非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
目をキラキラとさせて私を尊敬の眼差しで見つめる小さな双眸が二つと、年月を感じさせる目に素直な賞賛を込めた老女の目。
どれも純粋に私を褒め称えるもので、つい先ほどまで委縮していた気持ちが嘘のように、私の心は透き通るような快晴模様となっていた。
一般的な認識として謙遜は美徳かもしれないが、別に私はそんな美徳は持ち得なくていいから誰かにいっぱい褒められたいのだ。
彼らから向けられる称賛を遠慮なく真正面から受け止め、私は大きく胸を張った。
「すごーい! なんだかっ、なんだかパーティーみたいだね!」
「おたんじょうびのときみたい! おねえちゃんすごーい!!」
「ほんとにねぇ。お嬢ちゃんとっても準備が良いのねぇ。本当に助かったよ」
「むふふ。替えの電池もあるから良かったら使ってくださいね」
この病院に海外の異能組織を迎え撃つため、飛鳥さん達が配置に就いてから30分もしない内に突然電気が落ち、部屋の中は文字通り真っ暗闇となった。
ある程度覚悟していた私と違って、突然の異常事態に、同室で入院していた双子の姉弟と年配の女性はパニック状態に陥ったのだが、幸いにも私が普段から持ち歩いている物が活躍した。
キャンプ用のLEDライトと替えの電池、さらには甘味を中心としたお菓子類によってパニック状態となっていた子供達をひとまず安心させることに成功した訳である。
そこから先は、私のお得意の口八丁手八丁。
あっと言う間に異常事態であることを忘れさせ、何かしらのイベントでも楽しむ様な精神状態になった子供の単純さとそれに感化された老女に、私は内心安堵した。
行動を予測できない相手ほど、厄介なものは無いからだ。
こんなもの何処に持っていたんだという呆れと、巧みに人の心を操る私の技術への驚愕を織り交ぜ、視線を向けてくる神楽坂さんに私はドヤ顔を見せる。
ここ最近、私の携帯しているもので活躍するのが熊用スプレーばかりだったが、本来はこういった争い以外を目的とした物を多く準備しているのだ。
「おねえちゃん! ほかには! ほかにはなにかないの!?」
「あるよあるよ、じゃーん! 紅茶(500ml)!」
「「わーい!!」」
「……ただのペットボトルの飲み物だろ……?」
神楽坂さんの突っ込みを聞こえないふりで受け流す。
こういうのは見栄や勢いが大切なのだ。
変な突っ込みを入れないで欲しい。
「それにしても、中々電気が復旧しないねぇ……何かおかしなことでもあったのかねぇ……ちょっと見てこようかしら」
「きっとそのうち復旧しますよ。暗いですし、階段から落ちたら危ないので、出歩かないでここで集まっていましょう」
「確かに暗い中出歩いたら危ないものね……うん、ありがとねお嬢ちゃん」
「いえいえ、こういう時は落ち着いた行動が大切ですから、皆で声を掛け合いましょう」
突然の停電、そしてそれに合わさるように、窓の外は穴の無い箱にでも閉じ込められているかのように、光が一切無くなっている。
そして、私の探知内に今まで一切無かった異能持ちの出力がいくつも湧き始めた事から、泥何とかさんの襲撃が始まってしまったのだろう事が分かる。
眠り続ける神楽坂さんの恋人と同室の、双子とお婆さんからの信頼を物で勝ち取り、それとなく注意喚起することでパニックになるのを防いだ訳だが、このまま籠城していても何の解決にもならない。
これから為すべきことを考える必要がある。
(……さて、一時的な拠点作成は完了した。ここから先は状況把握、情報収集に移る訳だけど……あんまり時間は掛けられないかな)
周囲を覆う暗闇は、停電によるものだけではない。
まとわりつくようなぼんやりとした影が宙を漂い、光を阻害している。
恐らくこれは光だけでなく、ものの流れそのものを阻害する性質を持つものだろう。
だからこそ、この影に包み込まれた病院内の電気は全て動きを停止させられ、携帯電話に届く電波さえも無くなってしまっている。
そして、何よりも注意しなければならないのは。
