非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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蜘蛛の糸

 

「うう゛う゛う゛う゛ああ゛っ……!!」

 

 

 

 

 

普通の家の、どこにでもある部屋の中にうめき声が響き渡る。

 

タオルを口に噛み獣のようなうめき声を上げるのは子供だ。

 

外傷はなく、どこに不調があるのか傍目からは全く見当も付かないその子供の様子は、ひたすら何かに耐えているように見えた。

 

 

 

 

 

「なんでっ、なんで俺ばっかりがこんな目にっ……!」

 

 

 

 

 

涙でくしゃくしゃになったその子供の顔には抑えきれない憎悪が浮かび、その目線の先には飾られた家族写真がある。

 

今はもう失ってしまった幸せなあの時間を奪った奴らが許せない。

 

何1つ悪くなかった筈の自分達を、こんな風に追い込んだ奴らが許せない。

 

善良な人間が裁かれ、悪事を成した人間が罰から逃れる今が、この子供は許せなかった。

 

 

 

 

 

「……俺が我慢ばっかりするのはおかしい……こうして俺が苦しんでいることを、誰も気付きさえしないのにっ……!!」

 

 

 

 

 

そうして彼は、1人孤独に耐えていた衝動を解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超常的な力が神楽坂に向けられていたのがほんの数十分前。

 

片手で数えられる程度しか経験していない、己の命すら諦めかけた瞬間であったものの、今神楽坂は無傷の状態で定食屋の席に腰を下ろしていた。

 

 

 

それどころか、つい先ほどまで得体のしれない怪物のように見えていた後輩が、今は隣で神楽坂が連れて来た定食屋のおすすめを美味しそうに頬張っているところだった。

 

 

 

 

 

「しぇんぱい! しぇんぱい! ここのメンチカツ滅茶滅茶美味しいですぅ☆」

 

「あ、ああ……」

 

「ああっ! お味噌汁のダシも海鮮ものを使っていて、磯の香りが鼻を通ってお米が美味しい!! 先輩先輩! お代わりしても良いですか!?」

 

「好きに、してくれ……」

 

「店長ー!! お代わりください!! 全部!!」

 

「――――おい!? 全部お代わりするのか!? お前、ちゃんと残さず食えるんだろうな!!??」

 

 

 

 

 

先ほどまでの威圧は何だったのか。

 

今の飛鳥は普段通りのキャピキャピ状態に戻っていて、攻撃的な雰囲気は微塵も存在しない。

 

それどころか先ほどなど、神楽坂の前で盛大にお腹を鳴らした飛鳥は「奢ってくれるって言ってましたよね?」なんて言って、定食屋に連れて行けと駄々をこね始めたのだ。

 

 

 

流石の神楽坂もこれには思考を停止した。

 

コイツは前後の空気を考えられない本物のアホなのかと心底疑った。

 

もはや飛鳥の思考の切り替えについていけなくなった神楽坂は思考停止した後、ただのイエスマンになって彼女を定食屋に連れて行ったわけだが、どうやら彼女はここの料理にご満悦らしく、先ほどの会話を全て忘れてしまったらしい。

 

ずっとこの状態から戻らない。

 

 

 

意を決して神楽坂は口火を切る。

 

 

 

 

 

「……おい、それでさっきのお前の提案なんだが……」

 

「え? あー、私と協力して異能の関わる事件を解決しませんか、って奴ですね?」

 

「そうだ……本気なのかお前?」

 

 

 

 

 

死を覚悟して、口を閉ざした神楽坂に目と鼻の先まで迫った飛鳥が提案したのは「協力しませんか?」なんてものだった。

 

正直、意味が分からない。

 

 

 

 

 

「本気ですよぉ。だって私がいれば、異能持ちが分かるじゃないですか? それに異能持ち同士なら、よほど相性が悪くない限りそれなりに戦えますし」

 

「いや、分かる。お前と組むことによる俺のメリットはよく分かってる。だが……分からないのはお前のメリット、お前の目的だ。分かるんだろ、異能を持つかどうかが。だったら俺にはなんの力もないことくらい分かっているんだろ?」

 

