非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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それぞれが向かう方向

 

 

 

 警察官が私の家へと踏み入り、発狂していた男の身柄を取り押さえてから、私と妹の桐佳は警察署で別々に分かれ話を聞かれていた。

 状況等の簡単なものだなんて説明をされたが、いまだに顔色悪く恐怖から立ち直れていない桐佳にはあまり多くを聞かないでほしいと伝え、大部分は私が説明することとしていた。

 妹の心理状態を気遣ったのもあるが、私にとってはそっちの方が都合がいいからだ。

 

 

「――――なるほど、じゃあ佐取さんは妹と部屋にいたとき男が家に押し入ってきて、薬か何かをやっていた男の意味不明な行動を見ていただけで怪我等はしなかったと」

「ええはい。そうなんです、信じられないかもしれませんがそれ以上に言えることが無くて」

 

 

 勿論、私の異能に関することは省いて、あの男がおかしくなったのはあくまで最初からだと一貫する。

 

 おどおどと、出来るだけ動揺している様子が相手に伝わるように演技しながら。

 対面に座るおじさんの視線が痛いのを気にしないようにしつつ、同じ部屋にいる婦警さんが涙ぐみながら私に同情の念を抱いているのを確認しほっとする。

 暴漢に襲われた後の少女の様な演技だが、正直そこまでうまくやれている自信はない。

 それでもこんなに簡単に私の証言を信じるのは、やはり家に不審者が入ってきた被害者の少女、と言うフィルターが強いのだろう。

 

 

「それで……ふむ、男と君の間に面識等は無いと捉えていいんだな?」

「はい、まったくありません。妹と二人で部屋にいたときに足音が聞こえて、お父さんではないなと、様子見に行ったらあの人が……」

「恐かったよねぇ、もう大丈夫だよ、ここには貴方を傷付ける人はいないからね……もう良いんじゃないですか神楽坂さん、これ以上未成年の被害者に色々聞いて負担を掛けるのはどうかと思いますよ」

「……それもそうだな。済まない、そろそろ終わりにするか。悪いが妹さんを呼びに行って貰っていいか?」

「はい、今は温かい飲み物を飲んでもらっているから食堂にでもいると思います。ちょっと行ってますね」

 

 

 よほど同情を誘えたのか、婦警さんはおじさんに聞き取りの早期終了を進言し、別室にいる桐佳を呼びに部屋から出て行った。

 深い追及もなく、覚悟していたおじさんからの疑いの目も予想よりもずっと軽い。

 何とかやり過ごせたかと一息ついたところで、おじさんは思い出したように呟いた。

 

 

「それにしても……バスジャックの時も思ったが、本当に常に目が死んでるんだな」

「……死んでませんが?」

 

 

 危なかった。

 もう少しでおじさんに異能を使って、私の目がきらきらして見えるよう洗脳するところだった。

 変なことを突然言わないでほしい。

 

 

「それに、前の時は事情聴取に当たらなかったから分からなかったが、君は高校生なんだな……もう少し下だと思っていたよ」

「花の高校生ですが? 何処見てるんですか? まさか私の身長じゃないですよね?」

「あ、違う。すまん。ほら、顔が少し童顔気味だからな。精神的にはかなり大人びていたし、どれだけの年齢か見当がつかなかったと言うか……」

 

 

 なめとんのか。

 ギリギリと歯ぎしりをする私に、おじさんは慌ててフォローを入れるが今更遅い。

 

 確かに私は世間一般で言う低身長に該当する。

 けれどまだ高校生、十分成長の余地はあるのだ。

 中学二年生の時に成長が止まってしまったからと言って、これ以上成長しないと言うことは絶対にないのだ。

 しかも人の身体的な特徴をあげつらうなんて最低だ、このおじさんにはあとで絶対報復する。

 私は大人だから異能は使わないけれど、さっき妹を呼びに行った婦警さんにおじさんにえっちな目で見られたとでも言っておいてやる。

 

 私の機嫌が猛烈な勢いで悪くなり始めているのに気が付いたらしいおじさんが、慌てて姿勢を正す。

 

 

