非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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お待たせしました、4章の更新をしていきます!
多分毎日更新ができるとは思いますが……ど、どうなるかはちょっと分かりません!



国外からの来訪者


 

 

 

 

氷室警察署の貸し与えられた一室で、警察本部から派遣されている柿崎遼臥(かきざき りょうが)は一足先に仕事に復帰していた。

 

 

 

人一倍大きな体は見た目の通り頑丈だ。

 

車の下敷きになろうとも、その頑丈さはいかんなく発揮され、1週間と経たずに普通に動けている彼はもはや怪物と言っても相違ないだろう。

 

だが、それでも完全に仕事に復帰出来ている訳ではない。

 

足は折れているし、体に残った傷が消えた訳ではない。

 

現場仕事は控え、事務仕事もある程度の期間自粛するようにと、警察本部から通達があったのだが、そうもいっていられない状況があった。

 

 

 

 

 

「……悪いな、耳が悪くなったみたいだ、ふざけた提案に聞こえた。もう一度言って貰えるか?」

 

 

 

 

 

柿崎は普段以上に恐ろしい顔つきで手元にある「身分を証明する物」を眺め、胡散臭そうなものを見るような目で正面に座る彼らに視線を向ける。

 

突然氷室署を訪れた、顔も見たことのない彼らの提案は本来ならば到底受け入れられるようなものでは無かった。

 

 

 

 

 

「それでは、もう一度言いましょう。現在拘束中の“千手”の身柄を我々に引き渡してください」

 

 

 

 

 

繰り返された提案に、柿崎の顔がさらに鬼に近くなる。

 

隣に座る氷室署の署長は、青かった顔を引き攣らせた。

 

 

 

 

 

「……アンタらは突然ウチにやってきて、何の助力もせず要求だけ通そうと言う訳だ。随分ふざけた話じゃねェか、なあ?」

 

「ちょ、ちょっと柿崎君」

 

「ICPOがなんだってんだ。国際警察? それにどんな権限がある。うちの国で起こした犯罪をうちが裁いて何が悪い?」

 

 

 

 

 

日本人離れした巨体を持つ柿崎の苛立ち混じりの言葉に、ICPO(国際警察)から確認に来た者達が理解を示すように頷いた。

 

 

 

 

 

「貴方がおっしゃることは理解できます。しかし、これは貴方がたの為でもあるのです。“千手”は我々も何度も取り逃した凶悪な犯罪者。その特性を正しく理解していなければ拘束は難しく、またさらなる激昂によって多数の死者が出ることも充分考えられます」

 

「だから……その特性ってェのは何なんだよ!?」

 

「お答えできかねます。禁則事項に当たりますので」

 

 

 

 

 

柿崎が苛立つ理由はこれだ、先ほどからこの調子が崩れないICPO職員の態度。

 

機械的に、禁則事項の一言で、“千手”の危険性を説明しようとすることが無く、その癖、身柄を引き渡せと言うめちゃくちゃな提案をしてくるのだ。

 

 

 

今回の事件を本部から任されている柿崎としては、どうにもしがたい話である。

 

 

 

 

 

「その禁則事項ってのは何なんだよ。現に今“千手”とか言う犯罪者は脱獄できてない訳なんだから、アンタらのその発言は信憑性の欠片もない事分かってるのか?」

 

「その点は我々も驚いています。しかし、“千手”が何か意図を持っていて逃亡を図っていないだけ、と言うのが我々の見解です。いつでも“千手”は逃げ出せる状態にあると言うことです。それと、禁則事項は私達ICPO全体の総意と取っていただいて構いません。ご理解いただけないようでしたら、申し訳ありませんが本部から日本政府に直接申し入れを行い、強制的に身柄の受け渡しを行います」

 

「……あくまで俺ら現場の人間には何も伝えないつもりか」

 

「その様に指示を受けています」

 

 

 

 

 

機械的な調子を崩さないICPOに、柿崎は疲れたように深く息を吐く。

 

じろりと、睨み付ける様に目の前にいる三人のICPO職員を一人ひとり確認して、一切口を開かない二人から視線を逸らし、会話担当であろう若い白髪の女を正面から見据えた。

