非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
感想が返し切れていませんが、徐々に徐々に返していきたいと思いますので、気長にお待ちいただければ幸いですっ……!!
超常現象を知る者
6月中旬。
神楽坂上矢は病院を退院し、職場に復帰していた。
“千手”による怪我が完治したわけではないが、日常生活を送る上で問題ないと判断されたため、溜まっている軽い事務作業の消化のための様子見を兼ねた臨時的な職場復帰。
そのため、神楽坂は所属する交通課の指定されている席で、延々と書類仕事に励み続けていた。
だが……神楽坂がいくら無言で事務作業に取り組みたくとも、久しぶりに職場に戻って来た彼に絡みに掛かる者はいる。
「神楽坂さんさー、やっぱり悔しかったりするんですか?」
「……何がだ?」
「いや、国際指名手配犯を捕まえたのに賞状1つでない訳ですし? 掛けられていた賞金も一銭たりとももらえない訳じゃないですか? おまけに、他の人は手柄上げてる神楽坂さんを差し置いて出世していくわけですし、やっぱり思う所くらいありそうだなーと」
隣の席に座る、同じ交通課の藤堂が神楽坂にそんなことを聞いてくる。
世界的な指名手配犯を捕まえたことになっている神楽坂には、その前後の問題行動と合わせて複雑な感情を向ける者が多い。
藤堂もそんな感情を持つ者の1人かと思った神楽坂は、視線すらやることなく返答する。
「興味ない……が、それは俺個人としての考えだ。傍から見れば不公平な状態になっているんだろうとぐらいは思う。今後の奴らの為にも、これを恒例化させるべきでないともな」
「…………ふうん。神楽坂さんって本当に、損ばっかりする性格してますよね」
何だか様子がおかしいと、神楽坂は書類に落としていた視線を隣に向ける。
何か思い悩む様な顔をしている藤堂の姿に、神楽坂は作業をしていた手を止めた。
「どうした、何か悩みでもあるのか?」
「え、あ、いや……正直、最初は問題起こした頭のおかしい人って印象を神楽坂さんに持ってたんですけど、ウチの署の刑事課よりもずっと事件解決していく神楽坂さんをちょっとずつ見直してた部分があって……そんな神楽坂さんが、なんて言うか、報われてないのを見ているとモヤモヤし始めたって言うか。……飛鳥ちゃんの件もあるし、俺このまま警察続けられるか、不安になってきてたんです」
「……まあ、飛禅の奴は見るからに優秀だったからな。遅かれ早かれってとこはあっただろ。指導担当だったお前としては、面白くないだろうが」
神楽坂へ向けられる好奇の目。
だがそれも、氷室署で起きたもう一つの大きな事件によって幾分かは緩和されていた。
もう1つの事件とは、飛禅飛鳥の退院明けに告げられた異動の話。
急遽新設された警視庁公安部特務対策第一課への転属通知だった。
本部が管轄する新設部署への異動など、栄転以外の何物でもない。
「いや、嫉妬とかじゃないんですよ。多分ですけど……。飛鳥ちゃんが栄転するのは良い事ですし。新設部署への異動なんて大変なんだろうなとも思いますから」
「あの新設された部署は、ICPOが世界に向けて発信した『非科学的な現象』への対策を、警視庁が形として世間にアピールするためだけのものだろう。実情、何してるか分からんが、まともな活動はしちゃいないと思うぞ」
「そうなんすか? ……いやいやっ、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて! その『非科学的な現象』が存在すると認めてウチが対策を取るなら、ずっと前からそれを口にしていた神楽坂さんこそその部署に置かれるべきじゃないんですかね!? 飛鳥ちゃんは優秀ですけど、まだまだ新人ですよ!? 基本をもっと学んでからでも遅くはないでしょうに!」
「あー……まあ、そうだな。そういう考え方が普通だよな」
飛禅飛鳥は優秀だ。
警察学校ではかなりの好成績を残していたし、交通課での仕事ぶりも様々な人物を見て来た神楽坂をもってしても評価する点ばかりだった。
だが、それだけ優秀だったとしても、傍から見れば活動が分からない新設部署へ新人を異動させるなど、本来であればあり得ない。
