非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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暗闇を渡る

 

 

 

 

ICPOの対異能犯罪についてのイロハを伝える人員を必要人数だけ警察署に残して、飛鳥と“紫龍”と言った異能持ちと、選出されたそれ以外の少人数は目的地である病院へと向かっていた。

 

人数は、ICPOから6名と警視庁から6名の総勢12名。

それぞれの現場における指揮官を任されていたルシアと柿崎は目的地へと向かう車内で、情報の共有の為に資料を片手に話をしていた。

 

 

「『泥鷹』? ……正直、聞いたこともない名前だが……」

「ええ、まあ。世界に悪名を響かせるテロ組織とは違って、狡猾で、異能による科学的な証明の困難な行為を行っているので、一般的な認知はされていないのは当然です。……ですがそうですね、その危険性は以前説明した“顔の無い巨人”……失礼、“白き神”の方ですが、アレ単体に匹敵しかねないものだと我々は判断しています」

「……組織単位の危険性が個人と同等と言われても危機感を感じねェな」

「あ、柿崎さん貴方、“白き神”の凶悪さを分かっていませんね? ……あれにどれだけ私達が手を焼かされたことか……。洗脳に次ぐ洗脳、実行犯を捕まえても本体に繋がる情報が何一つなく、最悪捕まった瞬間隠し持っていた爆弾を抱えて自爆しようとまでするから、馬鹿正直な身柄の確保も出来ない。世界中にばら撒かれていた洗脳のトリガーであるDVDで、奴自身が動かなくても、奴の手足は無限に増えていくと言う悪循環。……あのエレナ女史が杖を叩き折った回数は、もうホント数えたくも無いくらいです」

「あー……軽率な発言だったな」

 

 

ゲッソリと、魂が抜けてそうな顔で反論したルシアに、さしもの柿崎も素直に非を認める。

 

割と、ではあるのだが、“千手”、“白き神”の関係で顔を合わせているこの2人のやり取りに剣呑さはなかった。

以前の車両による“白き神”の襲撃の件で、多少の不信感はあれど、お互いの性質を理解している分まだ親しみやすくはあるのだ。

 

 

「それで、そんな危険な奴らを相手にするにしては少し戦力が足りねェんじゃないか? 連れて来た化け物染みた力を持つ奴が1人だけなんて、事情を知らない俺からしても見込みが甘いと思うが?」

「……その、化け物、なんて言い方は絶対にレムリアの前でしないでください。それと、レムリアは私達の中でも、こと戦闘能力においては間違いなく最高クラスの力の持ち主です。“千手”程度であれば一蹴できるだけの力を持っています。忠告しておきますが、異能持ちの強さは見た目で判断できません。貴方の様な屈強な肉体を持っている人ほど、見くびり簡単に命を落とすんです」

「ふんっ、肝に銘じておく」

 

 

以前“千手”に成す術も無く無力化された経験のある柿崎は、ルシアのその言葉に忌々しそうに眉を歪めながらも大人しく彼女の忠言を聞き入れた。

 

柿崎は言動こそ荒々しいが、その本質は酷く理性的。

力に物を言わせるだけでは勝てない相手がいると言うのは、既に同期の神楽坂と言う男で散々味わっているのだ。

 

そして、理性的であるからこそ、現状の警察組織ひいては日本政府の対策の遅さに苛立ち、ICPOのこの見通しの甘い人員派遣に苦言を呈す。

 

 

「だが、異能持ちだなんだは知らないが、お前らが連れて来たのは年端も行かないガキだ。能力は一級品だろうが精神面には問題があるだろうが。海外の糞ったれテロ組織連中を相手にするなら血を見ることになるのは確実、それでも問題ないとお前らのトップ連中は考えてるのか?」

「……貴方は優しい人なんですね。いえ、実のところこれは、とある情報網から入った可能性の話なんです。奴らの計画の内の1つ程度で、どちらかと言えば徒労に終わる可能性の方が高い」

