非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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目に見えないものは言葉に変えて

 

 

 

夜の帳が下りた街中。

 

世界的企業である『UNN』の支部が置かれているその街は、その影響もあってかなり経済活動が非常に活発で人出もかなり多く。世界の主要都市の1つにも数えられる場所だ。

 

 

 

『UNN』の支部であるその建物の中にある貴賓室には、年老いた老人が腰を下ろし、秘書である若い男性から話を聞いていた。

 

 

 

美しく加工されたガラスの杯に口を付けながら、その老人は穏やかに報告を聞いている。

 

世界各地で同時刻に起きたテロ活動、ICPOやテロが起きた国々と攻撃されなかった国々の対応、そして、日本での“白き神”の襲撃の顛末についての報告を、何一つ口を挟むことなく聞き続けた。

 

そして、全ての報告を聞き終えて、情報をまとめ報告を行った秘書に対して、優し気な視線を向ける。

 

 

 

 

 

『“白き神”は失敗したんだね? “千手”と“紫龍”の回収に失敗しただけでなく、ここまで事を大きくして、日本にいる我々が把握していない異能持ちとICPOに敗北した』

 

『おっしゃる通りです……“紫龍”はともかく、このままでは“千手”は我々が回収する前にICPOが本部に連れて行くこととなるでしょう。すぐに本格的な“千手”回収チームを編成して、日本に向かわせることとします』

 

『ああ。それはしなくていい。“千手”にはもう価値が無い』

 

『価値が無い……ですか?』

 

 

 

 

 

コロリ、と黒曜石の机の上に転がしたのは、どこまでも暗い色をした結晶。

 

異能と言う、未だ何一つ解明されていない非科学的な力が集約されたその結晶は値段にすると、この世に存在するどんな宝石よりも高価だ。

 

 

 

 

 

『“白き神”はこれを“千手”に吞ませたらしいね。捕まる前にも呑んだようだから、続けて2回。過去の回数を合わせると3回を超えている』

 

 

 

 

 

そして、老人はあくまで穏やかに、些細なことだとでも言うようにもう一度グラスに口を付けて、続ける。

 

 

 

 

 

『もう“千手”は異能を失うだろう。彼は優秀な実動員だったが、少し暴走が過ぎた。与えていた私達の情報も大したものは無い。異能が無い彼を、リスクを冒して助け出すメリットは存在しない』

 

『……なるほど、承知しました』

 

 

 

 

 

あれだけ忠誠を誓っていた男をいともたやすく切り捨てると告げた老人に、秘書は冷たい汗をかきながら、次の懸案事項に目を向ける。

 

 

 

 

 

『それでは、“千手”に関してはその方向で進めたいと思いますが……日本に存在している未把握のICPOと協力したと思われる正体不明の異能持ちについての調査チームの編成は……』

 

『ああ、本物の“顔の無い巨人”を“白き神”が刺激したのだろう? もうこれ以上の危険は冒すことはない。一度、日本への侵攻の手は、最低限の情報収集要員を残して引きなさい』

 

『は……? に、日本への侵攻を、止めるのですか……?』

 

『今、間違いなく最強に近い異能持ちであろう彼に刺激を与えるのは下策だ。そもそも私は彼と対立したい訳じゃない。可能であれば、手を結びたいと思っているんだ。本来なら刺激をせず所在を突き止め、必要な手順を踏んで協力関係を結びたかったが……私の人選が良くなかった。回収だけを頼んだ“千手”、同系統の異能であろう“白き神”。あるだろうと思っていた多少の介入から彼についての情報を得たかったが、ここまで刺激を与えてしまうのは想定外だった』

 

『し、しかしっ、日本にはほとんど手を伸ばしていませんが、我々は日本以外の多くには既に多くの拠点や協力者を持っています! これ以上の勢力拡大を目指すなら、日本の侵略は必要不可欠になってくるはずでっ……! 代表のおっしゃる“顔の無い巨人”も、危険と思われるのはよく分かりますが、組織全体の動きに影響させるほどだとはどうしても思えないのです!』

 

 

 

 

 

世界における最大手の多国籍企業であり、表では「より良い世界の発展を」と言う目標を掲げ、さらに様々な分野に手を伸ばしている『UNN』。

 

