非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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はじめての犯罪捜査

 

 

 

――――この世は想いに満ちている。

 

それが悪性か善性かの違いはあれども、世界を満たしている人の想い。

 

それこそが人間社会をまわすエネルギーだ。

 

 

 

より良い生活のために、より良い快楽のために。

 

そんなことを追求するから人の技術は進化していくし、そんなものを追求するから争いが生まれていく。

 

良い方にも悪い方にも転ぶから、一概に必要かどうかなんて断言はできないけれど、今この時に限って言えば、はっきり言えることがある。

 

 

 

神楽坂さんの想いは、執念深くめんどくさい。

 

 

 

 

 

「次は、これなんてどうだ? 轢き逃げ事件で、被害者がいるものの逃げた車両がいつまでたっても出てこない。目撃証言はいくつもあるのに、証言の車両が1つだって出てこないんだ。この事件は異能が絡んでいたりは」

 

 

 

 

 

次なる1枚物の資料を私に手渡して、事件詳細を口頭でも説明した神楽坂さんの、期待を孕んだ目に、少し怯みつつも私は断言する。

 

 

 

 

 

「……全然関わってないですけど、まさかこの事件も未解決なんですか? ……マジですか?」

 

「…………そ、その確信はどこから来るんだ? 事件概要しか見てないのにどうしてそんなに断言できる?」

 

「いえ、事件概要とそれを理解している神楽坂さんの思考を読み取ればおおよその詳細は掴めますし、その上でこの程度の非科学的要素では異能は少しも関わっていないと自信を持って言えます」

 

「い、いやそれでも現に警察が捜査能力を駆使してなお解決できていない事件だ。君の力に疑いを持っているわけじゃないが、書面を見ただけでここまではっきり違うと言われてもだな」

 

「…………」

 

 

 

 

 

なおも噛みついてくる神楽坂さんに、口を噤んだ私は何というべきかと頭を悩ませる。

 

 

 

今現在、私は休日に神楽坂さんと待ち合わせを行い、彼が持ってきた事件を話しているところであった。

 

異能が関わる事件であれば、世間に悪意を持つ異能者は私としても放置しておけない。

 

特に、先日まで起きていた誘拐事件に関わっているようなものであればなおさら……なのだが、それ以外の普通に事件にまで対応する義理は私にはない筈だ。

 

私は別に、この世全ての犯罪を裁いて見せると意気込むような正義感溢れる少女ではない。

 

 

 

私と協力して解決する事件を決めようと、これは、と言うものを神楽坂さんが選別して私の元へと持ってきてくれはしたのだが、彼が持ってきた4つの事件は幸か不幸か、何の変哲もない普通の事件ばかりだった。

 

 

 

……まあ、当然と言えば当然なのだ。

 

 

 

 

 

「そもそも異能を持つ人なんて滅多にいるもんじゃないんです。正確な確率は分かりませんが、1つの国に10人も居ればいい方なんじゃないですか? 何でもかんでも解決できない事件に異能が関わっているなんてあるはずもないです」

 

「それは……そうかもしれないが……」

 

「結構大きな日本でも碌に異能について把握されていないんですし、実際に犯罪に使えるくらいの有能な異能持ちが犯罪に関わるメリットも少ない。むやみやたらに事件を漁ったって、異能持ちが関わっているものを引くのはかなり低い確率だと思いますよ」

 

「…………なるほど」

 

 

 

 

 

私だってブイブイ言わせていた中学時代ですら他の異能持ちと直接対峙することは無かったし、なんならこの前の“紫龍”との闘いが初めての異能持ち同士での戦いだったりする。

 

そのせいで極度に緊張してしまい、劣勢になった時はちょっと泣きかけたが……それくらい異能持ちの人間は珍しいし、異能持ち同士がやり合うなんて普通はありえない。

 

戦国時代に天下統一でも目指してれば話は違うのだろうか?