「どういうことだ?」

「現在、判明した奴らの本拠地制圧を私達の最大戦力で当たっているんです。ですから、ジェット機を所持していたとしてもそれに乗り込むのを許さないですし、逃走先に奴らの地盤が全くないこの国を選ぶメリットはほぼ無い筈。つまり、奴らの組織が完全壊滅するまでの間の護衛。予防の策の中でも優先度は最低に近い、それが私達の立ち位置です……とは言え、気を緩めないようこの事は部下達には話していませんが」

「なるほどな」

 

 

納得のいく答えに柿崎は頷いた。

あくまで自分達の役割は本命では無く予備、であればICPOから派遣されたこの戦力の少なさにも納得がいく。

どれだけICPOが異能持ちを抱えているのかは知らないが、数少ないだろうその1人を送ってくれただけ幸運だったのだろう。

 

 

(……とは言え)

 

「異能とやらを使っての移動の可能性は無いのか? どれだけの利便性があるのかは知らないが、海や山を越える力を持っている奴がいてもおかしくはねェんだろ?」

「ああ、それは問題ありません。私達の情報網は彼らの中核に根を生やしているので、彼らが持っている異能持ちの情報を、こちらは全て把握しているんです」

「内偵か」

「ちょっ……そういうことはもっと小さな声でっ……!」

「はいはい」

 

 

掴み掛らんばかりの勢いで詰め寄ったルシアは、めんどくさそうにため息を吐いている柿崎を睨み付けた。

予定通りであれば、そう時間も掛からず壊滅する組織ではあるのだが、こういう情報の取り扱いには細心の注意を払う必要がある。

そして、そのことも充分理解している柿崎はすぐに話を変えた。

 

以前彼らが日本に来た際に説明された、例の最悪の異能持ちの件を。

 

 

「――――それで、お前らの宿敵についての捜査は進んだのか?」

「……進む訳ないです。“白き神”とは別人だと判明した今、ここ数年全く活動していない事が確定したあの存在の足取りを追うことは不可能に近い。それなのに、アレを信奉する人々は年々増え続けています。日本ではそれほどでもないかもしれませんが、国外では潜在的なものも含めれば既に一つの国が作れるほどの人数になっていると思われます。ある意味テロ組織よりも厄介な集団ですよ」

「“顔の無い巨人”か……お前らの話を聞く限り、相当厄介な存在だな」

「ええ。ですから日本で確認された“液状化する人型の異能生命体”の存在を聞いて、その関係者かとも思ったんですが。まあ、流石に情報が足りませんね」

「今現在活動していないなら後回しで良いだろ。それに、犯罪を一切合切無くしたと聞く限り、それほど害があるようにも思えねェしな」

「そんな簡単な話じゃないんですよぅ……」

 

 

弱弱しい声を不満げに上げたルシアは手渡していた資料の一番最後の紙を指差した。

それは、およそ3年前に起きていた『三半期の夢幻世界』の推定被害者数が書かれた資料。

 

 

「我々の事後調査で判明しただけでおよそ10億人への異能の干渉。それだけの規模の異能の出力があったにも関わらず、出力の出先が全く分からない異常性。精神干渉系とは思われるものの、それだけでは説明のつかない現象の数々。我々は世界の全てをコイツに支配されかけていたにも関わらず、未だにコイツの異能の正体さえ掴み切れていないんです。分かりますか? コイツが世界を滅ぼそうと思うだけで、今の私達は抵抗する術も無いまま滅ぼされる可能性があるんです」

「…………これは、確かに……」

「こんなのを世間に公表したら民衆はパニックになること間違いないですし、どんな諍いや暴動が起きるか予測も出来ません。……柿崎さん、反対意見はいくつもありますが、私の見解としてはこの存在は日本にいるんじゃないかと考えています。証拠も何もありませんが、原因不明の“千手”の弱体化、最高クラスの危険度で我々が一切足取りを追えなかった“白き神”の撃破、これらの出来事は生半可な人物では成し得ない、偉業と言っても良いものです。こんなのを並大抵の異能持ちやただの一般人が成し遂げられるとは思えません」

 

 

ルシアの言葉に柿崎は目を見開いた。

話で聞いても現実味が沸かなかった存在が、もしかすると自分達の住む国にいるかもしれないと聞いて、戦慄した。

 

