非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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見える景色

 

 

 

 さて、家族を含め誰にも打ち明けたことのない私の特技であるが、私は「人の心を読む」と言うことが出来る。

 

 応用を利かせることで色々と出来ることはあるが、基本的に私の力の原点は「人の心を読む」ことであり、他人の精神状態を盗み見る程度の強力とは言いにくい力である。

「人の心を読む」とは言うが、「聞こえる」と言うのは少し語弊があるし、「見える」と言うには捉え方が違う。

 どうにも言語化しようもないから、形として「心を読む」と言うことにするが、これは私がこの世に生まれ落ちた時から身近にあった私の力である。

 どうやっても切り離せるようなものではなく、同時にどうやっても私を裏切らないこの力が、両親を含めた周りの人達、誰もが持たない特別なものだと私は物心がついてすぐに気が付いた。

 

 両親が他の大人と話している時、口に出している事と、「視えた」内面が違う。

 内面ではどれだけ口汚く相手を罵っている人も、実際に口に出す言葉は全く違う、視える内面とは似ても似つかない取り繕った中身のない言葉ばかり。

 張りぼての言葉で紡いだ関係をわが身のように大切にして、その関係自体が自分自身が積み重ねた虚実であると理解しようともしない。

 人とはこれほど薄っぺらいのだと、子供ながらに幼児燐香は呆れかえった。

 そして、そんな乖離した現実を眺め続けた私は大人に対し一種の見切りをつけると同時に、自分の持つ力がいかに驚異的なものなのかを理解した。

 

 人知をはるかに超えた力。

 記憶力があるだとか、運動が出来るだとか、手先が器用だとかで他人と比べている程度の者達とは違う。

 

 ――――生まれ持って埋めようのない圧倒的な才能を、私は自分が持っているのだと確信した。

 

 幼いながら、私は誰にも力のことは言わなかった。

 両親や友達の心を読めば、心を読まれるというのは相手にとって恐怖でしかないとすぐに分かったし、自分の力を明かしてしまえば折角のアドバンテージが失われてしまう可能性があることが理解できたからだ。

 

 だから表面上は、無難に、平凡に、穏便に。

「心を読む力」、“異能”を疑われないように使い、様々な分野で私の利となるように動いて結果を残してきた。

 思考に頼るボードゲーム、家や学校での人間関係、人に言えないようなことで困っている人を助けることも、幸せの絶頂にいる人を陥れることも、良いことも悪いこともやってきた。

 留まることを知らない私の、暴走にも似た異能の悪用は中学生になっても続き、盲目的に私を信用する者で身の回りを固め、誰にも何も悟らせないまま、どんどんと私の異能による侵食の手を広げていったのだ。

 

 ……あの時の私は、自分自身の全能感に酔いしれていた。

 今だからこそ言えるが、あの時期の私はいわゆる中二病、暗黒期真っ盛りであったのだ。

 自分がいかにアホなことをしているのかに気が付き、取り返しがつかなくなる前に辞めることが出来たが、一歩間違えれば本当に取り返しがつかなくなってしまう可能性もあった。

 当時の私は本当に馬鹿だったのだ。

 

 しかし、だからこそ、今の私はなんて事のない日常が何よりだと思うようになれたし、必要以上に異能を使うことをしないよう徹底するようになった。

 誰かを陥れるような悪意に満ちた異能の使用から、自分の身を守るための異能の使用へと、切り替えた。

 私が本当に欲しいものは、見ず知らずの誰かからの賞賛でもないし、有り余るほどの金銭でもないし、国や地球上の全てでもないのだと、自分の身の程を知ることが出来たからだ。

 

 結局、私はあくまで過ぎた力を持っただけの一般人で、人を陰から支配する器ではなかったのだ。

 

 将来はせいぜい、ひいひいと誰かの手足となって働くくらいがお似合いなのだ。

 そのことが知れただけでも、私にとっては得るものがあった。

 その頃を今思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい暗黒時代ではあるが、良い薬でもあったのだろう。