 

 

 

難しい顔をした神楽坂さんは、気楽にパフェをつつく私とは裏腹に難しい顔をする。

 

 

 

 

 

「だが、実際君も見ただろう。誘拐された子供達がいた場所を、残っているものでどんな研究をしていたのか判明する資料や証拠は何もなかったが、あれだけの子供を収容していたあの場所はまるで……研究所のようであった。あれだけの設備、それを運営するだけの人脈。そして“紫龍”と言う異能持ちが協力していた組織だ、目的は分からなくとも多くの異能が関わっていることは間違いない。そしてそれは国家転覆規模の大きな目的を持っている可能性が高い」

 

「……ちなみに私は勧誘とかされてないです」

 

「ああ、それは安心した。奴らは君の事を把握していないと言うことだろう」

 

「まあ。私、凄くコソコソとしてきましたし」

 

「ともかく、だ。そんな大規模な設備を有する集団が誘拐事件だけで終わっている訳がない。そうなると、俺としては可能性があるものは1つでも探っておきたいんだ」

 

「それは、まあ、そうですけど……」

 

 

 

 

 

誘拐事件を解決し、まだ見えぬ組織へ打撃を与えたあの夜。

 

時間を置かずに子供達を捕らえている場所に突撃した私達だったが、そこに残っていたのは見るからに深い事情を知らない下っ端と被害者である子供達のみで、有力な資料はほとんど残っていなかった。

 

 

 

どの段階で私達の攻勢が相手方に勘付かれたのか。

 

情報伝達が優秀か、予知に関する異能を所有しているのか、それともその両方か。

 

私達が一方的に打撃を与えただけでなく、いまだ全貌が見えないこの相手は酷く厄介だと思い知らされることとなった夜でもあったのだ。

 

あの暴行男のいた会社も周りにいた奴らも、尻尾きりできる程度の奴であったようで、組織の核までは辿り着くことが出来なかった。

 

あくまであいつらは、日本における誘拐事件を任されていただけの存在だったという訳だ。

 

 

 

つまるところ、組織の規模や相手が何を目的としているのかすら、私達は掴めていない。

 

 

 

 

 

「正直、君が敵側にいないと言う点には感謝しかない。君のような子が敵にいたらと思うと、ぞっとする」

 

「……まあ、人の心を読めるのなんて厄介極まりないですよね。でも、私は基本人畜無害なんですよ?」

 

「…………それで話を戻したいんだが」

 

「え、その間はなんですかっ……!? う、嘘でしょ全然信頼されてないんですっ……!?」

 

 

 

 

 

そもそも勧誘を受けたところで、平和に日常を謳歌したい私は二の句も告げさせず断ったうえで、それ以上追跡できないように私に関する情報抹消に勤しんでいただろうから関係ないのだが。

 

 

 

私の擬態が上手くいっていたのか、それとも取るに足らない雑魚異能と思われたのかは分からないが、それらからのコンタクトは今のところ受けていない。

 

それはそれとして、話をもとに戻すことにする。

 

 

 

 

 

「はぁ……例えばです。この事件、轢き逃げですか。これが起きた場所はここからすぐ近くの道路ですけど、発生した時間は1か月前の夕方頃。通行人も少なくなくて、目撃者だって同じです。要するに、大勢の人が人を轢いた車を認識しているんです。車両って1つひとつ登録やらなにやらされてますよね? 車種とか分かれば持ち主が誰かくらいは分かるようになっていますよね? それでも目撃証言に合わせて調べても、持ち主が出てこない。つまり、特定された車が間違っているか、登録すらされていないかのどちらかになる訳です」

 

 

 

 

 

神楽坂さんが目を白黒とさせているが関係ない。

 

このまま言い切ってしまう。

 

 

 

 

 

「この事件を異能で誤魔化すには、そもそも登録されていない車自体を作るような力を持っているか、大勢の人の認識を誤魔化すような大きな力を持っているかの2つになります。前者は、そんな力があればそもそもこんな突発的な事件で発覚するようなものではなく、裏取引などで出所の分からない物が出回っていると話題になるはずで、後者は、そんな大きな出力で異能を使えば近くに住んでいる私が絶対に気が付く筈だからです。よってこの2つの可能性はありません」

 

 

 

 

 

異能を使えば異能を持っている人はすぐに気が付く、という訳ではないが、少なくとも多くの人を惑わすような大きな出力のものを、探知型の異能である私が見逃す可能性は無に近い。

 

