非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?   作:色付きカルテ

78 / 145
いつもお読み頂きありがとうございます!
感想や評価などとっても励みになっております!

前話はある程度指摘があるだろうなとは思っていましたが、想像以上の感想で驚いています。
一応、今後に繋がる伏線のようなものも含まれているので手直しなどは難しいですが今後の参考にしていきたいと思います。
貴重なご意見ありがとうございます。

7章もこの話が終わればあと1話。
長い話でしたが、出来ればこれからもお付き合い頂けると嬉しいです。


変化した形

 

 

 

神薙隆一郎と言う男は一般家庭に生まれた子供だった。

特別貧しい家庭と言う訳でも無かったが、物心つく頃には様々な場所で手伝いをしてお小遣いを稼ぐ、お金が何よりも好きな変な子供。

小銭を集めて喜ぶ彼の将来を、周囲の大人達が酷く心配するのが彼の周りの日常だった。

 

将来お金を稼ぐにはどうすればいいのか。

幼いながらに両親に聞いたなんてことの無い質問の答えが、神薙隆一郎の医師を目指すきっかけであった。

 

取り立てて勉強ができる訳では無かったが、不純なそんな動機を燃料にせっせと勉強を続けた。

遊び惚ける同輩や、当時の金銭や性別の問題で勉強を諦めざるを得なかった者達を傍目に、神薙が何の障害も無く勉強に心血を注げたのは大きな幸運があったのだろう。

ともあれその結果、名門と呼ばれる大学に進学しそこそこの成績で卒業することに成功した訳だが、実際に医師と言う職業に就いて、一気に大金を稼げる訳でないと知った当時の神薙の絶望はかなりのものだった。

神薙の想像とは違い、医師と言う仕事はそこまで華やかなものでは無かったのだ。

 

仕方なく、研修を積みながら、もっとも金になるだろう医療の新技術を考える日々を過ごす神薙。

当時の医療状況は個人での開業医が大半を占めており、それが徐々に戦争を背景に国が運営するものへと変わっていく時代であり、それにそぐわない神薙の目的は彼の医療運営を国に隠れて治療行為を行う闇医者染みた方向性へと変えていった。

 

国を介さない医療行為を行う闇医者、そんな状態がしばらく続く。

ある時、自分が充分な医療技術を身に着けたと判断した神薙が、医者の少ない片田舎へと拠点を変えて、医療の占有状態を作ったのがそんな彼の人生の転機となった。

 

人も少なく、交通の便も悪く、何よりも排他的な集落。

そんな所で、国の息が掛からない状態でこっそりと医療行為をしている者がいると言う情報が流出しないように、神薙は可能な限り人に好かれるような態度を崩さないよう心掛けた。

外部から人が入ってこない村特有の、排他的な態度を受けながらも、親身になって彼らの治療や診察を行う医者として、彼らから信用されるよう努めたのだ。

政府や国営に反感を抱く閉鎖的な村人達だったが、幾度となく病状を救われ、それでも驕らない神薙の真摯な姿勢に絆され、態度を軟化するのはそう時間は掛からなかった。

 

いつしか神薙は村人から何かあっても無くても頼られる、都会から来た知識人としての地位を築き上げていた。

 

老若男女問わず感謝され頼られる生活。

金銭だけが生きがいだった神薙にとって、ここまでの状況は完全に想定外だった。

 

取り繕った善人の仮面を信じ、村の重要事項まで相談に来る大人達も。

都会に夢を見る若者が、都会にはどんな仕事があるのかと聞きに来るのも。

女性達が妊娠や出産といった相談しにくいものまで頼りに来るのも。

村の子供達が神薙の小さな病院を毎日のように尋ね、遊び場と化すそんな日常も。

想像もしていなかったこの穏やかな生活が、神薙は嫌いではなかったのだ。

 

ある家族の問題を村全体で解決して、その夜は祭りのように騒ぎ合った事。

取り上げた赤子の名を付けて欲しいと言われ、悩みすぎて徹夜した事。

村人の紹介で村の女性と男女交際した事、そしてそのまま結婚した事。

 

