非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

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いつもお読みいただきありがとうございます!

感想に多かったマキナによる誘拐場所の特定ですが色んな理由があって無理でした。
ネタバレにはならないと思いますが、理由を書き出すので見たくない方は飛ばして下さい。

神楽坂さんの車に乗ったのは今回が初めてで車番とかを記録していなかった事や、異能を弾く外皮を使用して車を外部から隠した事、後はサトリちゃんのそういう方面への知識が足りなかった等が主だった理由になります。
それらに加え、サトリちゃん的にも冷静を取り繕ってはいますが冷静になりきれてい部分があり、状況にあった手段を新たに確立するよりも、過去にやっていた慣れ親しんだ手段を取ってしまったと言う形です。

作中でもう少し分かりやすく書ければ良かったのですが申し訳ないです…


憎悪の行く先

 

 

 

神楽坂上矢の人生は他人に誇れるようなものではなかった。

 

少なくとも、神楽坂自身はそう思っていた。

 

子供の頃は手が付けられない悪ガキだった。

ネグレクト気味だった親に反感を抱き、勝手に授業中の学校を抜け出すし、危ないからやるなと言われた事は一通りやるし、学校の放送室や校長室の占拠だってやる。

持ち前の運動神経を駆使して道場破りよろしく色んな運動部に顔を出してちょっかいを掛けたりもしたりと、いたずらばかりする。

成長するごとに落ち着くかと思われた彼のいたずらは、身体能力の高さに比例するように次第にエスカレートしていった。

 

それでも子供時代の神楽坂を慕う者が多かったのは、彼生来の正義感の強さによるものだろう。

不正や不公平に対して敏感で、おかしいと感じたのなら相手が誰だろうと噛み付き、対立した。

気の弱い生徒に対してカツアゲしている不良や周囲に迷惑を掛ける暴走族、自己都合を子供に押し付ける大人が相手だって関係ないし、時には病院送りにしたこともあった。

神楽坂にとってはなんてことはない気晴らし程度のものだったが、彼に助けられた人達やその現場を見た者達からの評価は悪いものでは無かったのだ。

 

そんな、暴れ回るばかりの学校生活を送っていた神楽坂が変わったのは、中学2年生の時、1つ上の先輩との出会いがあったからだ。

 

 

『お前が神楽坂か? 睦月が言ってた以上に目つき悪いな、ははは』

『……誰だお前?』

 

 

竹刀袋を肩に掛けた長身の男が、学校の廊下で突然神楽坂に声を掛けた。

神楽坂の落合卯月(おちあい うづき)との最初の出会いはそんなものだった。

 

不良に絡まれていた妹がお前に助けられたらしいからそのお礼だ、なんて言って。

剣道部に所属する先輩である卯月は、それから何かと神楽坂を気に掛けてくるようになった。

廊下を歩いていれば何処からともなく現れて、教室に居れば妹に会いに来たついでだと話し掛けてきて、大して上手くもない剣道を興味も無かった神楽坂に教えるようになった。

 

頼んでもいない世話焼きに最初こそ気味悪がっていた神楽坂だったが、それも最初の内だけ。

 

下手くそな癖に剣道を励み、人格面で主将を任されている卯月の人柄に絆され、神楽坂はすっかり大人しくなっていった。

「お前はきっと警察官が性に合うから」と、勉強を教えようとする卯月の押しに負けて、勉強を始めた。

前に不良から助けたらしい(神楽坂は覚えていなかった)卯月の妹であるクラスメイトの落合睦月(おちあい むつき)と一緒に彼らの家で勉強するようになって、それまで悲惨だった神楽坂の成績がみるみる向上していった。

 

一足先に中学を卒業した卯月との関係はそれからも続いた。

勉強を教わり、武道の訓練を行い、いつの間にか自分の家よりも落合兄妹の家にいる時間の方が多くなった。

落合家の人々はおおらかで、そんな神楽坂を喜んで受け入れて、本当の子供のように接してくれた。

 

高校の学費の関係で実の親と対立して、バイトで稼いだ金で高校、大学と進んだ。

ほとんど絶縁状態になっていた親とは反対に、落合家とは時間を経るごとに本当の家族のようになっていった。

いつしか恋仲になった睦月と、それを祝福する卯月と両親。

仮初で、普通ではない関係だと分かっていたけど、神楽坂は彼らと過ごす日々が幸せだったのだ。

 