(……間違いない、これは人にも作用する。人の生命活動も阻害する、言ってしまえば“毒”に近いもの)
空気中を浮遊しているこの僅かな濃度でさえ、一般的な健康体でもおよそ3時間まともに浴びれば昏睡状態に陥り、5時間を越えれば命の危険となるだろう。
影を増幅し空気中に散布する異能……範囲内に突然複数の異能持ちが沸いたことから考えると、移動にも応用できる異能なのだろうか。
国を渡るほどの移動も可能で、同時に攻撃にも妨害にも転用できる異能。
詳細はまだ分からないが、随分と使い勝手が良さそうで羨ましい限りである。
とは言え、早期にこの事態を終息してもらわないと困る訳で……。
まず自分の戦力は、と考える。
チラリと電波が届いていない携帯電話を確認し、マキナの調子はどうなのだろうと思った私のそんな疑問に応じるように、マキナは元気にライトを点滅させて応答してくる。
原理とかはよく分からないが、なんだか問題ないらしい。
核となってる私の出力の一部を私の携帯電話そのものに根を張らしているとかそんな感じなのだろう、多分。
となると、最悪の保険は生きている。
多少強気に動いても良いだろう。
「うーん。とは言え、この部屋だけ安全でも隣の部屋がどうなのかはちょっと気になりますね。お知り合いとかはいたりしますか?」
「えっと、たまに会話する程度なら……」
「……なら、神楽坂さん、ちょっと私と見に行きましょうか。動けるようならこの部屋に案内して、出来るだけ纏まっていましょう。私が持っているのも、スタンド型のライトが1つと、携帯用の小型ライトの2つしかないですし、2手に分かれるのが限界だと思いますから」
出歩かないようにしようと提案しつつも、善意の根拠を提示することによって自分が出歩くのを正当化し、不快感を抱かせない。
これも、私が物を配って信頼を勝ち得たことで成し得る力技である。
すっかり私を信じ込んでしまっている双子とお婆さんは納得した様子で私の提案に頷き、私は何の障害も無く、彼らを釘付けにしたまま神楽坂さんと共に廊下に出ることに成功した。
一足先に廊下に出た私は、すっかり詐欺師を見るような目になっている神楽坂さんへ振り返る。
「神楽坂さん。敵襲です」
「…………ああ、そうだな」
色んな何かを呑み込んだような神楽坂さんの返答だった。
「感知した異能持ちの数は10を越えています。銃器での武装や暗視ゴーグルを所持して病院内を制圧に動いているようです。ですが……それらの者も現状に混乱しているのがほとんど、どうやらこの襲撃は綿密な計画の上に成り立ったものでは無く、突発的に発生したもののようです」
「……それはつまり」
「おそらく、この異能による移動方法を一部の人間以外知らなかったのだと思います。つまり、この組織のボスは部下のほとんどを信用していない。自分に絶対の自信を持ちつつ、他を従わせるだけの手腕を持つ自己中心的な人物……まあ、上に立つ者としては悪くない要素だとは思いますが」
そう説明しながら、パニック状態になっている他の部屋の患者達に双子達がいる部屋に灯りがあることを言い案内しながら、外側に設置された非常階段を除くとこの病院唯一となる階段部分に近付いていく。
下に降りていくにも、ここの階に来るにも、この場所を迂回するには時間が掛かる。
「各階2名ずつ人員を回し、制圧に動いているようです。ここにも2名、向かってきます」
「来てるのか、目的は人質か?」
「それもありますが、どちらかと言うと不穏分子の排除の意味合いが強いようです。ここに来る異能持ちはどちらも出力は大したこと無いようですね。異能は…………探知型と自己強化型……? これは……うん、超音波による探知と自身の体及び触れた部分を硬化させる異能ですね。多分ですけど。今は2階部分にいて、ゆっくりと警戒しながらきています」
「……探知を無効化できるか? それと、先導しているのはどっちだ?」
「探知の無効化はいけます。先導してるのは硬化する方ですね」
「分かった。ライトを消してくれ。上がってきたところを奇襲する」
「……あの、銃器を所持してるんですけど……?」
「ああ、分かってる」
短くそれだけ言って神楽坂さんは壁を背にして、向かってくる2人を待ち構える態勢を取った。
