非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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不適格な巡り合わせ

 

 

徐々に暖かくなってきた真昼時。

 

 

 

犯罪事件なんかとは無縁な、ひどく平穏でほのぼのとした時間の中、私は窓から降り注ぐ心地よい木漏れ日を浴びながら学校の階段の隅で弁当を突いていた。

 

人によっては他人との交友を深めたり、若しくは自身が所属している部活の練習にわずかな時間も当てている昼休みの時間で、私は一人自分で作った弁当を楽しんでいる。

 

 

 

まだ子供と呼ばれる年齢とは言え、ご飯を食べるときはやっぱり一人で味わって食べるのが品があると言うものだ。

 

立ち入り禁止の屋上付近の階段ならめったに人が来ることは無い、教室で食べるのが気まずいときはお勧めだ。

 

……まあ、普通に友達がいるならその友達と一緒に食べることを推奨するし、本当は私だってそっちの方が良いのだけれども。

 

 

 

いや、別に私の学校生活なんて今は問題じゃない。

 

 

 

 

 

「神楽坂さんからの返答がない……忙しいのかな。でも、早く手を打たないと犠牲者は増える一方だと思うのに」

 

 

 

 

 

なんて、そんなことを私はぼやく。

 

私の頭にあるのは今この地域で発生している異能による殺人事件だ。

 

 

 

私と神楽坂さんが目の前で目撃した『殺人事件』の最初の被害。

 

今はもう、『裏路地の連続殺人事件』と称されるほど有名となったこの事件の新たな被害が、『児童誘拐事件』の解決で落ち着きを見せるかと思われた世間をさらなる混乱へと陥れた。

 

そしてその犯人及び動機や手段に繋がる手がかりなどは得られないまま、もう1週間以上が経過している。

 

 

 

三つ葉入りのだし巻き卵を崩しながら、私は膝に乗せた携帯電話を眺める。

 

朝見た時と変わらない、何の連絡もない携帯電話に困惑しながら、ネットニュースに流れてきた新たな殺人事件の詳細に眉をひそめた。

 

殺人事件はいつも通り、裏路地に凄惨な死体しか残っていなかったようで、ニュースには書かれていないがあんな異能全開な事件で警察が証拠を見つけられる筈もない。

 

おそらく現状なんの手がかりも無いのだろう。

 

 

 

多くの警察官が区内を見回っているのを確認しているが、それでも隙間を縫うように被害者が出続けていることを思えば、どれだけ人員を掛けたところで防止するのは至難なのだろう。

 

 

 

今回のこの事件は誘拐なんて生易しいものでは無い、完全な殺人事件。

 

被害者に共通することは無く、恨みなどによる犯行ではない無差別殺人であることは明らかだ。

 

つまり最悪の場合、私の妹や父親までこの犯人の手が伸びる可能性がある。

 

 

 

だからこそ私は今回の事件の早期解決を図りたかったのだが、ここ1週間私からの必死の猛電話や猛メールはことごとく無視されていた。

 

今思うとあの現場を前にした時の神楽坂さんの様子はおかしかった。

 

凄惨な殺人現場を目の当たりにしてから、私と目を合わせないようにしていた気がする。

 

大きな恐怖の感情を持っていただけだったから特に違和感もなく、深読みすることもなかったが、何らかの事情を抱えていた可能性も捨てきれない。

 

 

 

 

 

「私としてもこの一件は長いこと放置したくないのに……神楽坂さんのばーか」

 

 

 

 

 

とりあえず犯行現場は共通して路地裏であることから、人気の少ない場所には絶対に行かない様にとお父さんや桐佳には言い聞かせているが、それでどこまで安全と言えるかは分からない。

 

 

 

 

 

「もう、こうなったら私一人でも……」

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら、練習がてら異能を発動させる。

 

『精神干渉』、つまり、言ってしまえば他人の思考に干渉し読心や誤認識をさせるだけのもの。

 

長らく付き合ってきたこの力だが、正直強力な異能を前にして正々堂々とやり合えるほど強力とは言えないのは事実だ。

 

異能をガンガン使っていた頃とは違い結構なブランクもあるし、出来れば使用感覚を思い出しておきたい。

 

