非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか? 作:色付きカルテ
卍✟白き神✟卍(これも好き)も言っていた通り、異能だけで見れば強いんです、本当なんです
話は変わりますが、いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字脱字報告や感想、評価などとても励みになっています!
よろしければこれからもお付き合い頂ければ嬉しいです!!
病院での警護に就いてから一時間と少し。
病院の玄関口の配置である警視庁から派遣された者達は、それまであった空気が変化したことに気が付いた。
その中でも、柿崎は眉を顰めると窓から外の状況を確認して不審げな声を出す。
「……なんだ?」
「んむ? 柿崎さん、何かあったっスか?」
「テメェは鈍感過ぎんだろ。外を見ろ、急に暗くなっただろうが」
「あ、本当っスね。でも、たまにあるじゃないっスか。急に雲がかかって暗くなることって…………あれ? もっと暗くなって、夜みたいに……」
能天気な様子だった一ノ瀬の語尾が徐々に尻すぼみになり、急速に明るさを失っていく空の様子を彼女も見ようと立ち上がりかけた瞬間。
ブツリッ、と突然ブレーカーが落ちたように病院内が真っ暗闇に包まれた。
所々、来院していた人達が短い悲鳴を上げて、一気にざわめきが広がっていく。
不安そうな声と誰に向けたものでも無い状況を問う声が飛び交い、受付をしていた看護師の不安げな色を含んだ「落ち着くように」と言う言葉を、誰一人として聞かず、ざわめきは一層激しさを増していく。
そしてそれは、状況が分からず困惑する柿崎達警視庁の派遣組も同じだ。
「柿崎さんっ、これ襲撃じゃ……!」
「だろうよ! 警戒しろっ、こういう類の奴らはどう動くか全く分からねェ!」
「でも真っ暗でっ……あ、そうだ、携帯電話のライトを……!」
(聞いていた話と違うが……何か齟齬があったのか? いやそれよりも、どのくらいの量がどこから来てやがる? ……全く、見当たらねェが……)
ついさっきまで敵は海を渡った先にいた筈だろうと考えながら、柿崎が周囲に視線を巡らせる。
柿崎達がいるこの場所はまだ、テロ組織による襲撃が起きているとは思えない程平穏だ。
だが、日中である筈なのに暗闇に閉ざされた外の光景や突如として消えた電気設備が、ただの偶然だとは思えない。
十中八九、襲撃があったとみていいだろう。
方法は分からないがこうして停電を引き起こし、暗闇に閉じ込め、混乱を招いている今、ここに突入してこないのはどういうことなのか。
入り口は他にも裏口があるとはいえ、この一番大きな出入口である玄関ホールを捨てるほど、敵が自分達の戦力に自信が無いとは思えない。
混乱に乗じ迅速に病院を占拠し目的を果たすとして、停電を引き起こしてから落ち着きまでの時間を与えるのは下策。
それでもなお、こうして玄関ホール部分が平穏だと言うことは、異能による転移で直接建物内に入られたと考えるべきだろうか。
そんなことを柿崎は考える。
(…………となると、俺らがやるべきはICPOの連中との合流じゃなく、テロ組織の標的である神薙隆一郎の避難、か……? 動くならすぐで、戦力の分断は愚策、正面玄関の守りを完全に捨てるのは賭けだが迷ってる時間はねぇ……!)
