非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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教訓となりえるものは

 

 

 

 

 

 

という訳で、唐突に素人2人組による、『戒玄高校暴行傷害容疑事件』の調査活動が開始された。

 

 

 

いや、そもそも学校や警察じゃなく、学生の私達にこんなことを頼んでくるのがお門違い。

 

あくまで素人、あくまで疑いがあるだけ、と言う神楽坂さんが聞いたら鼻で笑いそうな状態である訳だが、私1人棄権するなんて選択肢が取れるわけがない。

 

こうしている今、袖子さんのやる気は想像をはるかに超えて天元突破しているのだから。

 

 

 

 

 

「事件、事件、事件の香り……!」

 

「……袖子さん、真の名警察官は本当の逮捕の瞬間までみだりに自分の捜査を誇示しないものですよ」

 

「うん、分かった! 頑張ろうね燐ちゃん!」

 

 

 

(駄目だこりゃ……と言うか、我ながら真の名警察官とは……?)

 

 

 

 

 

いつも学校で見せているつまらなそうな顔は何処へやら、袖子さんはキラキラと目を輝かせ2年生のクラスが並ぶ廊下をスキップ混じりに進んでいく。

 

 

 

どう考えたって手持ちの情報が少ないのだから、情報が取れそうな人を捕まえてあらかじめ話を聞いておくのが良いと思うのだが、私ではウキウキで現場に向かおうとする袖子さんは止められない。

 

見ず知らずのあの女性の頼みなど義理も何もないのでまともにやる気など起きないが、せめて友人である袖子さんが危険なことに巻き込まれないように、手助けくらいはしておこうと思ってこうして後を引っ付いている。

 

 

 

なにせ私は実際の事件もいくつか解決した天才少女。

 

友人の考えなしな行動を手助けするくらい、お茶の子さいさいなのだ。

 

 

 

 

 

「ここね……! 燐香ちゃん見て見て……この中にいる、男子生徒の誰かがあの人の息子! どの子だろう!?」

 

 

 

(そういえば碌に特徴とか聞いてなかったな……まあ、あの女性の息子とは言っても全然似てないらしいし。私みたいな典型的な地味系の人なんじゃ……)

 

 

 

 

 

辿り着いた教室を袖子さんと一緒に覗き込むと、そこは私達の教室と変わらない光景。

 

休み時間にも関わらず、授業の予習復習をしている人が最も多く、残りの生徒も友達と会話をして普通に楽しんでいる。

 

 

 

一見、いじめの現場となっている場所とは思えない平穏とした空気だが、こういう所に限って石の後ろに湿った場所のように、目に見えない所に粘つくような悪意は存在しているもの。

 

どうやって証拠を掴むつもりなのか、袖子さんの手腕が気になるところだが……クラスの中を覗いているうちに私は1人の男子生徒に気が付いた。

 

 

 

 

 

(……あれ、あの人)

 

 

 

「燐ちゃん? 見付けた?」

 

「あ、いや……前にバスジャックで居合わせた人がいてビックリして……」

 

「へー?」

 

 

 

 

 

確か……バスジャックの時に犯人に飛び掛かった眼鏡の男子学生。

 

先輩だったのかと、驚いてしばらく見詰めていると目が合った。

 

どうやら驚いたのは向こうも同じだったようで、勉強していた手を止めて目を見開いている。

 

 

 

気まずそうに目を逸らされる。

 

どうにも申し訳なさそうな気持ちと気恥ずかしそうな感覚を抱いている彼に、そういえば彼は事件後、結果的にバスジャック犯に対して無力だった自分を恥ずかしく思っていたのだと思い出した。

 

 

 

いや、実情はどうであれ、刃物を持つ大人相手に飛び掛かる勇気は恥ずかしがるようなものでは無いと私は思うのだが。

 

 

 

 

 

「……まあ、特に話した訳でもないので私から話し掛けに行くようなこともないですが……ん?」

 

 

 

 

 

あんまり見つめ続けるのも迷惑かと、そう話を切り上げ、彼から視線を逸らそうとして、ふと悪意を読み取った。

 

 

 

教室の中で集まっている男子生徒の集団が、悪意を持った笑みを浮かべながら眼鏡の男子生徒に視線をやっている。

 

いじってやろう、とか、こうしたら面白いだろう、とか。

 

そういう軽い気持ちで、自分の抱えるストレスの捌け口や嗜虐心を満たすための標的として彼を見ている。

 

