非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

105 / 144
迷いの果てに

 

 

 

 

 

 

 

『 【社説】公開するべき腐敗 秘匿するべき超能力 』

 

『 12月3日の連続爆破事件の犯人が所持していた超能力(異能)が“周囲を爆破する力”であると警察からの公式発表があったのは記憶に新しいが、今回はそんな凶悪な異能犯罪に対応する、警察に所属する“力”についてだ。

 飛禅飛鳥課長の超能力(異能)が“物体を浮遊させる力”であるというのは、各社報道機関等によって世間に広く周知されている所であるが、上記12月3日に発生した連続爆破事件を解決したのはかの有名な超能力(異能)ではなく、警察に臨時職員として所属する人物の“煙を操る力”である事は報道各社の映像によって判明している。その人物像や来歴、そして“煙を操る力”がどれほど強力なものであるのかと言ったものを警察は公表していないが、飛禅飛鳥課長が犯人に追い詰められた際に現れ、数多の灰色の龍に似たものを発現させ、数秒の内に犯人を制圧した姿だけを見るならば、かなりの力であるのはまず間違いない。ではなぜそんな強力な“力”がこれまで公にされなかったのか。

 同件の犯人の暴露行為によって警察の腐敗した部分が明るみに出たのは確かであるが、同時に警察が世界的な広がりを見せている異能犯罪に対応する“力”を着実に集める事に成功している事も判明した。件の暴露に影響され、秘匿している情報を全て公開しろと主張する声が多く現れているが、少し考えてみて欲しい。警察が公にしないものに腐敗した部分があるのは確かだが、世界的に広がりを見せている異能犯罪に対応するための秘匿が存在する事も私達は考えなければならない、という事だ。

 私達の国は世界的に見て異能犯罪の発生が非常に少ない。世界で起きている多くの悲劇は凄惨で、理不尽なものであり、日本でそれらが起きていないのは決して偶然や幸運によるものなどでは無い、と考えて欲しい。それは、明るみに出ない部分で誰かの尽力があったからだとも考えられ、その尽力は表に出ないからこそ強力に働いている可能性があるのだ。“煙を操る力”の詳細を黙秘する必要性や、所属する超能力者達を従えていたものの警察が一貫して存在さえも否定する“ブレーン”の存在。それらのような、私達の安全の為に秘匿しようという情報がある事を私達は理解するべきだ。

                          ‐日本中央広報新聞‐ 』

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 小さな子供達が無邪気にはしゃぎ、砂場や遊具で遊び回っている公園。

 久しぶりに訪れたこの場所だが、以前お菓子や飲み物をあげた事を覚えていた子供達が私の姿を見付けて纏わりついて来たので、今日は何も持っていないと慌ててあしらった。

 

 お菓子が無いと理解した筈なのに今度は遊んでとか言い募って来るちびっ子たちに辟易する。

 前の時はビラ配りをしていて欲しくも無いお菓子を大量に貰ってしまったから、押し付ける意味合いで子供達に配っただけなのに、彼らの中ではすっかり私は良い人認定されているらしい。

 すぐ懐く子犬でもないんだし、今は世界的に治安が悪い(日本以外)のだから子供はもっと警戒心を持つべきだろう。

 というか、子供を公園で遊ばせている親もお菓子を配ろうとしている見知らぬ奴を見付けたらすぐに引き離すくらいの危機意識は持っておかないといけないのではなんて思う。

 

 チビ達が私を囲む光景を目にした親達が、慌ててやって来て私に謝罪しながら子供達を引き離してくれたため、私はようやく公園内の目的の場所へと向かっていく事が出来た。

 

 公園の片隅のベンチには、既に待ち合わせ相手が座って待っている。

 まだ約束の時間にしてもかなり早い筈ではなかったかと、若干焦りながら携帯電話の時刻に目を落とした私の姿に気が付いたその人は、神妙な顔をして立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いて来る。

 

