガッチリと腕を掴まれ、警察署へ搬送されることになったのである。

 

 つまり今現在の私は飛鳥さんにガッチリ捕まり搬送され中。

 飛鳥さんに身分を騙った罰とはいえ、爆弾を発見した功労者である筈なのに、扱いはもう完全に犯罪者だ。

 

 天才は周りから理解されないというが、こんなにも悲しいものであるとは思わなかった。

 

 

「うぅぅ……ち、違うんですぅ……わ、私は神楽坂さんと偶々一緒に居ただけで。飛鳥さんのお仕事を邪魔する気なんてなかったんですぅ……猫被ってる飛鳥さんが面白くてちょっとからかいたくなっちゃっただけなんですよぅ……」

「全然何言ってるのか分かりませんね☆ 身分を偽装した山田さん? ブレーン(笑)って何ですか? そこら辺のお話を詳しくお聞きしたいんですけども山田沙耶さん? 山峰警視総監に直接お聞きして見ても良いですかぁ?」

「うぶぶぅ……ご、ごめんなさいぃ……」

 

 

 いつかのように辿り着いた警察署の中に、半ば引き摺られるように連行される涙目の私。

 

 以前のビラ配りで連行された時とは違い、今回は氷室警察署よりももっと大きく、人も多い警視庁の警察本部とかいう場所に連行されてしまったのだ。

 色々と飛び越え、気分はもう刑が確定した囚人である。

 

 いっそ異能を全力行使して逃げ出そうかとも思ったが、その後の飛鳥さんや神楽坂さんが怖いので、結局私は大人しく沙汰を待つしかない。

 ぐすぐすと顔を神楽坂さんから借りている上着に埋めて大人しく連行されれば、私は飛鳥さんに警視庁の使われていない部屋に放り込まれた。

 

 

「――――そんな感じで取り敢えず、この子にはここで待っていてもらうから、話が進展したら呼びに来てくれ」

「あァ……神楽坂テメェの親戚の子、ちゃんとフォローしとけよ。休みの日にこんな事に巻き込まれてよォ。テメェがあんな場所に連れてこなけりゃあ……まあ、そのおかげで爆発前の爆弾を見付けられた訳だが……」

 

 

 私を至近距離からじっと観察する飛鳥さんに怯えている内に、何やら鬼の人と話をしていた神楽坂さんが話を終わらせ部屋に入って来る。

 そして近くの自動販売機で買って来たミルクティーを私の前に置いて、取り敢えず飲んどけと私を落ち着かせるように勧めて来た。

 

 

「ほら、今回佐取は悪い事をした訳じゃ無いから安心しろ。あくまで第一発見者になったから、話を聞く可能性があるからここで待機してもらっているだけなんだ。周りを見て見ろ。前に取り調べした時とは全然部屋の内装が違うだろ? ここは応接室みたいなところだから、大丈夫だから」

「うぅ……神楽坂さん優しい……ありがとうございます……」

「へぇぇ、神楽坂先輩そうやってポイント稼ぐんだぁ。ふぅんー? そうなんだー?」

「お前は変に捻じ曲がった愛情をぶつけるんじゃなくて、相手を思いやった言動しろ。あと佐取も、飛禅をからかおうとしてただろ。ああいう他人を手玉に取ろうとするのは止めろ」

 

 

 神楽坂さんに釘を刺され、私はうなだれる。

 いつもと違う様子の飛鳥さんを前にして変なテンションになっていたのは確かだ。

 飛鳥さんに対して謝罪の言葉を口にすれば、変な顔をした飛鳥さんが苛立ち混じりに私の両頬を軽く引っ張った。

 どうやらそれでチャラという事にしてくれるようである。

 

 そうして一息吐いた後、飛鳥さんは周りに他の人がいない事を確認して「それで」と口を開く。

 

 

「燐香、どうせアンタの事だから何となくでも今回の件が掴めてるんでしょ? ふざけた頭の回転してるもんね? ここは録音とか録画とかも無くて、防音もしっかりしてるからさっさと吐いちゃいなさいアホ」

「チャラにしてくれたんじゃないんですか!? 全然許してくれてないじゃないですか!? 暴言暴力反対!!」

「うるさいわねポンコツ! アンタがさっさと爆弾見付けた時の私の気持ち、ちょっとは考えたの!? 頭のおかしい奴が頭のおかしい速度で事態の真理を突くのよ!? 事前にその場にいて、偉そうな階級を身に付けて、その場の捜査をしてた私達が馬鹿みたいじゃない! ふざけんじゃないわよ!」

「そ、それは私が悪いんじゃないですし!」

 

「……はぁ、仲良くなったと思ったらすぐこれだ……」

 