「待て待てすまん。変なことを言ったな、うん」

「は? 別に怒ってませんが?」

「完全に怒ってるじゃないか……あー、そ、そういえば妹さんはある程度落ち着いたみたいだぞ。向こうは君の要望通りそんなに深くは事情を聞かず休ませているし、ご家族の方々にも連絡は済ませている。もう少しでお父さんが警察署に着くそうだから安心してくれ」

「…………それは、良かったです。いろいろとありがとうございました」

 

 

 正気に戻る。

 おじさんは失礼な人だが、確かに私達の危機にいの一番に飛び込んできてくれたのだ。

 それに、私のお願いに応えて妹への聴取も控えてくれている。

 感謝するべき要素は一杯ある、だから今はそちらを優先するべきなのだろう。

 

 

「いや、君たちは被害者で怖い思いを一杯しただろう。配慮するのは警察としてではなく大人として当然のことだ。こうして気丈に協力してくれている君に感謝されるほどのことなんてしていない」

「む、むむ……」

「話を聞いた限り、君が妹を守るために尽力したのはよくわかった。君の行動を軽率だと、部屋にこもって助けを待つべきだったと俺の立場なら本当は言うべきかもしれないが、まあ、それは大人びている君なら自分でもよく分かっているだろう。こうして色々話を聞いてきたが、俺が君に言うのは一つだ……」

 

「君が無事で良かった、それだけだな」

「お、おじさん……」

 

 

 目のことや年齢で勝手に怒っていた私との器の違いをまじまじと見せられた気がする。

 「おじさんじゃないんだが……」とボヤいているが、そんなことよりも私は先ほどまでのおじさんに向けていた自分自身の恨みを恥じる。

 

 

「……おじさんは良い人ですね」

「あの、おじさんじゃないんだが。まだ28歳なんだが」

「おじさん。おじさんが今本当にやりたいのはこんな姉妹が襲われたなんて言う事件じゃなくて、もっと違うことの筈なのに……」

「何を言うかと思えばそんなことか……事件に貴賤はない。そこにいるのは加害者と被害者だ。俺は被害者を救いたくて警察になった、解決する事件を選ぶなんてことは絶対にしない。それだけだ」

「――――それは……それはとても……尊い考え方だと思います」

 

 

 この人は善人だ。

 間違いなく、私がこれまで会ってきた中で誰よりも、正しいことをしようとする人なのだろう。

 意志も強く、強靭な精神を持ち、屈強な肉体を保っている。

 非常に優秀な警察官。

 様々な事件を解決しうる要素を兼ねそろえた、丁度いい人材。

 

 少しだけ、迷う。

 

 今回の事件のように、周囲の犯罪が多発してそれが解決されていなければ、多くの犯罪に紛れて欲望を発露しようとする不届き者が出てくることも否めない。

 目下目障りなのは世間を騒がせる『連続児童誘拐事件』。

 あれをこれ以上放置することは私に不利益しかもたらさないと、今回の件で思い知った。

 だから私にとっても、穏便かつ迅速に、この事件を終わらせる必要が出てきた訳だ。

 

 ……いや、信用するにはまだ早い。

 このおじさんがどれくらいの能力を持っているのかまだ未知数だし、“読心”で得た情報をおじさんに伝えるにはまだ深層の人間性が判明していない。

 

 

「……さて、ここからは少し、あり得ない様な話をするんだが……何の心当たりもなければ、馬鹿な男の妄想だと聞き流してほしい」

「はい」

 

 

 来た。

 流石に近くで二回も異能を使えば、超常現象を疑うのは目に見えていた。

 

 

「……この世に科学では証明できない力があるとして、だな。それを公に公開するのは本人にとって色々と不都合があると思うんだ。きっとこれまでそれで収益を得ていた者もいるだろうし、人間関係を保っていた者もいるだろう。俺はそれを一概に責めるつもりは微塵も無いと……そう、言い切ることは恐らく出来ないが、一定以上の理解をするつもりではある」

