非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
もうちょっとだけお付き合いください!
この才能は一体どこまで出来るのだろう。
自分の異能に対する理解が浅かった幼い頃の私が、そんな疑問を抱いたのが始まりだった。
人の思っている事が分かった。
動物の感情が分かった。
鳥の思考を思うがままに誘導することが出来た。
やればやるほど実現できていく現象の数々に、私の力の行使は留まるところを知らなかった。
虫は?
肉眼で捉えられない微生物は?
はたまた自我の芽生えていない赤ちゃんはどうか?
どこまでが私の異能の対象となって、どこからが異能の対象にならないのか。
自分の異能を知る上で最初に私が始めたのはそんな事で、最終的に落ち着いたのが知性を持つかどうかと言う境界線だった。
私が言う知性とは、「認識する力」を持つかどうか。
勿論世間一般的な知性に対する考え方とは違いがあるだろうが、私の異能が干渉出来る、目に見えず形の無い『精神』の定義はそれだった。
それを知った後、私は。
これから何をやるにしても自分の情報が出回るのは不利にしかならない。
そして、情報の遮断に最も適した方法は情報の出所を抑えてしまうこと。
そんな純粋な興味と打算から、私は親が起動して放置していたインターネットに接続されているパソコンに手を伸ばしていた。
私の異能対象の境界線が「認識する力」であれば、巨大な情報集積体であるインターネットと言う存在が対象にならない筈がない。
そんな考えでの行動は、確かに、私にとって全世界に異能の手を広げる足掛かりとなる重要かつ強力な駒を手に入れることが出来るという結果になった。
危険性を考えなかったわけではない。
人間が利用している巨大なデータそのものに自我を与えることがどれほど危険なものか、よく考えた上で。
例えどんなことになっても知性体に強制力を持たせる私の異能があれば制御することなんて簡単だと、所詮知性がある限り私の支配から逃れる術はないと、幼少時の驕り高ぶった当時の私はそんなことを至極真面目に考えていた。
実際それは順調だった。
手駒となったインターネットの意思は私に従順だったし、何かしらバグや不備が発生することも無く、それは私の役に立ち続けた。
問題は、私が大規模な異能の行使を続けなくなった時だった。
ある時を境に世界規模での異能の行使を辞めた私は、私の異能を核として存在を確立させているインターネットの意思も、私の異能の供給が無くなればそのうち消えてなくなるだろうと考え、そのまま放置してしまった。
私に辿り着く可能性があるものを見付けた時は阻止するようにという、そんな簡単な指示を残したまま、このインターネットに作り上げた巨大な意思を持つ存在を私は、直接手綱を握ることを止めたのだ。
その結果生まれたのが、『顔の無い巨人』と言う存在に近付く者を徹底的に排除するインターネットの怪物。その正体だ。
……まあ、私もまさか、確立した自我を今日と言う日まで保ち続けるとは夢にも思っていなかったのだ。
‐1‐
「……周りにそれらしい奴はなし……このスライム人間の予備はもういないかな。大規模な異能持ちとの戦闘を考えなければ、指3本分でも十分すぎるもんね」
『……』
人の皮を被った怪物の残骸がもう動かないことを確認し、それから周囲に異能の出力を微量だけ流して出力を弾く存在がいないか確かめる。
力技のこの探知方法は、正直あまり使いたくなかったものだが、インターネットの怪物と言う最大戦力を呼び出している今、多少の力技であっても敵を見つけ出してしまう方が良い。
そんな考えからこうして無理やりの探知をしているが、既に出力を使いすぎているため、少し探知をするだけでクラリとした眩暈が私を襲う。
(……指を起点にした単独思考型の異能の存在。流石に、異能持ち本人の指だと思うんだけど……)