だが、確かにそうだ。

柿崎が何も出来ないまま無力化された“千手”を、いくら神楽坂と言えど異能と言うデタラメを持っていないで捕まえられるなど考えられない。

神楽坂の境遇から考えて、神楽坂自身や彼の身内にその存在がいるとは考えにくいが、どこからか干渉があった、と考えるのは納得がいく。

 

神楽坂は利用されたのだろう、徹底的に身を隠している怪物の風除けとして。

 

 

「……そうなると、この件が終わったら本格的な調査を日本でやるのか?」

「そんな訳ないじゃないですか!? 何の情報も抵抗手段も持たない今、下手な刺激をして我々を敵だと認識したらどうするんですか!? 一網打尽も良いところですよ!? だからこそ今回の人選は何とかレムリアにしてもらったって言うのにっ……!」

「耳元で怒鳴るなっ……! 分かったからっ……!」

 

 

それにあくまでこれは私の勝手な推論ですし、ICPO内では色々反対意見も出されて全然私の意見なんて聞き届けてもくれないですし……、と早口でぼそぼそと呟いているルシアを柿崎は不審なものを見るような目で眺める。

 

きっと色んなストレスを溜め込んでいるのだろうが、うわ言のように対策を呟いているルシアの姿は一種のホラーだ。

やはり、普通の犯罪事件を解決するのとは違って、異能とやらが関わる犯罪の解決は色々と面倒な手間が掛かるらしい。

 

 

(……こういう手間が掛かるのは性に合わねェんだよ……まあ、警察内に潜む奴を叩き出して、綺麗にするまでは大人しくしておくがよ)

 

 

車窓から、近付いて見えて来る目的である病院に目をやった。

今回の警護で警視庁から派遣された6名の中に伏木航のようなスライム人間がいるのかはまだ分からないが、実は柿崎は既に、その存在の当たりを付けていた。

 

 

(……今のところ一番怪しいのはあの浄前の野郎だろ。神楽坂が公安を担当していた時の直属の上司もアイツだった。あの一件に異能とやらが関わっているなら、状況的にアイツ以上に怪しい野郎は居ねぇ。奴の家のガスメーターの確認は済ませたから、それの消費具合を見て確証を取りてェが……今回こっちの派遣に無理やり自分を組み込まなかったのは解せない。そもそも敵は1人とは限らない。既に他の成り替わりを用意している可能性もある。気を付けねぇと……)

 

「……あの、もしかして怖がらせすぎましたか? 大丈夫ですよ、なんだかんだここ数年大規模な活動はしていないですし、もしかしたら色々深読みをし過ぎていて、過去に世界を征服しようとした“顔の無い巨人”は何かしらの事情で亡くなっている可能性だってありますから。そんなに怖がらなくても……」

「――――誰がビビってるって?」

 

 

難しい顔で黙り込んだ柿崎に、何かを察したような優しい笑顔を向けたルシアが慰めの言葉を掛けてくる。

 

だが、それは流石に柿崎のプライドを刺激した。

額に大きな青筋を浮かべた柿崎の、文字通り鬼の様な形相を見たルシアは、蛇に睨まれた蛙のように全身をビキリッと硬直させた。

ルシアは数々の凶悪な人相をした犯罪者を知っているが、その中でも柿崎のそれは別格だったのだ。

 

 

それから。

 

無事に目的地である病院に辿り着いたルシア達は運び込んでいた機器の調整を行いながら、各々の任務ごとに分担し迅速に警護体制を確立した。

ルシアは傍受されない特別な通信機を使用して、海外にいる仲間に状況を報告する。

 

 

「――――はい、はい。了解。こちらも所定の場所に到着しました。レムリア、飛禅飛鳥、“紫龍”、全てが配置を完了しています。これより24時間体制で配置を続けます。くれぐれもご無事で。アブ……いえ、アブサントの事もよろしくお願いします」

『ああ、任せときな。取り敢えずそっちも気を抜くんじゃないよ。情報が全部正しいとは限らない。不測の事態は何時だって突然やってくるものさ。じゃあ、またね』

 

 