「でも実際“紫龍”を捕まえている訳ですよね? 何かしらの対抗手段を神楽坂先輩は持っていると言うことで、それなりの事情も知っているベテラン警察官。正直、争う理由がなければ協力関係を築きたいと思うのは当然な気がするんですけれど」

 

「……まあ、そういう考え方もできるのか」

 

 

 

 

 

協力体制を築くという提案は神楽坂にとって願ってもない。

 

しかしそれは引き換えに、“紫龍”を捕まえられた方法を教える必要が出てくる筈だ。

 

そうなれば、もう1人の協力者、佐取燐香についても話さなくてはいけなくなる訳で、そんな重要な事を神楽坂個人で決めるのはあまりに不誠実な行為だろう。

 

 

 

だから、数秒逡巡して、神楽坂は決めた。

 

 

 

 

 

「……そうだな、俺としてもお前の提案は歓迎したい」

 

「むふふ☆ まあ、そうですよねぇ。今現在進行形で起きている殺人事件を放置なんて出来ないですもんねぇ」

 

 

 

 

 

佐取燐香の情報は可能な限り伏せ、今は連続している殺人事件の解決を優先する。

 

それが神楽坂の選択だった。

 

 

 

店長が持ってきたお代わりをホクホクとした顔で口にして、ご満悦の飛鳥に神楽坂は最後の確認を取る。

 

 

 

 

 

「だが、いくつか確認がある。今回の事件あるいはこれまでの事件でお前は犯罪行為を行っていないんだな?」

 

「それはもう、このメンチカツに誓ってしていないと明言しましょう」

 

「……メンチカツ……まあいい、それとお前の最終目標を教えてくれ。俺だけ最終的な目標を知られているのは不公平だろ?」

 

「んー、まあ、先輩と同じです。とある異能持ちを追っているって感じですね。あ、一緒とは言いましたが、同じ人物じゃないですよ。それは確定しています」

 

「詳しくは言いたくないっていう訳か、まあ良い。それならそれで」

 

「言いたくない訳じゃないですけど……ほら、あれですよ。“顔の無い巨人”って言う都市伝説くらいは聞いたことありますよね?」

 

「か……顔の無い巨人?」

 

「え、うそ、知らないんですか? ほら先輩の先輩が自殺したことにされた事件のすぐあと、3年前に起きた全世界無犯罪の4カ月間。よく言われるのは『三半期の夢幻世界』、おそらくそれの元凶と言われてる奴です」

 

「あー……ああ、そんなことが……あったな、確か……」

 

 

 

 

 

視線を逸らして何とか思い出すが、どうにもそのあたりの事はおぼろげだ。

 

何せ、上司の自殺と恋人の不幸が重なってからすぐの事である。

 

事件捜査以外のことは何もやっていなかったし、情報収集もまともにやっていなかった。

 

 

 

 

 

「私多分ですけどソイツに会ったことあるんですよねぇ。それでなんて言うか、異能を無理やり使える様にされたと言うか……才能を開花させられたと言うか……。それで、自分でも恨んでいるのかどうかが分からないんですけど、もう1度会って、色々聞きたいことがありまして。そのために私警察官を目指したんですよね。まあ、簡単に言うと、自分探しの旅みたいな☆」

 

「……異能を開花、だと……だから、異能が関わる事件を追っていけばいつかソイツに会えると」

 

「そうなんですよぉ、でも予想以上に警察って異能の関わる事件を認めてなくて、ぜーんぜん情報が無くて、このままじゃ警察にいても意味ないなーって思ってたところで、先輩が“紫龍”を捕まえて来たじゃないですか? もう、これは接触を図って色々と協力してもらうほかないなって☆」

 

「それで俺はターゲットになった訳な」

 

「はい☆」

 

 

 

 

 

口元に米粒を付けてニコニコ笑う飛鳥に呆れ顔を向け、ティッシュで米粒を取ってやる。

 

コイツの目的は分かった、話が本当なら争う理由もないだろう。

 

後はせいぜいそれなりの関係を築き、嘘を吐いているのかどうかを燐香に視て貰えばいい。

 

 

 

そう判断して、神楽坂はとりあえずの協定を飛鳥と結ぶ。

 

 

 

 

 

「――――じゃあ、いつまでも押し付けられた雑用ばかりやってないで、この殺人事件を解決するために動くか」

 

