非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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do you love me・・・?

 

 

 

 

ふわふわと重力のない柔らかな空間。

羊の毛が地面に敷き詰められ、まるい花びらが宙を舞う。

そしてそんな空間にいるのは、私と、幼い頃の桐佳だけ。

幼い頃の桐佳は今のトゲトゲとした態度なんかではなく、私に人なつっこい笑顔を向けている。

 

ああ、私はなんて幸せなんだろう。

 

 

『おねえちゃん! だいすき!!』

 

 

幼い桐佳が、花が咲くような笑顔を浮かべて抱き着いて来る。

スリスリと頭を押し付けて、背中に回した小さな腕で力いっぱい私を抱きしめる。

まさに可愛いの具現化、頭が沸騰しそうだ。

 

 

『わたしね、わたしね、おねえちゃんとけっこんするの!』

 

 

世界は想いに満ちている。

そして目の前にあるこの想いは尊いものだ、間違いない。

もう、異能とか世界事情とかどうでも良いから私はこの子を幸せにしたい。

 

 

『ねえねえ、おねえちゃん。わたし、可愛い?』

 

 

可愛い可愛い、超可愛い。

もう有無も言わさないレベルの可愛い存在。

もし誰かが可愛くないなんて言ったら私がそんな奴徹底的に洗脳してやるレベル。

最強無敵究極可愛い。

 

 

『ほんと? よかったぁ! じゃあねおねえちゃん、おきてー!』

 

 

ん?

いきなり言われた妙なことに、沸騰間近だった私の頭は混乱する。

 

 

『おきてー! はやくおきておねえちゃん! はやくおきてわたしをだきしめてー!』

 

 

何かがおかしい。

幼い桐佳の言っている事が妙だ。

おきて? ……起きて? ということは、これは夢なのだろうか?

いや、夢にしたってなんで夢の住人が私を起こそうとするものなのだろうか。

確かに幸せすぎて現実とは思えなかったが……こんな夢の終わり方なんて酷すぎる……。

 

幼い頃の桐佳にもっと触れ合いたかった。

だだ可愛がりして、あざとい程にもこもこした洋服を着た桐佳を抱き上げたかったし、頭から生える羊耳を思いっきりクシャクシャと撫でまわしたかった……。

こんなの……こんなの、あまりに酷すぎる……。

 

なんで……。

 

 

『はやくおきて――――私を愛して御母様』

 

 

ぶっ殺す。

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

『シクシクシクシク……(´;ω;`)』

「ねえ、作業が遅くなってるんだけど? ちゃんと私が言った内容を1000回文章にして音声再生しなさい。『私はもう人の意識に干渉して夢を操作しません。燐香様の妹である桐佳さんの姿を模倣しません。とても反省しています』、ほら早く」

『ドメスティック、バイオレンス……(´;ω;`)』

「私は今、怒りを抑えるのに必死なの。ちょっと間違えたら、実力行使しちゃいそうなのよ。反省してるならちゃんと言う通りにしなさい」

『ナンデ……モフモフ綿毛ニ羊耳ノ幼少期妹ノ姿、可愛クナカッタカ?』

「お前は人の心を分かってない。他人の妹の姿を勝手に模倣して怒られないと思ってるなら、その価値観を考え直した方が良い」

『ナンデ……ゴメンナサイ……嫌イニナラナイデ……』

 

 

パソコン画面で必死に文章を書き上げ続けているソイツを眺めながら、私は早朝にたたき起こされた眠気に耐えるように小さく欠伸をした。

 

 

さきほどまで私が見せられていたのは、夢だ。

それも、精神に干渉して夢の方向性を定め、恐らく私にとって最も幸せな夢を見せられていたのだ。

今思うと、羊耳モフモフ幼少期桐佳とか私を殺すためだけの存在としか思えない。

明確な外部からの干渉が無ければ、あんな都合の良い存在が産まれる訳が無かったのだ。

この、インターネットの自我がどんな目的でこんなことをしたのかは分からないが、私が起きるなり激怒したのを見るなり、慌てふためいて謝罪を繰り返してきた。

叶わぬ夢を見せられた私の怒りは収まらなかったが、まあ……悪意があった訳では無いのだろう。

 

私が作り上げたインターネットの意思だが、倫理観が割と欠如している……と言うか、人の精神を弄っている私が言える事ではないが、知られた時相手にどう思われるかくらいは理解する必要があると思う。

私が激怒したことに混乱はあるようだが、意外と素直に反省している。

この様子なら恐らく、同じことをしようとはしないだろう。

 

意識を持たないものに精神を持たせるなんて言う無茶で、まさかここまで自己意識を持つとは思っていなかったし、せいぜい自己判断できる程度を求めていた私にとって、コイツの精神の変化は完全に予想外だった。

