非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
自身の異能が広がり、このショッピングセンター全ての出入り口を封鎖した事で銀髪の男性、バジル・レーウェンフックは随分久しぶりに感じていた焦りの感情を落ち着ける。
幾度も貫かれた自身の体を撫で、先程のアクシデントを想起しながら、異能の才能という面では未開拓である筈のこの国の新たな情報を脳内に刻む。
「…………“顔の無い巨人”の関係があるからこの国は危険地帯だとは思っていたけど。まさかそれ以外にもここまで強力な奴が……」
世界中を股にかけ、商品の売買を行うと同時にその特異な異能により情報収集に励んで来たバジルにとって、世界中の情報なんてものは彼の手の内にあるようなものだった。
例外がこの国、より正確にいうのなら“顔の無い巨人”の関係。
数年前、何かしらの方法で確かに世界を牛耳った噂だけのその怪物は自身の痕跡のほとんどを残さず、現象と事実だけを残して忽然と姿を消した。
どれだけ手を尽くそうが、その超越した異能を所持する個人や団体にまで辿り着くことが出来ず、正確な異能の詳細も掴めず、誰もその正体を知る者がいない現状。
後の異能犯罪に置いて、異常なまでに被害の無い日本に潜伏しているのだろうとは予想していたが、手を伸ばそうにもこれまでこの国についてはことごとく情報源を潰されるだけに終わっていた。
だからこそ、この国の情報をバジルはあまり持てていない。
そして、異能の研究を独自に進め世界の覇権を取りつつあるあの大企業さえ手を出そうとしない厄災染みた異能持ちが潜伏するこの国の状況。
他の異能持ちが潜伏する場所としてはこれ以上ない程条件が悪いのは明らかで、たかだか建物一つを襲撃した程度では他の異能持ちになど遭遇するようなことは無いと思っていたのだ。
「……精神干渉系統だろう“顔の無い巨人”の異能への対策は取っていたのにまさかそれ以外が来るなんてね。“潜り込み”も出来なかったしあの異能はどういう……とはいえ、あんなのとまともにやり合う必要もない。俺の制圧を狙ってくるだろう老女と“顔の無い巨人”をどうにか……おっと」
金髪の少年、レムリアを連れてトコトコ階段を降りて来た少女を見付けて、バジルは思考を一旦止める。
ミレーという名の少女は狂乱状態の周りの群衆をおどおど見回しながら、けれど誰にも攻撃されること無くバジルの元にやってきた。
『ミレーちゃんよく来たね。あの変な奴には絡まれなかったかい?』
『お、おらは、言われた通りにこの子を連れてここに来ただけで……』
『何にも出くわさなかったのなら何よりだ。レムリア君はもう少しそのままにして、ミレーちゃんは前と同じように探しておいてよ』
『……はい』
連れて来たレムリアを床に置いて、ミレーは自身の目を瞑ってじっと集中する。
それからゆっくりと開いた目で周りを見渡して、ぼんやりと呟く。
『……ほとんどの人に異能の才能は無さそう。少なくともおらの視界内には……』
『何言ってるのさ。ちゃんと見ようぜミレーちゃん2人いるじゃ無いか』
素早く周囲の人達を見回して解答しようとしたミレーの言葉に被せるようにバジルは言って、それらを正確に指差していく。
『あれとあれ、俺に従いたくないのは分かるけど嘘を吐いても君の視界は俺も共有してるんだからさぁ。本当に反抗するつもりなら異能の使用すらやらないようにしないと』
『う……み、見損ねただけ』
『ほんと小市民なミレーちゃんは可愛いなぁ。英雄的な行動も出来ないけど非道にも成り切れない、ただの無害な一般市民。元々の生活もそんな風だったんだろうなぁ。俺とこういう刺激的な活動も悪くないと思えてきたんじゃないかい?』
『お、おらは……羊飼いの生活の方が……』
『ま、君の意志なんてどうでも良いけどね。それにしてもこの場に異能の才能を持つ人が2人もいるなんてやっぱり日頃の行いが良い俺はついてるなぁ』
ミレーの異能である“見分ける力”。
練度こそ未熟であるが、千里眼のような使い方や人の才能や物の分類を見分ける事が可能なその異能があれば異能の才能の有無を調べるくらい時間を掛ける必要もない。
だからこそ、定まった商売仲間を作らなかったバジルさえ彼女を常に連れ歩き、自身が現在行っている世界での異能商売に役立てているのだ。
