非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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これから辿る幾つかの可能性

 

 

 

物事には何事もマナーと言うものが付いて回る。

 

誰が定めたものなのかは知らないけれど、親しき仲であればそれほど気にしなくても良いものもあれば、最低限抑えておかなければならないものもある。

 

お見舞いの時に持参する花なんてものは前者であるだろうが、万が一にも嫌われたくない相手に対して持っていくのであれば、明るい色の、根が付いていないものを選ぶくらいの配慮は必要だろう。

 

そして意外と花と言うものは値が張るものだと、今日、私の財布は思い知らされた。

 

 

 

 

 

「佐取、また来てくれたのか。毎回言うが、学校もあるんだから無理してくる必要なんてないんだぞ」

 

「神楽坂さんってば、私がお見舞いに来なかったら誰が行くって言うんですか。ほら、また殺風景で何もない病室ですし、私以外に誰もお見舞い来てないんじゃないですか?」

 

「それはそうだが……わざわざバスケットを持って見舞いなんて……そんな気を遣わなくても良いんだぞ?」

 

「ふふん、私、大人ですから。知り合いが入院したら花とか果物を持って見舞いに行く程度には常識があるんです……でもお花って結構高いんですね」

 

「い、いや……いくらしたんだ? その分の値段は俺が出すから……」

 

「止めてください、すごく惨めになるので、そんな気遣い止めてください」

 

 

 

 

 

今日はおしゃれに花でも持っていこうと考えた私が浅はかだったのだ、勉強料として甘んじてこれくらいの出費は受け入れて見せよう。

 

そう自分を納得させて、病室の角にバスケットを飾る。

 

 

 

私は今日、包帯だらけの姿で病院のベッドで横になる神楽坂さんの数度目となる見舞いに来ていた。

 

あの“千手”の男と対峙してから早1週間。

 

重傷と言っても差し支えない怪我を負った神楽坂さんは、全治3か月の診断をされるとともに即日入院を言い渡された。

 

あれだけの大怪我だったのだ、ある意味当然の診断だろう。

 

 

 

逆に、国際的に指名手配されていた凶悪犯であるあの男の身柄は、駆け付けた警察官達に即座に確保されていた。

 

歩くこともままならなかった私に変わって、神楽坂さんが応援を呼んでくれたのだろう。

 

彼らに付き添われる形で病院に連れていかれる神楽坂さんを見送ってから、直接的な怪我をしていない私はそのまま自宅に帰った訳だ。

 

 

 

 

 

「それにしても神楽坂さん、本当に私以外に見舞いに来る人いないんですか? 家族とかに連絡が出来ないとかであれば、私の方から連絡を入れるくらいは……」

 

「ん、ああ、そうだな。両親とは疎遠で、わざわざ俺の見舞いに来るような人は誰も居ないからな」

 

「へー……何と言うか。まあ、私も他人の事言えませんけど、ちょっぴり寂しいですね」

 

「何、1人は慣れてるから別に今更寂しいなんて思うこともない。むしろ佐取がよく来てくれていることもあって、ここ最近は普段以上に会話しているくらいだ」

 

「ふへへ」

 

 

 

 

 

私が切り分けた果物を、ありがとうと言いつつ口にする神楽坂さん。

 

病院食は薄味と聞くから、こんな果物でも嬉しいのだろう、頬を緩めながら咀嚼する神楽坂さんの姿を見て、持ってきて良かったと思いながらテレビの電源を入れた。

 

 

 

テレビではまた同じ事件が繰り返し報道されており、今はその事件について意見討論をする番組のようだ。

 

 

 

 

 

「ここ最近はこんな感じに、連続殺人事件の犯人が国際的に指名手配されている凶悪犯だったことがずっと報道されて、色々話し合われてるみたいですが神楽坂さんの元に入ってくる情報も似たようなものばかりなんですか?」

 