「警護対象の避難活動をするぞ。対象は診察室の筈だ。全員、銃を手に持って動け、付いてこい」
「了解」
「え、か、柿崎さんマジでっスか? ここには他の一般人も……」
「黙って従え。現状は何よりも早さが重要だ。相手はプロだ。黙って突っ立ってたら状況は悪くなる」
「す、すいません……了解っス」
柿崎の指示に頷いた彼らが、それぞれ光源となりえるものを取り出して、何とか視野を確保しながら柿崎の言った警護対象、神薙隆一郎がいる筈の場所を探し動き出す。
そうして、パニックになった人を避け、光の無い暗闇で手さぐりに近い程度の速度でゆっくりと移動していた柿崎達だったが、状況に慣れてくると、パニックで動き回る人の他に、明確な目的を持って進んでいる人達の存在に気が付いた。
複数人で階段を上がっていく音。
駆け足で通路を通り、部屋の中に入っていく音。
殆ど音を立てないような忍び足で通路を歩く音。
どれもパニックとは程遠い、この暗闇の中でも行く先を確実に理解している者の音だ。
(……これは、こいつらが襲撃犯なのか? もしこれが襲撃犯なのだとしたら、この音からしてあらかじめ訓練されたように状況に適応している事になる……厄介なんてもんじゃねェ。こんなのと事を構えるってことは、軍隊の中にある一部隊とやり合うのとなんら変わりねェ……流石に手に余るぞ)
警護対象である神薙隆一郎がいるであろう部屋に、誰かが入っていくのが見えて柿崎は既に先手を取られたのかと血の気が引く。
この視界が完全に潰された状況で、奪われた警護対象を取り戻すのは至難の業だ。
直近で警護している飛禅飛鳥が僅かなりとも時間を稼いでくれるのを祈り、このまま突入指示を出そうとして――――複数の人影が病院の奥から飛び出してきて動きを止めた。
なぜなら、手に持つ僅かな光源で見えた彼らの姿は、軍隊でしか見ないような銃火器等の装備を付けているから。
柿崎は顔を引き攣らせる。
(これは、流石に……)
「動くな」
乾いた音が病院に響く。
それだけで、看護師の言葉でも消えなかったざわめきが、水を打ったように静まり返る。
嫌でも覚えているその音は、銃火器と言う、人を簡単に殺しうる凶器の音だ。
「ここは、我々、占拠した。抵抗の動き、見えたら、我々、ここにいる奴、構わず撃つ」
性能の悪い翻訳機を通したような、機械的な冷たい言葉。
日本語に不慣れな、途切れ途切れのそんな警告。
だが、その警告の言葉を笑う者はいない。
先ほどの銃声は紛い物とは到底思えない破裂音だったし、何よりも異常な暗闇の中で急に現れたその存在からは言い表せない狂気を感じるのだ。
「……何人だ?」
「おそらく……見える範囲は4人っスね」
「全員武装している上に、どいつが異能とやらを持っているか分からない、か。下手に動けねェ……お前らも動くなよ」
銃は柿崎達も持っている。
しかし、完全武装に見える相手にどれほど効果があるか分からないし銃器の性能に差がありすぎる。
その上、異能によって銃弾を無効化される可能性を考えれば、この場で虐殺が始まる危険を冒して行動する選択肢は選べない。
……とは言え、誰かしらが警護対象の元に向かったのを確認した今、悠長にしていられない。
(せめて視界が悪くなければ、いや、それは奴らも同じか……だが、暗視ゴーグルに捕捉されず動く方法なんて)
八方塞がり。
悩んでいる時間すら無いと分かっていてもどちらも選べず柿崎が歯噛みしながら、ルシア達がいる応接間へと視線をやった。
こういった異能犯罪に対しての経験がある彼らがどう動くのか――――なんて、考えたのはそこまでだった。
『ゴッ……!!』
応接間に繋がる扉を突き破り、姿を現した大柄な人影が異常な速度で地面を転がって、そのまま近くの壁に叩き付けられた。
痛みを訴えるような絶叫も無いまま動かなくなったその人影に、柿崎達はおろか、病院の占拠を宣言していたテロ組織の構成員達も身動きを止めた。
