非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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また少しだけ間章を挟みます!
よろしくお願いします!


間章Ⅱ
違う道を歩む者達


 

 

 

 

 

 

特別支給され、特例的にICPOが協定を結んでいる国の上空を飛行させることが許されている小型航空機の内部。

 

ルシア達は護送中の国際指名手配犯“千手”が入れられた鉄の棺に近いものを補助員達に見張らせながら、各々が思い思いに休息を取っていた。

 

激闘、と言えるような立派なものでは無く、蹂躙される一方だったルシア達だったが、だからこそ残された傷や疲労は深い。

 

振り分けられた体調管理士の治療を受け、普段ならいがみ合うような関係の彼らも、今は大人しく腰を下ろして体を休めている。

 

 

 

そんな中、頭に重く響くような痛みに耐えかねたベルガルドは悪態を吐いた。

 

 

 

 

 

『ああ゛ー……頭いてぇ……これ、ほんとに“白き神”に洗脳された後遺症なのか?』

 

『後遺症かは分かりませんが、貴方は確かに“白き神”の手に落ち洗脳状態に……それも、“白き神”の人格に寄生されていました』

 

『くそっ……全然覚えてないぞ……! 洗脳されている間はこんな風に記憶が完全に抜け落ちるものなのか?』

 

『一概にはそう言えないそうです。他国でテロ活動のために洗脳させられていた者は自分がやったことを覚えているそうですが、“白き神”の記憶は一切失われていたと報告があります』

 

『なんだってんだ……くそ忌々しいっ……! “白き神”の奴、好きなだけ暴れて、最初からいなかったように消えやがって……! 次俺の前に現れやがったらっ……』

 

 

 

 

 

ベルガルドの苛立ちは頭に残る痛みに引き摺られるように大きくなっていき、周りにいた補助員や体調管理士が怯えるように距離を取り始める。

 

大柄で、かつ未だ何も解明できていない異能を持つ者は一般人からすれば恐怖の対象なのだ。

 

 

 

しかし一方で、そんなベルガルドの様子を見た年配の女性は呆れたような声を掛けた。

 

 

 

 

 

『アンタ、出来もしないことを言うもんじゃないよ。図体ばっかりデカくて、短慮。それで今回ルシアやアブサントにどれだけ迷惑を掛けたか、自覚が必要だね』

 

『ババア……!』

 

『そもそもアンタらの班は情報収集と“千手”の身柄を抑える事を目的とした編成だった筈だよ。戦闘が出来るような異能も無い癖に、出しゃばって状況を悪くしてさ。同じ異能持ちとして数えられてるのが恥ずかしくなる』

 

『ぐっぐっ、ぐぐぐ……』

 

『ヘ、ヘレナお婆さん、その辺に……僕らの増援も間に合わなかったんだから、一方的にベルガルドさんを罵倒するのは……』

 

『はっ! レムリアはこんな奴にまで気を使うのかい? 気を使う相手も選ばないと、後々面倒がのしかかってくるのは自分だよ! ババアの経験談さ、教訓にしな』

 

 

 

 

 

杖を突き、堂々と椅子に腰を下ろしている横で、背の小さなこの場に似合わない少年が縮こまりながら周りの様子を窺っている。

 

 

 

ヘレナと呼ばれた女性と、レムリアと呼ばれた少年はICPOが抱える数少ない異能持ちであり、今回ルシア達の救援へ向かったのもこの2人だった。

 

明らかに体格だけ見れば、ベルガルドの怒りを諫めるには足りない人物達の筈が、皺だらけの女性が睨み付けるだけで大人しくなっていく。

 

 

 

ベルガルドとアブサントの監督役を任されているルシアは申し訳なさそうに、ヘレナに頭を下げた。

 

 

 

 

 

『申し訳ありませんヘレナ女史。ご迷惑をお掛けし、日本にまで足を運んでいただく事態となり……』

 

