非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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静かな予兆

 

 

 

 

 昔、苦楽を共にした顔馴染みの男達が一堂に会する。

 平均的な日本人の体格に比べれば一回り二回りも大柄である彼らは、立場が違うそれぞれの顔馴染みの様子を確かめ、全員が異なる微妙そうな顔を浮かべていた。

 

 

「こうして三人で顔を合わせるのは、お前があの事件を引き起こした時を除くとどれだけ前の事だろうなァ」

「それこそ警察学校時代まで遡ることになるだろうが……柿崎、お前が過去を懐かしむような発言をするなんてどういう心境だ? まさか、今の部署にいるのが限界なのか?」

「忙しい上に危険が伴うのは間違いないだろうが、今更柿崎が命の危険がどうとか気にするようには思えないだろ。どうせ筋トレの時間が少なくなってストレスが溜まってるみたいなものだろうよ」

「テメェら、随分言ってくれるじゃねェか。だが……疲れてるってのは間違いない。先日“百貌”とやらとやり合った時は、特にな」

「“百貌”、か。異能も持たないお前らが、本当によくやってると思うよ」

 

 

 二人の警察官と一人の犯罪者が、ともすれば諍いになりかねないそんな軽口を交わす。

 数々の異能犯罪を解決している神楽坂上矢と異能対策部署に所属する柿崎遼臥、そして異能を持つ元警察官、宍戸四郎。

 立場が大きく変わってしまった同期である彼らは、犯罪者である宍戸への聞き取りという名目でこの場に集まっていた。

 

 警察という組織に深い恨みを持つ宍戸四郎という犯罪者は、まったく顔の知らない警察官が聞き取りをしようとしてもまともな受け答えをしない可能性がある。

 そう考えていたところに、聞き取りをしたいと申し出たのが宍戸四郎の同期である神楽坂と柿崎の二人だった訳だ。

 

 そして、この二人が聞き取りを希望した理由は別にその任務を全うする為だけではない。

 

 

「……“北陸新幹線爆破事件”、お前が残した独自捜査の証拠や資料は正式に提出した。隠蔽に関わった警察官、それから官僚や地元の有力者も処分される方針だ。相応の罰とは言い難いかもしれないがな」

「ソイツらの醜い抵抗はお前にも見せてやりたかったなァ。碌な反証もしねェで警察署を爆破した犯罪者が残した証拠を信じるのかだとのたまってやがった」

 

「…………そうか。また昔のように、不都合な真実は握り潰されるものかと思っていたが、そうじゃないんだな」

 

 

 警察生命を捨ててでも成し遂げようとした不正の告発。

 その告発の結末を、少なくとも顔馴染みであった彼らは宍戸に伝えるためにこの場にいた。

 そして、告発が正しく受け入れられて不正を行った者が処分を受けているという結末を知り、宍戸は少しだけ後悔を滲ませるように天井を仰ぐ。

 

 犯罪者である自分の下に訪れて、彼らには何の必要も無い情報を教えてくれる自分が裏切ってしまった者達。

 彼等からそんな結末を聞かされて、こんなことであるのなら、犯罪行為に走るのではなく法に基づいた告発を行うべきだったのだろうかという、そんな考えが宍戸の頭を過ってしまう。

 

 

「仕出かした事を擁護する訳じゃねェが、テメェがネット上に全国放送したことで、上の奴らも惚けることができなくなったんだろうなァ」

「違うぞ柿崎。今の最上層部が痛みを伴う改革に肯定的だからだ。異能による犯罪が世間を騒がせている以上、不正に手を染めている獅子身中の虫なんて放置できる余裕はない。そういった理由もあるんだろうが、一番は……」

「山峰警視総監と剣崎警視監だろ? 特に剣崎の方は冷血で有名だなァ、お前の所には届いてないかもしれないが、本部部署内には奴の苛烈さは毎日のように聞こえて来るぞ」

「…………剣崎局長か。そうだよな。あの人はそういう人だった筈だよな」

「……そういえばお前、あの爆破事件の時剣崎の奴と一緒に行動してたな。ついにお前に対する処分を本部がしようとしたのかとあの時は思ったが」

「あれは……そういうんじゃないんだ……」

 