 

 頭を痛そうに抑えた神楽坂さんが、首根っこを掴むようにして私達を止める。

 今にもキャットファイトが始まりそうだった私と飛鳥さんの距離を少しだけ引き離し、落ち着くようにと私の額を軽く小突いた神楽坂さんがそのまま私に説明を促してくる。

 

 ……とは言っても、私は別に事件の全てを知っている訳でも、推理ができたわけでも無い。

 仕方なく、周りの状況と情報から適当にでっちあげただけの、推理とも言えないようないような骨組みの無い仮定の話を口にしていく。

 

 

「……正直言って、全然私も全貌が掴めていませんが……今回の件は20年も前の過去の事件に精通していて、警察の動きをよく知っていて、なおかつ紛失している異能関係の薬品に関係する人が犯人、という可能性が高そうです。で、それらが当てはまりそうな人物で、普通に状況証拠だけを考えたら、今なお連絡が取れない宍戸って人が犯人なんじゃないですかね?」

「えらく雑な推理ね。で、その宍戸って誰?」

「私も知らないです。神楽坂さんの同期の方らしいですけど…………あ、その、神楽坂さん、これは別に確定じゃないですからね? あくまで私が得られている情報だけで思う、現在疑わしい人ってだけですからね?」

「……分かっているさ」

 

 

 警察内部の犯人。

 そんな私の予想に、以前の、成り替わられていた後輩の警察官を思い浮かべたのだろう。

 険しい顔をした神楽坂さんは壁に体重を預けながら、腕を組み目を閉じた。

 

 宍戸と言う人と神楽坂さんの関係は分からないが、どうにも疲れてしまったような神楽坂さんの態度から、希薄な関係でも無いのだろうと私と飛鳥さんはお互い顔を見合わせる。

 

 普通に考えて、身近な人の死や昏睡、犯罪行為が続けば精神的に疲弊してしまうのは普通だろう。

 私だって家族がそんなことになれば……なんて、ちょっとだけ考えてすぐに辞めた。

 少し考えるだけで最悪な気分になったからだ。

 

 やっぱり言うべきでは無かったかもと思いながら、私は気まずそうな様子の飛鳥さんに向けて続きを話す。

 

 

「……続けますが、まあ、今回の二回目の爆破が恐らく犯人の目的。警察官を大勢負傷させ、何かしら警察や世間にメッセージを飛ばすと言うのが犯人の理想だったのでしょうが……私が未然に防いじゃいましたからね。ここまで大規模な事をしておいてこれで素直に諦めるという事は無い筈です。この犯人は、過去の事件に似通わせている事からも分かるように思想犯。何かしらの大望を持っている筈です。となれば、犯人は誰か、その居場所はどこかの特定をするよりも、次に何をしようとするのかを考えた方が効率的だと思います。どうせ、前から計画していただろう犯行ですから、次の行動も早そうですし」

「次の行動って、次は何処を爆破するのよ」

「そんなの知らないですよ……けどまあ、普通に考えて先ほどの爆破でメッセージ性が残せるのが犯人にとっては最良だったのでしょう。つまり、詰め掛けた報道陣や野次馬を前にして大きな事件を起こしたかった。そして、それよりもあの場で最も重要だったのは恐らく標的、警察組織内での階級が高く影響力を持った人」

 

 

 顎に手を添えて視線を天井に向けながら私は言葉を続ける。

 

 

「飛鳥さんがあの爆発程度でどうにかなる訳無いのは犯人も分かっているでしょうから、剣崎さんが狙われたと言うのが濃厚。それが叶わず証拠物である爆弾を抑えられた以上、犯人は次の行動までの時間はあまり掛けられない。そうなると、報道陣や野次馬は先ほどよりも少なくなるのは避けられませんが、代わりにもっと世間に衝撃を与えられるような知名度を持つ人物を狙おうと考えるでしょう。世間を震撼させる大きな知名度を持った警察の人物といえば、それこそ話題性のある飛鳥さんか……」

 

 

 警視庁のトップである山峰警視総監か。

 じっと私の言葉を聞く神楽坂さんと飛鳥さんの顔を見ながら、私はそう口にした。

 

 

 

 

 ‐2‐

 

 

 

 

 同刻、同建物内。

 少女達が話し合いをしていた部屋とは別の広々とした部屋に、二人の男性がいた。

 

 

「――――お前が無事で何よりだ。爆弾が足元にあって不発とは、悪運が付いたんじゃないか?」

「馬鹿を言うな。あれはお前の差し金か? いつの間にあんな繋がりを作っていたんだ? 以前の時も言ったが、あんなのが袖子ちゃんのただの同級生だなんて到底信じられない」