彼女の異能と異能開花の薬品さえあれば、好きな勢力の異能持ちを増やし、またそれを交渉材料にする事さえも可能。
バジル・レーウェンフックの異能商売において、最重要の役割を担うのがこのミレーという少女なのだ。
『さて、こいつらを手に入れてもこれから襲ってくる相手にはまともな戦力にもならなそうだけど……まあ、さっきのトラブルに対する壁にはなるかな……』
そして、自分が求める人材の選別を終えたバジルがそう口にすると、黒い靄のようなものが彼の周囲から蠢き出し、見付けた異能の才能を持つ者達に寄っていく。
スポーツをやってそうな青年と気弱そうな学生服の少女。
それぞれの近くにいる自分の指揮下の人間達に黒い靄のようなものは指示を伝達し、必要な人材である年若い彼らの目の前にバジルはそれぞれ姿を現した。
「やあどうも、商談相手として選ばれた君達。君達に良い物を差し上げよう。君達は選ばれた。君達は選択することが出来る。君達は自分の命をチップに選択するんだ。自分達の身の振り方をね」
バジルは自身が保有する異能開花薬品を懐から取り出し、怯える彼らに見せ付けた。
‐1‐
携帯画面から響いた機械音。
操作していないのに携帯画面が勝手に切り替わり、青と数字の羅列が飛び交う見た事も無い表示が映し出されている。
そしてその中央に立つ子供の姿を模したナニカが、じっと画面越しに桐佳を見詰めていた。
可愛らしい子供の風貌をしているものの、じっと身じろぎ一つせず、まじまじと桐佳の姿を眺めるソレの姿はあまりに不気味だ。
姿を現した理解不能な存在に、桐佳は言葉を詰まらせる。
「な、に……これ。私の携帯が……勝手に動いて。こんな画面見たことが無い……どうなって……お前、何……?」
『…………』
桐佳は自分の携帯電話の中に現れたその存在にそう問い掛けるが、その存在は無言のままじっと彼女を見つめ続けている。
度重なる超常現象。
飛行機の墜落や目の前で行われた人間には不可能な動きの数々。
普段ならウィルスにでも感染したかと疑う携帯電話の動作だが、そんなものを見た後の桐佳の頭に過ったのは『異能』という、世界を震撼させている才能の事だ。
正体が分からない。
それどころか自分を確実に認識し、捕捉し続けているナニカが目の前にいる。
そう思い、ぞっと冷たい氷を押し付けられたように桐佳は背筋を凍らせた。
危険を感じ、後ろには壁しかないのに後退りをして、試着室の壁に背をつけた桐佳は唇を震わせながらもう一度問い掛ける。
「なんなの……まさかお前は、さっきの銀髪の男の味方で。私をアイツの元に……」
『むふー! 何だかお前のその反応を見ると胸がすく思いだゾ! むふふー! ざまあみロー!』
「……本当に何なのこいつ、いきなり興奮してるし……」
パタパタ何かの動物を模した尻尾を振って、画面越しの桐佳の消沈とした姿をこれでもかとばかりに喜び出したソイツに桐佳は呆然とする。
失礼とかいう次元ではない、こんな事態に巻き込まれて追い詰められている人の姿を笑うなんて、どう考えたって人の心を持っていない奴のすることだろう。
コイツからも逃げた方が良いのだろうかと、桐佳が判断を迷わせているとソイツは喜び半ば、むっ、と試着室のカーテン越しに外を見た。
『接近確認! 操り人形が一体来るゾ!』
「え? なにを言って……」
意味不明な言動を繰り返す自分の携帯電話に桐佳が困惑の声を上げた瞬間、ソイツが見ていたカーテンが勢いよく開かれた。
カーテンを開いたのは中年女性。
血走った目で、先程の飛行機に乗っていた乗客達によく似た鬼気迫る表情で桐佳を視界に捉え、奇声を発しながら掴み掛って来た。
「あああああ見付けたぁ!! 捕まえないとぉ!!」
「ひっ!」
明確な害意を向けて来る見ず知らずの中年女性の姿に桐佳は悲鳴を上げる。
だがその中年女性が何かをするよりも先に、桐佳の足元で、彼女の携帯電話が若干興奮気味に吠えたてた。
『マキナ最強! マキナ最強! うおおー!』
「おがっ……!?」
唐突に、桐佳に掴み掛ろうとした中年女性が天井に叩き付けられた。
地面が跳ね上がったとか、何かに殴打されたとか、突風に打ち上げられたとか、そういう類ではない。