 なんだか色々と思い悩んだ後のような表情に私が気圧されていれば、その人はそのまま深々と頭を下げた。

 

 

「……今回の件は本当に悪かった。佐取には危ない事や働きをさせることになった。一歩間違えば大けがを負う事も、最悪命を落とす事態だってありえた。重ねて言うが、本当に申し訳なかった」

「また謝ってる!? 開口一番そんな謝罪をされたって、私は一体どうしたらいいんですか!?」

「……素直に文句の一つでも言って貰えれば」

「思っても無い事を言える訳ないじゃないですか!? 神楽坂さんのアホー!」

 

 

 一連の爆弾事件から数日ぶりとなる待ち合わせ。

 その開口一番にとんでもなく真面目な謝罪を放たれた私は完全に出鼻を挫かれ、目の前の神楽坂さんに対して思わず罵倒してしまった。

 思わず口にしてしまった失礼な発言にハッと即座に後悔したが、当の神楽坂さんは全く気にした様子も無い。

 

 大人の余裕を見せつけられ……いや、やっぱり最初に変なことを言い出したのは神楽坂さんなのだからこの評価は絶対におかしい気がする。

 ここはきっと私が神楽坂さんに合わせてあげる態度をとって、大人アピールをするべき場面なのだろうと思い直した。

 

 

「ん゛んっ……まあ、謝罪しないと気が済まないと言うのでしたら、別にいくらでも謝罪して頂いて良いですけどね。別に嫌なものでも無いですし……あ、でもやっぱり何度も言われると逆に気が引けるので、ほどほどにしてくださいね。ほどほどであれば、私は大人なのでちゃんとお付き合いしますから」

 

 

 私が微妙に胸を張って譲歩するようにそう言えば、神楽坂さんはそんな私の考えを読んだように「悪いな」と苦笑した。

 背伸びをする子供を見るような眼差しに感じたのは、きっと私の気のせいだと思う。

 

 

 

 あの爆弾犯、宍戸四郎が引き起こした一連の爆破事件及び過去の未解決事件の真相と警察官の横領を暴露した事で、今、世論は大きな揺れ動きを見せている。

 

 宍戸四郎がネット上に流した映像。

 警視庁本部が倒壊した後に報道陣が撮影した映像。

 その二つにより世間に広く知れ渡った事は少なくなく、テレビや国会で連日様々な議論が行われるだけでなく、デモ活動や募金活動、ネットを介した意見発信者なども徐々に現れ始めているのが現状。

 

 そしてそれらが主として話すものは大体決まっている。

 

 “北陸新幹線爆破事件”の政府や警察による隠蔽の件。

 設立し、力を注いでいる筈だった異能犯罪対策課への非協力的な姿勢を堅持する者達や薬品を横領し横流ししようとした警察官の存在が示す異能の危険性への理解の無い者達の存在。

 そして映像として明確に残された、“浮遊”や“煙”、そして“爆破”のような異能の危険性の再認識などが主だった話だ。

 

 あの事件から今日まで、テレビや新聞で取り上げられていない日は無いし、日に日に熱を増している事を考えるとまだまだこの議論は続くだろう事は想像に難くない。

 

 と、まあ、そんな風に説明こそしたが世間的の議論の変遷なんて私はそんなに興味がある訳ではない。

 要するに、一部のコアな人達を除いた普通の一般人達が興味を持っているのはそんな組織的、国家的な方針の話と映像で派手な活躍していた異能持ちである事。

 そして同じように、報道された映像に出ていた神楽坂さんや鬼の人のようなただの警察官は世間一般的にはほとんど話題に上がっていないという事だ。

 

 つまり今、話題の現場にいた人物である神楽坂さんがこんな風に公園にいても、気付かれるようなことは無い訳である。

 

 

「……神楽坂さん大丈夫ですか? その、今回の宍戸という方は親しい方だったようですし、親しい人が犯罪を行うなんて少なくない負担があるでしょうから……神楽坂さんが私に弱音を吐きたくないのは理解していますが……」