世界の経済的な面では実質的に完全な支配を成功させているこの企業にとって、真の目的は現状の維持などでは無い。

 

それを為すためには、必須とは言えずとも日本と言う経済大国を手中に収める事には大きな意味がある筈だが、老人はそれを諦めると言い切った。

 

『UNN』と言う化け物会社を作り上げ、今なお世界中に大きな影響力を持ち、確実に歴史に名を残すであろうこの老人が、諦めると言い切った。

 

 

 

“千手”を切り捨てる以上に信じられない老人の発言に、秘書が思わず反論すれば、老人は優し気な目を細め、感情の伺い知れない笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

『君は、異能と言う力にどこまで可能性を感じている?』

 

『それはっ……その、正直に言いますと、可能性はあまり感じておりません。現状は未解明だからこそ強みを持っているだけの現象にすぎず、効果も異能でしか為せない、と言うことはありません……いずれは科学で追いつけるだけの、兵器に近い力だと……』

 

『ああ確かに、君の言う通り。これまでのままなら、数百年後には進歩を続ける科学の方が上回っているかもしれないね――――もっとも、今私達が解明を進めているこの結晶のように、異能についての進歩が無ければの話だが』

 

『っ……』

 

 

 

 

 

圧力が違う。

 

自分は持っていなかった考え方を話されているのに、まるで反論の為に口を挟むことが許されないような、この老人独特の空気。

 

この人が正しいのだと、この人の話を聞くことが正しいのだと、無条件に信じたくなってしまうだけの力がこの老人には存在する。

 

 

 

 

 

『これまで異能と言うものを真に理解する土台が足りなかった。だから、進歩することなく放置され、優秀なその力を持つ者が迫害されることもあった。だが、間違いなく異能はこれまでの歴史の転換期に関わっていて、異能は世界に変革をもたらすだけの力があることはこれまでの歴史から既に証明されている。なんの手も加わっていない力が、世界を変える力を有するなら、それを進めた先にあるのはなんなのか。本当に、異能は科学と変わらない、1つの技術でしかないのか。私はそれが知りたいんだ』

 

 

 

 

 

時代における英雄。

 

それぞれの時代における革命者。

 

情報化社会が進み、能力の均一化が図られている今の時代において、そういう存在がいるとするなら間違いなくこの人なのだと、秘書は理解する。

 

 

 

それくらい、この老人の言葉には圧があり、そして人を惹き付けるなにかがあった。

 

 

 

 

 

だが、老人のこの問答はこの場にいる者に向けられたものでは無い。

 

ここにいない誰かに向けて、彼は子供が夢を語るようにキラキラと目を輝かせながら、問いかけている。

 

 

 

 

 

『――――そろそろ、我々人類は原始人から進化するべきだ。そう思わないかい?』

 

 

 

 

 

彼が望む解答者は、現れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある病院の屋上で、私と飛鳥さんは肩を寄せ合いながら、私が持ち寄った映像レコーダーで録画されたデータを見ていた。

 

 

 

その映像の内容は、映画やアニメ、ドラマやアイドルでもなく、ただの一般人の自己紹介が記録されただけの、簡素な物。

 

ただし、ICPOや事情を知る者にとっては、最高ランクの危険度を誇る映像データだ。

 

 

 

 

 

『初めまして下等な諸君、僕の名前は白崎天満。年齢は25歳、性別は男。好きなものは他人の絶望した顔、かな』

 

 

 

「うっわ、このドヤ顔腹立つわね」

 

「ですよね? 異能が伴わなくなったらこんなのただの自己紹介なのに、自ら世界中にばら撒いてるんですから、ナルシストですよナルシスト」

 

 

 

 

 

けれどその危険な映像データも、今となっては何の力も伴わない。

 

安全になっていたその映像の酷評を行いながら、レコーダーの電源を落とす。

 

 

 

“白き神”改め、白崎天満の映像データから彼の異能の状況を確かめて、飛鳥は疲れた様なため息を吐く。

 

 

 

 

 

「……本当に洗脳されなくなってるのね。もしかしたら洗脳されちゃうんじゃないかって少しドキドキしてたけど、取り合えず安心したわ」

 

