非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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間章二話目です!
徐々に前の章で産まれた課題を消化していきます!


前に進んでゆくもの

 

 

 

 

 “百貌”。

 ソレは正体不明であり、過去の私に酷似した危険な存在。

 去り行く最後の瞬間、確かに私へ視線を向けて言葉を投げ掛けてきたあの人物。

 何から何まで全くの未知ではあるものの、遠目でも、ニット帽を目深に被っていても、その姿が過去の私そのものの形を成していることはすぐに分かった。

 少なからず私の過去に関係があり、私があの距離までの接近に感知できず、そして奴は過去の巨大な私の異能をそのまま身に纏っていた。

 

 『また会いましょう御母様。今度はちゃんとした舞台に招待してあげるわ』

 

 嫌な言葉だ、本当に。

 手の中のモチモチを手慰みにしながら、私はその言葉の意味を考える。

 

 

 『また会いましょう————今度はちゃんとした舞台に招待してあげるわ』

 その台詞のこの部分、これはある種の宣戦布告だ。

 次会う時は“百貌”が動いた結果であり、私が出ていく必要がある事態になる事を示唆している、ということ。

 明確な時期は不明だが、近い将来奴は本格的に動き出すつもりなのだろう。

 

 奴が行動を起こすまで何もせず待つなんて受け身な姿勢は本来私に合わないのだが、奴が持つ異能技術を考えると逆に返り討ちに遭う可能性が高く、下手に動くのが危険。

 その上、奴のこれまでの行動の動機や異能技術、そして最終目的などは全くの不明であり、危険性は高くとも奴自身の悪事はほとんど行われていない。

 それらの理由から私は積極的に奴の居場所を探し、打倒しようと動くことがなかったわけだが、あの宣言の意味を考えるとそんな状況が変わるのも時間の問題となった訳だ。

 

 そうなると、私は早急に奴の正体を考える必要があると思う。

 

 そして。

 

 

 『御母様』

 この言葉、マキナが私を呼ぶ際の呼称と全くの同一のこの言葉。

 

 まず最初に言うが、私には本当に身に覚えがない。

 『インターネットの化身《マキナ》』と『空の上のアレ』は、まあ、うん、色々不満はあるが百歩譲って私が作り出した存在と言っても良いだろう。

 片方は放置した結果何だか妙な進化を遂げて元気に自己肯定感を高めているけれど、もう片方は私の事情で長らく睡眠して貰っているようなものだ。

 この二人に関しては、私だってまあ、悪い事をしたと思っているし、これから何とか良い方法を模索できればとは思っている。

 

 でも“百貌”に関しては違う。

 あんな私の過去の姿を模している存在に『御母様』と呼ばれる覚えはちっともない。

 過去の黒歴史の姿をあんなに公然とばら撒く悪意ある存在を私は知らない。

 計画した覚えも無いし、作り出した覚えも無い。

 言い掛かりにもほどがある。

 

 よって結論としては、何らかの手段で私とマキナの会話を盗み聞いて、そのことを暗に私に示す為にわざわざ『御母様』と言ったのだろうと思うのだが……。

 

 

「……その場合も中々手を焼くよなぁ」

「お、お、お姉ちゃん……あ、あのっ、これ以上モチモチするのは……」

 

 

 それはつまり、インターネットの化身であるマキナの存在が奴に気取られているという事に他ならない。

 

 私が持つ情報統制の切り札であるマキナの存在を、これから大きく動くだろう存在に察知され対策される。

 私よりも異能の出力が強いだろう相手に、これまでのように、相手の意識外からマキナが力技で叩き潰すみたいな戦法も通じない可能性が高い訳だ。

 

 本当の意味で私にとって最悪の相手。

 それが“百貌”なのだと、考えれば考えるだけ理解させられていく。

 

 そんなのが完全に私を捕捉していて、今よりも強い過去の私を模倣している今の状況。

 考えているだけでキリキリと胃が痛くなり始めた。

 

 

「うぅ……どうしよう……どうして私がこんな目に……」

「燐香お姉ちゃん……? ど、どうしたのっ? どうして私のほっぺを触り始めて情緒不安定になってるの? 正気に戻ってー!」

 

 

 ペチペチと手を叩かれる感触に、私の意識がネガティブ思考の中から戻って来る。

 目の前には私に頬を触られ続けている遊里が、オロオロと動揺した表情を浮かべて私を見ていた。

 

 