それも突発的に目が付いたでは無く、いつもやっている相手だから良いだろうと言う思考。

 

 

 

これは……恐らく、常日頃からそういう行為をしている相手に向けるもの。

 

いじめ、と言う行為が起こりうる感情として、これ以上のものはない。

 

つまり、私の読心による推察によると、いじめられているのはあの眼鏡の男子生徒で、彼こそがガテン系女性、遠見江良さんの息子と言う可能性が高い。

 

 

 

 

 

(……つまりあの時の気弱そうな眼鏡の男子学生が、ガテン系を絵にかいたような人の息子ってこと? ……さ、詐欺だ)

 

 

 

「むう……分からない。あの人にもう少し特徴を聞くべきだったね。……遠見さん、って名前で聞いたら分かるかもしれないけど、誰が犯人かも分からない状況でむやみにクラスの人に被害者を聞くのは……燐ちゃん、もう休み時間も少ないし帰ろ。またあの人に詳しい特徴とか聞いてからにしよう?」

 

「え、あ、う、うん。そうだね」

 

 

 

 

 

私へと振り返った袖子さんの後ろで、悪意を向けていた集団が丸めた紙くずや消しカスを眼鏡の男子生徒に投げている光景が目に入り、思わず言い淀む。

 

 

 

 

 

手段を選ばないなら解決なんて簡単だ。

 

ここで攻撃している彼らの意識を瞬く間に変えられる私の異能は、証拠など残さない。

 

私の異能なら、彼らの稚拙な感情などいくらでも作り替えられるし、今後一切そういう行為をさせないよう制限することだってできる。

 

 

 

でもそれは……なんて、私は少し思い悩んだ。

 

他者への意識改革を本人の経験に寄らずに行う私の異能は、道徳的に不適切なものだとは分かっている。

 

誰からも良い顔をされるようなものでは無いし、私の異能を知れば家族だって私に忌避感を持つだろう凶悪な力だ。

 

 

 

醜悪な犯罪者や他人を進んで害そうとする者達にこの力を向けるなら良い。

 

人を殺しうる力を他人に向ける者への情けなんて、私は持ち合わせていない。

 

若しくは、私や家族の安穏を壊そうとする者達が相手だったら、私はそんな道徳心をくだらないと一蹴するだろう。

 

何よりも大切なものの優先順位を、私は取り違えるつもりは無い。

 

 

 

けれど……見ず知らずの他人に対する、いたずらに近い悪意に、私はこの凶悪な力を振るうべきなのか、私が決めるべき異能の使用の境界は何処が正しいのだろうと、不安に思った。

 

中学時代ならいざ知らず、今の私は道徳性を完全に投げ捨てている訳ではない。

 

目の前で起きているこの出来事は、せいぜいからかうような意味合いのもので、それを行っている彼らは私がこれまで対峙してきた醜悪な者達と同じような対処をされるべき人間なのだろうかと、思ってしまった。

 

 

 

 

 

「ん、なにかある?」

 

「あー……えーと……。……うん、なんでもないです。帰りましょうか」

 

 

 

 

 

そんな道徳の線引きだけではない、今の世間的な情勢で考えても、異能をおいそれと使用するのは控えるべきだろう。

 

こんなことで異能と言う凶器を使うなんて馬鹿げているし、変に思い悩むならやらない方がマシ。

 

そんな自己保身的な考えで私は考えるのを止め、袖子さんの言葉に頷いて向きを変える。

 

 

 

私の異能は容易く人を傷付ける、であるなら、その相手はせめてどうしようもない悪人であるべきだ。

 

きっとそうだ、きっとそうであるべきだ。

 

誰かを傷付けないと言う選択を取った私はきっと間違っていない筈。

 

 

 

そう結論付けた私がこの場を去ろうと足を踏み出した時、ふと脳裏に誰かの背中が過った。

 

 

 

――――あの善良な警察官は、こんな時どうするのだろう。

 

 

 

私は、そんなことを考えた。

 

 

 

 

 

「――――随分と下らないことをするんですね。恥ずかしくないんですか?」

 

 

 

 

 

気が付けば私は、人を小馬鹿にするように笑っていた彼らの前に立ってそんなことを言っていた。

 

 

 

多くの注目が私に集まる。

 