 

 そうやって自分の方向性を理解したのが、中学二年生の頃。

 それからはそれまでの暴れっぷりが鳴りを潜め、大人しく、平凡に学業に専念してきた。

 

 そして、高校一年生。

 自分のことを知る人がいない場所で、いわゆる高校デビューを果たそうとした私には、どうやらその頃の報いが返ってきているらしい。

 

 

「…………はぁ……」

 

 

 昼の休み時間、誰とも会話しないまま机の上で自作の弁当を広げた私はため息を吐く。

 この休み時間人と話さなかった、なんて生ぬるいものではなく、今日一日誰とも会話をしなかったのだ。

 

 友達も居ない、話し相手も居ない、知り合いなんていない場所に自分から進んで来た。

 

 ――――つまり、逆高校デビューの開幕である。

 

 

(あの……あのバスジャックさえ無かったら……)

 

 

 まだ4月の初旬で入学から数日と経っていないものの、周囲はもうそれぞれ仲の良い人とつるむ形でグループを組んでいる。

 これは入学式からほんの一日、二日程度の間で決まる友達作りと言う名の、グループ分けによって整然と配分された結果であり、その中の大切な一日をあのバスジャック事件で浪費した私には大きなハンデが存在したわけである。

 

 まあ? 私にはすごい才能があるから別にこの程度のハンデどうってことないです、なんて最初は思っていた。

 けれど、蓋を開けてみればこのざま。

 いくら人の心が分かったところで、出来ないことはいくらでも存在するのだと思い知らされる結果となった。

 

 

(……でも、そのうちグループからあぶれる人が絶対に出るから……その人と仲良くなれれば……)

 

 

 焦る必要はない。

 そのうち意見の対立や価値観の違い、若しくはくだらない嫉妬や喧嘩からあぶれる人は必ず出る。

 そういった人を私が拾い、クラスの端でこじんまりと生活するだけで十分だ。

 あぶれた人もボッチにならないのだから、ウィンウィンの関係と言う奴だろう。

 

 チラリとクラスに出来たグループを見回して、この教室内の状況を確認。

 そしてその中から目当ての1人を目に留めた。

 チャラチャラした派手目な女子達の中にいて、少し居心地が悪そうにしている眼鏡の女子。

 

 彼女は現在、私が友達になりたい人ナンバー1の舘林春(たてばやし はる)さんだ。

 気弱な感じであり、真面目そうな性格もグッド。

 地味さはあるが、所作から品の良さを感じる。

 私が男なら是非ともお付き合いしたい女子なのだが、どうやら現段階では異性人気は全くないようで。逆に彼女の周りにいる化粧などで見栄えを良くした派手目女子達が人気らしい。

 舘林さんをグループに引き込んだのはそういう引き立て役が欲しかったからと言う目論見だったようだが、あの様子だと無事成功しているようで何よりだ。

 

 舘林さんはそんな馬鹿達からの呪縛を離れて、早く私の友達になってほしい。

 そんな風に念を送ってみるが、舘林さんは私の想いには気が付かないようで寒気を感じたように身震いしている。

 ……別に異能は全く使っていない。

 

 

 そんなことを考えていた私の携帯に、ピロンッ、と速報ニュースが表示されて、世間を騒がせている誘拐事件に新たな被害者が出たのを知らせてくる。

 

『新たな被害者は氷室区に住む5歳の男児、いまだ犯人に繋がる証拠は発見できず』

 

 

「……うわぁ、この近くに来ちゃったんですか……」

 

 

『連続児童誘拐事件』、それが今世間を騒がせている犯罪事件であり、過去に類を見ないほど被害者の多い誘拐事件である。

 被害者は大体5歳から10歳までの子供。

 最初に起きた誘拐事件から半年、累計被害件数23件と言う連続事件であり、にも関わらず警察は現在も犯人に関する足取りを全く掴めていない状態。

 そして、警察や被害者に対して金銭等を要求することなく、現在まで続いているこの事件は何時しか警察の信頼失墜と国家規模での不安が住民にのしかかっている。

 