そこまで説明しても神楽坂さんはまだ納得がいかないようで噛みついてくる。

 

 

 

 

 

「ま、待て。そこまで不可思議な点があって異能が関わっていないなら、なぜこの事件は全く進展ないままなのかっ、それがおかしいだろう!?」

 

「そんなの簡単です。それなりの金と権力を持った奴が、登録されているリスト自体を消したか、調べる側の警察官に便宜を図ってもらったか、それで終わりです」

 

「ば、ばかな……そんなこと……」

 

「無いとは言い切れないでしょう? 神楽坂さん、結構そういう後ろ暗い事情を見たことがありますもんね」

 

「――――……」

 

 

 

 

 

汚いものを見つけた潔癖症のように、神楽坂さんは顔を暗くする。

 

ベテランの警察官はこういうのには慣れていると思ったのだが、そうでもないのだろうか。

 

ここまでで手元にあるこの事件が異能の関わらないものだと説明をし、協力する気がないと言う姿勢を見せた。

 

しかし、いくら説明して、私だけで確信していても、そう簡単に納得できないのも事実だろう。

 

 

 

……私たちはお互いにお互いの理解がないまま協力できるような関係ではない。

 

多少の譲歩は私にも必要だろうか。

 

 

 

 

 

「むう……私も神楽坂さんのことを知らないように、神楽坂さんも私のことは全く分からないですもんね。私の確信に疑問を持つのは当然ですか……仕方ありません。能力のアピールを兼ねて1つ事件を適当に解決しましょうか」

 

「……適当に解決って……事件を少し甘く見すぎていないか。言っておくが、警察が真剣に捜査して解決できていない事件だ。人よりも少し優れた部分があろうと、そう簡単にどうにかなるものでは無いぞ」

 

「神楽坂さんこそ、私達、異能持ちのこと甘く見すぎていませんか? あれだけ一方的にぼこぼこにされていたのにまだ懲りていないなら、正直付ける薬はないと思うんですけど」

 

「ぐっ……君は遠慮なく痛いところを突くな。だ、だがな、正直まだ君がどの程度まで出来るのか分からない部分が多くてな。協力を願い出た身としては君の安全は最重視したい。俺としては無理はさせたくないんだ。それに異能と言うものに対する理解が及んでいないんだよ、先日捕まえた“紫龍”とやらの力も、今なお煙を使う以外分からない部分ばかりだからな」

 

 

 

 

 

私の身の安全を考えてくれているらしい。

 

警察官と言うのはそういうことまで気を遣わなくてはいけないなんて、大変だと思う。

 

 

 

 

 

「そういえば捕まえた“紫龍”は何か手がかりになるようなことを吐きましたか?」

 

「なんにも。公妨でしか逮捕できなかったからあまり変な方向から強く問い詰めることも出来なくてな……正直、異能と言う力の詳細も君だよりなんだ」

 

「むむむ……仕方ありません」

 

 

 

 

 

ここはひとつ、異能について少し知ってもらう機会が必要か、なんて考える。

 

 

 

1つ曲芸でも見せつけよう。

 

そう考え、私は10円玉を財布から取り出して彼に見せた。

 

 

 

 

 

「神楽坂さん、視ててください。今私の手のひらの上に硬貨がありますね?」

 

「それは見たらわかるが……もしかして、力のデモンストレーションでもしてくれるのか?」

 

「そういうことです。しっかりとこの硬貨から目を離さないでくださいね」

 

 

 

 

 

ピンッと、テレビでやる手品師のように宙高く飛ばした硬貨は。クルクルと回転しながら宙を舞い、かっこよくキャッチしようとした私の手をすり抜け地面に落下した。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

唖然とした顔になった神楽坂さんを見ないようにしながら、私は落ちた硬貨を慌てて拾った。

 

 

 

 

 

「さあ、どっちの手に硬貨があるでしょうか?」

 

「君のメンタルは強靭だな!?」

 

 

 

 

 

何を言っているか分からない。

 

 

 

 

 

「いいから、早く答えてください。ほら、ほらほらほら」

 

「くっ……拾う場面がしっかり見えていたんだから間違えるわけがないだろう。右手」

 

 

 

 

 

正解だ。

 