 

 

 だから私は、周りで私達を気にしている人がいない事を確認してから認識阻害を張り巡らせ、ここ最近ずっと気になっていたことを切り出した。

 

 私が雑推理を行った時ですら苦しむ様な反応だったのだから、あの推理が正しかった今、まったく苦悩していないなんてことは無い筈だ。

 私に見せる頼れる大人の顔が神楽坂さんの全てだなんて、いくら神楽坂さんが人間出来ていたとしてもあり得る訳がない。

 

 だからせめて、神楽坂さんが一人思い詰めることの無いようにとの想いからそう口にしたのだが、神楽坂さんは溜息混じりに首を横に振った。

 

 

「気を遣ってくれて嬉しい。だが、いくら親しい相手とはいえ、どんな理由があったにしても、アイツがやった事は情状酌量の余地が無い。結果的に見れば死者は出なかったが、それは飛禅や“紫龍”、何よりも佐取が尽力してくれた結果の話なだけで、一つ掛け違えれば大多数の死者を出していた。そこに同情の余地はないんだ」

「そりゃそうなんですけど、私が言いたいのはそういう事じゃなくて神楽坂さんの心情的な……」

「それこそ同情の余地は無いんだよ。俺が背負うべきものだし、投げ出したり放り捨てたり、ましてそれを佐取にどうこうして貰って良いようなものじゃ無い。俺のこの後悔は、自分の行動を見直す上でも大切な後悔だと思っているからな」

「……相談くらい乗るのに」

 

 

 神楽坂さんは頑として譲らない態度に私はそうぼやく。

 私の様子に苦笑した神楽坂さんが、仕方なさそうにゆっくりと口を開いた。

 

 

「宍戸は……アイツの事は俺も良く知っていた。同じ年に警察に入り、同じ部屋で過ごしたこともあった。他愛ない話や相談なんかもして、将来だって語り合った。連絡先も知っていて、しようと思えばいつだって話を聞けた関係なんだ。だから本当は、俺は何処かの時点で、アイツに犯行を未然に思い留まらせる事が出来た筈だった、なんてそう思ってる。俺はもっと広い視野を持つべきだったんだよ」

「まあそれは……結果論はそうなのかもしれませんが……」

「俺が睦月の治療方面だけに集中していなければ未然に防げた話だったかもしれない。今回もだが、佐取が居なければどこまで被害が拡大していたか分からなかった。だから佐取の協力は本当にありがたかったんだが、変装していたとしても映像として自分の姿が残ってしまったのは佐取としては不都合だっただろう? ……異能と言う力に注目が集まっている今は特に、危険の筈の状況でこれが良くないだろう事は俺だって分かる。自分に責任がある俺の個人的な感傷なんかよりも、今は優先するべき事だらけだ」

 

 

「それに、こういう事には慣れているからな」なんて、そんな事を言って、これ以上私が心配することを拒否する態度を取るのだから、本当に仕方のない人だと思う。

 

 

「……流石にこの責任まで神楽坂さんが背負うのは、ちょっと気負い過ぎじゃないかなって思いますけどね……」

 

 

 正直言えば、私としてはあの映像は仕方ないと諦めている部分がある。

 飛鳥さんの窮地に出て行かないなんていうのは論外だったし、“千手”の時のように自分を起点として映像処理するのは多くの目があった時点で逆効果。

 幸い変装していた状態の映像なのだから、あの映像を見た人が今の私を見て同一人物だと気が付かれなければ済む話なので、いくらでも対応する方法はある。

 なんならマキナが現在も行っているネット上の情報統制に、『あの映像を見て佐取燐香を連想した人に対する処理』を加えれば問題の大部分が解決する。

 後はほとぼりが冷めた後にでも、出回ってしまった映像を個人や組織で保存した物を含めてマキナに全て処分させれば話は終わりだ。

 ネットに流出した情報(デジタルタトゥー)は消えないというけれど、ネットそのものが私の味方なのだから、この話は前提から違うのだ。

 

