非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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例えばこんな原点で

 

 

 

良くも悪くも、脳裏に焼き付いて離れない記憶なんて人にはいくらでもあると思う。

 

 

 

そう言うものは、トラウマだったり黒歴史だったりと、そういうものが多いらしいけど、私は顔も名前も性別も年齢も、何も知らない相手と一緒に過ごした時間がそうだった。

 

 

 

 

 

『貴方は何処へでも飛んでいける』

 

 

 

 

 

あの人に掛けられたその言葉は、今も私に、じんわりと熱を残している。

 

私にとってその言葉は、言祝のようで、呪いのようで、これまでの私の世界を変える魔法の様な言葉だった。

 

 

 

あの人のその言葉がもう一度聞きたくて、私の歩んでいるこの道が間違っていないのかもう一度会って聞いてみたくて、なんで私を置いていったのかずっと聞いてみたくて、いなくなってしまったあの人の影をこれまでずっと追い続けてきた。

 

 

 

夢にまで見た再会が手に届きかけた。

 

期待と不安で、会ったときどんな話をしようかなんて柄にもなく1人で思い悩む日が続いて、もしも本当に敵対するしかなかった時、私はちゃんと正しい行動を取れるのかと考えるだけで苦しくなった。

 

 

 

そんなことを1人で思い詰めていたから、ずっと願い続けていたあの人との再会が、急に怖くなって。

 

もうこのまま会わないままで、綺麗な過去のままでいてしまえばどれだけ楽なんだろうと、怖気付いたりもしたけれど。

 

自分でも何故だか分からないけど見るだけで腹立たしい、目が死んでる読心少女から、あの人が現れるだろう場所を伝えられ、ニュースで流れだした世界的な騒動にあの人の活動が始まったのだと知ってしまえば、もう自分の行動を止める事なんてできなかった。

 

 

 

あの忌々しい読心少女に言ったような、綺麗ごとだけで飾り付けた口だけの決意を到底実践できる気もしないまま、衝動的に窓から飛び出した私は、きっとどうしようもない馬鹿なのだろう。

 

 

 

貴方が壊してくれた檻を出て、私は上手に飛べているのだろうか。

 

羽ばたいた先にどんな結末が待っているのだとしても、どうしても答えが聞きたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――了解、通信を切ります』

 

 

 

 

 

状況を伝え、異能持ちの増援をICPO本部に要請したルシアは手に持っていた通信機を切り、壁にもたれかかっているアブサントの頭に包帯を巻いていく。

 

軽い消毒と止血だけのものだが、ないよりはずっといいだろう。

 

 

 

酷い怪我ではないが、いかんせん出血が多すぎる。

 

これまでの出血量は、既に動けなくなってもおかしくない程だが、アブサントは何とか意識を繫いで、周囲への警戒を怠っていなかった。

 

 

 

なぜなら、今彼らがいる場所は決して安全圏ではなく、東京拘置所の施設の中に留まっていたからだ。

 

 

 

と言うのも、部屋から脱出した直後に行った音による探知の結果、東京拘置所の建物内は唯一外と繋がる一階の出入り口は勿論、下層の窓にも洗脳された職員達が待機していることが判明しており、外は広い平野が続いている。

 

特別機動性に優れている訳ではない彼らにとって、負傷したお互いを支え合いながら敷地内から脱出することは不可能に近く、また敷地内から出たとしても、今の状況ではあの“白き神”が一般人を気にして追ってこないと言うことは無いと理解していたからだ。

 

 

 

だから彼らが目指したのは建物下層の出入り口部分、ではなく、東京拘置所の屋上。

 

東京拘置所の映像関係の機械を破壊した上で、視界を取れる場所に身を潜める選択をしたのだ。

 

 

 

 

 

『すぐに応援が駆け付けてくれるそうよアブ。もう少しだけ時間を稼げれば……この施設の映像を集めるケーブルが集中している場所は何とか破壊できたから、映像はもう映らない。私達の居場所がカメラでバレることは無いと思うから……大丈夫、きっと応援は間に合ってくれるわ』

 