 証拠もない、状況も判明しない、目的も、手段も分からない。

 数分前に子供と帰宅した母親が料理をしようと台所に立ち、隣の部屋にいた子供の物音がしなくなったと気が付いて、家中を探すが結局見つからず通報したのが事件の始まり。

 当初は通報した母親の犯行だと見られていたが、その判断を嘲笑うように別の家庭でも全く同じ事件が発生したことで状況が変わった。

 その後、同一犯による誘拐事件として警視庁が大掛かりな捜査に乗り出すものの、事件解決どころかその後の事件発生も抑えることが叶わないまま現在に至っている。

 

 世間は警察の怠慢や捜査能力不足だと言っているが、それが真実であったら話は簡単だったろうに。

 この誘拐事件の余波でこの前のようなバスジャックが起きるなら、私としても迷惑なので、そろそろ警察にはしっかりとカタを付けてほしい。

 ……かなり難しいだろうが。

 

 クラスのグループに所属している人達も誘拐事件には注目しているようで、速報が入ってからはなんだか騒がしくなってきている。

 待つ、とは決めたが、友達を作る努力を怠るつもりも無い。

 この話題を武器に何とか会話の輪に入って明るい学生生活をつかみ取って見せると気合を入れて、私は席を立った。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

「わ、分からない……最近の女子高生の思考が分からない……。可愛いとは……? きも可愛いってなに……? それ、不細工なだけなんじゃ……」

 

 

 今日も友達作りに無事敗北した。

 話題に加わろうと突撃したまでは良かったのだが、彼女達の話の中心にあったマスコットキャラクターの良さが1ミリも理解できなかったのだ。

 おすすめしてくる彼女達の目とぶよぶよした体形のキャラクターがもはやホラーだ。

 逃げ出した私は絶対に悪くない、と思いたい。

 ま、まあ、結果として敗戦兵だが、自分の感性を守ったと考えればそれもきっと価値があるものだ。

 

 トボトボと帰路に就いた私が、家の前で周囲に張り巡らせていた自動読心の力を解除する。

 それから家の門扉を開き、通りがかった小太りのおじさんに会釈をして中に入ると、まだ私以外誰も帰っていないようであった。

 

 夕食の準備を終わらせ、軽い家事を一通り終わらせてから、私は自分の部屋に戻る。

 パソコンを開き、アルバイト用アカウントのSNSにいくつか通知が来ていることを確認してから、いくつか誘拐事件についての詳細を調べておく。

 面白いもので、ここまで世間を騒がせているといろんな人が関わろうとするのか、現場周辺の写真を見つけるのは難しくなく、いくつか役に立ちそうな情報を仕入れることが出来る。

 

 今回の事件が起きているのはすべて東京都での出来事だ。

 つまり、誘拐犯が東京を拠点にしているのはほぼ確定、警察もその方針で動いているのは知っている。

 次々に流れてくる情報の山を頭の中で処理しつつ、昨日巻き込まれたバスジャックとの関連を紐付けていく。

 

 

(昨日のバスジャック犯は子供を誘拐された親。何らかの方法で犯人からの接触があってバスジャックを指示されたんだろうけど……)

 

 

 この事件に対して私は二つほど確信していることがあった。

 

 一つ目は、この犯罪の背後にはかなりの大きな組織が潜んでいること。

 個人でやる分には誘拐なんて一度すればいいし、人身売買を行っているならそれこそ個人では手が足りなくなる。

 だから、大きな組織が今回の誘拐事件を計画しているのはまず間違いない。

 そしてもう一つ、これは恐らく――――私の同類が関わる事件。

 

 別に世間を騒がせる色んな犯罪事件を解決するような趣味は無いが、被害者の親を使って犯罪を起こさせる誘拐事件の黒幕には怒りがある。

 それが私と同じ、到底警察に逮捕されないと分かっている力の持ち主であるならなおさらだ。

 