 

 

 

 

 

「……ふう、署長。ちょっとこの人達と自分だけで話したいことがあるんで少し席を外して貰っても良いですか?」

 

「い、いやしかしね。柿崎君、君絶対この人達に暴力振るうだろう?」

 

「いや、する訳ないでしょう。俺をなんだと思ってるんですか」

 

 

 

 

 

そうバッサリと言い捨てて、氷室署で一番偉い人物を柿崎は部屋から追い出す。

 

突然の柿崎の行動に、署長を含めICPOの三人も目を丸くする。

 

 

 

 

 

「……それで?」

 

 

 

 

 

扉を閉じて、音が漏れないようにしながら彼らに向き直る。

 

会話を担当している白髪の女は、眼鏡を押し上げた。

 

 

 

 

 

「……それで、とは?」

 

「とぼけるな。俺は実際にその“千手”と言う男を見た。到底やり合ったなんて言えないような、一方的にぶっ飛ばされたようなもんだが。それでも、車両を浮かせて俺達目掛けて見えない力を振るったあいつのことは、把握している」

 

「……」

 

 

 

 

 

機械的に話を続けていた白髪の女が口を閉ざす。

 

何かを迷うように、残りの二人と目配せをしたのを柿崎は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「科学では証明できない力……あいつが言ってたそれを俺は信じちゃいなかったが、今回の件で少し話が変わった。あるんだろ、そういう力がこの世には――――」

 

「ええ、あります」

 

 

 

 

 

はっきりとした断言に柿崎は僅かに目を剥いた。

 

絶対に認めようとしないだろうと言う予想が覆されたからだ。

 

 

 

 

 

「異能、そう我々が呼んでいる未知の力は、遥か太古からごく僅かな人間に備わる絶対的な才能です。過去に偉業を為した人物達の中にも、それを備えた者は多くいると我々は予想をしています」

 

「……それで、“千手”と言う奴がその希少な才能の持ち主と?」

 

「ええ、そうです。その才能が関わる事件こそ、我々が解決を任されているものとなります」

 

 

 

 

 

予想こそしていたが、今までの常識を塗り替えるような突飛な話に、柿崎は思わず視線を扉に向けるが、「安心してください」と白髪の女は言う。

 

 

 

 

 

「音漏れの可能性は絶対にありません。私達以外にこの会話を耳にする者はいませんから」

 

「何を言って……」

 

 

 

 

 

そこまで口に出して、柿崎は意図に気が付く。

 

 

 

超常的な力があるとして、それに対抗するためにはどうするか。

 

答えは考えるまでもない、超常的な力に対抗するには同じ超常的な力をぶつけるのが一番簡単な方法だ。

 

つまり、超常的な力の対処を任されている彼らにも同じ力を持つ者がいてもおかしくはないし、絶対にないと言い切ったことを考えれば、この場の音を支配する異能とやらを彼らは使っているに違いない。

 

 

 

柿崎はそう判断した。

 

 

 

 

 

「……そうか、なるほどな。そうなってくると話は変わる。俺としても、奴を捕まえ続けるのは難しいと思っていた。本部に掛け合おう」

 

「貴方が頭の良い人で助かりました、感謝します」

 

 

 

 

 

白髪の女は事務的な笑みを見せる。

 

“千手”とやらの凶悪な力を断片的に見た柿崎にとって、あの超常的な力を鉄や石でできた独房で抑えきれる自信は持てない。

 

定期的に“千手”の拘束を担当する者に様子を聞いたが、大人しすぎるあの男の報告内容に、嫌な予感は日に日に増していたのだ。

 

彼らの本心は分からないが、彼らの提案は柿崎にとっては渡りに船であった。

 

 

 

 

 

「聞かせろ。ICPOはなぜこの件を隠す。なぜ世間にその力を公表しない。脅威に対して備えるのは必要だとは思わないのか?」

 

「世間に不要な混乱を招かない為……表向きはそうですが、実情は異なります。何事も、利益を得る者がいるとだけ言っておきましょうか」

 

「どこも変わらねェな」

 

