非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
1月5日。
年末年始の空気感が抜けきらないこの時期に、日本ではある一つの話題が持ちきりになっていた。
「ねえ聞いたっ!? 神崎未来が芸能活動を休止したって話っ!」
「聞いた聞いた! あれでしょ? 犯罪をしたとかなんとか!」
「警察関係者が海外撮影の時に超能力を持てるようになる薬を使ったって言ってるんだって! そんなので活動休止とかさ、ありえないと思わない!?」
「何かしたとかいう話が無いし……そこまで大きな事じゃないんだろうから、気にする必要ないのにね……」
「どうせ嫉妬した他の芸能人に圧力とか掛けられたり、こっそり薬品を食べ物に入れられたりしたんだよ、きっと! マジ最悪!! 私好きだったのにさー!」
【日本が誇る大女優、神崎未来の逮捕】
街中を歩く学生達の会話や報道で日々交わされるそんな話は、既に日本中どころか世界中で噂されている最も大きな話題だ。
そしてその話題に対して、事件の正確な情報を知る由の無い世間は、好感度が異常ともいえるほどに高かった神崎未来への同情と逮捕事由へ向ける猜疑の声が溢れている状態であった。
それは以前、神薙隆一郎という世界最高峰の医師が逮捕された時と同じである。
だが同時に、周知され始めている異能の危険性がゆえに、逮捕された理由である異能開花薬品の入手と使用に関する罪に対しては表立って異議を唱えるような者はどこにもいない。
間違いなく異能は存在し、危険であり、場合によっては逮捕されるべきであると、世間の考えは更新されていた。
「インタビューとかされても凄い丁寧だったし、ファンサも完璧で人柄も良かったのに。よく分からない事情であれだけの人を潰すなんて……何とか復帰してくれないかなぁ」
「超能力って、薬とかなんだとかよく分からないけど本当に怖いよね……神崎さん気を病んでないと良いんだけど……」
異能というものの危険性を確かに把握しつつある世間の認識。
ただそれが、テレビ越しでしか見た事のない人物へ向ける信頼を超えるかどうかはまた別問題なのだ。
‐1‐
日本国内にあるとある施設。
異能所持者を収容する為に作られたその、特別面会室と呼ばれる場所で、現警視庁異能対策部部長の飛禅飛鳥が強化プラスチックを挟んだ相手を鋭い目で観察していた。
それは少し前、飛禅飛鳥が【液状変性】の異能を持つ危険な女と面会した時と同じ形。
単なる面会とはいえ、本来犯罪者の対応としてはあり得ない一対一の面会を何度も繰り返している日本警察の現状は、安全面から考えれば稚拙ではある。
だが、日本が持つ異能犯罪者の収容事情を考慮するとそれは仕方のないことなのだ。
取り上げる事が出来ず、使用させないよう制限する事も現状の科学の力では出来ない、限られた個が持つ凶悪な武器【異能】。
それを持った者だけが纏めて収容され、その危険性から様々な特別措置を設けられている彼らと対峙できるのは、ごくごく限られた者達だけである。
そのごくごく限られた者達の中でも、殊更立場や地位、そして力を有するのが飛禅飛鳥であり、抑え付けられない犯罪者と対峙することに拒否感を示す者達が多い以上、彼女にその役割が回ってくるのは当然。
この面会室を利用するのが飛禅飛鳥ばかりなのは、新設された異能対策の部署がそんな対策の難しい、危険でやりたくない仕事の押し付け先として利用されているのが実情でもある訳だ。
しかしそれは、押し付けられる側の飛禅飛鳥にとっては別に悪い事ばかりではない。
「————なるほど。和泉雅との件はやっぱり和泉雅と協力関係にあった訳じゃ無くて、アンタが一方的に奴の模倣をして異能によって分身体を作成したって事だったのね。アンタが演技できると判断した相手だったら、何にでも模倣できるという異能の性質を利用して、一方的に力を複写してストックにしていた」
「まあ、そうだね。和泉雅の分身は完全独立するタイプの異能だったから、別の人の模倣をしても存在し続けるっていう強みが使えると思ったんだよ。あ、その為にこの場所に侵入した事があったんだけど、以前テレビ番組で共演した際に飛鳥さんの模倣もストックしていたから」
「ああ……ここに収容されてる奴らの相手を全部私に押し付けるから、私の姿を模倣していただけですんなり和泉雅の下に辿り着けたってこと。ああそう、その部分の警備体制も見直さなくちゃいけないってことね、はぁ……」