「そうだな……とは言っても怪我人で現場復帰もまだな人間に重要な情報なんて渡すわけがないから、俺が情報を貰っていないからと言って警察全体でもそうだとは考えない方が良い。ちなみに、最近の世論はどういう?」

 

「なるほど分かりました。事実関係が判明してからは、こういう討論形式の番組が増えましたけど、たいていの内容は、国際指名手配犯が入国する前に阻止できなかったのか、と言う点ばかり話していますね。警察のトップへの批判はちょくちょく出てきますが、神楽坂さん達氷室署の警察官には基本的に擁護の立場の人が多いです。まあ、実際にあの“千手”とやらを捕まえたのは、神楽坂さんってことになっていますから、世間的には警察官優秀って言う評価みたいですよ。悪くないんじゃないですか?」

 

「そうか……佐取の手柄を全部かすめ取っている訳だから、俺としては喜べないがな……」

 

 

 

 

 

そんなこと気にしなくていいのにと思い、何かフォローでもしようかとして顔をしかめる神楽坂さんに、せっかくならちょっと意地悪なことを言っておこうかと考え直す。

 

 

 

 

 

「まあ、神楽坂さんが最初から私と連携を取っていればもっと楽にこの事件を解決できた訳で。神楽坂さんのその怪我とかもなかったかなぁとは思うんですけどねー?」

 

「うぐっ……その、申し訳ない……」

 

 

 

 

 

神楽坂さんの腰がこれまでにないくらい低くて面白い。

 

 

 

 

 

「うぷぷ、あの程度の異能持ちの攻撃で私がやられるかもしれないなんて考えるなんて、ほんとに神楽坂さんは心配性ですね。それもなんですか、私とは別の異能持ちをどこからか見つけ出して協力していたなんて。節操無しで、浮気性なんですから。うぷぷ」

 

「言い訳のしようもない……」

 

 

 

 

 

何の反論もせず、じっと私の指摘に耐え続ける神楽坂さんに、私の性格の悪い部分が火を噴き始めた。

 

具体的に言うと、これに乗じて何かしらの要求を通してしまおうと言う悪だくみだ。

 

 

 

 

 

「まあ? 信頼関係が築けていなかったのは私にも責任があるでしょうし? 今後は私をもっと大切に扱って、些細なことでもしっかりと私に連絡していただけたら別に今回の件でこれ以上どうこういうつもりは――――」

 

 

 

「よく言うじゃない。“千手”をぶっ飛ばした後動けなくなって、神楽坂先輩の手を煩わせていたくせに」

 

 

 

 

 

普段は見れない神楽坂さんのへこんだ表情を見て、調子に乗り始めた私がさらに追撃を掛けようとしたところで、別の声が割り込んだ。

 

「ゲッ」と思わず声が漏れ、その声の主の予想をしながら病室の出入り口へと目を向けた。

 

 

 

松葉杖を突いた女性が、呆れた顔で調子に乗っていた私を見ている。

 

なんでも私との連絡を絶っている時に協力体制を築いた、飛禅飛鳥と言う同僚の女性らしい。

 

 

 

 

 

「開花したての異能持ちでもないくせに、出力限界以上の異能を使って行動不能になるってどんなミスよ。ゲロをゲーゲーと吐きながら鼻血を撒き散らしていたなんて、心配そうにあの子の体調は大丈夫なのかって先輩に質問された私の気持ちが分かる? 馬鹿小娘」

 

「そ、そそそ、それは……あ、あの時は気分が高揚しすぎていて後先考えていなかったと言うか」

 

「後先考えずに異能を使うって……呆れた。あの子供に異能の制御を教える前に、貴方に教えた方が良いような気がしてきたのだけど」

 

「言いすぎじゃないですか!? 私勝てなかった貴方の尻拭いしたんですけど!? そもそも貴方が“千手”に勝っていたら、こうめんどくさい事態にはなってないんですよ!?」

 

「はいはい、そうやって自分に非があると思ったら責任転嫁して話題を逸らそうとする。漫画に出てくる精神関係の異能持ちにありそうな性格の悪さね」

 