「しかし真理です。私達人間の世界は昔から変わりませんから」

 

 

 

 

 

忌々し気に吐き捨てた柿崎は、話は終わりかと提示されていた身分証明を返すが、受け取った彼らは扉に向かおうともせず、まだ部屋にとどまっている。

 

まだ何か用があるのかと眉を上げた柿崎に、白髪の女は問いかける。

 

 

 

 

 

「ところで、“千手”を捕まえた警察官の方にも話をお聞きしたいのですが……今はどちらにいらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

白髪の女の言葉を皮切りに、動きを見せなかった残りの二人が、出入り口を塞ぐように動いた。

 

口を割らないなら力づくでもと言う意思を見せてくる彼らの態度を見て、圧力を掛ければどうにでもなる“千手”のことで、わざわざ彼らがこの場に出向いた理由を理解する。

 

 

 

自分の同期であるあの男に会うことが、彼らの重要な目的の1つなのだ。

 

 

 

 

 

(神楽坂……お前、なんてもんに目を付けられてんだ)

 

 

 

「ええ、少し話を聞きたいだけですとも。神楽坂上矢さんはいまどちらへ?」

 

 

 

 

 

銃口を向けられるよりも重いナニカが目の前にあることを理解して、柿崎は額に汗を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校がゴールデンウィークに入り、休みになって直ぐの事。

 

私は目の前の光景に今年一番感動していた。

 

 

 

 

 

「遊里、大丈夫? ちゃんと歩けてる? ちょっとでも違和感を感じたら私に言うんだよ?」

 

「ありがとう桐佳ちゃん、でももう一応退院したんだしそんなに心配しなくても大丈夫だよ?」

 

「栄養失調を甘く見ちゃだめ! 体の内側での事なんて私達じゃわかんないんだから気を付けないと! ……それに、まだ体のあざも残ってるし……」

 

「これは……別に気にならないよ」

 

「気にならない訳ないでしょ! もうっ、我慢しなくていいの! 悩みとか全部私に吐き出さなきゃだめなんだから!!」

 

 

 

 

 

……妹が別人のように人に気を使っている。

 

周りに流されやすく、感情的で、抜けたところが多かった。

 

そんな、悪く言えば自分中心の思考だった妹の成長を目の当たりにして、私は思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 

 

なるほど、やっぱり人の成長には人との関りが大きいのだろう。

 

結果的にプラスの方向へと働いている今の状況に、悪い事ばかりではないのだと嬉しく思った。

 

 

 

 

 

病院の入り口から出る際にそんな声を掛けて、おまけに病み上がりの友人の荷物を持ってあげている妹の成長に私が純粋に喜んでいる横で、遊里さんのお母さんは複雑そうな顔で桐佳達を見詰めている。

 

 

 

 

 

「……まだ悩んでるんですか? もうしっかりと謝罪して、遊里さんもそれを受け入れてくれたじゃないですか。これ以上グジグジ悩むのは、遊里さんの精神的にもどうかと思いますよ」

 

「たとえ娘が許してくれても……私に親の資格は……」

 

「でも、児童相談所が入院している遊里さんのところに確認に来た時、遊里さんは必死に貴方を庇っていましたよ。だからこうして一緒にいられますし、遊里さんも貴方と一緒にいたいと言っているんです。これから報いて、取り戻していけば良いんです」

 

「それは分かっているけれど……それに、貴方達家族にも、迷惑を掛けて……」

 

 

 

 

 

肩身狭そうに縮こまっている、自分よりも一回り以上年上の女性。

 

私としては妹の平穏の為に最善手を選んだつもりだが、確かに、この人からするとあまりに多くの好意だったのだろう。

 

 

 

 

 

「宗教の人達から助け出してくれて、私達の間を取り持って、児童相談所の人にも対応してくれた。それだけでも返しきれないくらいの恩があるのに……私が宗教につぎ込んでしまってお金が無いから、娘の入院費用の肩代わりをして、ゴタゴタでアパートから追い出された私達をこうして受け入れてくれて……一生燐香さん達ご家族には頭が上がらないわ……」

 