通信を終えたルシアが緊張のため息を漏らしながら、用意された応接室に広げたモニターを見回した。

 

どれも異常は見当たらない。

設備はどれも正常に作動しており、病院内に異常があればすぐにでも分かるだろう。

そして、本拠地制圧直前の最後の情報伝達によると、『泥鷹』の人員に欠けは無いらしく、日本に向かって来ている事も無い。

 

ここまで来ると、恐らく避難先の候補としての日本への侵略案は無くなったと思っていいだろうが、通信先のヘレナが言っていたように気を抜くべきではないだろう。

とは言え、少しだけ肩の荷が下りたような気分になり余裕が出たルシアは、緊張した面持ちで待機する者達を安心させようとそれぞれの確認作業を行わせる。

 

 

「Bエリア異状無し、警護対象の身辺もクリアです」

「病院への新規来院者ありました、80代男性、付き添いの40代女性の2名。熱探知異常無し、クリア」

「こちら、上層階の様子もなんら変わりありません」

「今のところ異能の出力は近くにないよ。異能持ち自体発見できず、だよ!」

 

「よし、こちらも順調。そのまま警戒を続けて下さい。各自自身の体調を含めて何らかの異常があればすぐに報告を」

 

 

科学的な最新鋭の機器を利用した視覚、聴覚、熱の3種を用いた警戒。

桁外れの異能持ちである、レムリアによる範囲内の異能持ちの探知。

そして、最低限の人員を各箇所に置くことによる補完を持って、現在この病院の安全は確実なものとしている……筈なのだ。

 

 

(……報告のあった“異能の出力を完全に遮断する外皮を持つ異能生命体”の存在は未だに信じ切れない)

 

 

自分達が持つ異能持ちの常識を超えた存在。

その報告の真偽は置いておいて、信じられないと言うのがルシア達にとっての本音だった。

 

その存在を裏付ける決定的な証拠は無い。

あくまで、その存在の報告は、遭遇したと言う飛禅飛鳥の言葉しか存在しないのだ。

確かに異能が関わったような破壊の痕跡の画像は確認できたが、そんな存在が異能の出力を発していないなど、自分達のこれまでの常識を超えている。

飛禅飛鳥が嘘を言っている、と言う可能性は低いと思っているが、出力を感じ取れない何かしらの誤認識をさせられたと言う方がまだ納得できた。

 

それくらい、出力を感じ取れないと言うのは異能に対する認識の根本に関わってくるのだ。

 

 

(『泥鷹』の制圧が順調な今、不確定要素はそっち……)

 

「……幸い視覚情報を誤魔化されたと言う報告はないから、こうして肉眼による死角の解消と併せて情報伝達を継続して行っていれば問題はない筈……」

「カウントが終わりました。現在の病院内は入院患者を含め121名、全員不審点はありません」

「ええ、ありがとう。それじゃあ注意するべきは外からだけね。皆、気を抜かずに警戒を継続して」

 

 

そこまで言って、ルシアは、そういえば、と“紫龍”に視線をやった。

以前日本で異能犯罪組織に加担し、子供達の誘拐を行っていた実行犯と言うのが彼らしい。

犯罪者ではあるが、異能持ちの人員が圧倒的に不足している日本の公的機関により超法規的ではあるものの、刑期の間の労働として異能犯罪の取り締まりを協力させる、その代わり発生する給金には色を付けると言うものだった筈だ。

 

日本の常識としては分からないが、ルシア個人の意見としては異能持ちの人員が圧倒的に不足している状況で、罪を犯した異能持ちを労働させ戦力として計上すること自体は非常に理にかなっていると思っている。

ただ、組織の内部で反発が起きそうな話なだけに、ルシアは“紫龍”と彼周りの行動を不安に思っていたが、予想に反して従順で、大人しく待機を行っていた。

本当に罪を反省して警察組織に協力するつもりなのだろうか……、なんて淡い希望も沸いて来る。

 

何か彼にも声を掛けて人となりの把握に努めた方が良いだろうか、と考えたルシアだったが、結局それは叶わなかった。

 

 

「――――ルシア」

 

 