「こ、このっ……この女っ……!」

 

 

 

「ひ、飛禅? お前、性格全然違う気がするんだが……」

 

 

 

 

 

最初に言うが、既に何度か会っているこの女と私の仲は非常に悪い。

 

別に初対面の時私は好き嫌いを持っていなかったが、この女は私を見るなり、いや見る前から既に私を嫌っていた。

 

非常に私に対する当たりが強いのである。

 

 

 

理由はもちろん分かっている。

 

 

 

 

 

「へっ、自分の弱さを再認識して落ち込んでるからって自分よりも年下に当たって、恥ずかしくないんですかね。“浮遊”なんて異能何に使えるんだか、お手玉でもして客を取れば良いんじゃないですかね」

 

「……カチーン」

 

 

 

 

 

飛禅とやらの怒りのボルテージが上がっていく。

 

なんだ、やるのか、と立ち上がった私に向かって、松葉杖を突きながら近付いてくる。

 

 

 

 

 

「あらあらあら、戦いにおける強さだけで異能の価値を測るなんて、やっぱり社会に出てないお子様は世間を分かっていないわねぇ……」

 

「強さだけが物差しではありませんが、事件を起こした異能持ちと戦う可能性を考えれば、十分価値基準になりそうですけども?」

 

「物騒なことばかり言って、これが中二病って奴かしらね。大丈夫よ、戦いは環境に左右されることもあるし、相性がとっても重要なの。たまたま……偶々っっ! 貴方が“千手”と相性良くて、私が“千手”と相性が悪かっただけ。そんな上からものを言うなんて身の程をわきまえた方が良いわよ、お・こ・さ・ま?」

 

「ちゅうにびょう……おこさま……は、はぁ? 私大人ですし? 体はともかく心は大人ですし? むしろ栄養全部胸に行ってるような、体だけ大人な鶏女よりもずっと私の方が立派ですし、現に結果も残してるんですぅ! 相性とか、環境とか、そんなもののせいにし出した貴方に、成長はないんです! あーやだやだ、これだから自分を立派な大人だと思い違いをしてる人間は相手にしたくないんです」

 

「……胸……鶏女……? 成長がない、ですって……? ……ふ、ふふふ、上等じゃない。今ここでどっちが上でどっちが下か、分からせてあげようじゃない」

 

「じょーとうじゃないですかぁ!!」

 

 

 

「おいやめろっ! ここは病院だぞっ!?」

 

「あでっ!?」

 

 

 

 

 

ゴツンッ、と神楽坂さんに頭を小突かれて、ひっくり返る。

 

い、命の恩人の私に対してなんてことをっ……、なんて思って文句の1つでも言おうと顔を上げたが、関節を極められて悲鳴を上げている鶏女を見て、まだ優しい対処だったのかと口を噤んで冷静になる。

 

 

 

しばらく神楽坂さんによる説教を眺めて、ようやく解放された鶏女が涙目で肩を撫でているのをニヤリと嘲笑う。

 

人に対して厳しい当たりをするからこんな目に遭うのだ、ざまあみろ。

 

 

 

 

 

「……佐取、君もその馬鹿にするような笑いを辞めなさい。君に対しても説教をしなくちゃいけなくなる」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

元々のフィジカルの高い彼らと違って、私は肉体面で言えば雑魚だ。

 

同じような説教を受けた場合、3日は寝込む自信があった。

 

 

 

 

 

「いつつ……で、せんぱーい。これからの事について話しに来たんですけどぉ」

 

「うわ……なんですその口調。こっわ」

 

「佐取」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

おかしい、呆れたような目と感情を神楽坂さんから向けられている。

 

いや、確かに話の腰を折るのは悪かったのだろう、反省しなくてはいけない。

 

 

 

 

 