「それはまあ、ホームレスになりかねない妹の友達を見捨てるのは少し後味悪いので」

 

 

 

 

 

本当に、妹の友達でなければこんな境遇の人見向きもしない。

 

それに、彼女達をこんな状況に追い込んだ私と同系統のあの異能持ちの存在が、彼女らを保護するべきだと判断させたのだ。

 

 

 

私が言うのもあれだが、精神干渉関係の異能は始末が悪い。

 

自分の手を汚さずに悪いことが出来るし、ただ見るだけでは誰が敵だか分かりづらい。

 

目に見えない相手との争いは、昨日まで友人だった人達が洗脳されていないかと言う疑心暗鬼に苛まれながら、日々を過ごすことになるのだ。

 

勿論相手の異能の正確な強さがどの程度かは分からないが、妹と深く関わる者を、そして、一度身柄があの異能持ちの手元にあった者達を放置するのは、あり得ない選択だった。

 

 

 

だからこそ、お金も、仕事も、行き場もない彼女達を、私の家で一時的に預かることにしたのである。

 

と言うか、これで遊里さんが中学校を休学してそのままと言うことになれば、間違いなく桐佳の精神に悪影響を及ぼす。

 

それは流石に許容できなかった。

 

 

 

 

 

「じゃーん! これからここが遊里達の家になる家だよ!」

 

「わああ、凄い広い! 桐佳ちゃんっ、本当にありがとね!」

 

「えへへ……もう家族みたいなものだしっ、変に気を使ったりしなくていいからね! あ、遊里のお母さんも、普通に娘の友達と接するようにしてくれればいいからね!」

 

 

 

 

 

我が家に辿り着き、遊里さん達を家へ招き入れ、自慢げに胸を張る桐佳。

 

自分は何もしていないのに、なぜか鼻が伸びている桐佳の頭を私は軽くひっぱたいた。

 

別に遊里さん達の緊張をほぐすためにそういう態度を取るのは問題ないが、それほど仲良くない年上の人には敬語くらい使うべきだ。

 

 

 

 

 

「こら、遊里さんのお母さんは年上なんだからちゃんと敬語使いなさい。それと、あくまで遊里さん達を家に住まわせるのはお父さんが頷いたからなんだから、お父さんにちゃんとお礼を言うこと。最近避けてるの知ってるんだからね」

 

「……わ、分かってるもん。ごめんなさい遊里のお母さん」

 

「あら……良いのよ敬語なんて。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう、桐佳ちゃん」

 

「い、いえ、そんな……」

 

 

 

 

 

私に叱られて、あっと言う間に気が小さくなった桐佳と遊里さん達の会話を見ながら、あらかじめ用意しておいた彼女達家族の部屋を二つに分けておいて正解だったと安心する。

 

 

 

やはりお互いに、事情があったとはいえ暴力を振られた側と振った側を同じ部屋にいさせるのは色々と問題がある。

 

現に今までも、遊里さん達はお互いを目で追っているものの、目を合わせないようにしているし、会話もぎこちない。

 

幸い空き部屋が二つ以上あったから、彼女達の寝る場所は分けられたが、それがなかったらどうなっていたか。

 

 

 

 

 

「それでは、お二人がこれから使ってもらう部屋まで案内するので付いてきてください」

 

「ま、待って下さい。えっと、燐香さん。娘ともどもこれからお世話になります。もちろん掛かったお金はなんとしても後でお支払いしますので……」

 

「別にそこまでかしこまらなくても……遊里さんも居ますし、お金みたいな生々しい話はあとでにしましょう」

 

「あ、そ、そうですよね。ごめんなさい」

 

 

 

 

 

だめだ。

 

何だか遊里さんのお母さんは私に対して妙な壁がある。

 

まるで触ることのできない目上の人にでも対応するようなそういう態度。

 

宗教関係の洗脳は初期化させ、そういう思考回路に行きつかない様に手を入れた筈だがなぜこうなるのだろう。

 

やむを得なかったとはいえ、流石に監禁されていた場所から救い出したのは、違和感を覚えないよう異能で誤魔化したとしても無理があったのかもしれない。

 