お互い顔を見合わせ、じりじりと扉が突き破られた応接間の方へと近付こうとしたテロ組織の構成員達だったが、さらに応接間から飛び出してきた1人の男を見て声を上げる。
『ボスッ!? 何事ですか!?』
『――――チッ、ICPOの奴らここにも人員を配置してやがった』
『ICPO……? ちょ、ちょっと待って下さい、だって向こうにはあのババアがいたんですよ? それなのに、こっちにもボスをどうにかできる奴なんて……』
「前にやりすぎちゃったから、しばらく異能も使えない仕事ばっかりかなーって思ってたけど、わざわざ僕のところに来てくれるなんて、お兄さんたち優しいのかな?」
低音の、威圧感のある男達の声を遮るように響いたのは、酷く場違いな子供の声だ。
状況が分からず凍り付いている一般人達がいることに気が付いたその子供は、暗闇に慣れない目元を擦りながら不満げに声を上げる。
「一般の人達を巻き添えにして騒動を起こすなんて最低だよ! こういう奴らには手加減なんてしなくて良いってヘレナお婆ちゃんも言ってたし、僕も暴れるからね!!」
『っ……ガキが舐めやがって!』
問答も無く銃の発砲音が連続し、悲鳴が木霊する。
突然の銃撃に、一般の巻き込まれた人達は響いた銃声に怯え、頭を抱えて床にしゃがみ込んでいるが、その銃口を向けられ発砲された少年、レムリアは何事も無いようにその場に立っている。
ぼとぼと、と力を無くした銃弾が少年の肌から落ち、床に散らばった。
真正面から銃火器の発砲をその身に受けたにも関わらず、血も、傷も、痣すら無い。
――――それはすなわち、柿崎が想定していた銃弾を無効化する何らかの異能を持っている事に他ならない。
「暗くてよく見えないけど……取り敢えず異能を持っている人を気絶させればいいよね」
その言葉から始まる攻撃に、襲撃者達は身構えることも出来なかった。
走り出すような動作も無く、銃器を持った『泥鷹』の者達に恐るべき速度で滑るように肉薄したレムリアの軽い横殴りで、倍はありそうな体躯の男達が軽々と吹き飛ばされる。
直接触れた者だけでない、巻き起こった衝撃波さえ凶器となり、武装している者達を地面や壁に叩き付けた。
まるで一挙手一挙動が規格外の重量を持つ怪物のように、レムリアは敵対する全てを鎧袖一触に伏す。
銃器が無力化されるとしても、『泥鷹』の構成員はほとんどが異能持ちだ。
当然、ほとんどが異能持ちで構成されている『泥鷹』の構成員による数多の異能による反撃が降り注いだ。
腕を変質、武器を自在に伸縮、火花や砂埃が飛び交い、轟音に近い衝突音が連続する。
視界が奪われている状況でなお、推移が分からない状況でなお、目の前で起きているこれが常識外れの事態だと言うのを理解しただろう一般人達は、恐怖に体を震わせ目立たぬよう身を縮こませるしかない。
「……異能って言うのは、ここまで度を越した武力になりえるのか」
八方塞がりだった先ほどの状況からの急展開に、柿崎はそう呟く。
(この場所で戦闘が始まりやがった……押しているようだが、ICPOのあのガキも視界を奪われてるのは間違いない。変に手助けに入れば却って邪魔になる……が、このままあのガキだけに任せるのは癪だ)
「お前ら、あのガキが奴らの注目を集めているうちに神薙隆一郎を保護し、飛禅と共にこの病院から離脱しろ。この闇の中から出ればまだ対応も出来る筈だ」
「柿崎さんは……?」
「俺は……異能持ちとやらがどの程度なのか、確かめさせてもらおうか」
スーツの上着を脱ぎ、臨戦態勢に入った柿崎がじっと標的を定める。
動く人影の中でも、あの、ボスと呼ばれていた男に向けて、音も無く飛び掛かった。
正々堂々などでは無い。
試合と実戦の違いを、柿崎は冷徹なほどに切り分けている。
そして、その巨体からは考えられない程存在感を消した、まるで暗殺者の様な柿崎の動きに、暴威を振るっているレムリアに注意を取られていた男は直前まで気付けない。
ズドンッ、と。
大砲でも撃ったような音が響き、『泥鷹』のボスは顔から吹っ飛ばされた。