 

 

“紫龍”と対峙してみて思ったが、やっぱり相手の思考を誘導して無力化するのは時間がかかりすぎる。

 

前に家に侵入してきたおじさんくらいなら時間稼ぎをしつつもゆっくりと思考の誘導を行えたが、同類相手じゃそれも難しい。

 

結局は派手で、直接相手に影響を及ぼせる技に頼る必要がある訳だ。

 

つまり、“紫龍”を倒したあの技の練度を上げておくのは必須という訳だ。

 

 

 

 

 

「これ、私あんまり好きじゃないんだけどな。目立つし……」

 

 

 

 

 

感情波、もしくはブレインシェイカー。それがあの指パッチンの名前だ。

 

名前の通り、指から鳴らした音に乗せたおよそ数百人分の精神に干渉する“揺れ”を耳から相手の脳に直接届ける技。

 

人間の脳は限度を超えた感情を感知すると身を守るために意識を失う特性があり、それを利用した“精神干渉”の応用がこの技だ。

 

基本的に備えていなければ数分から数十分の失神を引き起こせる便利なものだが、理屈が分かれば対策もされやすく効果もまちまちで正直私はそれほど信用を置いていない。

 

 

 

けれども数少ない、私の相手を直接攻撃できる技であるし、なんとか使える程度には練度を上げたいと思っているが、今の私の出力では中々うまくいくものでは無い。

 

 

 

 

 

「出力を上げる訓練をするか、それとももっと効率の良い方法を考えるか……」

 

 

 

 

 

神楽坂さんと共に遭遇した最初の事件。

 

あの時感知した異能は確かにかなり遠方からの攻撃を可能にする使い勝手の良いものだったが、能力の出力とは裏腹に練度はお粗末なものだった。

 

 

 

殺傷能力は高くとも、あれでは100回やっても私には届かない……と思う。

 

だが逆に言えば、私は対処できる相手ではあるものの、神楽坂さん達のような何の異能も持たない人達ではなす術がない。

 

もしも今、神楽坂さんが事件解決に向けて尽力しているのであれば、あまりに危険だ。

 

 

 

 

 

「……ふんっ……ふんっ……! あ、あれ、上手く指が鳴らない……」

 

 

 

 

 

思ったように音が鳴らず、指パッチンをしようと何度も挑戦してみるが、出るのはただこすれるような音ばかり。

 

“紫龍”とやり合った時や、あの暴力男の護衛を倒すのに使った筈であるのに。

 

 

 

 

 

「ま、まあ私って本番に強いタイプだし……」

 

 

 

 

 

1回、2回なんとか成功した時点で指が痛くなってきたので諦める。

 

まさか指パッチンの練習までしなくてはいけなくなる日が来るなんて思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

そろそろお昼休みが終わる頃かと、食べ終えた弁当箱を片し立ち上がりかけたところで、下の階の廊下が騒がしくなり始めたことに気が付く。

 

 

 

野次馬根性で騒がしい方へと向かっていけば、騒がしいのはどうやら私のクラスであるようだった。

 

騒いでいる人垣の隙間から原因を窺えば、人垣の中心には春からずっと不登校を続けていた派手な金髪をしてる女子生徒が不機嫌そうな顔で席に着いている。

 

どこぞで喧嘩してきた後なのか、包帯や湿布で顔や腕は覆われていて、見ているとずいぶんと痛々しい。

 

 

 

 

 

(痛々しいけど……どうせ不良同士の喧嘩だろうし、こういう不良の人と関わり合いになりたくないから、そっと距離を取ろう)

 

 

 

 

 

どうしたの? 事件にでも巻き込まれたの? と言う周囲の問いかけを心底うっとおしそうに顔をしかめていた女子学生(名前もよく覚えていない)だったが、視線もやらず音も出さず隣に位置する自分の席に腰を下ろした私の存在に彼女は目ざとく気が付くと、目を丸くした。

 

 

 

2度見され……3度見された。

 

それ以降彼女は、必死に視線を向けない様にする私の横顔をガン見し続けてくる。

 

 

 

 

 

(ひっ……な、なんでこの人私をガン見してるの……? )

 

 

 

 

 