「ひゅー☆ 先輩、かっこいいですよぉ! あ、もう一杯お代わりしてもいいですか?」

 

「それはお前がしっかりと今回の事件を活躍したら奢ってやる。良いから行くぞ、あんまり腹に詰め込むと動けなくなるからな」

 

「それもそうですね☆ 腹八分目が丁度いいって言いますもんね☆」

 

「……お前、そんだけ食って腹八分目なのか……」

 

 

 

 

 

伝票を持って会計をすると、以前男数人で来た時よりも上の金額が掲示され愕然とする。

 

警察署では手作り弁当とか言って、ミニマムサイズの弁当箱を持ってきていた女と同一人物とは思えない量を食いやがった。

 

支払いを終えた神楽坂に、飛鳥は「ごちそう様です☆」と無垢な笑顔を向けてくるものだから、脱力しながら許してしまう。

 

悲しい男のサガである、これだから女と言う奴はズルいのだ。

 

 

 

 

 

「ん? ちょっと待て、着信が……」

 

「えー、誰からですかぁ? もしかして他の協力者だったりなんてー」

 

「待て近寄るな、人の携帯を覗き込むなっ!」

 

 

 

 

 

連絡を絶っていたとはいえ燐香からの通話すらブロックしていた訳ではない。

 

もしも燐香からの通話だったらと、擦り寄ってきた飛鳥から見えない様に空間を確保して、着信相手を確認する。

 

 

 

 

 

「……署からだな。定時連絡かなにかか」

 

「なーんだつまらないですねー」

 

「ちょっと口を噤んでろ、お前といることがバレると後々面倒だからな――――はい、神楽坂ですが」

 

 

 

 

 

口の減らない後輩を押しのけながら通話に応じれば、焦り口調の同僚に通話が繋がる。

 

次いで告げられたのは、訃報だった。

 

 

 

 

 

「警察から死者が……そうですか、アイツが」

 

「えっ、せんぱっんぐぐっ……!?」

 

「はい、はい。分かりました、それでは」

 

 

 

 

 

声を出そうとした飛鳥の口を塞ぎ、通話を切る。

 

警察から死者が出ることを覚悟していなかった訳ではないが、顔見知りが亡くなったと聞かされるのは小さくない衝撃を与えてくる。

 

そういう経験してきている神楽坂ですらそうなのだから、経験のないであろう後輩ならもっと衝撃は深刻な筈だ。

 

 

 

眉間にしわを寄せて考え込んでいる飛鳥にどう伝えるべきか悩んでから、彼女の手を掴む。

 

 

 

 

 

「聞いての通り、警察にまで手を出すようになった犯人にはもう自制なんてものは無いだろう。これまで以上に被害者は増えていくはずだ」

 

「……先輩、これからどうやって動くつもりですか?」

 

「これまで捜査には全く関われてなかったからな。科学的でないものが相手だと分かっているのに今から地道に証拠集めなんてやってられない。俺は勘のまま動くぞ」

 

「じゃ、じゃあ私は……」

 

「お前も俺と一緒に来い。それで、異能持ちを見つけた際はすぐに俺に知らせろ。虱潰しにしていくぞ」

 

 

 

 

 

勘に従うなんて自分でも馬鹿げていると思うが、それでも神楽坂はある程度の勝算を見込んでいた。

 

 

 

見るだけで容疑者を絞れる後輩の存在や、連続事件が氷室区内でのみ発生していると言う範囲の狭さ。

 

なによりも、確証はなくとも違和感を感じていた部分がある。

 

ほんの数日前に会った、あの少年の態度には引っかかるものが少なからずあったのだ。

 

 

 

 

 

「1つ教えろ飛禅、他人の手で異能が開花する可能性はあるんだな?」

 

「えっ、えっと、私はそうでしたけど……?」

 

 

 

 

 

そして思い出すのは、あの少年を助け出した時に監禁されていた場所のことだ。

 

薬品やデータがほとんど残っていなかったが、何かしらの研究を行っていたのは間違いないであろう設備。

 

 

 

ほんの少しあったそれらの疑いが少しだけ繋がった。

 

 

 

 

 