「いいや、俺の告発が好転したのは状況もうまく噛み合った結果なんだろうが……どうせお前らが俺の残した証拠の確保に動いてくれたのが決定打になったんだろ?」

 

 

 確信を持った質問への返事はなく、疲れたように肩を竦めた神楽坂と腕を組んだまま明後日の方向を見遣った柿崎の様子に宍戸は笑みを溢す。

 それから、宍戸は満足したように全身を脱力させ、自分の馬鹿みたいに誠実な同期達へと問い掛ける。

 

 

「何が目的だ? こんなところまで堕ちた俺が出来ることなら協力するつもりだが、出来る事は少ないぞ。異能開花薬品の入手経路は警察が押収していた物を奪っただけ、異能もあるにはあるが爆破させるだけの攻撃的な力で警察としては扱いにくいだろう。情報としても、戦力としても、お前らの役に立てるようなものは無いが……」

「誰がテメェなんかの礼を期待するかよ」

「柿崎は口が悪いが、俺らに礼はいらない。何せ、お前が抱えていたことを俺達は少しも気付いてやれなかった訳だしな。そんな自分の責任に、自分なりの始末を付けただけだ。ただまあ、名目上は聞き取りだから、素直に聴取に応じてくれると助かるけどな」

 

 

「聞き取りと言われてもな……」なんて、困ったように応じた宍戸に対して、神楽坂と柿崎はそれぞれ用意していた質問事項を投げ掛けていく。

 

 具体的な犯行動機。機材・爆薬の入手経路。他の標的はいたのか。協力者はどうか。所持している異能の具体的な性能性質。今後異能を悪用する考えはあるのか。

 そんな様々な質問の山だが、全く隠し立てせず素直に答える宍戸の協力は確かなものであり、元々警察官である宍戸の解答は必要事項を充足させているため、少しも停滞することなくスムーズに進行した。

 

 そんな聞き取り作業はそう時間も必要とせずに終わり、メモを整える作業に移る二人の様子を眺めていた宍戸は前々から聞きたいと思っていたことを口に出した。

 

 

「……あの子は、お前達の上に立つというブレーンとやらは本物なのか?」

「あー……いや……本物じゃないな」

「あんなガキが異能対策部署のトップとかいう妄想を信じてるのか? そんなのは創作の中だけの話だろうよ」

「そうは言うが……少なくとも俺を叩きのめした時、紫龍を従えていたあの人物は実在しただろう?」

 

 

 その質問に対して、ぐっ……と返答に詰まった神楽坂達に、意味を勘違いした宍戸が「手の内は晒せないか」と諦めたように納得した。

 崩壊した警視庁本部の瓦礫の中で、飛鳥を庇うようにして立ち塞がった人物が只の一般人で、その人物の言葉に異能犯罪者の“紫龍”が素直に従っていたという方がおかしな話。

 だから宍戸のそんな勘違いさえどうにも否定しようが無くなって、お前があれを説明しろというように視線を柿崎が神楽坂に向けるのも仕方の無い事であった。

 

 

「……あのな、宍戸。実はあれは……」

「いや、いい。俺はお前達を裏切って立場を捨てた男だ。今更お前達に極秘情報を提供してくれだなんて虫の良い話はしない。それでお前達の立場が悪くなるのは俺の本意じゃないんだ。悪いな妙な事を聞いて」

「あー…………そうか」

 

 

 調子に乗りまくった姪っ子が暴走しただけ、だなんて。

 そういう事情で説明を受けている柿崎が厳しい目を向けて来るが、本当の事情を知る神楽坂だってどうしようもないのだ。

 聞かないと言って納得したような表情を見せる宍戸を余所に、神楽坂は姪っ子を自称していたあの時の少女のやらかしに想いを馳せる。

 