見えない巨人に掴まれ天井に叩き付けられたようなそんな挙動で、その中年女性は吹き飛ばされて、意識を奪われ地面に転がったのだ。
あまりの状況に目を瞬かせる桐佳だったが、携帯電話に勝手に居座るソイツはまるで自分がやってやったと言わんばかりにむふふんと誇らしげだ。
「……これ、貴方がやったの……?」
『どうだ、マキナの強さ。これでお前も少しはマキナに対して尊敬するだロ。これまでのような酷い扱い方をしようなんて思わないだロ』
「え? え? これまでの酷い扱い方……? 私貴方に何かした事無いと思うんだけど……貴方私の知り合いなの……?」
『ん…………? ……あ……い、いや、そういう訳じゃないゾ?』
「どういう訳……?」
これまでは不気味なだけだったソイツの動揺するいやに人間的な姿に少しだけ落ち着きを取り戻した桐佳がそっと外の様子を窺う。
どうやらこの場に来たのは意識を失った中年女性だけのようで、他の追手はこちらに気が付いている様子が無い。
その様子を確認した桐佳は音を立てないようにカーテンを閉めて、あたふたする携帯電話に映ったソイツを見下ろした。
未だに正体は不明だが、少なくともこの場を占拠するテロリストの味方ではない事だけは確かだった。
「……本当に助けてくれるの?」
『あわ、あわわわっ……そ、そうだゾ! 助けて欲しいんだロ!? この場から逃がしてやル!』
「なんで私を……」
助けてくれるの?
口から出かけたそんな言葉を桐佳は止めた。
自分が信用するためだけの質問をしている余裕が無いのは分かっているから、こんな事で時間を浪費することは出来ないと思ったのだ。
「……なんで私を、とか。さっきの話は、とか。貴方が何なのか、とか。聞きたいことは色々あるけど今はそんな話をしてられない」
よく分からないながらも味方してくれるらしいこの存在に色々と聞きたいことはあるが、それよりも今ははぐれてしまった遊里を見付けて安全な場所に逃げるのが先だろうと桐佳は判断する。
「顔も名前も分からない貴方を信じるなんて自分でもどうかしてるとは思うけど……私1人じゃどうしようもないから。だからお願い、助けて欲しいの。家族とはぐれて、この場所に閉じ込められて、私だけだとどうしようもないから……」
『むぅ? 中々聞き分けが良いナ。何も出来ない奴なりには正しい判断だと思うゾ。むふふー、仕方ないナ。マキナに任せておケ』
「……なんか既視感があるんだよなぁ、この態度……」
床に落ちている携帯電話を拾い上げ、自尊心の塊のようなその正体不明を手に持った。
会話できる相手が傍に現れた事で少しだけ平常心を取り戻せた桐佳は、生唾を飲み、外を窺い、どう動くのかを頭に描きながら、ソイツに話し掛けた。
「なんて呼べばいい?」
『え……う、ううん…………マキナと呼べ! マ・キ・ナ、ダ! カッコいいだロ!』
「……なんだか厨二病っぽい名前。別に悪くないと思うけど」
『なんだとこの雑魚暴力女っ、マキナの名前を馬鹿にするナ!!』
「馬鹿にしてないって。私の家の自動掃除機も同じ名前だもん」
この正体不明はそんなに自分の名前が大好きなのかと思う。
形の分からないこいつが自分の名に執着があることに少しだけ親近感を感じながら、桐佳は自ら試着室のカーテンを開いた。
「じゃあ、まずは遊里を探すところから始めるから。宜しくねマキナ」
『ぐぬぬ……なんでこんな奴をマキナが……』
‐2‐
桐佳が隠れていた試着室からの移動を開始した。
洋服屋の物影に隠れ、昔見たゾンビものの映画のように他人を追い回している人達の光景を目の当たりにしながらも、桐佳は必死に遊里の姿を探していく。
だが、フロア中に広がる人の群れ。
逃げ惑う者達と追い立てる者達の隙間からなんとか遊里の姿を探そうとするが、喧騒や障害物で碌に探すこともままならないのが現状だ。
『方針を示すゾ。ここからの脱出方法は大きく分けて二つある。一つは脱出場所の確保を行い自ら脱出する、もう一つは外からの救援に乗じての脱出ダ。前者は脱出者に一定の能力が必要で、敵に囲まれる可能性が高いから却下。もう一つの外からの救援に乗じる一択となル。ここまでは良いナ?』
「……外からの救援って、そんなの期待できるの……? 確か……飛禅飛鳥さんっていう人が、異能犯罪を解決するって言ってた気がするけど……」