歯が何本か砕け、床を転がる。
唖然とする『泥鷹』の構成員達と、突然の乱入に目を丸くしたレムリアが何かを言う前に、さらに柿崎は床に転がった『泥鷹』のボスの元へと駆け、完全装備のその上から踵落としを叩きこんだ。
腹部に踵落としを受けた『泥鷹』のボスが体をくの字に跳ねさせ、あまりの威力に彼が身に着けていた装備が砕け散る。
さらに無防備に跳ね上がった頭に拳を撃ち込み、床に叩き付けたことで、僅かな抵抗すら許されなかった『泥鷹』のボスは体を大の字のまま動かなくなった。
『ボスッ……!?』
「ガキばっかり見てんじゃねェぞ」
完全に意識を飛ばしている『泥鷹』のボスの体を放り投げ、銃器の射線を潰した柿崎が宙を舞うボスの体の下をくぐるように構成員達に肉薄し、銃を持つ腕を捻り上げながらの背負い投げで制圧する。
「えっと……貴方は柿崎さん?」
「そうだ、いらないだろうが手助けする。気にせず好きなようにやれ」
「いらないなんてそんなことないよ、ありがとう! そうだよね、早くこんな奴ら倒しちゃわないと被害が出ちゃうかもしれないもんね。うん、出し惜しみなんてしてられないや」
近くにいた『泥鷹』の構成員からの攻撃を、躱すそぶりも無くそのまま受け、無傷のまま反撃して昏倒させたレムリアは、そのまま不可視の衝撃波でさらに周りの者達の意識を刈り取った。
これでレムリアが倒した『泥鷹』の構成員の数は10を越えた。
それほど時間を要さず、この場に転移してきた『泥鷹』の構成員達のほとんどを無力化できた事になる。
だが。
(……明るさが戻らねェ……光を奪っている奴がまだ倒せていないってことなのか……?)
『――――まだ異能持ちの出力をこの建物から感じる。ここじゃない場所にも侵入してる、のかな? そっちも倒さないと……ルシア、ヘレナお婆ちゃんとの連絡は取れた?』
『まだです。どうやらこの闇そのものがジャミングの様な役割を果たしているようで……それと、“紫龍”については上階にいるであろう構成員の確保を指示しておきました。流石にアレじゃ、レムリアの足手まといにしかならないでしょうし』
『ふうん、そっか。“紫龍”さん、突然の状況に怯えてたもんね。でも……あれ? この“影”って『泥鷹』のボスの……えっと、グウェンが持ってる異能だよね? 今さっきボスを名乗っていた奴が気絶したからこの暗闇も解除される筈なんじゃ』
『ええ、その筈ですが……どうやら影武者を立てていたようですね』
『えっ、そっか……うーん、本物は何処に行ったんだろ……』
未だに“影”によって奪われている視界は戻らない。
‐1‐
その男、グウェン・ヴィンランドは誰も信用しなかった。
自身の才能を知り、組織を立ち上げ、生まれ故郷を支配した時も。
勢力を拡大し、同業他社である組織同士の潰し合いに勝利し、潤沢な資金と土地を手に入れた時も。
様々な非人道的な行為に手を染め、犯罪行為の数々を自分の手を汚さずに遂行させるようになった時も。
どんな時だって男は自分以外の者を信用したことが無かった。
だって、自分が常にどう他人を利用しようかとしか考えていなかったから、周りの人間も自分と同様の考え方をしているに違いないと思っていた。
それでも男の強大な力の下には自然と人が集まり、最初こそ多かった反逆者の数も次第になくなって、政府も他の同業も国際的な組織でさえ、男にとって脅威ではなくなったのだ。
障害も、敵も、男の目には映っていなかった。
『……ゴミ共が』
世界的な巨大組織にまで急成長を遂げた。
民衆は畏れ、国家は危険視し、男の力に屈する者達はその傘下に入ることを願い出た。
これまでは順風満帆だったのだ。
男は自分がこの世界の王になる器と信じて疑わなかったし、それは規定事項、いや既に成し遂げられている事柄でしかないと思っていた。
だってそうだろう、国を跨いで広げられる自分の特別な才能に誰も太刀打ちできなくて、世界の秩序を守ろうとする奇特な奴らを鎧袖一触出来るだけの凶悪な力を一個人が持っていれば、そうも思うだろう。