視線の先にいる女性、“百貌”神崎未来からの回答に飛鳥は頭の中で情報を整理する。
そして明確に見えて来た、知り合いの少女の過去の姿をしていたこの女性の事情や異能の力に、あとどの部分が足りないかと次の質問内容を考えていく。
こんな風に必ず自分を介するから、聞きたい事が漏れるような事も無ければ、これはいらないだろうという伝聞による情報の取捨選択や変な裏切りを警戒する必要が無くなる。
やり取りの中で現場の問題点が直接見えるという部分や文章や伝聞だけでは分かり辛い性格的な危険性なんかの判断もしやすかったりする。
そういった部分があるから、押し付けられていると分かっている飛鳥も素直に従いこうして何度も異能持ち用の収容施設へ足を運んでいるのだ。
そして、なにより飛鳥にとって好都合なのがもう一つ。
「次、宍戸四郎の異能を開花させた件の弁明」
「宍戸君の件はさぁ、あれなんだよ。私が模倣を始めてすぐの頃だから、模倣先の考えに引っ張られすぎてね。不幸な境遇、善人である筈だった者。視えちゃった怒りとか悲しみとかに同情して思わず動いちゃったんだ。ほら、あのまま手を出さなかったら呑み込んでいた薬の副作用で彼、命を落としていたし。そういうのがあの頃の御母様は許せなかったんだと思うよ。まあ、私としても彼の異能を模倣するという手札が増えた訳だから悪い事ばかりじゃなかったんだけど、私自身の目的とは結構掛け離れた行動だったよね」
「……ふうん」
解答の中にあったとあるワードを聞き、飛鳥はチラリとこの部屋を監視する唯一の監視カメラへと視線を投げた。
期待通りその一瞬だけ、点灯している光が緑から赤に切り替わったのを見て、この場にいるもう一人が事前の手筈通りに動けている事を確認する。
【他の誰も立ち会わない代わりに、映像として監視かつ記録化するそれをどうにかしさえすれば、この場所は秘密の集会場としてうってつけ】。
何よりも好都合なその部分。
それがあるからこそ、公になって欲しくない情報の聞き取りを、飛鳥は何も気にせず安心して行える。
「アンタ、自分の異能に随分引っ張られるのね。異能の性質上仕方ない気もするけど、また判別の面倒な……それで、その後も模倣先の人格に振り回されたのか、協力者はいるのかについて話して頂戴」
「その人の全てをそのまま模倣する訳だからね。ただ、それからは目的を定めればある程度の自制とかは出来るようになったし、宍戸四郎の件の後は本当に私自身の考えを基軸として動き回っていたから私の意志が無かったとは言わないよ。協力者とかはいなくて、いたのはせいぜい相談相手くらいかなぁ。孤独な戦いだったよ」
「……相談相手ね」
「前々から話だけはしていたんだよね。これから自分は大きなことを仕出かすつもりで、もしも自分の企みが失敗したらあの人の事はお願いしたいって話。同じ境遇で、同じようにあの人に恩を感じている人だったからさ。方向性は違えたくなかったし」
「ああ……どおりで」
「あ、思い付いた人がいても名前は出さないでよね! その人に迷惑は掛けたくないし、直接協力してもらった訳じゃ無いんだから!」
「うっさいわね。良いから黙って私の質問に答えるだけしなさいよ」
飛禅飛鳥はプラスチックの向こう側にいる到底凶悪な犯罪者には見えない神崎未来の様子を微妙な顔で眺めながら、小さく嘆息した。
(……先日決まったばかりの例のあの法案。色々違和感があったけど、アレが随分私達に都合の良かったのはそのある人物の計らいがあったからで、コイツの身柄をICPOではなくウチ預かりにする話が本当にすんなり通ったのも、恐らくこれを見越してた……なるほどね、異常な速さでの法案成立や根回しの上手さの理由がだいたい読めて来た)
「そうそう。聞くところによると飛鳥さんもお姉さん達と境遇は同じらしいね。つまり私達はある種の同士みたいなものだから、是非とも仲良くしようよ。ファンクラブ一番二番みたいなね」
「共通点見付けて懐いて来るな。そもそもお姉さんって何よ犯罪者」
「私の方が年上だからね、ふふんっ。年下の飛鳥さんが警察として頑張っているのを見ると本当に誇らしくなるよ。いやあ、頼もしいなぁ」
「私この前アンタにボコボコにされたんだけど……?」
ついこの前、世界に影響を及ぼすようなとんでもない事をやらかしてこの場所に収容される事となった神崎未来。