 彼女に見詰められ、私は今の状況をはっと思い出す。

 ついつい遊里の頬の触り心地が良すぎて思考が明後日に飛んでいたが、今の私は『異能開花薬品』という粗悪品の使用で体が傷付いた彼女の体調を確認していたのだった。

 

 学校が休みの今日。

 まだ朝早い時間帯の今、他の家族に動きが無い事を確認してから、私は遊里を呼びにいき私の部屋に集まって貰ったのだ。

 前日に話していたから、私が来るのを起床して待っていた彼女は私の来訪に驚いたような顔こそしなかったが、緊張したように顔を強張らせていた。

 遊里のその表情を思うと、あの大事件によってできてしまった自分の傷痕と向かい合う事は、彼女にとってとても辛いものだった筈だ。

 

 それなのに、これまでにない強大な相手の出現に追い詰められているとはいえ、責任を持つと言った私が今のような態度をとるのは流石に遊里に対して失礼過ぎる事をしてしまった。

 

 

「ご、ごめん、遊里のほっぺに安心しちゃって別のこと考えてた」

「安心……えへ、燐香お姉ちゃんが安心できるなら、私はいくらでも触ってもらえても良いんだけど。でも、でもやっぱり不安になるから何か言ってからにして貰えると心の準備が……」

 

 

 “百貌”に対する思考を中断する。

 今はうっすらとしたピンク色の腫れだけに収まっている彼女の顔の傷痕を撫でてから、私はさっと手を離した。

 

 取り敢えずだが既に、彼女の体調面での問題の無さを私は確認できている。

 

 あのアホテロリストが起こした事件から一週間も経っていないが未だに痕として残る彼女の傷。

 だがそれは、外からの衝撃によってついた傷ではなく、体内の大切な血管や臓器に悪影響を与えるようなものでも無い。

 これから遊里さんの体調を崩すようなことは無いし、生命活動に深刻な影響をもたらす事もない。

 

 言ってしまえば完全に治るのを待つだけの痕だ。

 しかし同時に、異能の出力を作り出す心臓と異能に変換する機能を持つ脳への回路を無理やり繋がれた結果であるその傷痕は、普通の医療機関に通ったところで治るようなものでも無いのだ。

 私が丁寧に、彼女の体内に出来た異能の回路を整えた結果、何とか彼女の傷は癒えてきてはいるが、別に専門家でもない私の診断で万が一痕が残ったらと少し不安に思ってしまう。

 

 ……やっぱり一度、神薙隆一郎の首根っこを掴んできて遊里の治療をさせるべきだろうか。

 

 

「うぅ……私の妹をあの犯罪者に……? そんなの、そんなの……でも私の独りよがりで顔に痕を残したりなんて絶対にあっちゃいけないし……」

 

 

 そんなことをフラフラ悩みながら、私はそっと廊下に繋がる扉を見た。

 まだ朝早いこの時間、普段なら私に部屋の近くにやってくる家族はいないが警戒はしておいて損はない筈だ。

 治療の為とはいえ、遊里を私の部屋に連れ込んでいる事を知れば、桐佳が何を言ってくるか分かったものじゃない。

 

 とはいえ、今はまだ六時台。

 私の計算では休日の今日はあと一時間程度活動が無く家の中は静かな筈だ。

 時間があるなら他にもやらなければならない事がある。

 

 

「……取り敢えず今は、出力に慣れさせる必要があるかな。うん」

 

 

 一人そうやって呟き気持ちを落ち着ける。

 照れたり笑ったり困ったりと、表情をクルクル変化させている遊里に対して、私はちょっと緊張しながら話を切り出した。

 

 

「遊里、秘密の話をしよう」

「え?」

 

 

 ポカンとした表情で、切り出された話を理解できなかった遊里が私を見詰めていたが、直ぐに私が何を言いたいのか理解した彼女の目がゆっくりと見開かれてゆく。

 

 遊里が何か言うよりも先に、私が口火を切る。

 

 

「……本当はさ。大変な受験が終わるまで待ちたいんだけど、それまで何もしないで待つのは不安になっちゃうと思うから、軽くだけでも扱い方について話そうかなって思うんだ。辛いだろうけど、遊里にはちゃんと傷付けない力の使い方を知っておいて欲しいの」

「も、もしかして」

「うん、異能について話そう遊里」

 

 

 ある程度覚悟はしていたのだろう、私の言葉に表情を固くしながらも、遊里は真剣な顔でコクリと頷いた。

 