いつしか神薙は子供の頃からあった金銭への執着が薄れ、仮面だった筈の善人の姿がすっかり板についてしまっていた。

存在しなかった筈の村人達が思う優しい神薙隆一郎が、いつのまにか本物になってしまっていた。

そのことを疑問に思うことも無いまま、神薙はただ人を救いたいと、救い続ければいつか世界はこの村の人達のように幸せに暮らせるのだと信じるようになっていった。

 

そして……。

 

そんな神薙の何気ない満足した暮らしを変えたのは、戦争という災禍だった。

 

碌に暮らしの支援もしなかった癖に徴兵と言う名で若者達を連れて行った偉そうな人間達。

海の先の、見たこともない人達と争うと言って、食料や鉄製品すら奪っていく政府の人間。

幸い、闇医者まがいなことをしていた神薙は、政府に居場所を知られていなかったから徴兵されることは無かったが、連れて行かれた若者達が、残した者達の事を頼むと言ってそのまま帰ってくることは無かった。

日々の貧しい暮らしと活気の無くなってしまった村で、それでも何とか以前のような生活を取り戻そうと奮闘していた神薙の終わりは、唐突に訪れた。

 

空襲。

海に近い場所にあった村を、空から降って来た爆弾が破壊した。

それが相手国の作戦の内だったのか、何か予想外の事態があったのかは問題ではない。

多くの者が死んだのだ。

神薙と交流のあった者達が、医者である神薙の手の中で死んでいった。

老人も、子供も、妊婦も、自分が名を付けた赤子すら。

神薙の腕の中で苦しそうな表情で息を引き取った彼らの姿を、誰一人救えないまま死んでいったあの優しい人達を、きっと神薙は生涯忘れる事が出来ないだろう。

 

妻を亡くし、子を亡くし、友を亡くした。

多くの亡骸を背負い、誰かを救うために神薙は1人生き続け――――皮肉なことに、彼に異能が開花したのは“医神”と呼ばれるようになってからのことだった。

 

生きてさえいれば命を救える神域の異能を手にした時には、全てがあまりにも遅すぎた。

 

言ってしまえば、神薙隆一郎と言う医者は、救った命よりも救えなかった命ばかり見てしまったのだ。

 

邪な欲望を目的とした医者でなく、純粋に患者を想う医者となってしまったがゆえに。

そんな彼であったからこそ、いつしか彼の思想は捻じ曲がり、誰かを傷付けるものへと変貌を遂げていった。

自分のその変化を、彼はまたいつかのように気が付くことが出来なかったのだ。

 

聖人になろうとした凡人の成れの果て。

彼を評するなら、きっとそんなものだった。

 

 

 

 

‐1‐

 

 

 

 

「人の主義主張は時間や経験と共に変わりゆく。きっとそういうものなんだろう」

 

 

そんなことを言った神楽坂さんの髪を風が揺らした。

最初に会った時のような執念に憑り付かれたような様子がすっかり抜け落ちた神楽坂さんは、力の抜けた表情でぼんやりと遠くを見ている。

 

その神楽坂さんの目前には、いくつもの墓石が立ち並んでいる。

亡くなっていた神楽坂さんの先輩の墓に並ぶように作られた新しいもの。

これまで死んだことも知られず、墓すらなかった被害者達のために、神楽坂さんがそれらしい墓石を人数分購入し、名前を刻んだのだ。

 

遺骨も無い不完全な墓だ。

正式には墓とは言わないのかもしれない。

それに、神楽坂さんの財布事情的に豪華なものなんて購入できていない。

それでも、私や飛鳥さんの資金提供の申し出も、これは自分の中のけじめを付けるためだからと固辞した神楽坂さんにとって、これは必要な事だったのだろう。

 

神楽坂さんは言っていた。

もしかしたら、神薙隆一郎の一件を知り、被害者の家族がそのことを信じて墓を作るかもしれないが、そうでないかもしれない、と。

若しくは、被害者には天涯孤独の立場の人も居たからこのまま放置すれば墓も無い人が出て来てしまうのは目に見えている。

だから、例え無駄になったとしても、誰にも知られることなく命を落とした者達の墓だけは作らなければならないと言っていた。

 

そんな神楽坂さんの背中を見ながら、こっそりと飛鳥さんが耳打ちしてくる。

 

 