 ……色々思う所はあるが、事件を解決した結果なのだから仕方なかったのだろう。

 神楽坂はそう自分を納得させることにしたのだが、一方で長い間違和感を残し続けて来ていた柿崎は我慢しきれなくなったように疑惑の矛先を神楽坂へ向け始めた。

 

 

「神楽坂。テメェ、隠してることあるだろ?」

「……隠してることというと?」

「とぼけてんじゃねェ。テメェ……ただ利用されてるだけじゃなくて自覚があるな?」

 

 

 過去、数々の凶悪犯や小悪党と対峙し、言葉の応酬や腹の探り合いをしてきた柿崎の刑事的な感覚に神楽坂の態度が引っ掛かった。

 

 何かを隠そうとする者の態度。

 以前から度々点在していた神楽坂周辺の違和を思い出し、柿崎は本格的に疑いの目を神楽坂へと向ける。

 

 

「なら聞くがな、今ウチの部署で働いている“紫龍”灰涅健斗、国際指名手配犯のステル・ロジー。どちらもお前が捕まえたことになっているが、それは本当なのか? そいつらの異能を実際に見てる俺に、お前自身の力だけで捕まえたと言えんのか?」

「それは……」

 

 

 ついに投げ掛けられたその質問。

 異能が無い中では全国警察最強と称される柿崎の観察眼は間違いなく、その目の評価では異能を持たぬ神楽坂では対抗は難しいだろうと思える二人の異能持ちのこと。

 どう足掻いても、捕まえられるとは思えない彼らを神楽坂が捕まえたことになっている現状は、柿崎にとってはにわかに信じ難く、そして国際警察から齎されたある情報との関連を疑わざるを得ない。

 

 そして柿崎の予想通り、硬い表情になった神楽坂がゆっくりと噛み締めるように口を開く。

 

 

「…………異能の有無だけが異能犯罪を解決しうる要素になる訳じゃ無い」

「そういう事を聞いてるんじゃねェよ。相も変わらず自分を飾り付ける嘘が下手な野郎だ。お前自身が微塵もそうは思ってない事が態度から見え透いてるんだよ」

 

 

 過熱し始めた二人のやりとりを目の当たりにして、プラスチック板越しに目の当たりにした宍戸は慌てて仲裁しようと立ち上がる。

 

 

「その質問は……いや、それよりも、おいっ、おい待てお前ら、ここは犯罪者との面会室だぞ。警察官同士で争ってんじゃない。もっと落ち着きを持って、弱みを犯罪者に見せないように振舞うのが警察官としての責務でだな」

「うるせェ宍戸、犯罪者なんだから黙ってろ」

「その犯罪者を前に重要機密に成り得るような話をするんじゃねぇ! ふざけんな! 神楽坂っ、お前も柿崎に何か言え! この知能のあるゴリラを暴れさせないように説得しろ! 下らない質問をこんな場でするなって言ってやれ!」

「……柿崎、俺からお前に伝えるようなことは無い。警察による支援も無いまま続けた俺の異能犯罪の捜査に対して、今更になって口出しして、お前の能力では解決は無理だっただろうと言い掛かりをつける。自分でもふざけた事を言っている自覚は無いのか?」

「気持ちは分かるが喧嘩腰になるな馬鹿野郎⁉ 嘘でも良いからこの場では俺自身が捕まえたで通せばいいだろうが⁉ お、お前らこの場でそれ以上変な情報を喋るなよ! 犯罪者として収監されている俺に秘密を喋ったとかで処罰されることもあるんだぞ⁉ 頼むから俺はもう巻き込むなって……!」

 

 

 立ち上がり、お互いがにらみ合うように向かい合った神楽坂と柿崎。

 そんな二人の姿を目の当たりにして、宍戸は誰か仲裁する奴はいないのかと声を張り上げるがどうにも助けがやってこない。

 監視カメラがある筈なのになぜ、と宍戸が困惑しつつ、いざとなれば爆破の異能でプラスチックの板を破って仲裁に、との考えが頭を過り始めてしまう。

 