テレビ越しに見る才色兼備な姿とは違って、あれやこれやと騒がしい目の前の人物は図体ばっかり大きくなった子供である。
そしてそんな人物が引き起こしたのが、“顔の無い巨人”の活動を模倣した【人神計画】の実行。
規模こそ果てしなく影響も甚大だった訳だが、具体的に何の犯罪で捕まえるか非常に悩ましい事件でもあった。
事件も名称化しづらく、何よりも犠牲者という犠牲者が実質的に存在しない。
“紫龍”や“死の商人”などは犠牲者や状況証拠があり立件も比較的容易であったが、精神に干渉する力を多用した、或いは被害者の傷が残っていない今回はどの方向にもっていくにも難しい。
だから“百貌”が関わる今回の件に収拾を付ける方法は、そもそも非常に限られていた。
収拾を付ける形として事前に話し合っていたものが矛盾無いか、問題が残らないかを飛鳥は少しだけゆっくりと考える。
「……アンタは海外撮影の時に超能力を持てるようになる薬を違法に入手し使用、それで生まれた異能の力を制御できずに暴走した。そういう形だから、分かった? 異能の詳細は伏せるし、アンタの芸能活動は当然休止。発生する違約金なんかはアンタが払うのよ」
「あ、違約金なんかは心配しなくて大丈夫。この時の為に色々契約に注文付けておいたから誰かに迷惑を掛けるようなことは無いよ。私を使って商売を考えていた人達にとっては大迷惑だろうけどね。まあ、私としてはせっかくの意趣返しのタイミングで、請求が私の両親に行かないのはちょっとだけ惜しいかな」
「何から何まで想定済みってこと? 本当に腹立つ奴ね」
一連の“百貌”の事件を片付ける話として都合が良く、事実から大きく外れている訳でもない収拾の付け方、それを飛鳥達は選ぶことにしたのだ。
大きな被害が無いからと無罪放免には出来ないし、“百貌”という世間を揺るがした人物の拘束は必要不可欠。
制圧に失敗したICPOが納得するだけの材料は提示する必要があり、破壊痕の残った国会議事堂を説明するにも、それを行った犯人の説明は不可避でもある。
故に、“百貌”の正体が神崎未来だということは秘匿情報として関係者に知らせ、一般的には神崎未来が異能開花薬を不法入手・使用を行い、異能を暴走させたという形。
異能を開花させる薬の違法入手及び使用、そして手に入れた異能の暴走での立件を今回は取ることとした訳だ。
そしてその罪の刑は、さほど重いと言えるものではない。
禁錮1年という比較的軽い実刑が想定されているが、この犯罪歴という汚点は役者という人気商売を生業としている神崎にとっては非常に重くのしかかる事だろう。
ある意味、直接的な悪事を働いていた“紫龍”よりも重い罰だろうと思う飛鳥は、自身と似通う境遇を持つ彼女に内心少しだけ同情の念を抱いていた。
始まりが似た者である自分も少し選択が違えば、なんて。
そんな風に考えてしまうのだ。
(……もし、燐香と再会できなかったら、警察官という道を選んでいなければ。考え出したらキリがないけど、最初が同じっていうのは本当に後味が悪いわね。華々しい色んなものを失った後のコイツはどんな風に……)
「あーあ、私の女優業も実質引退かぁ。芸能生活が終わる時、私は生きていないだろうと思ってたんだけどなぁ。こうして生き延びちゃったし、今後働き口どうしよう……ねえ、飛鳥さん。個人での動画配信って稼げると思う? 飛鳥さんって最近警察の広報動画とかで活躍してたよね? 獣耳の飾りを付けたりした色物系動画配信者なんて面白いかな?」
「……本当にふてぶてしい奴ね、そんな動画の収益関係なんて知らないわよ。アンタ人気あるみたいだし稼げないってことは無いんじゃないの」
けれど、そんな飛鳥の小さな同情心は神崎未来のあまりに気の抜けた態度で吹き飛ばされてしまった。
ドラマや映画の役柄では本当に多種多様のキャラクターを演じていたし、共演したような報道番組に呼ばれていた時はその時々に合わせて求められている役をこなしていた。
そんな芸能人として完璧な姿から勝手に思い描いていた落ち着いた大人という人物像が音を立てて崩れていくのを実感し、飛鳥は疲れたように肩を落とした。
この能天気そうな姿が本性なのだとしたら、これを知って驚愕するファンの数はきっと途方もない数になるだろう。
演技せずに動画配信なんてした暁には、ショックで寝込むファンが出ても不思議ではない。
「えー、雑な返答だなぁ。仲良くしようよ同士ぃ……」
「同士じゃないわ。変な仲間意識を作らないでよ」