『……ルシアお嬢様、無理だ。いくら出力を抑えようとも、近付かれれば感知される。異能持ちが近づかなければ居場所までは分からないかもしれないが、ここがバレるのも時間の問題だ。奴らに見付かったら、屋上から下に降りて、下の平地で奴らを迎え撃つ。その間にお嬢様は逃げてくれ』

 

『そんな1人だけ逃げるようなことなんて出来る訳が……!』

 

『分かってくれ。奴の言葉一つで敵になる仲間なんて、最初からいない方がやりやすいんだ』

 

『っ……』

 

 

 

 

 

そもそもアブサントの異能は、直接他の異能持ちと戦闘して優位を取れるようなものでは無い。

 

戦闘特化の“千手”は勿論、相性が最悪な“紫龍”にも勝てないだろう。

 

当然そんなことはアブサントだって理解していた。

 

 

 

だからこそ、彼は取捨選択する。

 

異能持ちを集めているようであった“白き神”にとって、異能を持つ自分は丁重に扱われるだろうと言う予想。

 

そして、何の異能も持たないルシアが“白き神”の手に落ちれば、捨て駒にされるのがオチだろうと。

 

どちらか片方しか助からないとするなら、選ばれるべきは決まっていた。

 

 

 

 

 

『……アブサント、貴方と私の優先順位は決まっています。なんの異能も持たない私よりも、貴方の安全は組織として重視されています。先ほどの私を庇った行動は褒められたものではありません。分かりますね?』

 

『聞き入れられない』

 

『私は貴方に守ってもらうためにここにいる訳ではない』

 

『組織の方針には従おう、だが緊急時における俺の行動基準は俺が決める。そしてその采配権は、俺がICPOに協力すると決まった時に上層部に伝えて、許可を得ている』

 

『アブサント貴方はっ……!』

 

 

 

 

 

悔しさに唇を噛み締めたルシアに一瞥もしないまま、アブサントは険しい顔で床を睨み、緊張した声で告げる。

 

 

 

 

 

『……どの異能持ちかは分からないが、屋上に上がってくる奴が1人いる。……“白き神”ともう1人の……“顔の無い巨人”とやらの真偽はともかく、正体の分からない奴の争いが終わったようだ』

 

『……“白き神”は負けたの?』

 

『いや……“白き神”を襲っていたのは確かだが、襲っていた奴の姿は全く見えなかった。異能の出力も、どこか遠いところから攻撃している、と言うよりも、あらかじめ“千手”に仕掛けていた分の蓄積を使って、と言う感じだった。姿も現さず、遠回しな奇襲じみた攻撃。あれでは流石に、“白き神”はやられないだろう』

 

 

 

 

 

先ほどまでの私情を含んだ言い争いから思考を切り替えて、2人はアイコンタクトを取って頷き合う。

 

呼吸を小さく、体から漏れそうになる異能の出力を抑え込み、アブサントはじっと屋上の出入り口を注視する。

 

 

 

この場に来る可能性がある異能持ち。

 

ベルガルドか、“千手”か“紫龍”か、それとも正体不明の“顔の無い巨人”と呼ばれた者か。

 

対処に逡巡したのは一瞬だけだった。

 

 

 

 

 

ドアノブが回り、扉が開き始めた瞬間、アブサントは最大威力まで溜め切った“音”の異能で扉ごと上がってきた人物を確認もせずに吹っ飛ばした。

 

ほんの一瞬でひしゃげた鉄の扉が音も無く吹っ飛び、扉を開いた人物もろともただでは済まないような惨状へと変貌したが、ある筈の轟音は周囲に響かない。

 

 

 

音を扱った隠密、情報収集だけがアブサントの役割ではない。

 

あらゆる音を発生させない、ある種の究極の暗殺こそが、彼のもっとも得意とするものなのだ。

 

 

 

 

 

――――だが、常人なら容易く屠れる威力があろうと、いかに奇襲を成功させ周囲に攻撃を悟らせないとしても、相手が同様に埒外の存在であれば話は変わってしまう。

 

 

 

 

 

『っっ、“千手”かっ……“白き神”本人格が来たのなら、他の奴らも……!』

 

 

 

 

 