 だが、慌てる宍戸や拒絶する姿勢を崩さないまま監視カメラの方向を気にしている神楽坂とは異なり、威圧的に佇みながらも柿崎は冷静に思考を巡らせていた。

 

 そして、一つの単語を口にする。

 

 

「“顔の無い巨人”」

「……そいつは……」

「俺が何も知らないとでも思ったのか、神楽坂。ICPOの奴らから、この国に潜伏するだろう最悪の異能持ちに関する情報はある程度伝えられてんだよ。歴史上最も異能による被害者を出したとか言われてる化け物のことはな。そして、テメェの周りで起こってる不可解な解決はソイツが関係してる可能性がある。俺はそう思ってる」

 

 

 ICPOからの情報や神楽坂の人となりから柿崎が巡らせていた推理がそれだった。

 神楽坂の周りで起きている異能犯罪の解決や潜伏状態にあるという世界最悪の異能持ち。

 この二つには間違いなく関連性があり、自覚の有無はともかくとして神楽坂はスケープゴートとして利用されているだろうと思っていた。

 

 そしてその推測をしていくと、現状最も疑わしいのは例の姪とやらになる。

 仕掛けられた爆弾を正確に見つけ出す推理力に、警察本部を爆破の異能で倒壊させた宍戸の前に立ち塞がり倒れ伏す飛鳥を庇って見せた胆力。

 あまりに一般人離れしたその能力の数々は、あの弱気な態度だけでは隠し切れるようなものではないと柿崎は思っているのだ。

 だが、数年前に起こしたと言われている洗脳事件のから逆算すると年齢的な部分に不明点があり、狡猾な世界的な犯罪者とは思えないあの迂闊極まりない行動には違和感がある。

 無関係か、一時的に利用されただけの存在か、はたまた本物か。

 

 それをここで問いただすことで解明しようと柿崎は考えていたのだが、どのような形であれ追い詰められている筈の神楽坂は何かを悩むように目を瞑っている。

 そして、柿崎がさらに質問を続けようとしたのを遮るように、神楽坂は話を始めた。

 

 

「……お前は特定の一つとの関連性を深く疑いすぎだ、柿崎。思いついてしまった一つの辻褄合わせの思考が、お前の考えを固定化している」

「あ?」

「俺は氷室署交通課の後輩に飛禅飛鳥がいただろう。お前のそんな仮定だらけの考えよりも、飛禅の奴と一緒に異能犯罪の解決に当たったという方が状況証拠としては存在する筈だ。“紫龍”も、“千手”も、飛禅と共に捕まえた。ありもしない異能を持つ者の関与を疑うよりも、その方がずっと現実的だ。違うか?」

「……だったら、どうして灰涅の野郎を捕まえた時に異能の件を言い出さなかった」

「散々異能を信じてなかったのはお前らの方だろう。飛禅が異能という力の存在を言い出せば、アイツも俺と同じような扱いを受けるんじゃないかと疑った。まあ、最もあの場では俺とアイツが完全な協力体制とはいえない状態だったからっていうのもあるがな。気になるなら今はお前の上司になってる飛禅に聞いてみると良い」

「……」

 

 

 嘘と真実が入り乱れている。

 苦し気な神楽坂の様子からそれを柿崎は確信するも、言葉のどの部分が嘘かが分からずに、勢いが削がれ、確信していた筈の自分の考えに罅が入っていく。

 それでも何とかこれまで考えていた推理を繋ぎ止めようと、柿崎はなんとか繋がる要素を思考から引っ張り出して口を動かす。

 

 