――――だからこそ、男は、グウェン・ヴィンランドは思うのだ。
なぜこんなことになっているのか、と。
『……低能の、群れるだけしか取り柄の無いカス共がふざけやがって……!! 何処まで俺様を馬鹿にすりゃあ気が済むんだ……!!』
公にされた組織情報。
拠点も、裏取引も、取引相手も、異能情報も、全てを公にして、組織としての運営を不可能にしたのは、裏社会の同業ですらない、表社会で名を馳せている大手多国籍企業『UNN』。
対立関係にあった。
利益を巡った諍いもあった。
だが、所詮は表社会で、資金を運用するしか能が無い組織だとしか認識していなかったのだ。
圧倒的なグウェンの才能に屈した同種の才能を持つ者達の力でさえ、何の才能も無い者達に比べて圧倒的で、相手にすらならないのは分かっていた。
だからこそ、異能を持つ者の数が組織の優劣を決めるとグウェンは確信していた。
異能と言う才能は生まれ持ったものでしかありえない特別なものであり、それを後天的に開花させるなんて考えを持っていた『UNN』の方針を、どんな弱者的な考えなのだとせせら笑っていたのだ。
負ける筈がない。
負ける未来なんてありえない。
いや、そもそも敗北自体頭に無かったグウェンにとって、戦わずにして負けると言う今の状況は屈辱以外の何物でもなかった。
直ぐに拠点を捨てる決断をした。
公となった拠点をそのまま使うのは危険すぎるからだ。
いかに自身の力が強力とは言え、世界的な組織とまともにやり合おうとは思えなかった。
一からやり直せばいい、自身の力は何も変わっていないのだから、なんて、時を置かずに拠点を転々とし、次なる本拠地に目星を付けていたそんな時。
気が付けば、ICPOによって包囲されていた。
気が付けば、組織の異能持ちの半数以上が制圧されていた。
殆どの、部下の中でも優秀な者達が的確に無力化され、防衛も逃走もままならない状況まで追い込まれていて。
今まで誰一人にすら明かした事の無かった自身の異能の力を使い、残りわずかとなってしまった部下達と何とか逃走することに成功したのだ。
部下も誰一人として信じなかったからこそ、そのグウェンの力の詳細がICPOに伝わっていなかった。
だからこそ、ICPOによって壊滅状態になった『泥鷹』が首の皮一枚を繋いで、海を渡ることが出来た。
皮肉にも今のグウェンはそんな悪癖で、捕らわれることなくここに辿り着けていた。
次の本拠地にするなら……と、事前の候補に上がっていた日本。
異能に対する防衛機能が死んでいて、豊かな資金元や利用価値が高い企業が多く存在し、組織の拠点としてはこれ以上ない程の場所。
さらに、世界的な名医である神薙隆一郎を仲間、少なくとも人質として捕らえ、その名声、技術を利用した戦力拡大を図ることを計画してこの病院を目指したのだ。
半分以上の人員を失っており、組織としての力は大きく削がれているものの、世界で活発化していた異能犯罪への対応が遅れ切っていた日本での拠点作成は、それほど難しいものでは無いと確信していたことも後押しした。
そんな理由でこの場所を選んだにも関わらず、だ。
『うーん、暗くてよく見えない。本当に何処にいるんだろ? ……ルシアー、グウェンの影を操る異能の詳細ってあったっけ?』
『いえ……ボスであるグウェンの異能が“影”を操ると聞いていましたが……せいぜい影を物質化させる程度しか私達の情報にはありませんでした。それだけでも強力なのに、海を渡る瞬間移動なんて……それに、通信を遮断するこの暗闇の空間も情報にありません。つまり、奴の異能は一切分かっていないと思ってください。油断せずお願いします』
『分かった任せて!』
――――悪夢がいた。
小さな子供のような風貌をしたそれは、様々な異能を見て来たグウェンでさえ戦慄させるほどの暴威で、いとも容易く『泥鷹』の異能持ち達を殲滅した。
異能に年齢は関係しないとはいえ、その光景はあまりにも異常だった。
(……何だこの異能は?)