砕け散った鉄屑の中から、汚れ1つ無い状態で姿を現した男を見て、アブサントはルシアを抱き寄せ即座にその男の視界から外れるように転がった。

 

 

 

いくつもの不可視の手が床を抉り、鉄でできた手すりを簡単にねじ切る。

 

豪速で空を切ったナニカが頬を掠め、いくつもの鉄塊が宙に浮き上がり、振り回される。

 

 

 

物理学的にはあり得ない現象。

 

およそ物質同士の戦いであれば無類の強さを誇る“千手”の異能は、全くと言っていいほど隙が無い。

 

けれど、“千手”の不可視の手はあくまで本人の周囲に張り巡らせる程度しか維持できず、遠くまで伸ばすとしてもそれは視界内しか動かせないと言う情報を、ルシア達は知っていた。

 

 

 

そして、その情報の有無は本来抵抗すら許されないであろう戦況を、拮抗にまで持っていく。

 

 

 

 

 

『アブっ、煙が!』

 

『想定通りだ!! 飛ぶぞルシアお嬢様!!』

 

 

 

 

 

“千手”の視界に入らない様に立ち回り、拮抗状態を作り出していたアブサントが、ルシアの指差した先にある煙を捉え、即座に屋上から飛び降りた。

 

 

 

煙は一般的に、上に昇っていくものだ。

 

だからこそ、一度上に立ち昇らせてしまえば下には来るには時間が掛かる筈。

 

物理的な攻撃の一切が通らず、触れれば捕らえられると言う、相性が最悪な異能を持つ“紫龍”に対してできる現状唯一の対策だった。

 

 

 

“千手”と“紫龍”。

 

短時間とは言え、この2人の異能持ちの足止めに成功した。

 

あとはベルガルドさえ何とかすれば、逃走だけなら難しくはない筈だ、そう考え、地面目掛けて落下しながら2人は逃走経路を探すため地面に視線を走らせる。

 

 

 

 

 

『2時の方向へ行くぞ。落下の衝撃に備えろルシアお嬢様!』

 

『っ……!!』

 

 

 

 

 

異能の衝撃を地面に叩き付け、地面を転げまわりながらも10階以上の高さから飛び降り、なんとか着地に成功させたアブサントとルシアは、一息すら動きを止めないまま駆け出した。

 

 

 

逃げられない様に配置されている者達を異能で薙ぎ払い、逃走経路を確保したアブサントは背後に現れた最後の異能持ちを感知して、ルシアを押し出し振り返る。

 

 

 

 

 

『ベルガルド!』

 

 

 

 

 

“千手”も“紫龍”もすぐには来れない、ならばコイツさえどうにかすれば。

 

そう状況を理解していたアブサントは、間髪入れずベルガルドに襲い掛かる。

 

 

 

洗脳されている者の思考は単純だ。

 

“白き神”が決めている基本ルールを基軸として、それぞれが大まかな命令を与えられ、それを達成するために無感情で行動を行う。

 

 

 

つまり最効率ではなく、目前の事を優先する。

 

そんな行動基準を遵守するから、いくら“転移”を持っているベルガルドであろうとも、洗脳されていれば襲い掛かってくる異能持ちを無視して、逃げているルシアを追うような行動を取る筈がない。

 

 

 

“白き神”の本人格が乗り移っていなければ。

 

 

 

 

 

「――――ばーかぁ」

 

 

 

 

 

歪んだ笑みを浮かべたベルガルドに、アブサントは背筋が凍った。

 

 

 

ベルガルドが消える。

 

 

 

転移したのは確認しなくとも分かる。

 

 

 

行く先も、考えなくても分かった。

 

 

 

 

 

『アブ』

 

 

 

 

 

異能を回して、すぐに彼女を守ろうとしたけれど、“音”では直接触れる洗脳には無力だから。

 

振り返った先に映った、呆然とこちらを見る彼女と、その背後から彼女の頭に触れた“白き神”に、全身が総毛立つ。

 

 

 

 

 

『――――どうして私を守ってくれないの?』

 

 

 

 

 

ルシアが浮かべた暗い笑みに、アブサントは立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐2‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた時には泥に塗れて暮らしていた。

 