「でもほら、私の異能なら幼い御母様の模倣した姿を撫でさせてあげたりできるんだよ? それって飛鳥さんにとってはすっごく魅力的なんじゃない?」
「……………………そんな甘言には屈しないし、それは別にアンタの異能による模倣でしかないんだからアンタ自身である事には変わりなくて、別にそんなの興味もないっていうか。私をそんなので騙せると思っているなら心外だし、そもそも異能使用の許可はしてないから勝手に模倣なんかしたら怒るわよ」
「じ、冗談だってば」
早口で返答し、プラスチック板に顔を近付けた飛鳥に圧を感じた神崎は口元を引き攣らせ飛鳥から逃げるように体をのけぞらせる。
プラスチック板の先に見える飛鳥の目があまりに怖い。
ストーカー系の犯罪者はこんな感じの目をしているんだろうなという神崎の予想をそのまま映し出したような、そんな目をしている。
やっぱりこれは地雷かと、眉間を指で揉みながら神崎は慌てて話の軌道を修正するよう試みた。
「えっと、話を戻すけど、前にも言った通り、私の処分は貴女達にお任せするからどんなものであっても抵抗なんてしないよ。貴女達が納得している処分ならどんなものにも従うつもりだからね。ただ、この処分について飛鳥さんの独断とか、警察や国際機関から強制されたりなんかじゃ」
「————ええ、はい。それは当然、違いますよ」
「あいたっ」
突然響いた神崎とも飛鳥とも違う返答の声。
その声の主はいつの間にかプラスチック板に顔を近付けていた飛鳥の後頭部を軽く叩き、とんでもない不機嫌そうな表情をして立っている。
以前買い取った欲しくも無い高価な男性用フード付きコートを纏い、一見すると異能対策部署のトップだと噂されているブレインと呼ばれるその姿。
犯罪者を収容するこの場所には似つかわしくない死んだ目をした少女、佐取燐香が誰にも気が付かれないうちに密室である筈のこの部屋に姿を現していた。
佐取燐香という少女の登場に、神崎は目を大きく見開いて驚きを露わにする。
「御母様……!? ど、どうしてここに……? 流石にここに来るのは危ないんじゃ……」
「……模倣が解けているのに御母様って……あ、さてはマキナが私をそう呼んでいたから真似してるんだ……! 捕まえられてもまだ人を小馬鹿にするなんてっ、なんて奴……! ああもうっ、それはともかくっ……! 飛鳥さんだけじゃ本気で反抗しようとする貴女は手に負えないかもしれないと思ったし、貴女に仕掛けた首輪が正常に作動しているか確認する必要があるからこうして直接出向いたんです! 本当なら勿論こんな所には来ませんし、来たくなんかありませんよっ……! もしかしたら私がいつか収容される場所なのかもしれないと考えると……うぅぅ、すぐにでも早く帰りたい……」
「えぇ……」
即座に繰り出される情緒不安定な燐香の様子に、神崎未来はひたすら困惑する。
過去の、自信に満ちていて悩みなんて全て踏み潰して歩くような恩人の姿が微塵も無く、メンタル弱めっぽい人物が頭を抱えて唸っているのだ。
【人神計画】の実行時に対峙していた時にも感じていたいくつもの違和感が、変貌し切っている燐香の情けない姿で確信へと変わってしまう。
「っ……ちょっと燐香っ! なんで頭を叩いたのよっ! おでこがプラスチック板にぶつかって痛いんだけど!? 私、アンタの命救ったの二度目なんだけど!? 私、命の恩人なんですけどー!?」
「私を模倣した姿を撫で回す妄想をしてたからですよアホアホアホ! 私がこの部屋にいるって知ってた癖に! 私が近くで監視していること知っていた癖に! それに私の変な人形を勝手に作ってるのも知ってるんですからねっ!! 何仕事場に置いてるんですかアホ!」
「は、はあっ……!? そ、それはっ、そんなのしてないしっ、今関係ないし! っていうか人の仕事場を覗き見るなんてっ」
「私に対して嘘吐くなんて笑えますねファンクラブ会員24番っ!! 私は安全を確保するために色々調べて知ってるんだぞ!」
「うぐうっ!?」
ぶつけて少し赤くなったおでこを押さえ不満を示したものの、即座に燐香のさらなる怒りによって反撃を受けた飛鳥は口を噤み大人しく椅子に座り直した。
口論に負けてすっかり大人しくなった飛鳥を放置し、姿を現した燐香が膨れ面のまま神崎と向かい合う。
「……あの時の二人のやり取りで何となく分かってたけど、やっぱり警察の人達と協力関係にあったんだね」