「ならテメェ、あの姪とやらは……」

「姪ってのは方便で……まあ、知り合いの娘さんだよ。前に食事を奢ったら懐かれたんだ。優秀で誰かを助けようって時に損得考えず動くような優しい子だが、調子に乗りやすくて色々失態を晒すんだ。だから、この前も調子に乗って名探偵ごっこを始めたんだが、本当に偶々爆発物を見付けてな。迷惑を掛けたって落ち込んでいた、悪かったな」

「……嘘に聞こえねェな」

 

「聞こえない、俺は何も聞いちゃいな……いや待て神楽坂、今爆発物を名探偵ごっこで見つけたって言ったか? え? 姪っ子の調子に乗った名探偵ごっこで俺の仕掛けた爆発物を……?」

 

 

 思い付いた反論の要素すら潰され、柿崎は自分の敗北を認める。

 これ以上追及出来る手札が自分には残っていないのだから仕方ない。

 神楽坂の反論を切り崩す部分を見付けられなかった柿崎は、自分の非を認めながら疑惑の矛を収め荒々しく椅子に腰を下ろすしかなかったのだ。

 

 

「チッ、テメェが何かしら隠しているのは間違いないようだが、俺の考えが足りなかったのは間違いねェな。悪かった」

「いや、良い。俺も疑われるような真似をしていたのは確かだ。だが……お前らしくないな。お前が疑わしい奴、それも同僚を問い詰めるならもっと確証を持ってから動くだろうに。少々軽率過ぎる気がするが、何か事情があったのか?」

「……」

 

 

 誠実という自分の性分を理解した上で質疑を躱す立ち回りを見せ、その上で相手の妙な点を逆に指摘した神楽坂に、柿崎は不機嫌そうな顔で天井を見上げた。

 負けを認めたように黙ったままの柿崎の姿に神楽坂は困惑するが、一方で事情を読み取った宍戸が理解したと声を漏らす。

 

 

「なるほど……柿崎、お前の“顔の無い巨人”とやらの情報は含まれて無かったが、神楽坂への最初の疑惑に俺は覚えがあった。『神楽坂の能力で過去の異能犯罪を解決できる訳が無かった』。それと同じことを再三口走っていた奴が、本部にいたのを俺は知っている。神楽坂や異能対策部署に敵意を抱く、頭の固い奴の一人だ……柿崎、そいつから神楽坂に問いただすよう言われたな? だからこうして俺への事情聴取にわざわざ神楽坂とタイミングを合わせさせたと、そういう事か」

「そうなのか柿崎?」

「……本部絡みは厄介ごとが多い。現場仕事だけをしてれば良い訳じゃねェ」

 

 

 警察本部からの嫌な指示。

 せめてもの抵抗が本部事情を知る宍戸の前で問い詰めを行うことだったのだろう。

 溜息を吐きながらそう呟いた柿崎を見て、神楽坂は自分へ向けられる恨みに巻き込んだのだと事情を把握し申し訳なさそうに表情を崩す。

 

 だがそんな二人の仲を取り持つように、宍戸が顎に手を当てながら呟いた。

 

 

「これまで科学的根拠に基づいての捜査を信望していた頭の固い奴らは、指示に従わない神楽坂も、様々な特例が認められた異能対策部署も、疎ましく思っていた。どうにか足を引っ張ろうと策略を仕掛ける機会、或いは自分達が現状をひっくり返しうる大きな功績を上げれる機会を虎視眈々と狙っていた。そいつ等が今こうして動き出したんだろうな」

「……なるほどな」

「チッ……言っておくがそれだけが理由じゃねェ。俺自身も神楽坂周りについては疑いを持ってたんだ。こいつの性格上誰かを害する目的じゃねェだろうが、何かに利用されているとは思っていた。潜伏している敵がいるならそれを炙り出しておきたかった」

 

 

 宍戸の仲裁するような推測に二人は大人しく耳を傾ける。

 先ほどまでの一触即発の空気が霧散している事に、ほっと胸を撫で下ろしながら宍戸は思う。

 