「……取り敢えず、超音波を使って探知してる方の異能を無力化しておきます。これで異能で場所がバレることは無い筈です」
「助かる、それだけがネックだった」
「それだけがネックって……ほ、ほんとに来ますからね? どっちも異能持ちですからね?」
「ああ、下がっててくれ」
決意が固そうな神楽坂さんとは違い、私はもう少しだけ距離を取って小さくしゃがみ込んだ。
確かに出力だけを見る限りどうしようもない類の異能ではないが、それでも異能持ちの厄介さを良く分かっている筈の神楽坂さんのこの判断は何なのだろうと動揺する。
私は、いざとなれば異能を回して手助け出来るようにとじっと構えていた、のだが。
そんな心配は無用だった。
『――――なっ!? ごっ!?』
『は!? 馬鹿なっ、なぜ異能の探知にっ――――アガッ!!』
「えええー……?」
一瞬だった。
人影が上って来たことさえ私の視界には映らなかった。
先導していた硬化の異能を持った奴をアッパーカットで意識を奪い、暗闇の中で動揺した超音波の異能持ちに正確に肉薄し、自分よりも大柄な相手が錐揉みしながら吹き飛ぶような強烈な蹴りで無力化した。
直ぐに神楽坂さんにやられた2人を確認して、意識を失っている事を確認する。
異能持ちは人間だ。
異能と言う超常的な才能を持っているからと言って、別に上位者でもなければ超越者でもない。
ちょっとだけ特別なことが出来るだけで、野生の動物の中でも耐久性能の低い生き物であることに変わりはないのだ。
それは分かってる、勿論それは分かっているが……普通、武装している相手をここまで一方的に制圧できるものなのだろうか?
「ふうっ、正直ここまで上手くいくとは思わなかったが、暗闇であることが幸いしたな。佐取のおかげで一方的に相手の情報を得られていたのが大きい。助かったよ佐取」
「じゅ、銃持ちをこんなに簡単に……私、神楽坂さんに勝てる気しない……絶対殴られて顔が陥没して入院する……」
「…………なんだ? 怯えられてる気がするんだが……佐取? どうしたんだ? 3階にも行くんだろう?」
「うぅ……その前に、そいつらの拘束をしておかないと……」
意識を失っている武装した2人を適当な布で縛り、銃器と暗視ゴーグルを分かり辛いところに置いておく。
これで意識を取り戻してすぐに他人を害することは無いだろう。
最初の衝突を無事に終えられたことに安堵しながら、読心範囲内で異常に気が付いた者が居ないのを確認する。
「2階と3階の様子を教えてくれ」
「えっと、それぞれ2人ずつですね。今は階段部分から離れて、病室の人達を脅しているみたいです。異能は、って待って下さい! 何か窓に……!」
ふわっ、とした影とは異なる靄が窓の外まで昇ってきて、まるで意思を持つかのように窓の近くで漂い始める。
そしてそれが、完全に閉め切られている窓枠から病院内に入って来たのを感知する。
以前も感知した、この異能は。
「――――あれ? なんだ? なんでここの奴らやられてるんだ?」
「……この声は、お前」
「うぉっ!? 誰だ!? 何なんだ!? 一体どこのどいつ――――ってお前らぁ!?」
連続児童誘拐事件の実行犯“紫龍”。
前に私と神楽坂さんと対峙したあの男が目の前の靄、煙の中から姿を現した。
私は、因縁の相手とばかりに声を上げた“紫龍”の顔目掛けて、消していたライトを向ける。
真っ暗闇の中急な光を向けられて、小さな悲鳴を上げた“紫龍”が顔を抑えた瞬間、神楽坂さんが“紫龍”の腕を捻り上げた。
「痛い痛い痛いっ!? お、お前らやめろ!! 俺は敵じゃねぇ! むしろ味方っ、味方だから!!」
「テメェ……何、刑務所から逃げ出してんだ? どうしてこんなとこにいる? テメェまさか、テロリストどもと手を組んだんじゃねぇだろうな?」
「ちげぇよ! お前らのお仲間の警察の奴らに手を貸してるんだよ!! 現にお前を煙に閉じ込められる状況なのに何もしてねぇだろ!? 暴力反対っ、暴力反対!!」
「…………」
“紫龍”の腕を捻り上げながら、チラリと視線だけで私に確認を取った神楽坂さんに、私は頷きを返した。