突然教室に入って来た下級生が、柄が悪く体格も大きい複数人の集団へ向けて、喧嘩を売るような言葉をはっきりと吐き捨てたあり得ない光景に、教室中が静まり返った。

 

 

 

私にそんなことを言われた集団は何を言われたのか理解できないのか唖然と私を見て、被害を受けていた眼鏡の男子学生も驚愕して私を見ているのが伝わってくる。

 

 

 

当たりまえだ、そもそも私だって自分が何をしているのか分からない。

 

道徳的には正しいかもしれないが、常識的にはいきなり教室に入って来た見ず知らずの下級生がこんなことを言うなんてどうかしてると思う。

 

 

 

馬鹿だと思うし、直情的過ぎるとも思うし、もっと他にやりようはあったと思うけど。

 

 

 

間違いだとは、思えなかった。

 

 

 

 

 

「もう一度聞きます、恥ずかしくないんですか? 高校2年生にもなってゴミを無抵抗の人に投げ付ける、それを身内で笑い物。今時小学生だってもう少し品がありますよ」

 

「……あ? 何だコイツ」

 

「お前下級生か? 何マジになってんだ?」

 

「私は質問しているんです。貴方方の行動はいささか幼稚が過ぎる。どんな理由があってそんな恥ずかしい行為をしているのか興味があるんです」

 

「はあ? 何だ、いきなり」

 

「……あ、俺コイツ知ってるわ。1年の入学式で入校生代表として話してた奴だ」

 

「入校生代表……?」

 

 

 

 

 

ざわめきが広がり始める。

 

私の顔を見ようと、野次馬になった人達が動き出し、私達を遠巻きに眺め出す。

 

 

 

最近は分からない事ばかりだ。

 

なんで神楽坂さんが頭を過ったのかも、なんでこんな利の無い行動をしているのかも、目立つことなんて好きじゃなかった筈なのに、なんで私はこんなに簡単に体が動くようになってしまったのかも分からない。

 

 

 

でも……そうだ、別に物事を解決するのに『異能』を使う必要はない。

 

『異能』なんてなくても、物事を解決することは出来るし、行動に移ることは出来るのだ。

 

『異能』は使いたくない、でも、見過ごすこともしたくない。

 

ならするべきことは簡単だった。

 

 

 

 

 

「行為には責任が、言葉には品性が、そして行動はその人の価値が伴うものです。高校2年生であれば、もう1人の大人として認められる時もあるでしょう。自分の行動で引き起こされる結果を考えられれば、子供染みた快楽的な思考のままではいられない筈です」

 

 

 

 

 

言葉と態度による説得。

 

異能を使用しないでこんなことをするなんて、なんて非合理的なんだろうと、昔の私は今の私を見て笑うだろうか。

 

 

 

 

 

「貴方方の1つひとつの行動が、自分達の価値を高くも、低くもすることをよく自覚するべきです。誰かを傷付けて得られる快楽が、周りから見ればどんな価値かなんて考えるまでも無いんですから。……せっかくこんな進学校に通っているのに、将来に悪影響が出る様なことをするなんてもったいないですよ」

 

 

 

 

 

柄でもないし、下級生がするこんな説教染みた話を、年頃の彼らが素直に聞く訳が無いのに。

 

会話で解決できるなら世の中のほとんどの問題は起きていないと分かっているのに。

 

きっと無駄なことをしていると分かっているのに。

 

私の動き出した口は止まらなかった。

 

 

 

既に後悔し始めた私の考えを肯定するように、目の前の人達が激昂する。

 

年下のくせに生意気だ、いきなり教室に入ってきてイカれてるのか、こんな冗談にマジになるんじゃねえ、なんていきり立ちながら私に詰めてくる目の前の彼ら。

 

 

 

だが、周囲から彼らに注がれる視線は強い。

 

気が付けば教室の外には別のクラスの人達が騒ぎを聞きつけて覗き込んでいるし、なんなら背丈が小さな私が大柄の男子生徒達に囲まれている状況に、無条件で私の肩を持つ人が多いのか、ほとんどの人が冷めた視線を彼らに向けている。

 

私の言い分に同調した人は何人も居るようで、ひそひそと冷ややかに何事か話す周りの様子は、まるで彼らにとって敵地のようだった。

 

 

 

基本的にこういう弱いものを迫害する人は肩書や周りの空気に弱い。

 