ルシアの考えを遮ったのは、レムリアの嫌に良く通る声だった。

普段の子供らしい声質とは異なる、彼の冷酷な部分が浮き彫りになったようなその声に、ルシアは嫌な予感で背筋が凍った。

 

 

「来るよ」

「!!??」

 

 

それは本当に突然だった。

 

何の前触れも無く、物陰にあった僅かな影が急速に色濃く染まっていく。

墨汁を溢したような先の無い黒が床を濡らし、蠢き、その身を溢れ出す。

 

ルシアの脳裏につい先ほどのヘレナの言葉が過った。

不測の事態は何時だって突然。

 

 

「全員、備えてっ……」

 

 

ルシアの声に応えられた者はいなかった。

 

――――世界が黒に染まる。

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

「うん、経過良好。この調子なら来週には通院しなくても良いかもしれないね」

「本当ですか!? ならもう部活に参加しても良いんですかっ!?」

「確か高山君は野球部だったね。来週最後の確認をして、良ければ復帰していいよ。ただし、異常があればすぐに休むこと。プロを目指すにしても、高校野球で辞めるにしても、後に残る怪我なんて悪い要素しかないんだよ。良いかい、多少の無理をしろ、なんて言う君の人生に何の責任も持たない大人の言う事なんて従う必要はないからね。何かあればいつでも私に連絡しなさい」

「分かりました!」

 

 

坊主頭のいかにも野球一筋と言う風貌の少年にそう言い聞かせた神薙の勤務する様子を、直近での警護を任された飛鳥はじっと窺っていた。

警護に就いてからそれほど時間も経過していないのに、彼の診察を受けに来た者は既に二桁に達している。

 

そして、全ての診察相手の名前や症状を正確に把握している神薙の記憶力は、齢90を超えていると思えない程だった。

彼が国内外から“医神”と呼ばれる優秀な人物であることは飛鳥も知っていたが、こういった日常の診察からですら優秀さを確信させるのは流石としか言えない。

 

一見すれば、ただ優し気に微笑むだけの老人にしか見えないのに、である。

 

 

(……“医神”、聖人、医療技術を100年進めた革命者。様々な呼び名はあるけど後ろ暗い事なんて1つも聞いたことが無い人物。あらゆる国境や業界の境を越えて支持されるなんて、どんな裏があるのかと疑ってたけど……こいつ、今のところ医療行為に異能を使っている様子はない。出力も感じ取れないし、まさか本当に異能持ちじゃないの……? もしも、燐香が言ってた液体人間なら話は別なんだろうけど……)

 

 

実のところ飛鳥は、警護対象である彼、神薙隆一郎を異能持ちとして疑っていた。

常軌を逸した成果を上げる人物と言うことは、他の人には無い何かを持っている事に他ならないし、それが異能であるならとても分かりやすい特別だと思ったからだ。

 

飛鳥は理由のないものを信用しない。

だからこそ理由も無く、他の医者よりも優秀な結果を残す神薙をただ天才であると言うだけで片付けるつもりはなかった。

 

 

(話に聞いているあの液体人間の特徴は、体を液体化させ、その液体に、酸性や発火性を付けることが出来る……医療行為に精通する異能とは思えないのが気掛かりね。それに、分身体の核となっていた指も、この人はちゃんと全部あるし……)

 

 

チラリと彼の指を確認して考えを巡らしていた飛鳥に、少年の退出を見送った神薙が振り返った。

 

 

「どうだい。私の勤務風景なんて見てもつまらないだろう?」

「いえいえ☆ “医神”と呼ばれる先生の技術の一端を見れてとても感激です☆」

「そうかね? なんだか気恥ずかしいものだが……私も君の話は聞いてるよ。異能と言う超能力のような力を使いこなす特別な才能を持った人だと。そして、その存在と力を積極的に広報しているとも」

「ええまあ。この前の火災現場で異能を使って救出しちゃいましたから隠し立ては難しいですし、上の方からは警察のPRをしろって色々言ってくるんでー……まあ、公務員の辛いところって言う感じですかね☆」

「上下関係……望まないことをやらされると言うのは辛いだろうね」

 

 