「……」

「俺は他の人に言わないでくれと言われれば誰にも言わない。これ以上深入りしないでくれと言われれば首を突っ込むつもりも無い。警察官として失格だと言われても、俺はその一線は絶対に超えることはないと誓う。……俺は、科学では証明できない力で罪を犯して誰かを傷付けている奴だけは、誰かの命を奪ってノウノウと生活を送っている犯罪者が、どうしても許すことが出来ないんだ。……もし、もし何かしらそういった事情に心当たりがある誰かがいるなら、どうかお願いだ」

 

 

 協力してほしい。

 警戒していた私の考えに反して、彼が言ったのはそれだけだった。

 

 頭を下げたおじさんに対して、私は何も言わない。

 肯定も否定もしなかった。

 捉えられ方によってはめんどくさいことになるかも、なんてことが頭を過ったが何も言わない。

 協力しないと決めていても、何となく、善意しか向けていないこの人に嘘だけは吐きたくなかったから。

 

 

「――――と、独り言はここまでだ、すまんな。妙なことをぶつぶつと」

「……いえ」

 

 

 私はぼんやりと、顔を上げて優しい笑みを浮かべるおじさんを眺めながら、首を振った。

 

 本当にこの世の中は、ままならないものだと思う。

 

 

 

 

 ‐1‐

 

 

 

 

 『連続児童誘拐事件』が今世間を騒がせているが、同じように世間を騒がせて結局未解決となった事件は結構存在する。

 『北陸新幹線爆破事件』『針山旅館集団殺人事件』『薬師寺銀行強盗事件』など、ぱっと思い付くだけでも多くの未解決事件があり、今なお捜査が続いているものもある。

 

 昨今警察の信用は地に落ちた。

 メディアや新聞、はたまたネットの至る所で小馬鹿にされている理由はそんなところにあるのだ。

 解決出来ない事件が増えた、と言うよりも、警察の手が及ばない事件が情報社会となった弊害で明るみに出始めたのかもしれない。

 一部の、それこそテレビに出てくる犯罪評論家といった内情を知る者はこの国の警察を評価しているようだが、そんなものでは今のこの警察に対する逆風は収まらない。

 当然だろう、解決されないと言うことは、怒りの矛先を向ける相手が見付からない被害者が存在するのだ。

 その人達の怒りの矛先は自ずと、事件を解決させられない警察へと向くことになる。

 そして、警察憎しの風潮がある今の世間の中では、少しでも警察に不快感を感じれば、それを声高々に発信する者が現れる。

 

 

「ほんっと警察使えないっ! なんなのアイツら、こんな長い時間私達を拘束してさ、結果何もしないで終わりとか何考えてるの!? そんなことする前にちゃんと危ない奴捕まえてよ! 刃物を持った奴が家に侵入してるとか、一歩間違えればお姉がっ……私が死んでたじゃん!!」

 

 

 私の隣で騒いでいる妹も警察に不信感を持っている側だ。

 いや、不信感と言うよりも周りがそうだからそうなのだろうと信じ込んでしまう子だ。

 妹は直ぐに世間の空気に流されやすく単純、悪く言うとバカ。

 警察署でこそ縮こまって居たが、いざお父さんが迎えに来て帰れるとなるとこうして元気に文句を言い始めた。

 典型的な他人に厳しいダメな子だ。

 気の弱いお父さんが、まあまあと妹をおさめるものの大して効果は見られない。

 それどころか妹がキツい眼差しを向けるものだから、反抗期の娘に嫌われたくないお父さんは直ぐさま腰が引けてしまう。

 

 

「お父さんは分かってるの!? 私達女の子しか居ない家に変態が侵入したんだよ!? 普通なら被害が出てておかしくないし、しっかりと犯罪を防止できてなかった警察は責められるべきでしょ!? 取り返しの付かないことになってたんだよ!?」

「それは、そうだけどさ。ほら、結果的に乗り込んで助けてくれたわけだから、そんな責めるようなもの言いしなくても……」

「お父さんは何でもかんでも甘すぎるのっ!! 私達がどうなっても良かったって言うの!?」

 

 

 さらに上の怒りのボルテージがあるのか。

 顔を真っ赤にする妹の攻勢に、困ったような顔をしたお父さんがこちらに助けを求める視線を向けたのを受け取る。

 