 

「――――お姉、少しいい?」

 

 

 ノックも無しに部屋に入ってきたのは、最近は一緒に寝るのも嫌がる絶賛反抗期真っ盛りの私の妹、佐取桐佳(さとり きりか)だ。

 私が父親似で、家族で唯一死んだ眼をしているのに対して、妹は母親似、生き生きとしていて気が強そうな眼をしている……らしい。

 お父さんに言われるのだから、きっとそうなのだろう。

 

 

「あのさ、最近誘拐事件とかで物騒じゃん? 私達の住んでる氷室区でつい最近誘拐事件があったし、日曜のお姉のアルバイト、やめといた方が良いと思うんだ。この前のバスジャックに巻き込まれたのもあったし、出来るだけ家から出ないようにしようよ」

「それはそうだけど……」

「昨日のバスジャックの時だってお姉危なかったんでしょ!? 私にはあんまり外出するななんて言っておいて、自分だけそういうのはおかしいよ!」

「むう……」

 

 

 妹の言葉に詰まる。

 確かに妹が言っていることは正論で、正さなければならないのは私の方だ。

 反抗期とはいえ、家族の危険に不安を覚えている妹のお願いをないがしろにするのは違う気がする。

 自分は異能があるからどうにでもなると考えていたが、私の力を知らない妹やお父さんにとっては不安しかない筈だ。

 

 

「そう、だね。桐佳の言う通りかな。私も出来るだけ外出は控えるようにするよ」

「!!」

 

 

 ぱぁッ、と笑顔を浮かべた妹を見て諦める。

 私の異能を使えば危険と言うのはほぼあり得ないことではあるが、家族の誰にもこの力のことは話していない。

 だから、それなりの行動を心掛けないと家族には心配を掛けるし、いらない負担まで与えることになってしまう。

 

 

「お父さんにも言ってさ、なんなら学校休むのもありじゃないかな! 今犯罪が多発してるし、怖いもんね!」

「調子に乗らない。桐佳、今年受験生なんだから勉強しなきゃでしょ」

「はあ!? また母親みたいなこと言ってさ! 勉強はしっかりとやってますー、お姉の高校くらい余裕で入れるんだから!」

「……別に私が行ってる高校をわざわざ選ばなくても良いのよ?」

「こ、ここらへんで一番頭いいところがお姉のところなの! 変な勘違いしないでよね!!」

 

 

 勘違いなどしない、妹は私のことを一種の目安にしているのだ。

 どの程度までやればいいのか、どの程度まで達成すればいいのかの目安を図る上で、兄や姉と言った存在は指針となりやすい。

 特別やりたいことが見つかっていないなら、特にそれは顕著となる。

 だから間違っても、妹が私を大好きすぎて一緒の学校に行きたいということはないのだ。

 

 

「あ、あとね。お姉、前から友達と約束してた映画館に行く約束なんだけど、あれは結構前から予定してたし、映画だけを見てすぐに帰るから行かせてほしいなって……」

「むむ……」

「お願いっ! なんならお姉もついてきていいから! お姉の目に届くようにしてれば心配いらないでしょ!?」

「わ、私もついていっていいの? ……そんなに行きたいんだ……」

 

 

 期待するような桐佳の目に気圧される。

 勉強にも気分転換は必要だろう、そんなに楽しみにしていた予定を潰せば効率だって悪くなるというもの。

 こんなにトゲトゲした対応をしている姉に対してついてきて良いと言うくらいだ。

 無理に外出しないようになんて言えば、どうなるか分からない。

 

 

「分かった、でも桐佳が自分で言った通り、あんまり遅くなっちゃ駄目だよ」

「……あれ? お姉はついてこないの?」

「お友達と遊びに行くのについてくる姉がいたら邪魔なだけでしょう? 桐佳ももう中学三年生なんだから、自分で言ったことを守るだろうっていう信頼はしてるから」

「…………そう、そうだよね……」

 