 昔、警察学校時代の自分達はこんな関係性だった。

 誰一人思考を停止することなく議論や推測を交わすが、結局話の纏め役は宍戸で、神楽坂と柿崎がそれに従う。

 能力の高い二人が素直に自分の考えに従ってくれたことで何度も助けられたことを宍戸は思い出し、少しだけ表情を崩しながら、「それなら」と宍戸は言葉を続けた。

 

 

「俺にもお前達に言える事がある。忠告してやれる事が、一つある」

 

 

 そうやって切り出した宍戸はとある事件の詳細を脳裏に思い浮かべながら話し続ける。

 

 

「俺が……自分の求める隠蔽された過去の未解決事件を追っている中で、無視できない事件の情報をいくつか知り得た。その中でも、もはや警察内部ではほとんど追う者の無い、多くの犠牲者を出した凄惨な未解決事件のことは特に記憶に残っている。二十年以上前のあの凄惨な事件を、警察もほとんど追うことが無くなっている過去の犯罪事件のことだ」

「……待て、何のことを言ってやがる?」

「二十年以上前に起きた、多くの犠牲者を出した未解決事件といえば俺にも覚えがある。俺も異能という存在を闇雲に追っている最中、過去の未解決事件の詳細は一通り調べ上げたからな。お前が言っているのは針山の旅館で起きた例の事件のことだろ、宍戸」

 

 

 神楽坂の言葉に柿崎は目を見開き、問いを向けられた宍戸は「ああ」と頷いた。

 それは、あまりに有名で、あまりに犠牲者が多く、あまりに謎で満ちた事件。

 

 

「『針山旅館殺人事件』————またの名を『串刺し山の吸血鬼事件』と呼ばれるもの。間違いなく、俺が調べた事件の中でも最も凄惨と言っても良いのがその事件だった。警察もほとんど追わなくなった風化しかけた過去の事件だが、外部には今なおそれを追っている者が存在した……明確な悪意を持って、例の事件の調査を進めていた男が存在したんだ」

 

 

 昔出会ったとある人物を脳裏に映し出す。

 自分と同じように過去の忘れ去られた未解決事件を追いながら、自分とは異なる何かしらの思惑を腹の内に抱えていたあの男。

 

 憎悪ではなく、怒りでも無い。

 暗い思案を巡らせながら事件詳細を探っていたあの男を、宍戸は危険に感じていた。

 

 

「殺人事件の時効が存在しない今。異能と呼ばれる力が表立っている今。異能対策部署に対抗して大きな功績を求めている奴らが警察内部にいる今。例の事件を執念深く調査している者がいた今。何か一つでも新たな情報が飛び込めば、多くの謎が残された例の事件が掘り返されることは間違いないだろう」

 

 

 お前らが関わる事になるかは知らないが、なんて。

 自分が見切りを付けた組織に今も所属する、自分には勿体の無い顔馴染み達の身を案じて、宍戸はそう断言する。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 先ほどまで喉元に突き付けられていた刃が下ろされた。

 引き絞られていた断頭台から解放された。

 九死に一生を得たような自分達の無事を確認して、その場にいた者達は大きく胸を撫で下ろしていた。

 

 

『く、くふふはっ、あははははっ、いやいやいや、これはこれは、とんだ道化じゃないか! ねえ、ねえねえねえ、君もそう思うだろうノーマン! “顔の無い巨人”ですらない、別の何かによって世界の覇者を気取っていた君は簡単に圧壊させられた! この事実、決して軽くは無いよ⁉ 君の世界への足取りは、単なる薄氷の上でしかなかったと思い知らされた訳だからね!』

 

 

 そんな中で、白いナニカが笑う。

 自身が身を寄せる組織の欠落を笑い、疲れたような顔色の共犯者の姿を心底楽しむ。

 地下の、厳重に厳重を積み重ねられた強固なセキュリティの中、部下達と身を寄せ合うようにして状況を確認している表裏において世界の覇者である筈の共犯者。

 滅多に見ることは無い彼のそんな疲れ切った姿をケラケラと笑う白いナニカは、彼を信望するこの集団の中では一人だけ異質だった。

 