「……神楽坂先輩ってホント難儀な性格してるわね。苦労する事が目に見えてるし、警察署でも冷遇されてるんだからお金に余裕がある訳でも無い筈なのに」

「けほっ……私は、嫌いじゃないんですけど。誰にでも優しいあの性格で自分が傷つくのは止めて欲しいです。その、もう少し自分の事を考えて欲しいと言うのが本音ですね」

「アンタは自分一人で完結するもんね」

「止めてください私の傷は深いんです……ああ、また黒歴史が……」

 

「聞こえてるぞ……まったく、こんな場所でも言い争うな」

 

 

神楽坂さんは溜息混じりにそう言って、墓石を拭いた手拭いを片手に立ち上がる。

あの廃倉庫の件から数日しか経っていないが、神楽坂さんの傷は、再会した時のボロボロの見た目とは相反して無傷に近いものだったらしい。

 

あの場で神薙が言っていた、治療したと言う話には正直半信半疑だったが、こうして普通に歩いているのを見るとどうにもそれは嘘ではないようだった。

正直、神楽坂さんがこうして無事な状態でいるのを見ても、まだ信じ切れていない自分がいる。

同じような疑問を持っていたのだろう、墓に来たいと言った神楽坂さんのサポートの為にここにいる飛鳥さんも、おかしなものを見るような目で神楽坂さんを見ていた。

 

 

「疑問なんですけど、神楽坂先輩って、監禁されていた時とか誘拐されていた時ってアイツらとどんな話をしてたんですか? 具体的にはどういった事を目的に誘拐されてたのか、私よく分かってなくて」

「あまり長い時間話した訳じゃないが……奴らの分身、スライム人間か。それを倒している仲間の存在についてと、過去の卯月先輩と睦月の事故について。それと……まだ生きたいと思っているのか、とも聞かれた」

「はー……結局よく分からない奴らだった訳ですね。何がしたかったんだか。てっきりもっと死ぬ寸前まで痛めつけられているものか、正直死んじゃっているかとも思っていましたよ。あ、先輩の同期の柿崎さんにも探すの手伝ってもらったんで後でお礼言っておいてくださいね」

「ああ……まあ、奴らの心情については俺も分からない。平和の維持のため、なんて言ってはいたがな。俺は、お前らの事は何一つ言わなかったんだが、話をするうちにあの医者……神薙隆一郎の態度は柔らかくなっていた。思う所があったのかもしれないな」

「ふうん?」

「けほけほっ……私が話した時はあれですね。世に悪影響を及ぼす権力者の剪定。それをやることで、再びこの国が戦争と言う名の災禍に呑まれることの無いように、らしいです」

 

 

首を傾げている飛鳥さんと肩を竦める神楽坂さんに、私は直接あの医者と話聞いた内容について簡単にまとめる。

 

 

「世の中には自分の利益の為なら他がどうなってもいい人はいて、それによる被害を未然に抑えるために、世の悪性を剪定する者が必要になる。で、自分は命の重みを誰より理解しているから、一人の命も救ったことのない権力者よりも自分がそれをやるべきだと思った。と言う話です」

「……言ってることは、分からなくも無いけどさぁ……」

「結果、神楽坂さんや落合さん達のような善良な人を被害者として出してるので本末転倒の人達ですよ……誰かが止めないと、ずっと止まらなかったでしょうね。きっと、ですけど」

 

 

それで、と私は話を聞いて考え込むように口を閉ざしている神楽坂さんを見上げた。

 

 

「ずびっ……今更ですけど、本当に良かったんですか? 神薙隆一郎と和泉雅の件」

「……なんだか佐取、鼻声じゃないか? さっきから咳もしてるし、風邪でも引いてるのか?」

「雨に打たれて、風邪を引いたみたいなんです。でもほとんど治りかけてるので、問題は無いですよ。それよりも、はぐらかさないでくださいね」

 

 

今回、聞こうと思っていたこの話。

今は重要参考人として話を聞かれているだろうあの二人の事だ。

あの場では神楽坂さんの無事が嬉しくて、神楽坂さんに言われるがままになってしまっていたが、改めて考えてみても彼らを罪に問える可能性は低いように思えた。

無罪放免となった時どうするのか、そして、決定的な証拠を見つけ出すとしてその考えはあるのか、やっぱり私がやるべきじゃないのか、そう思った私はじっと神楽坂さんを見詰める。