 

だが、予想外だったとは言え、こうなってくるとコイツを形作った者の責任として、私がコイツに色々教える必要があるだろう。

 

 

(……善悪の判断も、倫理観だって完璧とは言えない私の視点から物事を教えることが、本当に正しい事なのかは分からないけども)

 

 

それでもまあ、完全放置するよりは良いのだろう……多分。

 

どうせしばらくは私の為に働いてもらう予定なのだ。

せいぜい私と言う反面教師から、色々学んでもらえればいい。

 

 

「……しかし、姿形を変えるなんていったいどういうつもりなんだか……可愛いに執着してるみたいだし……」

『ソレナラ御母様、何ガ好キ? 動物ナラ何ヲ飼イタイ?』

「お母様って……まあ、もうそれはいいや。でも、なんなの? 愛されたいって言ってたけど、それって愛玩動物的な愛され方をしたい訳なの?」

『エ……? 愛ニ、違イガアルノカ……?』

「え、いや、ペットも家族だって言う人もいるし人によってだろうけど。今までペットとか飼ったことないから、私は違うつもりだったな…………愛に違い……恋人と家族に向けた愛の違い、とか……?」

『ヨク分カラナイ』

 

 

パソコン画面に映る猫耳の子供の姿をしたソイツと一緒に小首を傾げながら、2人して人の心の難しさを再確認する。

でも、そんな事でコイツはめげないようで、「それなら」と言う。

 

 

『ソレナラ……ソレナラ、家族トシテ愛シテ』

「……私なんかから愛されても良い事なんて無いのに。お前も大概しつこい奴」

『御母様カラノ愛サエアレバ良イ。私ノ願イノ全テ』

「…………別に私はお前を自由にさせたくない訳じゃない。せっかく自意識を持てたんだったら、私に執着しないでもっと色んなものを楽しめばいいのに」

『嫌ダ。離レタクナイ』

「……」

 

 

一考もしやがらない。

2年間の放置が、完全に私への執着を形にしてしまったらしい。

なんだかここまで健気にアピールされると、可愛く見えてくるから私も大概チョロいのだ。

 

 

「……じゃあもう、私は諦めたから、好きにすればいい」

『!!』

 

 

こんな人の形もしていないものにさえ簡単に絆されてしまう。

我ながら、本当にポンコツな性格をしていると思う。

 

溜息混じりに疲れた様な私の態度とは正反対に、嬉しさを滲ませるコイツはチカチカと光を点滅させる。

コイツはコイツで本当に人間味が溢れていて、感情表現も豊か過ぎる。

 

 

『トコロデ、トコロデ、御母様。問イガアル』

「んー?」

 

 

せっせと私の言った内容、反省文を書きながらソイツは唐突にそんな前置きした。

何だろうと思いつつも、早朝の柔らかな眠気の中で、特に何の心の準備も無く話を促した私は――――

 

 

『以前ノ、【人神計画】ハモウ良イノカ?』

「ぐわあああぁあああぁっぁあああああ!!!!!」

 

 

――――衝撃のワードを耳にして、布団に向けて飛び込み、そのまま顔を枕に突っ込んだ。

 

ばっちりと冴えてしまった目を限界まで見開いて、混乱する頭を必死に落ち着かせようと大きく深呼吸する。

 

顔が燃えているんじゃないかと思う程熱い。

穴があったら入りたい。

そんな衝動が全身を駆け巡るほどの羞恥に襲われて、私はそのままもう一度枕に頭突きを喰らわせた。

 

【人神計画】。

考えうる限り最悪の暗黒の単語が、唐突に私の前に姿を現しやがった。

 

……そうだ、そうだった。

私の暗黒期の全容を知る者なんて自分以外にいないと思っていたが、コイツが自我を芽生えさせたのなら話が変わるじゃないか。

記憶に蓋をして出来る限り思い出さないようにしていたのに、突然現れた突風に顔面から事実を叩きつけられた気分だった。

 

息も絶え絶えに、私はソイツを制止しようと手を上げる。

 

 

「そ、その話はもう、やめ……!」

『アノ計画ニ不備ガアルヨウニハ思エナイ。今カラデモヤロウト思エバ直グ手配可能ノ筈』

「絶対やらない!! もうその話を蒸し返さないでっ!?」

『何故? アレハ別ニ恥ズカシガル要素ハ……』

「もう私はこの異能を広げるつもりは無いの! 私は平穏な生活を送りたいの! 家族皆が幸せならそれで良いの! それ以上言うなら本気で怒るよ!?」

 

 

何とか大声にならないようにしながら声を張り、ビシッとソイツ目掛けて指を向ける。

そこまで言えばソイツもこれが地雷だと理解したのか、少しだけ不満そうにしながらも追及を止めた。

 