「……あの相坂って言う子供、ほんとに無罪放免にしちゃって良かったんですかぁ? “千手”の奴がわざわざ似せて犯行を行ってくれてたから、あいつ以外の人間の犯行じゃないかって疑う声は今のとこ出てきてないみたいですけどぉ」

 

「…………俺としては、そうだな。あの子を無理に犯人だと言うつもりはない。実際、あの子に故意はなく、あの子に爆弾を括り付けたグループの一味が“千手”の男だからな。もしも本当に罪を世間に公表し償わせるにしても、今ではないだろう」

 

 

 

 

 

難しい顔で会話する2人の間で顔を行き来させ、話を聞いていた私は初めて知る事実に驚いた。

 

 

 

 

 

「ん? え? すいません、私多分状況をよく把握してないんですけど、あの“千手”とやらが今回の殺人事件の犯人じゃないんですか?」

 

「2種類あったでしょ殺人事件。バラバラとぐしゃぐしゃ、バラバラが異能の暴走した子供の犯行で、ぐしゃぐしゃがあの“千手”とかいう男よ」

 

「あー、なるほど。犯人が2人いる方でしたか。てっきり異能の制御が利いているものと暴走してしまったものの2つだと思ってました」

 

 

 

 

 

状況を把握し、2人が難しい顔をしている理由にようやく気が付く。

 

異能は法に当てはめられないが犯行は現実であり、罪は残っている。

 

その罪を、誘拐され異能を押し付けられた子供にどこまで償わせるかの問題が残っていて、それは現在の法では判断できない状況なのだ。

 

しかも、ただでさえ色んな混乱が起きている今、異能の存在を公表すれば、相坂少年の身の安全は保障できないものになるだろう。

 

 

 

 

 

「……ま、取り敢えず同じ過ちを犯させないよう飛禅さんがその子供に異能の制御を教える形なんですね」

 

「ええそうです☆ ……あっ、間違えた。ええそうよ」

 

「……それ取り返し効くんですか?」

 

「佐取」

 

「えっ!? 嘘っ、今のは別に馬鹿にする意図ないですよ!? ごめんなさい!!」

 

 

 

 

 

関節技をガードするように神楽坂さんから距離を取って、頭を抱える。

 

冗談だ、と笑っているが、こっちは笑い事じゃないのでほんとに勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

「んー、でもその措置でいいんじゃないですかね。正直こっちから異能の子供を公表すると、子供の身柄を抑えたい……えっと、外国の組織は積極的にその子供を狙ってきますもんね。救いのない悪党でもないですし、“千手”とやらに全部かぶってもらっちゃっても良いんじゃ……」

 

「…………」

 

「……まあ、私もそちら側の意見なんだけれども」

 

 

 

 

 

2人の暗い顔を見て、ああなるほどと納得する。

 

 

 

例えどんな理由があろうとも、別の誰かに罪を擦り付けるのを許容することを、この2人は納得できないのだ。

 

それをしてしまえば、自分の息子の轢き逃げを別の誰かに擦り付けようとした警察官僚となにも変わらなくなってしまうから。

 

善意と義務感の間のそんな葛藤に、この大人2人は苦しんでいるらしい。

 

 

 

ふむ、と少し考える。

 

 

 

 

 

「……と言うか、その異能の子供、ほんとに異能が暴走していたんですかね」

 

「なに?」

 

 

 

 

 

訝し気な顔をする2人に私は、「異能の暴走が出来すぎているって言う話です」とつないだ。

 

 

 

 

 

「結局その少年は異能をまともに使えてなかったんですよね。そんな人間が遠距離から特定の人間を狙う? しかも、成人男性をバラバラにするほど強力な異能を? なんだか、それっておかしくないですか?」

 

「……それって……」

 

「実際の少年の証言も、その“千手”の証言も私は直接聞いていないから分かりませんけど、少年はきっと『自分が何をしたのか分からない』『分からないけれど、自分の頭でフラッシュバックした光景と世間で起きている事件に近いものがある』『だから自分が何かやってしまったのではないか』、そういう錯覚に襲われたはずです。そしてその錯覚は、少年を連れて行こうとしていた“千手”にとっては好都合なものだった」

