非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
書籍化しても、引き続きお付き合いをお願いしますー!!
本格的な冬の季節。
十二月も末日に近付き、年の終わりが目前へと迫る頃となってこの一年自分の身に降りかかったことをしみじみと振り返ると、本当に色んなことがあったのだと実感してしまう。
バスジャックに巻き込まれた事から始まる児童誘拐事件。
無差別連続殺人事件に、宗教団体による誘拐監禁事件からのその宗教団体の黒幕による大量脱獄未遂事件。
病院を海外のテロリスト集団が占拠した事もあったし、日本を裏から支配していた医者も目の前に現れた。
人をぬいぐるみに変える奴も出て来たし、国家規模での爆弾犯が警察内部から出現した。
ついこの前はハイジャックした国外のテロリストが近くのショッピングセンターにやってきた訳だ。
そして、それら全てに少なからず関わった私の不運具合なんて、少し思い返してみればありありと実感できてしまう。
呪われているんじゃ無いかと思ったのは一度や二度では無かった。
何か悪い事をしただろうかと一瞬考えて、直ぐに考えるのを止めた事も何回もあった。
本当にたまたま私が異能という超越的な才能を持っていたから何とかなったものの、私が異能を持っていなかったらぽっくりお母さんの下に旅立っていただろう。
本当に、絶対に私を裏切らないこの力には感謝の気持ちしかない。
まあ、そんな激動の一年を私は過ごしてきた訳だが、その諸々の経験を踏まえての対策により一応ここ最近は落ち着きを見せている。
最後にあった先日のハイジャック事件から国内における異能犯罪は兆しも許さず制圧済み。
情報面の私の切り札(マキナ)による視野を世界に広げた情報収集により、国外からの異能持ちの犯罪者の上陸さえ未然に把握できる体制構築。
飛鳥さんを筆頭とした警察組織による異能犯罪対策部署の本格的な運用に併せて、対策部署の必要性を国家規模で認知した事による法整備及びサポート体制の確立。
内と外、土台と柱、法と実行力、異能犯罪という対応が非常に難しいものの解決に必要な要素が着実に整えられている状況。
世界的には未だに異能犯罪による被害は多いものの、間違いなく、社会は異能という不純物を受け入れつつある訳だ。
今もテレビでは日本の政治が異能という論点で激しく紛糾しているし、ネットに出て来る世界の異能犯罪が情勢を混沌とさせていても、確実に世界は進歩していた。
喜ぶべき事である……筈なのだ。
「ね、ねえお姉……? ここ最近調子悪いの……? その、いくら休みだからって一歩も家の外に出ないのはどうなのかなって皆話してるんだけど……」
「せっかくの休みだからね。学校の皆みたいに塾に行ってる訳じゃ無いし、私も部屋で勉強してるんだよ」
「え? で、でも、お姉の成績かなり良かったんじゃ……? も、もしかして、私が部屋に入ってノートを見ちゃったの怒ってたり……?」
「成績が良かったのは今回の結果。休み明けの成績には関係ないよ。やれるうちにやっちゃうのが私の主義なんだよ。それに、ノートの件は知らない。何それ。全然知らない」
「あー……桐佳。燐香も忙しいんだ。受験勉強なら俺が見てやるから、遊里さんと一緒に勉強道具を持ってこい。リビングで見てやる」
世界情勢が未だに混沌を極めていても、どれだけ日本の政治が紛糾していても、学生である私達にはしっかりと冬休みという長期休暇が与えられる。
十二月の終わりから一月の始まりに掛けて、およそ十日程度の休みとなる冬休みに今年も突入した私は非常に充実した休日を過ごしていた。
そんな冬休みも今日で四日目。
家族とゲームしたり、家族と家でパーティしたり、クリスマスを家族で過ごせたり、その際に桐佳が照れながらも私にプレゼントくれたりと色々あった。
普通に幸せな休日を過ごしてきた訳である。