私がそれなりに有名人であり、周りの空気が私に傾いているのが分かるのだろう、目に見えて動揺し大声を上げる彼らは、精神的に追い詰められ始めていた。

 

 

 

そして、行き詰まった感情は、簡単に人を暴力行為へと導いていく。

 

 

 

 

 

「――――このっ、糞ガキがっ!」

 

「危なっ……!?」

 

 

 

 

 

一際大柄の坊主頭の男子生徒が私の襟を掴もうと手を伸ばしてくる。

 

周りが悲鳴のような声を上げ、推移を窺っていた眼鏡の男子学生が立ち上がろうとして。

 

 

 

私に向けて伸ばした男子生徒の腕が、横から伸びた細い腕に捻り上げられた。

 

 

 

武術を学んでいる、人を制圧することに長けた技術を駆使したその力は、容易く男子生徒に悲鳴のような声を上げさせる。

 

 

 

 

 

「……燐ちゃんへの暴力なら私が相手になる」

 

「ちょっ、袖子さん!?」

 

 

 

 

 

先ほどまでの私と話していたのほほんとした雰囲気からは考えられないくらい、剣呑な空気を纏った袖子さんが捻り上げている他の生徒達を睨み付けている。

 

背の高いモデルのような袖子さんには私と違い異様な圧力があるのか、彼らはたじろぐばかり。

 

そんな彼らを尻目に、捻り上げている腕に力を込めたのか、悲鳴を上げていた男子生徒はいともたやすく床に転がされた。

 

 

 

 

 

「……1年の入校生代表がなんで2年のクラスに乗り込んできてんだ?」

 

「お前聞いてなかったのか? アイツらが嫌がらせ行為をしてたのを止めに入ったんだよ」

 

「アイツらよく過ぎた嫌がらせしてたからな。いじめみたいなもんしてたんだろ」

 

「いきなり暴力を振るおうとしてたよね? え、どうしよう、先生呼んでくる?」

 

「……アイツら恥ずかしいな。注意されて反論できなくて暴力に走ろうとして逆に制圧される。1年の間で話が広がって、2年全体が馬鹿にされるんじゃないか?」

 

「あの金髪……不良みたいだが、素人じゃねえ。勝てんぜ奴ら」

 

 

 

「ふっ、ふ、ふっ、ふざけんじゃねえ! ぶっ殺してやる!!」

 

 

 

 

 

周囲のざわめきが、完全に自分達を馬鹿にするものに変わり始めたことに危機感を覚えた彼らは収集が付かなくなり、そのまま私達に攻撃をしようとして――――そのタイミングで、丁度良く何人もの教師達が教室に飛び込んできた。

 

私達に襲い掛かろうとしている男子生徒達を見て、それから私と、袖子さんの姿を見た教師陣は目に見えて顔色を悪くする。

 

 

 

 

 

「お、お前ら何やってる!? 離れろ! 離れろ!!」

 

 

 

 

 

教師達に取り押さえられた男子生徒達とは違い、特に抵抗するそぶりを見せない私達は、女性教師に引き離されるまま2年の教室から追い出された。

 

あまりにも大事になってしまった事態に、若干の後悔がズシリと圧し掛かってきた私とは違い、なぜか袖子さんは嬉しそうに私の手を握ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん! そういえば息子の写真も何も見せてなかったな。変に混乱させたようで……何と言うか、本当にすまん!」

 

「それは問題なかったから大丈夫。それに、いじめみたいなのはちゃんと注意したからこれ以上やることは無いんじゃないかな? 流石にあれだけ同級生の注目を浴びて、教師達に暴力を振るおうとした場面を見られて、なにより私と燐ちゃんからいじめをしていた場面を見たって証言があったから学校としても対応しようとするだろうし」

 

「そうか! いやっ、本当にありがとうっ!! 君達に相談して正解だったっ……! これ、少ないけどお礼を……」

 

「……なにこれ? お金? え、いらない」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

「あぶぶぶぅぅ……絶対お父さんに連絡行くよね。やっちゃったぁ……なんで私はこう、アホなんだろう……」

 

 

 

「……いや、確かに何を渡すとか、どんなお礼をするとか言ってなかったけど、まさかただ働きさせる見ず知らずの大人がいると思ってたの? 流石に、お金くらいは払うよ。もちろん私が稼げるのなんてたかが知れてるから、少ないけど」

 

「え、いらない」

 

「ん?」

 

「は?」

 

 

 