 

「はぐらかすつもりは無いんだがな……」と言った神楽坂さんは頭を掻きながら言葉を選ぶ。

 

 

「あー……いや、そうだな。今でも奴らがやってきたことは許せないし、出来るなら相応の罰は受けて欲しいと思ってる。被害者は数えきれないくらいいる上、話を聞く限り、俺の追って来た事件の実行犯では無かったが、関係者ではあった訳だからな。個人的な憎しみだって無いとは言えない。どれだけ奴らが理論を並べ立てても、許せる訳なんてない」

「……じゃあ、どうして私にやらせてくれなかったんですか?」

「佐取、見くびるな。俺はどれだけ落ちぶれようが自分の憎しみの為に佐取のような子供を利用して、その行為の責任を負わせるなんて事はしない」

「ぅ……ご、ごめんなさい」

 

 

強い口調で私をそう窘めた神楽坂さんは、怯んだ私を見ながら困ったように眉尻を下げた。

 

 

「怒ってるわけじゃない。だが……正直に言うと、俺はあの場で奴らを自分の手で罰してしまいたいとは思っていた。それもほんの少しの気の迷いなんかじゃない。奴らと対峙して、奴らと別れるその時まで、ずっと俺の中にあった感情だ。馬鹿な話だろう? あれだけ警察官として最後までこの事件を成し遂げたいとか、卯月先輩に最後に託された使命だからとか、綺麗ごとばかり口にして、胸中にあったのはそんな感情だったんだ」

 

 

懺悔するように神楽坂さんが言ったこの言葉に、私は目を伏せる。

神楽坂さんが胸にその感情を抱えていたのは分かっていたからだ。

一方で、飛鳥さんは「うげぇ」と舌を出した。

 

 

「それ、普通の感情ですよ神楽坂先輩。何さも悪い事をしたみたいな感じで言ってるんですか? それを実行に移さなかっただけ、褒められたものだと思いますけど?」

「そうかもな……だが、俺はずっと覚悟していたんだ。先輩を死に追いやった奴らを前にしても、俺は必ず警察官として逮捕して見せると心に決めていた筈だった。だが実際に奴らを前にして抱いた感情はそんなものだったんだ。自分の弱さに気付かされた……同時に、俺も時間を経ればどんな風にも変わるんだと思ったんだ」

「変わるのは悪い事じゃないと思いますけど」

「はは、そうだな。そうかもしれないな。年齢問わず、良い方に変われるならそれに越したことは無いんだろう」

 

 

含みがあるように笑う神楽坂さんに飛鳥さんは、それで、と問う。

 

 

「ならどうして先輩はその感情を抑えられたんですか。大切な人を散々傷付けた奴の、元凶と言える存在ですよね? 憎しみの対象としても、飛び抜けてません?」

「色々理由はある。ただ憎しみの為に動く姿をお前達に見せる事への抵抗や、形は違っても俺が憎む奴らと同じ行動を自分が取る事への抵抗もあった。だが、それらの理由があっても昔の俺だったらきっと抑えられなかったんだろうと今でも思う。佐取と会う前の俺が、昨日と同じ状況にあったら、多分俺は奴らに手に掛けていた。もちろん、出来る出来ないは別としてだ」

「な、なんですかその含みのある言い方? も、もしかして私に会って自分は変わったと言うんですか神楽坂さんっ!?」

「自意識過剰過ぎてウケる☆」

「……あ、私飛鳥さんの事監視してたんで恥ずかしい事いっぱい知ってますよ。そう言えば仕事終わりにニンニクマシマシの豚骨ラーメンを大盛で二杯食べてましたね。飛鳥さんってあんなに一杯食べるんですね。他にも家での事話してみます?」

「……ちょっと後でゆっくり話しましょう?」

 

 

ガシリと私の肩を掴んでニッコリと笑った飛鳥さんがそう言う。

……想像していたよりもずっと怖い。

喧嘩を売ったことを既に若干後悔し始めた。

 

 

「あながち……間違いじゃないだろうな」

 

 