 相も変わらずマキナの有能さには、産み出した私さえ感心させられてしまう。

 

 

「まあっ、まあまあ、私の事はお気になさらないでください。今回の件は私自身が招いてしまったようなものでもありますし、私は神楽坂さんに責任があるなんてこれっぽっちも思っていません。それに流出しているあの映像の内容的に、飛鳥さんや“紫龍”は大変でしょうけど私なんて数か月後には忘れられている程度ですよ。やってしまった事は全然取り返しがつく話ですって」

「……佐取がなんでそんなに余裕そうなのか分からないが……悪いな」

 

 

 私としては気になっていた神楽坂さんのメンタル状態がある程度知れて一安心であり、本人が大丈夫と言うのなら、現段階ではそれ以上口を出すつもりも無い。

 私は神楽坂さんが気にしている情報拡散の話を適当にフォローしつつ、この話を切り上げる事にした。

 

 一方で、マキナの存在を知らない神楽坂さんは私の気楽な態度に首を傾げている。

 確かに、神楽坂さんが言っている事は注意するべきだと思うし、普段の私であればもっと慌てふためくだろうが、今は対応可能な流出した映像の件よりももっと気にするべき事があるのだ。

 

 

「それでは、宍戸四郎の異能を開花させた存在の話です」

「……ああ」

 

 

 私の声のトーンが落ちた事で、それまでよりも神楽坂さんの目付きが鋭くなる。

 事前に少しこの件を話していただけに、既に神楽坂さんもその存在の脅威をよく理解しているようだった。

 

 

「疑っている訳じゃ無いんだが……その、本当にそんな奴がいるのか? 話を聞いた限りではあまりにとんでもない。佐取や飛禅に妨害をさせないまま宍戸の異能を開花させ、あの強力な異能を宍戸にその場で使いこなさせた……正直、これまでの異能持ちとは次元が違う気が……」

「ええ、います。いたんです。私はあの時宍戸四郎の視界をジャックしてその存在を正確に覚知しました。そいつは精神干渉系統の異能を持っていて、小学生くらいの女子の見た目で、凄くふてぶてしい、自分を王様か何かと思っている事がもう態度から分かります。多分、自分なら誰でも救えると思っているような言動をする痛い奴なので、見付けたら絶対に関わらないようにして、絡んで来たら信用しないで心の中で思いっきり罵倒してやってください。それを続けていたら勝手に心が折れると思います、多分」

「……待ってくれ。なんだか凄い……具体的すぎないか?」

「視界をジャックして確認しましたからね!」

「そ、そうか」

 

 

 異能で得た情報だとゴリ押しする私の姿に、神楽坂さんは困惑しつつ頷いた。

 

 流石に、過去の私の姿に似通っているだとはちょっと言いたくないため、少しばかり遠回しに情報を伝える。

 

 私の姿の似通っている部分から色々と予想は立てられるが、どれも間違っていたら恥ずかしいし、間違っていなくても恥ずかしい。

 出会わないのが何よりであるし、もう少し正体が推測出来てからでもこの情報の共有は遅くない筈だ。きっと。

 

 

「……結局宍戸に異能を与えてから干渉してくることは無かったらしいが、何を目的としていたんだろうな? 宍戸に異能を与える事だけが目的とは考え辛いが……」

「確かにそうなんですよね。わざわざあんな警察の人がいっぱいいる場所に干渉して、異能を与えてポイなんて……昔の私だって目的も無くそんな事しないし……」

「ん、後半なんて言ったんだ?」

「なんでもありません! 今日は良い天気だなぁって言っただけです!」

「そ、そうか……」

 

 