「本当にごく一部の人達とだけですけどね。ふう……数日ぶりですか。足の怪我の調子はいかがですか?」
「その、足はもう日常生活を送るのに少し不便程度だから問題無いよ。桐佳ちゃんと遊里ちゃんには心配しないでって伝えて欲しいな」
「助けてくれた人が刑務所にいるとか凄く伝えにくいんですけどね……まあ、それならなによりです。ずっと足を庇っている姿には少々私も思う所がありましたからね。さて、話は変わりますが、私がこうして顔を出した理由は何となく分かりますよね?」
「それでは本題に入りましょう」と燐香は言って、顔をこわばらせた神崎を見遣る。
「貴女の異能は危険です。あらゆる人物を異能含めて模倣する強力な異能という点もそうですが、薬によって強制的に開花した異能は自然発生でない分所持者に有害的な反動を持ちやすい。私が調べた限り、貴女の異能は反動として模倣する相手の人格に自分の人格が侵食されるという性質を持っています。過去の私が施した精神保護、役に没入する演技をいくらしたとしても貴女の人格を保護するという処置によって今はその危険性が抑えられてこそいますが、絶対安全とは言い切れません」
「……はい」
まるでベテランの精神科医、或いは異能研究の第一人者のようだと、傍から話を聞いている飛鳥が思うくらい燐香の説明は手慣れている。
燐香の異能の理解度があまりに卓越しているのだと再認識していた飛鳥と同様に、その説明を受けている神崎も何の反論も出来ずにただ頷くしかなかった。
「性能も、妹達の恩人である貴女自身の身にも危険な異能。手放しに放置はできないし、私が何とか止めることのできた事の大きさを考えれば何かしらの対策を施さないのはあまりに危機感が無いと言わざるを得ないです。だから、貴女の態度や考え次第では私が異能そのものを破壊する案を考えていました。貴女の才能、根本に深く結びついているその異能を破壊するのは相応の危険を伴いますが、貴女の無害化、安全性の確保を考えればそちらの方が良いかと思った訳です」
「……」
異能の破壊。
目には見えない人の才能の一部として存在するそれに攻撃する行為は、メスによって体を裂く手術のような危険の伴う行為であることは間違いない。
だが、間違いなく世界を揺るがす異能であり、異能が所持者を害するという事情を考慮すれば、その判断は致し方ないと思える程度のものだ。
きっと誰もその判断に文句など言わないのは、燐香も飛鳥も、当の本人である神崎もそれは分かっている。
だが覚悟していたとはいえ、自身が手に入れることのできた異能を失うのだと言語化された事で少し顔を暗くした神崎の表情を一瞥し、燐香が続けて口を開いた。
「ですが……」
そんな枕詞を口にして、燐香はじっと口を閉ざしてやり取りを見守っている飛鳥に視線を向け、少し考えを纏めるように目を閉ざし「気が変わりました」と言った。
「……今の貴女からは何か大きな悪事を企てる意思が感じられない。悪意を持って誰かを傷付けるような考えも持っていない。これからも私の敵に成り得る存在だとは、思えなくなりました」
「それはまあ……今の御母様がここまで考えが変わっていて、あそこまで嫌だと言っていることが分かって、私の計画は最後の最後まで全部潰されちゃった訳だからもうどうしようもないしね」
「あれだけの事件を引き起こした貴女が自衛能力を持たなくなるのも問題ではありますし。取り敢えず、それらの事情を考慮して私から提案があります」
そう言った燐香は神崎の異能を破壊するという選択肢の代わりに、もう一つの道を彼女に提示する。
「提案というのは、刑罰を受けている間、異能を制御する訓練という名目で警察の異能捜査活動に協力するというものです」
「簡単に言えば“紫龍”と呼ばれる人物が行っているのと同じ活動ですね」と燐香は言って、少し視線を彷徨わせている神崎の回答を待たずに続きを話す。
「飛鳥さんが指揮している異能対策部署、方針は良いと思うんですがどうしても必要になる異能の戦力が足りない部分があります。世界中に存在する、あるいはこれから出て来る強力な異能持ちの可能性を考えると、飛鳥さんと“紫龍”だけでは到底対応しきれません。宍戸四郎による周囲を巻き込んだ攻撃や複数の異能持ちが同時に事件を起こした時の対処能力が絶望的なまでに足りていません。ですから地盤固めの一環として、異能を持った人材を集める必要がある訳なんです」
「……なるほど……?」