確かに、ここに来る前に大幅に戦力を削がれ、残った者のほとんどは優秀とは言い切れない程度の異能持ちばかりだ。
だがそれでも、銃火器を所持し、暗闇対策の暗視ゴーグルを持ち、隊列を組んでいる者達がこうも簡単に倒されるのは、グウェンの理解を越えていた。
(物理的な攻撃が効かない。移動速度も異常。破壊力も十二分……どう対処するべきか糸口さえ掴めない。単調な攻撃しか見せてないが、一般人がこれだけ周りにいる状況で人質を取られることをそれほど警戒しない立ち回り……恐らく人質も効果がない可能性が高い)
逃走、その文字が頭を過る。
僅かに残った手駒を捨てる事に抵抗など無いが、だからと言ってこの場所を諦めてその先どうするのか。
化け物染みた少年を相手になどしたくないが、ただ一方的にやられただけなど、プライドの高いグウェンには我慢がならなかった。
(気持ち悪い異能の出力をしやがって……だが逆に考えれば、今、ICPOから派遣されてる異能持ちはこいつ1人だけ。こいつを始末する最大のチャンスでもある訳だ。このデタラメ具合、ICPOの最高戦力と見て良いだろう。放置すればこれから先の最大の障壁になることは目に見えてる。こいつを倒すなら今しかない。そして……こいつの異能は、銃弾の無力化や攻撃方法を見る限り、恐らく……)
「物理衝撃の吸収と放出」だろうかと当たりを付ける。
限界値は分からないが、限界値を越えるほどの物理衝撃を、なんて言うのは現実的でないだろう。
(……待て、上の占拠に行かせた奴らの出力が消えた、だと。おい、アレの他にも異能に対処できる奴がいるのか? ……話が違うぞ、政府もまともに対応策を出して無い、『UNN』も根を張っていない、ICPOも拠点を置いていない。異能犯罪に対する防衛機能のほとんどが存在しないのがこの国じゃねぇのか……!? 上から感じる異能の出力も、1階にいるもう1つの異能の出力も敵の異能持ち……)
グウェンは誰も信用しない。
自身の異能は最強だと確信しているが、その手の内を明かすことを嫌っていた。
対処や対策、そんなものでどうにかなるような力ではないが、それでも誰も信用していないからこそ自身の異能を他人に知られることに強烈な忌避感を覚えてしょうがない。
このままバレずに暗闇の空間を維持したまま時間を稼ぐか、もしくは姿を現して真正面からやり合おうかと悩む中、ふと脳裏を過ったのは宿敵である『UNN』の事。
あの老獪で執念深い人物が一度侵略の手を伸ばした国から手を引いたのには、何かどうしようもない理由があるのではないかと、今更になって頭を掠めた。
もしもこの連鎖している嫌な状況に何かしらの要因があるとするならば。
そんな久方ぶりの警戒心がグウェンの中で鎌首をもたげた。
(…………一つ、策を講じるか)
敵味方問わず、この病院に潜む様々な異能持ち。
彼らの視界を奪っている今、敵味方の識別方法はおのずと限られている。
そこに一つまみ、不安要素を加えてやれば彼らは攻撃先を間違えるだろう。
いいや、思うように行かなくてもそれでいい。
(俺様のこの暗闇で、衰弱させる時間が稼げればそれで)
どうせ『泥鷹』は壊滅する。
ここに来るまでに半数がやられ、この病院に着いてからさらに半分以上がやられた。
拠点も、取引相手も、これまで築き上げてきたものも、全て壊れてしまったけれど、ただでやられるつもりはない。
奴らが潰そうとした相手がどれほど厄介な奴だったのかを、全世界に思い知らせてやるのだ。
せめてもの意趣返しに、この病院にいる奴らを皆殺しにしてしまおうと、グウェンは暗い笑みを浮かべた。