 

 

 

 

 

私の発言には何の根拠もない。

 

けれど、異能と言う非科学的な力が関わっている以上、今ここから過去を遡って事件の真相を暴くことは出来ないし、証拠を見つけ出すことは不可能であるから。

 

 

 

だから私は、可能性のあるもう一つの可能性の話を、ペラペラと彼らに提示する。

 

 

 

 

 

「だって、その少年が犯行をしたと言っているのは、自分の異能を把握できていない少年と、何人もの人を殺めてる“千手”とか言う殺人鬼ですよね? 一般常識的に考えれば、“千手”と言う殺人鬼が、罪の意識を少年に押し付けるために、“そういう風”に見せる事件を作ったと言う方が説得力ありませんか?」

 

「……確かに……その通りだ」

 

 

 

 

 

押し黙るようにして私の話を肯定した神楽坂さんは目線を床に向け、鶏女さんは顎に手を添えて私の発言を考えている。

 

 

 

ここまでの仮説は何の裏付けも根拠もない。

 

だから、可能性は否定できなくとも、積極的に肯定は出来ない筈だ。

 

だからもう一手必要になる。

 

 

 

 

 

「鶏……えっと、飛禅さん」

 

「…………今なんて呼ぼうとしたのか聞いていい?」

 

 

 

 

 

少しの言い間違えも聞き逃さないらしい。

 

 

 

 

 

「飛禅さんはバラバラ事件の犯人から標的になったことはありますか? あ、ここでいう犯人と言うのは、特定の誰かではなくて、路地裏でバラバラにされるような目にあったか、と言う話です」

 

「小娘……あとで絶対に泣かす……。……襲われてはないわよ。私は先輩と協力することになって直ぐにアイツらと衝突することになったから、そういう事件には巻き込まれてないわ」

 

「そうですか。なら私だけの証言になりますけど、私は2度その異能を目前にしています。そしてその異能は、あの少年のものよりも“千手”に近いと私は感じました」

 

「そ、それはっ、本当か!?」

 

「はい、あくまで私の主観ですが、そうであったと思います」

 

 

 

 

 

一般人には感知できない異能の感知を根拠として、私の仮説の補強を行う。

 

誰も嘘とは分からない、誰も真実だとは証明できない、けれど信頼に足るであろう情報。

 

これで彼らは私の仮説を絶対に否定できなくなった。

 

 

 

 

 

「なんにせよ、必ずしもその子供が異能を暴走させたと言う確証が取れない限りは、どの角度から見ても、子供の異能については言及するべきではないですね。少なくとも国際指名手配されている今の“千手”の処遇にどうこう口を出すべきではないと私は思います」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

 

私はそこまで言って、反論されることは無いだろうと胸を張るが、手放しの賞賛が飛んでくると思いきや、2人は無言で目配せをしている。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

不安になり2人を交互に見る。

 

2人の曖昧な態度は崩れず、それどころか、鶏女は仕方なさそうに肩をすくめ、神楽坂さんはガシガシと自分の頭を掻いていた。

 

 

 

 

 

「……すまん。そういうことにさせておいてくれ」

 

「ま、それが無難な落としどころじゃないですか。私達の心情的にも」

 

「あれー……?」

 

 

 

 

 

目論見が上手く通らなかった。

 

彼らの罪悪感を少しでも減らせたらなんて考えたが、所詮は子供の浅知恵だったようだ。

 

逆に私に配慮させた事に申し訳なさがあるようで、神楽坂さんはまた私の頭をわしゃわしゃと撫でる上、鶏女さんは不服そうにしながらも私の隣に椅子を用意して腰を下ろした。

 

 

 

「起きてしまった事をこれ以上悩み続けるのは大人として示しが付かないな」なんて言って、神楽坂さんは真剣な顔で私と鶏女さんを見据えた。

 