『あー、アンタが謝ることは無いよルシア。私はこの粗暴なアホを杖で叩きまわすのが好きなだけさ。若者の更生に貢献できてる実感が沸いてワクワクするね』

 

『……くそ、趣味の悪いババアめ……』

 

『聞こえてるよベルガルド坊ちゃん』

 

 

 

 

 

スコーンと、投げられた杖がベルガルドの額を撃ち抜き、ただでさえ洗脳されていた後遺症の痛みが残っていたベルガルドは悲鳴を上げて、地面に転がった。

 

鼻を鳴らしてベルガルドを見下していたヘレナに、慌てて杖を拾いに行ったレムリア少年が戻ってきて杖を渡す。

 

 

 

 

 

『ああ、レムリアはこんなに良い子なのにねぇ。ルシアも大変だったろう? こんなゴロツキ上がりの暴れん坊をなだめるの。だから何度も私がコイツと組むって言ってるんだけどね。コイツが嫌がるのなんのって……』

 

『あは、ははは……』

 

『それで? いつもは私よりも先にコイツに噛み付く奴が随分大人しいじゃないか。どうしたんだいアブサント、何をやって……』

 

 

 

 

 

ヘレナがやけに大人しいこの場にいる“音”を操るもう1人の異能持ち、アブサントへと視線を向けるとその表情を凍らせた。

 

 

 

アブサントが熱心に視線を落としているのは、1冊の本だ。

 

『3歳から始める日本語教室』と言う題名が書かれた本を、じっと読みふけっている忠犬アブサント。

 

ルシアのこと以外に興味を示すことの無かった男が、なぜか今熱心に日本語の勉強に励んでいる。

 

 

 

 

 

「……アリガトウ……コンニチハ……イラッシャイマセー……」

 

『な、な、何があったんだいアイツっ!? ルシア、アイツもしかして“白き神”の洗脳が続いてるんじゃないのかい!?』

 

『いえ、その……日本に友人が出来たそうで、ちゃんと自分で会話したいらしく勉強すると……』

 

『友人! ほー……アブサントが、友人……あの無気力無関心ルシア馬鹿のアブサントが……良い事じゃないか……』

 

『ヘレナお婆さん、アブサントさんのことそんな風に思ってたの?』

 

 

 

 

 

純粋無垢なレムリアの視線に耐えかねたヘレナが、冗談だよと言って顔を逸らしたが、どう見ても孫の前で嫌な部分を見せたくない祖母の図である。

 

微妙になり掛けた空気に耐えかねたヘレナが、バッとルシアに顔を向ける。

 

 

 

 

 

『そ、そろそろ話してもらおうかね! 私らが辿り着いた時、完全に事態が終息していたあの場で起きたことを!』

 

『……ババアめ、居た堪れなくなりやがった』

 

『やかましい!』

 

 

 

 

 

声を荒げたヘレナを何とか宥めつつ、ルシアは少し悩むように話を始める。

 

 

 

 

 

『その……正直私もよく分かっていません。完全に私達は“白き神”の術中にはまって拘束状態にありました。ベルガルドさんは洗脳され、アブサントも私を庇い頭に怪我を負った状態。拘置所にいた職員と囚人達も洗脳されており、どうやっても打開できる状況では無かったんです。ただ……“白き神”が捕まっていた“千手”を洗脳した時、それは起きたんです』

 

 

 

 

 

『顔の無い巨人』。

 

キラキラとした目でその名前を呼んだレムリアとは違い、ヘレナは重く口を閉ざして続きを促す。

 

 

 

 

 

『私達にソレは見えませんでした。でも、間違いなくソレはそこにいました。“千手”に寄生した“白き神”が絶叫を上げたんです。そして……その見えないソレを指して、“顔の無い巨人”と叫びました。アブサントが言うには突然現れた異能の出力だったとのことですが、到底まともな異能には見えませんでした。見えない何かに襲われて、宙に持ち上げられ、叩き付けられ……精神干渉系統の異能とは思えない物理的な攻撃を“白き神”に加え、その、職員の1人を使って私達を拘束から助け出したんです』