『マキナ計算だが、時間にしておよそ5分程度で外からの救援が到着する予定ダ。つまり5分間この場でやり過ごせば問題は無イ』
「遊里を探さずにってこと? それは……駄目だよ。私も、さっき一人になって、凄く心細くて、貴方が、マキナが来てくれなかったらおかしくなってたかもしれないのに……」
『むう、分かってル。だからマキナもお前の状況を見てこうして姿を現したんダ』
「……取り合えず、私は隠れながら遊里を探すから。何かあったら教えて」
本当は姿を現したくなかったとでも言うように呟き、マキナはもう一度探知を行う。
先程からやっているが、どうにもあらかじめ捕捉しておいた遊里の携帯電話は本人から離れた場所に落としてしまっているらしく、携帯電話の周辺に彼女の姿が無い。
こうなってくると様々な感情が入れ混じるこの場において、一個人を判別し探し当てるのは非常に難しい事となってしまうのだ。
それらを前提とした上でマキナは考える。
(……“家族の命が掛かっている場に置いてはあらゆる制限を無視して救出に当たる”、御母様のこの指示を考えるとこの場の全員を洗脳する力技でどうにかする事も想定するべきだが……この敵の異能の全貌が見えにくく、下手に仕掛けた場合被害が拡大する可能性があル。少なくともあの血縁関係の無い遊里という奴を見付けて保護下に置いてからでないとそれは危険……マキナ、やっぱりこういうお守りみたいなの嫌ぁ……)
「ねえマキナ、分かったらで良いんだけどさ。あの、銀髪の男の人が異能を持ってる悪い人なんだよね? それなのになんであの人に従うように動いてる人が……さっきの私を襲って来たおばさんみたいな人がこんなにいっぱいいるの……? 賛同してる……っていう訳じゃ無いんだよね?」
『異能と呼ばれる力による強制服従。それだけ理解しロ』
「強制服従……? それなら、洗脳みたいな力って考えておく」
頷きながら自分なりの解釈をした桐佳をよそに、マキナは老女と燐香がこの建物へ接近してきているのを探知した。
状況は悪くないどころか、あの二人が到着すれば一気に形勢が逆転するのは確実。
力技による解決は最後の最後の手段としても現状問題無さそう、というのが今のマキナが下した判断だった。
だが勿論、そんな判断をしていても不確定要素は存在する。
(問題は他人の強制服従を可能としている敵の異能ダ。服従自体にどの程度の強制力があるのか分からず、解除方法もマキナは確立できていなイ。マキナは御母様と違って未知のものへの分析は得意じゃないから御母様到着後に敵の異能の分析をする事になるが……)
そこまで考えて、マキナはこの場に存在する敵に目を向けた。
(一つの意識としての確立された無数の存在……相似性99.9%。本当に全部同一個体カ?)
フロア全体に広がる肉眼では見えない程小さな無数の意識を探知しながら、マキナは桐佳の保護と周囲への認識阻害を徹底する。
マキナが最優先として指示されたのは、家族の保護と現場の情報収集。
桐佳の動きを周りの誰にも気取らせないよう認識阻害を行使し、フロア全体に広がる相手の異能の探知及び干渉からの防護を行う。
それだけで取り敢えずは桐佳の安全は確保できる上、遊里を探すという桐佳の活動からこの現場の情報収集が可能。
つまり現状マキナの最優先事項はほぼほぼ達成されている訳だが、今回の事態の根本を排除していない以上、マキナには迷いがあった。
(……起動可能な出力機数を確認。起動可能な出力機は建物内169個。攻撃転用も可能。マキナの残異能出力100%。攻撃を仕掛けて出方を見るカ? この相手の異能の詳細も判明する上、一斉攻撃ならコイツに反撃が向く可能性も無いだろうガ……)
保守に動くか、利を取りに行くか。
この場に到着する母が勝利する事を微塵も疑っていないマキナだが、情報を抜き出せばそれだけ母が有利になると考えると少しだけ迷いが生じる。
多少危険を晒すことになる可能性もあるが、マキナ単独でこの場を収め切るのも不可能ではない筈だ。
そう考えたものの、マキナは否と結論付けた。