異能と言う才能を知らない視点から見れば、だが。
(……十中八九、ICPOから推薦があったんだろう。飛禅の奴、異能を見られたって言ってたし、ICPOへの勧誘も断ったと言う話だから……日本の警察で、厚遇措置や特別対応を取って異能持ちである飛禅に首輪を付けるよう話があった、こういったところか。あとは……実際、異能が関わる事件は同じ異能持ちをぶつけるのが何よりだと言うのは、俺も身をもって経験している。そういう事件を本気で相手にするなら、あいつ以上に新設部署に適した奴はいないだろうからな)
「俺は良いんだよ。実際、どんなに即した発言をしていたとしても、組織を引っ搔き回してる訳だからな。警察と言う縦社会、独断専行する奴が一番厄介に思われる。だから、藤堂。お前も出世したいなら、下手に自分の意見を前面に出すなよ。目を付けられる以上に出世の邪魔になるもんはない」
「……なんて言うか……神楽坂さんってほんと、自分勝手な人ですね」
呆れたような顔でため息を吐いた藤堂は、もう私物が全く無くなってしまった飛鳥の机を一瞥してから、自分の仕事に戻った。
「……自分勝手、か。よく言われるさ」
神楽坂はそんなことを言って、自分の携帯に届いたメールを思い出す。
植物状態で入院している元恋人の両親から、婚約破棄と続けている仕送りの件について話があると、自分勝手な行動をするなと、何件も連絡が届いている。
「少なくとも、俺が捕まえるべき奴を捕まえるまでは、これは変えられない」
佐取燐香と言う、神楽坂が知る限りこれ以上ないほど超常的な力に対して見識を持っている少女が言った、“白き神”とは別の、自身の過去に関わる異能持ち。
ずっと追って来たそいつが今もどこかで私腹を肥やしているのなら、神楽坂は止まるつもりはなかった。
異能と言う才能を持つだけの少女を事件に巻き込んでいる自分が、寝たきり状態の元恋人との婚約を一方的に破棄した自分が、他人想いの良い人間なんて、今更そんなことは思っていない。
1人で異能の関わる事件を解決出来ない自分が、縋りつくようにどうしようもない事をしていると自覚しながらも、神楽坂はもう覚悟を決めている。
全ての責任を持つことになったとしても、自分に残ったものを全て失うとしても、少女を事件に巻き込むなんて道徳的に許されないことに手を染めても、全てをやり遂げると決めていた。
(見てろよ……必ず奴は……)
そんな風に、睨むように虚空を見詰めた神楽坂が、目の前の仕事をさっさと終わらせてしまおうと手を伸ばした時、突然彼の背後に1人の男性が近付いてきた。
そっと近付いてきた人の気配に、思わず素早く振り返った神楽坂の目に入ったのは、どこか見覚えのある歳若い男性だった。
「――――お久しぶりです神楽坂先生!」
「先生……? お前、伏木か?」
ビシッと敬礼する男を見て、神楽坂は目を見開く。
随分前に、警察学校に臨時講師として訪れた時の学生で、神楽坂に何かと懐いていたのがこの伏木航(ふしき わたる)だ。
当然、氷室署で勤務している者では無く、ここ数年間連絡すら取っていなかった。
久しぶりに会った伏木は、以前よりもずっと大人びた顔つきになっていて成長を感じさせ、神楽坂は思わず立ち上がる。
「久しぶりだな。何年ぶりだ?」
「ええっと、学校以来ですし確か5年ぶりですかね。神楽坂先生にまたこうして会えて嬉しい限りです!」
「何度も言わせるな、先生は止めろ。お前ももう学生じゃないんだからな。ところで、お前は確か本部の部署にいた筈だが、なんでここに? まさか氷室署に異動って訳じゃないだろう?」
「はい! 神楽坂せん、えっと、任された仕事の件で神楽坂先輩に話があってですね……」
「俺に? なんでまた……」
「先輩が優秀なのは俺らの同期全員が知るところですし、その……俺、ある一件を任されたんですけど、正直、これどうすればいいか迷ってて」
眉を寄せた神楽坂に、周囲をチラリと見渡した伏木は神楽坂の耳元にそっと口を運んだ。
「……実は、『非科学的な現象』に繋がる可能性がある指示を受けたので、協力してもらいたいんです。この件に詳しい『佐取優助』って言う、人物がいるらしいんですけど」
「…………佐取、優助?」
‐1‐
「ぜひゅー……ぜひゅー……」