 

『……なるほどねぇ、“顔の無い巨人”を見た訳じゃないが、その名を騙っていた“白き神”がそう叫んだのなら、そう取るのもおかしくはないね』

 

『ね、ね! だから言ったでしょヘレナお婆さん! “顔の無い巨人”は悪い人じゃないって! ルシアさん達を助けたんだし、絶対良い人だよ!』

 

『レムリア、ちょっと落ち着きな。私だって“白き神”が“顔の無い巨人”だったと言う話には懐疑的だったんだ。これは想定の範囲から外れちゃいない。そんで、それがあった時と世界でのテロ活動が突然終息した時間が合致する訳だ。“顔の無い巨人”が“白き神”に打撃を与えたと考えて間違いない。結果的に言えば、今回は私らの味方だったと見て良いだろう。……でも、アレはだいぶ気紛れな奴さ。ルシア達を助けたのは、たまたまそういう気分だったなんて言われても納得できちまう……それで、その後はどうなったんだいルシア』

 

『いえ、それが……その後は私も追って来た“白き神”に洗脳されたようで記憶が……』

 

 

 

 

 

続きを待っていたヘレナ達に、申し訳なさそうにしつつもルシアはそう言って、どうしようかと視線を彷徨わせたが、それに割って入る声が上がった。

 

 

 

 

 

『その後は、日本にいる他の異能持ちが協力してくれた結果、“白き神”を倒せた。それだけだ』

 

『なんだいアブサント、喋れるじゃないか。それで、その日本にいた異能持ち達はどんな奴らなんだい?』

 

 

 

 

 

突然発言したアブサントに、ヘレナは意外だと言うように驚いた顔をした。

 

手に持っていた『3歳から始める日本語教室』と言う興味対象から視線を外し、こちらの会話に参加してくるなんて、気難しいアブサントにしては珍しい行動だからだ。

 

 

 

そして同時にヘレナは嫌な予感も覚えていた。

 

短慮だが任務に忠実なベルガルド、状況を冷静に把握するルシア。

 

その2人が意識を失い、残ったのがよりにもよって少々独特な価値観を持つこの男なのだから、なにかしらやらかしていても不思議では無く。

 

当然、その予感は当たっていた。

 

 

 

 

 

『非常に強力な異能を持った人達だった。感謝しておいた。勧誘したが断られた、残念だ』

 

『…………アンタまさかそれで終わりにしてないだろうね? その人達の名前と連絡先と、異能の性能くらいは聞いているんだろうね!?』

 

『なぜだ? 良い奴らだ。見返り無しに俺達を助けてくれた。これ以上何かを求めるつもりはない』

 

『アンタが良くてもウチの組織としてはもっと交流を深めて取り込まないとだろう!? あーもうっ!!! 残ったのがアブサントだけと言うのが最悪だよ!! そいつらが別の犯罪に加担した時どうするんだい全く!!!』

 

『ま、ま、待って下さい! 確か、“千手”を捕まえたと言われている神楽坂上矢と言う警察官と会った時、一緒にいた女性が異能を持っていました。恐らくその人物かと』

 

『本当にルシアはここの馬鹿どもの唯一の良心だね! 帰ったらアイスを奢ってやるよ!』

 

 

 

 

 

警察官ならそれなりの役職を与えるよう日本の警察組織に伝えて……、と悪い顔で考えこみ始めたヘレナとは違い、なぜだかショックを受けた様子のレムリアは呆然とした顔をアブサントに向ける。

 

 

 

 

 

『…………“顔の無い巨人”負けちゃったの?』

 

『知らん。と言うか、本人も現場に来ていなかったから多少痛い目を見させる程度のつもりだったんじゃないか?』

 

『えええ……その“白き神”を襲った人も“顔の無い巨人”じゃないんじゃないの……?』

 