「私の異能がコイツの本体に届いていましたし、全部じゃないですけどしっかりとコイツの異能を破壊した感覚はありましたから。恐らくもう、こういう情報データを通じて洗脳するだけの力も残ってないでしょうし、それどころか同時に数人を洗脳することももう出来ませんよ」

 

「と言うことは……犯罪者である自分の人相が写った、何の意味も無い自己紹介データが世界中にばら撒かれている事になるのね。恨み持つ人なんて山ほどいるでしょうし、アイツにとっては命を掛けた鬼ごっこがスタート、ね……同情はしないけど」

 

「自己防衛のための異能も使えない訳ですから撃退も出来ないでしょうし、捕まったら何されるんでしょうね」

 

 

 

 

 

そんな風に、巨悪“白き神”の無力化がなされている事を確認して、改めて一連の事態が完全に収束し、その元凶を断つことが出来たことに私は安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京拘置所の襲撃があってから数日、その間私は飛鳥さんと神楽坂さんと同じ病院で入院することとなっていた。

 

別に入院するほど体に悪影響がある訳では無く、単に私を診た医者が、あらゆる病に当てはまらない異能持ち特有の症状に、原因は全く分からないものの取り合えず異常事態だと判断し緊急入院をすることとなった訳だ。

 

様子を見るために、と告げられた入院期間は1週間。

 

これによって、私のゴールデンウィークは完全に終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

強襲した妹、桐佳に再び号泣され。

 

新たな妹、遊里には泣きそうな顔で心配され。

 

奇襲してきた学校の友人、袖子はやけに豪華な花と果物の盛り合わせを送ってきて。

 

見舞いに来た父親と遊里さんのお母さんにはいったい何があったのかと問い詰められ。

 

 

 

そんな散々な入院生活ではあったが、実を言うとこの生活を私は内心楽しんでいた。

 

 

 

いや、だって中々体験できない入院生活はやっぱり刺激的な経験だったし、初めての入院生活を甲斐甲斐しくサポートしてくれる同性の飛鳥さんと、神楽坂さんと言う気心が知れた大人がいたから、暇することも困ることも特になかった。

 

家事学業悪者退治にアルバイトと、忙しない日々を送っていることから考えると。まったりとした快適極楽な入院生活は満ち足りたものだった訳だ。

 

 

 

 

 

「はぁ……私このままここに住みたい……」

 

「何寝ぼけたこと言ってんのよ。もう学校始まってるんでしょ? アンタどうせ頭良いんだから、とっとと主席でもなんでも取って、いいとこの大学入って、安定した職業にでもつきなさいよ」

 

「なんか投げやりな感じに言ってますけど、私への信頼が重すぎるんですが……え、私勉強が出来るとかそういう事言ったことないですよね?」

 

「私は聞かなくても分かることは聞かない主義なのよ」

 

 

 

 

 

自信満々にそう言い切った飛鳥さんに、どこからその自信が湧くんだと呆れるが、同じ病院で入院していて彼女について少し分かったことがある。

 

 

 

基本的にこの人は、観察力がある。

 

外側から見るだけで彼女はものの本質を捉えることが得意なのだ。

 

これ以上無いくらい警察官に向いているとも言える特技だが……警察官への熱意がそんなになさそうなのが難点だろう。

 

 

 

 

 

「……まあ、だから聞かなきゃ分からないことは遠慮しないで聞くんだけど。あのICPOのアブサントからの手紙にあった、ICPOの異能持ち部署への誘い、どうするの? 入る意思があるならアブサントが推薦してくれるらしいけど」

 

「それこそ聞かなくても分かりそうなものですけど、答えは勿論ノーですよ。私が今神楽坂さんに協力しているのはあくまで、私の身の周りが変な奴らが起こす事件によって傷付かないようにするためでして、世界の犯罪者達を取り締まりたいなんて考えてないです。ICPOの雇用条件は凄く良いですけど、惹かれるものではないですしね」

 

「そうなのね……うん、安心したわ。それなら私も心置きなく断れる」

 

「うん?」

 

 

 

 

 

飛鳥さん、今断るとか言っていたように聞こえたのだが……。

 

 

 

待遇も立場も給与も何もかも桁外れになるICPO直下の異能対策部署。

 