 微妙そうな顔で頷いた神楽坂さんがふと視線を上げる。

 ワイワイと騒ぐ小学校にも通う前だろう小さな子供達の遊ぶ姿とそんな子供達を見守る親を眺め、じっと目を細めながらしばらく考えた神楽坂さんは呟く。

 

 

「……危険な相手だな。目的も、力も分からないそいつが、いつまた同じように犯罪者に異能を与えるかもしれない。もしかしたら佐取や飛禅に直接攻撃をしてくるかもしれない。今はそんな何も分からない状態である訳だ。だが、そう考えても、現状の俺達には出来る対策が何も……」

「後手にならざるを得ない状態なのは確かです。でもまあ、直ぐに何かをしようって訳でも無いようですし、私の方で地道に特定を進めていくので、神楽坂さんは取り敢えずそういう奴がいるとだけ理解していてください。神楽坂さんは絶対に、アレを追うようなことはしないでくださいね」

 

 

 この過去の私にそっくりの奴を神楽坂さんがどうこうできるだなんて思っていない。

 コイツの異能の扱いの上手さは先日の件でよく分かったし、何よりもいずれかの理由で過去の私に姿形が似通っているのなら、その性能も過去の私に近いと考えるべきな筈。

 

 そう仮定をするとまず間違いなく、コイツはこれまでのどの異能持ちよりも厄介だろう。

 

 私はおろか、マキナだって相性としては最悪に近い相手。

 策も無く対峙すれば、絶対に勝てない可能性が高い。

 

 

「……まあ、深く悩んだってやれることは少ないので話としてはこんなものでしょう。まだそこまで許されないような悪さをしている奴ではありませんが、このまま野放しにも出来ないですし……私、個人的にもしたくありません。どういう経緯であんな姿を取っているのか分からないけど、人を小馬鹿にしたようなっ……絶対に許さない……!」

「正直その相手に対して今の俺が出来る事は無いから、そちらの方面は佐取に任せるしかないんだが…………なあ、佐取」

 

 

 正確な正体は分からないが、私の暗黒時代を勝手に振り撒いているあの存在は絶対に許さない。

 なんて、そんな事を思って気炎を上げ、やる気を漲らせていた私に対して、神楽坂さんは眉間に皺を寄せながら声を掛けて来る。

 

 どこか迷うように様子の神楽坂さんに、私は何か別の深刻な話があったかと姿勢を正す。

 

 

「今回の事で分かったが、どうしても俺は事件があればその場に向かって行ってしまうみたいだ。佐取と待ち合わせたあの場で、電話があったとはいえ行かない選択肢も取れた筈なのにそうしなかった。過去の事件の清算は終わったのだと、これからは睦月の治療に専念して、自分の手に負えない危険な事件には首を突っ込まないようにしようと思っていたにも関わらず、こんな結果になっている……これはきっとこれからも同じで、俺の変えられない性分なんだと思ったんだ」

 

 

 そんな前置きを挟んでから、神楽坂さんはゆっくりと言葉を選ぶ。

 

 

「一つ確認したい事があるんだ。佐取が昔“顔の無い巨人”と呼ばれていたという事は、飛禅の異能を開花させたのも佐取なんだよな? という事は、今回宍戸の異能を開花させた奴のように、佐取は他人の異能を開花させることも可能で……」

 

 

 一呼吸おいて。

 神楽坂さんはじっと私の目を見詰めた。

 

 

「……例えば、佐取は俺に異能を持たせることも出来るのか?」

 

 

 突然の神楽坂さんから出されたそんな思わぬ質問に、私は無意識的に体の動きを止めてしまった。

 

 思考が停止する。

 そんな質問が神楽坂さんの口から出されるなんて、私は思ってもいなかった。

 

 

「…………異能が欲しいんですか、神楽坂さん」

 

 

 そして、私の確認するその問い掛けが、自分が思っていたよりもずっと動揺したような声だったことに他ならぬ私自身が驚いてしまった。

 