「神薙隆一郎という医療系の異能。飛禅飛鳥さんという対災害に強い異能。そして単純な破壊力を持つ宍戸四郎の異能。どれも使い分けられるあなたの異能は非常に魅力的です」
今、飛鳥が指揮する部署の戦力は少ないと言わざるを得ない。
異能持ちは保護している者達を除けば飛鳥と“紫龍”しかいないし、それを支える異能を持たない者達だって数は多く無い。
単純に人手が足りていないし、異能という力も全く足りていないのが現状なのだ。
治療も出来て、戦闘も出来て、災害による被害にも対応できる、自己完結能力が非常に高い神崎未来の力はこれ以上ないくらい部署が抱える不足を補える。
佐取燐香という表に出たがらない少女にとって、自分の関わらない部分で異能犯罪に対する事件解決能力が足りていない今の状況は不都合で、それを何とかしたいと思っていたとしても違和感は無い。
だからこの提案は選択として十分あり得る話ではある。
だがそれは同時に、と神崎は思った。
「……それは自分自身の首を絞める選択だって分かってる?」
隠したい自分の過去を知り、模倣した神崎未来という人物の異能行使を黙認する。
その選択がどれだけ危険な事か分からない筈もないだろうと神崎が言外に伝えるが、燐香は大した反応もせずにただ頷くだけだった。
「貴女が裏切った際や貴女が異能を使うことの危険性は承知しています。でも、だからといって今の飛鳥さんが抱える負担をそのままにはしたくありませんから」
「……」
「……へえー、ふーん?」
事情を説明した燐香の横で、恥ずかしそうに口をもごもごさせている飛鳥に視線を送り、神崎は不満そうに口を尖らせる。
そんな様子の二人を変な目で見ながら、燐香はさらに条件を提示していく。
「神崎未来さん、貴女の精神保護は私が適時調整しましょう。異能による副作用が無いように精神面のサポートをしっかりと行いますし、これまでしてきた私の黒歴史暴露も甚だ不服ですが不問にします。ですから、代わりに異能対策部署を……また別の誰かが引き起こす異能犯罪の解決を手助けして欲しいんです」
単純に自分の本心を神崎に伝える。
精神干渉という相手を強制できる手段を持ちながらそれを使用せず、本心からの自分の考えを口にして嘘を含まない言葉だけで協力を要請する。
それはこの場にいる二人は知り得ないことであるし、燐香自身にその自覚は無いだろうが、いつか神楽坂上矢という一人の警察官が佐取燐香という少女に頭を下げた時にどこか似ていた。
「貴女がこれから別の誰かを傷付ける選択をしない限り、進む先は貴女自身が選ぶべきものです。異能を無くしてこれからの人生を歩むか、異能を残して危険な異能犯罪の解決に協力していくか。妹達の恩人である貴女の意志を私は出来る限り尊重したいと思っていますし、私がこの考えは飛鳥さんと神楽坂さんにはあらかじめ可能性としては伝え了承を貰っています。すぐさま協力するとなると変な疑いを掛けられる可能性もありますから、返答はその分だけ時間を置いて頂いても……」
「ううん。時期は都合の良いように任せるけど、私に考える時間は必要ないかな」
そしてそんな燐香を前にして、神崎の答えなんてもう決まっていた。
だって、神崎未来が事件を引き起こしたのも、その目的も、結局はたった一つの理由によるものでしかなかった。
「私はもう、今の貴女の望むように味方になるって決めてるから」
憧れの人が目の前で自分を見てくれている今の状況こそが、神崎未来が長年追い続けたものだったのだから。
1月30日に本作、『非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?』が発売されていますー!
書籍を購入してくださった方、また書籍の感想を教えて下さった方ありがとうございます!!
引き続き本作にお付き合いのほど宜しくお願いします!!
【書籍化に伴うリンク集】
〇 KADOKAWA公式サイトリンク
https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000521/
〇 『非ななな』特設サイト(こちらにMV情報などがあります!)
https://famitsubunko.jp/special/hinanana/entry-12830.html
〇 公式Twitter(X)
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