休日の早朝、私は日課にしているランニングを終えて、家の前で息を整えていた。
最近は暑くなってきたし湿度も高いので、普段以上に息は乱れ、汗は酷い。
まだ1500m程度しか走ってないのに……、なんて思いながら、運動後の体操をして体の調子を整える。
(つ、疲れた……でも、走れるようにはなってきてる。私の体力って底の抜けたバケツだと思ってたけど、ちょっとずつ体力ってつくものなんだなぁ……)
自分の成長を実感しつつも、神楽坂さん考案の体力増強メニューを今日もこなしたことに満足する。
継続は力なり、つまり継続する私は偉いのだ……褒めてくれる人は滅多にいないけど。
ふと、この前の不良集団を一瞬で叩きのめした神楽坂さんの動きを思い出す。
グルグルと肩の調子を確かめながら、ちょっと神楽坂さんのパンチの真似をしてみるがやっぱり私のパンチは、見本にしたものとは似ても似つかないヘロヘロパンチだ。
こんなのを打ってどうこう出来るのは線の細い同年代までだろう。
トレーニングの先はまだまだ長いのだろう。
そして……あんまり気は進まなかったが、私が所持するもう一つの武器のチェックも、実は走りに行った際にやって来た。
(試してみたけど……伸びてたなぁ、私の異能の距離)
前まで、指向性を持たせない無条件下での私の異能の距離は球状に半径500mが限界だった。
だが、今日の試行では500mを越えて、およそ750mまで範囲が拡大されていた。
異能の成長。
いや、生物の能力なのだから、複数回限界まで使っていれば酷使した体力や筋力のように成長もするだろうが、それにしたってこれは伸びすぎだ。
およそ1.5倍。
恐らく、対象に出来る人数もそれくらいは増えている筈である。
“千手”に行った思考誘導の末期状態に持っていくことも、以前よりもずっと早くに行える……と思う。
(前は5分。今は何分だろう? 誰かに試そうとして簡単に出来るものじゃないし、正確には分からないけど……多分4分は切るかな……)
グニグニと手を握りながら、私は成長を始めた自分の異能に危機感を覚える。
確かにこれから先、“白き神”を犯罪の道に引き込んだ悪人が日本に潜んでいてそれと対峙する可能性があるなら、私の異能が成長するに越したことは無い。
だが、私の異能の成長は同時に、昔の私に近付いていることを意味している。
異能を、悪意を持って暴走させていた、独善的で、傲慢で、全能感に酔いしれていたあの暗黒時代に戻ってしまったら、今度こそ私は家族にすら異能の手を向けかねないのではないかと言う恐怖があった。
ふと、“千手”の言葉が蘇る。
『そう不安がるな、俺達皆がそうだ。異能を与えられた人間全てが、出来ない人間を見下している。俺達は俺達同士でしか分かり合えない。どこまで行っても異能を持つ者は持たない者と分かり合うことは出来ないのだ。たとえそれが家族であろうとも、な』
「……気持ちを強く持て私。私はアイツらとは違う」
自分の顔を叩いて気合を入れる。
あんな人殺しと一緒にされるなんて、心底不愉快な話である。
確かに暴走していた時代もあったが、アレはあれだ、人の暗い部分を見すぎて拗らせた、中学生がよく陥る病気が重症化した結果だ。
こんな善良で可愛い天才少女を捕まえて何を言うかと言いたい。
私は良い子、私は良い子、と呪文のように繰り返しながら、空を睨んだ。
色々お願いしてきたのに、神様は私の願いを1つだってまともにかなえてくれない。
反省して大人しくしたんだから、代わりにしっかり私の周りを平和にしてくれればいいのにそれすらしてくれない。
ここ最近何度周りで凶悪事件が起こったことか……神様の怠慢が酷すぎる。
神様がそういう態度なら仕方がない、私にはもっと頼れる大人がいるし、すっごい力もあるのだ。
神頼みなんてしないで、これからは自分の力だけで何とかしてやる。
そう決意を新たに、私は家の中に戻った。
まだ日も昇らないくらいの早朝だから誰も起きていないだろうと思っていたのだが、そんな私の予想は外れ、家の中ではお父さんがリビングでコーヒーを啜っていた。
「燐香。お帰り、今日もランニングをしてきたんだね。最近、随分と頑張ってるね」
「あ、ただいま……あれ? 今日も仕事なの?」
「うんそうなんだ。急な仕事でね、昼前には帰ると思うんだけど、会社には行かなきゃいけなくなっちゃったんだ」