 異能の力。

 限られた人間に備わった天性の才能。

 教えてくれる人も場も無く、本来その必要性も薄いものだが、自然に開花した私とは違い、薬品によって強制的に開花させられた遊里の異能は自分自身ですら傷付ける可能性がある。

 

 だからこそ、今は落ち着いてはいる遊里に対して、暴走や無意識での使用などが無いよう私が異能について最低限教えることが必要だろう。

 

 本来ならこんなことやらないが、可愛い妹の為なら自分の隠し事だって私は打ち明ける。

 

 

「大丈夫だよ遊里。私もね、貴女と同じ異能持ちだから」

「……やっぱり、そうなんだ。お姉ちゃんも、私と同じ……」

 

 

 家族にもしたことの無い私の告白(お兄ちゃんには状況が状況だっただけにバレてしまったけど)を受けたのに、遊里は何となく分かっていたかのような反応をするだけ。

 

 あれ、と肩透かしを受けてしまう。

 遊里が同様に持つようになったとはいえ、異能なんていう奇妙なものを前々からの知り合いが持っていると言われれば少なからず動揺しそうなものなのに、彼女の反応にはそれがない。

 確かに先日のアホテロリストに襲撃された遊里を助けるのに目の前に飛び出した訳だし、前にも異能を使って気絶させたりしたけれど、バレるような事はなかった気がする。

 私の隠し切れない日々の優秀過ぎる働きから遊里さんが私の特異性に気が付いていたとするなら、まあ、なんだろう、才能とは罪なものだと思う。

 

 そんな自己解釈をしていた私とは異なり、遊里は深刻そうな面持ちで口を開く。

 

 

「私の異能は……人を腐らせる力、だよね……?」

「正確には“腐敗させる性質を持つ泡を生み出す力”なんだけど、腐敗って本来的な意味だと有機物が細菌の活動で変質する現象を指す言葉だから、細かく考えるならちょっと違うんだよね。遊里の異能は腐敗作用を行う細菌を作り出す訳じゃ無くて、物を腐敗させた状態に変化させる活動を行う泡を作り出す訳でしょ? その上、泡っていうのが液体が空気を包んでできたものだから、異能の本体はつまり液体部分にあるってこと。遊里の異能は薬品による強制的な開花によって本来の形からちょっと変質してる訳で、そうやって色々考えてみると遊里の異能の本当の機能は“液体生成”と“破壊”になると私は思うんだ」

「……え、え? えっと……? え?」

 

 

 私の説明に暗くなりかけていた遊里の顔がキョトンとしたものに変わってしまった。

 ついつい考察を交えて喋ってしまったが、こんな考察は最低限の扱いを覚えようとする今は必要なかったかと思い直して、私は慌てて訂正する。

 

 

「あっ、ごめん! そうじゃないよね。うん、遊里の認識は大分ネガティブだけど、有機物無機物問わずに腐敗させる泡を作り出すって思っていて間違いはないと思うよ」

「あ、はい。えっと……燐香お姉ちゃんって、こういう分析好きなんだね」

「え? う、ううん、そうなのかな? そういうつもりは無かったけど……」

 

 

 何だか中二病が再発したみたいでちょっと恥ずかしくなる。

 けれどちょっと表情を暗くしていた遊里さんが慌てる私を見てクスリと笑うものだから、まあいいかと諦めがついてしまった。

 

 良いんだどうせ、今更格好良いお姉ちゃんになれるとかは思っていない。

 だったらちょっとでも、悪いように考えてしまうこの妹を笑わせられるお姉ちゃんになれたら、私はそれでいいのだ。

 

 

「と、ともかくね! 異能の基本的な考え方としては、心臓の部分で異能の源となるエネルギーを作って、それを脳の部分で異能に変換して現象を引き起こすって考えるの! それでね、心臓部分は必要に応じてエネルギーを作ってる訳じゃ無いからこれをどうこうするのは難しくて、暴走や無意識の異能行使を抑えるためには脳の部分の制御を覚える必要があるんだけど……ここまで良い?」

「あ、え、と……だ、大丈夫!」

 

 

 簡素なメモ帳を取り出してせっせと書き出した遊里を眺めながら、昔桐佳に勉強を教えていた時もこんな感じだったなぁ、なんて懐かしくなる。

 真剣に自分が持ってしまった異能についての知識を深めたいという姿勢を見せている遊里に、私も自分が持てる知識を総動員して説明を続けていく。

 