『それも知らん。結局、俺達は姿を捉えることも、異能の種類を判別することも出来なかった』

 

『正体不明……! うううっ、凄く“顔の無い巨人”ぽいっ……!』

 

『……ふんっ、確かにあの化け物が狙った獲物を逃すなんて妙だね。些細な情報でもいいから他の気になることは無かったのかい?』

 

『え、えっと、私にはちょっと分からなくて……アブ、何かある?』

 

『全然分からない。済まないルシア』

 

『アンタはまず違うことを反省しなきゃいけないと思うけどねっ……!』

 

 

 

 

 

大きくため息を吐いたヘレナを労わるように、隣にいるレムリアは背中を擦る。

 

それに励まされたのか、ヘレナは気を取り直したように顔を上げて、ルシア達3人を見据える。

 

 

 

あくまで増援として送られたヘレナ達のやるべきことは、ルシア達の救出とこれからの事についての説明だった。

 

 

 

 

 

『聞きな。私の方からアンタ達に話しておかなきゃいけないことがあるんだ、これからの異能持ちとICPOの立場についてだよ』

 

『それは……今回の件に影響されて、ですよね?』

 

『その通りだよ。まあ、前々から異能に関してどこまで公表するかは話に上がってたからね。それで、今回の件でウチのトップが、国連の上層部や各国の首脳と連絡を取り合い、おおよそ合意に至ったそうでね』

 

 

 

 

 

一呼吸入れる。

 

 

 

 

 

『……今回、世界的な洗脳による同時テロが起きたことで多くの罪のない者達が各国で収容されることとなった。流石にこれは、真実を知る私達ICPOとしては見過ごせない。そこで、異能と言う存在を完全には公表しないものの、何かしら非科学的な超常現象が発生している場所があることをICPOは認識していて、今回の件がそれに基づいたものであることを、世界に向けて発信することにしたそうだよ』

 

『なっ……! 公表するのですか!? しかし、それはっ……』

 

『完全な形じゃない。世間には、分からない事ばかりだけどそういう事例が複数起きていると言って納得させんのさ。そんで、何かしら非科学的な要素を感じた場合はすぐに公的機関へ連絡をするよう呼びかけ、各国の首脳部にはちゃんと話を付けておく。筋を通した上で、情報収集に協力させんのさ。こういう方向で進めるそうだよ』

 

 

 

 

 

これまで積極的に異能犯罪を行っていた“白き神”が、恐らく“顔の無い巨人”だと思われる存在によって大きな打撃を受けた今、奴を捕らえることが何よりも優先される。

 

現状を何とか挽回しようと動く“白き神”の行動を把握し、その本体の場所を特定し強襲するタイミングは今しかないのだ。

 

 

 

そして、在野で放置されている異能持ちを集め、いつか考えられる“顔の無い巨人”による世界への再侵攻や、最近世界で作られている“千手”のような人工異能持ちに対する対策を整える。

 

世界が大きく変動する今こそ、やるべき手を打たなければ、ICPOと言う大規模組織であっても窮地に追いやられる可能性があることをヘレナは知っていた。

 

 

 

 

 

『分かってるかい? ここから忙しくなる、気を引き締めな。私らの敵は、“白き神”だけじゃない。ここからは恐らく、異能を取り込みたい勢力が表立って活動を始めて、国によっては後ろ暗い事をやり始めるだろう。全部、対応するんだよ私達は』

 

 

 

 

 

ヘレナの問いかけに、それぞれがしっかりと頷いた。

 

 

 

国も年齢も性別も、宗教も違えば信じるものも違う。

 

考え方はいくつも違うし、ちぐはぐだらけで個性的な奴らばかりだから、協調性なんて欠片も無いけれど、この場にいる者は全て異能犯罪者を無くすと言う目的を共有している。

 

ICPOの異能対策である彼らが見る先は同じだから。

 

 

 

 

 

『私達が人であるために。異能が人であるために』

 

 

 

 

 

彼らは、そう言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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