飛鳥さんが笑顔を近付けてくるのを怯えていた私の横で、神楽坂さんはそう言った。

何かを噛み締めるように、ゆっくりと自分の考えを呑み込んだ神楽坂さんが私達を見て、柔らかく笑う。

 

神楽坂さんが口を開く。

 

 

「……俺が追っていた異能の関わる犯罪。『薬師寺銀行強盗事件』と卯月先輩の自殺はこれで終わりだ。長年追い続けてきたが、ずっと何も掴めなかった中、誰も真面目に協力なんてしようとしない中、お前達がここまで俺の事を助けてくれたこと。感謝している」

 

 

お互いを掴み合う体勢だった私と飛鳥さんは神楽坂さんの言葉に、おずおずと姿勢を正す。

こんな真剣な話の最中で、ふざけられる訳も無い。

 

 

「本当に感謝してるんだ。佐取にも、飛禅にも、お前らが居なかったら俺はきっと一人命を落としていた。お前らが居たから、俺は間違えることなく、先輩から託された警察官としての仕事を終わらせられた。全部、お前達のおかげなんだ」

「み、水臭いですよ神楽坂さん。私は私の目的があった訳ですし、何も神楽坂さんの為だけに協力していた訳じゃないですから……」

「……まあ、私も別に、先輩とはたまたま目的が似通っていただけですし」

「分かってる。だがこうして、色々けじめを付けてるんだ。自分の本心くらいお前らにもちゃんと言うべきだと思ったんだよ。それに、あのバスジャック以来ずっと力を貸してくれた佐取との協力も、これで終わりだと伝えなきゃいけないからな」

 

 

そう言った神楽坂さんが私を見る。

穏やかな顔で、憑き物が落ちたような顔で。

どこか晴れ晴れしく、そしてどこか死人のような彼の表情。

 

妄執するべきものも、追うべき目標も無くなってしまった。

守るべきものがなくなってしまった神楽坂さんに残っていたものが全て終わってしまった、そんな姿。

 

その様子に、私は慌てて考えを巡らせる。

 

 

「ずっと無理させた。ずっと面倒を掛けた。だが、もう充分だ。ありがとう佐取。佐取の事はこれからも誰にも言わない。佐取の過去も詮索しない。奴らが言っていた顔の無い巨人が気に掛かりはするが……俺は助けてくれた佐取を信じる事にする。だからもう止めにしよう。危ない事件に関わるのも、危険な犯罪者に近付くのも、佐取がするべきことじゃないんだ」

「な、なななん、何を言ってるんですか!? 私がいないと駄目駄目じゃないですか! 私目立ってないかもしれませんけど結構活躍してるんですよ!? 探知も戦闘もこなせる燐香ちゃんの協力なんてあった方が良いに決まってますよ!?」

「佐取がどれだけ凄いのかの全貌を、確かに俺は掴み切れてない。もしかしたら佐取以上に異能を使いこなしている人間なんていないくらい凄いのかもしれない。だが、今回の事でよく分かったんだ。俺は佐取にとっての足枷になることが、あの廃倉庫での光景を見てよく分かった。介護されるように守られて、正義感だけの言葉を口にして、それでいていつか考えさえも歪んでいくのかもしれない。もしも佐取が誰かに不覚を取る時があるとすれば、それは俺が足枷になった時なんだろうと思ったんだ」

 

 

そんなことは無いと言おうとして、私はそれが嘘になることに気が付く。

効率だけを求めるなら、私には情報を共有する味方なんていない方が良いなんて、そんなことは当然だった。

連絡が取り合えない事も、情報共有に悩む事も、相手の精神や体調を想って行動する必要も無い。

それどころか、おぞましいままの私であれば、もっともっと手段を選ばない事なんて幾らでも出来る。

 

 

それでもここで何も言わなければ、それが本当に正しい事なのかきっと私には永遠に分からないまま。

 

この関係が終わってしまう。

 

 

「だから……俺達の協力関係は、今日ここで終わりにして――――」

「――――落合睦月さん! 彼女の事はどうするんですか!?」

 

 

声を張り上げた私に、ピタリと神楽坂さんの動きが止まった。

驚いたように目を見開いた飛鳥さんが私を見てくるが、そんな事を気にする余裕も無いまま畳みかけるように神楽坂さんに言う。

 