 そんな風に、ちょっとだけ気合が入ってしまった私による異能座学はそのまま十分程度続いた。

 

 初めて触れる方面の話に目を回し始めた遊里とそろそろ家族の皆が起き出してくるだろう時間が近付いてきた事を確認した私は、それじゃあと今回の締めに移ることにする。

 

 

「実際に異能を使ってみよう遊里。案ずるよりも産むが安しなんて言葉もあるから実際にやってみるのが一番だよ。何かあっても私がちゃんと止めて見せるから安心してね」

「は、はい!」

「うん、思い切りの良い返事。さっき説明したみたいにやってみてごらん」

「む、むむっ……!」

 

 

 目をつぶり、私の言ったとおりに異能の出力を練り上げていく遊里。

 ぞわぞわと制御し切れなかった出力が彼女の毛を浮かび上がらせていくのを眺め、しっかりと制御出来ている出力が脳の部分で異能の現象に変化しているのを見届ける。

 

 初めて意識して異能を使うにしてはかなり上手い。

 

 取り敢えず、私は遊里の異能の出力が周囲にバレないよう小細工をしつつ、ポコポコ生み出されていく泡を軽くつついて物に当たらないよう軌道を修正していく。

 

 そうやって数分間。

 遊里にはかなりの数の泡を生み出させ、生み出した泡を周囲に旋回させ続けたが、彼女の限界に近付き始めたのか、出力に少し乱れが生じ始めた。

 それを確認した私は直ぐに肩を叩いて遊里の集中を解くことにする。

 

 

「よし、大丈夫。遊里、もう大丈夫だよ」

「ぷはっ……!」

 

 

 ちょっと額に汗を滲ませていた遊里が私の声掛けで大きく深呼吸する。

 ふよふよと周囲を飛び交う自分が作り出した泡を見て、遊里は嬉しいような、怖いような、なんとも言えない微妙な顔になった。

 

 

「上手く、できた……でも、これ」

「えへへ、遊里凄く上手だよ! 凄い凄い! ちゃんと現象に出来て、おまけにやり過ぎちゃうこともないなんて立派! 泡の操作はどう? かなりの数だけど、全部扱える?」

「大丈夫……うん、大丈夫だ。もし当たっちゃったらどうしようと思ったけど、なんとかなってる……!」

「まだまだ最初だから慣れは必要だけど操作性は問題無さそうだね。ここから泡の性質操作とかが出来るようになればやれる範囲がもっと広がるんだけど、そんなの後々で良いしね」

 

 

 達成感を覚えている遊里をしっかりと褒めながら、私は自分がちょっと興奮しつつあることを自覚する。

 考えてみれば今回のような、誰かと異能という秘密の知識を共有して実験じみたことをするのは初めてなのだ。

 ワクワクするし何だか楽しい。

 遊里の為を思って始めた事だけど、彼女が言うように私は意外とこういう何かを分析するのが好きなのかもしれない。

 

 

「うんうん。遊里の異能を見ていた感じだと、大体泡を作るのに異能の出力を百使うとしたら、操作は一分十程度だね。よし、じゃあもう少し泡の操作を継続させよっか。泡を自分の手足と同じくらいに扱えるようになれば事故も防げるようになるからね」

「えっ……は、はいっ……! で、でも、結構操作が乱れるって言うか……! 疲労とは違うんだけど、これって限界が近いんじゃ……?」

「それくらいなら大丈夫大丈夫。短期的な目標は泡の操作性の向上と泡の腐敗性能の調整。そもそも物に触れさせない技術を高めた上で、触れても害のないくらいに泡を調整できるようになれば誰も傷付けないようになる。ここまで出来れば誰かを傷付けるなんて心配する必要が無くなるよ。頑張ろう!」

「……燐香お姉ちゃん想像以上にスパルタだよぅ……」

 

 

 何だか弱弱しい顔になった遊里だが、それでも私の言った通りせっせと泡の操作に集中する。

 

 最初にしては色々とやらせすぎな気もするが、受験を控える彼女の事を思えば中々こういう機会を確保するのは難しくなる。

 異能の使い方を触れて、何となくでもこれは自分の体の一部なんだと思ってもらえればそれが良い。

 自分自身の事である異能の力を悪く思う状況は、近い将来必ず暴走か何かに形を変えてしまうのは分かり切っているのだ。

 

 

(マキナから桐佳を傷付けそうになったって聞いたし、遊里もそれがトラウマみたいになってるんだろうけど……)

 