そしてそんな幸せな休みを過ごしながらも、同時にやるべき事も私は残さない。
学校から出された冬休みの課題も早々に終わらせ、年末恒例の家の大掃除を終わらせ、一歩も外に出る事がないまま来学期の予習に取り掛かる今の私はまさしく優等生。
家族との時間を大切にしつつ勉学もこなすパーフェクト天才少女燐香ちゃんなのだ。
「り、燐香お姉ちゃん、本当に大丈夫? 何だか顔色も悪いような……」
「心配かけてごめんね遊里。でも大丈夫だよ、ちょっと引き籠りたいだけだから」
「引き籠りたい……? そ、そっか……何か悩んでるなら言ってね?」
そうやって、受験を控えた妹の心配の声さえなんのその。
今日も食事を終えた私は素早く自分の部屋に戻り、新しく設置した部屋の扉の鍵をしっかりと掛けて、毛布を頭から被り勉強机に向かう。
勉強に必要な用具を並べ、今日どの部分に手を付けようか考えながら教科書と問題集を取り出して。
その流れのまま私は、頭を抱えるようにして机に顔を突っ伏した。
勿論、学校の勉強や家族状況に何も問題が無い今の私が一歩も外に出ていないのにはそれなりの理由がある。
誰にも相談なんて出来ないような深刻な悩みが、今の私の頭には埋め尽くされていた。
「あわわ……! あわわわわっ……! あわわわわわわわ!!」
『……御母様』
「大丈夫……! 大丈夫……!」
マキナからの心配するような呼び掛けにまともに応える余裕は無く、私は携帯電話でマキナが集めてくれていた国際社会のニュースに一通り目を通す。
海外の記事をマキナが翻訳してくれているため日本語の記事のみにとらわれないこの情報収集は、日本という国において私以上に早く正確な人は存在しない。
そしてマキナが集めてくれた国内外の記事に『UNN』に関するものが無いのを確認した私は、すぐさまマキナに呼び掛ける。
「ま、マキナ、UNNの状況は……?」
『むう。世界の支部402か所全てが掌握されている状況は変わらず。普段通りの業務はこなしているが、間違いなく何者かによる異能の支配を受けているゾ。99.8%の確率で“百貌”による犯行だと思慮されル。想定される“百貌”が行った手法は……』
「いい! お願いだからそれ以上は言わないで! あわわわわ……ど、どどど、どうしよう……!」
世界的な覇権企業であり、異能開花薬品という世界を混沌に陥れている要因を作り出している『UNN』が制圧されている。
誰かに助けを求める事も許されず、状況を誰かに悟らせる事も許されず、異能という才能によってただ圧壊させられている現状。
いや、良いのだ。
日本を含めた世界の情勢悪化の原因はこいつらだし、こいつらが追い詰められる分には全然、何も、気にするつもりも無い。
きっと誰かに恨みを買ったのだと、自業自得だバーカと言ってやるくらいで、私にとって『UNN』という企業はその程度の相手である。
なら何が問題かと言うと、その制圧している側の存在だ。
凄く凄く覚えがある支配方法で暴れ散らかしている謎の異能持ち。
“百貌”とかいう、人の黒歴史を惜しげも無く公開しているとんでもない奴。
目的が分からなかったソイツが本格的に行動を始め、凄く覚えのあるやり方で世界の敵のような動きを見せ始めた事に私の焦りは否応なしに急加速していた。
しかも、私の心労はそれだけではない。
「それに……も、もう一つ考えなくちゃいけないのが……」
『ICPOについてだナ? 御母様に言われた通りあれからもちゃんと情報を集めているゾ! 奴ら前の会議で決めたように、着実に日本に戦力を集めていル。“顔の無い巨人”との決戦の準備をする方向のままのようダ』
「————うぶぶぶぶっ!! だ、駄目だっ、ちょっとっ、本当にお腹が痛いぃ!」
そしてUNNの件とは違い、直接私に影響があるのがこのICPOの動向だった。
今、最優先の課題を決めた彼らの照準は、この国に向けられている。