 

 

 

 

「実はな佐取、もう1つ君には話しておかなければならないことがある。飛禅にここに来てもらったのはこれからの方針について、俺の考えを2人に伝えたいと思ったからだ」

 

「む……」

 

 

 

 

 

真剣な話に入ったことに気が付いて、私は口を引き締め真面目な顔を作った。

 

 

 

 

 

「これからの話……佐取が、“千手”から抜き出してくれたおかげで、連続している異能の関わる事件の黒幕組織が判明した。世界的大企業、『UNN』……正直この組織に対して、現状俺達に出来ることは何も無い。世界展開されている大手企業が、裏では異能持ちを作り出す実験をしていて世界征服を狙っている組織なんて、陰謀論にしたって限度がある」

 

「……私は嘘は言ってないですよ?」

 

「分かってる。全部真実だと分かってるが、それが真実だとして俺らに出来ることは無いと言うことを話したいんだ。相手の本拠地が海外と言うのもあるし、別に俺達は国を渡って相手を追い詰められるだけの権力も、資金も、力もない。受け身の姿勢を取るしかないと言うことを理解してくれ」

 

 

 

 

 

そこまで前提を話した神楽坂さんは、ようやく本題を切り出した。

 

 

 

 

 

「いいか、俺はこれまで通り、非科学的な力の存在も、その陰謀論めいた話も、『UNN』と言う企業が世界征服を狙っていると、いくらでも世間に発信していこう。だが、佐取と飛禅は変な行動を取らないでくれ」

 

「ん……?」

 

 

 

 

 

予想に反した神楽坂さんの提案に少し考えこんだ私に対して、同じ病院に入院している鶏女さんは前から話を聞いていたのか、素直に頷いている。

 

 

 

 

 

「神楽坂先輩の広報で警察内部や世間に情報を流し、敵からの攻撃を1点に集める餌の役目を行う。自分達の悪事を広報している人間がいると分かれば『UNN』とやらも日本への攻撃を控える可能性もあるし、“千手”のような異能持ちを神楽坂先輩へ送り込んだとしても相手の情報にない私達の存在でその攻撃を阻止できる可能性が高いって訳ですね☆」

 

「……そ、それくらいは分かっていましたし。でも、それって神楽坂さんの負担が大きすぎませんか? 奴らに狙われるのはもちろんですけど、警察組織内部からの圧力もあるでしょうし、世間的に企業への風評被害を起こそうとしている人間なんて、警察官としていられなくなるんじゃ」

 

「勿論ほどほどにはする。もともと俺は警察組織からは嫌われ者。多少立場が悪くなろうと、今更気になるものじゃないし、ここ最近の佐取に貰ったような手柄を考えればむしろプラスだろう」

 

 

 

 

 

全てを理解してなお、笑って自ら危険を引き受けようとする神楽坂さんに衝撃を受ける。

 

 

 

私は、善人が好きで悪人は嫌いだが、自己犠牲も厭わないようなレベルになると話は違う。

 

不幸になると分かっている相手をみすみす放っておけるほど、私は達観できていない。

 

 

 

 

 

「で、でもっ……! ほらっ、神楽坂さんには入院中の婚約者がいるって……意識が戻らないその女性を神楽坂さんはずっと待っていたんですよねっ? 今もその人を愛しているんでしょうっ!? それじゃあ、その人が起きた時に神楽坂さんの身に何かあったらどうするんですかっ。その人の身に何かあったら――――」

 

 

 

「先日、婚約は解消した。もう見舞いにも行かない。あいつをこれ以上危険に巻き込めない」

 

 

 

「――――はっ……?」

 

 

 

 

 

愕然とした。

 

心を読める異能を持っているにしては、あまりにお粗末な私の態度に神楽坂さんは軽く笑った。

 

 

 

神楽坂さんは私の頭を優しく撫でながら、笑っている。

 

けれど私から見える神楽坂さんの心は、悲嘆に満ちていた。

 