飢えと孤独と寒さだけよく知って、親も知らず、家を持たず、誰からも見捨てられた生活を送っていた。

 

いつ死んでもおかしくなくて、きっと自分が死んでも誰も見向きもしないんだろうと言う自分の人生に、どうすればいいか分からないまま道路の端に座り込む日常。

 

 

 

そんな自分に手を差し伸べてくれたのは、彼女だった。

 

 

 

住む場所を与えてくれた。

 

役目を与えてくれた。

 

名前を与えてくれた。

 

 

 

返しきれない恩が山ほどあって、それでも何も返せないまま年月ばかりが過ぎて、気が付けば体は成長し切ってしまっていた。

 

 

 

平和な日常だった。

 

これ以上無いくらい幸せな日々だった。

 

世界がどんなに騒がしくなっても、自分達の日常には何一つ影響なんてなくて、このままずっとこの日常が続いてくれるのかと、嬉しく思った。

 

けど、ICPOを支援する立場にあった彼女の家だったから、異能と呼ばれる力の検査がされて、自分に異能の力があると結果が出た時、有無を言わさずICPOに連れ出された。

 

世界の平和を守るためにお前の力が必要なんだって、見知らぬ大人に言われても実感なんて沸かなかったけど、間接的にでも彼女を守れるならと気が付けば頷いていた。

 

 

 

だからいくら彼女と一緒に過ごした日々が恋しくても、少しでも彼女の助けになるなら自分の命が尽きるまでここで働こう、と、何度も何度も自分に言い聞かせて、苦しい日々を送る。

 

もう会う事なんて、きっとないんだろうと、諦めていた自分の前に、不慣れな制服に身を包んだ彼女が現れた時は、ついに願望を夢に見るようになってしまったのかと思った。

 

 

 

笑って、『また会えたね』って心底嬉しそうに抱き寄せてくれた彼女に、自分がまた彼女に救われたことを知った。

 

 

 

危険を顧みず、周りからの誹謗中傷を顧みず、自分の元に飛び込んできてくれた彼女を、絶対に守って見せると決意したのは、その時。

 

 

 

泥の匂いがしみ込んだ犬が、身の程知らずな想いを抱いたって、到底叶うはずなんてなかったのに。

 

 

 

 

 

『……その人を解放しろ“白き神”』

 

 

 

 

 

声が震える。

 

初めて誰か個人に憎悪を抱く。

 

初めて誰か1人に殺意を抱いた。

 

 

 

 

 

『その人は、お前なんかが触れて良い人じゃない……!』

 

 

 

 

 

ただ喰らい付くように、ベルガルドの姿をした“白き神”目掛けて、飛び掛かる。

 

 

 

 

 

『その人は、幸せになるべき人だっ!』

 

 

 

 

 

地面を抉り、瞬きする間にベルガルドの元へ辿り着いたアブサントが腕を振るうが、ベルガルドの姿は再び掻き消える。

 

即座に周囲を探知し、ルシアを連れたベルガルドを見付け、再びアブサントは彼女を取り戻そうと肉薄するが、その度にせせら笑うベルガルドの“転移”によって振り出しに戻る。

 

 

 

“転移”、“瞬間移動”、“空間転送”。

 

呼び名は色々とあるが、ベルガルドの持つこの異能も大概反則染みている。

 

触れているものだけを対象として、移動できる場所は視界の範囲内、なんて制約はあるものの、無制限かつ予備動作不要で“転移”を繰り返せる優れもの。

 

次の“転移”にまで掛かる時間は、およそ1秒。

 

走って行って殴り掛かるなんて、いくら繰り返しても当たる筈がない。

 

 

 

“白き神”の手に落ちれば、きっとルシアは殺される。

 

感知される自分と言う存在が無ければ、ルシア一人なら逃げ切れるはず。

 

そんな大前提を元に動いていたアブサントにとって、ルシアが“白き神”の手に落ちるなど、あってはならない事だった。

 

だから今のアブサントには余裕なんて一切残っていなくて、ただ闇雲に攻撃を仕掛けるしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

「全く交渉する余地も無しか。本当なら君は無傷で捕らえたかったんだけど、しょうがない」

 