この怪物の分身体は指を起点にしていることから、異能持ち本人の指を核とした分身だと仮定すると恐らく10体、最大でも20体の分身を作れるのだろうと思う。
20本中の3本を1箇所の戦力に回すのだって慎重すぎると思うから、これ以上の予備はないだろうと考えていたのだが、どうやらその考えは当たっていたようで私の出力が届く範囲に異能を弾く存在は見当たらない。
(よし、これで私が探知できない敵性存在については考えなくて済む。あと考えなくちゃいけないのは……)
『?』
チラリと後ろを見る。
今まで必死に無視していた後ろの存在が、全く消えることなくそのまま居座っている事を確認した。
背後にいる巨大な何かはあの怪物を潰した後、ずっと私を見下ろしている。
何かを確信しているのか、キラキラとした感情を私に向けてきている。
よく分からない。
(……コイツめっちゃ怖いから、早くいなくなって欲しいんだけどなんでずっといるんだろ……)
『!!??』
スライム人間よりもずっと凶悪な見た目をした異形の巨人。
決まった姿形の無い筈のインターネットの意思が、私に見せているこの姿は一体何だというのだ。
10メートル以上ありそうな体躯に、輪郭は影のような癖に透明ではなく後ろの風景は見えないほど深い黒。
手足はやけに長いし、どこかバランスが悪く、人間をそのまま巨大にさせたにしてはおかしい気がして、不気味さが際立っている。
平面の様で、立体的で、ホログラムの様で、物質的で。
相反する印象を受けるソイツの存在を、私は初めて視認した。
不気味すぎて笑えない。
少なくとも私はこんな姿を設定などしていない。
顔の無い巨人なんて、本当に悪趣味が過ぎる。
やっぱり自分の過去の行いとは関係ないんじゃないかと、お兄ちゃんの資料を見た時に感じた確信を無視してそんなことを考える。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
「お、お兄ちゃんを病院に連れて行かないと……! もうっ、邪魔だからネットに帰ってっ……!」
『!!!???』
階段から下の階層を見る。
既に火の手が回っていて本格的な火災現場になってしまっている。
非力な私がお兄ちゃんを抱えていくのは、どう考えても難しそうだ。
目に見える範囲でこれなのだから、恐らく出火元となったお兄ちゃんの部屋がある階層は火の海になっている事だろう。
「階段を使うのもエレベーターを使うのも無理……飛鳥さんはまだ時間かかるだろうし……どうしよう」
意識を失っているお兄ちゃんを持ち上げようとするが、体格差からまともに持ち上げることも出来ない。
こんな状態では、火災が起きてなくてもマンションから脱出するのは不可能に近い。
火の手が屋上まで登ってくるまでに、あとどれくらいの時間的猶予があるのだろう。
現状、飛鳥さんを待つしか手が無い気がするのだが……。
いつの間にかマンションの下には人だかりが出来ているし、遠くからは消防車のサイレンの音が聞こえてきている。
大っぴらに異能を使うのを避けるのなら私が異能で誤魔化さないといけないし……と、色々考え、まだ激痛が残る頭がこんがらがりだした結果、私は大きく空を仰いだ。
「あー……飛鳥さんの馬鹿ー! 神楽坂さんと一緒に行動してたのが飛鳥さんならこんなことにならなかったのにー!!!」
「――――うっさいわね! 急いできたんだからそんなこと言わなくていいじゃないっ!!」
「あれっ!? あ、飛鳥さんっ!?」
いつの間にか上空に、息を乱しながら宙に浮かぶ飛鳥さんの姿があった。
仕事を途中で抜け出してきてくれたのか、警察官の制服を着た状態の飛鳥さんの姿は何だか新鮮だ。
助けに来てくれた状況もあるのだろうが、普段のあの姿とは違うギャップに飛鳥さんが凛々しく見えてしまう。