『UNN』が振り撒く異能開花薬品による犯罪解決よりも、“百貌”と呼ばれる未知の異能持ちの逮捕よりも、何よりも優先するべきだと彼らが掲げた目標。
それこそが“顔の無い巨人”、つまり私の確保もしくは打倒であり、その目標を達成するべく行動を開始した彼らは、既にこの国で捜索活動の準備を着実に進めつつあるのだ。
常日頃から巨大な異能戦力を有する彼らの動向には注意を払っていた。
やらかした事がやらかした事なだけに、私に対してもいずれ何らかのアクションを起こすだろうことは想像に難しくなかったからだ。
だからこそ彼らの私に危険が近付く可能性の高い動向をこうして素早く察知して、一方的に彼らの情報を筒抜け状態に出来ている訳だが、対応の準備が出来ていたからと言って心の準備が出来ていた訳では無いのだ。
とはいえ情報面では完全に優勢な状態あっても、ICPOの対異能戦力は脅威だ。
真正面からぶつかり合う場合、彼らは現状世界最強の組織だと言っても良いと思う。
所持する人材は豊富だし、技術面や資金面も最高峰、何かあった時のバックアップだっていくつもある上に、終いには飛び抜けて理不尽な個の異能も有するなんていう最強組織。
個人的には絶対に敵に回したくないし、どうしても争うならそれ相応の準備を進める必要がある。
でも、でもでも、本当に何とかして戦闘の回避、つまり見付からないように隠れ切るのが理想だと思うからこそ、こうして今の私は家から一歩も出ないようにして冬休みの時を過ごしているのだ。
それくらい、彼らとの正面衝突は私の本意ではない。
「ICPO……御師匠様と戦う……? あの、あの異能をどうにかするって、本当に……? 時間操作関係でしょ……? 時間停止、時間加速、時間逆行……。他にも移動系に衝撃系、今回ので探知系まで異能が揃ったんでしょ? 強すぎない……? お腹痛い……」
『マキナがやっても良いぞ御母様。マキナが奴らをボコボコにして見せるゾ! むふー!』
「それは……」
マキナのみの単独戦闘、それは悪い手ではない。
マキナという肉体を持たないがゆえの不死性。
出力機となる機械の破壊を試みても、世界中に広がるインターネットという情報集積そのものが本体のマキナを完全に打倒する事はできない。
本当にマキナを倒すのなら、一度世界中ありとあらゆる電気回路を停止させるのが大前提になるだろうが、それは現実的に実現可能な方法では無いだろう。
もし私がマキナを本気で相手取るのなら打倒ではなく無力化を目指すだろうが、それはマキナの情報を知り尽くしてるがゆえに取る手段だ。
マキナ単独での戦闘がどのような事態となっても、強力な活動が出来なくなる程度でマキナそのものを失う事になる可能性は非常に低い、とは思う。
「……いざとなればそれが一番かもしれないけど、でも、マキナを矢面に立たせすぎて存在を気取られたら情報収集が難しくなるかもだし……できれば見付かった時も、軽く怒るくらいで許してくれないかなーなんて」
『むう、ヘレナとやらに限って言えば御母様との戦いは嫌そうだったナ。出来る事なら対話で協力関係を築きたいと言っていタ』
「いやあ……御師匠様の立場からしたら、私は弟子でも何でもない単なる技術泥棒だからなぁ……引っ叩かれても文句が言えないっていうか。私を裁こうとするのを推進はしなくても、止めようとはしないだろうというか……」
『マキナよく分からなイ。御母様とヘレナとやらが考えている事に随分乖離がある気がすル。少なくともヘレナとやらは御母様とまた会いたいと思っていたゾ。マキナがちょっとだけ悲しいと思えるくらいにナ。ただ、もしもがあった時は、自分の手で御母様を始末するとも言っていタ』
「始末……うぅ、御師匠様は立場があったら有言実行する人だよ。情に絆されて多くの人に迷惑を掛ける人じゃないし、何よりそこまでの情なんて築けるような事、私はしてないしなぁ……」