 

 

 

 

想定外は“白き神”も同じだ。

 

ベルガルドの記憶から、ルシアは1人で逃げたとしてもアブサントは1人で逃げることは無いと分かっていたから、先にルシアを捕らえたが、まさかここまで周りが見えなくなるとは思ってもいなかった。

 

 

 

けれどあまり長々と時間は掛けられない。

 

早急に戦力を整えないと、これから来るであろうICPOの増援に対抗できるか分からない。

 

本来なら相手にする必要も無かった戦力だけに、その部分の情報収集を怠っていたのが非常に悔やまれた。

 

 

 

 

 

「ま、諦めなよ駄犬くん。ルシアちゃんはICPOの身分を存分に使った活動をしてもらう予定だし、君には純粋な戦力以外にも色々期待しているさ。悪いようにはしない、きっとね」

 

 

 

 

 

肩を竦めてそう言った“白き神”の背後に、白煙から姿を現した“紫龍”と不可視の手に乗って地面に降り立った“千手”が現れる。

 

 

 

気が付けば周りに洗脳された者達はいない。

 

異能を使う上で、不要な駒に怪我をさせない様に配意したのだろう。

 

ただでさえ頭の怪我で万全ではないアブサント1人に対して、危険度トップクラスの異能持ちが3人も立ち塞がっている。

 

 

 

どう考えても、勝ち目なんて無かった。

 

 

 

 

 

「君で4人……世界中にいた10万人の代わりになんてならないけど、まあ、悔やんでいても仕方ない。君達の人生を、僕の為の薪としよう」

 

『ルシアお嬢様……!』

 

 

 

 

 

絶望的な状況で、それでもなおアブサントが見据えるのはルシアただ1人だ。

 

彼女さえ助け出せれば勝ち、だなんて、そんな思考に切り替わって、勝算も無しに牙を剥くアブサントの姿は正しく狂犬のごとく。

 

 

 

彼の精神はまだ死んでいない。

 

彼の意思はまだ砕けていない。

 

 

 

だからこそ、先ほど油断して財産を失うことになった“白き神”は窮鼠猫を噛むと言う言葉を思い出して、ほんの少しだけ躊躇してしまい。

 

 

 

 

 

だからこそ、決着が付く前にこの場所に向かっていた者達が、間に合ってしまった。

 

 

 

 

 

「――――は? なんだお前、どこから……」

 

 

 

 

 

ズドンッ、と空から墜落してきたのは入院着姿の飛禅飛鳥。

 

 

 

5人の間に割って入るように着地した飛鳥に続き、流星群の様に次々に飛来した石屑や鉄屑が“白き神”達に襲い掛かる。

 

咄嗟に、“白き神”を守るために“千手”が複数の手を展開することで巨大なシールドを作り上げ、致命的な一撃を避けることは出来たが、だからこそ、“白き神”の懐に入り込んでいた少女の身も、結果的に守ってしまう。

 

 

 

パチンッ、と両手を叩いた少女はその異能を解放する。

 

大きさにしておよそ数百人分ほどの感情の波。

 

常人であれば、脳に直接叩き込まれれば数時間は意識を奪われ、運が悪ければ副作用すら残り続ける危険な技、感情波によって、物理的に守られた“白き神”達の意識を大きく揺らし、呼吸すらままならない状態まで叩き落した。

 

 

 

咄嗟に“紫龍”が出した大量の白煙から逃げるように、状況を理解できず呆然とするアブサントと忌々しそうな顔をする飛鳥の元へ少女が駆け寄ってくる。

 

 

 

 

 

「ちょっ、ちょっと飛禅さん何してくれるんですかっ!? もう少しで私も巻き込まれるところだったんですけど!?」

 

「……あーうるさいうるさい。アンタの隠密意味わかんないくらい探知できないんだもん。アンタがあいつらのところにいると分かってたら私だってもっと違うやり方やってたわよ」

 

「む、むむ……ま、まあ、そういう事なら……」

 

「アンタがいると分かってたら、もっと強力な奴を持ってきてたのに……」

 

「この鶏女! 聞こえているんですよ!!」

 

 

 

 

 