こいつは嘘を言っていない、詳細は分からないが警察に協力している事は事実なのだろう。
色々と解せないが、まあ、この状況で裏切るつもりも無いようなので敢えて対立するのは避けるべきだろう。
「チッ」
「よ、ようやく解放しやがった……なんなんだこの男、マジで頭のネジがどっかいってやがる……締め上げた力も馬鹿みたいに強かったし人間じゃねぇ……」
「犯罪者に優しくするわけないじゃないですか、バーカバーカ!」
「……このふてぶてしいガキも変わらねぇしよっ! 一体何なんだよ糞がっ!」
憎々し気に私を睨んでくる“紫龍”の視線から隠れるように、神楽坂さんの背の後ろに回る。
攻撃する気が無いのは分かるが、こいつが悪い奴だと知っているのだ。
出来るだけ相対したくないのが本音だったりする。
「と言うか、それが本当だったとして、なんでお前はここにいるんだ? 犯罪者だが、異能を持ってるお前が警察に協力するのは何となく理解は出来る。だが、誰かしらの見張りや監視下に置かれる筈だろ。特にこんな不測の事態において、お前を一人で行動させるなんて選択する訳がない」
「あー、それはその……その、だな……」
「どうせ、強い異能持ちに出くわして逃げたんですよ、うぷぷー。一緒にいた警察関係の異能持ちから人質になってる人達を助けてきて欲しいと言われて、これ幸いと逃げ出してきたんですよ、きっと、ぷぷぷー」
「…………このっ、ガキッ……!! 人の心を見透かしたようにっ……!!!」
『おい! なんだか大きな声が上から聞こえたぞ!』
『上はアレクとリュウの奴らだよな? 何かあったのか?』
「あ、下の奴らに気付かれた。もうっ、貴方が大きい声を出すせいですよ」
「……あ゛あ゛あ゛! 分かったよっ、やってやろうじゃねぇか!!」
気炎を上げ、袖まくりをした“紫龍”が階段へと向かう。
異常に気が付き、様子を見に来た『泥鷹』の構成員2名がこの場所に辿り着く前に、自身の周りに漂わせていた白煙を階段部分に充満させる。
それだけで、“紫龍”の異能について何の情報も持っていない『泥鷹』の構成員は階段を駆け上がる途中で煙に収納され、完全に無力化された。
あまりの呆気なさに呆然とその光景を見詰める神楽坂さんに、“紫龍”は誇るような笑みを浮かべながら振り返った。
「けっ、どうだ。これが俺の異能、煙の力。抵抗すら出来ずに収納して終了だ」
「……改めて見ると常識はずれだな。お前、もしかして異能持ちの中でも上位クラスに強いのか?」
「ふっはっはっはっは! 分かってんじゃねぇかお前! そうだっ、この無限に生み出せる煙の力に対抗できる異能なんてのは、そう存在しねぇんだ! それが分かったら、情けなく俺に縋って、助けを請え、そうすりゃ助けてやらなくも――――」
「普通に捕まったし、強い異能持ちと遭遇して逃げ出したくせに何言ってるんだか」
「――――クソガキィィ!!!! 人が気持ちよく話してるのを遮るんじゃねぇぇ!!!」
さっと神楽坂さんの後ろに隠れる私に掴み掛ろうとする“紫龍”。
やっぱり犯罪者、非常に危険な凶暴性を有している。
べー、と私が舌を出して挑発するが、“紫龍”は荒々しく罵声を飛ばして額に青筋を立てるものの、異能を使って攻撃してくる様子は見せない。
確実に、私に対して苛立ちを覚えているのに、である。
……本当に不思議なものだ。
私と“紫龍”がいがみ合うのを見ていた神楽坂さんは、言いにくそうにガシガシと頭を掻きながら膝を突き、私と目線を合わせた。
「あー……佐取、恐らくコイツは受刑中ではあるが、その刑の一部として警察に協力しているんだ。誰かの役に立つ活動をして、罪を償っている途中なんだよ。だから、内心はどうであれ、しっかりと罪を償っている途中であるコイツに対して、犯罪者だからと言う視点で攻撃するのは駄目だ。過去に間違いを犯した奴だからと言って石を投げても良い訳じゃないんだ。分かるよな?」
「ぐっ……ぐむむっ……」
怒られた、そして正論である。
神楽坂さんの言い聞かせるような言葉に、私は口ごもり、ゆっくりと頷いた。
異能と言う非科学的な現象を利用した犯罪だから、誘拐そのものの罪は制度上問われていない。