良くも悪くも、“白き神”があれだけ暴れた後の世界情勢は少なからず変化する筈で、異能持ちの世間的な認知と価値はこれまで以上となっていくだろう。

 

だが、それは同時に争いの種になりえるということ。

 

組織に属さない、何の後ろ盾のない状態の異能持ちは、私のようなステルス仕様でない限り、生きにくくなるのは目に見えている。

 

 

 

いくら日本が異能の認知が進んでいなくて、今回の件で私が事前に洗脳された人達を解放出来て、被害が未然に防げたから異能の認知が進まなかったとしても。

 

 

 

国や公的機関が異能持ちを取り込まなかったとしても、この国に潜んでいる異能持ちが居なくなる訳ではない。

 

だからこそ、周知されなかったその情報を得た勢力が異能を持つ者を取り込もうと動き出すことが考えられる。

 

 

 

そして、その状況から最も安全に脱する方法があるなら、それは世界的に最も大きな組織に属すること。

 

 

 

つまり、アブサントさんがいるICPOの異能対策部署に他ならない。

 

 

 

 

 

「…………ねえ、また私を置いていった時と同じ考えをしてない?」

 

「ヒッ!?」

 

 

 

 

 

ガシリと両肩を掴まれて顔を近付けられた。

 

半目で疑うような飛鳥さんの視線に耐えかねて、視線をあらぬ方向へ動かしまくっていたら、今度は頬を押さえられ強制的に目を合わせてくる。

 

怖すぎて笑えない。

 

 

 

 

 

「私の身の安全を勝手に考えて、どうすれば私の為になるのかを自分勝手に考えて――――それでアンタ、それをどうするつもりなの?」

 

「あ、ば、ばばばば……」

 

 

 

 

 

なんなんだこの人、私よりもずっと人の心を読んでいる気がするんだけど。

 

 

 

 

 

「すまん、待たせた。飲み物買ってき――――これは……仲が良いのか、それとも詰め寄られてるのか……俺はどうすれば……」

 

「神楽坂さんー!!! 助けてー!!!」

 

 

 

 

 

私の、ここ一週間で一番の全力の叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、ちょっとした喧嘩だったんだな? 佐取も飛禅も無理に仲良くなれ、とは言わないが、悪口や実力行使は限度がある。やっちゃいけないラインをちゃんと弁えるんだ。特に飛禅。お前はもう社会人。大人の一員なんだから」

 

 

 

「反省してまーす☆」

 

「あぶぶぶぶ……わ、わたし、はやく退院にならないかな……」

 

 

 

「……本当に喧嘩だったのか?」

 

 

 

 

 

疑念の眼差しを向けてくる神楽坂さんだが、それもその筈。

 

神楽坂さんは私と飛鳥さんの関係を知らない。

 

不義理ではあるのだが、流石に神楽坂さんには過去に飛鳥さんを助けた、なにか知らないけどやべー異能持ちとして有名な“顔の無い巨人”とやらと同一人物じゃないかと疑いを持たれたくないからだ。

 

勿論、過去に色々とやらかしているから完全にその言われている存在が自分ではないと言えない。

 

“白き神”とやらも、私の遠隔トラップに引っ掛かり思考誘導を受けて、咄嗟に“顔の無い巨人”を連想する程度には、私とそれは似通った部分があるのだ。

 

相談するのは色々と調べてからでも遅くない……うん、そのやべーと言われている“顔の無い巨人”がどんな所業をしてきたのかしっかりと知って、情報を確定させてから相談するべきだと思ったからだ。

 

 

 

そして、幸いにも飛鳥さんも変に事を大きくしたくないのか、誤魔化すことに協力的だった。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですよぉ先輩。私、燐香ちゃんとは仲良くやっていけそうなんでぇ☆」

 

「!!??」

 

 

 

 

 

でも、人が猫を被る瞬間を見るのは恐怖を感じるものなんだと知るのは今でなくてよかったのに。

 

 

 

ひしっ、と抱きしめられた私は心臓が止まってしまったような気分のまま、助けを求めて神楽坂さんを見るが、私の救援要請は届いていないようで、「そうか……」と解せないような声を出しながらも納得してしまっていた。

 

救援は無い、現実は無慈悲であった。

 

 

 

 

 