噛み付く燐香とそれを鬱陶しそうにあしらう飛鳥。

 

まるで街中で腐れ縁にでもあったような、そんなほのぼのとしたやり取りをする彼女達の背中に、アブサントは目を丸くして。

 

もう1度白煙から現れた膝を突いた状態の“白き神”達が、憎悪を宿した目で彼女達を睨んでいるのを見て、状況を理解する。

 

 

 

また別の異能持ちが、この戦場に乱入したのだ。

 

そして彼女達は恐らく、“白き神”の敵であるのだと。

 

 

 

 

 

「全くっ、もう良いです! ……で、ここからなんですけど、異能持ち同士の集団戦になる訳ですが、ちゃんと協力するつもりありますか貴方達。それに、褐色イケメンさんはまだ戦えるんですか?」

 

『お前たちは……なんなんだ……?』

 

「私はそうね、仕方ないけど1人じゃどうしようもないし協力するわ。……ところで、どうしましょう。私英語とかさっぱりなのよね」

 

「え、学業とか優秀な成績だったって聞いたんですけど?」

 

「日本の英語の授業は、実践的じゃないわ。実際に話しているのを聞いた私がさっぱりなんだから、間違いない」

 

 

 

 

 

ちぐはぐな3人組はお互いの目的もよく理解しないまま、共通の敵を見定めた。

 

意味もなさそうな会話をしながら、彼らの眼はゆっくりと“白き神”へと定められて、倒すべき相手をすっと見据えた。

 

 

 

そんな会話をしていた燐香達に、怒りに任せて“千手”の不可視の手が地面に叩き付けられた。

 

“白き神”の怒りを表すように“千手”の不可視の手が地面を砕き、わちゃわちゃと会話していた燐香達を“白き神”は凶悪に睨み付ける。

 

 

 

 

 

「お前ら……いい加減にしろよ。僕は今、予定外の事ばかりで腹が立ってるんだ。どいつもこいつも、僕をコケにしやがって……! 意味の分からない異能の使い方しやがってっ……どうやって僕の探知外からこんな至近距離まで来やがった……! お前らは何なんだっ!? アイツの手先なのか!? なんで今こんなタイミングでっ!!」

 

 

 

 

 

激情に震える“白き神”の言葉に、アブサントはどうするべきかと頭を回そうとして、燐香がそれを手で制す。

 

何も口にしなくていいと言うように、燐香はアブサントと飛鳥の前に出る。

 

 

 

心底価値のない物を見るような目で“白き神”を見下す燐香は、冷笑を湛えて、そっと指を折った。

 

 

 

 

 

「コケにしているのはどっちですか? まさか私が何もせずにただ会話しているとでも思いましたか? そんな筈ないのに? 例えば、そう――――スコットランドのグラスゴー、空港近くの貸し部屋『フルート』の403号室。これ、なんだと思います?」

 

「何を言ってっ…………なにを……いって……」

 

 

 

 

 

“白き神”は一瞬何を言われているか分からなかった。

 

だがそれが、つい最近見た地名だと気が付いて、自分の体を隠している場所だと気が付いて、二の句が継げなくなって凍り付く。

 

 

 

燐香は、これまで“白き神”がやってきたように冷たく彼をせせら笑った。

 

 

 

 

 

「貴方の居場所。前と違って世界に散らばってなかったので分かりやすかったですよ」

 

「お、おまえ……おまえっ……おまえええええ!!!!」

 

 

 

 

 

完全に逃げ道を潰された。

 

情報と言うアドバンテージがすべて失われた。

 

ここで逃げ出したところで、居場所がバレた“白き神”の本体が、世界中から延々と追われるのが確定してしまう。

 

 

 

これで、“白き神”の活路はただ1つに絞られた。

 

目の前の3人の異能持ちを倒して、情報の流出を防ぐ、それだけに。

 

 

 

 

 

「3対3。同じ土俵で結構ですね。さて、“白き神”さん、“顔の無い巨人”さん、大層な名を名乗る誰かさん――――私は何に見えていますか?」

 

 

 

 

 

少なくとも“白き神”には、目の前の少女の形をした何かは死神に酷似しているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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