 

 

……いや、なるほど。

 

異能の存在に気が付いていなくとも、救われたことは自覚しているから、結果的に私は彼女にとって恩人となるのか。

 

こういう異能の使い方をあまりしてこなかったから、どういう方向へ転がるのかよく分からなかった。

 

そんなことを考えていれば、今度は遊里さんがおずおずと話し掛けてくる。

 

 

 

 

 

「あ、あの燐香さん。改めて、私とお母さんの危ない状況を救っていただいてありがとうございました。こ、高校生になったらアルバイトを始めて私も返済を手伝いますので」

 

「だからっ、良いんですって! そういうのが欲しくて助けた訳じゃなくて、桐佳の友達が危ない目に合ってて、その子がとっても良い子で、偶然、偶々2人を助け出せたのでこうして最後までやろうって話になっただけなんです……それに、家事を手伝ってくれる人がいるならその方が良いかなって言う打算もありますし……」

 

 

 

 

 

「誰かさんは手伝ってくれないし」と言うと、あからさまに心当たりしかない人物は私から目を逸らした。

 

どうやら自覚はあったらしい。

 

 

 

 

 

「だから、生活基盤が整うまでの間は、ここを自分の家だと思ってくれて構わないんです。それが私達家族の総意なんです。桐佳が言ったように、変に遠慮とかはしないでくれると私としても助かります」

 

 

 

 

 

本当に最近は善人に出会うことが多くて、目が焼き切れそうになる。

 

自分の性格の悪さを再確認させられて、徐々に憂鬱になってきた。

 

適度に性格の悪い、飛禅と言うあの女警察官が私には相性がいい気がしてきた。

 

 

 

 

 

「変に遠慮しなくていい、ですか?」

 

「はい、そうしてもらえると私の精神的にありがたいです。私を呼ぶ時も、敬称なんて付けなくていいし。なんなら呼び捨てで燐香でも、さとりんでも、お姉ちゃんでも良いから」

 

 

 

 

 

おずおずと腰を低く私に問いかけて来た遊里さんの気を楽にさせようと、適当にそんなことを言ったが、予想に反して、私の言葉を聞いた遊里さんは顔に喜色を浮かべて期待した様子になる。

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ、あの……ここに住まわせていただいている間っ、燐香さんの事をお姉ちゃんって呼んでも良いですか!?」

 

「…………ん?」

 

「私、お姉ちゃんに憧れてて、実は桐佳ちゃんがお姉さんの話をしてる時羨ましかったんです! 出来る事なら……呼ばせて欲しいなって……」

 

 

 

 

 

小動物のように可愛らしい遊里さんが、憧れと期待と不安が入り混じった眼差しで私を見詰めてくる。

 

 

 

可愛い。

 

間違えた、考え方が分からない。

 

こんなどこの馬の骨とも分からない女を、姉と呼びたくなるものなのだろうか。

 

別に私としては嫌ではないが、完全に冗談のつもりで言ったことをここまで真面目に受け止められるとは思いもしなかった。

 

 

 

正直、普段妹から雑に扱われている身としては、慕ってくれる系の妹が出来るのではと期待が湧かないと言えば嘘になる。

 

いやしかし、流石に本当の妹がいる前で「君も私の妹だ」なんて節操のないことは出来ないし、不機嫌になった桐佳が怖いので断るべきだろう。

 

 

 

気楽にさせようと自分が言い出したことだし、本当に期待している遊里さんには悪いと思うが、ここはきっぱりと……。

 

 

 

 

 

「……だめ、ですか?」

 

「駄目じゃないっす」

 

 

 

 

 

駄目だった。

 

涙を浮かべた可愛い遊里さんに勝てなかった。

 

もうこの子も私の妹でいいやと、思考を放棄して花が咲いたように笑顔になった遊里さんをクシャクシャと撫でまわす。

 

その手に伝わる感触が昔の小さかった頃の桐佳を思い出させ、自然と笑顔になった私の首を、誰かの腕ががっしりと締め上げた。

 

 

 

桐佳だった。

 

 

 

 

 

「ぐえええええっ!?」

 