「何を言っているんだ? 私は別に何もしてないが……同級生? 佐取さんの話か?」

「……その反応は、本当に関わっていないんだな」

 

 

 そこは警視総監室であり、警察組織の最高幹部である山峰衿嘉と剣崎が机を挟んで向かい合っていた。

 

 古くからの友人であり、色眼鏡なしにお互いの能力の高さを認め合っている彼ら。

 不発だったとはいえ、爆弾で狙われた自身の懐刀である剣崎を純粋に心配してこの場に呼んだ衿嘉は、自身の無事を喜ぶでも無く、煮え切らないような態度を貫いている友人の様子に戸惑っていた。

 明らかに疲れ切っていて、なんなら顔色も悪くゲッソリと生気が無いのは、どうも命の危機がすぐ隣にあったからというだけではないらしい。

 

 

「爆弾を見付けたのは彼女だ。爆弾が停止していたのはたまたまかもしれないが、何かしらの方法を使って彼女がやったと言われても俺は納得できてしまう……そんなあり得ない妄想をしてしまうくらい、俺は彼女が怖い」

「……なんで佐取さんがその場にいるんだ?」

「俺が連れ込んだからだ。正直、あの判断は我ながら過去一番正しい選択だったと思うが……ちなみに、あり得ない話だとは思うんだが……佐取さんはお前の“ブレーン”として働いてたりなんかはしていないよな……?」

「私が娘の同級生をそんな風に働かせるものか。冗談にしても笑えないぞ……まあ、袖子はよく、佐取さんは将来的に自分の“ブレーン”になってくれる存在だと散々話してはいるが……」

「袖子ちゃんは人を見る目がある。将来が楽しみだよ……ちゃんとアレを味方に引き込めるなら、だけどな……はぁ……」

 

 

 例の毒殺未遂以降、負い目を感じ、衿嘉に強い態度を取れない剣崎だが、今は何だかそんな負い目を気にする余裕すら無いらしい。

 精神的に疲弊しすぎて毒殺未遂以前の関係に戻ったような友人の様子に、少しだけ嬉しくなった衿嘉は口角を上げながらも話すべき別件を切り出した。

 

 

「娘の数少ない友人の話も気にはなるが……今回の爆破の意図はどのようなものだと思う? 犯人はどう動く?」

「……単純に俺個人が狙われたのであれば、役職か、過去の怨恨か、それとも衿嘉に対する行為が許せない人物か。なんて思ったがそうじゃないだろうな。今回は異能開花の薬品が関わる重要な場所での爆破だったからこそ、俺が衿嘉に無理を言って現場の確認に向かったんだ。それを、事前に犯人が想定しているだなんて考えにくい」

「警察組織に対する攻撃、そんなところか。これだけ過激だと今後はもっと激しい動きをすることもあり得そうだな。とはいえ、私は立場上直接介入する事は出来ないからな。出来る事と言えば適切な人員の割り振りくらいだが……現場を見てどう思った?」

「少なくとも、話題に上がっていた神楽坂と言う人物は正しく優秀。熱意もあるし裏も無さそうだ。可能であれば、今回の事件や異能の絡む事件の捜査に携わってもらった方が良いだろうな」

 

 

 トラウマである少女の話題から逸れて少し気が落ち着いたのだろう、剣崎はほっと息を吐きながら衿嘉の問いにざっくりと答える。

 そんな友人の様子を眺め、本当にあの一件がトラウマになったのだなと衿嘉は苦笑した。

 

 

 前々から神楽坂上矢と言う警察官の名前は二人の間では話題に上がっていた。

 “連続児童誘拐事件”と“氷室区無差別連続殺人及び死体損壊事件”。

 過去にこれら二つの事件に直接関係し、解決に導いた異能を有さない一人の警察官。

 公式記録では、異能犯罪と認定されているのは神薙隆一郎の一件と先日の“無差別人間コレクション事件”のみだ。

 だが、警察上層部である彼らはこの二つの事件の犯人が異能持ちであることを当然把握している。

 

 異能持ちが犯人の事件をただの異能を有さない警察官が解決に関わっている事を、この二人は知っているのだ。

 

 飛禅飛鳥のような異能を持つ者でも無く、一ノ瀬和美のような特例措置を用いての組織対応を行える者でも無い、何も持たない一個人が異能と言う理不尽な力をどう制圧したのか。

 

 これまで二人の間ではその話題が尽きる事は無かった。

 

 

「神楽坂上矢、か。ほぼ3年も前から超常的な力による犯罪の発生を口にしていた唯一の人材。当時の幹部は妄言だと取り合わず、降格処分を下し左遷染みた人事を行ったそうだが……真実を見据える目が他人よりも優れているのだろうな。周りを置き去りにするほどに優れ過ぎていたと言ってもいい」