「考えなしの能無し……これじゃあまだ中学時代の方がマシじゃんかぁ……。2年生どころか学校中に私の話が出回るだろうし、先生達から厳しい目が向けられること間違いなし……ああ……どうしよう」

 

 

 

「…………で、あの子は一体さっきから何を呟いてるの? 1人で頭を抱えて蹲ってるけど」

 

「自己嫌悪だって、私も何に自己嫌悪してるのか分からない。燐ちゃん、カッコ良かったのに」

 

「私の頼みのせいで苦しんでるのか……ほんとにごめんな。ほら、これでいいもん食べな?」

 

「触らないでください、そんなお金なんていらないんですよ。ぺっ」

 

「………………アンタら、ほんとなんなんだよ……」

 

 

 

 

 

意味が分からないと、封筒片手に立ち尽くす汚れた作業着の女性は困惑しきりの表情を浮かべている。

 

この人が変な頼みごとさえしてこなければこんなことにならなかったのにと言う、ただの八つ当たりである。

 

 

 

あれから私達は教師達には色々と尋問される事となった。

 

 

 

知り合いから、息子がいじめを受けているようだから様子を見て欲しいと頼まれた。

 

見に行ったら、ゴミを投げつけられて笑われていた状況があったので止めた。

 

説得したが、激昂したいじめっ子達に暴力を受けそうになったのを、袖子さんが止めた。

 

 

 

要点をまとめると、そんな感じの簡単な経緯を包み隠さず教師達に答えておいたのだ。

 

 

 

別に異能が関わっている訳でもないし、何か悪いことをしたわけでもないのでしっかりと説明したのだが、私達が悪くないと分かる度に、いじめっ子達のクラスの担任らしき人は顔を青くしていき、袖子さんの顔色を窺うようになっていた。

 

見るからに袖子さんの親と衝突は避けたい学校側の心情が透けて見えた。

 

 

 

まあ……だから、袖子さん、と言うよりも袖子さんの父親の不興を買いたくない学校としては、何もしないと言うのはあり得ないし、何らかの処分を私達に下すことも無いとは思うのだが……。

 

 

 

 

 

「とりあえず、しばらくは息子さんの様子をしっかりと見ていてください。あそこまで事態が大きくなってこのままいじめ行為を続行するとは思えないので、解決したとは思いますが……また何かあっても今度はちゃんと教えてもらえるように、疎遠になりかけてる息子さんとの仲をちゃんと深めておいてくださいね」

 

「お、おお……? 急にしゃべるな? わ、分かった」

 

 

 

 

 

事件解決した、とご満悦な袖子さんと、困惑しながらも感謝を伝えてくる江良さんにそれだけ言って私はため息を吐いた。

 

色々あったが、変な頼みごとを早々に終わらせることが出来たことだけは良かった点かなと思い直す。

 

 

 

どうあっても私達がお金を受け取らないと分かったのか、江良さんは困ったような顔をしながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「本当に、ありがとな…………私は見ての通り素行が悪くてさ。若い時にあの子を産んで、色々不便を掛けているし。性別も違うから家族なのにちゃんと話も出来なくてさ。それでも……どうしても、あの子には幸せになってほしくてな。こんな普通じゃない干渉までしちまった……こんな無理を聞いてくれて、本当に感謝してる」

 

 

 

(……)

 

 

 

 

 

そんな女性の言葉に、私も少しだけ心が揺れた。

 

家族とちゃんと話せないなんて、きっとどこの家庭にもあることなのだ。

 

それをどうするかで、きっと状況はいくらでも変えられるのだろう。

 

 

 

 

 

「……まあ、別に良いです。袖子さんも欲求が満たされて満足してますし、私としても得るものがありました」

 

「満足……!」

 

 

 

 

 

しみじみとお礼を言う、もう会うこともないだろう女性に、しっかりと釘を差すことにする。

 

 

 

 

 

「良いですか。どうして私達に相談しようと思ったのか、とか、どうして学校や教育委員会を通さず学生に相談したのか、とか、本当なら色々聞きたいことはありますけど、全部聞かないでおきます。その代わり、次が無いようにしてくださいね」

 

 

 

 

 

やはり隠したい事だったのか、動揺を隠し切れないまま私の言葉に頷いた江良さんをしっかりと見届けて、彼女と別れを告げた。

 

 

 