「……ともあれ、お前達には感謝しているんだ。俺が、俺の先輩や恋人を傷付けた奴を、俺自身の手で捕まえられなかったことに思うところが無いわけじゃないが……それでも、同じように傷付く人が出なくて、本当に良かった。ありがとな」

 

「……」

 

「先輩ってば水臭いですよぉ☆ そりゃあ色々先輩のために動いた部分もありますけど、基本的には私個人の用件があったからですし、別にそんな感謝なんていらないですって☆」

 

 

 

 

 

神楽坂さんと飛鳥さんがそんな風に、一段落ついたと言う話をしているのを見て、少し逡巡した。

 

 

 

確固たる確証に至る物証はない。

 

これはもしかしたら私の思い違いの可能性もある。

 

 

 

だが、それでもこれを黙っている事は出来ないと、私は自分達を起点にしていた認識阻害の異能を強化して声を上げる。

 

 

 

 

 

「あ、あ、あの! 話したいことがあるんです! その、神楽坂さんの過去の、同僚と恋人の件なんですけど」

 

 

 

 

 

私はそう切り出して、訝し気な表情を浮かべた2人に突き付ける。

 

 

 

 

 

「“白き神”は確かに関わっていたとは思いますけど、恐らくあの件の黒幕は奴じゃないと思います!」

 

「――――!?」

 

「……え、アンタそれマジで言ってるの?」

 

 

 

 

 

驚愕する2人に対して、私は頷きを見せる。

 

入院生活を過ごしながら考えていたこの件は、私の中でほぼ間違いないだろうと言う域にまで達していた。

 

 

 

神楽坂さんは目を見開いて私に顔を向けて、飛鳥さんも私を抱きしめていた体勢を止めて話を聞く形に入ってくれる。

 

 

 

これまでの私が搔き集めた“白き神”の人格面や異能についての情報。

 

異能の練度や理解、そして実際に対峙して判明したひととなり。

 

そして、何よりも神楽坂さんが集めてくれた白崎天満と言う人物の過去から推察されることを、神楽坂さん達に伝える。

 

 

 

 

 

「“白き神”、白崎天満が異能を開花させたのは恐らく大学生の時です。それ以前に彼は異能を使ったような形跡がないですからそこは間違いないと思います。でもですね。そんな長年病弱で病院にいただけの人間が、異能が開花して数年で急に大金を求めて銀行強盗に手を染めますか? そんなことしなくても、異能を悪用して豪遊できるだけの生活は出来ていたのに、わざわざそんな大きな危険を冒しますか? もちろん可能性としてはあるでしょう、人の心は移り変わるもの。手に入れた力を試したいと思うようになることもあると思います」

 

 

 

 

 

けれど、と私は続けた。

 

 

 

 

 

「そんな突発的な思い付きでやった異能犯罪は、もっと人道的で、もっと粗だらけの筈なんです。少なくとも、私が調べた『薬師寺銀行強盗事件』はあまりに完璧すぎた――――まるで、犯罪に関して卓越した知識を持った者が計画したと思えるほどに」

 

 

 

 

 

誰も居なくなってしまった加害者と言う、真実を知る者達を始末し。

 

被害品である100億もの金銭を足取り残さず手に入れて。

 

事前に狙うべき金銭の動きを完璧に把握していた情報網を保持していること。

 

 

 

どれも、裏社会を知らなかった者に出来る事ではないし、実際に人物として見た“白き神”はそれを出来る器では無かった。

 

 

 

異能がいくら強力でも、あれだけの事件を当時20歳と少しの“白き神”が出来るとは到底思えない。

 

 

 

そして、“白き神”は言っていた。

 

 

 

 

 

『――――あいつの関わった事件について知りたいだろ!? と、と、取引しよう!! 良いだろ!? ここで僕の口を割らせる方が絶対に良いぞ!! なんたって――――』

 

 

 

 

 

――――あいつが恨むべきなのは僕じゃないから。

 

 

 

続きを言わせるとしたら、こんなところだろう。

 

 

 

 

 

「“白き神”が言い掛けた言葉には、そういう風を匂わせるものもありました。そしてそれは嘘を含んでいなかった。異能に目覚め、犯罪に手を染め始めた“白き神”を、完全に裏社会に引き込んだ人物がいて、それが『薬師寺銀行強盗事件』を計画し、この事件を追っていた神楽坂さん達を手に掛けた」