私の決死の知らんぷりなどまるで関係ないようで、見るからに凶暴な不良少女は獲物を見定める蛇のように私を見つめて視線をそらさない。

 

そして、彼女は次の行動に出る。

 

 

 

 

 

「あ、あっ、あのさっ……!」

 

「ひぃ!?」

 

 

 

 

 

何が見るからに素行不良な彼女の興味を引いてしまったのか分からない私は、声を掛けられ思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 

 

目を丸くする周囲となぜかショックを受ける不良少女。

 

私に向けて伸ばしていた手を所在なさげにふらつかせた彼女は、他の人に向けていたトゲトゲしい雰囲気がどこに行ったのかと思う程、弱弱しく柔らかな、それこそ初恋の相手にどう接すればいいか分からない乙女のように声を掛けてくる。

 

 

 

 

 

「あ、あの、あなたのお名前は……?」

 

「……え、は? さ、佐取燐香です……」

 

「佐取……燐香……」

 

 

 

 

 

噛み締める様に復唱した不良少女の真意が分からず戸惑うばかりだった私は、思い切って異能で彼女の心情を少し深くまで読み取ることにする。

 

 

 

何がどうなってこうなっているのか分からないが、私の“精神干渉”の力は最強だ。

 

どんな素行不良の奴が相手だって、この力の前ではすべてがつまびらかとなるのだ。

 

 

 

そうして探った彼女の真意は――――

 

 

 

 

 

「あ、あの、佐取……さん。私とお友――――」

 

 

 

(友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい友達になりたい)

 

 

 

「――――ひ、ひえぇええぇぇ!!??」

 

「!!??」

 

 

 

 

 

直視させられた強すぎる感情の波に、私は脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論を言うとあの不良少女、山峰袖子さんは前に私が助ける形となった暴行を受けていた少女だった。

 

 

 

突然目の前にした、私目掛けた重い感情に思わず逃げ出してしまったが、彼女は別に私に危害を加えるつもりは微塵もなく、ただ自分を窮地から救ってくれた(ぼんやりとだが意識が残っていたらしい)私に対して感謝の感情を持っていただけなのだ。

 

結果、私の無駄な逃亡は逃げ出した先にいた次の授業を担当する教師に捕まり、そのまま教室まで引きずられてしまったのだから、クラスメイトから変な形で浮いただけに終わってしまった。

 

 

 

 

 

以前暴行の被害にあって、想定外にも私が病院まで付き添うことになってしまった少女。

 

酷い怪我で意識なんてほとんどなかった彼女は、どうにも朦朧とする中で混乱する男達の前に現れた私をぼんやりとながらも視認していたらしいのだ。

 

……この子にもしっかりと思考誘導を掛けておけばよかったと今ほど思ったことは無い。

 

 

 

幸いにも、この子はあくまで私が助けてくれたとは理解していても、どのように、ましてやあの複数人の男達を私一人で真正面から叩き潰したとは露ほども思っていないようで、その部分の追及を受けることは無かった。

 

 

 

しかしながら、何の問題もなく万事解決かと言われるとそんなことは無い。

 

じゃあ何が問題か、簡単だ。

 

 

 

 

 

「……さ、佐取さん。私入院してて長い休みを取ってたから。出来れば進んだ部分の勉強を教えてほしいな……」

 

「……」

 

 

 

 

 

懐かれた。

 

友達になりたくない候補ナンバー1の不良少女に思いっきり懐かれたのだ。

 

 

 

金髪なんて言う学生にあるまじき髪色とそのトゲトゲしい雰囲気から、同じようなギャルグループの人達が何とか仲良くなろうとするのを煩わしそうに躱し続けていた孤高の山峰さんが、ボッチ街道猛進中の気弱で大人しい私にやけに執着してくる。

 

 

 

授業を受けてれば私を何度も盗み見る。

 

昼食をとるため教室から出れば追ってくる。

 

トイレに行けばついてくる。

 

そして何かとボディタッチが多い。

 

そんな友達の作り方を知らない幼稚園児みたいなことをいたって真面目にやってくる。

 

絶対に友達になりたくない不良少女が、そんなことをやってくるのだ。

 

 

 