 でも、考えてみればそうだ。

 異能の関わる犯罪事件を追っている今の神楽坂さんには身を守る術が殆どない。

 性能の低い、殺傷能力の低いような異能であれば神楽坂さんは身体能力でどうにでも出来るだろうが、一定以上の力を有する異能の前では無力である事がほとんどだ。

 現に先日の宍戸四郎は、神楽坂さんや鬼の人には手も足も出ない程度の力しか持っていなかったにも関わらず、異能を手にした後は二人を同時に相手取っても余裕がある程の力の差を見せていた。

 あれではきっと、いくら神楽坂さんと鬼の人が諦めなかったとしても、勝利を掴むのは不可能であっただろう。

 

 異能の有無がそれほどまでに、人と人の間に明確な差を生み落とす事はこれまでの事件でもう充分証明されている。

 

 いつも私や飛鳥さんが神楽坂さんの身を守れる訳でも無いのだから、もし神楽坂さんが異能を手にすることが出来るのならそれに越したことは無いと考えるのは普通の筈だ。

 神楽坂さんの発言は何一つ間違ってはいないし、酷く合理的な考えだと思うし、何よりも神楽坂さんの身の安全を考えるならそれに越した事は無い……筈なのだ。

 

 そう頭では理解しているのに、私は思わず神楽坂さんの真意を問うようなそんな質問をして、動揺を隠し切れないような態度を取ってしまっている。

 

 

「…………いや、ただ事実を確認したかっただけで異能が欲しい訳じゃ無いんだ」

 

 

 けれど、神楽坂さんの返答は私の想像とは違っていた。

 隣で動揺している私に気が付かないのか、私を一瞥もしないまま神楽坂さんは自分の考えを纏めるようにポツポツと呟いていく。

 

 

「……初めに言っておくが、俺は異能を持っている人全てが悪人だなんて思っていない。佐取や飛禅はそんな奴じゃなかったからな。だが同時に、異能によって人生を狂わされた人を何人も見て来たのも事実で……異能というものに少なくない忌避感を持ってしまっているのは確かなんだ」

 

「けどな、そんな忌避感があるから、俺は異能を持ちたいと思えない訳じゃ無い。異能は確かに便利なものだ。失くすことは無いし、奪われるものでも無い。強力な力を振るえたり、現象を引き起こせたり、使い方を間違えなければ多くの人を救うことが出来るのも確かなんだと思う。もしも俺が異能を持っていたらと考える場面は何度もあった。もしも俺に力があれば、不幸になる人はもっと少なかったんじゃないかって考える事は何度もあった。でもな、何度考えて後悔してみても、いつだって結局一つの自問自答に立ち戻る」

 

「異能が起こす、非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは、結局同じ異能でしかないのかと。異能を持たなかった過去の俺や先輩の捜査は最初から無価値であったのだろうかと、俺自身がそうであると判断してしまうのかと、何度も考えるんだ」

 

 

 自分の頭の中を整理するような神楽坂さんの言葉の羅列を私は頭の中で噛み砕く。

 神楽坂さんの境遇や経歴を考え、失ってしまった物を考え、それでも私が考える答えが変わらない事を理解して。

 

 そうして、私は自分の中で出てしまった考えをどう伝えるべきかと口ごもる。

 

 

「……神楽坂さん……」

「分かってる。これまでの異能が関わる事件でさえ、佐取がいなければ俺は何度命を落としていたか分からない。何一つ俺自身の力で解決したものは無かったし、異能という非科学的な力に対処するには同じ異能がこれ以上無いくらい有効だって言う事は間近で見て来た俺は充分理解しているんだ」

 

 

 そんな私の考えを最初から分かっていたように、神楽坂さんは私の言葉を遮るようにして首を振った。

 

 異能の有無は人間に大きな差を生む、理不尽なまでの才能の格差。

 

 それは人知をはるかに超えた力。

 記憶力があるだとか、運動が出来るだとか、手先が器用だとかで他人と比べている程度の者達とは違う。

 