 

「ま、まて、確かにその理論は通る。だが、それはあまりに……突拍子がないだろう」

 

「確かに突拍子はありません。過去の詳細は、私は記事や新聞などを通してしか見ていない訳ですし、私よりもずっと神楽坂さんの方が詳しいでしょう。なら聞かせてください神楽坂さん、貴方が追っていたその事件は、他人と関わり合いの少ない20超えたばかりの人が、計画出来るだけの事件だったんですか?」

 

「……それは……確かにあの頃は、もっと凶悪な知能犯が関わっていると思っていて、犯罪の造詣が深い人間以外は出来ないと、思っていた……」

 

 

 

 

 

黙ったまま聞きに徹している飛鳥さんに視線を向けるが、彼女は何も言うことは無いと首を振った。

 

 

 

もちろんこんなものは確実な証拠になりえない。

 

私が提示したこれらはあくまで推察する材料にしかなりえない。

 

 

 

でも、これまで他人の思考を見て来た私の経験と直感が、『薬師寺銀行強盗事件』は“白き神”では力不足だと囁いていた。

 

 

 

 

 

「……あくまで私の考えなんで、こういう風にも取れるよ程度に考えていただけたら。ただ、私はこの件に関して確信に近いものを持っています」

 

 

 

 

 

“白き神”と言う異能持ちを見出し、効率的な犯罪のやり方を教えた者がいるとして。

 

世界への同時攻撃と言う大掛かりな活動を仕掛けた“白き神”が、意識を集中させていた東京拘置所へ一緒に出てこなかった理由は恐らく、今の彼らには協力体制が築かれていないからだ。

 

袂を分かち海外へ逃亡した“白き神”と違い、そいつは今なおこの国のどこかに潜んでいる可能性が高い。

 

 

 

信じがたい事だが、もしもそうだとすると。

 

 

 

私の中学生時代。

 

学校から区、区から都、都から国へと伸ばした私の異能の手。

 

日本全土の人間の思考を覗いた私の異能を、何らかの方法で掻い潜った奴がこの国にいることを示している。

 

 

 

犯罪への造詣が深く、異能を持ち、探知系の異能から逃れる術を持ち、日常に溶け込む悪が存在している事になる。

 

 

 

もしもそんなものが、本当にこの世に存在するとするなら、それは。

 

 

 

 

 

「もしも……もしも私の想像通りこんな人間がいるなら……この国には、世界を脅かしている『UNN』と言う組織とは別の、恐ろしい悪意が存在することになります」

 

「――――」

 

 

 

 

 

ただ私を見ている神楽坂さんに、突き付ける。

 

 

 

 

 

「神楽坂さんの追っていた事件はまだ何一つ解決していません。神楽坂さんの大切な人達を襲った犯罪者は、今もこの国のどこかにいます。“白き神”と言う異能を使って犯罪計画を企てるだけの誰かが」

 

「…………」

 

 

 

 

 

神楽坂さんは黙ったまま、手に持った飲み物を握り込む。

 

震える腕からどれだけに力が込められているかが分かる。

 

彼の激情の行くべき先は、まだ見えていない。

 

だから、ずっと長い間押し込んでいたそれを、まだ神楽坂さんは必死に抑えなくてはいけない。

 

 

 

 

 

「……悪い、少し頭を冷やしてくる」

 

 

 

 

 

そう言って、私達の為に買ってきてくれた飲み物を置くと、踵を返して早足で屋上から出て行ってしまう。

 

思わず伸ばし掛けた私の手を止めたのは、隣にいた飛鳥さんだった。

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

「止めときなさい。人にはね、立ち入ってほしくない部分ってあるのよ。特に、喪失の経験なんて、誰かに聞かせたいものじゃないわ」

 

「……やっぱり、確定していないこんな情報を話しても、誰も幸せになんてならないですよね。話すべきじゃなかったかな……私ってこういう思考は全部1人で完結させてたから、人と共有するのが慣れてなくて……」

 

「どうかしらね。それは人によって捉え方が違うと思うけど、私はアンタのその直感。まず間違いないと見てるわ」

 

 

 

 

 