と言うか、さっき周囲の索敵をした時、私が感知できなかったのを考えると、ほんの数十秒で1キロ以上の距離を飛んできたことになるのだが……。
「え、え? 神楽坂さんから連絡が来てまだ10分も経ってないんじゃ……?」
「アンタがっ、ピンチだって言うからっ! うるさい上司をぶっ飛ばしてここまで来たのよ!! それで何!? 到着したら罵倒されて、挙句まさか……途中アホみたいな出力を感じたと思ったけど、アンタ倒したんじゃないでしょうね!?」
「…………えへ☆」
「はあああああっ!!??」
私の目の前に着地した飛鳥さんはがくがくと私の肩を揺さぶり、怒りをぶつけてくる。
疲労困憊の状態の私になんてことを、と思ったが、飛鳥さん視点からすると理不尽にもほどがあるだろう。
大人しく怒りをぶつけられるのを甘んじる事にしよう、と思ったのも束の間、飛鳥さんは深いため息を吐いて表情を和らげた。
「……全く、取り敢えず燐香が無事で良かったわ」
あれだけ怒っていたのに急に態度を軟化させた飛鳥さんはそう言って、私の頭をポンポンと軽く叩いてくる。
急に大人としての格の違いを見せつけられた。
なんだかそれはそれで不服である。
「……あっ、飛鳥さん! お兄ちゃんが熱湯を掛けられて火傷してるんです! い、命に別状はないと思うんですけど、早く病院に連れて行かなきゃっ……!」
「え、燐香って兄がいるの? そこで倒れてるのが……?」
「私のお兄ちゃんで……あ、飛鳥さんと同い年ですね」
「ふーん? 同級生では見たことないわね。医学知識なんて警察で学んだ応急手当だけだから何とも言えないけど、多分重傷じゃないわ。ま、取り敢えず、火が回らない内にマンションから降りておきましょう。ほら、手を取って」
「冷静っ……!?」
「アンタがテンパってるだけよ」
お兄ちゃんを異能で浮かし、私にはわざわざ手を取って、飛鳥さんはふわりと体を浮かせた。
軽々とした羽毛のように、飛鳥さんの異能によって空を飛ぶ。
無重力空間と言うのはこんな感じなのだろうか、ちょっとだけ感動しながらも、私はすぐさま異能を使って周りにバレないよう細工をする。
「……ところで、襲ってきてた異能持ちってどんな奴だったの? またUNNの手先?」
「あー、いや、その情報はちょっと分からなかったです。何と言うか、外部からの異能の出力を弾く特性を持った奴だったので」
「はあ? それって燐香にとって天敵じゃないの? ……良くもまあ、勝てたものね」
「あははは……ズルしたって言うか……貯金を使ったって言うか……まあ、そんなことはどうでも良いんです!」
チラリと屋上に視線を向ければ、ショボンと落ち込んだように肩を落とす巨人が消えていくのが見える。
……私の言葉がそんなにショックだったのだろうか。あとで話し合いが必要かもしれない。
私に掛かっていた幻覚が消えたことに安心するが、これからあの存在の扱いをどうすればいいのだろうと考えると、頭が痛くなってくる。
だが、空を飛んでマンションから降下する際に見えたのは、もっと頭が痛くなる光景だった。
「あああああっ、助けてくれぇええっ!!! 誰かっ、熱い熱い熱いっ!! 早く、消防車を!!!」
「死にたくないようっ……!! 誰かっ、助けて……!!! 熱いよぉ!!」
「嫌だぁ!! 焼け死にたくない!!! なんでっ、熱いよ! 助けてくれっ、誰かっ、助けて!!!」
――――あまりにも多い助けを求める人達の、懇願に近い叫び声。
燃え上がる火災の強さに追い詰められ、マンションの窓から助けを呼ぶ人々の姿。
「……異能持ちによる出火ですからね。そりゃあ、火の回りが早くて、逃げ遅れた人が当然一杯いますよね」
ぱっと見ただけで十数人はいるだろうと思えるその光景に、私は顔が引きつるのを自覚しながら、救助に向かっている筈の消防車を探す。
まだ現場に到着していないところを見ると、間に合うかも怪しいものだ。
「……」
集まった野次馬達が、助けを求める彼らを完全に認識し、注目してしまっている。