 生まれ持って埋めようのない圧倒的な才能こそが『異能』なのだという認識を、他ならない私はしているのだ。

 

 そしてその認識は今も変わらない。

 異能を持った人間が起こす事件を解決できるのは異能を持つ者だけだと、私は頭のどこかで確信していて、だからこそ神楽坂さんに協力する形で異能の関わる事件の解決に乗り出している。

 

 

「それでも、そう分かっていたとしても、俺は安易に異能と言う力に手を伸ばしたいと思えないんだ……佐取の理解は得られないかもしれないが、俺は今のままでいたい。佐取を巻き込んでいる俺がこんなことを言うのは我儘なんだろうが……悪い……」

「……そうですか」

 

 

 神楽坂さんからの謝罪の言葉を受けて、ようやく動揺から戻った私は肯定も否定もしないでただ頷いた。

 

 ホッとしている自分がいる。

 同時に、神楽坂さんの身の安全を守る最良の案が潰れた事に危機感を抱いている自分もいる。

 私はそんな相反するような自分の感情に戸惑いながら、立ち上がった神楽坂さんの背中を眺めた。

 

 私の迷いとは正反対に、神楽坂さんのその背中は前だけしか見ていない。

 

 

「それにな、異能を持たない立場でしか救えない人はきっといると思うんだ」

 

「捜査の面でもそうだ。異能を持たない身で、いかに異能犯罪を解決するかの道筋を立てる。そんな道を進む奴もこれから先の事を考えると必要なんだと思う」

 

「異能でしか異能の関わる事件が解決できないと諦めるんじゃなく、異能を持たない身でどんな風に異能の関わる事件を解決するのかを探していく。それが今の俺に残された、やらなければならない事なんだと思う。それが、落合先輩や伏木のような、異能に人生を狂わされた人達への最後の手向けな筈だ」

 

「だから、俺は異能を持たないでいい。異能を持たないまま、これから起こる犯罪事件を解決できるよう努めていくから」

 

 

 そう言って、神楽坂さんは振り返って私を見た。

 

 

「そんな俺がどんな道を辿ろうと、佐取は馬鹿な奴だったと笑っていてくれ」

 

 

 優しい神楽坂さんの微笑むような表情に、私は胸が詰まってしまう。

 

 

「そんなの……」

「良いんだ。それに俺は異能に頼らずとも非科学的な犯罪事件は解決する余地があると思っている。今回の佐取はまさしくその理想形だった。犯人の思惑を見破り、爆弾を爆発前に発見し、相手の次の行動を予測し、扱える戦力を正しく役割分担し、事前に想定される危険な点を仲間と共有する。宍戸の奴は途中までは異能を持っていなかったとはいえ、今回の佐取のように犯人の行動を予測し、先手を取り続ける事が可能なら異能を相手にしても有利に立ち回ることは不可能じゃないと思えたんだ」

「い、いや、あの……」

 

 

 いつの間にか受けていた過分なほどの評価に私は焦る。

 

 確かに今回の私はそこまでポンコツを晒して無かったし、なんなら傍からは知略だけで犯人の先手を取っているようにも見えたかもしれない。

 だが実際は、がっつり異能(マキナ)を使っての活躍であったし、それを知らない神楽坂さんが先日の私の活躍から異能が無くても対抗する方法はあると思っているのであれば、それはちょっと問題がある。

 

 

「佐取にとっては冗談だったのかもしれないが、警察の“ブレーン”と言うに足る活躍だったと俺は思っているからな。本当にその役職に就く事になるのも時間の問題じゃ無いか?」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 飛鳥さんをからかおうと思ってでっち上げただけの単語ですよ! 深い意味は無いんですって!! 神楽坂さんだってそれは知ってるはずでしょう!? 私の悪戯心が生んだこの惨事を遠慮なくほじくるなんてっ……私の事からかっているんですね!? そうなんですね神楽坂さん!?」