「そうなんだ……頑張ってね」
「うん。ところで燐香、聞きたいことがあるんだよ。目指してる大学とか、将来やりたい仕事とか、もう決まってるかな?」
「え?」
予想外のお父さんの質問に少し戸惑う。
とは言え、私だって全く考えていなかった訳ではないので、すぐに返答した。
「大学には行くつもりない、かな……今は、高校卒業したら仕事見つけて、働こうって考えてる」
「そうか……うーん……もちろん悪くはない、悪くはないんだけど……」
私には『人の精神に干渉できる』力があるから、それを活用できるものであれば、いくらでも仕事に困らないだろう。
例えばちょっと前までは活発にやっていたSNSを使った、精神医の真似事なんて、その筋ではちょっとした知名度があったのか有名人が客としてくるほど繁盛していた。
既にちょっとやそっとでは困らない程のお金は稼げているし、きっと軌道に乗らないなんてこともないと思うのだが……。
そんな風に考えていた私の人生設計だが、異能を知らないお父さんにとって私の言葉は不服だったようで、少し難しい顔をした。
「……燐香はとっても優秀だから、やりたいと言うなら留学したって良いし、外国の大学にだって行っても良いよ? 無理に働かなきゃいけない理由なんてないんだから、もう少し学生として色々学んでほしいと、お父さんは思ってるんだけど……」
「え、う、うーん……別にやりたい事ないしなぁ……」
「…………うん、なら丁度良かった。お願いがあるんだけど」
出勤準備を終えているお父さんは何かを思いついたのか、出社用の鞄を漁りながらそんなことを言ってくる。
お父さんが私に頼み事をしてくるなんて、珍しい事もあるものだと私は首を傾げる。
私にこうして直接何かを頼んでくることなんて滅多にないのに、とお父さんの次の言葉を待っていると、お父さんはお金の入った封筒を取り出した。
「このお金をね、優助に届けて欲しいんだよ。3か月分の仕送りのお金なんだけど、急な仕事が入っちゃって行けなくなっちゃったから。様子見も兼ねてさ、頼めるかな?」
「え゛っ……」
思わず汚い言葉が出た。
自分がどんな顔をしているか分からないけど、絶対に笑顔ではないことだけは確かだ。
私の顔を見たお父さんは、困ったように笑いながら、頼むよ、と言ってくる。
「優助と仲が良くないのは知ってるけどさ。そろそろ1年以上口も利いてないし、仲直りしたい、とは燐香も言ってただろう? これを機に、ちゃんと仲直りをして欲しいんだよ。2人とも、2年前のその喧嘩の詳細を教えてくれないから、碌に仲裁も出来ないしさ」
「お兄ちゃんと……私、仲直りしたいって言ったっけ?」
「言ったよ。燐香は準備が完璧じゃないと動かない欠点があるからね、桐佳みたいにちょっとは突撃してから考えることも覚えなきゃ。ほらこれ、ちゃんと渡して来たらお小遣いも上げるから、少しは高校生らしいお洒落な服でも買うといいよ」
「……あ、お父さん。私、今日ちょっと、体調が悪いかも……」
「元気にランニングしてきて何を言ってるのさ、行きなさい」
「あううう……」
くしゃくしゃー、と表情が崩れていく。
兄の事は別に、嫌いではないが、あの一件の後となると顔が合わせ辛い。
喧嘩の理由はお兄ちゃんが悪いが、先に手を上げたのは私だ。
私も反省しなければならない部分が多々ある訳で……そうなってくると、お兄ちゃんがどんな対応してくるかで、私も意地を張りかねない気がする。
……でもまあ、ちゃんと言葉にして分かり合わないと、今のこの擦れ違いがもっと大きく拗れてしまうかもしれない。
そう考えると、お父さんのこの提案は、良い機会と捉えることが出来る訳である。
…………心の準備は出来ていないが。
「わかったよぅ……行ってきます……」
「うん、頼んだよ燐香。あんまり優助が酷いことを言うようなら、無理しないで戻っておいで。それで、仲直り出来たら、大学での事とか聞くと良い。もしかしたら興味が持てるかもしれないからね」
「はぁい……」
こうして、私の不用意な言動で今日の予定が決まった訳だ。
……神様、今からでもお父さんの仕事の予定を無くしてくださいお願いします。
私のそんな祈りも、勿論神様は叶えてくれなかった。