先に警察官になった卯月を追って、神楽坂も警察官となった。

お前の性に合っているだろうと、そんな風に言われたから目指していただけの職業だった筈なのに、気が付けば、落合家のような優しい人達の平穏を守りたいと言う夢を持つようになっていた。

恋人の睦月が危ない職業だからと不安そうに兄と神楽坂を見ていたが、そんな心配に申し訳なさを感じながらも、辞めようとは思えないくらい、人を助ける仕事が誇りだった。

 

 

『やっぱり俺の思った通り、上矢は警察官に向いてるよ』

 

 

警察官になってしばらくして、卯月に言われたそんな言葉。

がむしゃらに勉強してがむしゃらに日々の仕事をこなしていたら、気が付けば多くの人に評価され、エリートコースと言われる道に入っていた。

あれだけ荒れていた自分が、いつの間にかこんなにも周囲に評価されるようになるなんて思っていなかったし、卯月の期待に少しでも応えることが出来たのかと思うと内心嬉しかったのだ。

 

自分を見る卯月の嬉しそうな目が照れくさくて、神楽坂は素直にその言葉を受け取れなかった。

 

 

『上矢みたいな優しさにしか救われない人はいるんだよ、きっとな』

 

 

いつもと変わらない、人を有頂天にさせる馬鹿な事を言っていると思った。

そんなことある訳がない、粗暴な自分にはせいぜい悪い奴らを捕まえる事しか出来ないのだから陰ながら平和を守ればいいのだと、ある種の割り切りを持っていたから、卯月のそんな言葉には耳を貸さなかった。

 

神楽坂の様子に苦笑いする卯月と、仕方ないと言う風に2人を見て微笑む睦月。

卯月と同じ課に配属されて、様々な事件を解決するようになって、恋人の睦月とは結婚の話まで出て、何もかも順風満帆で、神楽坂は幸せで。

 

……とある銀行強盗事件の話が神楽坂達の元に舞い込んできたのはそんな折だった。

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

“白き神”、白崎天満は重病を患っていた。

人並みに生活できぬ彼が誰かに異能について教わる機会があったとすれば、教える機会のある者はおのずと限られてくる。

そして、患っていた重病が完治したのと異能を使い始めたと思われるのが同時期だったことで、挙げる候補をさらに減らすことが出来た。

 

“医神”神薙隆一郎、白崎天満の治療を最後に担当したのがコイツ。

少し異能を用いて調べてみれば、誰が白崎天満の治療行為を行ったのかすぐに分かった。

単純なことだった。こんなもの……そもそも手段を選ばなければ私に分からない事など無かったのだ。

 

つまるところ、“白き神”と『液状変性』に“医神”。

これらが過去の日本において関係性を持っていて、程度の違いこそあれ、未解決事件『薬師寺銀行強盗事件』並びに『警察官の首吊り自殺』に関わりがあったのだと考えられる。

 

 

「……17体」

 

 

関連性を裏付ける情報は集め終わった。

出力機と化しているカラスからの送られた視界情報で分かったことは多い。

何よりも大きいのは、『液状変性』の異能についてだろう。

 

現代社会で生活する人の中に、神楽坂さんの後輩で会った伏木のように、擬態した分身体がいくつか存在していた。

これは当然予想していたことだが、自身の身の回りの防御へ回す分を考えると擬態した分身体はもっと少ないと考えていたのだが、完全に予想が外れた。

人の指部分を異能の核として使用していたから、最大数でも20以上は増えることは無いだろうと予想していたのだが、どうにも奴らにはそれを越える手段が存在しているようだったのだ。

 

私が確認した擬態した分身体の数。

政治家や企業の社長、省庁の官僚や著名人といった世間に影響力を持つ人物。

性別や年齢問わず、この辺りに擬態している分身体の数は東京に限って数えただけでも17体。

私が先日始末した5体を含めると、それだけで23体もの数になる。

つまりまさしく、この『液状変性』の異能を持つ人物は1人で日本と言う国家のかじ取りを行えるだけの権力を、誰に知られることも無く所有している事になるのだ。

 