渋々答えた神楽坂さんの回答に頷く。

 

それに対して神楽坂さんは一切喜びを見せない、当てたんだから少しくらい喜んでもいいのに。

 

 

 

それで、とせっかちな神楽坂さんに先を促され、反応の薄い彼に本命の質問をすることにする。

 

 

 

 

 

「正解です――――では、私の手の中に納まっている硬貨はなんですか?」

 

「は……?」

 

「最初に見せましたよね、私が握った硬貨の種類を。1円か5円か10円か50円か、100でも500でも良いですよ。何だったか覚えていますよね?」

 

「そんなの1()0()0()()()だろう?」

 

「いいえ、違います」

 

 

 

 

 

聞くまでもないだろうと面倒そうに答えた神楽坂さんに首を振る。

 

右の手のひらを開いて、そこにある10円硬貨を見せる。

 

 

 

 

 

「私が投げたのは10円玉ですよ」

 

「――――は?」

 

 

 

 

 

最初に見せた時と全く同じ構図で、見間違えるはずもなかった状況だ。

 

一瞬呆然とした神楽坂さんは、目を見開いて身を乗り出した。

 

何度見ても、私の手のひらにある硬貨は変わらない。

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な。俺は確かに、100円玉を見たはずだ……」

 

「意識を硬貨の内容から逸らしましたよね? 硬貨の行き先だけに意識を向けましたよね? 私の力は人の精神に干渉すること、意識外の認識を別のものに誘導することくらいなら簡単にできます」

 

「…………以前君の家に押し入った男が無力化されていたのは」

 

「ええ、これを使って、彼の認識を書き換えました。今は真面目に、改心して、別人のように精力的に働いているんじゃないですかあの人……ふふ。で、こんな感じで自衛は出来るので私に及ぶ危険はそれなりに回避出来ると思いますよ」

 

「……」

 

「あっ、ちょっと、黙らないでくださいっ。言っておきますけどこれほんと子供騙しみたいなもので、武器で殴られれば一発で動けなくなる程度にひ弱なのでっ……! ほんと調子に乗れるようなものでは無いのでお願いだから過信はしないでくださいお願いしますっっ」

 

 

 

 

 

険しい顔をして黙った神楽坂さんに、ほんの少しだけ不安になる。

 

まさか、こんな便利な力なら自分の身くらい自分の力で守れとか言い出さないだろうか?

 

そんな無責任なことを言う人ではない筈だが。

 

 

 

 

 

「……なるほど。君の力は十分わかった」

 

「あ、はい、分かっていただけたら何よりです」

 

 

 

 

 

不穏な空気を何とか誤魔化すために、本題に入る。

 

 

 

 

 

「では、未解決事件を1つ解決してみましょう。やっぱり詳細を聞いた轢き逃げ事件が良いですか? 確かに悪質なものの匂いがしますし、ここら辺が良いですかね? 神楽坂さんはどう思いますか?」

 

「好きにしてくれ……」

 

「ふふふ、ここからちょちょいと事件を解決して、さらに他の人との格の違いを見せてあげますから楽しみにしててください。それはもう大船に乗ったつもりで」

 

「……ふう、そうだな。そうさせてもらおうか」

 

 

 

 

 

――――という訳で、神楽坂さんの許可も貰ったので、私の初めての事件捜査が始まった訳だ。

 

 

 

今日1日で解決して見せようと、私は意気揚々と神楽坂さんを連れて街中に繰り出した。

 

まずは、事件現場に手を付け、周囲一帯の通行者の思考を軽く読みながら近くを歩き回った。

 

次に、情報を握りつぶしたであろう人を探すために、担当した警察の部署の人達にこっそりと近寄り、気付かれない程度に探りを入れたりもした。

 

そうやって色々と手立てを考え、私の思いつく限りの手を尽くしたと言える。

 

頑張った、私は必死に頑張ったのだ。

 

 

 

けれど結果として、色々と時間をかけて情報を仕入れたものの、犯人に辿り着く決定的な情報は出てこなかった。

 

 

 

……まあ、何の成果も得られなかった訳である。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

「あれ、じゃないが」

 

 

 

 

 