「……俺にとって異能って言うのは未知だ。生まれ持って備わっていたものだと考えていたから、どういうきっかけでそれが開花するか考えたこともなかったが……」

 

「ちょっと先輩っ! 何か心当たりがあるなら、1人でぶつぶつ言ってないで教えて欲しいんですけどっ」

 

「……“児童誘拐事件”はまだ続いてるかもしれないって話だ」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

見れば分かる。

 

容疑者を絞って見るだけでそれが異能持ちかどうか判明する、なんて、そんな手があるなら、こんな事件は昔1人で非科学的な事件を追っていた時よりもずっと簡単だ。

 

そしてもしも、この事件の詳細が自分の考えている通りなら、心底、もう1人の協力者であるあの少女と共にこの事件を解決しなくてよかったと思った。

 

 

 

 

 

「俺の考えが正しければ、この事件にはきっと救いがない」

 

 

 

 

 

そういう事件も、神楽坂は経験済みだから。

 

苦い記憶と共に、今は隣にいない燐香へそんなことを思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

‐2‐

 

 

 

 

 

 

 

氷室区にある駅前のゲームセンターの一角がにわかに騒ぎ立ち、普段その場所でゲームをしている人達が人垣を作り、今まさに格闘ゲームを繰り広げている2人を囲んでいる。

 

興奮を隠しきれていない周りの様子から、格闘ゲームを行っている2人の高い技量が伺えるが、その試合内容は一方的だ。

 

 

 

防戦一方であり、苦しい戦いを強いられている男は瞬き一つせず必死に画面を凝視して反撃の目を探っている。

 

 

 

 

 

「す、すげぇ……あの鉄っちゃんを一方的に……」

 

「あの女の子ここの常連じゃねぇよなっ? もう12連勝だろ!? 」

 

「……いや聞いたことがあるぞ、この氷室区には時折ゲーセンに訪れる女子学生がいて、それが恐ろしいほどに強いと言うのを……! だが、まさかそれが格ゲーの鉄と呼ばれる鉄っちゃんを凌ぐほどだなんて信じられる筈が……!! あ――――」

 

 

 

「ぐおおおおおっっああああ!!!!!」

 

 

 

「「「て、鉄っちゃーん!!!???」」」

 

 

 

 

 

起死回生の決死のカウンターを、まるで分かっていたかのように躱して、格ゲーの鉄はとどめを刺され絶叫を上げる。

 

ゲーム台からひっくり返り、呆然と天井を見上げる鉄を彼のファンたちは駆け寄るが、勝利した少女はつまらなそうにゲーム台から立ち上がりそれらを見下ろす。

 

 

 

 

 

「――――まだまだですね。ですが、楽しめました」

 

 

 

 

 

勝利を誇るようなこともせず、颯爽と踵を返して去っていく少女の様子に、対戦相手であった格ゲーの鉄やそれを知る者達は畏怖の眼差しを向ける。

 

……が、当然勝者であるこの少女の内心は、彼らの羨望を華麗に受け流すほどクールなものでは無い。

 

 

 

 

 

(へへへ、13連勝。声援も罵倒も尊敬の念も全部が心地良い! やっぱり私って最強ね!!!)

 

 

 

 

 

少女、佐取燐香は自身がなした成績を思い返して、内心全力で自画自賛する。

 

気を抜けばほころんでしまいそうになる口元を必死に抑えながら、有頂天のままざわめきを残すゲームセンターを後にした。

 

 

 

本来燐香はゲームは好きではあるが、騒ぎになるほど目立ったことをするのは好きではない。

 

こうやって今日みたいな目立った無双なんてこれまでやりたいと思ったことすらなかったのだ。

 

 

 

だが……、家での妹からの反抗的な態度、学校でのストーカー被害、協力している筈の神楽坂からの無視。

 

無意識の内に溜まっていったそれらのストレスが日々積み重なっていき、割と器の小さい燐香はすぐにストレス限界を迎えていた。

 

その結果、少しだけ時間が出来た燐香はゲームセンターが目に留まり、衝動的にストレス解消の為に格ゲーで遊んでいる人達をぶっ倒しに走ってしまった、という訳だ。

 

 

 

 

 

(時間的には少し居すぎたくらいだけれど……まあ、楽しかったから、し、仕方ないし……)

 