 

「昏睡状態が続いている落合睦月さんは“医神”神薙隆一郎に任せたからまだ治療の希望があったんですよね!? 神薙隆一郎が治療行為を行えなくなった今、彼女の完治は難しくなったと言わざるを得ません! 医療行為についての知識はありませんが、異能が関わっているなら私以上に詳しい人間はいないと思います!」

「いや……それはそうかもしれないが……これまでの佐取と結んだ協力関係も一方的なものだったのに、今度は佐取に一切メリットが無いだろう。散々色んな事件に巻き込ませてしまったんだ。佐取の家族にもどれだけ心配を掛けた事か……佐取にはちゃんと、自分の生活を楽しんでもらいたいから……」

「それこそ水臭いんです! 神楽坂さんが私に対してするべきなのは、頭を下げる事や頼まれてもいない配慮をすることじゃなくて……!」

 

 

私が詰め寄り、神楽坂さんの胸元を掴んで引っ張った。

顔を近付けて、私は神楽坂さんを睨む。

 

 

「私を信じて、力を貸してほしいって言う事じゃないんですか? 私はそんなに、神楽坂さんの目から見て薄情に見えますか? それとも……私と神楽坂さんの関係は、単なる私の勘違いで、そんなに淡白なものだったんですか?」

「――――…………」

 

 

口を噤んだ神楽坂さんが、目を見開いて私を見る。

何か言おうとして口を開いて、それでまた口を閉じてと繰り返す神楽坂さんに私はさらに追い打ちをかけた。

 

 

「私は違います。私は、例え協力関係が無くなっても、神楽坂さんには幸せになってほしいと思っています。どこか私の知らないところで神楽坂さんが不幸になっても、無関係だと思えるような関係ではないつもりです。最後まで……神楽坂さんが本当の本当にやるべきことを終える最後まで……私は……」

「……佐取」

 

 

呆然と私を見る神楽坂さんの顔が歪む。

苦しむように、思い悩むように、そして私の言葉を純粋に嬉しく思うように、ぐしゃぐしゃの感情で表情が歪む。

それでもまだ、神楽坂さんは喉まで出掛かった言葉を躊躇して、私の目から逃げるように顔を俯けた。

 

横から呆れたような声が向けられる。

 

 

「神楽坂先輩、この子は自分の望むままに他人の精神を干渉できるのに、こうして言葉で伝えてるんですから、ちゃんとその意味も考えた方が良いんじゃないですか? 顔も見えない誰かに遠慮するんじゃなくて、目の前の人を見て、その人柄を自分で考えて、自分の願いを口にするべきなんじゃないですか? この子は神楽坂先輩の言葉を信じようとしなかった人達とは違うんですから」

「……分かってる。分かってるよ馬鹿」

 

 

飛鳥さんの言葉に神楽坂さんがゆっくりと顔を上げた。

何かを決意したのか、神楽坂さんの目は強く私に向けられ、先ほどまでの力の抜けたものに何かが宿った。

 

私が胸元を掴んでいた手を離すと、神楽坂さんはすぐに私に対して深々と頭を下げる。

いつかと同じように、30を越える成人男性が何のためらいもなく高校生の女子に頭を下げた。

 

 

「……佐取、頼む。どうかお願いだ。俺は、まだ佐取に協力してほしい。睦月の昏睡を、どうにかして治療したいんだ。時間が取れる時で良い。睦月の状態を見て、何とか助ける方法を一緒に考えて欲しい。俺がやれることはなんでもやる。何にも、佐取には見返りなんて与えられないかもしれないが、それでも……頼む」

「……頭を下げる必要は無いって言ったじゃないですか」

 

 

私は頭を下げる神楽坂さんを笑って、それから彼の手を取った。

以前も取った彼の手を、今もちゃんと取ることが出来た。

そのことが、私は何より嬉しかった。

 

 

「こちらこそよろしくお願いします。まだまだ私からも迷惑かけるつもりなので」

 

 

私は私自身がやりたいと思ったから。

神楽坂さんは大切な人を救う手段を得るために。

 

以前とは形を変えて、私達はまたお互いの手を取ったのだ。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。