自信満々だった私に、日が暮れるまで振り回された神楽坂さんは疲れたような顔で私を見ている。

 

 

 

 

 

「さっきまでの自信はどうしたんだ。まさか分かりませんとは言わないよな? まさか、自分達はレベルが違うんですみたいな事を自信満々に言ってたのに、何も出来ませんでしたとかないよな?」

 

「い、いえ、ここからですし? ここまで調べた場所では有力な情報を得られないという情報が分かりましたし」

 

「それは…………まあ、大切だな」

 

「ですよね!? ここから、これまで集めた情報から導き出される最良の手を考えて実行するのが大切です!」

 

「ほう、それで次なる一手とは?」

 

 

 

「………………び、びら配り?」

 

「………………」

 

 

 

 

 

神楽坂さんの目が死んだ。

 

私とお揃いである、わーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

犯罪者が収監される場所は基本的に静かだ。

収監されている者の中にはどれほど危険な奴がいるか分からないし、少しでも危機感を持てる者ならば、そんな場所で騒いでやばい奴に目を付けられないように努力する。

 

けれど当然、それに当てはまらない者もいる。

1つは、自分に絶対の自信を持っていて、目を付けられたとしても返り討ちに出来ると言う自信を持っている者。

もう1つは、初めて収監されて、そういう知識や危機感を持っていない者だ。

 

 

 

 

「ああ、かったりぃなこの豚箱の中での生活はよ」

 

「へへ、でも兄貴は流石っすね。こんな状況なのに平然としてる。肝の据わり方が俺らとはチゲーっすよ!」

 

「ふ。まあな、ここでの過ごすことになるのももう3度目だからな。3度目の正直ってやつだ。何か分からねえことがあれば俺に聞け」

 

「流石兄貴っ! かっこええ!!」

 

「はははは! なんたって俺はそこら辺の犯罪者とは比較にならねぇ大悪党だからな!!」

 

 

 

「――――うるせぇぞボケナス共!!! 豚箱らしく次の飯に虫の死骸をぶち込んでやろうか!!?」

 

 

 

 

 

「「す、すいやせん……」」

 

 

 

 

 

檻の中で騒いでいた大男達が大きな体を小さくして大人しくなる。

 

それを見届けた看守が去っていくのを確認して、2人は汗を拭った。

 

 

 

 

 

「こ、こええ。ここの看守まじヤクザっすよ。ねぇ兄貴、昔から看守ってあんな感じなんすか?」

 

「……いや、昔はもっとやばかった。今の奴は虚勢を張ってるだけだ。1人暴れれば何の対処もできない平和ボケ野郎さ」

 

「さ、流石兄貴!」

 

「だが、逆らうのは得策じゃねえ。今は大人しく静かにしておこうか」

 

「きっちり未来も見据えているんすねやっぱり兄貴はちげえや!」

 

 

 

「……おい、アンタら。本当にうるさいから少し黙っててくれ。こっちは早く寝たいんだ」

 

 

 

 

 

無機質な牢屋がまた騒がしくなり始めたのを好まなかったのか、別の牢に入れられている者から声が掛けられた。

 

能天気な会話をしていた2人だが、警察に捕まるほどの犯罪を犯した者達でもある。

 

そんな不快な言葉を吐いてくる奴にはそれ相応の対応をしようと血気盛んに牢に掴みかかったまでは良かったものの、声を掛けて来た相手を見て顔を青くする。

 

 

 

 

 

「な、なんだ……あんたもここに入れられてたのか“紫龍”」

 

「チッ……」

 

 

 

 

 

不機嫌そうな舌打ちが、牢の隙間から聞こえて男たちは震え上がった。

 

無法の行いを数々やってきた男達だが、そんな彼らでも逆らえぬ生物の法と言うものがある。

 

 

 

強さだ。

 

 

 

古くから続く絶対的なその格差は、なによりも上下関係を決める指針となりえ、そして容易くは覆しがたい壁を作り続けている。

 

同じ仕事を請け負い、多少なりとも関りがあった彼らは“紫龍”と呼ばれる男の恐ろしさを良く知っていたし、自分達がいかに武器を手に入れたところで敵わないことは理解していた。

 

 

 