 

「こいつらの全貌が見えて来た」

 

 

質の悪い、ただ私欲を満たすだけを目的とした者達ではない。

それこそ以前は仲間だっただろう“白き神”、白崎天満とは性質が全く違う。

 

裏で日本と言う国の舵を取りながらも、いくらでも金銭や権威を使えるにも関わらずそれらには手を付けず、かと言って悪用しない訳ではない。

明確な目的を持ち、権力を保持し続け、何かしらの理由を持って害する者を選別している。

 

……ここまでくれば何となくだが、彼らの動機は分かる。

 

 

「ただいま」

「あ、お姉さんお帰りなさい。急に雨が降ってきたけどっ、あっ、び、びしょ濡れだよ!? そのままだと風邪ひいちゃうよ!? バスタオル持ってくるからちょっと待っててっ!!」

 

 

そんな風に頭の中で情報を纏めながら家に帰ったタイミングで、丁度2階からを降りてきていた遊里さんが私を見て驚いたように目を丸くした。

 

急な雨に降られ、全身ずぶ濡れ。

髪はベッタリと顔に張り付き、さながらお化けの様な様相になっているのだろう。

ちょっとした怯えを見せる遊里さんに申し訳なさがこみ上げた。

 

私のあまりの惨状に、遊里さんは慌てて洗面所へバスタオルを取りに走って行く。

 

雨に濡れた体はいつの間にか冷え切ってしまっていた。

遊里さんの声が聞こえたのだろう、何事かと目を丸くした桐佳が暗記帳片手に部屋から顔を覗かせ、私の姿を見ると顔を蒼白にして駆け寄って来る。

 

 

「お、お、お姉っ!? 傘忘れたの!? 急な雨だったもんね……え、っと、お風呂沸かしてくるからちょっと待って」

「ありがとう。でもお風呂は良いから」

「そんなこと言ってっ、どうせ風邪で寝込むんだから素直にお風呂に入って…………お姉、どうかしたの……?」

 

 

いつも通りにしようと思っていたのに、どうにも演技が上手くなかったらしい。

私の顔を見た桐佳が動きを止めてしまった。

 

 

「どうもしてないよ。ちょっと雨に降られて気分が落ち込んでるだけ」

「嘘……お姉、雰囲気が怖いもん。怒ってるの……?」

「なんで私が怒るの?」

「それは…………私の態度が、悪いから、とか……」

「そんな事じゃ怒らないよ」

 

 

桐佳が動揺したようにそんな事を言って、私に向けて手を伸ばしてくる。

濡れた前髪を分けて私と目を合わそうとするのを、やんわりと払い除けた。

 

 

「部屋に戻るから。遊里さん、タオルありがとう」

「あ……」

 

 

遊里さんからタオルを受け取って、私はすぐに部屋に戻る。

髪に付いていた水滴を一通り拭い、私は電気も付けないでパソコンの前に立ち、問い掛けた。

 

 

「動きは?」

 

 

私の声に反応して、自動でパソコンが起動する。

 

 

『家、家族共に安全ダ。奴らの動きに変化はなし、普段通り病院で働いてル。昨日も特段どこかに寄ることも無かっタ。入院中の落合睦月に対して何かしらの行動も起こしても無い。奴らの家の中も確認済みだが……誰かを監禁している様子は確認できないゾ』

 

「彼らの姿は出力機を通して確認した。異能の出力を二人から感じず、同時に二人には読心も通らない。私みたいに出力の完全調整が出来るだけではこれは不可能、恐らく『液状変性』の外皮をどっちも纏っているんだと思う」

 

『前の分身体と同じ要領で良いならあの外皮程度問題にならない。御母様、マキナは何時でも行けル』

 

「……神楽坂さんが生きてるならその安全を確保した上で攻撃に転じたい。読心が通らない相手の行動を完全に支配下に置くのは難しいから、少しでもリスクは減らさないと」

 

『御母様、奴らには神楽坂上矢を生かしておく理由は』

 

「……」

 

 

目を閉じる。

 