突然起きた、事件とも言えないような話だったけれども、色々と思うところはあったし、自分の考えを見直すきっかけになった。

 

失敗はしたけれど、この失敗は無駄ではないし、袖子さんが楽しそうだったから良いかと、私は自分を納得させる。

 

難しい家庭事情に首を突っ込むつもりも無いし、面倒な女性の全ての問題を解決するつもりも無いから、これで終わりだと区切りを付けたのだ。

 

 

 

江良さんが私達を頼った理由も何となく分っていることだし、これ以上私に干渉してくるつもりがないならそれでいい。

 

 

 

これから家に帰って、異能に頼らないやり方で、私ももう少しちゃんと家族と話をしようかと考えて、この話はお終い。

 

私の教訓を形作ることとなったこの件は、こうして幕を閉じる訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

少なくとも――――そう思っていた私は、きっと人の善性を近くで見すぎていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめっ……! ごめんなさいっ……!! 助けてっ、あの子を助けてくださいっ……!!」

 

 

 

 

 

その日の夜は大雨だった。

 

知る筈がない私の家まで、夕方別れた筈のずぶ濡れの女性はやってきていた。

 

 

 

時刻は夜中の11時。

 

あまりに非常識な訪問者は、縋るように助けを求めている。

 

 

 

 

 

「なんなんだ貴方は? 何時だと思ってる? 警察を呼ばれたくないなら早く立ち去りなさい」

 

「お願いしますっ……! 燐香さんに会わせてくださいっ……! お願いします!」

 

「何を言って……! 娘をこんな訳の分からない人の前に出すわけがないだろう!?」

 

「死んじゃうんですっ……! このままじゃ息子が死んじゃうんですぅ……!!」

 

「何を馬鹿な……! それなら警察にでもなんでもっ……!!」

 

 

 

「お父さん、その人なに?」

 

 

 

 

 

玄関口での言い合いに、私が部屋から出てくればお父さんは、厳しい顔で私を見た。

 

 

 

 

 

「燐香っ! いいから部屋に戻ってなさい! ……いや、警察に電話してくれ! おかしな人がいると通報してくれればいいから……!」

 

「燐香さん! 息子が帰ってこないの! 明日になったら、息子が死んじゃう……お願い……助けて……」

 

「……」

 

 

 

 

 

今にも泣き出しそうな焦燥とした江良さんの様子に、状況を理解した私は、ぼさぼさの髪を手櫛で整えながら言う。

 

 

 

 

 

「……なるほど分かりました。でも、今日は遅いので後で話を聞くことにします。もう帰ってください。流石に時間が遅すぎますよ」

 

 

 

「そんなっ……今じゃないと――――あ……分かり、ました。また、明日ね」

 

「……え? 帰るのですか?」

 

「……はい、確かに考えてみればこんな夜遅くに非常識でした。迷惑かけてごめんなさい」

 

「い、いえ、分かってくれたなら良いんですが……」

 

 

 

 

 

思考誘導。

 

私の言葉の裏に持たせた意味に気が付けるよう、江良さんに対して行使した。

 

 

 

そして、先ほどまでの鬼気迫る様子からは考えられない程、素直に帰っていく江良さんの背中と、それを不思議そうな顔で見送るお父さんに、2階の自分の部屋に戻って寝ることを伝える。

 

 

 

実際に部屋に戻り、私の部屋の窓を見上げていた江良さんへ向けて、部屋に仕舞い込んでいた小さな頃の雨衣を見せて向かう意思を示し、私は少しだけ時間を見計らってからこっそりと家を抜け出した。

 

 

 

 

 

降りしきる豪雨の中、江良さんは私を待っている。

 

まるで本当に、息子が死ぬ姿でも見たかのように泣きはらした女性がじっと私を待っていた。

 

 

 

 

 

「……で、やっぱり貴方はそういう力を持っているんですね? 世間でニュースにもなった、非科学的な現象の力を」

 

「……分からないの、前に『視た』のはもう10年以上前で……これは、好き好んで使えるものじゃなくて……私も詳細が分からない……」

 

 

 

 

 

暗がりの中でたたずむ女性は、それを使ったばかりなのか、以前よりもはっきりと出力を感じ取れた。

 

 

 

 

 

「私は人の死が……未来が視えるの」

 

 

 

 

 

傘もささずに話す彼女は、私が注視しなければ分からない程微弱に、だが確実に『異能』の力を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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