しかし、だからこそ男達は分からなかった。

 

 

 

 

 

「アンタほどの力を持った奴も捕まるもんなんすねー。いや、世の中分かんねぇもんだなぁ」

 

「ばっ、馬鹿! すいやせん“紫龍”さん、あんたの力を侮ってるわけじゃないんでさぁ」

 

「……くそ忌々しい。黙ってろ」

 

「ひぇ」

 

 

 

 

 

“紫龍”は腹立たし気に懐をあさる動作をするが、当然求めていたものはない。

 

そもそもそれがあればこんな場所からはとっくに逃げ出しているのだ。

 

 

 

 

 

「ッッ……あんの忌々しいクソガキがっ……」

 

 

 

 

 

苛立ちをぶつける様に吐き捨てたが。実をいうと最後の瞬間はよく覚えていない。

 

だからあの場所で、完全に優位に立っていた筈の自分がなぜいきなり意識を失うことになったのか全く分からないし、あの警察官や少女がなにかをしたという証拠もないわけだが、彼らに怒りをぶつける以外に適当な奴がいないのだ。

 

 

 

 

 

(なんで俺が負けたんだっ? 異能を持つ俺が、なんで何も持たないあんな奴にっ……)

 

 

 

 

 

ここに押し込められてから考えるのはそんな事ばかり。

 

激しく傷つけられた自尊心と誇りが、燃え立つ火炎のように胸の中で渦を巻いている。

 

 

 

 

 

(ともあれ、早く煙草を手に入れてここを脱出しねぇと。大丈夫だ、こいつらは俺の力を全く信じちゃいねえ。あのクソ刑事が何を吹き込んだかは知らねぇが、やっぱり周知はされてねえみたいだ。なんとかおこぼれを貰う形に持っていけば……?)

 

 

 

 

 

重苦しい空気の中、カツンッ、と牢の並ぶ通路に響いたのは高級そうな靴の音。

 

不審に思った“紫龍”は息をひそめ、そっと牢の隙間から外を窺えば、厳格そうな顔をした男が部下や先ほどの看守を引き連れて、品定めするように牢屋を覗いて歩いていた。

 

 

 

どう見てもこんな夜中に来るような階級の奴ではない。

 

 

 

 

 

(なんだありゃあ……)

 

 

 

「へ、へへ、それでこんなところに何の用でしょう? ここには罪人しかいませんし、まともに接待をできる環境があるわけではないのですが……」

 

「ここに、柄の悪い、余罪が多くある奴がいるだろう? それはどいつだ?」

 

「は……? はっ、そ、そうですね、それでいうとここの2人の大男ですかね、あの世間を騒がせた児童誘拐事件の受け子をやっていたと思われる奴らでして、少なからず裏社会に通じていた形跡があります。余罪も色々と出てくるでしょう」

 

「ふむ……」

 

 

 

 

 

悪意に満ちたような男の視線を受けて、先ほどまで騒がしかった男達は震え上がっている。

 

“紫龍”も、取引相手の幹部にいた果てのない欲望を抱えた奴らと変わらない雰囲気を携えている偉そうな男を見て、背筋が凍る。

 

 

 

 

 

(おい、おいおいおい嘘だろ。警察の幹部だよなありゃあ。警察の幹部がなんであんな裏社会でも最悪の部類に入りそうな雰囲気を纏ってるんだよ……ありゃあ、日常的に犯罪を犯してる奴の目だぞ……)

 

 

 

「こいつで良いか」

 

 

 

 

 

ぽつりと呟かれた言葉の真意を“紫龍”は分からなかったが、良くないものだということだけは理解できた。

 

先ほどまで恨みを募らせていた警察官の、何とか犯罪者を取り締まろうとしている姿が聖人に思えるほど、目の先にいる警察官の上司であるはずの男は腐りきっている。

 

もう“紫龍”の頭の中に、神楽坂への恨み言を考える余裕なんてない。

 

 

 

 

 

「ゴミ溜めの犯罪者の余罪が1つ2つ増えようが、世間は興味などない。そうだろう?」

 

 

 

 

 

引き攣った笑いを浮かべる看守とは裏腹に、その男が連れていた部下達は心底面白そうに笑い声をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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