だが、罪に対する罰を科されているのは確かだし、コイツはその償いをしっかりとやっている途中なのだ。
それを事件に関係していない部外者が邪魔するような態度を取るのは、神楽坂さんが言うように確かに間違っているのだろう。
「…………ごめんなさい」
「よし、良く言ったな」
「あーー……いや別に。……なんて言うか、俺が言えた事じゃねえけど、お前、良い父親になりそうだな」
私の謝罪に、神楽坂さんは優し気な微笑みを浮かべ私の頭を撫でまわし、“紫龍”は気まずそうに口をへの字に曲げて、そんなことを言う。
素直な反応をされて困惑するのを見ると、コイツもなんだかんだ素直になれない人種なのだろう。
妙に気まずい空気になったこの場で、「だが」と神楽坂さんが続ける。
「好き嫌いの個人的な感情まではどうしようもない。特にコイツに怪我させられた人間であれば、多少態度に出ても仕方ないだろう――――おい、テメェ、とっととこの騒ぎを終わらせて刑務所戻れ」
「お前っ!? 手の平ドリルか何かなのかっっ!? せめて説教した子供の前でくらい聖人的な態度を突き通せよ!?」
「罪を憎んで人を憎まずなんて幻想……ぺっ」
「ほら見ろよ! 素行悪くなってんじゃねえか!」
ギャアギャアと騒ぐ“紫龍”を他所に、取り敢えず4階と3階に配置されていた『泥鷹』の構成員を無力化できたことにホッとする。
『泥鷹』によるこの暗闇ではあるが、これ用の機器を揃えた『泥鷹』の構成員よりも私や“紫龍”の異能の方が暗闇の中での優位性が強い。
そもそもこれまで遭遇した異能持ちの質が低い気もするが、こんなものなのだろうか?
それか、ここに来るまでにICPOに優秀な手駒は無力化され、残ったのが大したことない異能持ちばかりなのか。
まあ、どちらでもいい。
過程はどうであれ、勝てばいいのだ。
「たくっ……だが、お前らがいてくれて助かった。ここは協力するとして、お前ら俺を気絶させた時ってどうやったんだよ? 俺、勝ったと確信した記憶しかないんだが……あの力があればここにいる奴らを制圧するのも訳ないだろ? なあ、どういうカラクリで俺を気絶させたんだ?」
「手の内晒すほどお前のこと信頼してる訳ないだろ。取り敢えず、俺の肉弾戦だけだと考えとけ」
「はああ!? くそ……いや、だが、それもそうか。しかし、そうなると……」
怒り、のちに納得と苦悩。
色んな感情に苛まれ、その場で頭を抱えて唸っていた“紫龍”は引き攣らせた顔を情けなく私達に向けた。
「な、なあ、2階より上の安全確保だけして、1階は他の奴らに任せとこうぜ。専門家に任せて俺らみたいな門外漢は最低限の活躍だけする。なっ、なっ、悪くない案だろ!?」
「……いや、案としては悪くないが」
「どう聞いても、1階にいる危ない奴に会いたくなくてそう提案しているようにしか聞こえないんですけど?」
「そうだよ! どっちも化け物だ! テロリストもICPOも、普通じゃねぇ! あんなのの近くに居たら一瞬で死んじまうよ!!」
本気で怖がる“紫龍”の姿に、最初の小馬鹿にしてやろうと言う私の気持ちがどんどん枯れて、最後には怯えだけが残った。
……そんなにやばい奴らがいるのだろうか?
「……え、なに、そんなにやばい奴なんですか? それなら私も絶対1階に行きたくないです」
「…………いや、ここまでこれ以上無いくらい順調に進んでるのになんで心が折れてるんだ。見てもいない相手にそんな……」
「馬っ鹿……! お前っ、見てからじゃ遅いから言ってんだろ!? ちゃんと理解しろ馬鹿!!」
「ほんと神楽坂さんは脳筋ですね。取り敢えずやってみよう精神は良い時と悪い時があるんです。取り返しがつかない時に、むやみに取り敢えずやってみようって考えるのは下の下の下の下ですよ神楽坂さん」
「なんで俺が責められてるんだ……!?」
“紫龍”と私に責め立てられる思わぬ状況に、神楽坂さんが戦慄する。
我ながら、自分が“紫龍”にどう接するつもりなのか分かっていないが、まあ取り敢えず目的は似たようなものなのだから、ここでの協力は悪いものでは無いだろう。
ギャアギャアと言い争いつつも、ひとまず私達は2階へと足を向けた。