 

「ほら桐佳、お父さんが困ってるでしょ。私達が運良く助かったのを喜びはしても、今誰かの責任だって責めるのは良くないよ。やるんだったらせめて、家に防犯用のものを増やそうとかそう言う対策の話をしよう?」

「お姉って本当に合理的なことしか言わないねっ!! もうっ、その話はいいっ!」

 

 

 私の言葉にグルリと勢いよく振り返った妹は気炎を上げながら、私に詰め寄ってくる。

 

 

「それよりお姉っ、私を部屋から出ないように言って自分は犯人と向かい合ってたってどういうこと!? それで私を守っていたつもりなのっ!?」

「あー……守るというか、行動を制限させていたっていうか。あの人の行動、要領を得なくて訳分からなかったから、目標を定めさせてた方がやりやすくて」

「嘘ばっか!! お姉のそういう所ほんとに大っ嫌い!!」

 

 

 プリプリと怒っている妹の様子に心底困ってしまった私とお父さんが思わずお互いの顔を見合わせる。

 父親の顔を見れば、眉が下がり、口角も下がり、どうしていいか分からないと言わんばかりの表情がある。

 お父さんに似ているとよく言われるが、今のこの表情もそっくりなのだろうか。

 

 

「ぶふっ……!!??」

 

 

 私達の表情を見て噴き出した妹はヒクヒクと口の端を震わせながらそっぽを向いて、先頭を歩いて行ってしまった。

 ……恐らく今のは、私とお父さんの表情が全く一緒のものになっていたのを見て噴き出したのだろう。

 自覚はないが、私と父親は同じような表情をよくするらしい。

 小さい頃、それでよく妹は笑っていたから間違いない。

 

 少しだけ機嫌が直ったような妹の背中を眺めながら、お父さんは小さな声で話し掛けてくる。

 

 

「……ともかく、お前達が無事で本当に良かったよ」

「……心配掛けてごめんねお父さん。お仕事途中で抜け出してきたんでしょう?」

「なーに、娘達に何かあったと聞いたら仕事に手が付かなくなるから、結局居ても意味が無いさ。早くお前達の無事な顔も見たかったしな」

「……うん、ありがとう」

 

 

 嘘だ。

 お父さんは切り替えが出来る人だ、無事と連絡を受けていればわざわざ確認なんてしなくても大丈夫なはずだ。

 わざわざ来てくれたのは、きっと、私達の為でしかない。

 

 

「最近物騒だからな、桐佳じゃないけど警察はあまり信用できないし、防犯用品を揃えておかないといけないかもだな」

「……あ、そういえば熊用スプレー使っちゃったんだ。お父さん、私熊用スプレー欲しい」

「……年頃の娘に熊用スプレーをねだられるのって、何か違う気がするんだけど……」

 

 

 あれは意外と高価なのだ、ねだれる時にねだっておきたい。

 あれの強力さは証明されたわけだし、なんて思う。

 

 これからきっと必要になる。

 ここ最近多発している事件は突発的で、動機なんてあってないようなもので、大きな悪意が後ろにあって、それでいてきっと科学では証明できない。

 だから、きっとこれは警察やお父さん、桐佳では何の対応もできないから。

 

 

「――――お父さん、もしかしたら、これからもっと危ない世の中になっていくかもしれないけどさ」

 

 

 前を駆けながらチラチラと私達の様子を窺う妹の後ろ姿を眺め、私はお父さんに話し掛ける。

 

 もしかするとこの先、さらに危険が身近に迫ってくる可能性がある。

 犯罪事件がそこらで発生している今、本当に安全な場所なんてどこにもないし、きっとこれから危険な目にあうことにもなるかもしれない。

 だから、これだけは言っておかなければならないと思う。

 

 

「私達はずっとこのまま、何気ない毎日を過ごそうね」

 

 

 ――――その為に不穏分子は私が全て潰そう。

 

 言葉にしない決意は私の胸の内にしまい込んで。

 優しく頷くお父さんと、結局足を止めて私達を待つ妹を追いかけて、そっと私は二人の手を取った。

 

 

 

 


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