 

 きっとそんなの良くない。

 想定外で、誰かの悪意によってもたらされた力ではあるけれど、彼女のこれは確かに彼女自身の才能だし、自分自身が卑下するようなものではないのだと思う。

 

 だから、彼女のそんな内面的な事情を考えた上で、彼女を異能に深く触れさせるよう意識して今回は色々と教えていたのだ。

 だが、そんな私の心情を知ってか知らずか、遊里は自分の泡を操作しながらおずおずと私を見遣る。

 

 

「……お姉ちゃん、少し聞いても良い?」

「ん? 何でも聞いて大丈夫だよ」

「お姉ちゃんの異能って、どういう力なの?」

「あー……」

 

 

 異能に関する質問。

 異能自体に悪感情を持っていたらきっとしないだろうそんな質問をされて、私は今回の異能について教える機会での自分の目標を達成できている事に少し嬉しくなる。

 だが、それと同時に私は、いつかしなければいけないとは思っていた自分の異能についての詳細を遊里に知られる機会が想像よりも早く訪れた事に、少しだけ尻込みしてしまった。

 

 心を読む力が良いように思われる訳が無いなんてこと、私は小さな頃から知っている。

 関係が深くなかった神楽坂さんに簡単に自分の異能の詳細を打ち明けられたのは、あの時の私がいざとなれば切り捨てられる相手だと内心のどこかで考えていたからだ。

 だからこそ逆に、私は自分が持つ異能の詳細を明かす前から深い間柄である家族の誰にもこの力を告白する事は出来なかったのだ。

 

 

「……私の異能はね。人の心を読んだり、思考を誘導したりできる精神干渉の異能だよ」

 

 

 けれど、そんなことは今更。

 今の遊里に対して嘘や誤魔化しが出来ないのは私が一番よく分かっている。

 バレるバレないじゃなくて、異能という力を突然押し付けられ不安になっている遊里を騙すようなことは、彼女が信頼を預けてくれている以上絶対にするべきじゃない。

 

 そう思うからこそ、私はしっかりと真実を彼女に打ち明けた。

 ちょっとだけ緊張しながらの私の告白に対して、遊里は驚いたように息を呑んだが、それでもそれは私が思っていたような反応では無かった。

 

 

「精神干渉……? あの、ごめんなさいお姉ちゃん。信用してない訳じゃ無いんだけど、精神干渉の力でこの前の銀髪の人をどうにかできるとは思えなくて……」

「え? あっ、そっちの話?」

 

 

 自分の心を読まれるかも、あるいは思考を操作されるかもという恐怖よりも、遊里は先日のテロリストを制圧した術に興味があるらしかった。

 私の異能の詳細を聞いて最初に気になるのがそれとは、我が妹ながらちょっと脳筋思考に偏りすぎなんじゃないかと思う。

 

 彼女の状況だけに仕方ない部分はあるかもしれないが、私が異能持ち同士の戦闘を考えるようになったのはもっと年数が経ってからだったというのに。

 

 

「ま、まあ、異能同士のぶつかり合いで大切なのはいかに相手の裏を掻くかだからね。単純な物理的な破壊力がある異能は確かに派手で強そうに見えるけど、最後に勝てるかはまた別問題というか」

「なる、ほど……?」

「そんなことより。ほら、私の異能に思う事とかは……」

「え? えっと、特に無いけど、私の異能よりも便利そうだなぁって思ったりはするかな」

「便利そう……?」

 

 

 神楽坂さんと協力するようになるまで誰にも打ち明けなかった自分の才能。

 亡きお母さんにも、人の良いお父さんにも、疑心に満ちた目を向けて来ていた兄にも、ずっと近くにいた妹にも打ち明けなかった私の特異性。

 

 人の心を一方的に覗いて自分の好きなように相手を従える私の力を、ただ便利そうと言う遊里。

 

 何だか笑いがこみ上げてしまう。

 

 

「…………ふっ、変なの。遊里、その感想は多分変だと思うよ」

「え? そっ、そうなのかな? 別に桐佳ちゃんが聞いても同じこと言いそうな気がするけど……」

「なんか考え方が脳筋というか、殴り勝てるかどうかみたいな雑な判断基準というか。なんだろう、遊里って私が思ってるよりお淑やかじゃないよね。ふへへ」

「そんなのじゃないよ!? そんな考え方はしてないよお姉ちゃん!?」

 

 