本当はそんなことを望んでいなかったのくらい、神楽坂さんと婚約者さんの関係を知らない私だってすぐに分かった。

 

 

 

 

 

「なに、事が済んだらまたプロポーズでもするさ。今は、このままの関係じゃいられなかったってだけだ」

 

「でもっ……でも……」

 

 

 

 

 

何とか神楽坂さんの意思を曲げられないかと鶏女さんを見るが、睨むように私を見ていた彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

 

 

 

 

「今後、周りで妙なことがあればすぐに連絡する。今回の件で、俺1人ではどうしようもないってことは嫌と言う程よく分かった……だから、佐取を危険なことに巻き込むのは本当に申し訳ないんだが……その時は俺を助けてくれないか?」

 

「…………分かりました」

 

 

 

 

 

神楽坂さんの決意は固い。

 

私が何を言っても、いや、もしかしたら神楽坂さんの婚約者の方が何を言っても彼は決断を変えないかもしれない。

 

 

 

だったらもう、私がやることは1つだ。

 

神楽坂さんの救援要請に応え、全力を尽くして、私の気に入らない奴を打ち倒す。

 

 

 

 

 

「ただしっ、絶っっ対に私に連絡くださいね! 今回みたいに間に合うとは限らないんですから!」

 

「ああ、胸に刻んでる。頼りにしてるよ佐取、もちろん飛禅もな」

 

「……はいはい、その代わり私の目的にも協力してくださいよ」

 

 

 

 

 

話したかった重い話はこれで終わりだと言って、話を終わらせた神楽坂さんに複雑な気持ちを抱きながらも、私は頷いた。

 

 

 

実際、神楽坂さんも鶏女さんも怪我の完治までには時間がかかる。

 

これからすぐにと言う話ではなく、今後の方針としての話なのだから、やっぱり……と思い直した時はまた神楽坂さん達に言えばいいだろう。

 

それじゃあ、話したいことも終わっただろうし神楽坂さんの様子も見たから、早く帰ろうと椅子から立ち上がったところで、今度は鶏女さんから待ったが掛かった。

 

 

 

 

 

「そうそう。私にも私の目的があるから、アンタにも聞いておきたいことがあるのよ」

 

「ええ~……」

 

「なんで神楽坂先輩にはあんなに協力的なのに、私にはこれっぽっちも協力する気が無いのかしらこの小娘っ……!!」

 

 

 

 

 

歯ぎしりしながら私の態度に苛立ちを覚えているようだが、当然だろう。

 

神楽坂さんには結構色んな場面で救ってもらったし、出会ってから1カ月程度の間、私に対して非常に誠実に接してくれている。まぎれもない善人だ。

 

 

 

だが、この鶏女さんはそんなことない。

 

猫かぶりで、私に対して当たりが強く、妙な対抗心を燃やしてきていて、それでいてそこまで善人と言う訳でもない。打算的で、独善的で、それでいて自分本位でもある。悪人ではないけど、私は好きではないタイプの人間だ。

 

 

 

私の嫌そうな顔など知った事かと、鶏女さんは質問を投げかけてくる。

 

 

 

 

 

「私、“顔の無い巨人”って言う異能持ちを探しているの。貴方何か知らない?」

 

「“顔の無い巨人”……?」

 

 

 

 

 

聞いたことのない名前の人物に頭を捻る。

 

 

 

いや、一応聞いたことはある。

 

ネット上で都市伝説として囁かれている、怪物の存在。

 

それが存在するのかどうかは知らないが、ネット上では多くの人に恐れられており、話題に出すことさえ嫌がる人がいるほどだ。

 

私は、まあ、そんな都市伝説になんて興味が無かったから深くは知らないが、それを本気で追っている異能持ちがいるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

「えっと、もっと具体的な特徴とかないんですか? 何と言うか、名称だけ言われても困るんですけど」

 

「……とは言っても、私だって直接会って一度話したきりだから……その異能の詳細もよく分からないのよ……」

 