(このテロリストの思考にはまだ油断があル。来るべきICPOや御母様との戦闘に向けて、この場の資源の消費は必要最小限度に収めようという考えが大部分。本格的にこの場の資源を浪費するのは戦闘が始まってからダ。マキナの独断行動で敵が戦闘が始まったと誤認すれば状況は一変してしまウ。マキナの役割はあくまで御母様の補助。マキナは大人しく粛々と重要目標を達成すれば良イ)
家族の保護を考えるなら現状維持するべき。
その判断でマキナは起動準備態勢まで持って行った出力機(電子機器)を直前の状態で待機させ、携帯電話を抱きしめるようにして遊里を探して回る桐佳に集中することにした。
何かあれば出力機を全起動させ、建物内全てを一斉に攻撃すれば良い。
だがそう決めてしまうと、今度はやることが少なく手持ち無沙汰になってしまったマキナには、本当の家族でも無い遊里を必死に探している桐佳への疑問が産まれて来た。
『……なあ。遊里とやらは別に本当の家族じゃないだロ? なんでそんなに必死に探してるんダ?』
「はあ……? 何言ってるの?」
『普段の余裕がある時多少気を払うのは分かるが、今は一歩間違えばお前も命を落とすんだゾ? それにお前はついさっきまでガタガタ震えていたし、怪我だってあル。極限状態ではぐれたと言うが、それは相手にとってはお前も同じダ。お前がお前自身の安全を最優先しても、誰にも責められるものでも無いだロ。それとも、お前と遊里とやらはそんなに特別親しい間柄なのカ?』
「…………マキナって本当に、普通の人が言わなそうな事をずけずけ言うよね。本当に機械が喋ってるんじゃないかって思えちゃうんだけど……」
周囲に巡らせていた視線をマキナのいる携帯電話に落とし、桐佳は質問にドン引きする。
「でも、その……なんだろう。遊里は大切な友達だけど、多分私は遊里じゃなくてもこうして探してると思うし……いざ言葉にしようとすると難しいけど……でも、私が絶対にやりたいからやってるんだと思う。無事な事を祈って隠れてるだけじゃ、私が嫌だから……」
『そうカ。まあ、好きにしロ。疑問に思っただけでマキナはやるべきことをやるだけダ』
「……本当に冷たい反応。マキナって友達いないでしょ」
『そんなものマキナには不要ダ』
「そう言う事を言うのって大体……あっ、遊里だ……!」
ふらりと歩く少女の横顔を見付け、桐佳が話を中断し喜色の声を上げた。
ふらふらとした足取りではあるが、目立ったような怪我も無く、無事でいる姿に桐佳の抱えていたもしかしたらという不安が消えていく。
「良かった……! 遊里が無事で本当に良かったぁ……! 遊里!」
遊里の無事な姿に笑みを溢し、隠れていた物陰から飛び出し、ぼんやりと歩いていた遊里の元に桐佳が駆けてゆく。
声を出して走る桐佳だが、マキナの認識阻害により周りの人達を含め力無く歩く遊里にもその姿は認識されない。
誰にも襲われる事無く、またこのフロア全体に霧散している銀髪の男の異能にも探知されることは無い。
軽はずみな行動だが窮地に陥っただけのただの女子中学生に色々と求めるのも酷。
探していた遊里とやらの保護をして、もうすぐやって来る外からの救援まで逃げ隠れてやり過ごせばいいと、マキナはそう思ったのだが――――。
――――だが、目には見えない脅威にマキナが気付いた。
『————寄るな! ソイツから異能を感知しタ!』
「……え?」
マキナの警告の声を桐佳が理解するよりも先。
桐佳の伸ばした手がふらふらと歩く遊里の手を掴んでしまった。
フロア全体に霧散されている異能の出力の中、保護されていなかった遊里が無事に歩けている訳が無いなんていう基本的な事を考えられなかったのが失敗。
事態が急変する。
ぐるりと周囲を徘徊していた人達の顔が一斉に桐佳に向けられ、空気中に霧散していた異能の出力が活発な反応を見せ、手を掴まれた遊里がゆっくりと桐佳へと顔を向けた。
桐佳は表情を凍らせた。
力の無い、生気の無い遊里の顔。
見えていなかったもう半分の顔に幾つも罅の入った遊里の姿を見て、桐佳は思わず動きを止めた。
「…………ずるいよ、桐佳ちゃん」
遊里の表情が歪む。
憎悪するように、妬むように、羨ましむように、憧れるように。
歪んでしまった感情が、表情となって浮かんで向けられ。
桐佳の姿を認識した周囲の操られた人々が殺到するのと同時。
泡立つように蠢き出した遊里の周囲から、目には見えない憎悪の力が噴き出した。