悪いのはそんな状況だけでない。

 

山峰さんの私に対する態度を見て、以前山峰さんと仲良く出来ないかと声を掛けていたチャラチャラした女子グループは自分達と私への態度の差に、苛立ちを隠そうともしない。

 

そのせいでその女子グループの中にいる、私にとって友達になりたいナンバー1の舘林春さんに距離を取られ、全く会話できなくなってしまった。

 

彼女が現れるまでは挨拶くらいは出来ていたのにだ。

 

 

 

しかもこのクラスの担当である教師にとって、前々から友達のいなそうだった私と山峰さんは悩みの種だった。

 

その悩みの種だった2人が、気が付けば近くにいることが多い。

 

クラスのわだかまりを解消するチャンスがやってきていると思った訳だ。

 

となればこのチャンスをものにしようと担任教師は他の教師陣にも根回しして、様々な授業で何かと山峰さんと私を組ませるように仕向けやがった。

 

外堀があっと言う間に埋められていたのだ。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………っっ……」

 

 

 

 

 

授業と授業の合間である今も、こうした無言が続く。

 

ひたすら私の隣の席で機嫌良さそうにしている山峰さんから時折向けられる捕食者を思わせる鋭い視線に、せっかくの休み時間にも関わらず私は気が休まらない。

 

本当なら逃げ出したいが、この教室から逃げ出せば彼女は間違いなくついてくるのでどうしようもない。

 

こんなことなら悪意を持っていじめでもしようとして来てくれた方がやりやすいのに、彼女が持っているのはあくまで、私と友達になりたいと言う想いだけだ。

 

不器用すぎる彼女のアプローチに胃に穴が開きそうだった。

 

 

 

 

 

(死ぬ……ストレスで死ぬ……)

 

 

 

 

 

最近は食欲の低下が激しい。

 

隣に現れたコミュニケーションドヘタモンスターのせいだ。

 

神楽坂さんとはあれからさらに1週間の間まるで連絡が取れない。

 

そのことも精神的にかなり来ている。

 

 

 

 

 

(…………早くクラス替えしないかな……)

 

 

 

 

 

神様お願いします、私は普通の友達が欲しいだけなんです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

府中市にある刑務所、そこが日本にある刑務所において最大のものである。

 

犯罪者として刑務所に入れられた家族の面会などで訪れるほかは、警察関係者が訪問するのが多いのだろうか。

 

神楽坂がその場所を訪れても職員には全く不思議そうな顔もされず、すんなりと対応される。

 

 

 

約束通りその刑務所に訪れた神楽坂を待っていたのは、上品なおばあさんと電話してきたであろう8歳くらいの少年だった。

 

生意気盛りを体現するような顔をした少年に苦笑いをこぼし、ペコペコと頭を下げるおばあさんに頭を下げないでくださいと声を掛けた。

 

 

 

 

 

「ふん、ほんとに来たんだな――――いてぇ!?」

 

「来たんだな、じゃないでしょう! ああ、すいません、ウチの孫がご迷惑をお掛けして!」

 

「いえいえ、自分も実のところ一度訪れたいと思っていたので構いませんよ。よう坊主、約束通り来たぞ。ちゃんと保護者も連れてくるとは偉いな」

 

「……俺1人で来ても父ちゃんと母ちゃんには会えないし……」

 

「はははは。まあ、それもそうか」

 

 

 

 

 

少年は振り上げようとしていた拳を振り下ろす先が見つからなかった時の様な、所在なさげな顔をしている。

 

大方何かしらの文句でも言いたかったのだろうが、自分の両親を捕まえた神楽坂が想像と全く違っていたのだろう。

 

悪人であったなら……、そう言うような表情で少年はそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

「すいませんね、えっと、神楽坂さんでよろしかったですか?」

 

「ああ、はい、その通りです。神楽坂上矢と言います。お好きなようにお呼びください」

 

「まあ、ご丁寧に。私は相坂琴(あいさか こと)と言います。こちらの子は相坂和(あいさか かず)、どうかお見知りおきください。今丁度大変な時なのに、わざわざすいませんね」

 

 

 

 

 

上品な態度を崩さないまま、不満そうな男の子を無理やりお辞儀させるおばあさん。

 