 

 

 

 

駅前の大きな時計を視界に入れて、間もなく待っていた時間が来ることを確認する。

 

もう間もなく、燐香が予測した犯行時間がやってくる。

 

 

 

 

 

(……さてと、今回は前に私が見たバラバラ殺人の方が起こる筈だけど)

 

 

 

 

 

もちろん燐香だってただ時間を潰していた訳ではない。

 

連絡の取れない神楽坂はもう放置して、自分1人で事件解決に当たることとしたのだ。

 

そのために、これまでの事件から燐香は仮説を1つ立てた。

 

 

 

今世間を騒がせている凄惨な殺人事件であるが、それらの事件は大きく二つに分類できる。

 

1番最初に発生したバラバラ殺人と重機で押しつぶしたような殺人事件。

 

順不同に起こるそれらの事件はほとんど同じ条件下で行われるが、重機で押しつぶしたような殺人事件の方は全く時間に関連性や規則性がない。

 

だが、バラバラ殺人の方は違う。

 

 

 

42時間ごと。

 

1時間ほどの時間差はあるが、およそ42時間ごとにバラバラ殺人は行われている。

 

それだけではない。被害者も、ほとんどが犯罪を行っている者や何かしら人に害を与えようとしている者、つまり悪人に限られている。

 

つまり、次の犯行時間が予測出来る余地があり、対象を選別する過程がこちらの事件には間違いなく存在する。

 

 

 

 

 

(警察が同じような結論に辿り着いてるか知りたかったりしたんだけど……まあ仕方ないかな)

 

 

 

 

 

被害者になりえそうな人はいないかと周囲を見渡しながら通りを歩く。

 

 

 

前に神楽坂さんと待ち合わせをして、殺人事件に遭遇した場所だ。

 

駅前の通りは普段であれば人が賑わう場所であるはずなのに、殺人事件が連続している今は人通りが少なく、どこを見ても制服を着た警察官が巡回しており、一般人のほとんどが複数人固まって行動しているように見受けられる。

 

緊張状態、そうはっきりと言えるほどのピリついた空気が街中に流れていた。

 

 

 

そんな中で、1人警察に難癖をつけている中年男性を見つける。

 

夕暮れのこの時間ですでに出来上がっているのか顔を真っ赤にして、酒瓶を片手に持って荒々しい口調で巡回していた警察官に言いがかりをつけているようだった。

 

終いには言いたいことを言い終わったのか、唾を吐きながら去っていく中年男の姿は、悪人を狙っている犯人から見たら絶好の的だろう。

 

 

 

 

 

「……出来すぎなくらい良い獲物ですね」

 

 

 

 

 

ふらふらと千鳥足で去っていく男を軽く追いかけつつ、自分の幸運に驚く。

 

前にもこんな感じの幸運があった気がする、今まで自分では不運な方だと思っていたけどもしかするとそんなことは無いのかもしれない。

 

 

 

もう1度時計を確認して、もっと男との距離を詰めようかと考えていると、一瞬寒気が走り身震いする。

 

異能の発動を感知した訳ではない……これは……。

 

 

 

 

 

「あ……燐ちゃん」

 

「ぴっ!?」

 

 

 

 

 

不良少女、ストーカー、またの名を山峰袖子。

 

燐香のストレスの一因である。

 

と言うか、燐ちゃんてなんだ、といきなり付けられた渾名に困惑する陰キャ燐香は、盛大にビビり何もできないまま袖子に距離を詰められる。

 

 

 

 

 

「き、奇遇だね燐ちゃん」

 

「あ、あああ……は、はいぃ……」

 

 

 

 

 

すっかり苦手意識が付いた燐香はくるみ割り人形のようにガクガクと体を震わせながら返事する。

 

それに対してストーカー袖子は、自分の金髪を弄りながら、憧れの人にあった子供のように顔をほころばせている。

 

 

 

 

 

(あば、あばばばばばっ……!! な、なんでこの人がここにっ、完全に撒いて逃げて、時間も潰したのになんでっ!?)