 

『アイツ……自分だけは安全だからって……』

『しかしアレの発言は確かに的を射ています。事実は変わりません。対策の推進を』

『いや、精神干渉の異能があらゆる知性体を媒介としてここまで無法を発揮するとなると、確実な対策など存在しないだろう。となれば取れる選択など限られる。敵対か同盟か、強制的な隷属が最も安全なのだろうが現実的ではない。さて……』

 

 

 秘書である男は笑い転げる白いナニカを睨み、老齢の男性の両隣に立つ他の二人は自分達が陥っていた最悪の状況から脱した事実を喜びつつも、世界最悪の敵とその対策について言及する。

 

 だが、そんな彼らの言葉など耳に入っていないかのように、あるいは危機を脱した自分達の状況すらも些事でしかないと感じているかのように、老齢の男性はあるものを見詰め続けていた。

 

 

『これが……彼女が、“顔の無い巨人”なのか……』

 

 

 初恋の相手を見詰める少女のように、或いは生涯の宿敵を見定めた少年のように。

 老齢の男性、覇権企業UNNの最高権力者ノーマン・ノヴァはとある異能によって映し出された飛禅飛鳥によって抱えらえる幼い少女の姿を飽きることなくじっと見つめ続ける。

 

【接続を介し相手の周辺を情報として映し出す】という、特殊探知系統の異能。

 その異能を使い“百貌”という攻撃先を捉えた事で捕捉した、ノーマン・ノヴァにとってどんなものよりも重要な相手から視線を外せない。

 

 昔、世界の頂点に立ったと思っていた自分に巨大な才覚を見せつけた、“顔の無い巨人”という名を冠する者の正体から目を離せない。

 

 

『し、しかし、プリシラの異能を信じない訳ではありませんが、本当にあの“顔の無い巨人”がこの少女だと? あまりにも……あまりにも子供ではありませんか……?』

『確かに。日本人の見た目が幼いのは承知していますが、この少女はどれだけ高く見積もっても年齢は二十には届いていません。ここからさらに三年前となると、世界に股を掛けたのが本当に幼い頃の話となります。信じがたい話です』

『ありえない……そうは言えないのが異能という才能だ。プリシラの異能が正しく機能していると仮定するなら、この少女か女優の方が“顔の無い巨人”ということになるが……ふむ、儂の勘ではこの少女の確率の方が高いだろう』

 

 

 自身のすぐ両脇に控える部下達がそれぞれ思案を巡らせ口を開くが、ノーマン・ノヴァはそのどれにも返答することない。

 それら全てが雑音とでもいうように、身じろぎ一つせず映し出されている少女の姿から全ての感覚を外そうとはしない。

 何よりも、彼らが議論している地点など既に、ノーマン・ノヴァの中では考えるようなものではないのだ。

 

 そんなチグハグな彼らの様子を目の当たりにして、笑い転げていた白いナニカは問い掛ける。

 

 

『ふっ、くふはっ————さて、この世界最悪の異能使い。どう攻略する共犯者?』

『…………そのための手札は揃えてきた。必要なピースはあと一つだ』

 

 

 ノイズ塗れの先にあった“顔の無い巨人”の正体。

 名前も分からないその幼げな少女の姿に見惚れながら、ノーマン・ノヴァは白いナニカにだけ小さく返事する。

 

 

 

 

 





いつもお付き合い頂きありがとうございます!
今回の間章も今話で終了となります!
次話からは12章、2部5章となりますので少々間が空いてしまうかもしれませんが引き続きお付き合い頂けると嬉しいです…!

【書籍化に伴うリンク集】

〇 KADOKAWA公式サイトリンク

https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000521/

〇 『非ななな』特設サイト(こちらにMV情報などがあります!)

https://famitsubunko.jp/special/hinanana/entry-12830.html

〇 公式Twitter(X)

https://twitter.com/fb_hinanana

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