子供や孫に対してもしっかりとした教育を施しそうに見える。

 

急に孫が呼び出しをしたことに対して心底申し訳ないと思っているような態度をしているおばあさんに慌て神楽坂は否定の言葉を口にする。

 

 

 

 

 

「ああ、いえ、私はそちらの事件には関わっていなくてですね。今は事務関係をこなしているだけなんで問題ありませんよ」

 

「え!? あ、あんた今の事件追ってないの!? これまであんなに一杯解決してる人なのに!?」

 

 

 

 

 

やけに過剰に反応したのは少年の方だ。

 

完全に予想外と言った様子で、呆然としているのは少し事情がありそうだった。

 

神楽坂は、こんな時心を読める協力者がいたら一発なんだが、なんて考えて、すぐその考えを振り払う。

 

 

 

 

 

「俺も有名になったんだな。そうだぞ、本当は俺、これまで解決してきた事件を追う担当の奴じゃなかったんだ。だから、本当の担当の人はあまりいい顔しなくてな、今は署にすし詰め状態だ」

 

「……ま、まじかよ……あんた、いないのかよ……」

 

 

 

 

 

難しい顔をする少年にどういうことだろうと不思議に思う。

 

自分がいないことでこの子に不都合があるとは到底思えない。

 

変に早期解決してくれるだろうと期待されていたにしては少し反応が違う気もする。

 

話を詳しく聞こうかとしたところで、刑務所の職員から面会準備が整ったとの声がかかる。

 

 

 

また後ででもと考え、神楽坂はひとまず彼らと一緒に面会場所に入った。

 

 

 

 

 

 

 

面会は神楽坂が考えていたよりもずっと穏やかに進行した。

 

以前の時もそうだったが覚悟していた文句や暴言は無く、むしろ刑務所に入れられているバスジャックを起こした少年の両親には神楽坂に対する感謝も伝えられた。

 

貴方が息子を取り戻してくれたのは知っていると、私達が捕まったのは悪いことをしたから当然だと、穏やかな顔で言われてしまった。

 

一緒にいたおばあさんは彼らの言葉に何度も頷きながら涙ぐんでいたし、口を尖らせていた少年も最後には神楽坂に謝罪と感謝の言葉を伝えてきた。

 

 

 

警察署内では腫れもののような扱いだが、彼らにとっては間違いなく救いになれたのだと、嬉しくなって、神楽坂の方が思わず涙ぐんでしまったのも仕方ないだろう。

 

だから、涙ぐんだ神楽坂を、決まりが悪そうにそっぽを向いた少年と見ないふりをしてくれたおばあさんには感謝しかなかった。

 

 

 

 

 

「――――それじゃあ、今日はこれで」

 

 

 

 

 

神楽坂は刑務所から出て、2人に別れを告げる。

 

まだまだやるべきことは残っていた、だから、このまま休むわけにはいかないと、神楽坂はもう一度体に鞭を入れた。

 

 

 

 

 

「今日は誘ってくれてありがとな。君のおかげで俺ももう少し、頑張れそうだ」

 

「っ……」

 

 

 

 

 

唇を噛んで俯いた少年に、神楽坂は笑いかける。

 

この子も色んな不幸が重なって今の境遇になっているが、優しい人達に囲まれているこの環境なら、きっと大丈夫だろうと安心できた。

 

おばあさんも、刑務所にいた両親も、満足そうで、これ以上ここに残る必要はないと神楽坂が判断するのも、きっと仕方ないことだったのだろう。

 

 

 

――――だから、気が付かない。

 

 

 

少なくとも燐香がいれば、異能を使わなくても気が付けたことに気が付けない。

 

 

 

 

 

「神楽坂さん……俺……」

 

 

 

 

 

囁くように呟かれた声に気が付かないまま、神楽坂は「それじゃあまたお会いしましょう」と少年と祖母に頭を下げてから歩き出してしまう。

 

 

 

離れていく彼の背中に声を掛けて助けを求める勇気は、今の少年に存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




何度も誤字報告頂きすいません、いや、我ながらこんなに誤字脱字があるとは思ってませんでした。とても助かってます、ありがとうございます。
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