分かるよ、と言って頷く神薙に、飛鳥は小さく息を吐く。

忙しなく、誰が敵か分からない状況での生活は確実に飛鳥の精神を蝕んでいて、こんな風に理解のある言葉や態度を投げかけられるとついつい心を許したくなってしまう。

そしてそれを理解しているからこそ、飛鳥は一呼吸おいて、感情を整理した。

 

 

「……まあ、今回のこの警護任務も想定外ではありましたが、内容が内容ですし、気を抜かずに職務に励まさせていただきます☆」

「ははは、それはありがたい。私のわがままで普通に仕事をさせてもらっているから、あんまりこういうことを口にするのは気が引けるが、よろしく頼むよ」

「はーい☆」

 

 

任された勤めは果たす。

だが、だからと言ってこの警護対象に心を許すつもりは毛頭になかった。

警護の仕事を無事に終わらせ、それまでに集めたコイツの情報を燐香と共有して、それから疑うかどうか決めるとしようと考えた飛鳥は、探知できる範囲内に身元の分からない異能持ちがいないことをもう一度確認する。

 

 

(ここまで異常無し……これっぽっちも不穏な感じが無いのが逆に嫌ね)

 

 

この警戒態勢がICPOによる制圧が終わるまで続くと言うのだから気が滅入る。

これで相手が何度も日本に手出ししてきていた『UNN』と言う組織ならまだしも、今回は名前も聞いたことが無い『泥鷹』とか言う奴らである。

 

 

(とは言え、海外の異能持ちのレベルが分からないのは問題よね。基準は“千手”とかになる訳だけど、あのレベルが何人もいるとはちょっと考えたくな……?)

 

 

ふと気が付いた。

 

 

「……なんか、暗いわね」

「ん? 確かに外が嫌に暗いね。いや、電気が……?」

 

 

いつの間にか、昼の時間にしては、と言うよりも真っ暗な夜でも切り替わったような暗闇が外を支配している。

そのことに気が付いた飛鳥が立ち上がり、神薙が不審そうにそう呟いた瞬間、部屋に灯っていた蛍光灯が消えた。

 

大きな音も無く、一瞬で部屋の中が暗闇に支配される。

夜の暗闇と言う生易しいものでは無い、一寸の光も存在しないような漆黒の世界。

自分の掌すら見えない暗闇の中で、飛鳥は息を呑み、目を見開いた。

 

 

(襲撃!? いや、でも異能の気配は……そんなっ、なんなのこの数は!? こんな数見落とす訳がないのにっ!? さっきまでは無かったのに突然湧いた!? まさか探知外からの瞬間移動!? )

 

「電気がっ……!? 非常用発電機を稼働させないとっ! 延命治療途中の患者が入院しているんだぞ!?」

「先生!! 病院内全ての電気が停止しましたっ……! 暗闇がっ……!」

「和泉君、無事か。……一体どうなって……」

 

「こんにちは、神薙先生」

 

 

慌てて駆け込んできた看護師の声の後に次いで、若い男性の声が部屋に響いた。

異能の気配を感じるものの、視界が潰され全く状況の見えない飛鳥はじっと暗闇の中で息を潜める。

 

 

「……顔が見えないけど、君は……」

「海外を拠点としている、あー……組織なんだが、奴らが手中に収めていない国であるここに本拠地を移すことになった」

「……奴ら?」

「UNN、と言ってもアンタらは信じないだろうな。まあ、なんだって良い。この国を手中に収める上で最も有効になる人質は誰かと考えた時に、アンタの名前が挙がった、という訳だ。大人しく従うなら、この病院の奴は傷付けない。もしアンタが抵抗するなら、この病院内にいる奴らの命はないと思って欲しい。言ってしまえば、そうだな」

 

 

気だるげにそう言った男が自身の持つランタンに似たものに光を灯す。

 

 

「日本時間にして10時34分、この病院は俺達『泥鷹』が占拠した、かね……ウチのリーダーは短気な上に今は虫の居所が悪いんだ、頼むから変な抵抗は止めてくれよ」

 

 

酷く場違いな泥だらけの服装をした、ヒョロリと長い手足をした男はそう言って困ったような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 


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