 

 

 

「あのね燐ちゃん。も、もうすぐゴールデンウィークでしょ? 長い休みだから、どこか行こうかなって考えてるんだけど……」

 

「う、え、あ、いい、いいんじゃないですか?」

 

「本当? よかった。じゃあまた予定が決まったら連絡するね。あ、そのためにちょっと携帯貸して。私の連絡先入れておくから」

 

「え…………え?」

 

 

 

 

 

するりと取られた燐香の携帯電話は素早く操作され、ストーカーさんの連絡先を入れられるとともに連絡先も彼女に取られてしまう。

 

呆然としている燐香の手の中に戻った携帯電話には、家族以外にほとんど登録されていなかった他人の連絡先が登録されている。

 

 

 

嬉しくないこともないが、微妙な気分になる。

 

 

 

 

 

「えへ、燐ちゃん。私達友達みたいだね」

 

「ひぇ……」

 

 

 

 

 

いや、やっぱり怖い。

 

再びガタガタと震え始めた燐香だったが、そこで周囲がざわついたのに気が付いた。

 

前方から男の助けを叫ぶ声、見れば先ほどの警察官に言いがかりをつけていた男が倒れており、目に見えない何かに路地裏に引き摺り込まれそうになっていた。

 

耐える様に植込みの小さな木を掴んでいるが、相当な力で引っ張られているのか、掴んでいた木が根元から折れかけている。

 

 

 

 

 

「な――――なに、あれ……?」

 

 

 

 

 

袖子は目の前の光景に唖然として呟く。

 

 

 

ポルターガイスト、テレキネシス。

 

物を浮かせたりするそんな現象が頭を過る目の前の光景は、一般人の目からすれば極めて異常だ。

 

大の大人が必死に木にしがみつき、何もない筈の男の足は何かに引っ張られるかのように宙に浮いている。

 

これを科学的になんと言えばいいのだろう。

 

 

 

騒然とする周囲と慌てて駆け寄ろうとする巡回の警察官。

 

だが、助けに入ろうとした警察官が近づくよりも早く、掴まっていた植込みの木がついに折れ、男が引き摺られながら路地裏へと取り込まれようとして――――。

 

 

 

 

 

――――パチンッ、と燐香が指を鳴らした。

 

 

 

その瞬間、男を引き摺っていた目に見えない力が消え、ドサリと地面に落ちて自由になった男は慌ててその場から逃げ出して警察官に縋りつく。

 

ざわつきが伝染し、何が起きたのかと騒ぎの原因を探そうとした人々の目が蒼白になって怯えている男に向かう。

 

そんな人達の意識の隙間を縫って、燐香は男が引き摺り込まれようとしていた路地裏へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

(……なるほど。“糸”かつ、設置するタイプの異能。蜘蛛の糸と言う方が解釈的に合ってるかな。咄嗟だったから出力に出力をぶつけて怯ませたけど……)

 

 

 

「まだ来ますよね、分かってましたよそれくらい」

 

 

 

 

 

襲い来る異能を回避する。

 

雑で、使い慣れていなくて、力に翻弄されているだけのそんな攻撃は運動できない燐香でも回避は容易。

 

そして、相手側から異能の出力があると言うことは、それを辿って逆探知することも容易であり、こうして少し時間を稼げば。

 

 

 

 

 

「――――みつけた」

 

 

 

 

 

相手の場所を捕捉するくらい訳はない。

 

 

 

眼前に迫っていた異能の糸を掴み取ってそう言った。

 

糸から伝わってくる感情は驚愕と恐怖に満ちており、反撃されるとは微塵も思っていなかったことが伺える。

 

 

 

そして、その瞬間、相手側が逃げる様に異能の出力を停止した。

 

手の中にあった糸が消えて、あっと言う間に路地裏は静寂に包まれる。

 

もう、辺りから異能の感知は出来なくなった。

 

 

 

手の中にあった糸の感触を思い出すように何度か手を握りなおして、燐香は自分の推理の正しさと手に入れた手掛かりに満足したように笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「さてと……明日は学校休みでご飯は作り置きがあるから、私としては今からだっていいんですよね」

 

 

 

 

 

異能出力の最大範囲外を闇雲に辿るのは難しい。

 

だが相手の出力が分かっている状態であれば、数キロ離れた場所の特定も可能である。

 

しっかりと記憶した相手の場所の位置を思い返しながら、燐香はICカードを取り出して駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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