 想像以上に私の異能の詳細に忌避感を感じていない遊里に笑ってしまう。

 何だか、私が思っていたよりもあっさりと終わってしまった遊里への異能の告白にすっかり毒気が抜けて肩の荷が下りてしまった。

 お互いの秘密を教え合うなんて経験今まで無かったが、こんな相手がいるだけでちょっとした安心感があるのはズルいと思う。

 

 

「うへへ、冗談だよ。あのね、雑にいじっちゃったけど、私の異能を嫌がらないでいてくれて本当に嬉しいんだ。ありがとね遊里」

「え? 私、別にお礼言われるような事は……」

「心当たりが無いならそれで大丈夫だよ。さっ、そろそろ泡の操作練習も辞めよっか。こんな雑談してるのに泡を物にぶつけないくらい操作性を保てるのならひとまず大丈夫。遊里本当に才能あると思うよ。これなら私がさっき言った目標も直ぐに達成できちゃうんじゃないかな?」

 

 

 なんて、そんなことを言いながら私は片付け作業に入る。

 私が見ている限り異能に大きな乱れはなかったし、物に泡がぶつかるようなことも無かったから特に問題無いとは思うが、壊れた場所や怪我が無いかを確認していく。

 

 そうしてから、ふわふわと泡を浮かせている遊里に異能を消す感覚を伝え、部屋中に充満していた泡を少しずつ消す作業に入って貰う事にした。

 

 ある意味こういうのは作り出すよりも消す方が難しかったりする。

 だから変に急かさないようにしながら、私は遊里がゆっくりと時間を掛けて、部屋に浮かぶ泡を半分ほど消していくのを見守った。

 

 

「実は私が異能を持っている事は家族も一人を除いて知らないんだ。だから遊里にも、内緒にして貰えると、ね?」

「あっ、それはもちろん! わ、私も、お母さんに知られるのはちょっと、もう少し時間が欲しいし……で、でも一人を除いてっていうのは知ってる人が一人はいるって事だよね? それってもしかして桐佳ちゃんだったり……?」

「桐佳? 違う違う、私の異能を知ってるのは、ほら、あの頭でっかちの陰険眼鏡な……」

 

 

 そうやって、秘密を共有し合う私達がひそひそと話をしている時、突然ドタドタとした騒がしい足音が廊下から響き出す。

 

 まだ時間は六時二十分。

 この時間では目が覚めても、家族は自分の部屋を出ることは無かったり、静かにリビングやトイレに行くだけの時間帯の筈である。

 いったいこんな早朝から誰が非常識に騒いでいるんだと私が思っていると、遊里が慌てて自分が生み出した泡を消そうとしているのに気が付く。

 

 もしもこの部屋に入ってきたらと思ったのだろうが、その心配はない。

 

 

「ああ、遊里さん慌てたら危ないし急がなくて大丈夫だよ。こんな早朝から騒がしくするのも信じられないけど、流石に緊急事態でも無いのに人が寝てるかもしれない部屋にノックも無しに突然飛び込んでくるようなデリカシーの無い事をする人は我が家にはいないから————ん? 音がなんか近付いて来てる?」

 

 

 だが、そんな私の余裕ぶった言葉を否定するように、部屋の扉がノックも無く勢いよく開かれた。

 

 入って来たのは先ほど話題に出した頭でっかちの陰険眼鏡。

 そんな私のお兄ちゃんは寝ぐせでぼさぼさの頭をそのままに、取り乱した様子で私目掛けて声を上げた。

 

 

「燐香っ……! 不味いぞっ、俺の作った感知計が変色しているっ……! つまりこれは、あっ、変色はあれだ、水面が揺れるだと判断が難しいだろうと思って感知した際は変色するように改良版を作ったんだがっ、それが変色し例のアレを感知しているのを示している! 例のアレによる攻撃を受けてるかもしれな————ん? ……なんだこれ、泡?」

 

「わあああああ!? お兄さんそれに触れちゃ駄目!!」

「あわわわわあわわわ、あわわわわわわあわわわわわわっ!?」

 

 

 部屋に飛び込んで来たお兄ちゃんが目の前をふわふわと飛び交う泡に手を伸ばすと同時、私と遊里は悲鳴に近い声を上げながら一斉に駆け出した。

 

 幸いお兄ちゃんが泡に触れる前に、私が部屋の泡を消し飛ばすことで事なきを得た。

 だがその代わり、私達三人は訝し気な桐佳の前で「朝は静かにするように」という由美さんの説教を受ける羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

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