実のところ、犯人の目星を付けるのは1日を要さなかった。

それでも、即座に制圧に移らなかったのは神楽坂さんの身柄が何処にあるのかを確認したかったと言うのが大きい。

数日間、準備を固めると言う名目で時間を置きつつ彼らの行動を逐一監視したが、彼らが神楽坂さんの監禁場所に向かう様子は全くと言っていい程無かった。

 

分身体を近くに配置しているのか、それとも別の理由なのか。

神楽坂さんを誘拐した彼らが、神楽坂さんの元を訪れることは終ぞ無かったのだ。

 

マキナがこれ以上の様子見は無駄だと言うのも頷けた。

過去、落合と言う警察官や伏木と言う警察官を亡き者にしている彼らがあの場で神楽坂さんを始末しなかったのは、ICPOや飛鳥さんがその場にいて、騒ぎを起こしたくなかった可能性が高いだけだった、そう考えるのが自然だろう。

 

だから、ここまで監視して、監禁している動きが無いのなら、きっと神楽坂さんはこの世に居ない可能性が高い。

 

 

「……もう、良いわ」

 

 

目を開けた。

パソコンに映る、心配そうな顔をしたマキナのアバターが私の表情を窺っている。

マキナに私は指示をする。

 

 

「様子見は終わりにしよう。マキナ、奴らを指定した場所に連れ出して」

 

『対峙するのカ? 御母様が出る必要は無い、御母様がマキナに指示するだけで終わル。すぐだゾ。すぐ終わる。ただでさえ御母様は弱ってるんだから、見たくないものなんて無理に見る必要は……』

 

「私は、奴らの本心が知りたい。マキナの力は分かってる、いざと言う時は頼りにしてる」

 

『むふー! ……あっ、じゃ、じゃない……御母様がそう言うなら、マキナは何も言わない』

 

 

マキナが動き出すのを見届ける。

これで、奴らは私が指定した場所に疑いもせずにやってくる筈だ。

 

ずっと我慢してきた溢れそうになるこの感情を、ようやくぶつけられるのかと安心した時。

ふと、これまでの事が頭を過った。

 

 

(……神楽坂さんは、私がこれからすることをどう思うだろう)

 

 

馬鹿真面目で、どうしようもない善人で、私を良い子だと言って頭を撫でてくれた人。

もしかしたら、人の痛みを思って同じように苦しむ彼からすれば、例え自分の仇だとしても非道行為が行われる事に拒否感を示すかもしれない。

もしかしたら、私が知らないだけで、先輩や後輩を殺めた奴らには憎悪を持っていて、憎悪の対象である彼らには出来る限りの非道を尽くしてくれと言ってくるかもしれない。

 

そんなありもしない想像をいくつかしてみても、辿り着いた結論は同じだった。

 

 

「……神楽坂さんはどんな事であっても、私が始末を付けるのは嫌がるんだろうな」

 

 

子供の手を汚させたくない、なんて。

彼はきっとそんな事を言い出すのだろう。

例え自分の命を奪った相手が居たとしても、あらゆる手段を使って復讐しようなんてことが出来るほど、神楽坂さんは器用では無かったのだから。

 

考える前からそんな事は分かっていたのだ。

これまで数か月間、根っからの善人と言えるあの人と接して、そういう人だと言うのは分かっていた。

それでも諦めきれず、少しでも自分を正当化しようとあれこれ考えてきたが、結局私が始末を付けた結果を見て、神楽坂さんが喜ぶ姿は思い描けなかった。

 

 

「善人が悪人に踏み躙られるのは見たくない。悪人がのさばって善人が苦しむのは不条理だと思う。それこそ傷付けられるのが知り合いだったら、いかに理屈を並べ立てられても私は我慢なんて出来ない。こんなのはエゴだって分かってる、でもね」

 

 

だから、これからやるのはあくまで私の意思によるものだ。

そこに他の意思や義務感や思惑など、これっぽっちも介在しない。

 

私が為す、私が果たす、私が下すのだ。

たとえ、法も、国も、神様が見逃しても、私が彼らは唾棄すべき醜悪だと断定しよう。

 

 

「……最初に手を出したのは、お前らだ」

 

 

きっと。

こんな事を考える私も、昔から変わらず醜悪なのだ。

 

 

 

 

 


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