「お姉っ!! 人の友達にっ、何してんの!? このおとぼけアホ姉がぁ!!」

 

「ほ、ほんとに首が締まってる! 息! 息が出来ないから!!」

 

 

 

 

 

流石に肌が触れれば、見たく無くとも相手の感情を読めてしまう。

 

激しい嫉妬に駆られた妹の首絞め攻撃。

 

小さい頃ならまだしも、私の身長を追い抜いた桐佳がそれをやるとシャレにならない。

 

青くなっていく私の顔に、アワアワと動揺する遊里さん達に救いを求めて手を伸ばそうとして、カクンと体から力が抜け、そのまま床に倒れ伏した。

 

 

 

倒れた私を蔑んだ目で見下し、「遊里行くよ」と言って桐佳は遊里さんを連れて自分の部屋へと去っていく。

 

 

 

 

 

「え、えっ!? で、でも燐香さんがっ……!」

 

「良いの! 大体遊里もあんなお姉にすぐに気を許しすぎ! 懐きやすい猫じゃないんだから!!」

 

「で、でも燐香さん私を助けてくれて……カッコよかったし……」

 

「っっ……! もうっ、そういうの良いから!!」

 

 

 

 

 

無理に手を引く桐佳に引っ張られながら、私を心配そうに見る遊里さんを安心させようと片手を上げてひらひら振っておく。

 

暴力的な妹の怒り攻撃は初めてではない。

 

大丈夫、喧嘩によく負ける私は別にこれくらい慣れているのだ。

 

 

 

 

 

「……あの、本当に大丈夫?」

 

「うぐぐ……問題ありません。私は強い子なんです……」

 

「涙目……いや、うん。流石燐香ちゃん」

 

 

 

 

 

ともあれ、今日の我が家の最大行事は終わった。

 

無事に彼女達を我が家に迎え入れたのだから、と。

 

休日にも関わらず仕事に行っているお父さんに連絡を入れようと、携帯の操作を始める。

 

すぐに返信があった、なんだかんだ気にはなっていたようだ。

 

 

 

 

 

「……お父さんから了解と返答がありました。お父さんが帰ってきたら、また挨拶しておいてくださいね」

 

「あ、うん。それは勿論やっておくわね」

 

「じゃあこれから時間がありますけど夕飯でも作りましょうか。簡単に調理器具の場所とか説明をしたいですし……あれ?」

 

 

 

 

 

今後パートなどを行ってお金を稼ぐ予定だそうだが、それまでは時間も有り余っていて、何もしないのは逆に苦痛だろう。

 

家事などもある程度やってもらおうと考え、遊里さんのお母さんを誘って食事の用意でもしようかとした時、一件の通知が携帯電話に入る。

 

 

 

神楽坂さんからだ。

 

 

 

 

 

『受信時間:5月4日14時22分

 

 送信者:神楽坂おじさん

 

 表題:無題

 

 本文:次は、白いカーネーションとパイナップルで頼む』

 

 

 

「…………すいません、遊里さんのお母さん。少し用事が出来てしまいました」

 

「え、あ、そ、そうなの?」

 

「はい、すぐには戻れないかもしれませんので、適当に冷蔵庫にあるもので夕食を作ってもらえると助かります」

 

 

 

 

 

あらかじめ取り決めていた暗号を使ったメールに返答せず、すぐに外出の準備をする。

 

 

 

暗号は簡潔かつ私達以外では解読不能なもの。

 

何かしらのメッセージをするときは花と果物を使用する。

 

花に意味は無く、特定の果物で状態を知らせるだけの簡単なものだ。

 

 

 

指定した果物は3つ。

 

1つ、緊急を要さないが話が必要な時はリンゴ。

 

2つ、緊急を要し、救援が必要な場合はイチゴ。

 

そして3つ目、緊急を要し、正体の分からないものがあるときはパイナップル。

 

 

 

大雑把に状況を伝えるだけのメッセージだが、正体不明の何かであれば最悪は異能による間接的な攻撃が考えられる。

 

あの“白き神”を名乗る存在のことも頭の隅に置きながら、私は家から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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