「ええ……なんでそんな奴に会いたいんですか? ネットでその名前はたまに見かけますけど、正直碌な奴じゃないと思うんですよね」

 

「……」

 

 

 

 

 

沈黙。

 

言いたくない、と言うよりも、口に出すとそれを認めるようで嫌なのか。

 

そんな複雑怪奇な感情に、おかしなものを見るような目で鶏女さんを見ていた私に、ついに観念したように彼女は重い口を開いた。

 

 

 

 

 

「……村ぐるみで迫害されていた私を……救ってくれた奴なのよ。才能があるって言って、地下牢に繋がれていた私の異能を無理やり開花させて。村全てを変わり果てたものに変えたの」

 

「はぁ、それはそれは。村ぐるみでの迫害に地下牢なんていつの時代の話なんですか、それ。それで最後は異能の開花なんて、まるで今の私達の敵みたいな役満…………」

 

 

 

 

 

――――そこまで言って本当にふと、遠い昔の頃の記憶が蘇った。

 

 

 

嬉々として自分の異能を広げていた暗黒時代の全盛期よりもずっと前、確か人の集まりの場所に、1人だけ弱弱しく、全てを諦めたような感情を持っていた人間がいた。

 

見た目も性別も分からないその人間と、それを恐怖し攻撃しようとする意志を持つ人間達に、そういえば手を出したことがあった。

 

 

 

 

 

「……い、異能の開花、ですか……」

 

 

 

 

 

全てを諦めていた人間からは、自分と同じ力を感じた。

 

無意識的に自分で無理やり抑え込んでいるようなその感じに、当時の、我慢なんて知らない私は即座に異能を使用し、強制的にその人間の異能を放出させた。

 

 

 

あとは、その場所から連れ出して、迫害する意識のある人間全ての価値観を歪めた、と言うずっと忘れていた、記憶を思い出した。

 

 

 

 

 

(い、いや、いやいやいやいや、そんなまさか……あんな昔の話、あんなの私が小学生時代の話じゃないですか……まさかそんな昔の話が今さら目の前にやってくるなんて、そんなことある訳が……そもそもあの時の私って、異能で感知してたから、相手からはまともな姿に見えてなかった筈だしっ……)

 

 

 

「……まあ、冗談みたいな話よ。私も、ずっとあのまま、繋がれて死ぬものだと思っていた。あの日だって突然目の前に現れた、あの黒い煙の様な奴に、自分の正気を先に疑ったもの」

 

 

 

(黒い、もや……黒い……煙…………あ、私だ)

 

 

 

「へ、へへへ、へー、そうなんですね。ち、ちち、ちなみにそのやべー奴と再会したらどうするんですか?」

 

 

 

(いやまだですっ。ここまでの話なら恨みを買ってるなんてことある訳ないですし、それとなく探すのを諦めさせればまだ勝機はあります!)

 

 

 

「もしも、あの人に会ったら…………」

 

 

 

 

 

そう言って、ゆったりと、静かに口を開いた彼女は瞳にドロドロとした執着とほの暗い光を宿していた。

 

 

 

 

 

「…………私、あの人を殺しちゃうかもしれないわ」

 

 

 

(なんでーーーーーー!!!???)

 

 

 

 

 

この日私のストレス要因がもう1つ増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みくださり本当にありがとうございます!

感想やお気に入り登録、評価にとても励まされ、誤字報告に何とか助けられながら更新することができております! 本当にありがとうございます!!

話としてはこの話で一旦区切りとなり、次の話は少し間章のような短い話をいくつか挟んで、それからまた本編を進めようと考えております。

また、本編の方は少し話をまとめ直してから投稿したいと思いますので、更新間隔が開くと思いますが、ある程度話が溜りましたらまた毎日更新していきたいと思いますので、出来れば飽きずにお付き合いいただけたら何よりうれしいです!

これからもどうかよろしくお願いします!

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