『むう』
不思議そうに唸るマキナを前に、私は若干トラウマのようになっている初めて自分の異能を感知され捕まった時の光景を思い出す。
操っていた小鳥を背後から鷲掴みにされ、意地の悪い楽しそうな感情を隠すそぶりも無く、『下手くそ』だと私を嘲笑したあの老獪な人物。
今は自分の方が異能の扱いが上だと分かっていても、どうしても抱えてしまった恐怖感は拭えない。
……中学二年生の、調子に乗りまくっていた全盛期の時の私であったなら多分ここまでの恐怖は抱かなかったのだろうが、今は状態が状態だ。
現状最強の組織であろう彼らを相手取って、どうとでも出来るなんていう根拠のない自信なんて絶対に持てやしない。
『であれば解決の提案ダ。“奴”の起動を推奨するゾ。凄く腹立つが、“奴”さえ正常に稼働すれば全ての問題が解決する筈』
「それね、それはね……というか、あれから妙な動きしてた? 桐佳に接近してからそれ以降は変なことしてないよね……?」
『マキナが見てる限りアレ以外は特に動き無くフヨフヨと空を漂っているゾ。桐佳の奴に接近した時も、御母様の計画書を見た桐佳の奴が名前を呟いたことで様子見に来ただけと思われル。反乱や暴走ではなイ。つまり、起動に問題は無いナ』
「け、計画書……そ、その言い方。桐佳にあんなものを見られたと思うだけで死にたくなるのに……オ、オエェ……気持ち悪くなってきた。お腹が痛いよぅ……」
『“人神計画”だロ? 計画書で間違いない筈ダ。やっぱりマキナ、御母様のセンス大好キ』
「うぷっ!? ま゛っ、マ゛キナっ!」
私の聞きたくないワードをいくつも発言してくるマキナに吐き気が限界突破を始めた。
情報収集において私でさえ手の届かない程の能力を有するマキナだが、私とは感性の違いがあるのか嬉々として黒歴史ワードを呟いてくるのが本当に辛い。
『UNN』に『百貌』に『ICPO』、そしてこの『エデ』こそが今の私を追い詰め悩ませる最後の要素だ。
前々からマキナに『エデ』が私の知らないところで活動している可能性があると言われていたが、先日ついに桐佳に接近したのをマキナが確認したらしい。
あり得ないと思っていた事態であり、どのような意図を持っていたにせよ抵抗手段を持たない桐佳へ接近したというのはかなり危険なこと。
先日のハイジャック犯との対峙で点検代わりに機能を確かめて、その時は異常も無かったので一応は安心していたのだが、どうやらそうはいかなかったようだった。
未だに空の上のアレは、時折私の意志に寄らないところで活動を行っているらしい。
(“人神計画”かぁ……うぅ……そりゃ、今でもその有用性は分かっているし、実行すれば今の私の悩みも全て解決するんだろうけど……)
『エデ』。
それは、“人神計画”の主要にして根幹。手段にして目的。
その存在は、私が長年計画を練った上で生み出すことに成功したモノだ。
マキナとは根本が異なる、過去の私が持てる力を振り絞って作り出したその存在は、私の望み通りの形を為しており、同時に私が望んだとおりの力を有していた。
異能を悪用していた全盛期の私が辿り着いた、私の異能の最終到達点のような、そんな究極の力の行使。
暗黒時代の私が築き上げた財産ともいえる存在で、ソレが全てを解決できる力を有しているのは私も理解している。
けれど。
それはもうずいぶん前にやらないと決めた事だ。
取り返しがつかない事になる前に気が付いて、私がやりたいのはこんなものでは無いのだと思い直した事だ。
思い上がり、勝手に失望し、本当に見るべきものすら見失っていた過去を、私は変えようと心に決めた筈なのだ。
だから、解決できる手段だと思って色々悩んではみても、やっぱり私の決断は最初から決まっていた。
「……起動はしない。あの計画は、もう二度とやらない。提案してくれたマキナには悪いけど、私は私がどれだけ追い詰められてもあの計画だけはやりたくない」