 

 嬉しさのあまりか、顔を俯けてぶつぶつと言い始めた桐佳を私は満足げに見る。

 きっとその日の予定でも立てているのだろう。

 そろそろ夜の九時を回る、妹に自分の部屋へと戻るよう促そうとして。

 

 ふと、一階のリビングあたりから響く足音に気が付いた。

 

 

「――――」

「あれ、お父さん帰ってきたのかな? 玄関が開いた音聞こえなかった気がするんだけど」

 

 

 妹もリビングから聞こえた足音に気が付いたのか、いつものようにお父さんを迎えようと扉に手を掛けた。

 そして、桐佳が扉を開ける前に、私は妹の手首を掴み廊下に出ようとするのを止める。

 

 

「お姉ちゃん……?」

 

 

 ――――私は普段、絶対に家族に向けて異能を使わない。

 

 それは私自身が自分に課した制約で、越えてはならない一線を越えないための境界線だからだ。

 だから、本当は妹やお父さんが私に対してどう思っているのか分からないし、知らないままでいいと思っている。

 それはきっと、家族内で関係が拗れても、変えることはないと思う程に強固な決意でもある。

 彼女達との関係は、そんなものを挟んで為しえるものであってほしくないと言う私の強いわがままだ。

 

 けれど……けれどだ。

 大切な家族に迫る危機があれば、その限りではない。

 安全を取るのが最優先であり、私は優先順位をはき違えることはない。

 少しでも家族に危険が及ぶ可能性の疑いがあるなら、父親の可能性がある足音の主の心を読むことに戸惑いなんてなかった。

 

 

「桐佳、この部屋から絶対に出ないで」

「お、姉ちゃん? なんでそんなに怖い顔をしてるの……?」

 

 

 足音よりも、私の顔に怯えたのか妹は顔を青くして私を見る。

 けれどそれに配慮する時間もなく、私達の声が聞こえたのか、リビングのあたりをうろついていた足音は徐々にこちらに近付いてきた。

 

 

「うん、お父さん。もう少しで帰ってくるから、大丈夫だからね」

 

 

 その足音は、絶対に父親のものではない。

 

 足音の主は音の大きさから言って、恐らく70~80㎏ほどの人物。痩躯の父とは似ても似つかない。

 それがあののほほんとした父親ではありえないほどの悪意を持って、今この家の一階を歩き回っている。

 そして、悪意と凶暴性に満ちた感情が向かうのは、この家に住んでいると知っている私達姉妹二人に向けたもの。

 バスジャックの時の、どうしようもない理由がある者ではない。

 世間の混乱に乗じて自身の狂気の発露を行おうとする最低な人間。

 それが今、私達へと向かってきている。

 

 

「な、なんで……じゃあ、この足音は……」

 

 

 ダンダン、と階段を一つずつ上ってくる音に、顔を引き攣らせた桐佳の頭を撫でる。

 

 

「いい、絶対に部屋から出ちゃダメだからね」

「お、お姉ちゃん、待っ――――」

 

 

 それだけを最後に恐怖に縮こまっていた妹をベッドに放り、扉から出る。

 そして、扉が開かないように背中を預け、階段を上ってきた肥満体型の見知らぬ男性を――――いいや、先ほど家に入る時にいた小太りの男性を見やる。

 手に持つ刃物も、欲望に染まり切った眼差しも、口周りの汚い無精ひげや不潔な髪も、後ろに妹がいると思えば怖くはなかった。

 

 

「こんばんは、見知らぬ人。良い夜ですね」

 

 

 自分が思っていたよりも、ずっと冷たい声が出た。

 自分のそんな声を聴いて私はようやく理解する。

 

 

「――――ああでも、貴方にとってはきっと、最悪な夜になりますよ」

 

 

 私は思っているよりもずっと、この侵入者に怒りを感じているのだと。

 そう言って私はせめてと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

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