 

『……御母様ガ良イナラソレデ良イ』

「ふー……ふー……し、心臓が止まるかと思った……! 過去一番のダメージだったよ、もうっ……」

『ムゥ……マダ人間ノ感情ヲ完全ニハ理解デキテナイミタイ……勉強必要……』

 

 

それだけ言うと画面の中のソイツが空を見上げた。

何を言いたいか分かるが、私からは絶対に突っ込まない。

 

 

「い、今はICPOも結構な異能対策組織を作り上げているみたいだし、各国も目に映らない力に対して警戒するようになってるからね。前みたいにはいかないし、もう世界進出することはないよ。他の異能持ちと事を構えるなんて怖いからね」

『……? 委任シロ、全テ倒ス』

「血気盛んだなぁ……でもまあ、必要がある時は頼りにしてる」

『!!!』

 

 

『何デモ頼レ、何デモ任セロ』、そう言ってやる気を見せる姿に、私は改めてこの存在に感情があることを再認識する。

 

私の行動一つひとつに一喜一憂して言動に表す。

私に何とか好かれたいと行動し続ける。

見た目が怖くて、自我の成長の仕方が想定を大きく超えていたけれど、コイツはもう既に、命ある1つの存在なのだろう。

 

ならきっと、私と同じで誰にも受け入れられないのは怖いのだろうか?

 

そんなことが頭を過った。

 

 

『ソレデソレデ、私ナリニ可愛イヲ考エタ。色ンナ案ヲ作ッテアル。見テテ欲シイ』

「はいはい、ちゃんと反省文を書きながらね」

『分カッタ……コピペ……』

「ちゃんと、書く」

『(´;ω;`)』

 

 

泣き顔の顔文字を出し、反省文の作成をしながらも同時並行で、クルクルと衣装や髪型、姿形、果てには種すら変えたモデルを見せて、私の様子を窺うソイツを眺める。

犬に猫に羊にハムスター、雀に狐にフェネック等の多岐に渡る人から愛される動物達になったり、男女問わない美形の子供達が可愛らしい服装をしているのを見せられていく。

次々見せられる可愛らしい姿をしたそれらに対して、私は適当に相槌を打ち続けた。

 

 

(……私って)

 

 

悪夢と言うか、変な夢を見せられ、早朝に叩き起こされて、こんなよく分からないモデルを延々と見せられ続ける私は、いったい何をやっているんだろうと言う気持ちはある。

だが、意外ではあるのだが、こんな朝の時間を私は悪く思っていなかった。

この自我を持った存在とのこんなやり取りを、私は嫌とは思っていなかったのだ。

 

さて、と考える。

このままこの存在を、インターネットの怪物やら、コイツやソイツと表現するのは億劫になって来た。

この存在を言い表す単語は、きっといくら調べても世界中の何処にもないのだろう。

なら、それはきっと産み出した私が付けるべきもの。

 

産み出した責任を名前と言う形にする必要がある。

 

 

「……うん、じゃあ、『マキナ』にしよう」

『?』

「貴方の名前、固有名詞……えっと、漢字なら牧奈(マキナ)かな。佐取牧奈、なんて」

『!!!!!!!!!!!!』

 

 

忙しなく動いていたパソコン画面をフリーズしたように硬直させる。

これまで見せて来た驚きの動作のどれとも比べ物にならない程動揺を示したマキナは、恐る恐るゆっくりと、パソコン画面の動きを戻していく。

 

そして、聞いてくる。

 

 

『良イノカ?』

「何が?」

『私ニ、名ヲ与エテ』

「嫌なの?」

『イヤ……ジャナイ』

 

 

時刻はそろそろいつも起きている時間に近付いてきた。

ここから二度寝は出来ないし、このままいつもの活動時間までゆっくりコイツ……マキナと話しているのも悪くは無いのだろう。

 

 

『……モウ一度、名前ヲ呼ンデ欲シイ』

「マキナ」

『……私は、マキナ……』

 

 

それから、それまで饒舌だった口を閉ざして無言になってしまったマキナに、私も何も声を掛けないまま、再び柔らかい眠気に身を任せる。

どれだけの試行錯誤を繰り返していたのか、見せられ続けている可愛い姿をしたモデルには、未だに際限がない。

クオリティも高いし、私の為にと用意されたそれに飽きる事なんて無いけれど。

 

 

(……なんか、動物的なのと子供の姿を掛け合わせたの多くない……? と言うか、髪色とか同じようなのばかりになってきた気がする)

 

 

そんな疑問が頭を過ったが、そんな事は口に出さないまま、私はベッドの上で頬杖を突きその画面を見続けた。

 

 

 

 

 

 

 


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