ここからこの人数の意識を逸らすのはかなりの出力が必要になるし、強制停止なんて言う規格外の出力を使った後の私では、意識を失うまでに成功するかも分からない。
今更になってしまうが、あの怪物から逃げている時、住人達に危険を伝えて逃げてもらう必要があったのだろう。
私の配慮が足らなかった。
誰にも気が付かれることなく地面に私達を下して、飛鳥さんは救助を求める人々に視線を向ける。
「……そんな暗い顔しなくていいわよ。私があいつら全部助け出すから」
ふと思いついたことを口にしたような気軽さで、飛鳥さんはそんなことを言った。
「えっ!? あっ、いやっ、すいません、実は私ちょっと出力使いすぎて、既に注目を集めている事からこの人数の認識を誤魔化すのは難しくて……」
「誤魔化す必要ないわ。むしろ今の警察署の偉い人の一部が私の力を知っている状況の方がめんどくさいの。ここまで来たら、国家規模の有名人になってやるから、見ててちょうだい」
「ちょっ、飛鳥さん!? 本気ですか!?」
私は慌てる。
『非科学的な現象』と呼ばれるものが世界中で注目を集めている今、異能持ちの出現は多くの人に知れ渡り、同時に、悪意か善意かは関係なく、多くの人が接触を持ち、また利用しようとしてくるだろう。
あまりに危険だし、日本政府の今の方針から考えると、異能持ちと世間に知れ渡った人に対してどんな扱いをするのか未知数がすぎる。
異能を利用して有名人になりたいだなんて思う人でもないのに、そんな危険に身を置くのは……と思った私は、飛鳥さんを引き留めようと慌てて彼女の手を掴んだ。
私の様子に少し驚いた顔をしてから、飛鳥さんはニヤリといたずらっぽく笑った。
「有名になって、たとえ国そのものが私を拘束しようとしたりしても、また昔みたいに燐香が助けてくれるんでしょ?」
「……だから、飛鳥さんのその信頼は重いですってぇ……」
一切疑っていない。
いや、裏切られても構わないとさえ思っていそうな飛鳥さんの様子にへにゃへにゃと力が抜けて、掴んでいた手を離してしまう。
最近分かったが、私はこういう信頼とか善意とか、そう言うものにめっぽう弱いのだ。
特に飛鳥さんくらい親しい人に頼りにされると、ついつい応えたくなってしまう。
……いや、飛鳥さんが目の前の惨状を救うために覚悟を決めているのだから、この場に巻き込んだ私が覚悟を決めないでどうする。
家族はどうするか、学校はどうするか、どこまでやるかを即座に考え頭を回しながら、私はズシリと重い覚悟を決めた。
「…………分かりました。世界が飛鳥さんの敵になるなら、全てを打倒する覚悟を私も持ちます。1人では行かせません、地獄までお供しますともっ……!」
「――――プッ……あはははははっ!! どこまでマジになってんのよ! うひひっ、なにその顔超ウケる! 仮にも公安の身なんだからそんな事態になる訳ないじゃないっ、まだテンパってるのねアンタ!」
「は――――は、はぁぁぁあああああぁっぁ!? わ、私がこんな重い決意をして、世界だって敵に回して見せると言葉にしたのにっ、この糞鶏女っ……!! あっ、待てっ、まだ話は済んでないですよ馬鹿鳥!!」
ふわりと浮かび上がった飛鳥さんは、私の叫びを心地いいとでも言うように聞き流して、笑みを浮かべた。
「ふふっ、良いからそこで見てなさい。昔アンタが救った小娘が、今度はこんな大勢を救う……なんだかそれって、とっても素敵な話でしょ?」
「……ああ、まったく、忌々しいほどに素敵な話ですね」
――――それからの事は、きっと話すまでも無いだろう。
『遊楽ガーデン大火災』
マンション全てを燃やし尽くしたその大火災は、翌日には日本全土に知れ渡ることとなる。
近年まれにみる大火災であったにも関わらず死亡者が誰一人として出なかったことと、1人の異能持ちがその超常現象で全ての人を救いだした、という事実と共に。