「だが、どうにも不当な扱いを受けている事に対しての不満は持っていないようだった。今更かもしれないが、重用する事も考えるべきだと俺は思うが……」

「そうだな。それでは少しその様に話をしてみようか」

 

 

 実のところ、警察の最高幹部である彼らにとっては、現場での評価がどうであれ、実際に事件を解決している神楽坂の評価は悪くないものだったのだ。

 

 そんな、警察に置ける最高幹部二人の会話。

 誰もこの部屋に入ることは許されていないし、少しでも出世を考えているのなら彼らが会話しているこの間に入ろうと思う者はいないだろう。

 

 彼らの会話に割って入る人物なんて、この場に現れる筈がないそんなタイミングで。

 

 

「……本当に。随分今更な考えですね」

 

 

 ――――音も無く一人の男が入って来た。

 

 突然の闖入者に弾かれた様に剣崎は振り返ったが、その相手が見知った者である事を認めると一度警戒するように上がっていた肩を落とし安心したように溜息を吐く。

 

 不気味なくらい静かに立ち尽くす、宍戸四郎がそこにいた。

 

 

「宍戸君か。ノックも無く部屋に入って来るなど……」

「同期の神楽坂上矢の事を俺はよく知っている。警察学校時代、アイツほど優秀な奴はいなかった。当時から人外染みた怪力をしていた柿崎を唯一身体能力で凌ぎ、仲間想いで、警察学校の厳しさに付いていけなかった奴に手を差し伸べ、肩を貸し、仲間の為に碌でも無い上司には楯突く事さえ厭わない精神性を有していた。ただ上に従うだけの小心者の俺には到底できない事を続けた見習うべき人間。どう足掻いても俺には勝てない、そんな奴だった。そして、アイツのそんな姿勢は警察学校を卒業してからも変わらなかった……結果、従順なだけの俺はいつしか出世頭と呼ばれ、優秀なアイツは何時しか狂人と蔑まれるようになった……なんて馬鹿げた話だろうな」

「……宍戸君?」

 

 

 独り言のような言葉と共に、その人物、宍戸は後ろ手に扉の鍵を掛けた。

 警視総監室と言う、警察内部で最も防衛機能が高い場所が、こうして密室となったのだ。

 

 不気味な沈黙が部屋を包み込む。

 ゾッとするほど暗い顔をした宍戸が、酷薄な笑みを浮かべて二人を見詰める。

 異常な空気に顔を強張らせた二人に対して、宍戸が手に持つ携帯型の端末を何気なく操作した。

 

 次の瞬間、地響きと共に大きな爆音が外から響いた。

 

 警視庁の地下から黒煙が上がり、建物内のあらゆる場所で火災警報装置が作動し、脱出を促す音声が警視庁本部のいたるところで放送され始めた。

 状況を理解できないのか部屋の外からは悲鳴が聞こえてくる。

 その上、警視総監である衿嘉の無事を確保しようとした者達が慌てて扉を叩くが、宍戸に鍵を掛けられた扉はびくともしない。

 この扉を開くための鍵も、既に宍戸が回収済みだ。

 入念に仕掛けられた、警視庁本部を混乱に突き落とすための計略は、思い付き程度では崩れない。

 

 そして、爆弾。

 つい先ほど剣崎を狙ったソレと同種の物が、警視庁のいずれかに仕掛けられていたのだと瞬時に悟った衿嘉達は、目の前の犯人に驚愕の表情を向ける。

 警察組織の出世頭とも言われている一連の爆弾犯『宍戸四郎』を、二人は見詰めるしかない。

 

 驚愕の視線を向けられた宍戸はいつもと同じ、媚びるような笑みを浮かべて、手品のタネを明かすように仰々しく両手を広げた。

 

 

「“北陸新幹線爆破事件”から始まった雌伏の時はようやく終わる、革命の時間だ。この腐った組織は根本からひっくり返す必要がある――――そして、貴方方はその礎になるんだよ」

 

 

 咳をして。呼吸を乱して。口の端から血を流した。

 明らかな体調の不調を見せながらも、それでも宍戸四郎は止まらなかった。

 

 

 

 

 

 




いつもお読みくださりありがとうございます!

前回で100話だったことに感想で気が付きました…
まさかここまで長い話になるとは私も思っていませんでしたが、それよりも、ここまで多くの方が100話もの長編にお付き合い頂けている事に衝撃です!
まだ先はありますが、ここまで読んで頂きありがとうございます!
色々と拙い本作ではありますが、これからも気長にお付き合い頂けると嬉しいです!!

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