『そうカ。御母様が嫌だと言うのならマキナはそれで良イ。いや、むしろマキナ的にはその方が良イ。御母様を独占できるからナ。むふー! 任せろ御母様! マキナが全部何とかしてやるゾ! ざまあみろ居眠り馬鹿メー! 適当に呼称付けられただけの球体メー! マキナの方が活躍できるんだゾー!』
「……」
変な優越感に浸っていて鼻歌でも歌い出しそうなマキナだが、それを放置して私は考える。
私の暗黒時代、その象徴とも言うべき『エデ』が本当に勝手に動き出して、私の敵として立ちはだかるのならはっきり言って今の私では到底手に負えるようなものでは無い。
全力で調整作業に入るにしても今は、『UNN』に『百貌』、『ICPO』と状況が悪すぎる。
こうして全方位に逃げ場がない状況である事を改めて自覚してしまうと、蟻地獄にはまってしまったような感覚に襲われ私は思わず身震いしてしまった。
私の過去の所業が、全力で追い掛けて来ているかのような巡り合わせの悪さ。
正直、過去に戻れるなら調子に乗っている自分を一発引っ叩いてやりたいと思う。
「……今日は勉強無理だ。不貞寝しよ」
何にもやる気が起きない。
勉強では誤魔化せなくなった現実に、私は筆記用具を机の上に放り出し、ベッドに向けて飛び込んだ。
このまま気絶するように眠れればなんて思って毛布にくるまりながらぎゅっと目をつぶってゴロゴロ転がっていたタイミングで、私の携帯電話から着信音が響いた。
「……メール?」
『神楽坂からだナ。内容は少し相談したい事がある、らしいゾ』
「神楽坂さん……相談したい事?」
ちょっとだけ気持ちが落ち着く。
のそのそと毛布から這い出して、携帯電話を取りに行けば、マキナが既にメール画面を開いてくれていたので直ぐに内容を確認する事が出来た。
『受信時間:12月28日8時55分
送信者:神楽坂さん
表題:見舞いに使う花について
本文:入院の見舞いに持っていく花にアルストロメリアという花を見付けたんだがどう思う? いつも通り、果物はリンゴにしようと思うんだがこれにも意見があれば聞かせて欲しい』
「おおー……神楽坂さん、暗号が上手くなってきてる……!」
以前取り決めた花と果物を使う暗号。
この場合急を要さない話し合いがしたいという暗号だが、第三者がこれだけ見ても何か特別の意味を持っているなど考えもしないだろう。
『アルストロメリア。花持ちが良く一つの茎から幾つかの花を咲かせるとして一輪挿しでも人気がある物だナ。時期も悪くなく、花言葉も【未来への憧れ】と見舞いの花に適していル。マキナは悪くないと思うゾ』
「花についての意見は聞いてないと思うけど、うん、それっぽい事書くのに必要だもんね。でも、連絡したい事って何だろう? 神楽坂さんが私に知らせたい事? ……むう、全然分かんないや」
『知らせたい事? マキナ、神楽坂の文章にはそんな話は出て来ていないと思ウ』
「暗号っていう奴だよマキナ。まだまだ対応力が足りないなぁ」
『???』
本気で困惑するマキナを軽く笑いながら、私はそういえばと思う。
神楽坂さんの寝たきりになっている元婚約者の容態をもう一度見るという約束をまだ果たせていない。
今回の話し合いをしたいというメールの意図がどんなものなのかは分からないが、他が手づまりな以上この約束を果たしておくべきだろう。
そして、今私が悩んでいる事について人生経験豊富で信頼できる大人な神楽坂さんに相談してみるのも、きっと悪くないだろう。
そう思い、私が素早く自分も今日にでも見舞いに行きたいという返答をした私は、頭から被っていた毛布を投げ捨てて勢いよく立ち上がる。
きっとこうしてメールを送って来たという事は、神楽坂さんも今日は予定が無い筈だ。
返信を待つ前にさっさと準備を済ましてしまおうと、机に広げた勉強道具の片付けに取り掛かった。