それに、と飛鳥さんは神楽坂さんが出て行った扉を見遣る。

 

 

 

 

 

「あの人は子供じゃない。自分を打ち砕こうとする現実一つでへこたれる様な精神性をしていないわ。……いや、むしろ、自分の手で捕まえる相手がいることに喜んでる可能性もあるんじゃないかしら」

 

「……ほ、本当だ、神楽坂さん落ち込んでないです!」

 

「……あんた、今読心したの? いや、あんまり読心するなっていったのは私だけどさ……」

 

 

 

 

 

呆れ混じりに飛鳥さんは私を慰めるように頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてきた。

 

やっぱり、私の頭を撫でる飛鳥さんの手からは、私への好意と信頼が伝わってくる。

 

人からこんな風に直接好意を向けられるのには慣れてなくて、こうなってしまうとどうすればいいか分からなくなる。

 

 

 

 

 

「本当は誰だって、自分の過去の清算は自分でやりたいものよ。あの人はアンタや私に手助けを求められるだけ大人なの。私なんてこの前は、頼れる奴がこんな近くにいたのに暴走して1人で飛び出した訳だしね」

 

「あ、いや、それは、私だって隠し事してたから……」

 

「アンタって本当に、こういう人の機微を悟るの下手過ぎない? あー、もうっ、不安になって来たからちゃんと言葉にするわね。アンタが思ってるよりも私や神楽坂先輩は大人だし、アンタの事……す、好きなのよ。だ、だから、好きなアンタの言葉はしっかりと受け止めたいと思うし、ちゃんと考えようと思う。感情の整理は必要だけどさ、何も言ってくれないよりも言ってくれて一緒に考えられた方が良いのよ。だから、アンタのそれは間違ってない。よくやったわ」

 

「や、やさしい……な、なんなんですか飛鳥さん!? 本当に人が変わったように優しくなってません!? しかもさっきまであんな変な猫被りしてたのに、大人のような言葉と態度! 温度差ありすぎませんかっ!?」

 

「こ、こいつっ……!」

 

 

 

 

 

そんな風に、飛鳥さんと会話して不安に思っていた気持ちが少し静まったのを自覚して、思わずからかうように、そんな事を口走ってしまった。

 

飛鳥さんが私を思いやって、私を慰めるように声を掛けてくれたことが、なんだかむず痒くて、こんなことを言ってしまったのだ。

 

 

 

ふと、ただ泣いているだけだった子を思い出した。

 

 

 

昔の、村の牢に入れられていた子。

 

あの時と比べると、飛鳥さんは本当に色々成長しているんだと知って、なんだか嬉しくなる。

 

私よりも年上で、自分を嫌う世界しか知らなくて、ただ泣くことしか出来なかったこの子が、いつの間にかこんな風に大人になっている事が、やけに嬉しかった。

 

 

 

私がこれまでしてきた1つひとつの行動が、間違いか正解だったのか、分からない。

 

きっと多くの間違いを犯してきたとも思うし、同時に多くの正解を行えてきたとも思う。

 

世の中には色んな悪意があるし、色んな善意も、そして正義の数なんて数えきれないくらいあるから、変わらない正解なんてきっとないけれど。

 

 

 

 

 

「ねえ、アンタ……あー……燐香」

 

 

 

 

 

名前を呼ばれて、振り返る。

 

気恥ずかしそうな顔をして、頬を掻くあの子がそこにいる。

 

 

 

 

 

「ずっと言えなかったこと、やっぱりちゃんと言葉にさせて。……あの時、私を助け出してくれてありがとう。それから、酷いことを一杯言って、ごめんなさい……これからもよろしくね」

 

「……どういたしまして。こちらこそ、これからよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

私はあの子を助け出したことは、正解だったのだと胸を張ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これにて4章終了です!
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!
個人的に驚くほど皆様に本作を評価していただけていること、本当にありがたい限りです。
お気に入り登録も評価も感想もそうですが、レビューや誤字脱字報告、イラストの作成までしていただき、本当に私から皆様へは感謝しかありません。
本当にありがとうございます!!!

まだまだ、サトリちゃんの異能事件簿はこれからも続いていく予定ですので、もしよろしければこれからもお付き合い頂ければ、これ以上嬉しい事はありません。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。

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