「少しだけな」

「神楽坂さんっ!?」

 

 

 愕然とした私を見て、思わずといった風に笑みを溢した神楽坂さんがからかうようにクシャクシャと頭を撫でて来る。

 

 神楽坂さんの私を撫でる手付きはもはやペットか何かに対するそれだ。

 私の頬を引き延ばしてくる飛鳥さんといい、抱き枕にしてくる一ノ瀬さんといい、最近は人間的な扱いよりも柔らかリラックスグッズみたいな扱いを受ける方が多い気がする。

 甚だ遺憾な状況で、激しく抗議したくなってくる。

 

 不服の意を示す為の神楽坂さんに掴み掛って前後に揺する行為さえ、体格差と言う絶対的な優位性によって無力化させられるのだからやってられない。

 私の不満そうな様子をひとしきり楽しんだ性格の悪い神楽坂さんが、微笑むようにして私を見詰めた。

 

 

「……まあ、だからなんて言うか……俺はもう少し、俺なりのやり方を模索しようと思うんだ。睦月の治療方法を探って、異能の関わる事件を追って、今も続いている異能犯罪を解決する道筋を作るよう足掻いて見せる。これまでの事件を佐取と共に歩んできて、宍戸の事件を経て、今一度自分の身の振り方をよく考えてみて。そうして出た結論がこれだったんだ。まだしっかりとした形にはなってないけれど、このことは最初に、一番世話になっている佐取には伝えたかったんだ」

 

 

 以前のような、追い詰められてと言ったものではなく、色んなものを知った上で自ら選んだようなそんな顔。

 

 思い出すのは最初に会った時の神楽坂さんの姿。

 今はあの時とは状況も何もかもが違っている癖に、ちっとも変わらない神楽坂さんの在り方。

 

 そんな神楽坂さんに、先ほどまで動揺していた私の気持ちが静まっていく。

 変わらないこの人の姿が嬉しくない訳ではないが、この人の在り方があまりに遠すぎて私は思わず目を細めてしまった。

 

 

「……神楽坂さんは本当に変わらないんですね」

「そ、そうか? これでも自分なりに進歩してるつもりなんだが……」

「変わらないですよ、本当に。もう少し保身的にでもなってくれたら私の心配が減るんですけどね……でも、私は応援しますよ。神楽坂さんの能力の高さは確かですし、私だってこれまでいっぱい助けられています。個人的には、神楽坂さんみたいな人は報われるべきだって本気で思っていますから」

 

 

 本心のこもらない私の言葉。

 

 だってそうだろう。

 私は最初から、異能の関わる事件を異能も持たない人が解決できる訳が無いと思っているからこそ、神楽坂さんに協力すると言って様々な事件に首を突っ込んで来たのだ。

 私が関わらなくても誰かが事件を解決するなら、私は最初からこんな危険な事に介入しようだなんて思わない。

 そしてその考えは今もちっとも変っていなくて、神楽坂さんを応援したいという気持ちはあっても、それが叶うだなんてことはほんの少しも信じていなかった。

 

 神楽坂さんの決意を、私は心のどこかで無理だと思いながら。

 神楽坂さんの願いを、私は心のどこかで勝手に諦めながら。

 それでも、神楽坂さんの選択を、私は心からそうなってくれたらと思うから。

 

 空白だらけの言葉を吐いた私は、無意識の内に「だから」と呟いた。

 

 

「……もし私が異能を使って悪い事をしていたら、神楽坂さんが見つけて下さいね」

 

 

 目を見開いた神楽坂さんに見詰められ、私は困ったように笑うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 




ここまでお付き合い頂きありがとうございます!

お気に入りや評価、感想、誤字脱字報告など本当に励みになっています!
短いですが、今回の話で二部二章は終了となり、明日からは間章の話を投稿していきますので、気長に、まったりとお付き合い頂けると嬉しいです!
拙作ではありますが、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。